その日は朝から変だった。  
何がだって? 決まっているだろう。涼宮ハルヒだ。  
今日のハルヒは心ここにあらず、といった感じだ。  
 
俺が話しかけても返事ひとつせず上の空。何かを考えるような顔をしたかと思うと、今度は溜息を吐く。  
そうかと思えば俺の顔をじっと睨んでくる。あの無駄に大きくて鋭い目で見つめられると、ハルヒ慣れした俺でさえ萎縮しちゃうね。  
俺に朝の挨拶をしに来ただけなのに、この目で睨まれた谷口に同情するぜ。  
 
ともあれ、何か言いたそうな感じはしているのだが、奇妙なハルヒの雰囲気に気圧されて、俺は何も聞けずに居た。  
日頃ハルヒに振り回されてきた俺としては、こんな状態のハルヒを見るのは初めてであり、故に得体の知れない不安を感じる。  
こいつが普段通りじゃなかった時に、何も起こらなかった試しがないからな。  
 
 
 
背中に視線が突き刺さったり、やっと視線がそれたかと思えば不穏な空気を背後から感じたり。  
俺の午前中は全く授業に身が入るはずもない状態だった。普段からそうだとは言わないでくれよ。  
 
無駄に俺が神経を使っただけの午前が終わり、昼食の時間だ。  
この時間ばかりはハルヒは学食にでも行くのだろう、今日はじめての落ち着いた時間だね。  
なんて考えは脆くも崩れさった。  
いつもなら、暴走機関車のごとき勢いで教室を飛び出るハルヒなのだが、今日は一向に動く気配がない。  
かといって弁当を持参してきてるわけでもないらしい。  
 
当然ながら、朝から続く奇妙なオーラは絶賛放射中である。  
いつもなら集まって弁当を食べる谷口と国木田も、危険を察知した野生動物のように教室から姿を消していた。  
一瞬、俺も部室あたりで食べようか。と頭をよぎったが、今ここから動くのは何かとんでもないことになりそうな気がしたのでやめておく。  
俺は渋々、背後にハルヒオーラを浴びつつ昼食をとることにした。  
 
 
 
普段より60%減の箸の速度で、弁当を半分くらいまで片付けたところで、ついにハルヒが動いた。  
がたっ。椅子のずれる音がしたので、後ろを振り返るとハルヒが立ち上がっている。  
「やっと昼飯を食う気になったか?」  
と言う俺の問いには答えず、一瞬目配せをしてハルヒは無言で出て行った。  
やはり何か言いたそうな目をしていたような気がする。  
 
何だってんだ一体。不気味なハルヒの行動に、俺の本能は警告を鳴らし続ける。うるせーよ。  
「ふう・・・・・・」  
溜息をつくと、食べかけの弁当を片付け、俺は部室に向かうことにした。  
あそこでゆっくりしよう、半日もハルヒの不穏なオーラを浴びた俺の精神汚染を浄化するには、休息が必要だからな。  
午後の分も続くことを考えると、ここで回復するしかあるまい。  
俺は部室へ向かって歩き出した。  
 
 
 
ん?今見えたのはハルヒか?  
俺は部室に向かう途中、新館と旧館を繋ぐ渡り廊下で、中庭を突っ切って歩くハルヒの後姿を見た。  
 
どこに行こうってんだか。あいつの奇行は俺たちが出会った頃と比べると、随分大人しくなったもんなんだが。  
まあ俺には関係ないね。さっさと部室に行って午後に備えて休息しよう。  
・・・・・・気になってなんていないぞ? 心配なんてとんでもない。違うって言ってるだろ?  
俺は誰に向かってこれを思ってるんだろうね?  
旧館に入り部室までの道を行く。階段を上がったところで何の気なしに窓の外を見てみた。  
 
 ハルヒが居た。俺の知らない男子生徒と一緒に。  
 
・・・・・・・・・・・・  
なんだろうか。この変な引っかかりは。  
いけない事だとは思いつつも、俺は声が聞こえるようにそっと窓を開けた。  
 
 
 
「すまないな、呼び出したのに。」  
どうやら、まだ話ははじまってないようだ。男子生徒の口ぶりはそんな感じだ。  
「そんなこといいから早く用件を言いなさいよ。さっきからずっとだんまりじゃない。用がないなら帰るわよ。」  
「あ、いや!待ってくれ!やっと心の準備ができたんだ!」  
 
