今日一番の失敗だった。  
 
ハルヒの絨毯爆撃のごとき絶え間ない攻撃に攻めたてられた俺は、某いじめられっこが万能ネコ型ロボに助けを求めるようにこう呟いてしまった。  
「な、長門……」  
 
ことの発端は十数分前に遡る。  
 
 
「あたしとセックスしなさい!」  
これが既視感というやつだろうか。俺はつい昨日あたりに同じ光景を目にした気がする。  
「なによそれ。同じことを繰り返しても面白い事は見付からないわよ、同じなんだから。我々SOS団は常に新しいことに挑戦しているのよ。二度はないわ」  
なるほど確かに二度はない。場所は部室、三人は不在で俺とハルヒはいつもの定位置。しかしそのハルヒの口から飛び出した言葉は確かに昨日のものとは違った。  
せめて顔を赤らめ下から見上げるように哀願されれば少しは……ふむ。いや、結構悪くない……じゃなくて……  
「なんでまた突然そんなことを」  
「……別になんでもいいでしょう」  
じゃあ断る。  
「じゃあ夢で見たのよ」  
昨日ので味をしめたか、『夢で見た』はいつの間にかジョーカーになっているようだ。が、もちろんそんなハルヒトランプは知ったことではない。  
夢で見たことが実現するなら俺はとっくに一夫多妻制の下、我が麗しの朝比奈さんと宇宙人な長門と人間な長門とともに穏やかにも幸せに暮らしている。  
というか、我が校のアイドル朝比奈さんは確実に重婚になる。そんなものは却下だ。甲斐がいしい朝比奈さんのお姿に心を癒される野郎は俺一人で十分だからな。  
 
「とにかく却下だ」  
閑話休題。俺とてこんな訳のわからん命令で貞操を失うほど落ちぶれてはいないさ。  
「なに?団長のあたしに歯向かう気?そもそも昨日と同じことを要求したのに今日はダメなんて許されないわよ。時価なら時価って書いときなさいよ」  
二度はないんじゃなかったのか。しかも同じ要求じゃない。俺に時価って書いた札を首から下げていろとでも言うのか。  
突っ込みどころは満載だが、そもそも俺は件の夢(みたいなもの)で涼宮を襲ってなどいない。いくら証拠は残らなくてもそんな強姦まがいのことをするほどまだ俺の中の常識は壊れてはいない。  
「仮にその理屈が有効としてもだ、お前が本当に夢で見たかどうか証拠は何もない」  
「そんなのは昨日の時点で言わないほうが悪いのよ。昨日だって証拠がないのは同じなんだから。ううん、そんなの関係ないわ。そもそもあんたはSOS団の団員であたしは団長、それだけで十分なのよ。大体あんたは団員の癖に……」  
忘れていたが、世界は俺の手にかかっているんだったな。  
……じゃあ今烈火の如く撒くし立ててるのはマズイんじゃないか?今頃閉鎖空間の一つや二つは発生しているんじゃなかろうか。  
厄介な空間の後始末は古泉がしてくれるが、今この場をなんとかしないとその「後」すらない。  
今もなお口角泡飛ばし組織の構成員のあり方について演説するハルヒを止める……そんな恐れ多いことが果たして俺にできるのだろうか。  
戦艦ハルヒに対してこちらは三八式歩兵銃……いや、竹槍での武装(非戦闘員ともいう)では心許ない。  
しかしそんな哀れな一般人の頭に一人の救世主の姿がよぎった。  
 
結果、それはなおさら事態を悪化させるだけになるとは誰も予想できなかった……と思いたい。  
 
 
以上、回想終り。  
俺は「もし少しだけ時間を戻せたら」と後悔していた。朝比奈さんに頼んでもきっと許可は降りないのだろうなぁ……  
俺は一体どうすりゃ良かったんだ。  
 
人生は絶え間無く連続した問題集や。  
揃って複雑、選択肢は酷薄、加えて制限時間まである。  
えらばなアカンねや!!  
ワシら神様と違うねん。万能でないだけ鬼にもならなアカン……  
 
俺は尊敬するある人の言葉を思い浮かべていた。カッコいいね、もう俺はあの人みたいに生きることにするよ。  
……あの人も死んじゃったけどな。  
まぁ、こんな無駄なことを考えていられるのもハルヒが一言も喋らないせいなんだが、居心地が悪すぎる。  
さっき俺が呟いたHELPコールを耳聡く聞き付けた団長様は、鬼と睨み合いでもするかのような顔をして黙りこんだ。  
と思ったら、今度は途端に仏頂面になって携帯で誰かを呼び出した。有希、という言葉が聞こえたからおそらく長門だろう。  
そして今に至る。  
仁王立ちで外を眺め……もとい睨み付けていると思われるハルヒは生憎後ろ姿しか確認できない。  
俺は音を立てることも憚られる重い空気の中、お茶をいれることもできず縮こまって援軍の到来を待っていた。  
 
不機嫌オーラを惜しみ無く増量サービスするハルヒの勢力下である部室の沈黙が聞き慣れた音で破られる。  
その音は蛇の前で縛り上げられた上に睨みつけられた蛙の俺にとってはまさに福音だった。この際「用事はどうした?」などと無粋なことは聞くまい。  
その音の主、我等が頼れる最終兵器長門は扉を開けたままの姿勢で俺と、冬眠から覚めて振り向いたハルヒの顔を交互に見比べ言った。  
 
