時空跳躍による目眩と悪寒はすでにひいていた。底冷えのする寒気の中、肩に置かれた  
朝比奈さん(大)の手の暖かみがこの上もなく頼もしい。影になった北高校舎を見上げ、  
星明かりに目をならす。  
 冬の星座ばかりが無言劇を見下ろす観客だった。役者は3人。俺と朝比奈さん(大)、  
そして全ての元凶となったそいつだ。  
 コツコツと靴音をたて、時空改変者が暗がりから姿をあらわす。  
 すべて彼女から聞いていた通りだった。涼宮ハルヒの力を奪い、SOS団をバラバラに  
したそいつが、北高の制服を風に揺らして街灯の下へ歩みでる。  
「すごい‥‥こんなにも強力な時空震なんて‥‥」  
 朝比奈さん(大)が感嘆を洩らす。  
 それがどれほどの行為であれ、夜空に手をかざしたそいつはあっさりと手を下ろした。  
これで時空改変が終了したのだろう。ふと不思議そうな顔になり、ついで淡くほほえんだ  
そいつの様子を、憂鬱を胸に抱いたまま俺は見つめつづけていた。  
「キョン君。今度は私たちの出番です」  
 朝比奈さんの硬い声が合図だ。短針銃を握りなおして校門へと踏みだす。  
「よう」  
 久しぶりに会う友人にあいさつするかのように声をかける。  
 漠然と感づいてはいた。考えてもみろ。あの日以降、秘密のプロフィールを奪われたS  
OS団のなかでただ1人だけ、今までにない仕草や行動をみせる奴がいたのだ。  
「お前なのか‥‥やはり」  
 ‥‥やはり?  
 声をかけた瞬間、ずきりと、こめかみが鈍く痛んだ。デジャブとも、長患いが本復した  
あとの気怠さともつかぬ、とらえどころのない決定的な違和感が脳裏に刺さる。だがその  
原因を暴くまえに頭痛は消えさり、俺は一瞬の妙な感触をふりはらった。  
 ここで止まるわけにはいかない。  
「あ、あれ‥‥どうして、あなた、が」  
 目覚めたばかりの夢遊病者のように立ちすくみ、それでも俺の姿に安堵しかけた彼女に、  
いっさいの力を失った時空改変者に、現実をつきつける。  
 
 
「すべて、お前のしわざだったんだな‥‥朝倉」  
 
 
 朝倉は腰まで届くストレートヘアだった。これはあの朝倉だ。18日以降の、世話焼きな  
委員長の朝倉涼子。宇宙人でもなんでもない、溌剌とした彼女だ。こちらの世界で始めて  
知った、ハルヒに気兼ねなく浮かべる本当の笑顔を前にして、ひどく無機質な冷気が腹の  
あたりから広がっていった‥‥  
 
 俺がハルヒという名の災厄に遭遇し、トルネードじみた傍若無人な蛮行に巻き込まれる  
形でSOS団が結成され、朝倉の正体を知ってから8ヶ月あまり。思いおこせば朝倉涼子  
はいつだって委員長的な笑顔の裏に豊かな感情を伏せていた。  
 同じ笑みでも古泉一樹のポーカーフェイスとは違う、感情を秘めるための優等生の仮面  
だと気づいたのは、たしかそう、野球大会での会話が初めてだったはずだ。  
「そういや朝倉、お前最近ポニーテールやめたんだな」  
「え?」  
 北高のジャージ姿で球場前にあらわれた朝倉は、春先の腰まで届くストレートロングを  
止め、肩より長いくらいに切りそろえていた。その姿を見ておやと思ったのだ。たしか、  
体育の時間はつねにポニーテールでまとめていたはずなのだが。  
「あっちの方が動きやすいんじゃないか?」  
「‥‥そんなこと言わないで。涼宮さんに聞かれたら大変だもの」  
 思ったままを告げたのに、朝倉は申し訳なさそうにうつむく。それが不可解で、本部テ  
ント前でなにやらごねているハルヒを確認した俺は語気を強めた。  
「なぜだよ。あいつは関係ない。似合ってるんだしポニーテールにすればいいじゃないか。  
その方が動きやすいんだろ? 髪型ごときでハルヒに文句は」  
「だめ、それ以上は」  
 にべもない反射的な拒絶だった。残像も見せずに朝倉の手が伸び、口をつかまれて球場  
の壁に背を打ちつける。痛みはなかった。怪我しないよう加減してくれたらしい‥‥が、  
いきなりどうしたというのか。唖然とした俺を鋭い目で朝倉が睨む。  
「‥‥もう、どうしてそんな鈍感なの、あなたは」  
 手を離した朝倉の笑みに俺は息を呑んだ。なぜだろう。見慣れた笑顔なのに、まるで、  
叱られているような妙な罪悪感を覚える。一体なぜ?  
「あっちの世界であなたが涼宮さんに何を告げたか、もう忘れたの?」  
「あ‥‥」  
「女の子はね、小さな一言でも喜んだり傷ついたりするの。もっと気を配ってあげて‥‥  
涼宮さんのためにも、私のためにも」  
 だから駄目よ、そう告げて背を向けた彼女に、そのときの俺は言葉をかけられなかった。  
涼宮ハルヒの観測のみを目的とする対有機なんとか用ヒューマノイドだと、感情は偽りの  
ものだとあの日マンションで語ってくれた朝倉涼子の、その『彼女らしからぬ』人間的な  
激情が仄見えた意味を、俺は、もっと深く考えておくべきだったのだ。  
 いや‥‥  
 彼女の感情はそれより前から芽生えだしていたのだろう。  
 なにせ、俺と朝倉が知り合ったのは時間軸上で言うところの3年前。ハルヒによる情報  
フレアが観測されたあの当時から、朝倉の方は俺を知っていたのだから。  
「入れてもらっていいか?」  
「‥‥そんなすがるような顔をされて、手を差し伸べないわけに行かないじゃない」  
 最後の希望をつないで505号室のドアを叩いた俺と朝比奈さん(小)を出迎えたのは、  
困ったように呟く朝倉の笑顔。それがあまりに暖かみのあるものだったせいか、3年の間  
待機するのだと聞かされて、絶句したことを思いだす。  
「待機って、まるきり機械じゃないか。ゲーム機のスリープモードじゃあるまいし」  
「ううん、そんなに心配しなくていいのよ? これが私の役目だもの」  
「朝倉‥‥」  
「それに、3年たてば、あなたに会えるから」  
 ふふっと手を打ち合わせる仕草は相変わらず無邪気なままで。  
 ああ。たしかに俺は鈍感だ。たとえただの友人同士だとしても、3年もの間1人を思い  
つづける重さになんて、最後の最後まで、世界がこうなるまで、気づけなかったんだから。  
「そうだろう。朝倉」  
 語りながら足を踏みだし、月下の校庭を近づいていく。  
 手には、朝倉自身の手による再修正プログラム。無骨な銃のグリップが気分を沈ませる。  
一歩ごとに全身から血がにじみ、生命力が失われていくような気分になる。  
 
