期末テストの結果が廊下に貼り出されている。
無論、総合順位でも教科別順位でも俺の名前などどこにもないし、いつでも名前があるやつも当然居る。
『1位 長門有希 500』
2位に20点以上の点差をつけ、問答無用の満点で毎回文芸部の主がトップに君臨し続けている。
今回はかなり難度が高かったためか、2位以下の点数にばらつきが出ているが、高校レベルの問題なんぞ長門の敵ではないのだろう。
『3位 涼宮ハルヒ 465』
こいつも大体この辺だ。2位〜5位くらいの間で安定している。
1位は別格としても、他の鎬を削ってる連中は学年でも有名なガリ勉くん達なので、
まともに勉強してる姿を見たこと無い割には驚異的な成績である。アベレージ93点って、マジかお前。
「有希はさすがねー。なんかもう勝てる気がしないわ」
俺の隣で同じように壁を見上げているハルヒが呟く。廊下は成績を見に来た生徒であふれかえり、ガヤガヤとやかましい。
対照的に目をそらすようにしてそそくさと通り過ぎていく生徒も居たりして、俺は意味もなく親近感を覚えた。
これは文系クラスの順位なので、理系クラスの古泉はいない。隣に貼り出されていたので見たら、古泉は10位だった。
「古泉君もなかなかやるわね。あんた、もうちょっと頑張んないといけないんじゃない?」
ほっとけ。そういや朝比奈さんはどの程度の成績なんだろうか……って、あの真面目で努力家のひとが悪い成績のはずも無いか。
数日後、放課後になり、俺とハルヒが部室に行くと、珍しく朝比奈さんと古泉が既に居て、長門がいなかった。
「あれ、有希は? コンピ研?」
しかし、朝比奈さんはふるふると首を振った。
「今日はまだ来てないみたいです。鍵、わたしが開けましたから」
「へえ……珍しいこともあるもんだな」
少し心配になったが、長門に対しては杞憂もいいとこだ。長門だって掃除当番になったりすることもあるはずだしな。
長門は1時間ほどして、ようやくふらりと部室に現れた。
音も無く扉を開け、指定席に座り、読書を開始する。
「有希、遅かったわね。何してたの?」
ハルヒがすかさず質問した。おそらくまだ一文字も読んでいないであろう本から目を放してハルヒを見、
「職員室に呼び出しを受けていた」
長門が教師に呼び出し? あまりに似つかわしくないそのシチュエーションに、俺は眉をしかめた。
それは他のメンバーも同じだったらしく、みな疑問符を浮かべて長門を注視する。
「……なんで? なんか問題行動でもしたの?」
お前じゃあるまいし。……長門が問題行動ねぇ。教師を無視したとかか?
「……まさか、大人しい有希を脅して、セクハラを働こうってんじゃ……」
なんて失礼な想像をしやがる。長門に対しても教師に対しても。
「違う」
簡潔に否定したのち、
「昨日提出した進路希望調査書について、進路指導の教師と担任教師に呼び出された」
話を要約すると、こういうことらしい。
長門は昨日が提出日だった進路希望調査書を、白紙で提出したそうだ。
大学に行く意志はないのかと聞かれ、今は特に無い、と答えたところ、こんこんと現在の学歴社会の構造の説明をし、
大学に行ったほうがいろいろ有利なんだぞ、と言われ、この成績で大学に行かないのは勿体無い、
頼むからどっか有名大学に入ってくださいと、教師から懇願されたらしい。
まぁ確かに、教師側からすれば、学年トップに進学の意志が無く、かといって明確な進路が決まっているわけでもないと聞けば、
全力でケアしてやろうと思うだろうな。
北高は県内でもそれほど優秀な高校でもないし、成績優良者はなるべく偏差値の高い大学へやりたいと思うのも当然のことだろう。
「有希、大学行かないの?」
「今のところ、特に考えていない」
そう言うと、読書に戻った。本さえ読めればそれでいいんだろうなぁ、こいつは……。
「……そっかぁ……」
ハルヒは何かを考えてる様子だった。
「……そうですよね。卒業したら、みんなバラバラになっちゃうんですよね……」
朝比奈さんが暗い面持ちで言った。そういえば、朝比奈さんの進路はどうなんだろうか。まだ1年以上猶予のある俺達と違い、
