■0■  
悪夢を見た。  
タイトルバックに軽快なタッチのメロディが流れ出すと、  
口頭で『オレは○○学園に通う普通の男子生徒だ』などと軽く頭蓋内の脆弱性を疑わずにいられないモノローグ風自己紹介が始まり、  
おそらく登校途中だと推察できる景観をバックに、  
俺(の姿をした男だが、それは俺を貶めようとする仮初で、その実態は裏社会の闇市場で香港マフィアとバイヤー間を斡旋する黒い組織の一味っぽい誰か)が制服を纏い溌剌と闊歩していた。  
鼻歌をハミングする姿など見ているこちらがいたたまれなくなってくる。  
俺(見てる側)は序盤早々凶悪な一発を頂いて再三インターバルの導入を訴えているというのに、前方の塀の影に身を潜めていた学生が現れると至ってナチュラルに流れに乗って合流したりして、その人物と親しく挨拶を交わしつつ  
『こいつの名前は古泉一樹。世話好きでおせっかいな幼馴染だ』  
と古泉(♂)を素面で俺(♂)は解説などしちゃうという、まあ世間一般で言うところのラブコメに部類されるものを展開された日には、  
俺としては百万回首吊りを行ったあと多少エスプリをきかせて服毒や練炭なんかも時たま交えたバミューダトライアングルで永久の休息をとるってのもありかなぁ、と今年のエイプリルフールネタを本気で視野に入れつつあるわけさ。  
夢とはいえあんまりではなかろうか。  
俺には芸の道ならまだしも、ゲイの道を登り詰める将来設計を選択肢の一つに組み込むつもりも性癖も毛頭無いのだ。  
当レム睡眠中におきまして、本人の意思を介さず発生する世界で好き勝手立ち振る舞われる物語は1000万回に1回のサマージャンボ宝くじ並みの空想や偶然の産物であり登場人物・建造物などは実在のものとは一切関係ありません。  
とそう信じたい。  
まだ劇もたけなわであったが、コンポネーションが崩壊したあんまりにあんまりな三文純愛モノを見せられ、  
これ以上こみ上げてくる吐き気とやるせなさを宥め賺せる自信がなく、お日様もまだ5合目くらいまでしか登りきらない内だというのに夢に三行半を叩きつけて跳ね起きてしまった。  
カーテンと窓の三cmの隙間に切り拓かれた世界の数々の色が混ざり合い才色兼備に染まる瑠璃色空から舞い降りた朝影などは  
まるで傘下で生を育む民や、北半球のしがない島国の庭付き一戸建てに居住区を構え、今さきほど危うく古泉一樹と友だちからホモダチ関係へ、人類史には残らないが俺のトラウマには確実に残るであろう革新的な二段ジャンプを踏み出し、  
先に設けられた世間体という名の棺おけに片足をつっこみかけていた愚かな高校男児にすらも祝福のハンドベルを響かせドンマイベイビーと身に余る励ましを授けてくださるようだ。  
だがしかしそれで収まりがつくほど精神的に負った損傷は浅くはなかったらしく、  
声に出して言い表せないもやを数時間じわじわ冷蔵して膠化させた憂鬱感の凝縮体のような不快感極まりないものが表皮の上にねっとりと塗布されてるみたいに気だるい。  
忌々しい……できれば起きたくないのだが、二度寝してあっちで古泉と甘い蜜月を過ごす勇気は俺の矮小な脳裏に微塵も湧き上がるはずがないのであった。  
 