 それでも朝倉は冷静だった。  
 いや、冷静だったからこそ‥‥か。自分の中に溜まっていく想定外の感情に対処できな  
かったのだ。情報思念体が朝倉に分け与えた感情なんてたかが知れている。当然だ。駒と  
して動くためには、涼宮ハルヒの観察という目的遂行のためには、不必要な共感や友愛は  
バランスを崩す要員でしかないからだ。  
 朝倉は実際、自分のなかだけでバランスを取り、バグを処理しようとしていた。  
 観測対象に従属するだけではない、涼宮ハルヒと対等の関係をめざしていたはずなのだ。  
 あの時だってそうだ。  
「私たちには負ける以外の選択肢がなかったのよ」  
 パソコンを賭けたコンピュータ研との対決のさなか。  
 聞いたことないほどの冷たい声音は憎しみどころか殺意とさえ呼べるレベルで、委員長  
らしからぬ激情の暴発に思わず後ずさりつつ俺は朝倉に反論する。  
「でもな、朝倉。ここで宇宙的なパワーを使ったら、ズルをした連中と同じに」  
「あなたの指示には違反しないわ。そう誓ったもの」  
 即答だった。朝倉の。  
「既知空間の情報結合状態には手をつけないと約束する。あくまで人類レベルの能力で、  
コンピューター研究部には対抗するから。だからね」  
 俺に言ってるのか。  
 問い返されて、心外だとばかりに朝倉の目が見開かれた気がした。瞳が潤む。何を言っ  
ているの、と。  
「‥‥わたしの情報操作能力に枷を嵌めたのは、あなたなのよ」  
 決意を秘めて真剣に懇願する瞳は、まるで主の許しを求める忠実な猟犬のようで――  
「よし、やっちまえ、朝倉」  
「うん!」  
 これ以上ない、薔薇色の笑み。  
 そうしていうまでもない圧倒的な勝利を収め、高揚していたのだろう。部長氏のお誘い  
を受けた朝倉はなぜか嬉しそうな顔で真っ先に俺にお伺いをたてていた。  
「‥‥あーんなこと、言ってますけど? ねえ、どうしたらいいかな? 私」  
 いや、俺に振られても。  
 とたん、笑みを浮かべたまま朝倉の唇が拗ねたようにつんと上向いた。あっと思うもな  
い。マズい反応だったと反省する。これだけ長く朝倉ウォッチャーをしていれば、谷口や  
国木田ごときには見抜けないモナリザの笑みの微細な変化だって、瞬時に肌で感じ取れる  
ようになる。  
 ‥‥つまるところ、朝倉は俺に反対して欲しいらしいのだ。  
 しかもコンピュータ研には参加したい癖に、俺の反対を望んでいる。どういうこっちゃ。  
後押ししたらいいのやら、ハルヒと共に反対すべきやら。  
 朝倉と見つめあって百面相することしばし。  
「ちょっとちょっと、何やってんのよ。勝手に涼子をレンタルしちゃ駄目よ」  
 ハルヒが俺たちの視線を断ち切って割りこんだ。  
「いい? この娘はSOS団に不可欠な委員長キャラなの。あたしが最初に目をつけたん  
だからね。涼子込みでこの部室をもらったんだから、この部屋にあるものは、たとえ気の  
抜けたコーラでもあげたり貸し出したりしないわよ!」  
 部室だって? ハルヒの言いたいことが分からない。こいつは突然何を言いだすのか。  
「まあ、待て」  
 暴走しだすハルヒの演説をさえぎって考えをめぐらす。  
 結局、どれだけ表情豊かに楽しげに振舞ったところで、ハルヒのお膝元にいるかぎり、  
朝倉は情報思念体の目的に縛られ、自由に感情を表すことができない。なら、たまには気  
晴らしする機会があってもいいのではないか。  
「ふぅん、あなたはそれでいいんだ」  
「ハルヒの『貸しだす』っつー表現は気にいらないがな。朝倉が自由に決めていいと思う」  
「じゃあ、条件付でなら、私もOKするわ」  
 涼子が条件つけるなんて珍しいわねと目を輝かすハルヒの前で、朝倉はいきなり俺の右  
手をぎゅっと抱きかかえた。胸の谷間に肘が沈む――って、え?  
 この、にむっと溶けるような柔らかく完璧なるシンメトリーの感触は、まさか!?  
「2人一緒でいいなら、コンピュータ研に参加‥‥」  
「な、何言ってんのよ涼子! やっぱ不許可、ってかキョンみたいなパソコン音痴連れて  
行っていいわけあるかぁ!」  
 瞬時に口をアヒルの形に曲げたハルヒが俺の左手をむんずと抱えこみ、左右から引っぱ  
られたときはさすがに死を覚悟したものだ。  
 けれど、あの時、ほんのひと時だけ、朝倉は心から楽しそうに笑っていなかったか。  
 
 
 それでも‥‥俺は、朝倉の声を聞き届けるわけにはいかない。そりゃ、朝倉が改変した  
結果、俺は宇宙人や超能力者や未来人、はた迷惑で独善的な神様の横暴から逃れることが  
できるだろう。それこそ、朝倉の好意によるものかもしれない。  
 けれど、だとしても。  
 朝倉涼子が望んだ世界には‥‥『あの』涼宮ハルヒが、いないんだから。  
 だから、俺の腹は、最初から決まっていたのだ。  
「すまん」  
 独占欲なんて誰にでもある、ありきたりな感情だ。  
 朝倉の不幸はそれを知らず‥‥折り合うすべを持たなかったこと。  
 手を伸ばしてピストル型装置を構えた。信頼しきっていた朝倉の笑顔が凍りつき、その  
反応にかなりの罪悪感を強いられる。しかし、躊躇できる段階はとっくに終わっていた。  
「え、え‥‥なんで、どうして、私‥‥?」  
「すぐ元に戻るはずだ。また一緒にあちこち出歩こう。クリパで鍋食って、それから冬の  
山荘だ。今度はお前が名探偵をやって、ハルヒの鼻を明かしてやれ。それが――」  
「キョンくん! 危な‥‥! きゃあッ!!」  
 朝比奈さんの叫びと同時に、どん、という衝撃が体を揺らし、黒い鞠のような、いや、  
砲弾のような勢いで誰かが俺の背中にぶつかってきた。なんだ、何者だ?  
「朝倉涼子を傷つけることは許さない」  
 肩越しに首をねじって振りむいた。おかっぱの女が眼鏡の奥でこちらを見上げる。  
 ――恐怖で背筋が逆立った。  
 長門有希。  
「な‥‥」  
 まごうこともない戦慄の具現。忌まわしい記憶がフラッシュバックする。  
 統合思念体の急進派である長門は朝倉よりはるかに力を有していた。そのバックアップ  
にすぎなかった朝倉は、俺を助けるため文字通り瀕死に追い込まれたのだ。  
 言葉が出なかった。  
 わき腹に冷たいものが刺さっている。平べったく鋭利な鉄の感触を、体内で傷ついた肉  
が噛みしめる。やけに冷たい。激痛よりも異物感が意識を遠のかせる。  
「‥‥」  
 能面のような顔が俺を見下ろしていた。長門はじわじわ後ずさり、俺を貫いた血まみれ  
の長い刃物を引き抜いた。支えを失い、転倒する目の端で腰を抜かした朝倉が尻餅をつく。  
「長門‥‥さん」  
 ミリ単位で小さく髪の毛がゆれ、それが長門の挨拶らしかった。  
「朝倉涼子‥‥私は、いつでもあなたのそばにいる。あなたを脅かすものは私が排除する。  
それが私の役目。だから心配しないで」  
 ポツリポツリと、機械のように言葉をつむぐ。  
 朝倉に命を助けられた春先と同じ、ターミネーターそのものの無表情で長門が傷の深さ  
を推し量る。あのとき身を挺して庇ってくれた朝倉は戦いのさなかバッサリ黒髪を切られ、  
以降、腰まで届いていたストレートを惜しげもなく肩先あたりで切り揃えていた。その、  
長門と渡りあったあの時の朝倉はここには存在しない。  
「これがあなたの望み。私はそれを実現する」  
 へたりこむ朝倉に長門が告げる。一切の感情がそこにはない。  
 長門の言葉は嘘だ。コイツは異常動作を起こした朝倉が誤って再生させた朝倉の影だ。  
朝倉が望むはずがない。思い通りに鳴かない鳥はいっそ殺してしまえなんて、そんな残酷  
な殺人鬼のようなことを‥‥  
 ――本当に?  
 朝倉がそう望むことはありえない‥‥‥‥そう、思うのか?  
 またしても違和感が、ひどく冷たい笑みを浮かべる髪の長い女のビジョンが頭をよぎる。  
鈍痛がこめかみで波打った。なんだ、今のは――  
 途切れ途切れの思索と、煌々と輝く欠けた月を遮って、長門が俺の視界に姿を見せる。  
「次でトドメ。あなたは朝倉を苦しめる。死ねばいい。その痛みと絶望を噛みしめて死ね」  
 今度こそ、長門有希がゴツいナイフを片手で振りかぶり‥‥  
 俺の記憶は、あっけなく粉々になった。  
 
「追いついた‥‥ようやく、あなたの意識に、追いついた」  
 
 混濁の色彩のなかから声が響いてくる。朝倉が‥‥泣いて、いる?  
 強く、きつく抱きしめられ、柔らかな女性の体に全身を支えられて、ふたたびぐるんと  
視界が裏返った。頬に暖かいものが落ちてくる。朝倉の涙だな、わけもなく悟った。  
 
 まぶたを開けると、泣き笑いをする朝倉の先に、彼女のマンションの天井が見えていた。  
 こんなにも取り乱し、感情を露わにする朝倉涼子ははじめて見た気がする。そんな姿は  
いつも頼れる委員長キャラとは正反対で、反射的にかわいいと思った。  
 北高の制服姿のまま抱き寄せる俺の頬を、長い黒髪の先がくすぐっている。  
「傷は癒えたのにずっと眠っていたから‥‥うなされていたわ」  
「うなされた? 俺が?」  
「ええ。度重なる時空跳躍と致命傷のせいで、あなたという意識がひどく不安定なものに  
なっていたの。治療はすんだけど、無理に覚醒させるのはためらわれて」  
「そうか。じゃ今のは」  
 違和感があったのは、あれが走馬灯だったからかもしれない。だとすれば本気で俺は死  
の淵に面していたのだろう。わき腹に手をやるが、傷痕も血の痕跡も見当たらなかった。  
「すまん。また、お前に助けられたんだな、朝倉」  
「いいの。かわいかったもの‥‥あなたの寝顔」  
 真上からにっこりと顔をのぞきこまれ、女性的な体のラインを下からぼんやり見上げる。  
後頭部には何やら弾力ある暖かい感触。最初枕だと思ってたそれが朝倉涼子の太ももだと  
悟り、超特急で気恥ずかしさこみあげ、俺はむずがるシャミセンのように跳ね起きかけた。  
その体を朝倉の細い手がやすやすと押さえ込む。  
「駄目。傷が完全にふさがるまであと数分かかるから。もう少しだけ寝ていて」  
 ぎゅっと上から押さえつけられ、やむなく暴れるのをやめる。気を失っている間じゅう  
膝枕で治療されていたってことか。さぞ谷口が羨むだろうな。  
 四肢に力の入らないだるさを感じつつ、横たえられた室内を見わたした。  
 リビングにはカーテンが引かれ、外の情景は見えない。煌々とした灯りが眩しく、記憶  
のはざまが目詰まりしたような、妙なもどかしい感覚を覚える。  
 刺されてから相当経っているような気がするにもかかわらず、朝倉の部屋は時間の流れ  
を感じさせなかった。なにもかもが停滞し、あたかも澱みの底に沈んでいるかのようだ。  
「ふふ。駄目ね‥‥隠せないか」  
 くすくすと軽やかなソプラノの声を奏でて朝倉が笑った。  
「お察しの通り、ここは時間と時間のはざま。より正確に言えば、壊れてしまった私と修  
正する私、その両者が重なるまでの、ほんのわずかな時間の谷間。さしずめ不連続面の間  
に滑りこませた無関係なノイズね」  
「朝比奈さん言うところのパラパラマンガがどうとかいう、あれか」  
「そう。だから、ここでの出来事は本来の時間軸になんら影響を及ぼさないわ。次の瞬間  
にも動きだした世界は時空震の歪みを修正し、すべては元に戻る。あなたも、私も」  
 そうか。俺は気を失ったが、最後の瞬間、人の入り乱れる音を耳にしている。おそらく  
朝倉は再修正プログラムを受け入れ、元に戻るのだろう。  
 ――本当なら、ここで聞くべきだったのだ。  
 何のためにこんな空間を作ったのかを。  
「だから‥‥ね。この一瞬は夢のようなもの。ここでの行為は涼宮ハルヒに影響を及ぼさ  
ないし、あなたに恋をしてしまった私も、じきに消えるわ」  
「お、おい!!」  
 びっくりして思わず跳ね起きる。  
 膝枕のぬくもりとあいまって、あけすけな告白に顔がじんじんと熱をおびていた。社交  
辞令でも揶揄でもない、本気の証拠に上気した朝倉は片膝を立てふらりと立ち上がり――  
 
