二年になりクラス替えが行われても、ハルヒが俺の後ろから居なくなるという事はなく、
やはり同じクラスになった谷口と国木田などに特に感慨を覚えるわけでもなかった。
今年の自己紹介でもハルヒは去年のようにぶっ飛んだ事を言い出すのだろうか? など
心配とも期待とも取れないどっちつかずな思惑は見事に空転し、涼宮ハルヒが発言してお
きながらも比較的平和に午前が終わった。
「ねぇねぇ、ちょっといい?」
昼休み。ハルヒが学食へ向かい俺も鞄から弁当を取り出し蓋を開け、いざ昼飯をと箸を
取り出したところで新クラスメイトの女子に話しかけられた。珍しい事もあるもんだ。
「えっと…涼宮さんの事で聞きたいんだけど」
ますます珍しい。ハルヒのことで話しかけてくる女子なんざ朝倉以来だ。
近頃はハルヒも入学当初の刺々しさは既になりを潜め、今はクラスの女子達とも普通に
会話が出来るまでに成長した…というより、元に戻ったと言う方が正しいだろうか?
とにかくわざわざ俺に聞くよりハルヒに直接聞いた方が早いだろうに。
「うーん、そういうんじゃなくて、…あなたってSOS団に入ってるんだよね?」
確かにそうだがそれこそ今更だ。
俺がSOS団という不条理集団の最初の被害者であることは学年を問わず、周知の事実
となっているはずだろう。そんな俺にハルヒの何を聞きたいというのだろう?
愚痴でも聞いてくれるのだろうか?
「そのSOS団ってさ…その、美人が多いじゃない?」
何を言いたいのかが全て分かった気がした。聞き難そうな理由もな。
つまり北高のアイドルや無口な万能読書少女、黙って座れば悪い虫も集るだろう団長に、
ついでに去年の文化祭でやっぱり女子にモテているのが妙に新鮮だったスマイル野郎等と
いう、北高のカオスゾーンでありながら美の楽園たるSOS団に、何故俺のようなどこを
切っても平凡な男子高校生があの中にいるのか不思議で仕方ないという事だろう。
余計なお世話だ。
「でもさ、やっぱり気になるって言うか…。もしかしたら涼宮さんってあなたの事」
それはありえん。断言できる。アイツは恋愛なんて一時の気の迷いと言い切った女だ。
生まれてくる時に性別を間違えてしまったんじゃないかと思うね。
恋をするなら大志を抱け。そんなヤツだよ涼宮ハルヒは。
その後もハルヒやSOS団について妙に聞き出していたが、
「ありがとう。よく分かったわ」
と簡単な礼を言い、友人であろう女子達の方へ向かうと早速さっきの事を話し始めた。
おいおい、せめて俺に聞こえない位には喋ってくれよな。
「ねぇねぇ、どうだった?」
「どこか変なところあった?」
「うーん…大して何処が変ってのはなかった。でも普通過ぎるところが逆に怪しかったわ」
………
……
…
その日の放課後。
新クラスメイト女子に論われ深く傷ついた俺は、朝比奈さんのお姿を見て一刻も早くこ
の傷を癒すために文芸部室へと駆け込んだ。こんな時でもノックは忘れずに。
「どうぞ」
優しく出迎えてくれたのは、心のエンジェル朝比奈さんを含み団長涼宮ハルヒを除いた
SOS団メンバー達だった。実に都合がいい。
長門がいつも通り分厚いハードカバーに目を落としているのを確認してから自席に座り、
朝比奈さんの淹れてくれた心まで温かく潤うお茶を頂きつつ、俺に下された残酷な顛末を
話した。
「それはそれは、災難でしたね」
いつもの人畜無害なスマイルを無料配布しつつ吐き出すセリフがムカつく古泉。黙れ。
ハルヒに引っ張り回される前までの俺の人生目標は目立たない事だったというのに。
あの時ハルヒに話しかけたがために、俺は新しいクラスメイトに怪しい等と批評される
奇怪な凡人、今一つよく分からないから取りあえず怪しい人という実に不名誉極まりない
レッテルを貼られたのだ。引き篭もってもいいだろうか?
「でも、わたしも涼宮さんに連れて来られなかったら美味しいお茶を淹れられなかったと
思いますし、悪いことばっかりじゃないですよ」
恐らくもう誰が見ても本職と疑わないだろうまでにすっかり馴染んでしまったメイド姿
で微笑む朝比奈さん。俺もあなたのそのお姿が見れることには何の異存もありませんよ。
「僕も涼宮さんには感謝していますよ。確かに厳しい批判かもしれませんが、それも嫉妬
だと聞き流せるくらい、充実した一年を過ごしたと自負していますからね」
俺は自分への評価は真摯に受け止めるんだよ。
古泉は肩をすくめるとオセロを持ち出してきた。いいだろう真っ白に染めてやる。
黒を譲って一つの白も譲らない決意を潜めて古泉の相手をしているとふと思った。
こいつらは俺をどう見ているのだろう?
まあ、悪いようには思われてはいないはずだ。
これまでの厄介事で俺の力だけで役に立ったことはほぼない。
そりゃ何度か世界を救っちゃいるが、良識ある人間なら誰だって同じ判断を下すだろう。
俺はいつも最終的な判断を下すだけで、その他の面倒なことは全て長門達に任せっ切りだ。
何で俺にそんな大役が回ってくるのかは分からんが、それこそ信頼されているんだろう。
ただなんで俺がそこまで信頼を受けられるのかが不思議ではある。
俺は至って平凡なはずなんだがなぁ…。
「どうしたんですか? 何か浮かない表情ですが」
いつもの微笑みの仮面に若干心配の色が混ざった面を向ける古泉。
「もしかして、クラスメイトの人に言われた事がそんなにショックだったの?」
今にも泣きそうな小さい子を相手にするように訊ねる朝比奈さん。
「…………」
無表情だが、決して無感情ではない眼差しをくれる長門。
どうでもよくなったね。それこそクラスメイトに怪しいとまで言われたこともな。
下らない事で悩んでも本気で心配してくれる仲間が目の前に3人もいるんだぜ?
他人に何て言われようが関係ない。こいつらを仲間に持つことが一体どれだけ誇れるか。
今更誰に言われなくてもとっくに分かってるからな。
「いえ、もう大丈夫ですよ。心配かけてすいません」
朝比奈さんと長門に笑顔で応じ、古泉には黒を4枚裏返して応えた。
そして見計らったようにドアを開ける音が轟く。
「いやーごめんごめん。ちょーっと野暮用でさあ、遅くなっちゃったわ!」
そう言って入ってくるのは我らがSOS団団長殿。何だか笑顔がいやに眩しい。また何
か思いついてしまったのだろうか。
俺の懸念も知らずハルヒは団長席に就くと、朝比奈さんの淹れたお茶を一気に飲み干し、
湯飲みを片手に団長机に飛び乗ると高らかに宣言した。
「皆さん新学年です。とくれば新入生、そして新入団員です。SOS団も新入団員を迎え
たいと思います。しかし、当然ながら普通の人間ではダメです。何かしら特殊な属性等を
備えた人物を選んでください。それじゃあ全員、新入団員を捕まえに行くわよ!」
勧誘からあっさり捕獲に変更して意気揚々と部室を出ようとするハルヒ。
…一応聞いておくか。
「ハルヒ、お前的に俺はどういう属性なんだ?」
するとハルヒは満面の笑みでこう答えた。
「全てをひっくり返すツッコミキャラよ」
目眩がした。