ていや、と目には見えない枷を断ち切り進軍を開始する。  
普段、ベッド上で身を起こすのに微速前進、前進の筋肉をほぐしつつ足底を床につけるのにじっくり10分を要し、  
着替えは焦らず20分かける、慎重屋を自負する俺と比較すると異例のハイペースで事が進む。なんといっても今日は土曜日。  
それは涼宮ハルヒという高度経済成長の結晶体のような女とはずみで深い関係を築いてしまった者たちならば、少なからず何らかの感慨を覚えずにはいられない光景である  
【俺 朝比奈みくる 長門有希 古泉一樹】  
上がその可哀想な子羊たちリストである。  
番付をすると被害がデカイ順に俺52% 朝比奈さん28% 長門10% 古泉6% その他4%(今年度決算)となっている。  
自己評価にも関わらず、まるで追随を許さぬぶっちぎりの支持率をたたき出し、さらに誤差はプラマイ1以下であろうと確信できてしまうことが当方にとってはまことに遺憾である。  
古泉に恵んでやろう、気持ち40パーぐらい。  
可哀想?いやいや心配要らない。古泉は普段の薄っぺらい笑みとは裏腹に万博の天水皿も裸足で逃げ出すほど寛大な器量を持ち合わせた人物なのだ。  
むしろ遠慮がちな態度の俺を「馬鹿ヤロウ!」と叱咤し、「気兼ねなんてするなよ!俺たち親友だろ!」とキャラをぶち壊してまで爽やかに微笑んでくるのだ。たぶん。  
逆に朝比奈さんは気が小さい。なんだ貴様、そのデカ乳は飾りか、エロイ人にはわからんのか、とわけのわからん野次を飛ばしたくなってくるぐらいノミの心臓だ。  
矮躯ながら内に秘めたる実直なその性格は大変いじりやすく、五人組の中でオモチャ的象徴として君臨なさっている。  
彼女もこんな生け贄みたいな青春の一ページを送るために生まれてきたわけでもあるまいに。  
でも安心してください。あなたという高嶺の花が、たとえハルヒによって谷底に引き摺り下ろされて、  
十年後どこぞのローカル放送で地域密着型ヒーロー戦隊のピンク役でお肌の曲がり角を迎えるまでに成り果てていようとも、俺はさらにその下に穴を掘って見上げ続けますよ。  
長門有希。  
名前から世界大戦前の大日本帝国の重厚さと淡雪のような読書趣味の気高き姫君を軽佻に想像しやすいのだが、まったくそのとおり。捻りなどまるでなし。  
あの少女のことを思い浮かべるときは、常に漠然とした疑問を抱いている。  
それが何なのか、長門のミステリアスパロメータの針は常日頃MAXを易々と振り切っているので、いまだ解答の糸口を見出せずにいる。  
現状では、俺が長門有希を理解するには、彼女からの歩み寄りがなければどれだけの時間があっても足りないだろうという客観的視点で見た感想と、  
彼女に少なからず庇護心をくすぐられている俺の感情論を語るに過ぎない。  
だがこの場では割愛しておこう。  
一日の始まりにヘヴィーな思考など不協和音以外の何者も醸し出さないのだから、  
と賢しく説く俺は朝っぱらから揚げ物系統には手をつけない主義なのだ。  
 
閑話休題。  
着替えまですませた俺は最低限分エネルギーを摂取するためにリビングに向かうと、一角に小スペース設けられた、おそらくキッチンだと認識されるであろう場所に赴き、  
棚の奥から「食パン??」と思わずクエスチョンマークをサービスで二つつけたくなる気持ちを抑え切れないほど奇天烈な固形物を一枚取り出しトースターに放り込みダイヤルを回す。  
……ジジジと一応音はするが直方体に切り取られた空間の上下に具備された電熱線は微弱な熱すら発しようとせず、完全に職務を放棄していた。  
おいおい、性根の悪い冗談はよせTS−4000GT。  
フリーマーケットで出会ったフレンチ商人に二時間かけて洗脳…元い、その我が侭なボディーに心奪われヨンキュッパはたいてお前を購入したんだぞ、  
と未練たらたらに縋りついて、揺すり、叩くが、依然容態はお変わりなく安らかな眠りについたままうんともすんともしないので、俺は早々に見切りをつけて切り上げた。  
そもそも接触の問題というより構造設計からして怪しいものがある気がしてならないから。  
もしもこの推測に誤りがなければ、電気工学系の知識に何の縁もゆかりもない俺に出来ることといったら、  
 
