その日、朝からハルヒは不機嫌だった。  
 まあ、こいつが不機嫌なのはろくでもないことを考える前兆であり、仮に上機嫌だったとしたら、ろくでもないことを考えついた時なのだ。俺としては、自分の負担が軽くなるように祈っておくしかないわけである。  
 自分に負担がかからないように、と祈る気は無い。こいつがなんかしでかして、俺が無関係であることなんてないからな。  
 これは覚悟なんてかっこいいもんじゃなく、ただのあきらめである。  
 そう思いながら、俺はその日の授業を受け続けていた。ハルヒの不機嫌オーラで背中を焼かれながらな。  
「今日はあたし、このまんま帰るから。皆に言っといて」  
 そしてHRが終わると同時に、ハルヒは俺にこう言ったのであった。そう話すのも面倒なような、けだるい表情でな。  
 だからな、俺は社交辞令として、こう言った。あくまで社交辞令としてな。  
「伝えとくけど……体調でも悪いのか?」  
 体調が悪そうな奴に対して、上記の質問をするのは当たり前のことだろう。統計学的に十分信頼できる結果が得られるであろう、二千人にアンケート取ったって、そう言うに違いない。  
 だが、それを聞いたハルヒは顔を真っ赤にし、  
「っ変態!!」  
 と、激昂しやがった。教室どころか廊下や他のクラスまでに響き渡る、でかい声でな。 ハルヒのこの反応で、俺は事情を察した。保健の授業で習った程度の知識しかないが、これくらいは予想がつく。  
 だけどな、俺が体調を聞いたのは、他意も何も無い、そのまんまの意味でだ。この季節、風邪とかなんとか、体調崩す理由はいくらでもあるだろうが。  
 いくらなんでも被害妄想がすぎるぜ、涼宮さんよ。ほら、おまえが騒ぐせいで周りの女子までもが、俺を親の仇のような表情で睨んでるしな。  
 なんて冤罪。司法制度の腐敗、ここに極まれりだ。  
「ったく!! あんたってホント、デリカシーってもんに欠けてるわよね!!」  
 確かに俺は欠けてるかもしれんがな、初めっから持ち合わせてない奴に言われたか無い。  
 デリカシーとやらをプレアデス星団辺りにぶん投げて生まれてきた女が、言う。  
「ったく、女ってほんと不便だわ。あんた、野球部の連中が春の選抜に出られないって知ってる?」  
 それは知らん。っていうか、そもそも何の話題にも上がっていない時点で、改めて確認しようとも思っていなかった。  
 
 おおかたこいつのことだから、たまたまニュースで春の選抜が取り上げられてたの見たんだろう。で、今日になって今更、野球部が選抜に出られないと知ったわけだ。そんなも、秋の地方大会で誰も知らないうちに一回戦負けしてた時点で決定していたというのに。  
「歯がゆいわね。このあたしが助っ人外人として参戦すれば、甲子園の土なんて踏み放題だってのに。高野山って連中は何考えてるのかしらね、女は出れないらしいわよ」  
 とりあえず二つほど間違いがあるのは無視するとして、だ。こいつが不機嫌なのは、体調が悪いというだけでは無いらしい。  
 元々甲子園なんざ大して興味が無いくせに、体調の悪い時、いや日に聞いてしまったもんだから、相乗効果で不機嫌になってるんだろう。  
 そんな宇宙一扱いにくい女は、ため息をついてこう言った。  
 
 
「は〜〜〜ほんと。女なんてつくづく損だわ。男に生まれりゃよかったわよ」  
 
 
 そりゃいいな。おまえが男だったら、遠慮なく殴れるだろうしな。ごくまれに見せる意外な一面に、俺が心掻き乱される心配もないわけだ。  
 そんな感想を思い浮かべながら、俺は不機嫌な表情のまま帰るハルヒを見送った。  
 その後は、部室で朝比奈さんのお茶をいただき、古泉の陣地を陥落させ、長門の本を閉じる音で解散、といういつも通りのSOS団特有の実のない活動を送る。  
 さっさと家に帰った俺は、メシ食ってテレビ見て風呂入って寝た。  
   
 
 
 これからは懐かしい日々となる、『いつもの日常』に感謝することも無く。  
 
 
 
