〜何度目かの手紙〜
以前に、突発的に、断続的に続いた「下駄箱に手紙」という現象だが、また「そこ」に「それ」はあった。
また何かの起きる前触れのようなものを感じ、トイレに駆け込み、そっとめくって文面を凝視する。
そこには、恐らく女の子の字だろうと思われるかたちの文字で、
〜放課後、中庭の木の下で待っています。〜
とあった。
筆跡からして、これまで貰った誰とも違っている。
これはつまり、長門、朝比奈さん、朝倉、はもいういないが除外できる。
しかし彼ら以外に手紙ね。以前も考察したが、ハルヒや古泉説は正直却下だし……、誰だ?
今度こそ、谷口あたりのドッキリが有力だな、などと考えていると。手紙の一番下に
『 1年6組 浅生 』 の文字。なんだちゃんと書いてあった。
……いやね、今までの手紙が宛名無いの多かったし、というか朝比奈さんだけだったから見落としたのさ。
しかし、するとこれは、浅生さんって人からの手紙なんだが。まず浅生さんを俺はよく知らない。
6組って事は隣だし、体育も同じだ。ここは、というかここしか出番が無いな。頼む。
「んあ?6組の浅生だと!お前、彼女知らないのか?」
「名前くらいだ、期末考査の上位者に名前があった」
長門とハルヒに挟まれていたからな。なんとなく覚えていた。
「そうじゃない、いやそれもだが」
何が言いたいんだ。谷口よ。
「俺が前話したろ。校内の女子のランク」
あぁ、確か朝倉がAA+だったっけ?
「彼女もAA+だ。これに9組の浅井って奴を含めて一年女子ベスト3だ」
初めて訊いたぞ、それ。
「もういないが朝倉、浅井それに浅生の三人でAAA(スリーエー)って俺は呼んでる、高嶺の花達だ。
しかし、この三人がもっかベスト3だったのに朝倉は転校、はぁ〜参ったぜ」
なんだその80年代のバンドのネームセンスはと思ったが突っ込むのも疲れるので止めた。
「で、その浅生ってのだが、どんな生徒なんだ?」
「キョン……お前もようやく普通の高校生らしくなってきたな」
いやにむかつく言い方だ。他を当たろうか。
「まてまて、そもそも話を振ってきたのはお前だろう。ここは俺の講釈も聞いていけ」
「早くしろ」
「解った、浅生 奈美。成績はお前も知ってるが常に上位。性格はおとなしめ、体育は苦手だな」
「ふむ、他には」
「部活等は入っていない。告白はかなり受けてるな、全部断っているが」
「何か特徴は無いのか」
「AAAの中では大人しい子だったからな。容姿ですぐわかると思うが」
しかし、この次の一言に思わず反応した俺を誰が攻められよう。
「あと、髪は黒で長めのポニーだな」
「何!」
「おっ、お前がそんな反応するなんて。もしかして浅生と何かあったのか?」
「違う。何も無い」
少なくとも、現時点では。
「まあ、そんなところだ、なんか知らんが頑張れよ。キョン」
何よ何よ。キョンの奴、アホ谷口が「ポニー」って言っただけで、ぽーってなっちゃって。
あたしはいつもの調子で、空を眺めていながら、時折キョンを睨んでいた。
6組の浅生、体育のとき同じ女子。とろい感じ、すこしみくるちゃんに似てる子。
休み時間前に戻ってくると、あの二人から出た名前。
あ〜〜〜なんか腹立ってきた。ここは強行的でもキョンに白状してもらうんだから。
あたしは昼休みと同時にキョンをいつもの階段踊り場に連れ出した。
「キョン!白状しなさい」
ネクタイを引っ張り牽制。
「何をだ?」
「6組の浅生がどうしたの?」
「お前やSOS団には関係ないぞ。俺に用事があるみたいだ」
「用事って何?」
「俺が聞きたい」
「ふーん、あんたは知らない女の誘いにほいほい付いて行く男だもんね」
「否定はしないが、お前も中学の時そうじゃなかったか?」
「むっ!きっと、つまらない女よ!それかあばずれね!いえ!そうに決まって……
ぱんっ
あれ?何?今あたし何をされたの?頬にかすかに痛みが走って、意識を戻した。
見上げると、ネクタイを握るあたしの手を物凄い勢いで振り解いたキョンが居た。
その視線は、怒りと悲しみ満ちている。そんな目。普段のキョンが絶対見せない目。
いつものあたしに対しての、あの優しい目じゃないことに、あたしは動揺していた。
こんな感じの目を見るのは、そう、映画の撮影のとき以来かもしれない。
「話は終わりか」
キョンはそう言いながら去っていく。
「あの、キョ、キョン」
キョンは振り返らず、一言だけ返した。
「頼むから、知らない人間の事を悪く言わないでくれ」
さっきあたしは何をしたんだろう?解らない。
ただキョンの口から他の、しかもよく知らない女の子の名前が出て来ただけじゃない。
それだけ、それだけなのに、何だろう。この空白感は……
そ、そうよ、キョンが他の女の子にうつつをぬかしたら、SOS団の活動に支障が出ると思ったからよ。
あたしはそう自分で納得して、行動を開始した。
……
あたしはすぐに6組のところに行き、敵を確認する。浅生、彼女ね。
確かに可愛いわ、みくるちゃんには劣るけど、それでも可愛い方ね。
一体キョンに何の用かしら。まあいいわ、昼休みに動きが無いとなると、恐らく放課後ね。
キョンの後をつけるより、彼女を追跡したほうが、いいかも。
キョンとは……あの後、話をしてないし、またあの目で見られたくないから。
っと来たわねキョン。20分も待ったんだから、草むらでひっそりと、このあたしが!