@おとなしく修理に出す Aフレンチ商人に返品 B実はそのフレンチ商人は古泉  
 
といった至ってノーマルな選択肢を思い浮かべるくらいなものだろう。  
候補@は普通過ぎるし、かといってフレンチ商人を表面積5億9百95万平方キロメートルの広い広い地球上から探し当てるなどと徒労に帰す恐ろしい案も御免こうむりたい。  
というわけで、おめでとう古泉、消去法で候補Bが満票可決したよ。  
人というのは総じて悪を裁くときに得られる正義感という名の大麻に浸かりたいが為に、迫害の対象を仕立て上げる面倒な生き物なんだ、魔女裁判然り。  
それはさておいて、そろそろ胃の催促する周期が短くなってきて頻繁に低音を響かせていた。もう限界だ、パンを揚げてしまえ。  
さっきの「俺は揚げ物を〜」の主義はどうした、いきなり矛盾かますなよといった批判を受けそうな俺の論理を逸した行動だが、所詮煩悩の前に人一人のエゴなど無力なものだよ。  
4000年という遥か遠き幾星霜に刻まれた古人たちの歴史に思いを馳せつつ中華鍋に天ぷら油を注ぎ、次に近代科学を結集した材料の確認だ。新旧両雄の夢のコンビネーション、ここに極まれり。  
小麦粉はないしタマゴもない、だがパン粉―――というかパン本体なんだけど―――があるからオーケーだろう。  
するとなんだ、食材はパンと油のみという最高の省エネさ。この限られた食材の中でどれだけの創意工夫がなされるというのか?  
調理する側の俺にすら1ナノ程の想像もつきません。  
ガスコンロを点火し、一時にパンを油の中に落とした。  
するとどうしたことか、ぼちゃん、と音がしただけで、あの揚げ物につきものな猛々しい炸裂音は鳴りを潜めている。  
気泡を放散し沈み行くパン。摩周の湖畔のように静まり返る凪の天ぷら油。俺が数秒せずとも失敗を悟るのに充分な要素を眼前のワンシーンは内包している。  
同時に、ああ今日は朝食は抜きなんだな、と軽く笑みを湛える自分がたまらなく嫌だった。  
いやいやその決断はまだ早計というものだろう。  
奇跡というものは予期しない展開から、突如として我々を窮地から救ってくださるものだ。  
いやこの言い方は正しくはない、なぜなら奇跡に関わらず出来事一般は突発的に起こるのではなく、そこに至るまでの経緯には何かしらの痕跡や予兆となるものが残っているものだ。  
まあ御託を並べてないで、とっとと奇跡を祈りやがれよ俺。  
「揚がれー揚がれー」  
油面までパンが上がってきた。  
「OH・・・、イッツミラクル」  
それから色々と手を施しているうちに五時間弱が過ぎ去り、時計の短針も一日の折り返し地点を曲がったあたりで我に返った。  
むせかえるアンモニア臭と退廃的な終末の空気が交差する一般家庭の台所に永別の念を綴った口上書きを申し述べて、部屋に舞い戻り厚着の服装をこしらえる。  
俺は敷居を跨ぎ、新雪の降り積もる路上へと足を踏み進めた。  
 