「……想定の範囲外」  
 
この長門の言葉こそ俺の想定の範囲外と言っていい。つまりこれは……ピンチだったりするのか?  
頭を抱えそうになる俺に硝子のような瞳が向けられている。状況の説明を、ということか?しかしなんと説明したものか……  
「あ〜……これはだな……」  
「有希!これからこのマヌケな優柔不断男を弾劾・断罪・粉砕するのよ!」  
浮気現場をおさえられた不甲斐ない夫のように何かを弁解しようとする俺を遮ってハルヒが高らかに宣言する。  
どうやらこのままだと俺はこれから(根拠のない)弾劾を受け、(ハルヒの気分で)断罪され、粉砕されることになるらしい。  
ゆっくり扉を閉めた長門が音もなく歩き近くの椅子に腰を下ろした。  
 
長門が席に落ち着くなりハルヒ宣伝相は勇ましく立ち上がり吠える。  
「いい有希?このバカキョンはこともあろうに団長の命令を拒否したのよ!組織として許しがたいことだわ。断固糾弾されるべきよ!これが戦場なら死人が出てるところよ」  
見振り手振り、拳を握り絞めて決して嘘ではないものの正確ではない意図的な演説でアジるハルヒ。  
テロリスト諸君は今すぐこいつをスカウトするといい。ものの見事に扇動してくれることだろうよ。  
しかし幸運なことにここにいるのは武装蜂起したテロリストではなく理論武装した宇宙人なのだ。さぁ何か言い返してくれ、と目でサインを送る俺。  
「……そう」  
淡白だった。  
「具体的にいうと、あたしとセックスしなさいって誘いを断ったのよ。据え膳よ据え膳!」  
どうやらハルヒにとって命令と誘いは同義語らしい。なおも演説は続く。しかし、外に聞こえてないだろうな……谷口にでも聞かれようものなら一両日中を首をくくらねばなるまい。  
「しかもこいつ、なんて言ったと思う?据え膳を前にして『長門……』とか言い出したのよ!?これを優柔不断と言わずになにを優柔不断と呼ぶの!?」  
どうやら怒りに燃えているらしいハルヒは机を叩きながら憤る。ちなみに『長門……』の部分はわざとらしいモノマネである。  
しかしこのハルヒの演説を聞いてると俺が長門を「そういう目」で見ているかのような口ぶりだ。もちろん長門なら誤解であることは分かっているだろうが、それでも無表情に俺の顔を見る長門の目が痛い。  
 
長門の視線に晒され続けじっとりと嫌な汗をかき始めたころ、ようやく無口な宇宙人は口を開いた。  
「……どうすればいい?」  
俺に向かって。いや、俺に訊かれても……と視線を怒れるハルヒに向けると続けてつつー、と長門の視線も移る。  
「……」  
「どうすりゃいいんだ」  
視線だけの長門に俺が付け足す。  
「……ふんっなによ二人して見つめ合っちゃって……ったく……」  
今度はいつかのように唇を突き出して不満そうにブツクサ言っている。  
「……そうね。こうしましょう」  
名案、とばかりに真面目な顔で言うハルヒ。今日はまた一段とコロコロ態度が変わって忙しいことで。  
「キョン!あたしか、有希か……どっちか選びなさい!」  
突然の二択だった。  
流石はハルヒ。俺には理解が及ばん。  
確かに俺はどうすりゃいいのかを訊いたが、これこれこうだからこうしよう……ではなく、いきなり解決策だけを提示されても俺にはハルヒの意図を掴めるようなイカレた思考回路は搭載されていないのだからどうしようもない。  
「……すまん。どういうことだ?」  
頼りの長門も硬直したままだからここはハルヒ本人の説明を待たねばならん。  
「まったくそんなんだからいつまでも雑用なのよ。いい?今この場にあたしと有希がいてセックスしようって言ってんのよ。なにを説明する必要があるのよ」  
セックスしようとかぬかしたのはお前だけだろ。まぁこいつの意向を曲げさせるには多大な労力が必要なことは学習済みだからな。この際些細というには大きすぎる事実誤認には目を瞑って話を進めてしまおう。  
 
「つまり俺に……お前か、長門のどっちかを選んで、その……しろというのか」  
「そうよ。わかってるじゃないの」  
さすがに俺の思考も限界を迎えそうだ。こいつの意味不明なのは今に始まってないが、今回は格別の感がある。  
ハルヒが本当に俺と、その、まぁ……したい、というなら何故長門を呼んだんだ?  
長門の前で俺にハルヒを選ばせる……見せ付ける為、とか?それじゃハルヒは俺のことを……まさかな。  
ハルヒのいう「セックス」は、好きだの嫌いだのの意味はなくて、ただの興味として、してみたいだけなのだと思っていた。  
もしかしてそれは間違いなのか?  
もし……万が一、間違っているのなら。  
適当にYESと答えることだけはすべきではない筈だ。それは相手がハルヒだろうが長門だろうが同じだ。  
いつのまにか二人の視線に晒されている。  
「……選べねぇよそんなもん」  
精神を激しく疲弊された質問に俺がようやく絞り出した。  
暫くの沈黙の後、俺の答えを聞いたハルヒは勢い良く立ち上がり、あの極上のスマイル……災害の前触れである……を浮かべて言った。  
 
「選べないなら、選ばなきゃいいのよ!」  
 

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