思春期男子に共通の話題として、エロいブツの保管場所というものがある。  
 もしこの話題に乗ってこない奴がいたら、そいつは思春期でないか、男子  
でないか、あるいはその両方であろう。  
「中学ん時のカバンに入れてるけどよ、それで見つかった事無いぜ」  
 嘘だ。それはもはや本人以外の谷口家の周知事項になっているに違いない。  
家族って奴は多少隠したところで、あっさりとそれを発見しちまうように  
出来ているのだからな。  
「マジだって。お前らも試してみな」  
 鳥肌の立った腕をさすりながら、谷口の御説を拝聴していたが、うぅ、  
なんて寒さだ。  
 体育のマラソンなんて、極端に生真面目な奴か、元気の有り余っている奴  
だけが最後まで走り通し、他の連中は体育教師の目が届かなくなると途端に  
ダレて、コースのショートカットの口裏を合わせたりするのが普通だ。他の  
学校ではどうかは知らないが、少なくとも北高ではそうなっている。  
 俺程度に多少の真面目さを持ち合わせていたとしても、学校周辺の起伏は、  
そういう気持ちを容易に打ち砕いてくれたよ。  
「僕は角封筒に入れて、ほかの角封筒の中に混ぜているよ」  
 だらだらとした坂道を下りながら、国木田は自分の隠蔽テクニックについて  
説明してくれた。  
「テスト前のプリントとかさ、みんな取っておくでしょ。あれ全部教科別、学期  
別に分けておいて角封筒に入れているんだけど、そのなかの一つに」  
 ほほぅ。流石勉強している奴は違うな。俺はプリントなんて速攻で捨ててるぞ。  
というか、国木田もエロい本とか持っているんだ。成る程なぁ。  
「ところでキョン、お前はどうなんだよ」  
「僕も興味あるな」  
 そこで俺はわざと一息置いて、  
「俺は全部ディジタル化してるから」  
 谷口のアホに当てつけるために、わざと難しそうな単語を使ってみた。  
「なるほど、パソコンね」  
 国木田は感心してくれたが、  
「けっ、難しそうな単語使いやがって。つまりエロサイトだろ」  
 こちらの意図を全部汲んでくれて嬉しいぞ。だがちょっと違う。高校入学の  
際に親に買ってもらったノートパソコンに、ネットは繋がっていない。  
 我が家には、なんの弾みでか親が契約したADSLと繋がったパソコンが一台別  
にあって、まぁ俺以外は全然使っていないのだが、それは居間にあってエロ  
サイト巡りは正直問題外だ。  
 俺がハルヒに優越する唯一の技能である電子機器の取り扱いは、そこで鍛えた  
ものだ。そうやって地道に実績を積み上げたおかげで、自前のノートパソコンを  
買って貰えた訳で、その時の方便の一つ、勉強用って奴を親はまだ信じてくれて  
いるようだ。  
 そういえば、万能選手ハルヒにも苦手なものがあるって言うのは、よく考えて  
みれば意外な気もする。ハルヒの要領の良さなら、何でもあっという間に習熟  
しちまいそうなもんだが。  
 思うにハルヒは直感というか、とにかく飛躍でもって正解に飛びつくように  
出来ているのであって、手順を踏まないと使えないような代物は、かったるくて  
仕方が無いのだろう。もしかするとあいつは、途中の計算式も一緒に書かせる  
ような数学のテストは、案外苦手なのかもな。  
 