俺はここでわかった。ハルヒの告白するつもりのようだ。  
誰だか知らないが物好きも居たもんだ。まあ結果は火を見るよりあきら・・・・・・。  
俺はここで谷口の話を思い出した。  
 
 「なんでか知らねえけど、告られて断るってことをしねえんだよ、あいつは。」  
 
・・・・・・  
まただ、何だこの感じ。なんだって言うんだ。  
俺の状態を他所に話を進める2人。俺は変な感じを受けつつも続きを聞く。  
 
「涼宮、お前は奇人変人だとほとんどの奴に思われてる」  
「うっさいわね。あんたには関係ないでしょ。」  
「でも俺はそれでもいいと思ってるんだ。」  
ハルヒは何も言わない。なんでだハルヒ。言い返してやれよ。  
 
少し間をおいて男子生徒は続ける。  
「文化祭のライブのときの涼宮、俺にはすげー輝いて見えた。」  
「・・・・・・あっそ。」  
「涼宮が好きだ。付き合って欲しい。いや、付き合ってください。」  
「・・・・・・」  
 
ハルヒ、なにやってんだ。何で黙ってるんだ。まさか付き合う気じゃないだろうな?  
SOS団はどうするんだ。なぁハルヒ、なんで何も言わないんだよ。  
 
ってなんだこれ。まるで俺はハルヒが付き合って欲しくないみたいじゃないか。  
まただ。これは、この感じは・・・  
俺は居た堪れなくなって、盗み聞きをやめて部室に向かった。  
 
 
「よっ」  
部室の長門に挨拶して、俺は椅子に腰掛ける。  
長門は頷いただけだが、これがこいつの挨拶だ。  
 
にしてもハルヒに告白ね。ハルヒの態度もおかしかったな。  
谷口の話の通りなら速OK、そして速破局。ではなかったのか?  
何も言わないなんてあいつらしくない。  
 
・・・・・・  
ああわかったよ。認めるよ。俺は面白くない。  
出会ったばかりの俺は、ハルヒが普通の高校生らしい生活をしてくれることを望んでいたが、今は違うんだろう。  
ハルヒ消失事件のときに俺は気づいちまったからな。  
SOS団を取り巻く今が楽しい。  
ハルヒを中心に形成するこの輪の中に、俺たち以外の誰かが介入するのが嫌なんだ。  
 
「ハルヒ・・・」  
気付けば俺はその名を呟いていた。自分の口を切り落としたい衝動に駆られたが  
「涼宮ハルヒの精神が朝から不安定になっている。」  
長門の話で口を切り落とさずにすんだようだ。  
「やっぱりか、朝からあいつ変なんだ。」  
「私にはどうすることもできない。また、する必要もない。」  
「なんだって。」  
長門はゆっくり俺を指差すと  
「あなたの気持ちも不安定。」  
そう言うと、ハードカバーを閉じて立ち上がった。  
どういうことか詳しく聞きたかったが、予鈴がなる。  
放課後詳しく聞くか。そう考えて俺は教室に向かって歩き出した。  
 
 
 
教室にハルヒは居なかった。  
また妙な感じだ。嫌な予感がする。授業開始のチャイムが鳴っても姿を現さない。  
考えるより先に体が勝手に動いた。  
教室を出て、旧館に向かって走り出す。  
 
と、そこに居るのは古泉か?  
階段の踊り場で古泉と会った。  
「どうしたんですか? もう授業ははじまってますよ。」  
それはお互い様だろ。  
「閉鎖空間です。朝から不安定な状態でしたが、ついに発生しました。」  
いつものにやけスマイルを作りながら  
「あなたは?」  
俺はな、教室にハルヒが居ないからな。心配はしてないが、授業をサボるのはよくないだろ。  
くくっ。と嫌な含み笑いをして  
「なるほど。らしくないようで、あなたらしい。」  
いちいちむかつく野郎だ。  
「すいません。僕はこれで失礼しますよ。仲間の手伝いに行かなければ。では。」  
さっさと行っちまえ。  
俺も旧館に行くとしよう。  
 