 その日の朝、俺は不快な感触で目を覚ました。  
 俺の顔の上に、何かがある。時々、寝床に潜り込んだシャミセンが居ることもあるが、あいつみたいにふかふかした感触ではない。  
 細く、長い物が何本か、顔にかかっている。鼻先や頬にまとわりつくそれが、不愉快なことこの上ない。  
 俺は寝惚けたまま、そいつを掴み、引っ張った。  
「あだっ!?」  
 俺の頭に、激痛が走る。ハルヒ関係のストレスによる偏頭痛には慣れているが、これは全く違う痛みだった。  
 頭の内部ではなく、表面からの痛み。そう、まるで髪の毛を引っ張られたような―――――っと。  
 『まるで』ではない。俺の顔の上にかかっている黒い物は、確かに俺の頭から生えている。紛う事無き、髪の毛だ。問題があるとすれば、俺の髪はそこまで長くないってことなんだが。  
 ベッドから体を起こすと、とりあえず眼前に垂れ下がるうっとおしい連中を手で払いのけ、頭の後ろに流した。手で髪の束を掴んで確認してみるが、こりゃ随分長いな、腰くらいまでありそうだ。ちょうどあの時のあいつくらいだな、と思った。  
 さて、俺の頭に何が起こったのやら。  
 1.何者かが、俺の睡眠中に植毛を施した。  
 2.夕飯に出たワカメの味噌汁による育毛効果。  
 3.どっかのアホのせい  
 現実的に可能だと思われる順に並べてみたわけだが。俺としては、一番非現実であると思われる、3番を選ぶしかないわけだ。  
 4.長門の暴走、といった選択肢もないわけではないが、俺の髪の毛増やすってどんなエラーだよ、と思う。  
 今度はなに考えてんだ、あのアホハルヒめ。俺は、封印しておきたかったはずの言葉を吐くことになった。  
「やれやれ……?」  
 いつもの口癖を吐いた瞬間、気がついた。  
「なんだ、この声」  
 確認するために、敢えて声を出してみる。俺の口から聞こえるのは、俺の声では無かった。  
 もっと高いっていうか、軽いっていうか……簡単に言えば、女の声だった。  
(髪が長くなって、声が女っぽくなった……!?)  
 ある可能性に気がつき、掌を見る。SOS団の力仕事担当、にされている俺の掌は、ガサガサだしボロボロだ。だが昨日、寝る前の俺の手に比べ、細く、華奢になっていることに気がつく。  
 
 俺はその手を、自分の胸元へと滑らせた。そこには、大してでかくも無いが、俺には決して無いはずの膨らみがありやがった。  
 ふにふに、と指先で形を変えるそいつの感触に心奪われながらも、俺は必死で考えていた。納得できる理屈………っていうか現実逃避だな。  
 落ち着けよ、俺。胸のこいつが別にアレだって決まったわけじゃないだろうが。たとえば中学の時の同級生だった、ぽっちゃり系の伊集院君なんてもっとでかかっただろ。俺もよく揉んでやったもんだ。  
 こんな時しか思い出さない中学時代の旧友によって、俺は心の落ち着きを取り戻す。そうそう、昨晩は寝る前にピザポテトなんて食ったもんだから、そいつのせいで部分的な激太りになったのかもしれん。一晩で。  
 そう、自分を納得、いや騙し通した瞬間、あることに気がついた。  
 毎朝起きたら、自己主張してる奴。そう、ウチのバカ息子だよ。  
 なんか、今日はそいつが随分おとなしいんだ。いや、もしかしてさ、これって。  
 俺は死地へ赴く特攻隊の心境で、パジャマのズボンを、それに重ねてパンツのゴムを掴んだ。英霊を侮辱する気は無いのだが、既に俺はそれくらいの覚悟をしていたということを、わかってほしい。  
 さて、俺を生んでくれた両親とエンジェル朝比奈さんにありがとうといいつつ、パンツの中を覗き込んだ。このパンツが、どうみても男物じゃなかった時点でわかってたんだけどさ。  
 
