年越しそばと新年のあいさつという、新しい年を迎えるための重大な儀式は無事に終わり  
 明日からまたスキー三昧の正月を謳歌するためにハルヒが示した元日の午前の予定は  
 入浴後、速やかに就寝というものだった。  
 それは俺にとってもありがたいことだ。猫がどうたらの謎解きで脳が疲労困憊だからな。  
 
「くうぅ〜〜」  
 思わず手垢のついたセリフが体の奥底から湧き出てくるな。  
 全身が唸っているような感じを覚えながら湯船に体を沈めていく。  
 ここは鶴屋邸にある大浴場だ。当然のことながら男湯と女湯に分かれている。  
「いやぁ。骨の髄まで染み渡りますね」  
 そう言って俺の隣に同じように沈没していくのは古泉だ。  
 湯船は市民プールの脇にある子供用プールの何割か増しの広さなのに  
 なんでわざわざこんな近くに入るんだ?  
「前みたいにドラム缶の風呂じゃなくて良かったな。あんな狭いのに二人で入るのはもうゴメンだ」  
 すると古泉は訝しげな顔をした。いま気づいたがおかしなこと言ってるな俺。  
「何のことでしょうか?以前にあなたと入浴したのは夏期合宿とあの館のときだけで  
 そのどちらともドラム缶風呂ではなかったと記憶していますが?  
 また前世の記憶か何かなら、だいぶお疲れのようですね」  
 お前なんぞに哀れみを込めた目で見られるようになったら俺はもうおしまいだ。  
「いや、俺の勘違いだ。去年の夏休みで里帰りしたときの話だった。だから前世とかそんなんじゃない」  
 と、言い訳をでっち上げる。田舎の親戚の家でドラム缶風呂を体験したのは事実だ。  
 それと混同したことにしておこう。いかんな、泡のようにたゆたうこの訳のわからん記憶をどうにかせねば…  
 しかもこの前のファンタジーやら宇宙海賊やらとは別の記憶っぽいとこが余計ややこしい。  
 顔を湯船に勢いよくつけて妄想を洗い落とす。こういう場合は考えるだけ深みにはまるもんなのさ。  
 食って寝てとっとと忘れるのがいい。  
 
「いやあ安心しましたよ。長門さんのようにあの館の主からなんらかの影響を受けたのではないかと  
 考えましたが、僕の杞憂だったようですね」  
 だから忘れさせろというのに。それから長門はもう大丈夫だ。あの年越しそばの食い方でわかる。  
 お前の言うとおり、俺はあいつの事を自然と見ていたからなんとなく分かるんだ。  
「そうですね。いまはこの鶴屋さんのはからいを満喫するとしましょう」  
 ああ、それがいい。  
「しかし、推理劇の舞台提供といい鶴屋さんとそのご家族には感謝の言葉もありませんよ。  
 ぜひ『機関』全体を挙げて感謝状を贈りたいくらいです」  
 待て、そんな訳のわからん組織からそんなもん贈られても複雑な表情されるだけだろうが。  
 しかしそうとも言えないのが鶴屋家である。  
 いつもの微笑を浮かべ「冗談です」と言いながら、湯をすくい上げて顔を洗っている仕草は妙にオヤジ臭い。  
 古泉も殺人喜劇が無事に終わって気が抜けたのか  
 多少、素が出ているんだろう。  
 いっそのことその営業スマイルも一緒に洗い落とせ。そろそろ見飽きてきた。  
「それは涼宮さんの手前、できないと言ったはずですが…」  
 かまうものか。ちょうど年明けだし区切りもいいだろう。  
 風呂上がりにハルヒたちを集めて「本当の僕をよろしく!」とでも宣言すればいい。  
 まあ古泉の本性がどんなものかなんぞ知らないし、興味も毛頭ないがな。  
「それも一理ありますね。今まで冷静にふるまっていたキャラの意外な素顔というのは  
 涼宮さんが喜びそうなものですし。ただ万が一、気に入られなかった場合は  
 今まで僕が気づきあげてきたSOS団副団長としてのアイデンティティが崩れ去ってしまいますよ。リスクが大きすぎます」  
 どうしてそこまでハルヒのご機嫌とりに徹するのかね。俺には理解できんな。  
「しかし……、前にも言いましたが僕自身にもキャラ性を一新したいという思いもあるんですよ」  
 ほう。それでどうする気だ?  
「別に常に作られた自分である必要はないのですよ。ある時にだけは普通にふるまってもいい。  
 そうは思いませんか?」  
 だから何が言いたい。お前の悪い癖だ。とっとと結論を言え。  
 
「あなたの前でなら本当の自分を出せるかもしれません」  
「………」  
 なんだその気味の悪い表情と意味深な言葉は。  
 このまま手でも握ってきやがったら、すぐさま握撃をかましてやる。  
 