この人はあと半年もしないうちに進路を決定しなければいけないはずだ。
「私ですか? 私はまだ漠然と何ですけど、保育か福祉の勉強をしようかと……服飾とか栄養管理とかもいいなって思ったんですけど」
朝比奈さんが保育士になったら、惚れる幼児が続出するだろうな。
「みくるちゃんは大学? 専門学校?」
「まだ決めかねてます……」
そもそも未来に帰らなくていいんだろうか。いや、帰らなくて良いのならいつまでも居て欲しいが、そうも行かないだろう。
少なくともあのグラマーな朝比奈さんに成長するまでの間に帰らなくてはいけないはずだ。
いや、でも、時間を移動できるって事は、例えばこっちで生活しつつ、休みの日にでも未来に帰って、むこうで何ヶ月か仕事をこなしてから、
同じ日に戻ってくることも可能なはずだ。外見が大きく変わらなければ、の話だが。そういうのは禁則事項なのかね。
っていうか、朝比奈さんにしても長門にしても、ハルヒのそばにいるのが任務のはずなのに、そんな適当でいいのか。
と考えていたら、
「でも、大学に入ったら、みんな今より暇な時間が増えるわよね! SOS団の活動にも一層力がこもるわね」
え? と言いたげに全団員が団長を見た。
こいつ、卒業してもこの団を解散しない気か。
……と思ったが、ちょっと納得した。
確かに、大学生ともなればバイクや車も持てるし、暇な時間も高校より格段に多いはずだ。
近ければ大学が違ってもちょくちょく会える。
俺も丸1年この団で活動してきて、今更解散させようなんて思わない。それどころか、あと2年経たないうちに終わりかと思うと、悲しくすらなる。
しかし、いくらなんでも限界があるだろうと考えていたのに、ハルヒはいとも簡単に続行宣言をしやがった。
いや、流石だ。
長門は希望無しだから問題無いし、保育や福祉の学校なんて日本中にあるから朝比奈さんも問題ない。
古泉もハルヒのために北高に転校してくるくらいだから、ハルヒと同じ県に進学するくらいなら問題ないだろうさ。
問題は俺だが、なに、別に大学が違っても良いなら、古泉と条件は同じだ。県だけ揃えて自分の実力にあった大学に進学するさ。
っていうか、もしかすると同じ法則で、就職しても団を続けられるんじゃないか、これ。
朝比奈さんなどは感動してしまって、
「そ、そうですよね! 学校が違っても会うことは出来るんですもんね!」
若干興奮気味でハルヒに同調している。恐らく考え付きもしなかったんだろう。まぁ、俺もだが。
「でも有希、進学するにしても就職するにしても、ノープランってのはいただけないわよ。何か将来の夢とかないの?」
長門に視線を戻し、話題も戻した。確かにこいつの今後の身の振り方って言うのは気になる。
「……夢?」
「うん、夢。展望とかでもいいし。何かなりたいものとかないの?」
「……なりたい、もの……」
長門はしばらく宙に視線を固定させたまままばたきを数回した後、ニンマリ笑っているハルヒと目を合わせ、
続いて興味津々で長門を見つめていた朝比奈さんと目を合わせてびくつかせ、古泉を視線を交差させていつもの営業用スマイルを受け止めて、
最後に俺を見つめながら、ぽつりとこう言った。
「……新妻」
に い づ ま ?
がたんと音を立てて団長机が移動した。
ハルヒが椅子にしがみついていた。
「……新妻」
なんで2回言うんだ。
朝比奈さんも古泉も長門の言葉の真意を汲み取ろうとでもしているのか、何度も口の中で咀嚼するかのようにもごもごしていた。
最初に体勢を立て直したのがハルヒで、
「……に、新妻、ねぇ……ゆ、有希、そこは普通お嫁さんとか言うんじゃ……いや、それより……『誰の』新妻なのよ?」
長門は未だに俺から視線を離していなかった。そんなに見つめられると、目玉に穴が開きそうだ。
「……お嫁さん」
言いなおさなくていいから。
じー、と俺を見つめ続ける長門。ハルヒと朝比奈さんまで俺を見つめ始めた。
助けを求めるように古泉を見たら、こいつも俺を見つめていた。
誰か、助けて。