 腰に手をやると、パチンと音をたててスカートのホックを外した。  
 
 しゅるる、という絹ずれの音。  
 悲しむべきは男のサガか、いやむしろ瞬時に理性を蹴散らした俗っぽい煩悩を喜ぶべき  
か、俺はまばたきさえできずに朝倉涼子に魅入っていた。  
 痛いほどに秘めやかな響きをたてて、目を魅きつける健康的で蠱惑的な太ももの表面を  
スカートが疾走し、あっというまもなく足首にからみつく。くしゃっとしわの寄ったスカ  
ートから眩しい白のソックスに、そしてネメシスの輝きに吸い寄せられるかの如く視線が  
這いあがり、  
「もう‥‥えっち」  
 くすくすと笑う声にも淫らな期待が秘められている。  
 俺はただ呆けたきり、愛らしくレースで縁取られたピンクのショーツに釘付けだった。  
肉付きのよい太もものつけねからデルタ地帯へくびれていく、そのはざまを悩ましく覆う  
布地は、秘めた翳りをいっそうきわだてる。  
 カーディガンをはおったセーラー服と無防備な下半身のアンバランスがたまらない。  
 ――楽園だ。断言しよう、男のロマンがここにある。  
 
 なんどか唾をのみ、ようやく俺は声を出す。情けないほどに欲望のにじんだ掠れ声で。  
「あ、朝倉‥‥おまえ、何で、本当に‥‥いや」  
「見ていいのよ。ううん、見てほしい。それが、私の望みだから」  
 女の子に恥をかかせないで?  
 そうやって若干拗ねた風で呟かれると、俺はもう本気でどうしたらいいか分からない。  
朝比奈さんの見目麗しい下着姿をアクシデントにより堪能させていただいたことは何度か  
あるが、ありゃ、あくまで偶然の産物。朝倉涼子は本気で俺を思ってくれているのだ。  
「本当に、冗談抜きでいいんだな‥‥朝倉」  
 多分、男だし、はじめたら止められないぞ。いや、朝倉が本気で情報操作を行えば俺が  
襲えるわけもないだろうが。  
 と、朝倉が奇妙なことを口にした。  
「どうして私が暴走を起こしたか、聞かないのね。それでも私を受け入れてくれるんだ」  
「おまえの口から直接聞くまでは、無理に訊ねたいとは思わないさ」  
 時空跳躍する前に聞きそびれた、時空改変の理由。今ではもうある程度の推測はついて  
いるんだと言うと、そう、と答えて朝倉はうっすら笑った。  
 ふうと吐息をもらし、悩ましく色づいた唇がゆるゆると‥‥衝撃をつむぐ。  
「でもきっと違うわ。だって、私は」  
 
 統合思念体に、あなたの消滅を命じられていたんだから。  
 
「な!?」  
 ぎょっとして後ろに飛びのいていた。だがそれきり足が動かない。なんだ、これは?  
 朝倉が、一歩ずつ迫ってくる。ゆるい動作で肩からカーディガンを滑りおとし、婉然と  
ほほえみながら、上にセーラー服をまとっただけの半裸でにじりよってくる。  
「長門さんの遺言を覚えている?」  
『朝倉涼子の操り主が意見をひるがえすかもしれない‥‥そうならない保証はない』  
 たしかに‥‥頭痛と共に思いだす。だが、なぜ今さら、俺を?  
「文化祭以降、涼宮さんは少しづつ力の抑制を学びだしたのね。統合思念体は、このまま  
彼女からの情報流出が途絶えてしまうことを懸念し、その原因が1人にあると断じたの」  
 ぴたり。  
 初めからそこがチェックメイトであったかのように壁を背にした俺の正面に朝倉が立つ。  
笑みをうしなった顔で。停止させられた俺に彼女を止める力はない。殺されるのか。  
 蛇蝎のごとき速度で、残像をけぶらせた朝倉が迫り――  
「‥‥!!」  
「‥‥‥‥‥‥」  
 ねっとりと暖かく、ねばねばした液体があふれだしていく。  
 ぐ、という俺の呻きをさらに奪いつくして朝倉の動きが激しくなり、こじあけるように  
侵入したそれがどろりと内側を攪拌して泡立てさせ、流れだす熱のことごとくが吸い出さ  
れていく。体液がこぼれていく。  
 ひどくうつろな、放心した俺をえぐるように、探るようにぐるりと体内をなぞりながら。  
「んっ、は‥‥ぁ」  
 ――喉を鳴らし、舌を絡めたままの姿勢で、朝倉涼子は俺の唾液を飲み下していった。  
 熱く甘く、そして昏く、爛れきった刺激が、ぞろりと味蕾を通じて神経を灼きつくす。  
朝倉の言葉を封じ、震えを吸いとり、大胆でいながらどこか躊躇した彼女の舌を俺自身の  
舌ですくいとるように誘導してねっとりと堪能し、むしばんでいく。  
 手足が自由になっていることにも気づかず、ただやみくもに彼女を引き寄せる。  
 うふっ、といたずらな微笑が大きな瞳孔に浮かび、けれどそれ以上の感情表現を俺は許  
さなかった。  
 かぐわしい匂い、どこか卑猥な涎のしずく、彼女の唇からあふれそうな情欲を深々と吸  
い取って喉をならす。旨いというよりは喉を灼く甘美で黒い刺激。こんなもの、誰にも渡  
せない。攪拌した粘液をお返しにそそぎかえし、朝倉の歯の裏をくすぐりながら、ガード  
しようとする喉奥へ、まじわりあう2人のしずくをそそぎこむ。  
 片手であごを軽くつまみ、爪先だつ彼女の喉がコクンと音立てるのを見届けた。   
 いつも意志を感じさせる刷毛で引いたような太い眉が、少しづつ快楽に負けてハの字に  
たわんでいく。そうさせているのが俺なのだと知り、さらに欲望が加速した。  
 離さない。離れない。片時も彼女の唇を離さない。  
 深くやみくもなディープキスをかわしつつ、朝倉はこぼれんばかりの瞳を潤ませていた。  
 