 
■1■  
駅前。  
マフラー、帽子、ジャンパー、手袋、マスク。  
とにかくできる限りの防寒具をつぎ込んでの出で立ちが、先ほどから道を行き来する子供に只ならぬ恐怖を与えている、イヌイットも吃驚仰天男――俺――は夕日が傾く頃になってようやく自分に科せされた非道な処遇の全貌を嚥下した。  
これまでの経緯を至極簡単に述べるとする。  
いまや俺たちの内輪で、西郷隆盛像を押さえるまでに巨大派閥として成長し、待ち合わせのメッカである駅前を訪れると、なんと俺が一番乗りだったらしく、いつもしたり顔で待ち構えている姿が駅前のどこにもない。  
適当に草葉の陰から乙女のインスピレーションだとか現代科学で目視不能な選抜法を駆使して選りすぐった三毛猫がオスであった確率には遠く及ばない数値であっても、  
商店街の新井式回転抽籤機をひと回りさせて新型電動アシスト自転車を持ち帰る確率よりは難易度は高いみたいな、  
そんな微々たるプレミアムイベントに湧き上がる興奮を機が熟すまで押し殺し、俺は余る時間で近場の喫茶店で優雅にモカでも口に含みつつ迎えてでもやろうかと思ったわけだ。  
だが、待てど暮らせど来ねー来ねー。  
俺に物理的な温もりの大切さを教授してくださっていた駅の向かいの喫茶店からは、  
『コーヒー一杯で何時間粘るんだ早く出ていけ』  
という非人道的だが社会的な視線を四法八方から浴びせかけられて、居心地の悪さに店を出たときには16時を回り、数十分後にあたる現在の濡れ鼠状態に至るというわけだ。  
「わっはっはっは、すっぽかされるとは、こりゃ父さん一本とられたぞ」  
きわめて明るく努めてみる。  
「怒りのジャーマンスープレックス!」  
寝転がった。  
天を仰げば、鈍色の雲は程度ってもんを知らないらしく、次々と雪を排出するのが目についてうんざりとしたが、ダウナー気分引きずっていても、ニット棒で蒸れた頭がストレスで余計寂しくなるというものだ。  
明るい未来。レッツ 将来設計。  
敗因は携帯電話を携帯せずに外出しただけで、通信のメディアの一切を封じられてしまう俺というの男のファイヤーウォールを切って中身を見てみると、レンコンのようにスカスカでしたみたいな、  
蜂の巣ごときセキュリティーホールを弱点と見抜き、そこを巧妙についた敵がアッパレであったという可能性についても捨てきれない。  
「最大の敵は無意識であったか」  
実は昔、精神分析学を少しかじっていたことがありまして、なんて、どことなくできるヤツのムードを匂わせたいばかりに、インターネットで得た知識をそのまま引用するフロイトの似非愛好家みたいな言い草である。  
自分虐めも心が疲弊するばかりだし、帰るとするかね。  
新雪と苦渋をざくざく噛みしめるように帰路を辿る。  
 
途中、見知った後姿に出くわした。  
「朝比奈さん?」  
小さい体躯のせいか、背中がひときわ大きく跳ねたように思えた。  
「キョン君……」  
様子がおかしい。  
気まずそうに目線を足元に漂わせているから一目瞭然だ。  
「ひどいですよー」  
だから俺は喜劇を演じるように眉を寄せて、大げさにかぶりを振る。  
「え?」  
「駅で一人で待ちぼうけですよ。おかげで子供からは『駅前に住み着く小林幸子の亡霊』なんて失礼な都市伝説で怯えられるし、駅員さんの視線が進行方向固定のまま俺をちらりとも見ず通り過ぎるし」  
オール事実だった。  
サバサバとした口調だから面白おかしいがな。  
「ごめんなさい……ちょっと、今日は度忘れしちゃってて」  
なんか余計凹んだぞ。  
「あー、朝比奈さん」  
落ち込んでる女性をいかにして立ち直らせるか、ここでの機転が男の手腕の見せ所だぞ俺。  
「みくる」  
何故か下の名前、しかも呼び捨て。  
「へ?」  
「泣くのはおよし」  
沈んだ顎をくっと指先で持ち上げてやる。  
眩暈がするほどワイルドだ……。  
「みくるって名前、俺は好きだな。読み間違えてみるくって言っちゃいそうなところが」  
なんだそりゃあああ!?  
俺ってヤツは、なんて頭を抱えずにはいられないイカレたバカブレインを搭載してやがるんだ。  
「ぷっ」  
朝比奈さんは吹き出した。  
「あれ?予想外に受けました」  
「はい、受けました」  
いつもの二人の関係に戻れた気がした。  
でも泡沫だった。  
「今後気をつけますね」  
「いえいえ、こちらこそ気をつけられます」  
相互に礼をした後、二人は別れた。  
朝比奈さん……化粧してたな。  
わだかまりが残った。  
 