 そう考えると体育の後の、元気が有り余っているハルヒを眺めても、心安らか  
でいられる気もする。まぁ、そういう気がするだけなのだが。  
 その勢いのまま放課後の部室へと直行するハルヒを見送ってから、俺は  
ゆっくりと腰を上げた。  
 部室棟の廊下に出たところで、なんとなく予感がしてコンピ研の部室に寄る。  
 いた。  
 軽快な打鍵音を響かせているのはやはり長門だ。  
 長門は、こないだから専用のPCをそこに確保していた。たまにしか来ないの  
だから部員のを使わせてもらえば良いんじゃないかと思ったが、部員曰く、長門  
専用機は今時コマンドラインコンソールオンリーのLinuxマシンで、キーバインド  
を滅茶苦茶に弄られていて、他人にはちょっと扱えないのだそうだ。  
 顔見知りになった部員に手を挙げて挨拶してから、長門に声をかける。  
「よう」  
 長門はそこで手を止めて、俺を見る。表情の無い顔が少しだけ動き、指先だけが  
打鍵を再開した。手元はおろか画面も見ていないその芸当を眺めていると、どう  
やら今日のコンピ研出張は終わりらしい、PCの電源の落ちる音がした。  
「何してたんだ」  
「デバッグ」  
 何のだ。  
「"The Day of Sagittarius 4"の簡易物理演算を汎物体表示オブジェクトに統合  
したが、予想よりも早く精度を失う自体が発生した。原因はOS。問題は回避した」  
 よく判らんが、コンピ研がこないだSOS団にボロ負けした、あのゲームがいつ  
の間にかポリゴンに進化しているのは長門のおかげらしい。  
 ほぉ、と、他のPCで動いている画面を眺めているうちに、長門はさっさと  
コンピ研部室を出て行った。  
 さて、俺も行くか。そこで知り合いの部員が、紙袋を手渡してくれた。  
「約束……」  
 ああ、判っているさ。鞄から封筒を取り出して渡す。中身は極めてレアな代物、  
何時ものように本を読む長門の、私服バージョンの写真だ。夏のあのSOS団合宿  
の際に朝比奈さんが撮ったものの中から一枚、写真屋でプリントしてきた。  
 そいつは中身を確認すると、小躍りして他の部員達のところへと戻ってゆく。  
マニアックな連中め。  
 
 さてここまでは所謂前振りって奴で、本題はこの紙袋の中身だ。  
 家に帰った後、自分の部屋で袋を開けると、中にあったのはCD-ROMが三枚。  
三枚組って奴だ。  
 エロいブツの入手先として、エロサイトが有り得ないなら、代わりは何だ。  
インストーラが答えを告げる。  
 ……まぁ、要するにエロゲだ。  
 ちょっと待て。これがなかなか馬鹿にはできんのだ。アニメ絵イコールオタ、  
キモイってのは短絡的に過ぎるぞ。大抵は漫画がオッケーなら許容できる絵柄  
だし、それにストーリも馬鹿にしたもんじゃない。すっげぇ感動できる良い  
作品もあるんだぜ。  
 ……  
 言い訳の練習はこれ位にしとくか。  
 エロゲはやっぱりエロスがあってなんぼだ。エロゲに萌えは要らんよ。そも  
そも朝比奈さんを超える萌えキャラが有りうるとは思えないね。  
 最近はツンデレってのが流行りらしいが、そんなものの何処が良いんだ?  
考えてもみろ、例えばハルヒが朝比奈さん互換のラブリーさを身に付けたと  
してだ、それは本当にハルヒか?  
 傍若無人だけがハルヒじゃないかも知れん。しかしだ。デレっていう奴は  
リアリティ無いだろ。無さ過ぎだ。  
 さてと。フルボイス作品だったが、音声は切らざるを得ない。これは家族と  
一緒に生活している事の、受け入れざるを得ない代償って奴だ。  
 以前イヤフォンでプレイしていて、  
「キョンくん、それなーに?」  
 ってやられたときは、朝倉涼子に殺されかけた時並に走馬灯がぐるぐる脳裏  
をよぎったね。幸いな事に、非エロの通常イベント中だったので助かったが、  
それ以来俺は、音には気を付けていようと心に決めたのさ。  
 妹はしつこく、  
「ゲーム?それゲーム?」  
 とうるさかったが、とにかくゲームじゃない、これはクラブ活動のむにゃ  
むにゃと煙に巻いた。しかし妹は多分まだ疑っているだろう。  
 しかし、だ。ゲームはディスクイメージ化して外付けHDDに収めているし、  
その外付けHDDはアカウントとパスワードで二重に守っている。暗号化までは  
要らないと信じたいが、それは今後の課題だろう。  
 