 気が遠くなるほどの時間の果て。  
 つぷんと‥‥  
 ワインのコルクを抜いたときのようにみだらな擦過音をたて、濡れた唇がはなれていく。  
くらくらするのは酸欠のせいばかりではなかった。途中から我を忘れて朝倉をむさぼって  
いた。ずるりという甘美な感触が、まだ生々しく口腔に残っている。  
 自分の大胆さが信じられず、けれど後悔はなかった。  
 少なくともキスの途中からは俺の意思だ。俺が、朝倉涼子を求めたのだ。  
「あ、あは‥‥まただ、感情制御サーキットがどっか、破損、しちゃってるみたい」  
 あとじさり、信じられないと言いたげに呆然としてほほえむ朝倉の頬を、ふたすじの雫  
が流れていた。  
「人でもないのにヒトの感情に流されて、莫迦よね。マザーPCに叛逆する端末なんてモ  
チーフ、今時チープなSFにもありえない設定なのに、私、私は」  
 造物主に逆らってでも、俺を救うためにと世界を組み替えた――不安げにそう語る朝倉  
は、まるで、情報思念体を裏切った自分が俺に拒絶されることを怖れているみたいだった。  
 言葉が出ない。  
 今まで、朝倉の異常動作が単なる感情のショートだと考えていた読みの甘さを恥じた。  
俺のためだけに、彼女は、文字通り全世界を敵に回して立ち向かったのだ。  
「ねえ‥‥私となんて、したくない?」  
 なのに、こいつはそんなことを口にして、人間じゃないものね私は、なんて寂しく言う。  
 ぶつんと――理性と羞恥と欲望が、レッドゾーンの右端まで振りきれた。  
「バッ、バカぁ言え! おまえは人間だよ、それも飛びっきりの美少女だよ。朝倉を拒絶  
する男なんかこの世にいるものか! 俺が許さん!!」  
 思考が上滑りして羞恥全開のたわ言を口走る。ああもう俺の頭は豆腐か。腐れ落ちたか。  
 だってのに。  
「私は、他の男なんかどうでもいい‥‥あなただけが、欲しいんだから」  
 胸の前で指を絡めあわすいつものポーズで微笑み、吐息がまじりあう距離でしなやかな  
指先がつつっと俺の制服をなぞる。膝同士がひたと密着して石のように硬くなる。どこが  
って? すべてがさ。ほんのわずかに膝を割りこませれば、大胆で挑発的な太ももの間に  
秘めやかな下着の神秘があるんだから。  
「涼宮さんのことは忘れて。さっきも言ったでしょ。ここは存在しない世界なの」  
「朝倉‥‥」  
 谷口ランクにいわくAA+の屈指の美少女に迫られて、拒める奴がいるならぜひ教えて  
いただきたい。もっともどれだけ金を積まれたってこの立場を入れ替わってやるつもりは  
ないのだが。  
 旦那を見上げる新妻さながら、しゅるしゅるネクタイがほどかれていくのを感じつつ、  
今度は意識して彼女の腰に手をまわす。セーラー服と汗ばむ裸身の境にひたりと指が吸い  
つき、あ‥‥とこぼれた艶めく声にドクンと腕が震えた。こんな、抱き寄せただけで敏感  
に反応してしまうものなのか。  
「でも意外。すごい積極的で激しいんだ。野獣みたいでびっくりした」  
 野獣ですか‥‥いや、突っこむべきはそこではなく。  
「さっきみたいに情報操作の力を使うのはやめてくれ。俺は、俺の意志で朝倉を」  
「‥‥涼子」  
 ぶすっとして訂正されたので慌てて言い直す。  
「俺は俺の意志で涼子が欲しいんだ。お前が好きなんだから」  
「そっか、そうだね。じゃあ」  
 一度ぎゅっと体を押しつけた朝倉が身をひるがえし、リビングの端から箱を出してきた。  
犬でも飼っているのか、丈夫なハーネスのついた首輪に、束ねた荒縄に、金属の光沢を放つ  
ワッカに、あとなんだ、蓋をあけたこぼれだしたのは、あれよとあれというまに‥‥  
「これで‥‥私を、自由にして?」  
 いや、してって。全部大人のおもちゃなんですが。  
 
 幸か不幸か、気まずい沈黙などという停滞は生じなかった。  
 朝倉涼子はきびきびとした委員長気質をここでも発揮して、凍った俺を尻目に物色を始  
める。床にあふれだす玩具の数々。手錠、バイブ、ローション、ムチ‥‥どう考えても元  
の箱には入りきらない。いかな変換をほどこしたのか解凍展開されたグッズに埋もれて俺  
の足元はアダルティな露店さながらだ。  
 いくら事象への介入が得意だからって、夜の生活に興味持ちすぎだろう、これは。  
「にゃん?」  
 うん。俺、猫属性ないから。ネコミミのカチューシャはそりゃ大層かわいいけれど――  
ピンポイントな破壊力も抜群だけど――彼女の髪型ではナチュラルに埋もれて目立たない  
のだ。  
「そんなに呆れないでよ。途中で私の意識が飛んだりしたら、無意識にあなたを操ってし  
まうかもしれないわ。だから、そうできないように枷を嵌めるの」  
 カチン、カチリと施錠の音が響いて、気づけば彼女はネコミミとおそろいの首輪を嵌め、  
背中にまわした両手にチキチキ音をたてて手錠をかけようというところだった。  
「ちょっ、ちょっと待て。何も手錠なんて」  
「あら。臆したの?」  
 遅かった。というか逆効果。俺の声に誘われたのか、すでに手錠の輪がはまった右手で  
背中の左手をまさぐり、ジジジッと金属を鳴らして両手首に手錠を嵌めてしまう。カギが  
どこかも知らず、後ろ手のまま――なんか、すげー不便じゃないか?  
 手錠を嵌めたままどうやってセーラー服を脱がせるのか。知恵の輪を連想してしまう。  
「はい。これでできあがり‥‥据え膳だよ?」  
「男のロマンだな」  
 反射的に答える。答えざるを得まい。ちょっとやりすぎに思えたが、媚びてくる朝倉に  
抵抗するには理性度9レベルのセービングロールでも足りないだろう。  
 アンバランスなパーツの数々が、たとえようもない淫蕩な空気をかもしだす。  
 とんと踏みこんだ朝倉は俺の両足を割って太ももを密着させてきた。明らかに挑発的だ。  
俺の北高のズボンが情けないぐらい膨張しているのを見て、わざとそこに腰を寄せてくる  
のだから。  
「本当に俺を野獣にさせたいのか、朝倉は」  
「ふふっ」  
 満面の笑み。心なしか目がきらめいていて、こんなにも無防備な姿なのに「手負いの牝  
豹」なんてぞっとしない形容を思いついてしまう。  
 俺の胸にピタリと上体を寄せ、ことんと預けた頭を傾けて上目づかいの瞳が俺を見た。  
 探るかのように。  
 ‥‥ああ、限界だとも。これ以上焦らされてたまるかってんだ。  
 片手でしっかりと細い腰を抱き寄せ――不自由な後ろ手の指が、きゅっと俺の手に絡み  
つく――おとがいをもう少し上向けて、  
「舌を出して」  
「‥‥いやらしいの」  
 ぬらりと紅く濡れた彼女の舌先を見やり、舌と舌同士の先端をつつきまわしてみだらな  
キスを再開した。敏感な粘膜をくすぐり、上唇をなぞり、迫ってくる舌先を払うように巻  
きこんで彼女をくすぐる。ひどくもどかしい焦らしあいが続くうち、粘っこい銀糸が幾筋  
も尾を引いて上から下へ‥‥つまり朝倉の口内へとしたたりはじめ、俺の腕にしがみつく  
後ろ手にぎしりと力がこもった。  
「はっ、はっ、はぁぁ」  
 短く荒い喘ぎがいやらしくのぼせて俺の頬をくすぐる。悩ましいまじわりが見えるせい  
だろう。朝倉の顔は朱を散らしたように耳まで真っ赤だ。  
「ん‥‥んぁっ、な、何よこれ、どうしてこんなに上手なのよぉ」  
「秘密だ」  
 ――ぶっちゃけて言えば谷口から借りたAVで勉強したのだが、そんな恥ずかしい練習  
を得々と語るような自爆行為は行わない。簡単に俺を堕とせると思ってたらしく、朝倉は  
どこか悔しそうにはぁはぁと乱れ、せいいっぱい舌を伸ばして俺をとらえようとしていた。  
頃合だな。  
「う、うひゃぁっ、あん待っ‥‥ン」  
 すっとんきょうな声を出した朝倉があわてて舌を引き戻そうとする。だが遅い。  
 俺は自分の舌を引っこめ、ぱくっと朝倉に噛みついた。ずるずると濡れた舌をしごくよ  
うに甘噛みした歯で梳き、たっぷり唾液でまぶしていく。  
「ぅあ、あひゃ、ひっ、うぅぅ‥‥ぐ、」  
 狂ったように儚い嬌声がこぼれおち、それがなによりの媚薬となって俺をたぎらせた。  
 
