「ああ、そう言えば、朝倉涼子から伝言を預かっています。
…パソコンの電源をつけてくれ、だそうです。確かに伝えましたよ」
そう言って、既に輝きをほとんど失っていたピンポン球のような光は完全に消え失せた。
ちくしょう、何が閉鎖空間だ、何が世界改変だ。
俺は、あの世界でやり残した事がまだまだたくさんある。
ハルヒがどこからともなく持ってくる衣装に身を包んだ朝比奈さんをもっと見ていたいし、
古泉とはあの時のボードゲームの決着がまだついていない。あれは珍しく白熱した良い勝負だった。
それに、俺は、まだ朝倉のことをよく知らない。全く知らない。
休日は何をして過ごしているのかとか、好きな音楽は何かとか、好きな本とか、
好きな人は誰か、とか。
とにかく、俺は元の世界に戻るんだ。その為なら、何だってしてみせる。
―――頼むぜ、朝倉。お前だけが頼りなんだ。
俺は祈りながらパソコンの電源を入れる。いつもこちらが頼まなくても勝手に立ち上がる
OSは幾ら経っても立ち上がらず、ディスプレイには白いカーソルが点滅しているだけだ。
それが動き出し、文字を紡いでいく。
RYOKO.A>見えてる?
ああ。
RYOKO.A>この状況をどうにかできるのはあなただけ。あなたに全てをかける。
そうか。俺も、このままこんな世界に強制移住させられるのはごめんだ。
元の世界に戻れるんなら、どんなことだってするぜ。
RYOKO.A>……そう。私も、元の世界に戻る事を望んでいるわ。あなたと、もっと一緒に居たい。
RYOKO.A>…一緒の時間を、過ごしたい。
文字が薄れてくる。
RYOKO.A>また、あの日みたいにd
そして、最後の力を振り絞るように表示されたメッセージがこれだ。
RYOKO.A> sleeping beauty
俺は、以前朝比奈さんから聞いた言葉を思い出す。白雪姫。それとこの言葉の共通点を
考えれば、俺が何をすればいいのか、答えは明白だ。
しかし、その行動を取りたくないと思っている俺がいる。節操観念という奴だろうか?
未だ彼女居ない暦15年の俺には、キスの経験などない。そして、俺は標準的な高校一年生であり、
ファーストキスは好きな人としたいという当然の願望を持ち合わせているのだ。
しかし、このままではその好きな人と会う事すら、永遠に奪われかねない。
元々、俺には選択肢などないのだ。それは分かっている。だが、感情が理性を許さない。
「ちょっとキョン!何か出たわよ!」
うるせえ、そんなことはどうでもいい。お前の望みは分かってんだよ。
「ハルヒ」
「…なによ?」
「………好きだ」
「!な、な…っ!」
「…ハルヒ」
呟き、俺はハルヒに近づいていく。ハルヒは一歩も動けず立ちすくんでいる。
その唇に、俺はそっと自分の唇を重ねた。