 こいつは学園伝奇ものでそれなりにエロいという話だった。学園伝奇って  
時点でシナリオの出来は諦めているが、確かにエロい絵だ。  
 以前コンピ研の部長が薦めてくれたエロゲ、なんて言ったっけ、いとうのいぢ  
とかいう絵師だったが、見てると何だか落ち着かん。ああいう絵が好きなんて、  
部長さんは正直ダメすぎると思うぜ。  
 気の利かないインストーラがデスクトップに作りやがったショートカットを消し、  
スタートメニューの中を少し整理する。  
 評価してくれと言われてインストールしていた"The Day of Sagittarius 4"の  
フォルダの下には、キャンペーンデータ用のフォルダがあって、更にその下、  
"backup"という名前のフォルダ-俺が作った-に、これまでインストールしたエロゲ  
のショートカットが集まっている。  
 こないだみたいに、  
「ねぇ、”ねーこねこソフト”ってなぁに?」  
 何て事にならないように、気をつけているのさ。  
 
 くどい文章を適当に読み飛ばしながらおよそ一時間後、最初のエロシーンに  
辿り着いた。  
 ゲーム開始後5分辺りにもエロシーンっぽいのは有るには有ったが、どちらか  
と言えばそれはグロシーンで、実用に供するには無理があった。つまり、これは  
待望のエロシーンなのだ。  
 俺は耳を澄まして、ドアの外に物音が無い事を確認すると、テイッシュの箱を  
引き寄せた。セーブは済ませた。さてクリック。  
 
 ”アプリケーションエラー”  
 
 おい。  
 そのWindowsメッセージは全然エロくないぞ。こら、勝手に落ちるな。  
 
「何その顔」  
 ハルヒにも呆れられる程の寝不足顔を晒して教室の席につく。  
 あれから死闘4時間。  
 インストール三度目の結果も、やはり同じだった。CD-ROMが壊れていたか、  
バグか。まぁバグなんだろうなぁ。パッチどうやって落とそうか。  
 必死になるのには理由がある。エロゲは今や俺の死活線なのだ。  
 ぶっちゃっけ告白するとだな、俺は、こないだから三次元で抜けない身体に  
なってしまったのだ。  
 例えば、肝心なところで、背中を突付かれているような、そういう感覚に  
襲われたり、あの不機嫌オーラを一瞬感じて背中にじっとりと嫌な汗をかいたり、  
そして一番のヤバいのはアレだ、ブルズアイ。呪いの二本角。  
 
 そもそもきっかけはひと月前に遡る。  
 放課後の階段で、中庭の掃除だと言う朝比奈さんに挨拶して、そのまま鼻歌を  
歌いながら部室のドアを開けたら、まぁ、ハルヒがメイドコスプレに挑戦していた。  
 ワンピースになったそれを被ろうとした辺りだったらしい。あと何か言いかけ  
てた。多分、俺がドアをノックするものと思っていたのだろう。しかし俺はさっき  
朝比奈さんに会って、だから今部室で着替えシーンを目撃するとは思っちゃ  
いない。  
 不幸な事故だな。  
 ……俺が一番不幸な目に会いそうな気がするが。  
 ハルヒの下着は白かった。これだけは特筆すべきだろう。スタイルの良さは  
知ってはいたが、ほとんど裸の状態を見るのとでは話が違う。肌も白く、そして  
顔が赤くなっていた。  
 互いに凍り付いていたのはどのくらいの間だったのだろう。先に正気に戻った  
のはハルヒで、俺はそれから少し遅れて、ハルヒに目潰しを食らいそうになって  
ようやくだった。  
 いきなり目潰しなんてやるかよ。中指と人差し指を突き出して、躊躇無く俺の  
目を狙ってきやがった。マジの紙一重でかわした俺は姿勢を崩して尻餅を付き、  
仁王立ちのハルヒを見上げる格好になった。  
 つまりパンツ一丁、いやブラもあるか。ハルヒは親の買ってきた服が物凄い  
センスだったのに、それを着るしかないと知ったときの妹のような表情で一瞬  
こっちを見て、そしてドアが閉じられた。  
 ドアに鍵がかかる音が聞こえた。  
 