 にゅるんと舌先が抜け、バウンドして朝倉の口に戻っていく。  
「あ、あは、ひゃぁぁぁ‥‥」  
 ビリビリと電流のように痺れているのだろう。舌ったらずな嬌声をまきちらし、朝倉は  
あやうく床にへたりこみかけた。俺の左肩に額を押しつけ、なにやら不平を呟く。ネコミ  
ミが鼻をくすぐり、ストレートの黒髪がふわりと清潔な香りをただよわせた。  
「なんだ、洗い髪なんだな」  
「んー」  
 今になって恥ずかしくなったのだろうか。顔をあげようとしない。こんなかわいらしい  
有機インターフェイスを造るたぁ、親玉の情報思念体もなかなか世の中分かってるという  
ものだ。  
 と‥‥そこで俺は朝倉の変化を知った。  
 いつのまにか、モジモジと朝倉が足をくねらせている。俺の右足を深々と膝で抱えこみ、  
まるで太ももの最奥をこすりつけずにはいられないような仕草だ。無意識に浅ましく動く  
彼女の下半身に気づいて、鼓動が早鐘のように波打った。  
 じっとり湿った感触が制服のズボン越しに浸透してくる。ものすごい感じているのだ。  
 今こそ言おう――  
「これなんてエロゲ?」  
「うぅぅ」  
 ‥‥返事がかえってきたよ。「うぅぅ」だと。斬新なタイトルだ。  
 まあなんだ、お預けしっぱなしも男がすたる。求められた以上は彼女にも気持ちよくな  
ってもらにゃ‥‥なんてのは男のエゴか? それこそAV的な発想か? どうせ自分から  
手錠なんてマニアなプレイを選んだんだ、いやらしく体を弄られたって、逆らえないのは  
当然のことなわけで、両手を遊ばせておくのはもったいない。  
 左手で朝倉の背中を支えたまま、空いた右手を彼女の下腹部にのばす。  
 俺が気づいてないと思っているのだろうか、小さな動きで熱心に朝倉が股をすりつける。  
その邪魔な膝に苦労しつつ、やや強引に右手を割りこませると、淫靡に湿ったショーツの  
正面に広げた掌をあてがう。  
「!!」  
「‥‥あンッ!!」  
 明瞭な悲鳴が甘く耳朶をふるわせた。  
 俺の掌に気づかず腰をすりあげた瞬間、むにっと5本の指が柔らかな下腹部の弾力を捉  
えて沈み、中指がショーツごと深く彼女の奥へもぐりこんだのだ。最後に一瞬、たしかな  
尖った感触が指の腹を抉り、朝倉が大きくのけぞった。  
 意味もなく震えと感動にとらわれる。  
 ひときわ高かった最後の嬌声。こりこりした指の感触‥‥あれが、女性のもっとも敏感  
な充血したクリトリスの感触だったのか。  
 びくんと跳ねた朝倉が足を引いて逃れようともがく。かまわずくびれた腰に力をこめて  
捕らえて、  
「あぁっ、ちょっとぉ、だめェ」  
「ごめんよ、朝倉」  
 一言謝って、窮屈なレースのショーツの下へ指をもぐりこませた。  
 ねっとりと手に暖かいものが絡みつき、指先から発火しそうな興奮が脳に突き抜ける。  
――朝倉は、下腹部の指同士を擦るだけでニチャニチャ水音を零すほど、どろどろの蜜を  
はいて濡れそぼっていた。  
 カァッと頭が真っ白に眩み、あとは夢中で指をもぞつかせる。正直どうやったら朝倉が  
悦んでくれるか分からない。ただ、みっちり掌に収まった彼女の秘めやかな肉のフィット  
感とべっとり張りついた陰毛の翳りが、触れるだけで見て取れるように感じられた。女性  
の部分‥‥ワレメに指を這わすとひくつき、吸い込まれそうな気分になる。  
 そのとき唐突な痛みが走った。  
「痛ッ、あさ、朝倉‥‥」  
 驚くのも当然、こみあげる情感をこらえきれなかったか、朝倉は吸血鬼のように俺の肩  
に噛みつき、制服の生地に歯をたてて喘ぎを殺していた。あごをつまんでこちらを向かせ  
ようとするものの、懸命に声を殺して視線を合わせようとしない。  
 さぞや溺れた表情をみせることだろう‥‥  
 自分で誘ったくせに、いざ快楽に飲まれたら、そんな姿を見られたくないのだ‥‥  
 
 卑猥な上下動が朝倉のクレヴァスを捉えてつつっとなぞりあげ、発情した裸身を縦横に  
もてあそぶ――等とフラ○ス書院ぽく言えばいかにも手馴れて聞こえるだろう。  
 その実、はなはだ拙い指先とテクニックによる独演会なのだが。  
 自分の体も支えていられない朝倉を膝立ちにさせてこちらに寄りかからせ、空いた両手  
で本格的にペッティング――愛撫って表現はオヤジ臭いからな――をはじめる。  
ようやく感触が分かってきた右手の指をカギ状に曲げておそるおそる彼女の奥へと突き進  
め、一方で左手を下からセーラー服の中に滑りこませる。みっしりと汗ばんだ肌は快楽の  
残滓を感じさせ、なおも熱を帯びてしっとり指を吸いつかせる。  
 本当はバーッと制服を脱がせたいが、構造がよく分からない。  
 ハルヒが脱いでいたときは大雑把に首から引っこ抜いていたが、普通サイドファスナー  
とかあるもんだよな。とはいえ、そんなことでおたついているのがバレたら、せっかくの  
優位がパーになってしまう。  
「いいから、声を出して」  
 あ、OKだ。ようやく、声も普通っぽく落ち着いてきた。  
 相変わらず猛り狂うマイ・ジュニアはジャイアントなままだが、この興奮を飲みこんで  
朝倉を責めていくことに途方もない愉悦をおぼえてしまう。わりかしSだ。  
「‥‥っ、ィ‥‥ン」  
「朝倉の‥‥じゃなかった、涼子の感じている声を聞きたいんだよ」  
 右手ではほころびたクレヴァスのとば口をぐりぐりいじり、ぬるぬるの指の腹でチュプ  
チュプ肉芽を転がす。顔を伏せても能弁に快楽濃度を語る朝倉の肩が、どこを虐めて欲し  
がっているか的確に伝えてくるのだ。  
 ブラを外そうとして‥‥外せない。  
 なんだこりゃ、どうなってんだ、バックホックか?   
 外す方法をあきらめ、半ば力まかせにブラをずりあげると、今度こそひっと嗚咽があふ  
れた。ぷるんとたわわな肉感が手の甲に弾け、危うく歓喜の声を洩らしかける。  
すごい弾力だ、こんなに女性のおっぱいって、柔らかいのか‥‥?  
 むにむにっと掌底で半球を揉み、触れるか触れないかのタッチでつうと爪をたてる。  
 てきめんだった。  
「んっ、そこ、‥‥イイっ」  
 思わずくぅんと喉を鳴らしてのけぞり、朝倉が白い首をさらけだす。間近に迫った唇を  
軽くついばんでやると一転、狂おしくディープキスを求めてすがりついてきた。  
どろりと濁った瞳に股間が暴発しかける‥‥いや、恥ずかしい話、先走りはとっくにトラ  
ンクスを汚しているが。  
 快楽と焦らしぜめに濁り、どっぷりと首まで愉悦につかった、溺れた瞳。  
 その目が俺を捕え、愛情よりも情欲よりの衝動にせきたてられてか、ひっきりなしの口  
づけと息継ぎでむさぼるように俺の口を犯しながら、あは、とも、ン、ともつかぬ喘ぎで  
声を震わす。  
「ね、ねえ‥‥もう、すごいから‥‥」  
「なんだい、涼子」  
「お願い、来て‥‥来てェ」  
 はしたない乱れ加減は律儀な委員長キャラの裏返しだった。がくんと上半身を崩すなり、  
むしゃぶりつくように制服のズボンに噛みついてベルトやジッパーを外しだす。まるで手  
を封じた分、インランな地が目覚めたとでも言わんばかりに‥‥  
「待った、手錠のカギを外すから、ちょっと」  
「うふ。待たない」  
 どれだけ器用なのか、またたくまにバックルが引き抜かれ、ジッパーに歯をかける。  
「涼子はそんなに‥‥本当に、感じてるの?」  
「ええ。そうよ」  
 ほんのつかのま、とろんと溶けた瞳に焦点があった。  
 