「あっははーっ、みくるちゃんおっぱいおっきぃねー!」  
 十二時過ぎなのにやたらと高い声を大浴場に響かせているのは俺の妹だ。  
 いつもならとっくに寝る時間だろうに、大晦日から元日への日付変更という  
 いやおう無しに一年で一番最初に来るイベントには毎年の如く参加している。  
『ちょっとキョン!そっちボディーシャンプーあるでしょー?こっちによこしなさい!全然足んないのよー!』  
 ハルヒの大声が大浴場の壁に響き渡る。ちなみに俺たちは湯船に入る前に体は洗っておいた。  
 こういう公の浴場では当然のマナーだろう。  
「どうやってわたすんだ?」  
『投げてわたすに決まってんでしょー!あんたこっちに入ってきたら公開処刑の後、家に強制送還よ!』  
 恐ろしいことを言いやがる。前者はともかく後者は絶対に嫌だ。  
「いくぞ! よっ…と」  
 放物線を描き飛んでゆくボディーシャンプー。その間、古泉が俺の腰に巻いたタオルあたりを  
 見ていた気がするのは俺の被害妄想だ。  
『きゃあぁっ!』  
 この可愛らしい叫び声は朝比奈さんだろう。なにかあったのか?  
『みくるちゃんのなんてとこ狙ってんのよキョン!このスケベ!あんた明日は覚悟しときなさいよー!』  
 誓って言いますが決して狙ってなどいませんよ朝比奈さん。というかどこに当たったのか教えてほしいですが。  
『まあまあハルにゃん!キョンくんも悪気があったわけじゃないっさ!  
 ただみくるのムネにあたったらいいなーって思って投げたらほんとにそうなちゃっただけだよっ!』  
 なんでそこでそんなことをおっしゃるのですか鶴屋さん。  
 そしてやはり胸か。  
『キョンくんのスケベー』  
 妹にまで言われるとは。まさか長門までそう思ってやしないだろうな。  
 まあ、あいつなら俺の潔白を信じてくれるだろう。  
 
 あいつはこの温泉と言っても過言ではない風呂に浸かっていてもあの無表情なんだろうな。  
 あの空間で偽物になっていたあいつの笑顔を除いたら  
 無表情以外の顔を見たのが、うなされているときとはなんとも皮肉な話だ。  
 だが熱を出したときは色っぽいという俗説は、あながち嘘ではなかった気がする。  
 不謹慎だと思いながらも、長門のうっすら汗の浮かんだあの顔を思い浮かべて  
 陶然となる。いかんな、隣には古泉がいるというのに。  
 おや、その古泉は既に浴場の入り口あたりで体についた水滴を拭いていた。  
「もう上がるのか?」  
「ええ、多丸さんたちと今後の打ち合わせなどがありますからね。お先に失礼します。あなたはどうぞごゆっくり」  
 そうさせてもらう。家の風呂ではどんなに熱い風呂に入っても、  
 家庭科の調理実習で作ったハンバーグの表面は焦げているが中は生焼けというように、体の芯まで暖まらないからな。  
 しばらく天井を眺めていた。取り付けられた照明器具の明かりもほのかに暖かい。  
 俺の体はミディアムを経てウェルダンへと成りつつあった――。  
 
 どれくらいそうしていたのか、ふっと意識が戻る。  
 ちょうど授業中に居眠りしたいたら体勢をくずして目覚めた感じだ。  
 いかん、本格的にのぼせてきた。頭を冷やすためシャワーを浴びようと湯船から上がった。  
 コン、コンというノック音。続いて…  
「キョンくん、ちょっと入るよっ!」  
 鶴屋さんだ。どうぞ、ここはあなたの別荘なのですから俺などお気になさらずにお入りください。  
 ……いや待て、ここはなんだった?たしかのれんには「男湯」と書いてあったはずだが。  
 ガラッと言う音とともにそのドアは開かれた。  
「!!!…!!」  
 そこには鶴屋さんがいた。バスタオルを前にかけて重要な部分は見えないが  
 腰から太ももにかけてのラインははっきりと見えている。  
 