 俺はそれから古泉がやって来るまで、その場に阿呆のように座り込んでいた。  
「おやおや、どうしたのですか」  
 うるさい。  
 ハルヒはそっぽを向いたまま、その日一日俺をエロキョン呼ばわり続けた。  
朝比奈さんがその理由を聞くと、でっち上げの犯罪ストーリーまで語って聞か  
せる徹底ぶりだ。  
「駄目ですよキョンくん。女の子にそんな事しちゃあ」  
 ハルヒの与太話なんて信じないで下さい朝比奈さん。そもそも俺が、  
「ぐへへへ、おじょーちゃんのぱんちーは何色かにゃ?」  
 なんて言いながらハルヒに迫るなんて、リアリティの欠片も無いでしょうに。  
「みくるちゃん、エロキョンの言う事に耳貸しちゃ駄目よ。犯されるわよ」  
 くそっ、無茶苦茶言いやがって。  
 
 
 異常に気が付いたのはその晩のことだ。  
 部屋の片隅、円筒形のゴミ入れからゴミ袋を引き出し、ゴミ入れの内側に  
弾性で張り付いた内張りを取る。内張りはポスターを切って作ったもので、  
更にゴミ入れの内側には、同様に弾性で張り付いた、薄いエロ雑誌がある。  
 こうやって隠している訳だが、しかし労力に見合った結果が出ている気が  
しないぜ。さぁて。  
 可愛さゲージで朝比奈さんを100とすれば、せいぜいが15って所だな、等と  
グラビアを評価しつつも、肉体は正直なもので、俺のエロスなインターフェース  
はもう使用可能状態だ。  
 やっぱ裸というのは強い。逆説的に衣類の偉大さも同じように導き出せるの  
だが、そっちに今は用は無い。気が向いたら朝比奈さんのお召し物を主題に  
して、そっちの方も論じてやろう。  
 そいえば裸と言えばハルヒ。いやいや今クライマックスに出てきて貰っては  
困る。とにかく困る。エロスの質で言えば、昼間の光景は群を抜いてはいるが、  
そのままハルヒで抜いては、明日どういう顔をしたものか。  
 駄目だ駄目だ。妄想に戻ろう。  
 静止画で妄想するコツは部分を見る事だ。それで脳内妄想とリンクさせるのだ。  
 妄想設定を説明しておこう。俺はとある喫茶店でバイト中で、バイトの先輩  
である女子大生に肉体的誘惑を仕掛けられている真っ最中だ。  
「キョン君は大事なお客様だからぁ、ふふ」  
 バイトか客かもはや曖昧だが、それよりも妄想の相手にすら渾名で呼ばれる  
のがショックだ。おなかの肉は見ない振りをする。おっぱいが揺れた、という  
事にしておこう。柔らかい肉を、肌を、想像する。  
 童貞が想像するところのクライマックスに到達しかけたところで、それが来た。  
 目をつぶる。もう考えられない。視野が全てが白く、いやあれはハルヒだ。  
 すると必然的に、真っ赤な顔で目潰しをしかけてくる訳だ、奴が。  
 死ぬかと思った。  
 
 その日から、俺のオナニータイムはハルヒの執拗な妨害に会うようになった。  
 突破口は漫画で抜けた事。どうやらハルヒは二次元の世界までは追って来る  
事は無いようだった。しかしエロ漫画は入手よりも保管が問題だ。  
 俺は冷やかしで入れたエロゲを試して、これで行くことにした。ディジタル  
の利点は前述した通りだ。そしてもうかれこれ半月が経っていた。  
 
 パッチはまだ出ていなかった。俺は履歴を消すと、居間のパソコンの電源を  
落として部屋に戻った。階段前で妹に出くわす。  
「もう水飲むんじゃないぞ」  
 もう夜中じゃないか。小学生は寝る時間だ。  
「水じゃないもーん。麦茶だもーん」  
 同じだ。  
 部屋に戻ると、ノートパソコンの電源を入れる。あのゲームはさっくりと諦め  
よう。少なくとも今は。代わりに他のゲームでも、と。  
 お気に入りのエロシーンに飛ぼうと、セーブデータを選ぶ。さて。  
 
 ”アプリケーションエラー”  
 