「最初のキスのとき、少しだけ快楽因子を唾液中に生成したの。だからあなただって‥‥  
ほーら、すごく、ない?」  
 ブルンと。  
 自分のジュニアだというのに、最初に連想したのは不運なマタドールを突き上げる闘牛  
の角だった。それぐらい‥‥猛々しく充血し、天にそびえている。ぬらりと鈴口は透明な  
樹液を吐き、朝倉を笑うことなどできはしない。  
「ね‥‥だから、私を、満たして?」  
「はいはい、分かったよ‥‥案外、傲慢なお姫様気質だな。どこぞの誰かのように」  
「他の女(ひと)なんか忘れなさい。失礼よ、そんなの」  
 口をとがらせつつ、待ちきれないとばかりにもじもじ腰を蠢かす朝倉の下半身に手をか  
けると、濡れそぼってねじくれたショーツを引き剥がす。にぱぁと無数の銀糸がアーチを  
描き、乱れた委員長は快感の予兆に身を震わせた。  
 純粋なサーモンピンクの、穢れ一つない女の器官がむきだしに甘く目を射る。  
 下になり、彼女が上から腰を下ろすようにして、ズズ‥‥と下腹部を沈めていく。朝倉  
は後ろ手錠で不自由な体、リードすべき俺はこれがはじめてということもあって、お互い  
昂ぶったままなかなか繋がらなかった。どっちの器官もベタベタのぐちゃぐちゃ、しかも  
ジュニアに垂れてくる愛液のしたたりさえもが敏感な刺激となり、左右にぬるぬるとター  
ゲットを外してしまうのだ。  
「もう、何よ、なんで焦らすの」  
「焦らしてない、そっちこそ、腰を弾ませすぎだっての」  
 連綿と続くもどかしい仕打ちの果て、とうとう彼女のワレメをくぱっと指で開かせ強引  
にねじこんでいく。  
「熱っ‥‥!!!」  
 朝倉の喘ぎ声と同時ぐらいに、ちりちりと激しすぎる感触がむきだしの器官を咥えこみ、  
俺はぐぅっと呻いた。にゅるりにゅるりと自重によって腰を沈めながら、圧倒的な充足感  
に喉を鳴らして朝倉が呆けている。  
 その、まじりあう男女の粘りのなかに一筋の血を認め、思わずドキリとした。  
 それはそうだ。いかな有機インターフェイスとはいえ彼女はまだ誕生から3年ほど。と  
なれば、俺が始めてであってもおかしくはない‥‥  
 同時にこみ上げたのは、所有の、独占の歓びだ。  
「あ‥‥痛くないか」  
「ふふ、全然。刺激がすごすぎて、痛みなんて‥‥うん、ふっとんじゃった」  
 めじり。  
 ひどく猥褻に粘液を跳ね散らかして、朝倉が、底の底まで、俺と、つながった。  
 べったりと根元まで卑猥なそこが俺を包みこんでいる。  
 朝倉の尾てい骨のあたる感触だけで逝きかけた。  
 ぽわーんとだらしない表情で、それでも笑みをこぼす朝倉が嬉しげに報告する。  
「子宮の底まで、埋まっちゃったみたいな感じ。すごい感じるよ、私は」  
「俺も‥‥さ」  
 精一杯クールをよそおって歯の間から言葉をきしらせる。そんな下半身を、いや、俺と  
いう神経網のすべてを、食らいつくすかのように‥‥ただ挿入しただけで、朝倉のそこは  
ぞるぞると渦巻き、蠕動で雄器官を食い締めていた。  
 今すぐ果ててしまわぬように‥‥きつく爪を立てて両手に握り、快感にあらがう。少し  
づつ‥‥2桁を数えたあたりからは徐々にペースをあげ、腹筋を弾ませる要領で彼女の中  
へストロークをつきこんでいく。  
 一息ごとに頭の中が千切れていくような快楽が襲い、意識がバラバラになった。  
 俺の上で騎乗位の裸体を弾ませ、わき腹をきつく膝で締めつけるのが本当の朝倉涼子な  
のだ。セーラー服が波打って、その度にずりあげたブラからこぼれたオッパイが揺すられ、  
制服に卑猥な陰影をつけていく。  
「すご、すごいよっ、ンァ‥‥あはぁァン」  
「俺もっ‥‥ぐっ」  
 壊れたように快楽に溺れて激しく朝倉が腰を使っていく。ジャラジャラ手錠が鳴り、首  
輪の下で汗みずくのうなじが色気を誘う。もうダメだ、俺の方が先に屈服するかと思った  
その時、彼女がガクリと身を突っ張らせ、ついで大きく弓なりにのけぞった。  
「イクよぉ‥‥こんな‥‥あ、はぁァ!!」  
 反則的にかわいらしく媚態にみちた顔。そんな蕩けた姿を見せつけられて限界だった。  
最後の力でガタンと大きなストロークを打ちこんで、ありったけの精を放つ。  
「あ、くぅぅ‥‥‥‥ぅぅンッ!!!」  
 悦楽の極限にまみれ、がっくりと絶息した彼女が身を震わせて俺の上に倒れこできた。  
 
 べったりと汗ではりつくブラウスはさっき半ばはだけられ、そこに繋がったままの朝倉  
が器用に体を倒して寄り添っている。  
 びゅる、びゅるっと未だに余震のごとく射精はつづき、そのたびにブル、と震えて嬉し  
そうな顔をした朝倉が、煽るように俺の胸に舌を這わすのだ。  
 しばらくは言葉もなく。  
 ややあって、ようやく冷静さが戻ってきてから、朝倉が最初に声を発した。  
「もう一回‥‥しよ」  
 マジッすか?  
 
 
「安産型だよな、朝倉って」  
「‥‥涼子。もう」  
 しまった、また間違えた。なにもそんなに眉をひくつかせて睨まなくても。  
「それに安産型って、どういう意味よ。お尻が大きい子は嫌いなんだ。ふーん。へえ」  
「逆さ。触りがいがあって、すごくいやらしいよ」  
 会話が途切れ、キスとキスの合間に朝倉の頬がまたも上気していく。  
「だ‥‥だいたいひどいわ、断りもなくこんな出して」  
 あーあ‥‥なんて声を上げ、腰をよじって2人の接合部をのぞきこむ。  
 俺のモノに押し拡げられた彼女のワレメからは、明らかに雄くさい白濁があふれだして  
いて、そんな確認の仕草に股間がぎりと力を取りもどし、彼女のなかできつく膨張する。  
繋がったまま普通に言葉を交わすこと自体が倒錯的で、2人をおかしくさせた。  
「あっ‥‥ン、‥‥‥‥えっち」  
「仕方ないだろ。そっちが挑発するんだから、男はこういう体なんだよ」  
 ちりちり硬度を取りもどすジュニアで彼女に仕返ししながら、首輪のリードを引き寄せ  
唇を重ねた。ばさりと黒髪が羅紗の幕となって視界をさえぎり、熱っぽいおでこをくっつ  
けたり鼻をくすぐらせたりする。  
 ついばむ舌は桃源郷で、飲みくだす体液は仙界の甘露だ。  
「こんなえっちな人だって知ってたら、色仕掛けで迫ったほうがよかったかしらね」  
 うん? なんのことだ?  
「改変前の世界では涼宮さんにとられちゃったけど、私、1人文芸部で本を読みつづけた  
あの頃から、あなたが気になってたのよ」  
 ああ、なるほど。それは随分とロマンティックな――  
 
 待て。  
 
 ズキンと、鏡の割れるような痛みがこめかみを貫く。世界の偽りを暴きだす。  
 決定的な矛盾。『文芸部で待ち続けた』のは、彼女ではないもう1人の誰かだったはず。  
あの部室で俺を待ち受けていたのは、凶刃を抱いた急進派だったはずなのだ。  
 なら、記憶がおかしいじゃないか。  
「涼子込みでこの部室をもらった」なんて台詞が、どうしてハルヒの口から洩れるんだ?  
 
「ふふっ」  
 
 ただ笑っただけなのに、見たこともない禍々しさがその笑みに宿っていた。  
 顔を伏せている。  
 伏せたままで朝倉がにやつく。  
 その視線が怖くて、カラダを重ねた彼女をまともに見ることができない‥‥!  
「残念。気づかれた。じゃあ、ここから先は――犯して上げる」  
 あ、げ、る。と。  
 3音節に区切って朝倉が発音した次の瞬間、いつぞやの蜃気楼が渦を巻いて俺のカラダ  
を朝倉から引き剥がし、巨人の手のように身動きもさせず俺を圧し拉いだ。  
 どういうことだ。身動きができない。手も足も自由にならない。  
「ずいぶん乱暴してくれたわね」  
 忍び笑いを洩らす朝倉が宙に浮きあがる。ネコミミも首輪も手錠も嵌めたまま、なのに  
強烈なプレッシャーが心身ともに俺を圧している。  
「あら、おちんちんだけどんどん大きくなってる。死に瀕してせめて子孫を残そうとする  
本能かしらねえ」  
 
「なにを莫迦な‥‥朝倉、お前は俺を救ってくれた、SOS団の一員じゃないか!」  
「本気で言ってるの?」  
 朝倉は心底おどろいたように目を見開き、  
「私は長門さんの修正プログラムのすきまに一枚のノイズを滑り込ませただけ。あなたは  
やすやすと信じてくれたけど‥‥随分都合のいい夢ばかり見るのね。おかげでたっぷりと  
中だしされちゃった」  
 ころころと邪気なく笑うソプラノのさざめきがいっそう肌をあわ立てる。  
「まだ射精したりないの?‥‥いいわ、さっきのお礼、屈辱的な方法でお返ししてあげる」  
「涼子、頼むから正気に、グハッ」  
「朝倉でいいわ」  
 激痛がじぃーんと頭頂までつきぬけ、瞳孔がすぼまってしまう。  
 無造作に降りたった朝倉が、むきだしの分身を爪先で蹴ったのだ。痛みはしかしみるま  
に痛がゆい奇妙な衝撃へ、やがてひりひりした疼痛へと添加し、ついにはじんじんと腫れ  
ぼったく疼きだす。  
「あはは、最低。あなたマゾなの? おちんちん虐められてイきそうな顔してる」  
「朝倉、お前‥‥俺を」  
「さっきの快楽因子がまだ残っているんでしょ。私と同じ。ほらぁ」  
 俺の頭をまたいで朝倉が立ちはだかる。  
 ぬらぬらと輝きを溜めた女の帳が頭上にのぞいていた。とろりと白濁まじりの淫液がひ  
とすじ糸を引き、獲物を狙うクモのようにまっすぐ、固定された俺の口へ注がれていく。  
「ん、が‥‥ング」  
「強情なあなたのために、情報因子を飲ませてあげる」  
 無理やりにしずくを飲まされ、同時にカッと下腹部が燃え上がった。  
 腹にくっつきそうなほどに反り返った俺のジュニアを、朝倉が蔑むように脚を伸ばし、  
裸足のかかとでぐりぐりっとこねくりまわす。狂ったようにビュクビュクッと快感が尾を  
引き、瞬間的に暴発する寸前まで追い込まれた。  
「うふふ、歯を食いしばったってダーメ。惨めな顔のまま、私の足でイっちゃいなさい」  
「うぁ、あ」  
 つかのま踏みにじる踵が遠のいたと思う間もなく、今度はもぞもぞ蠢く足の指が迫って  
くる。必死になって避けようとカラダを右に左にゆすりたて、けれど股間がぶるぶると跳  
ねるばかりで、ついに親指と人差し指が充血したカリの直下、エラのはったカサとわずか  
に余った皮との間をしっかりと摘み‥‥  
「うぁ‥‥」  
 なんだ、これは!?  
 信じられない。彼女と繋がっていたときと同じくらいジュニアが痙攣している。優しく  
もなく気持ちよくもなく、ただただ残忍に虐めるだけの遠慮のない摩擦と刺激が、屈辱と  
共に異様な興奮をもたらしている。  
 溶けた鉛を肉棒の芯に注ぎこまれたような感触だった。  
 滑らかな足が、快楽の余韻で朝倉自身火照ったままの上気した足が、容赦なく俺を擦り  
あげている。腰をふって逃げようにももう一方の足が逆側から緊めつけていく。  
「あはは、すごい顔。そんな怖い顔で私を睨むんだ。あんなに尽くしてあげたのに」  
「頼むからよせ。朝倉‥‥」  
「さっきまでの奴隷に虐め返されるのって、きっと耐え難い経験だよね。分かるなあ」  
 朝倉はほらほらと後ろ手をよじって食いこむ手錠をちゃらつかせ、ネコミミのカチュー  
シャの嵌まる頭をかわいらしく傾げ、みずからも快楽の吐息をふうふうこぼして気持ち良  
さそうに喉を鳴らし目を瞑る。  
 天使ではない。路傍の蟻を踏み潰す子供の残酷さで、無邪気に微笑みつつ俺をしごく。  
 腰から下が快楽のあまり千切れそうだ。  
 冗談じゃない、ありえないが、本当にイかされてしまう。そのイメージが脳裏にまざま  
ざと描かれた途端‥‥俺は、とうとう決壊した。  
 腰から下をすべて搾り出されたかのように、やむことなく間歇的に白濁を吹き上げる。  
ビシュッ、ビシュッと撒き散らされたそれは俺自身の制服にひどく沁みこんでいく。  
「キャ、うそぉ‥‥噴水みたいなんだね」  
 その一部始終を、薄ら笑いを浮かべて朝倉は愉しそうに鑑賞していた。  
 