 
■2■  
ハルヒのヤツがイベントをやると言い出した。  
『千羽鶴、打ち上げ作戦(ポロリもあるよ!)』  
主語の完全に省かれ、まるで要領を得ない焦りのみが先行した戦国の足軽大将のように紡がれていく演説の一部を口述筆記し、それをハルヒ専用再構成フィルタにかけたところ要するに、  
大晦日の夜に風船にくくりつけた千羽の鶴を、いつの間にかサポーターになっていたらしい野球部全面協力の元、来年度を迎えた瞬間に一気に照明に照らし出された暗淡色の空へと解き放とうというものらしい。  
きっと、ハルヒの言ってるサポーターってのはあれだ。ほら、サッカー選手の脚に装着して、スライディングでがりがり削られてるアイツ。なんて的確なたとえだ。可哀想に。野球部なのにサッカーに例えられてしまうところが特に。  
しかし、そんな非生産的な行為をよりにもよって年明け早々に開催してくれなくてもいいだろうに。  
受験生の朝比奈さんなどは、骨折り損という言葉のみが脳裏を疾走する唯我独尊ぶりに加え、さらにポロリまで献上しなければならないかもしれない薄幸な未来像に、  
すでにあたし諦めちゃってます、というマジで閉鎖病棟に措置入院させられる5秒前みたいな、緑黄色野菜だけでミックスジュースを作ったときのごとき色合いの引きつり気味な笑顔を浮かべている気がしてならないので、  
俺はそちらを振り返ることをせず、長門のほうを見やった。だって怖いんですもん。  
長門は自前のポーカーフェイスを貫いて、ハードカバーの面積分だけに視線を走らせていた……が、俺のトロピカル光線に篭った熱感を感じ取るサーモグラフィ機能でもあるのか、唐突に顔を上げ、こちらをちらりと見やった。  
!  
それは俺が望んだゆえに生まれた錯覚なのか、一文字に結ばれていた長門の口端がほんの一瞬だけ、くの字に吊り上げられた気がした。  
笑った?  
まさかな……と心の中で皮相的に否定はするものの、深層ではあたりの来ない釣竿の浮きさながらに、さてどうしたものか、と着陸地点を探して虚空をうろうろ彷徨っていた。  
そして俺の横顔10cmまでニヤケ面を接近させていた古泉のオトガイに掌底をお見舞いして、今日も朝比奈さんの温もり満載のお茶を流し込むのであった。  
 
今日も何事もなく覚醒する。  
いつも見ている天井がやたら広く無機質な長方体の部屋に伸びている。  
「……広すぎる」  
調子が狂う。脳のどこかが言い知れぬ漠然とした懐疑心を抱いて、不安に警鐘を鳴らしている。  
こんなにも幸せな気持ちだというのに、何を恐れる?  
仲間。  
幸せを想起させる言葉を、何度も自分に言い聞かせた。  
だけど、手繰り寄せる紐に手ごたえはない。  
すれ違っている気がした。  
未だ視切れてない綻びを感じるのだ。  
身を起こすと、ベッドが大げさと取れるほど派手に軋んだ。  
外が明るい。  
朝になっていた。  
起き上がり、着なれた制服に袖を通し、朝食を摂ろうと冷蔵庫を見ると、ウインナーがあったので玉子と一緒にボイルする。  
食欲があまり湧かないので景気づけに梅干を口に含んだ。  
「ところで梅干の種の中身って有毒なんですって?」  
しらねえよ。  
そうこうしているうちに登校時刻がやってくる。  
「あ、冬休みだっけ……?」  
また狂う、くるくるくるくると。  
俺は思考を停止させて、玄関を出た。  
12月26日。  
大晦日まであと5日。  
 
 
■3■  
学校。  
冬休み真っ只中なのに、なぜ俺はこんなところをうろついているのかと不思議に思うかもしれないが、ようやく限られた学生生活の貴さに気づき勉学に勤しみだす俺でないことはすでに定期テストのペケマークフェスティバルにおいて実証されている、  
ということで確率1パーにすら及ばない仮説その1を華麗にフェードアウトしたところで、残りの9割9分について議論していくことになるのだが。  
 