 こりゃ一体何だ。  
 
 
 ドアをノックする。反応は無い。ドアは開いている。とすると、目指す人物は  
中に居るらしい。  
 俺は昨日に引き続いて寝不足だったが、頭は妙に冴えていた。ちょっとばかし  
ハイになってるのであろう。  
 中には確かにいた。  
「長門よ」  
 あの後、セーブデータを全て試した。正常なセーブデータもあった。駄目なのは  
全てエロシーン。正常なセーブデータも、全てエロシーン手前でコケた。  
 これが、チェックした全てのゲームで繰返されれば、大体どうなっているか、  
原因は置いておいても現象はつかめるだろう。  
 さて、原因だが、少し考えてウイルスやワームの類いは除外した。どうやって  
エロシーンだけを判別するのか。そりゃ無理だろ。  
 但し、超常的技能の持ち主を想定に入れなければ、の話だ。  
「……何故こんなことをした?」  
 長門は、膝の上の本を閉じると、俺を見上げた。  
「あなたは、すべきでは無かった」  
 長門は隠すつもりは無いらしい。ひっかけ気味の質問だったのだが、長門には  
全然影響しなかったらしい。しかし本当に、何故だ?  
 そこで、長門は、以前見た事の有る表情を浮かべた。  
「恐らくうまく言語化できない。正しい文脈を構成できる自信が無い。でも、聞いて」  
 そしてまた黙ってしまった。こっちがちょっと焦れて、お茶でも用意しようか、  
等と思い始めた頃、長門は口を開いた。  
「あなたは極めて原始的な抽象化擬似人格と擬似的な会話を交わし、性的交渉を  
シミュレーションしようとした」  
 なんの話だ。  
「私は"The Day of Sagittarius 4"を、貴方のユーザアカウント下で駆動する  
ソフトウェアプラットフォーム上の、擬似人格を制御するスクリプトの状態  
遷移を、性的交渉開始時点でフリーズするよう改修した」  
 お前がコンピ研のゲームに手を入れて、エロゲに干渉したのは判った。推測  
していた通りだ。しかし、何故だ?  
 また口篭もったかと思うと、  
「あなたは極めて原始的な抽象化擬似人格と擬似的な会話を交わし、性的交渉を  
シミュレーションしようとした」  
 また同じ事を言った。だから、何故なんだ。  
「……言語化できない。でも、駄目」  
 そうか、駄目なのか。  
「そう」  
 そして、  
「いかなる情報システム上の人格シミュレーションとも、シミュレーションで  
あるかを問わず、性交を行なうべきではない」  
 実にきっぱりと言い切った。  
 
 俺は机の向こうのパイプ椅子に座り込みながら、もしかすると、と考える。  
 もしかして、長門よ、おまえエロゲキャラに嫉妬してるのか?  
 嫉妬と言うのはつまりアレの結果であり、うーむ。嬉しいと言うか何と言うか。  
但し本人は気付いていない訳だ。  
 そりゃ言語化できないだろう。それは長門にとって全く新しい概念の筈だ。  
 恋、か。  
 
 そういう訳で難しい表情をしているであろう、そんな俺を見かねたのか、気が  
付くと長門が一冊の本を差し出していた。  
「読んで」  
 今か?  
「あとで」  
 そして、  
「その本の存在も、内容も、誰にも言ってはいけない」  
 
 どうやらこれは、長門謹製のエロ小説らしい。  
 自室のベッドの上で暫く唸った挙句、暫定だがこういう結論に達した。  
どこか異星の軟体動物の生態についての記述かも知れんし、コンピュータの  
ありように関する哲学的な内容なのかも知れん。しかし、文脈から判断すると  
これはエロ小説だ。最初こそ以前読んだあのふわふわした文体だが、どうも  
俺が出演している。  
 それにしても、多重継承ってそんなにエロいのか?ゼロで数を割る事がそんな  
恐ろしい残虐行為だったなんて。以後気をつけよう。  
 まぁ、そんな塩梅だったので、あっという間に俺は寝てしまった。寝不足  
だったしな。  
 
 そして、  
 俺にとっての肝心の問題は全く解決されないまま、一つの物語が終わりを告げた。  
 

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