 止まらない快楽につきあげられて、2度・3度、宙に向かって腰をつきだし射精する。  
 さらに奇怪なのは、これだけ放出してなお俺のジュニアが仁王のごとく天を睨んでいる  
ことだった。  
「すごい、私はほんの少しあなたの快楽を弄っただけなのに。AV男優になれるわ」  
「ほっとけ」  
 ぶすっと突っこみをいれかけ、体の自由が戻っていることを知る。射精と共に情報因子  
とやらも外に抜けたらしい。だが、俺は全身をこわばらせ、動けないフリを続けた。朝倉  
はまだ気づいてない。彼女に気取られたらそこで終わりだ。  
「じゃ、もう少しだけ遊んであげるね」  
 いまや、偽りの仮面を粉々に砕き、冷ややかな笑みを朝倉がたたえている。ほれぼれと  
見惚れてしまうような歪な笑み。逆光で影になった顔の中、毒の笑みばかりが裂けている。  
なぜ首輪やカチューシャを消去しないのか、性の刺激に酔いしれたまま朝倉は拘束された  
手首をひねってそれを取り出した。  
 ‥‥物騒なギザギザが刻まれたランボーナイフのきらめきが、脳裏を照らしだす。  
 
 ――朝倉に救われたと信じていた夕陽の教室のなか、本当に待ち受けていたのは誰で。  
 ――この凶刃を代わりに受け止めてくれたのは、誰だったのか。  
 
「口でしゃぶってあげる。できるだけ長く我慢して。出しちゃった時、首を刎ねるから」  
「‥‥!!」  
 陶然と欲情した朝倉が俺のものに舌を伸ばして口に含む。体がバネのようにはじける。  
 ――そうして。  
 気づいたとき、思いきり体をひねった俺は、カーペットの上に馬乗りで朝倉涼子を押し  
倒していた。情報操作も反撃もなく組み敷き、ナイフさえも奪うことができた。なぜ?  
 答えは1つきりだった。  
「おまえは‥‥俺に、思いだして欲しかったのか?」  
「そうよ。今の私こそが、あなた本来の記憶に残された朝倉涼子なんだから。せめて悪夢  
らしく、最後にうなされる時間をあげたの‥‥それと、自力で目覚める最後の可能性をね」  
 しゅるっと音をたてて、黒髪が俺の喉を締めあげる。  
「一度だけチャンスをあげる。どう? 私を殺さないと、出られないわよ」  
「くっ」  
 笑っている。  
 この期に及んで、体内を駆けめぐる快楽因子にむせびつつ笑っている。黒髪をみだし鬼  
女のように笑う。朝倉は情報生命体の急進派、反乱分子、殺し屋だ。迫る死におびえ全身  
の細胞が訴えかける。許すなと。逃すなと。自然と腕が上がり、大きくふりかぶられる。  
 ためらいなく両手を振り下ろした。  
 ぞぶりと重たい刃先が深々とめりこみ、時間が止まる。  
「‥‥どうして」  
 それはこっちの台詞だよ、涼子。  
 ランボーナイフを彼女のわきに突きたてて、俺は朝倉の上半身を抱き起こした。自分を  
殺し屋だといい、急進派だといい、死にたくなければ記憶のなかで私を殺してと懇願する。  
ならば、なぜ。  
 どうして笑っていられるんだ‥‥前髪に顔を隠したまま、顔をくしゃくしゃに歪めて。  
「違う、私は‥‥」  
 はっと顔をあげる朝倉の唇に、もう一度強引に侵入する。すっかりかじかんでしまった  
舌先をこねまわし、誘惑し、ちろちろと甘くくすぐってやる。  
「あっ、は――」  
 朝倉は逆らわなかった。まるで長門の性格が乗り移ってしまったかのように、困惑した  
瞳を俺にゆだね、黙って舌を重ねてきた。彼女のためらいを押し流そうと右手を這わせ、  
AA+ランクの非の打ち所のないバストを揉みしだく。  
 さっきまでこらえていた感情が、ようやく流れ始めたのだろうか。  
 ん、あ――、と、鼻声で喘ぎつつ、朝倉はしだいに火照り始めた裸身をきりきりとよじ  
らせ、俺のなすがまま、全身を預けてきた。ひしと指に吸いつく人肌のぬくもり。朝倉が  
それを望むなら、稚拙な俺にできることなんて一つきりだ。  
 唇と唇が名残惜しくも離れていく。  
 銀糸のアーチがねっとりと水分をはらんで重たくたわみ、俺と朝倉を‥‥涼子をつなぐ。  
「気持ちイイ?」  
 俺の言葉に、ン、と幼児のように頷いて。  
 堰を切ったように、朝倉涼子は俺の唇を奪いに来た。  
 
「どうして、こんなにしてくれるの?」  
 どうしてもこうしてもあるか。これはただの夢のようなものだろう?  
 ぴちゃ、ぴちゃという淫らがましい響き。  
 朝倉が一心不乱に顔を埋め、あぐらをかいた俺の股間にしゃぶりついている。ひくひく  
と生き物のように跳ねるジュニアを愛おしそうに舐め、時々、俺のいたぶりによろめいて  
感極まった喜悦をこぼす。  
「そうよ。だからって‥‥ン‥‥ここで死ねば現実のあなたもショック死しないとは断言  
できない。怖く‥‥ン、あン‥‥‥‥ないの?」  
 ああそうさ。恐怖はたしかにあった。けれど、ここが偽りの時間だと知っているからか、  
偽りの記憶にあった頼れる朝倉の姿は、俺の心を許すには十分なだけの重みを持っていた。  
あそこで涼子を殺したら、寝覚めが悪すぎる。  
 どうせ夢ならそれこそ自分の思うがまま、死のうがなんだろうが好きにしたいんだよ。  
こんな風に、好きな子にめいっぱいいやらしいことをさせてさ。男のロマンじゃないか。  
「バカね」  
「莫迦はお前だ、あんな形で、悪夢の具現で俺の心に記憶を残そうとするなんて」  
「しょうがないじゃない。本当のあなたの心には、もう、長門さ――ンァ!?」  
 それ以上言わせたくなかった。  
 無理やりに彼女の後頭部をつかみ、ぐいとジュニアを咥えさせる。  
 一瞬だけ太い眉がハの字に折れ、ちろりと非難がましい視線を投げたが、それでも彼女  
はふたたび唇をすぼめて唾液をまぶし、不自由な拘束姿で奉仕を始めた。やわやわと頭を  
なでつつ、しこった彼女の乳首を弄りまわす。  
 ああそうだ、朝倉は正しい。  
 俺の心のほとんどはあの暴風をまきちらす団長殿に裂かれ、残りの大半は長門と朝比奈  
さんに注がれている。傍観者として表れ、ただの記号として情報思念体に使い捨てられた  
お前に裂く部分なんてどこにもない。あちらの世界ではな。  
 でも、ここは、朝倉涼子が俺の友人だったパラレルな夢なんだろう?  
 