 マイサンは家出中でした。  
 
 俺はようやく理解した。いや、あきらめた。  
 俺の体は、女になっていた。理由はともかく、原因だけははっきりしてるけどな。  
 おかげさまで、絶叫したり気絶したりってことはなかったのだが―――――  
「キョンくーん、あっさだよー!!」  
「!?」  
 聞きなれた妹の声で、心臓止まりかけた。  
 まずい、朝起きたら兄貴が姉貴になってたら、大事件だろ。いっそ、他人のフリするか? 『はじめまして、キョン君の恋人です』って……絶対いやだ、文字通りの自作自演じゃねえかよ。  
 そんな俺の葛藤を無視して、妹はドアを開けて部屋に入ってきた。動揺してた俺は布団を被ることもできず、妹の前に自らを晒すことになった。  
 
 さて、どう言い訳するか、と思った瞬間、  
「なんだー、もう起きてるじゃん。つまんないのー」  
 と、妹はいつも通りの反応を見せた。その表情には、俺を叩き起こせなかったことによる不満はあるものの、俺が俺であることに、何の疑いも抱いていない。  
 さらに妹は、床で寝ていたらしいシャミセンを抱き上げると、こう言ったのだった。  
「お父さんが、朝御飯できたから呼んでこいって。シャミも行こうにゃー」  
 当然、いつも俺の飯を作るのは母親で、妹を使って俺を叩き起こす黒幕も母親の役目のはずだ。それを、今日は『お父さん』だと。  
 その時、俺は初めて気がついた。妹の頭に、目印代わりのボンボン付髪ゴムが無かったのだ。もしかして、これは。  
「……なあ、おまえリボンとかほしいか? 買ってやってもいいぞ」  
 俺の質問に、妹はキョトンとした表情を見せる。いつものこいつなら、走り回って喜ぶだろうが、  
「いらないよーそんなの。ボク、女の子じゃないもん」  
 そう言い残し、シャミセンを振り回しながら俺の部屋から出て行った。  
 妹が、いや弟が。ダイニングで待っているのも、母親ではなく父親らしい。  
 なるほど、俺が女になったってわけじゃなく、周りの人間まで男女が入れ替わってるわけだ。しかも、それが当たり前の状態として受け入れられているらしい。  
 くそ、あの時、あの世界のように、気がついてるのは俺だけってことなのか。言葉は通じるのに話が通じない、あんな感覚は二度とごめんだ。  
 ただ、わずかな希望はあった。この改変のアホらしさから言って、長門の仕業ではないと思う。こーいうアホなのは、間違いなくハルヒの仕業だ。だったら、長門の協力が期待できると思う。毎度毎度、頼ってばっかりでごめんな長門。  
 そうと決まれば、とりあえず学校に行ってからだよな。俺は、制服の入ったクローゼットを開き、制服を取り出した。そこにあるのは、見慣れた色のブレザーだ。  
 スカート付だったけどな。当たり前か。  
 俺は、スカートを前にして、数秒ほど考え込んだ。まず、着ること自体が嫌だ。さらに、着た姿を見られるのも嫌だと思った。こんな防御力低そうな装備を着ている人を、尊敬するね。女ってすごいよ。あと、スコットランドの男達も。  
 
