もし、朝倉涼子と長門の立場が逆で、文芸部室に居たのが朝倉で、統合思念体の
過激派に属するのが長門だったら。そんな思いつきだけで書いた話。後悔はしていない。
『放課後。一年五組の教室で待つ。』
そこには、まるでワープロで打ったような綺麗な字が書いてあった。
さて、これをどう解釈してくれよう。最初に朝比奈さんというセンが浮かんでくる。
いや、朝比奈さんならもっと女の子らしい丸っこい字を書くに違いない。
ハルヒもこんな字は書かんから却下。そもそも、あいつならこんなに回りくどいことはしない。
階段の踊り場にでも引っ張っていって、強引に話をつけるだろうね。
じゃあ、俺の知らない人物からのラブレターか?
いやいや、冷静に考えろ。谷口とか国木田あたりの性質の悪いジョークと考えるのが
一番妥当なセンだ。いかにもアホの谷口がやりそうな臭いがぷんぷんする。
教室にのこのことやって来たところを谷口に笑われるのは癪だ。
ある程度時間を潰してから教室を覗いて見るのが妥当だな。
俺は暫く考えてそう結論づけた。
SOS団の活動終了後。俺は、一年五組の教室へと足を運んだ。
「長門・・・か?」
「そう」
果たして待っていたのは、確か、隣の隣のクラスだったか?谷口曰く、Aマイナーである
長門だった。決して目立つ感じの少女ではないし、俺は谷口のように他のクラスの女子の
顔と名前までいちいち覚えているわけではないが、無口で無愛想で、いつも本を読んでいる
少女というのはどこか神秘的であり、俺は個人的に興味を持っていたのだ。
こいつか―――。俺的ラブレターで呼び出されたいランキングの上位に食い込んでいた
女子であった事に心を昂ぶらせつつ、しかし俺は表面上は冷静に尋ねた。
「用件は何だ?」
「あなたの」
「命が欲しい」
「…何の冗談だ」
「冗談ではない。涼宮ハルヒに行動を誘発させるために、あなたをこの世から抹消する」
いつの間にか、長門の手には銀色に光るものが握られていた。ナイフ。
これはまずい。俺は長門に恨まれる覚えもなければ、そもそも話した事すらない。
しかし、どうやらこいつは本気だ。考えるよりも早く、俺は後ろにあるドアに手をかけ…
ようとしたが無理だった。何故なら、そこにはドアは存在せず、まるで最初から
そうであったかの様に、灰色の壁で多いつくされていたからだ。…何なんだこれは。
「無駄」
「この空間は、わたしの制御下にある。抵抗は無意味」
長門は、ゆっくりと、一直線に俺に向かってくる。俺は横に逃げようとして―――
足どころか、指先すら動かないことに気づいた。何だこりゃ?反則だろ!
「死んで」
空気が動いた。銀色に光るナイフが、俺の心臓を一突きにしようと迫ってくる。
その時。
天井をぶち破るような音と共に瓦礫の山と―――
朝倉涼子が降ってきた。
「大丈夫か、朝倉?」
「平気よ」
「肉体の損傷は大した事ないわ。それよりも、今必要なのはこの空間の正常化ね」
見る間に教室が再構成されていく。まるで、CGの逆再生を見ているかのようだった。
「終わり」
息をついて、立ち上がろうとする朝倉。大した事ないとは言っていたが、
その体はやはりまだふらついている。俺が手を伸ばすと、朝倉は素直にその手を掴んできた。
俺には未だにさっき起こった出来事がよく理解できていないが、お前に命を助けて貰った
事くらいは分かる。だから、これくらいの事はさせてくれ。
「ふふ…ありがと」
俺は、朝倉を家まで送る事にした。朝倉は遠慮したが、
こんな状態の彼女を放って置いたら、俺が自分自身を許せなくなりそうだ。
「それじゃあね。また明日」
朝倉とはマンションのロビーで別れた。俺は、エレベーターに乗ろうとする彼女の後ろ姿を、
ぼんやりと見つめていた。