その日、ハルヒは掃除当番で、朝比奈さんは気の早い事に二年の進路相談であり、  
ついでにいってやると、小泉はバイト・・・おそらく例の閉鎖空間なんだろうが、  
とにかく俺は一人で部室へと向かっていた。部屋をノックするが、当然誰からも  
返事は無い。いや、正確には、返事を返すような奴はこの部屋にいないってことだ。  
ドアを開けると、いつも椅子に座り本を読んでいる、SOS団の  
無口美少女キャラ、つまり情報統合思念体の対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・  
インターフェイスである長門有紀が、やはりいつもの場所で椅子に座っていた。  
しかしだ。今日は何かがおかしい。そう、長門は分厚いハードカバーの本を手にしているの  
ではなく、何やら茶色の丸いかたまりを両の手のひらの上に乗せて、  
それを黒真珠のような、深い瞳で見つめているのだ。  
「それはなんだ長門」  
俺の質問に一言。いつもの調子で長門は答えた。  
「スズメ。ハタオリドリ科に属する小型の鳥類」  
まぁ、そりゃ見たら分かる。雀だろうな。俺が聞きたいのはなんでお前がその雀を  
持っているってことか、って事だ。  
「・・・」  
それも何かしらの実験なのか?それともまたハルヒと関係があるのだろうか?  
「違う。涼宮ハルヒの観測任務とは関係の無い固体」  
それから職務質問をする点数稼ぎの警察官のように俺は、いつどこでだれかどのように・・・と、  
5W1Hの形式に沿って、長門から事情聴取をしたわけだ。  
で、とどのつまり、中庭の樹の根元でぴぃぴぃと鳴いていたのを保護したって事らしい。  
 
それにしても、何でそんなところに落ちてたんだ?見たところまた小さく、  
雛鳥かもしれない。巣からおっこちたんだろうか。  
しかし長門よ。お前にもそういう優しいところがあるんだな。放っておいたら、  
校内に居座ってる野良猫の餌になる所だったぞ。  
 
「そう」  
 
長門は、ただ雛鳥の雀を掌に載せたまま、首一つ動かさず、じぃっと見つめている。  
しかし、この雀は怪我をしているんじゃないだろうか。どちらにせよ  
長時間親鳥から餌を与えられてないんじゃないのか?  
雛鳥は確か、数時間に餌をあげないといけなかった・・・ような気がする。それに水もだ。  
とにかく弱っているのかもしれない。どうも泣き声に元気が無い。  
決して俺は動物博士ってわけじゃないんだが。  
 
わぁ〜かわいいですね〜」  
 
驚かせないよう、少し遠巻きから長門の手の上に乗った雀を見て、まるで子供のような  
愛らしい笑顔を見せる朝比奈さん。  
いえいえ、あなたのかわいさに比べたら、このラブリー光線を振りまいている  
雀でさえ、月とスッポンです。  
「雀の雛ですか・・・懐かしいですね。僕も昔、怪我をしていたのを拾って育てた事がありますよ。  
 もっとも、僕のときは立派な大人の雀でしたが」  
相変わらずのスマイルを浮かべる小泉。こいつの場合、これもこの場に合わせた  
作り物の思い出話なんじゃないかと疑ってしまう俺がいる。ああ、俺も立派な大人になったもんだ。  
っていうかお前、バイトはどうした。  
「キョン!それじゃあ、あなたが餌を買ってくるのよ!それと、鳥篭もね。  
 あぁそうだ。ついでにメロンパンも一緒にお願い。もちろん人数分ね!」  
そして、ハルヒ。ここまでは予想通りの展開だ。ああ、そうだな。  
俺が部屋に入ってから、SOS団のメンツが揃う今の今まで、長門はずっと、まるで  
森の大樹のように動かず、掌に雀を乗せているのだから。  
鳥篭を買ってやらないと、多分一生ここに座ったままだろうな。  
それに何よりも餌を与えないといけない。それも早急に、だ。  
 