 それだけでも驚いたが、その後ろには夢でしか見たことのない  
 だが夢なんぞより比べ物にならない程きれいな姿があった。  
「長門…」  
 こっちはタオルの一枚すらかけていない。  
 なぜだ?どうして鶴屋さんが素っ裸の長門を引き連れてここに入ってきているのだ?  
 俺はのぼせた頭を必死でひねって考えてみたが、まともな答えが浮かばない。  
 というかますますのぼせてくる。このままだとオーバーヒートするな。確実に。  
 たとえこのコンディションじゃなくとも答えなど浮かばないだろう。  
 とりあえず思考を中断して自分自身の体を確認する。奇跡的にもタオルは巻いたままだったが  
 いまにもずれ落ちそうだった。あわてて直す。  
「あ、あの鶴屋さん。ここは男湯なんですが…」  
 とりあえず後ろを向いて答える。だが長門の人形のように立つ細い体が目に焼きついて離れない。  
 そりゃそうだ。ピンク色の乳首やらへそやら、そしてうっすら生えた陰毛まで見てしまったからな。  
「知ってるよっ。のれんに書いてあったからっ」  
 なら、どうしてこの女子禁制の花園においでになったのでしょうか?  
「ん、なんていうかサービスかな。お客さんに対するおもてなしさっ」  
 それならそこにいる長門にしてやってください。一応病み上がりですからそいつは。  
「長門ちゃんにはもうやってあげたよ。だからキョンくんも背中流してあげるねっ」  
 背中を流す。ああ、そうか。そうですよね。  
 何を期待してたんだ俺は。  
 湯船に入る前に一度洗ったんだが、すみずみまで洗ったかと言えば否だ。  
 特に背中は自分から見えない分、よく洗えてない場合が多い。  
 鶴屋さんの心遣いを断る理由はない。何一つ。  
「あ、じゃあ…お願いします」  
 か細い声で答える。情けないな、俺。  
 
 大丈夫だ。後ろを見たいという欲望はなんとか抑えられる。  
 決してあなたや長門の裸は見ません。このまま耐えていればいいんでしょう? 鶴屋さん。  
「よっし、んじゃそこで立ったままでいてねっ」  
 立ったまま?まあ近くにあの銭湯の洗面器とのセットになっている椅子?(と言うのだろうかあれは)がないので  
 そう言ったんだろうと思い、注文どおり棒立ちを続ける。そういや長門はどうしてるんだろう?  
 俺と同じような体勢をしているのは間違いないんだが。あいつは一体、何をしにきたんだ?  
 鶴屋さんはスポンジを手に取るとボディーソープを三度ほどポンプを押して染み込ませ、泡立てる。  
 スポンジで背中をこすられる感触はなんともいえない心地よさがあったが  
 なにより後ろが気になってそれどころではなかった。長門は洗ってくれないんだろうか…  
 と贅沢な不満を心の中でつぶやく。  
 やはり思ったとおりだ。鶴屋さんのスポンジを持たないほうの手はしっかりと俺の左の二の腕をつかんでいる。  
 夢みたいなことは考えるものじゃないな。と俺はそう思っていた。  
 だからわかるはずはなかった。  
 鶴屋さんが俺をつかんでいるのは後ろを振り向かせないためではなく  
 俺を逃がさないためだったって事に。  
「キョンくんって…思ったよりいい体してるねぇ」  
 はい?まあ、中学に入ったころ変に張りきっていた俺は  
 貴重なこづかいを消費して、およそ中学一年生には合わない重さの鉄アレイを買って  
 ほとんど部屋のインテリアになっていたが、やはりもったいないだろうという理由で  
 高校になって気が向いたときに、やっとこさ本来の使い方をしていたのが功を奏したのだろうか。  
「くっふふふ…」  
 なんですかそのおそろしげな笑い声は?だがもう遅かったんだ。  
 
「うりゃっ」  
 後ろから思いっきり抱きつかれた。もうよろけて転びそうになるくらいの勢いだ。  
「天然のスポンジはどうかなっ?キョンくんっ」  
 そりゃあ……、もう、なんというかやわらかくて…ってなんなんですか鶴屋さん!  
 俺はどう答えればいいんですか?  
 なんとか体をひねり離れようとするが鶴屋さんは四次元殺法コンビの片割れのように  
 俺を羽交い絞めにして、それを許さなかった。  
「ほら、長門ちゃんもキョンくんを洗ったげてっ」  
 長門!?長門だと…。するとぺたぺたと風呂場の床を鳴らしながら  
 生まれたままの姿の長門がボディーソープを片手に俺の前に回り込んできた。  
 五回ほとポンプを押してとろりをした液を手に取ると、それを自分の胸に塗りたくっていた。  
 もう目が離せない。長門、どうするつもりなんだ?  
「まさか…」  
 さきほど鶴屋さんがしたように、今度は前から抱きつかれた。  
 長門は俺の腰に手を回し、もうどうやっても逃れられない状況になってしまった。  
 とてつもなくやわらかい感触に包まれる。ボディーソープが潤滑油の働きをして、  
 言葉では言い表せないほどの快感が肌から伝わってきた。  
 俺の理性は鶴屋さんと長門という前門の虎、後門の狼にちまちまとかじり殺されつつある。  
 さらに俺のタオルも既にテント状態に移行しつつある。  
 どうすればいいんだ?俺は?  
 

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