 だが俺の性別が変わっても、こんなとこでダラダラしていたら遅刻するという事実は変わらないだろう。俺は覚悟を決め、スカートを履いた。まあ、気休め程度の防御策はしたけどな。  
 部屋を出て階段を降りるが、それだけでヒラヒラ揺れるスカートが気になって仕方がない。こんなもん着けて走り回ったり飛び蹴りしたり、ハルヒはよく平気でできるもんだ。  
 洗面所で顔を洗い、俺は初めて自分の顔を見た。男の俺とは違う顔だが、特徴のない、平々凡々としたツラって点では同じだ。  
 それ以上に、やはりこの髪の毛が気になる。動くたびに顔に触れて、うっとおしいったらありゃしねえ。  
 性別は変わってても俺は俺なんだから、こんなうっとおしい髪型耐えられるはず無いんだがな。切るとかしなかったのか?  
 その時、俺は洗面所の脇にある物が置いてあるのに気がついた。  
 くしゃくしゃに丸められた、白い色をしたそいつは、どうもリボンらしい。誰のか知らんが、もっと丁重に扱えよ。  
 いや、この家でリボンを使うような奴など居ない。妹は弟、母親は父親だ。ってことは、俺のリボンだってことか。女の俺は、これを使って長い髪と共存してきたってトコかね。  
 さて、こいつをどうやって使おうか。そう思いながら鏡を見た瞬間、あることに思い立った。  
 今の俺の髪は、腰くらいまである。そう、ちょうど初めて会ったときのあいつと同じくらい。この初めてってのは、時間としての初めてってわけではない。俺自身にとっての初めてってことだ。  
 三年前の七夕ではなく、今年の入学式の日な。自己紹介でとんでもないことぬかした時のハルヒと、同じくらいの長さだった。一週間、毎日曜日にあわせて髪型を変えていたハルヒと。  
 そういえば、俺はあの時のあいつの髪型で、アレがお気に入りで―――――  
「……ちょっと待て」  
 俺はリボンを手にし、片手で束にした髪へと近づける。すると、俺の手は『毎日やっている』ような慣れた様子で、リボンを結んでいった。  
 数秒後、鏡の向こうに居るのは、リボンで髪を纏めた俺の姿だ。まあ、これなら髪の感触もそれほど気にならないかな。  
 だが、問題はそこではなかった。  
 あのな、たしかに俺はこれが好きだって言ったよ。でもな。  
「さすがに、自分でやるとは思わなかったぜ……」  
 鏡に映っているのは、ポニーテール姿の俺。  
 ハルヒほどじゃないが、けっこう似合っていた。  
 
 さて、俺は父親が作ってくれた朝食を食べ、学校へと向かった。  
 いつもの上り坂でスカートを気にしつつ、登校する俺。ちなみに、山の下にある光陽学園は、男子校になっていた。なんか、もうどうでもいいな。  
 しばらくてくとくと歩いていたが、不意に後ろから肩を叩かれた。振り返れば、そこに居るのは一人の少女。  
「よー、キョン」  
 顔に覚えは無かったが、そのバカっぽい面でなんとなくわかった。たぶん、谷口だろう。  
 ちなみに俺の名前だが、生徒手帳を見ると女の名前に変わっていた。それでも、キョンって呼ぶには無理の無い名前だったけどな。性別変わっても、俺は『キョン』から離れられないらしい。  
「よう、谷口」  
 俺の返答を当たり前のように受け入れているし、やっぱりこいつは谷口らしい。  
 とりあえず、いつもの調子で話しながら、校舎へと続く坂道を登ってゆく。こいつとの会話はあまり考えないでいいから、気が楽だ。男でも女でも、こいつがバカだってのはあまり変わってないようだしな。  
 ちなみに、一人称『俺』じゃ変かと思って、ちょっとばかし女っぽい口調で喋ってみたのだが。谷口はいつも以上にバカそうな顔して、『頭でも打った?』とか言ってきやがった。  
 どうやら、俺は『俺』って言っても違和感の無いようなキャラにされていたらしい。とりあえず、喋る分には気を使わなくてもよさそうだ。  
 校舎に着き、教室に入れば、昨日まで男子の居た席には女子が、女子の居た席には男子が、と上手いこと入れ替わっていた。制服は女子がブレザー、男子が学生服、と、あの世界での光陽学園と同じ組み合わせだ。  
 国木田辺りは俺や谷口と違って、女になっても顔自体はあんまり変わってなかったがな。そういや、声変わりもまだしてない妹も同じだったか。  
 で、いつもの自分の席、その後ろの席には。  
 惑星ベジータを破壊したバイキンマンのような笑顔をした、ガキが座っていた。そいつは俺の顔を見ると、さらに口元を歪め、癪に障る笑顔を見せる。  
 こんな笑顔をする奴は、俺の知り合いには一人しか居ないんだ。古泉の笑顔は同じくらい気に入らんが、別系統だと思う。  
「おっはよーキョン!!」  
「よう、ハルヒ」  
 