 
旧館裏には居なかった。どこ行ったんだ。まだここに居るような気がしたんだが。  
俺は新館へ道を引き返す。  
途中思いついて、SOS団発足の際、俺が最初に連れてこられて協力をせまられた、屋上前の踊り場へ足を向ける。  
ここにも居なかった。だが・・・  
俺は屋上へ続く扉へ手をかける。  
開いた。  
 
「ここに居たか。」  
そこにハルヒの姿を見つけ、俺は思わず安堵の息を漏らす。  
なんでだろうね?  
腰掛けているハルヒは顔を向けることなく  
「何しにきたのよ。」  
なんて言う。こいつらしいな。  
別に、用なんてないさ。意味もないぜ。  
「あっそ。」  
そう言うとハルヒはだんまりだ。  
俺も沈黙し、ハルヒの横に座った。  
 
 
 
俺は横目にハルヒの横顔を見る。  
物憂げなその顔は、いつものこいつの顔じゃない。  
だがなんだろうな。そこには年相応の脆さがあり、いつものハルヒからは想像できない希薄さに満ちている。  
不覚にも鼓動が少し早い気がする。ハルヒの意外な一面を見て、俺の心はステータス異常にかかったようだ。  
「なあ、ハルヒ。」  
俺の口は勝手に話しはじめた。  
「なに。」  
俺に対する態度もおかしいな。こんなそっけない状態は、SOS団発足前くらいに感じる。  
寂しい。そうだろう? いつものように接して欲しいんだ、俺は。  
 
「どうしたんだ。朝から元気ないぞ。様子もおかしい。」  
「別に。なんでもないわよ。」  
なんでもなくはないだろ。ハルヒのそんな顔はあまり見たくない。  
「どういう意味よ。」  
「いつものお前がいいって言ってるんだ。」  
 
ハルヒはこっちへ向き直った。その瞳からなんとも言えない色が覗く。俺も見つめ返してやる。  
そこには俺の見たことないハルヒの顔があった。  
告白を見たときに感じた嫌な感じ。ハルヒの態度から受ける感じ。  
それの原因はわかってるだろ? どんな感情かも俺は知っている。  
認めてしまえば簡単なことだ。  
「ハルヒ、俺はハルヒの色んな顔を見てきた。」  
返事はない、俺は続ける。  
「けど、今日のお前の顔は見たことないな。」  
ハルヒは少し悲しげな顔をした。これは俺の知ってる顔だ。  
「新たな一面を見るのも悪くないぜ。」  
「キョン・・・」  
今日はじめて俺の名前を呼ばれたな。  
「でもな、俺はやっぱりいつものお前がいい。」  
じゃないと物足りないって言うか、少し寂しいからな。と心の中で付け加える。  
 
ややあって  
「あんた、見てたでしょ。」  
バレタ。何をだ? と、一応シラをきる。  
「私が告白されるところよ。」  
あっさり言い切った。俺は頭をフル回転させていい訳を探しながら  
「ああ」  
とだけ言った。  
「前ならこんな気持ちになることもなかったんだろうけどね。」  
言いながら俺から目線を離す。  
「なんでかしら、朝手紙を見たときから、なんか落ち着かないのよね。」  
 
キッと俺を鋭い目で睨むと  
「って、なんであんたにこんなこと言わなきゃいけないわけ!」  
お前が勝手に話はじめたんだろうが  
「ふんっ!」  
怒った顔をして立ち上がると階段に向かって歩き出す。  
「ハルヒ!」  
「なによ。」  
振り向いたハルヒに向かって俺は言ってやった。  
「そのほうがお前らしいぜ。いつものようにしてたほうが、俺も嬉しいってもんだ。」  
怒ってるようなよくわからない顔をして  
「う、うるさいわね! べーだ!」  
思いっきりあかんべーをして走って行った。  
 
 
 
完全にいつも通りとは行かないが、それでも朝よりはマシになりそうだったな。  
これで俺も午後の授業に集中できるってもんだ。  
ん? 別に嘘なんかついてないぞ。俺は本心からそう思ってるんだ。  
別に心配になって探したわけじゃない。俺はただ午後の授業を平穏に・・・  
って俺は誰に向かって言ってるんだろうね?  
 
やれやれ。  
目を閉じると、そこには先ほどの物憂げな横顔のハルヒが居た。  
気の迷いを振り払うと、俺も教室に向かって歩き出した。  
 
 

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