さて、有希のリアクションは少々予想外だったものの、とにかく俺はハルヒ邸へと連行された。
まずはそのあたりから話しておくべきだろう。
なに、簡単なことだ。ハルヒはおふくろを前にして出し抜けにこういった。
「彼がどうしても勉強を見て欲しいと言うので、十日間ほど泊りがけで教えようと思うんです」
当然おふくろは渋ったね。当たり前だ。若い男女が一つ屋根の下二人きり、なんて許すはずが無いだろ。
さすがにハルヒでもダメなものはダメか……
と思いきや。ハルヒはさらに説得を続けた。自分の成績のよさ。日頃の俺との友達づきあい(大幅にマイルドにされていたが)。
家庭教師の実績。親が不在である事は故意に伏せた。さすがにハルヒもそこは理解しているようだ。
なんと、おふくろがだんだん乗り気になってきやがった。しっかりしてくれ。ハルヒとかかわると皆常識をなくしちまうのか?
それとも俺の普段の成績が悪いからいかんのか?
「うちの子の為にそんなにしてくれるなんて……本当にありがとうね」
素直に感動してくれるな我が母よ。こいつはいまどき奴隷の主人なんだぞ。
「はい! 必ずみっちり教え込んで見せます!」
その後、本当に俺の部屋から勉強道具一式を運び出させて、ハルヒの家に向かったのだった。
本当に勉強もさせるらしいな。恐ろしいことに。
「ブツブツうるさいわよ、キョン! とっととそれ置いて来なさい!」
すでに俺はハルヒの家の中にいる。こんな状況でなければ家の調度品とかを眺めているところなんだが。
そんな気も起こらんね。せっかくハルヒの家に来たってのに。
「この状況じゃ独り言も言いたくなるさ。ついでに溜息もつかせてくれ」
「不許可よ。まずは勉強からね。言った以上は本気で教えるから」
荒野に水一滴もなしってな心境だよ、俺は。
ぼやきつつも思うが、これはこれで案外楽なのかもしれない。こうしている間は、奴隷云々とは無関係だからな。
ハルヒと二人きりのまま、刻々と時は過ぎてゆく。あたりが真っ暗になって俺の腹の虫が通算三度目くらいに鳴いた頃、
「そろそろご飯にしましょう。キョン、あんた作って」
まじですか。俺はもう今までのしごきでヘトヘトなんだが。
「あたしだっておなかは減ってるわよ」
くぅ。至極まっとうな意見だ。しょうがない、俺が作るか……と言っても、料理なんて出来んのだが。
とにかく台所に立ってみたが、もう全く分からない。自分の家ですら把握していないのに、他人の家の台所など
異世界も同然だ。なべを取り出すのにもたつき、包丁を見つけるのにもたつき、食材を探すのにもたつき、
「ああもう! まだ出来ないの!?」
言ってくれるなハルヒ。俺の手には余る事態なんだよ。
腰に手を当てて眉を逆立てるハルヒは、すでに私服だった。シャツとGパンなんてラフな、今の季節にはちょっと寒い格好だ。
なかなか大胆に開いている胸元から目をそらした。
「もう、しょうがないわね。あたしがやるから、あんた手伝いなさい」
最初からそうしてくれ……なんて口に出せるわけが無い。飯が食えるってだけでも十分にありがたいぜ。
それからは、さながら集中治療室の中の出来事のように進行した。
「味噌」
はい。
「ネギ」
ハイ。
「鶏肉」
はい。
終始この調子だ。ハルヒは手際よく調理を終えていく。どうやらご飯と味噌汁と焼いた鳥とレタスのサラダというごくありふれた夕食
のようだ。はじめてみるそんな姿に素直に感心して、手際を良く見ようと肩越しに覗き込むと、
シャツの襟元からブラが丸見えになっている。ハルヒの形のいい胸の曲線がはっきりと見て取れた。やっぱりその服は
ちょっと胸を出しすぎだろ。と思いつつも視線が離れてくれない。オレンジと白のチェック柄のブラが、ハルヒの胸の、頂上を
絶妙な陰を以って隠している。なぜ見えていないのか不思議なほどだ。恐らくあと二、三ミリブラが浮けばポッチが、
今何考えてた?
ハルヒの乳なんかに興味は……ある、が、この状況でそんなエロ根性を出してどうする。俺ってそんな人間だったっけか?
ハルヒが、ほんの少し視線を動かして、俺を見た。
「そんなにお腹減ってたの? 後ちょっとで出来るから、お皿だしといて」
どうやら奴隷生活一日目にしてゲームオーバーという事態は避けられたようだ。