「あの、俺に何か?」
「すいません、呼び出してしまって」
ペコリとさげてつられて揺れる髪。キョンの萌え要素のポニー……あたしも長いときはしてた時もあった。
あいつったらあたしが髪をばっさり切ってから言ったもんだから、今伸ばしてるのに。ってあれは夢のときか。
「いえ、それで用件は?」
「単刀直入に言います。私は貴方が好きです。付き合ってください」
……最も、可能性の中でも最も嫌な選択肢が現実に起こった、と感じ、それと同時に後悔している自分が居た。
また、簡単な言葉ながらも必死な告白を出来る彼女を少し羨ましくも思った。
そうよね、キョンはああみえて、優しい。物凄い包容力がある。包み込まれる優しさを体験した人は、
キョンの魅力が解る筈だ。事実あたしもその一人なんだから。
でもあたしは言えない。拒絶されるのが怖いから。でも彼女は言った。それを恐れず……
「あの、その、ごめん。」
あたしは耳を疑った。キョンが断った。なぜ?なぜ?どうして?こんな可愛いのに?
「俺は、その、好きな奴が居て。だから、本当に悪いが君と付き合うことは出来ない」
キョンに好きな人が居る!誰?だれ?
有希?みくるちゃん?鶴屋さん?ミヨキチ?……それとも、、あ、あたし?
「そうですか……」
「ごめん」
「謝らないでください。私が一方的に告白したんですから」
「……」
「……」
沈黙が続く。どうしよう、飛び出す雰囲気じゃないから、動くに動けない。
キョンも、迷ってるのだろう。こんなときに自分が慰めることは出来ないと感じていると思う。
「ありがとうございます」
不意に彼女がお礼を言った。
「今、慰められたら、きっと、私、吹っ切れません」
「いや、俺は」
「いいんです。貴方は優しい。この場を去れなかった事で解ります」
彼女はもう一度ぺこりと頭を下げて、去っていった。
正直、憂鬱だ。告白を断るのって、こんなに精神に負荷が掛かるもんなのか。
これを何度も繰り返されてるSOS団の他の四人に俺は同情した。
こんなときは、あいつの極上スマイル……い、いや、朝比奈さんのお茶にありつこう。うん、これだ。
俺は部室棟を目指して歩き出した。
もうすぐ着くかなって時に、見慣れた生徒、ハルヒを見つける。向こうもこっちに気付いたようだ。
昼間は少し言い過ぎたからな。謝っておこうと口を開けると、
「キョン、その、ごめんなさい」
ハルヒが、あの自分勝手でわがままで傍若無人な唯我独尊女が謝ってきた。
「いや、俺も言いすぎた。それに女の子に手をあげたし、悪かった、許してくれ」
「ううん、あの後考えた。もしあたしに、他のSOS団の団員を馬鹿にする事、言われたら許せないって」
「解ってくれればいいんだ。今度の探索は俺が奢るから」
「う、うん。それよりも」
「なんだ?俺に出来ることなら、今ならなんでもきくぞ」
「あの、その、……用事って結局、なんだったの?」
こりゃ、嘘つけないな。仕方ない
「告白された」
「それで?」
「断った」
「何で?」
「う、い、言わないと、だめか?」
「聞きたい」
「他に好きな奴が居るんだって言って断った」
かなり恥ずかしい。なんで一日に二回もこんなセリフを言わなきゃいけないんだ。
「これ以上は許してくれ、頼む、この通り!あと俺先に行くから」
俺は全く解決にならないが、アジトの文芸部室に走り出した。
「あ、こら、キョン。まちなさぁぁい!!肝心なこと言ってない!!!」
言いたくないね、というか普段のハルヒなら気付くはずなんだがな?
俺が「好きな『奴』」って呼ぶのは一人しか居ないだろ。……やれやれ。
完