 
 なら、行き場のない涼子の思いを俺が背負ってやらなきゃ。SOS団の仲間を信じろよ。  
 
 
 朝倉の瞳孔がさらに大きく広がる。さっきから潤みっぱなしの瞳がたまらなく愛おしい。  
「SOS団って、だって私は」  
「涼子が紡いでくれたじゃないか、ここでのお前は、ハルヒにとっても俺にとってもかけ  
がえのない友人で、マメな委員長属性のキャラなんだから」  
 ときどき腹黒くて邪悪なあたりも、底を見せずにハルヒを翻弄してくれそうだしな。  
「なら、そのキャラを大事にしろよ。俺はそんなお前と知り合えて良かった」  
「‥‥」  
 何を思ったか、涼子は返事もせずに顔を沈めてさらに熱心にしゃぶりだす。  
 口腔奉仕の波打つような快楽にひきつった下腹部に、ぽたり、ぽたりと熱い滴が垂れて  
くるのを、俺は気づかないフリをしてやりすごした。  
 倒錯したエナジーが、彼女だけを汚すために一気に駆け上がってくる。  
 舌さばきは繊細で、卑猥な水音が情欲をそそり、これ以上ない支配の構図が征服欲を存  
分に満たしてくれる。時々前髪からちろっと顔を伺う瞳がまた、直球で心をぶち抜くのだ。  
 すっかりあふれた先走りの汁を嫌がりもせずとろとろと飲み干していく涼子に。  
 フェラチオの快感を抑えきれず、俺は、滾った情欲をすべて彼女の喉にぶちまけていた。  
「もういいぞ、涼子」  
「あ、うん」  
 優しく声をかけると、ジャラリと手錠を弾ませて朝倉のしなやかな体がはなれた。  
 彼女をうつぶせにし、食べごろの白桃めいた艶やかな尻を高く掲げさせる。心細いのか  
手錠で括られた後ろ手がはたはたと支えを求めて宙を泳いでいた。そこに手を重ねてやり、  
息のほぐれたところを見計らって‥‥  
 爛れ、充血しきり、最善の白濁さえまだ滴らせたワレメを変形させる勢いで突き崩す。  
 バックから獣の姿勢で、俺はのしかかるように朝倉涼子を貫いた。  
 きつい一撃。じゅるりと、かすんだ視界の奥で、ねばっこく爛れて腫れた肉ヒダが待ち  
わびたように俺にからみつき、すすりあげ、神経を麻痺させてぞぶぞぶと飲みつくす。  
 
 すでに一度目の交合でほぐれきった体と体だ。  
 やすやすと俺の形を朝倉のクレヴァスが飲みこみ、しっくりなじんだかのようにぎゅう  
っといやらしく食い締める。その圧力と愉悦に自然口が歪にゆがみ、勝手に腰が動きだす。  
 止まるわけがなかった。狂ったように腰は弾み、ガクガクと、朝倉の都合にさえ応じて  
やれずに、ただひたすらエクスタシーの頂点めざし追い込んでいく。  
 多少は技巧も使ってみた。カリがひっかかるとば口をぐりぐりこね回したり。  
 ランダムで、腰骨がぶつかり合うまで深く突いてみたり。  
 ずるるっと抜きながら、クリトリスを自由な指で揉みつぶしてみたり‥‥  
 性のエデンがここなら、俺は原始のアダムを蹴散らす絶倫ぶりを見せただろう。ひくひ  
くっと裸身が痙攣し、ざああと床にこぼれた黒髪がうねりながら愉悦をことほぐ。  
「キョン君、私‥‥あなたを‥‥」  
「朝倉っ‥‥!」  
 思いがけぬ呼びかけにえっと驚き、でも、その声にまともな返事など返せる余裕もなく。  
 それ以上言葉など思いつかぬまま。  
 獣のような交わりの果てに、彼女のいやらしい緊縮によってねこそぎ神経を灼きつくす  
快感に背筋をむしばまれ、一秒先のゴールめざし駆け上がっていく。  
 まるでマンガのように溜まった精子で砲身がたわみ、快楽のほとばしりに全てを委ねる  
幻視を覚えながら、むっちりした朝倉のヒップラインからくびれた腰をぐいと引きよせ、  
長々と、とめどなく俺自身を彼女の中に解き放っていた‥‥  
 
 
「ヒトとして愛されてみたかった」  
 俺は、朝倉涼子の独白に耳を傾けていた。  
 ここから先はただのピロートーク。彼女の思いを満たしたことでひとときのこのノイズ  
も終わりを告げ、俺はじきにもとの世界に回帰する‥‥のだと言う。  
「あの時あなたを殺そうとした私が自分の意志か、なんて分からない。私は、ただ、情報  
思念体に従っただけ‥‥信じなくていいわ、ただの独り言だから」  
 まあそうだ。そんな言い訳、誰にとっても都合がよすぎる。  
「でもあの子は違う。今では人と同じように自分の意志を持っている。分かるでしょ?」  
「ああ。長門は変化しつづけている」  
「ただのインターフェイスでもね、不完全な有機生命体である――あ、ごめん、悪口じゃ  
ないの――人の形に造られた以上、人としての体に意識を引きずられるわ。それはある種  
の劣化だけど、同時に進化の原段階でもある。ただの端末でいたければ、私のように情報  
思念体とのコネクトを最小限に制限するか、長門さんのように感情を削るしかない。でも、  
それじゃ‥‥かわいそうだもの」  
 いつかと同じことの繰り返しになるわね、そう呟くと、  
「だから。この先何が起きるにせよ、言えることは1つだけ。私からの、最後のお願い」  
「‥‥言ってみろ」  
「そのときまで、長門さんとお幸せに。じゃあ」  
 照明が、きらめきがしだいに満ち、朝倉涼子の世界が白んでいく。天井の一角から粒子  
になって朝倉の部屋が崩れだす。彼女自身の体も密度を失い、透明になりつつあった。  
「待てよ」  
 最後に1つお前に聞かなきゃいけないことがある。  
 お前は、俺を殺そうとしたのが自分の意志ではないと言った。たしかにあの夕陽の教室  
で出会ったときはそうだったのだろう。なら‥‥同じ偽りの時間を一緒にすごした、今の  
この記憶の中でのお前はどっちなんだ。  
 お前にも、インターフェースを離れて1人の朝倉涼子になりうる可能性があったのか。  
「なんて顔をしてるの。よしてよ」  
 朝倉は透けた手を伸ばし、ガラスのような指で、俺の頬を静かにぬぐった。  
 ひとすじこぼれた滴が彼女の頬にはじける。  
「これは夢なの。決して現実にはなりえないものだから。次に会うときはまた敵同士かも  
知れないわ。あなたを殺すかもしれないのに、私。それでも聞きたいの?」  
「‥‥」  
「でも、そうね」  
 真剣に見つめる俺をごまかせないと感じたか、ちろっと舌を出して降参したように‥‥  
「こういう夢も、悪くなかったわ」  
 幸せそうに、淡い笑みを浮かべたまま、朝倉涼子は消失した。  
 
 
 そうして、それからは周知のとおりだ。  
 病室のベッドで意識を取りもどした俺は、古泉に揶揄され、ハルヒにさんざんどやされ、  
朝比奈さんのわんわん泣き伏す顔に見とれて――ようやく今しがた、SOS団の最後の1  
人との深夜の語らいを終えたところだった。  
「伝える――ありがとう」  
 平坦な声で呟き、部屋を出て行こうとする長門の手をもう一度強く引き止める。  
「長門‥‥これは蛇足なんだが、その」  
「知っている。朝倉のこと」  
「ああ」  
 18歳以下お断りな部分には多分にモザイクをかぶせつつ、朝倉が俺に見せた夢を語って  
聞かせる。吸い込まれそうな黒々とした瞳が、俺を見た。  
「‥‥彼女も私も、所詮は統合思念体の一端末に過ぎない。端末である以上バックアップ  
はいくらでも存在し、必要に応じてこの世界に送り込まれる。私は――」  
 少しだけ言いにくそうに言葉を切って、  
「私という構成因子ではなく、より人として親和性が高い朝倉涼子があなたのフォローに  
回った場合に生じえたであろう変化の可能性を探ってみたかった。だから、一時的な制限  
下において、朝倉涼子の残存因子に主導権を明け渡した。これは私の望みでもある。彼女  
の活動的な性格と明快な行動が、あなたをどう変化させるか、知りたかった。私はただ、  
モニターしただけ」  
「モニター‥‥‥‥それって」  
 口をつぐんだ長戸の頬には驚くべきことに紅がさしていた。  
 俺は長門を見る。長門は上気したまま、それでも俺から目を離さない。今の彼女の言葉  
を反芻する。  
 ――すると、どうなる?  
 頭が真っ白になる。  
 つまり、ええと、朝倉が強引に迫ってきたのも、あんなにも大胆だったあれやこれや、  
眼球にやきついた一部始終が実は長門本人によってモニタリングされていて、彼女自身が  
許可したことに‥‥?  
「最後に、彼女からの伝言がある」  
「お、おおう!?」  
 唐突に話しかけられて飛びあがる。びくっとした俺を見つめる長戸の瞳が――  
 ほんの一瞬だけ、朝倉のそれとダブって歪んだように見えた。  
 
「あなたは、えっち――すぎる。女をいたわった方がいい」  
 
 放心から醒めたとき、握っていた手は消え、静かに病室のドアが閉じるところだった。  
 さて。  
 この言葉‥‥どっちからの、メッセージなのかね?  
 
 

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