 俺みたいに名前変わってるかも、と思ったが、こいつはそう呼ばれても、特に変な反応は見せなかった。ま、『ハルヒ』なんて元々男か女かわからん名前だしな。そういう奴は、名前が変わってないのかもしれん。  
 そんな諸悪の根源に、俺はいつもの調子で話しかける。  
「ずいぶん、機嫌いいじゃねえか」  
「はー、わかる?」  
 そう言ってニヤニヤ笑うハルヒの姿は確かに少年の物になっていたが、ちょっとそいつを知ってる人間からすれば、『涼宮ハルヒ』であることは全く変わってない様に見える。ああ、トレードマークのカチューシャは、同じ色のバンダナに変わっていた。  
「いやー、なんか朝起きたら心配事無くなったって言うか、願い事かなったって言うか、なんか気分いいんだよ」  
 ほんとにこいつは無自覚なのか、わかっててやってんじゃねえんだろうな。今ならこいつは男だし女の俺が思いっきり殴ったって文句つかないだろう。いや、女としては平手打ちすべきなのか? いや、こんな状況でビニャしたら、色恋沙汰って勘違いされるか?  
 そんなこと考えてる間に、女教師となった岡部がやってきた。俺は、背後に上機嫌でいつも以上にアッパーなハルヒ(男)の視線を感じつつHRの進行を見守っていた。  
 ああどうでもいいが、岡部のハンドボールバカは変わってなかったぜ。本当にどうでもいいけどな。  
 
 
 
 
 背後にやたらうるさいハルヒの存在を物理的に感じつつ、俺は午前の授業を終えた。ハルヒの姿はとっくに無い。昼休みになると同時に、どっかに消えるのは男でも女でも変わらないようだ。  
 俺は谷口と国木田の誘いを断り、弁当を持ってSOS団の部室へと向かった。今は連中とバカ話してる場合じゃないからな。  
 いつもの習慣で部室のドアをノックすると、『どうぞ』という声が聞こえてきた。その声が、聞きなれた舌ったらずな朝比奈ボイス出なかったのは気になったが、俺はかまわずドアを開ける。  
 部室に入り、俺の視界に一番最初に移りこんだのは、一人の少女だった。  
 いや、少女と言うには美しすぎる。だが、ただ女と呼ぶには、まだ青い部分を兼ね備えていた。  
 スラリとした長身に、それに見合う美しさを持ったロングヘア。ブレザーの上からでもわかる抜群のスタイルを誇るが、それは全体のバランスを崩す物ではない、芸術品とでも言うような美しさを誇っていた。  
 昨日まで男だったのだから当たり前だが、女の俺ですら思わず息を呑むほどだった。  
 だが、その美麗な顔に浮かぶ『ニヤケ面』で全て台無しにされたような気分になる。  
 
「おや、貴女も随分と可愛らしい姿になっているようですね」  
 俺にとってのニヤケ面の代名詞、古泉の野郎はそう言った。畜生、俺のトキメキ返しやがれ。  
 そう心の中で毒づいた瞬間、俺は気がつく。今のこいつの発言から、『俺が女になっている』ということを理解しているということがわかった。それなら、こいつも自分が置かれている状況を理解しているということだろう。  
「SOS団員、涼宮ハルヒを覗く四人には、情報改変保護フィールドを展開させた。ただ、展開に時間がかかったために体組織の改変は防ぐことが出来ず、保護できたのは個人の記憶情報のみだった」  
 と、いつも通り抑揚の無い声が聞こえる。気がつけば、長門がいつもの指定席に座っていた。こいつは、制服が学生服になったこと以外何も変わっていない。こいつにゃ悪いが、元々起伏に乏しい体だったからな。  
「………」  
 心を読まれたような気がして、三点リーダで俺を見つめる長門から目をそらせば、そこには一人の少年が居た。その小動物チックに半泣きでオロオロしている様子を見れば、一目で誰かわかるってもんだ。  
「キョン君、あたし、あたし、男の子になっちゃいましたあ……」  
 男になってもなお、護ってあげたいオーラをビュンビュンぶっ飛ばす朝比奈さんが、そこに居た。それにしてもやっぱり朝比奈さんは男になってもかわいいと思う。俺が今女であることとは関係無しにだ。  
 ああ、こういうのショタって言うんだっけな? よく知らんけど。  
 ちなみに朝比奈さんの恰好はメイド服ではなく、タキシードに蝶ネクタイという、荒川さんそっくりな執事の恰好だ。  
 メイドと執事では随分違うと思うのだが、ハルヒ的な短絡思考では『女ならメイド、男なら執事』程度の認識なんだろうな、と思う。  
 さて、現状は認識できた。とりあえず、俺と朝比奈さん、長門、古泉については、自分の性別が変化した、と認識しているということ。話が通じるだけでも、前回のアレよりマシだと思うね。  
 さて、長門。今回は俺達、いや人類になにが起こったんだ?  
「涼宮ハルヒが、女という性に対して不満を覚えたことが今回の原因だと思われる」  
 ああ、そういえば昨日言ってたよな。  
 