仮説その2。  
きっとそういう設定なのだよ説。  
 
『日本の東京都という限局した土地ばかり攻めたがるローカリズムの怪獣が不自然なくらいに多いからといって、良い子の皆はそれを指摘してはいけないんジョワ!』  
 
ダメトラセブンがそう教えてくれた。  
ダメトラセブンはM78星雲関西支部からやってきた伸縮自在の圧縮袋型変身ヒーローである。カラータイマーは不携帯(再三の出頭命令も無視)のため基本的に時間制限は無いが、  
ナイターが始まれば怪獣そっちのけ。テレビ前にステテコパンツで胡坐をかき、ビールを片手に今夜もつまみのカクテキに箸を伸ばす。負けると暴れる。勝っても暴れる。星に帰ってくれ。  
 
いつだったかハルヒに身売りされたときに駆り出された、ヒーローショーのバイトを思い出す。  
思えばこんがりきつね色を目論んだ夏。  
正気かと。  
炎天下に着ぐるみなどという愚考、自殺願望者のすることだ。  
しかし給与がよかった。  
そして俺らは火の車だった。  
 
可決。  
 
その鶴の一声で。  
活動場は遊園地かデパート屋上。  
焼くというより蒸らされる日々。  
シュウマイか。  
いつか餃子になりたい。  
進化だ。  
そうだ幼児向けとはいえ、一辺倒ではなく、ストーリーにウィットに富む変革を起こすべきだ。  
たとえば海岸線の近くで短パンからスネ毛まじりの脚を出し、マントの代用にアロハシャツをなびかせた改造人間と悪の怪人の一家が焼きソバを租借するというアットホームな感じで導入部は如何かな。  
よくよく訪れる息子・娘たちの大学センターからも目が離せない。  
戦争は受験戦争へと名を変え机上ですべて執り行われ、挫折・不安・苦悩・逃避・軋轢・対立。  
さまざまな暗鬱な感情が長方形の世界で入り乱れる様に視聴者のフラストレーションは頂点に達し、クライマックスでついに生まれる和解によって、途端オーディエンスはリビドーの鎖から解放されたとき、  
ブラウン管越しで生まれるのは、友情や家族のかけがえない絆なくして何がありえるというのか。  
 
カミングスーン!!(黒背景にど派手に輝くテロップ・サウンドエフェクトについては各々キャパシティーをほとばしらせてください)  
 
もう支離滅裂だ。  
 
 
部室前。  
「……………わお」  
いつの間に。  
無意識だろうと、何がなんでもここに足を運んでしまう俺は、フクロムシにでも神経を乗っ取られているのだろうか。  
「でも、なんか何年越しかに昔なじみと再会したときみたいな感じだな」  
ドアノブをまわすと日常がひどく懐かしかった。  
暖気が扉から廊下への狭い隙間を通り抜けた。  
ストーブ。  
先ほどまで点けられていたらしく、ほのかに残滓があった。  
「もしもしぃ?」  
へんじがない。  
「どなたかいらっしゃいませんか?」  
へんじがない。  
「三河屋ですがー」  
酒屋を装った。  
誰か隠れていれば、思わず財布を持って出てきてしまい、『あら三河屋さんご苦労様、代金は福沢とワ・タ・シ』と若妻と金銭を一挙にゲットする一石二鳥の計略だ。  
「ノンストップララバイ!!」  
想像をたくましくしている際に出る鼻血というのは、ご婦人方に粗相のないよう自己主張の強いご子息をなだめすかす、紳士特有の一種の生体防御反応である。  
なんて嘘薀蓄では切り抜けられなかった。  
ほーらね。  
近づいてくる。  
椅子に倒れこみ、そのまま頭を垂れた。  
「あいたたた……」  
胸を押さえる。  
痛い。  
イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ  
イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ  
喉はからからに渇いているのに、叫びだしそうになる。  
助けてくれよ―――  
 
「大丈夫だから」  
 
「え………?」  
水音のように清廉と透き通った大人びた印象に反して、無垢な幼さの残る声色が、反響を繰り返し、連続的に内耳に届き脳へと伝達される。  
認識まで長くを要し、同時に心拍数が跳ね上がるのを感じた。  
頭蓋は戸惑いの感情に満たされる。  
揺さぶられて、振り向いた。  
窓より入り込んだ長方形の青空の一片が、埃を積もらせた地面の灰褐色を照らす場所。  
「………?」  
―――塵だけが舞っていた。  
 
 

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