俺は財布の中の漱石先生の人数を確認すると、次の小遣い日までの日数を数え、  
その次にあの糞長い坂道の往復を想像した。慣れたものとはいえ、やはりキツイ。  
とはいえ、部室を出る際の、長門のじっと俺を見つめる顔を思い出すと、  
これはもう急がんといかん、という、メロスのような心持になる。  
それから、この間のSOS団、いや俺の人生の恥部でもある例の文化祭の自主制作映画の  
撮影現場である商店街へ赴き、まさに閉店をしようとシャッターを閉めていた店主に無理を言って  
籠、餌、その他諸々の飼育セットを売ってもらい、いつもより倍の早足で、  
いやどちらかといえばダッシュで坂道を駆け上がり、自己最速記録を更新しつつ、  
俺は部室へと舞い戻った。本当、何やってんだろうね。このSOS団、もとい俺は。  
そもそ校内でペットの飼育はOKなのかね?  
と、思ったところで重大な事実を思い出した・・・ああ、メロンパン買ってねぇ。  
 
 
「ねぇキョン。この注射器みたいなのは何?」  
 
ハルヒは俺が買ってきた小鳥用の餌やりマシーン、またの名を給餌機。  
その名も”育ての親”を興味深々にむ〜〜っと見つめている。  
ペットショップの店長によると、こいつにお湯でふかした餌をつめて、  
くちばしにもっていってやると、親鳥のくちばしと勘違いしてばくばく喰らい付くそうだ。  
どうみてもただのプラスチック容器です。本当にありがとうございました。  
「ふむ、これくらいでいいでしょうね」  
「温度は・・・えぇっと、あ、調度いいですね」  
俺とハルヒが袋の中身をごそごそとやっている間に、小泉と朝比奈さんが  
早速餌用のお湯を沸かしていた。小鳥用の餌はお湯で混ぜて食べやすくして与えるものらしい。  
ま、一種のベビーフードだろうな。  
「いやぁ、最近のは便利になっているんですね。僕のときはその辺の虫をすり潰して」  
いいからとっととこっち持って来い。っていうかお前の保護したのは何の鳥だよ。始祖鳥か何かか?  
「はは、冗談ですよ」  
相変わらずのスマイルをしているが、こいつの場合は本当にやってそうだから怖い。  
おそらく、聖人のような笑顔で、とてもじゃないが映像でお見せできない事をしていたのだろう。  
皿の上に盛られた、お世辞にも美味そうには見えない肌色と黄色のおからを混ぜた  
ような異形の粘着物体。なんだか嫌な匂いもするぞ。大丈夫か。  
本当にこの雀が食うというのだろうか。しかしまぁ、野生の雀なんて  
例えばよっぱらった親父が吐いた○○に群がっていたりするわけだ。あの愛らしい雀が!  
そういえば俺雀の丸焼きを食った事あるな・・・いや、この話はもう無しにしておこう。  
 
さて、この餌に給餌機をぶちゅっと差し込む。なるほど、筒状のこいつに、  
ストローでジュースを吸い上げるように餌が装填されていく。  
上方のハサミと似た形状の輪に指をいれ、これで注射器のように餌を押し出すのか。  
 
