きっかけはいつものバカ騒ぎだった。  
ハルヒが強引に主催したどうでもいいイベントの打ち上げが部室で行われたときだ。  
禁酒すると言ってたくせにハルヒのやつは酒なんか買ってきやがった。  
どうやら飲み物をてきとうに選んだらしく酒とジュースを間違えたらしい。  
あいつがグビグビ飲んでいた缶を見て気付いたときにはもう遅かった。  
 
そしていつもの3倍バカでハイテンションになったハルヒは俺に言ってきた。  
「そんなんだからあんたは童貞なのよ!」  
それまでまがりなりにも盛り上がっていた場の空気は一瞬で凍りついた。  
 
俺を含め4人全員がハルヒを見たまま硬直した。  
4人が同じリアクションをとったのは初めてかもしれない。  
「もう童貞のオーラに満ちてるのよあんたは。見るからに童貞」  
そして空気を読むということを知らないハルヒは俺を童貞童貞と罵倒し続ける。  
 
俺は確かに動揺していたのだろう。なんとか硬直を解いてもくだらない返ししか出来なかった。  
「…………じゃあおまえはどうなんだ」  
「あたし?あたしはとっくの昔に経験ずみよ」  
 
それから打ち上げはあっという間に終わった。どう終わったか俺はあまり覚えていない。  
朝比奈さんは逃げるように部室を去ったし、長門もなにやら「準備がある」と珍しく自分から発言して帰った。  
残っているのは俺と古泉だけだ。ハルヒもご機嫌の千鳥足でとっとと帰りやがった。  
 
あの発言のあとハルヒは頼みもしないのに自分のロストバージン体験談を語ってくれた。  
中2のとき一度だけ男とやったことがあるらしい。  
思ったより痛くなかっただの感想を延々語ったが、相手が誰かは決して言わなかった。  
 
「……涼宮さんの話は事実である可能性が充分にあります」  
そして今度は古泉が語り始めた。  
「彼女が中学2年の夏季に一度だけ閉鎖空間の発生が極端に減少した時期がありました。  
そしてそののちに今度は以前に増して発生するようになったのです。  
涼宮さんは中学時代は言い寄る男子生徒との交際をこばまなかったことは周知のことですが  
その時期と同じくして彼女の男子生徒への対応は益々冷たく変化した観察報告があります。  
……今の彼女の話とつじつまは、合っていますね。そのときに、ま、経験をしてそして別れたのでしょう。  
お相手が誰だったのかまではわかりませんが」  
 
この古泉の話の間俺はずっとノーリアクションだ。  
そして古泉も俺の無反応に構わずに、  
「一般的に、女性の価値に処女性は無関係ですが、拘る気持ちも男性にはありえることです。  
ま、それは自分にとって意中の女性についての話でしょうがね」  
と残して帰っていった。  
いつもニヤニヤ微笑んでいるが今はとくに面白がっていたような気もしたがよくわからん。  
そんなところまで見ている余裕がなかったから。  
 
なんで俺はこんなにイライラしているんだ。  
確かに俺は童貞だが、それをハルヒにからかわれたから怒っているのか。  
あいつはすでに経験ずみで先を越されてくやしいのか。  
内心であいつは中坊時代に男とそんな付き合い方をするやつじゃないと思い込んでて、  
その思い込みが外れたことに勝手に失望しているからか。  
それともまさか嫉妬でもしているのか。  
わからんわからんわからん。  
自分でもなにがなんだか分からずに、この俺が閉鎖空間生み出すんじゃないか、  
という気分にまでなったちょうどそのときに、俺一人残った部室をノックするやつがいた。  
鍵なんかかかってない。俺はそれを無視していたが、しばらくするとオズオズとドアが開いた。  
そこに立っていたのは、いつも不意に現れるあの女性だった。  
 
「あの、久しぶり。えと、つ、ついにこの日がきてしまいましたね……」  
グラマーな大人の朝比奈さんがなぜか顔を真っ赤にさせながらたどたどしく言った。  
 
「また、キョン君に過去にいってもらわなくてはならなくなりました……」  
 
「既定事項なんですっ!」  
朝比奈(大)さんは半泣きで俺に懇願してきた。彼女は俺にこう言ってきたのだ。  
 
今度は今から2年前の七夕の夜にいって、中2のハルヒとやってこいと。  
 
俺の精神的混乱は最高潮に達した。  
ハルヒの処女を奪ったのは実はこの俺だったと知らされたことや、  
またジョン・スミスとなって昔のあいつにとっては一年ぶりの秘密の再会をせねばならなくなったこと。  
そんなことをこれからやれとよりによって朝比奈さんに頼まれたことがもうショックでたまらない。  
混乱のあまり判断力ももうゼロになってしまったんだろう。俺は。  
「……わ、わかりました」  
承諾してしまった。  
 
混乱は頂点を極め、そのおかげともいえるのか他の感情が俺の中から消えていく。  
さっきまでのイライラはいつの間にか消失霧散していた。  
そしてその間も朝比奈さんはイッパイイッパイになりながらも時間超越セックスツアーの説明を続ける。  
あなたも大変ですね。とか他人事のように思う余裕が少し生まれたときに彼女が言ってきた。  
「……ですがひとつ問題があります」  
「な、なんでしょう」  
「そ、その、ですね、えっと……」  
「はい」  
「涼宮さんは、そ、そのときにですね、相手は手馴れていて、かなりスムーズだったと記憶しているんです……。  
で、でも、あの、キョン君は、いま……童…ううっ、その……まだ……なんですよね?」  
ぬおぉ。  
少し落ち着いたと思ったらまた動揺させることを言ってきれくれる。  
朝比奈さんもしどろもどろだ。  
だが次の瞬間彼女はいきなり強く言ってきた。  
「で!ですから!」  
 
「ですから、キョン君には、その……、練習して、上達していただかなくては、なりません!」  
練習?  
「は、はい……あ、あたしと」  
「え、ええ!?」  
 
朝比奈さんと、練習?セックスの?  
「は、はしたない女だと思われてもいいわ。  
でもね、あたしもこんなことをあなたに頼みにくるのに、いろいろと決心してきたの。  
これもあたしの決心のひとつ……。だからお願いキョン君、あ、あたしと、練習しましょう……」  
朝比奈さんは泣きながら訴えてくる。  
相変わらずおどおどとして泣き虫なようだったが、その視線は大人の女性のものだった。  
頭の混乱はついに限界を超え、俺は頭が真っ白になった、と思う。  
 
朝比奈さんは部室の鍵を閉めた。  
 

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