『女なんてつくづく損だわ。男に生まれりゃよかったわよ』  
 
 その結果ハルヒは望み通り男になったわけだ。それは、俺もなんとなくわかっていた。  
 問題は、ハルヒ以外の人間についてのことだ。  
 
「だからって、なんで俺達、いや全人類の性別を丸ごと転換させる必要があるんだよ。性転換したいなら一人でやっておけばいいだろうが」  
 あいつ一人性転換した程度なら、俺は正直どうでもいいと思うね。あいつがあいつであることには、変わりないんだからな。  
 でもな、俺自信は別だ。俺は性転換した自分を、そのまんま自分として受け入れられるほど、悟ってるわけでもないんだ。  
「そこが、涼宮さんの常識的な所なんですよ」  
 古泉が言う。男のときに持ってた爽やかハンサム面を、そのまんま女としての美しさへ開花させた顔で。くそ、中身が古泉でさえなければな。  
「自分ひとりの性がいきなり転換するなんて常識では考えられません。ですから涼宮さんはその常識そのものを転換させたわけです。全人類の性別が最初から逆だったとしたら、自分の性別が変わっていても不自然なことではない、涼宮さんの無意識がそう判断したのでしょう」  
 俺は、それを聞いて絶句した。自分ひとりのために世界丸ごととは、なんて迷惑な奴だ。  
 それに改変された人類の中には百歳以上の爺さん婆さんもいるわけで、その性別をも転換したということは、百年以上の年月をも改変させたということになるじゃないか。  
 かっての長門による改変がせいぜい三年程度だったことを考えるとやっぱり本家は一味違う、ということらしい。  
 ま、ハルヒのアホパワーに驚くのはここまでにして、だ。  
「で、こいつをどうにかする方法は?」  
「特に問題は無い。放っておけばいい」  
 と、学生服着た宇宙人はそう言いやがった。   
 この状況をが、ほっておいてどうにかなるもんだってのか。俺の朝からの葛藤をどうしてくれる。  
「数十年前ならともかく、この国、現在の時代において、男女間の格差はそれほど無いと思われる」  
 俺の気も知らず、長門は言う。ただ、このクールさには救われる気がするが。  
「確かに男性の方が有利という状況はある程度残っているものの、それは涼宮ハルヒの求めるようなレベルの話ではない。男性にとっての不都合な面を経験し、自覚すれば、自動的に情報の修正が行われると思われる」  
 つまり、男だからっていいことばかりではない、ってハルヒが理解すりゃそれでいいわけだ。そんなこと、実際に昨日まで男やってた俺が一番よく知っている。  
「なるほど、意外と簡単な問題かもしれませんね。もしかすれば、明日には戻っているかもしれませんよ」  
 ハルヒの気紛れは今に始まったことじゃないからな、古泉の言う通りかもしれん。飽きればさっさと終わるのがあいつだ。  
「ほ、本当ですかぁ? 本当にすぐ戻れるんですかぁ?」  
 ショタっ子朝比奈さんが、すがりつくような目で俺を見てくれる。いやあ、たまらんね。朝比奈さんの新しい魅力に気がついたってことだけは、ハルヒに感謝したいくらいだ。  
「心配ないですよ、朝比奈さん。あいつの気紛れと飽きっぽさはよく知っているでしょう」  
 朝比奈さんをなだめながら俺は思った。  
 世界修正の前に、この朝比奈さん画像をみくるフォルダに保存しておかなければ、と。  
 
 
 
 ……ま、こんな気楽に構えてられるのも、このときだけだったんだがな。  
 
 
 続く  
 

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