皆でいっせいに、ハルヒの持っている爪楊枝を引く。
俺と朝倉が、目印のついている物を引き当てたようだ。今度はこいつとか。
「ふふ。よろしくね、」
視界の端に見えたハルヒの顔が露骨に歪んでいたが、気にしないことにする。
俺たちは喫茶店を出た。そしてそのまま別行動を取ることになる。
「ちょっとキョン!これはデートじゃなくて、街の不思議探しよ!
それを忘れて遊び呆けてたらタダじゃすまさないわよ!」
ハルヒはそう喚き立てるが、俺には不思議探しなんていう内角の和が180°にならない
三角形をひたすら探し続けるような無駄な作業をするつもりは毛頭なかった。
そうだな。とりあえず、ショッピングにでも行く事にしよう。
「ね、このイヤリングなんてどう?可愛くない?」
片耳にイヤリングをつけた朝倉がその場で回転し、その長い髪がくるりと揺れる。
俺たちは、暫くいくつか服屋を冷やかした後、あまり目立たないところに位置しているものの、
隠れた名店であるかのような雰囲気を醸し出している雑貨屋に足を運んでいた。
「ああ、悪くないんじゃないか?」
年齢のわりに大人びて見える朝倉には、正直、それはもんのすごく似合っていたが、
俺はつい素っ気無い返事を返してしまう。
「えー。これにはビビっと来るものがあったんだけどなあ…」
「…でもまあ、お前が良いと思うんならそれでも」
「買ってくれるの?」
「……」
「買ってくれるの?」
そんな普段は見せないような甘えた目で見るな。ああちくしょう、買えばいいんだろ買えば。
「へへ。ありがと」
だから、クラスの連中には絶対見せないような満面の笑顔を向けるな。こっちまで恥ずかしいじゃないか。
ほら、店員さんも何か微笑ましい顔してるし。勘弁してくれ。
「4980円になります」
しかも高い。
その後、朝倉の提案で図書館に行った。部室内で本を読んでいる姿を見たことはないが、
朝倉もれっきとした文芸部員であるからして、本は好きなんだろう。
「キョン君は、普段どんな本を読むの?」
「最近は読んでないな。小学生くらいの時は、シュブナイル小説なんかをよく読んだが」
「ふーん…じゃ、こんなのはどうかな?」
そう言って、本棚から一冊の本を取り出す。俺も名前くらいは聞いた事がある、有名な小説だ。
俺は礼を言ってその本を受け取り、図書館備え付けのソファーに腰掛けて読み始めた。
ほう、これは…
流石朝倉が薦めてくれるだけの事はある。すぐに話に引き込まれた俺は、
久しぶりに文章に没頭する感覚に浸っていた。
とすん。
ソファーが沈み込む感覚。横に誰か座ったか。反射的に隣に目をやる。
座って居たのは朝倉涼子だった。
まずい。これはかなり恥ずかしい。なんだって、こいつはわざわざ隣に座ってくるんだ。
そこからはもう駄目だった。文章に集中するなど出来る訳もなく、何秒か置きに
チラリと隣に座っている朝倉の横顔を盗み見ては、すぐに目線を本に戻す。
結局、それから数十分かけて進んだのはたったの10Pほどだった。
「キョン君って、けっこうゆっくり読むタイプなのね?」
お前、わざとやってるだろう。そう言うと朝倉は、クスクスと笑った。