準備は整った。ここで、ある疑問が沸き起こる。この貴重な体験である、餌やり  
一発目を俺が投入する事を、あのハルヒが許すだろうかって事だ。  
もう考えるまでもないだろう?ほら、まるで初めてファミコンを買ってもらった子供の  
ようにキラキラした目でこっちを見てるんだ。  
「キョ〜ン〜?まさかあなた、このまま何食わぬ顔で”一番に”餌をあげようとしてるんじゃ  
 ないでしょうね〜?」  
もう、小学生のウサギ当番を取り合いをする年齢でもないだろう。ハルヒよ。  
ここで意地を張って閉鎖空間を発生させるのも大人気ない。ってことで、俺は  
穏便にハルヒに餌が詰まりに詰まった給餌機を渡した。  
本当は少しあげてみたかったんだがね。・・・少しだけだぞ。  
「あら?いいの?えー?そう。仕方ないなぁ。キョンがそこまで言うのなら  
 私が直々にチュン太に餌をあげてもいいわ」  
命名。この雀の雛は只今をもって、チュン太と呼称するように。ほら、ここは拍手する所だぞ。  
が、しかし。  
「あら?食べないわ、この子。お腹が空いてないのかしら?ほら、チュン太。餌よ。餌」  
ハルヒがくちばしをツンツンとつつくが反応は無い。  
「近すぎるのかもしれません。もしよかったら、僕に貸してもらえませんか?」  
「ん〜。じゃ、小泉君やってみて」  
ハルヒはしぶしぶと小泉に給餌機を渡す。いつになく小泉がアグレッシブじゃないか。  
どうも、過去に鳥を保護したってのは本当なのかもしれない。どうでもいいけど。  
「ふむ・・・おかしいですね。食べません。餌が合わないのでしょうか」  
自称、プロの小泉でもアウトだ。もっと親鳥のくちばしっぽく与える必要があるのかね。  
「あ、あのぅ・・・私もあげてみていいですか?」  
おずおずと申し出る朝比奈さん。・・・がしかし、これもアウト。となると、次は俺の番だが、  
平々凡々な一般人の俺に鳥と心を通わせる特殊能力があるわけもなく、  
チュン太は給餌機の先からねじりださせた餌を見てもきょろきょろしてはぴぃぴぃ鳴くばかり。  
 
 
「変ね…ひょっとしてお湯で薄めすぎたとか?ほら、香りも大事じゃない?  
 餌と認識できないんじゃないかしら?」  
 
ハルヒは少し困った風に、餌の説明書をじっと見ている。こうやって困っている顔は  
滅多にお目にかかる事がないが、やはり性格を除けば美少女というだけあって、  
困り顔はこれはこれでいいのかもしれない。  
「ふみぃ〜分量は大丈夫ですよぅ」  
自分が責められたのかと勘違いした朝比奈さんはチュン太みたくぴぃぴぃと怯えだした。  
「そうだな、とりあえず作り直してみるか?ひょっとしたら、お湯の量間違えたのかもな」  
朝比奈さんを疑っていいるわけじゃないんだが、ひょっとしたらって事もありえる。  
・・・そんな悲しそうな目で俺を見ないでください。朝比奈さん。俺はいつだって味方ですから。  
鉛の様に重い罪の十字架を背負いつつ、俺は給餌機を持って立ち上がった時だった。  
 
「待って」  
 
えぇと、確か俺が餌の買出しから帰ったのが5時過ぎ。そして今は6時過ぎ。  
つまり約一時間ぶりに、椅子の上でヒューマノイド型有機体鳥巣と化していた長門が  
口を開いたわけだ。ひょっとしたら出かけてる間中、ずっと黙ってた可能性も十二分に有り得る。  
「分量は適正と思われる」  
長門の目がじっと俺を見つめる。わずかに、何かの感情を込めているように思えた。  
俺は無言で長門に給餌機を渡すと、長門はそれを受け取り、チュン太の口元へと運んだ。  
「うそ・・・食べた・・・なんで!?」  
驚いたのはハルヒだけじゃない。俺も朝比奈さんも、そして小泉も、長門以外の全員が  
驚愕していた。チュン太は、今までの拒否っぷりが信じられないくらいに、  
ガッツガッツと餌を食いだした。よっぽど腹が減っていたんだろうな。  
 
「分からない。この場合はあくまで確率論」  
 
その確率論が何と何を割ってどうやって導き出したのかは知らんが、  
少なくとも、チュン太は給餌機に装填した餌を軽く平らげ、おかわりまでし、  
それから水をガバガバ飲んだところで、目に見える通り腹が膨らんできたので、  
それ以上餌をやろうとする長門を止め、鳥篭内部に設置した巣の上にそっと置くと  
すやすやと至福の寝顔で眠りに付いた。  
 
「あ、そういえば」  
 
心温まる空間を切り裂くハルヒの一言。  
 
「キョン。頼んでおいたメロンパンは?なんだか今日はやけにメロンパンが  
 食べたいのよね〜」  
 
 
―ああ、スマン。正直に言おう。忘れたんだ。  
 
 
 
                             続くかもしれん  
 

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