古泉、わかったぞ。お前は言い訳を俺に押し付けるために俺を呼んだのだな?  
それとも、本当に何かあったのか。どちらにしろ、後で何かしらお返しが必要だな。  
しかし古泉もさっさと帰ってしまい、部室の中は朝比奈さんと長門だけだ。  
 
今朝比奈さんは着替え中。俺はドアの前で突っ立っている。  
俺は、自分でも驚くくらいのスピードで思考を回転させていた。  
 
 俺はまだ納得がいっていない。結局古泉は俺に分かるように説明しなかった。  
というか、俺と会話を成立させようともしていない。非常にむしゃくしゃする。  
 正直、徹が異世界人であろうと俺に害は何も無いはずだ。  
だとしたら知らなくてもいいが、最小限は知っておきたいよな。あいつについて。  
あいつが何者かを知っていそうなのは、古泉を抜かせば長門と朝比奈さんだ。  
 そうすると、どちらに聞いても長いややこしい話になるのは確実だ。  
しかしどちらかというと朝比奈さんのほうが話短めでいいかなと思うし、  
俺自身、できれば朝比奈さんと二人きりになってみたい。  
それがたとえ小難しい話であったとしても、朝比奈さんと一緒ならパラダイスだ。  
「よし」  
 決まりだ。朝比奈さんに聞こう。  
まあ禁則事項に触れない程度にな。  
 
 そう考え終わると同時に、朝比奈さんが出てきた。よし、今だ俺。  
「あの、朝比奈さん」  
「え、あ、キョン君?」  
 いきなり俺に話しかけられ、戸惑う朝比奈さん。これもかわいい。  
さすがマイエンジェル。  
「ちょっと話があるんですけど、いいですか?」  
「は、はい、何?」  
「徹のことです」  
 俺があいつの名前を言った途端、また朝比奈さんは固まってしまった。  
「・・・どうしたんです、朝比奈さん。昨日から変ですよ」  
「ご、ごめんなさい・・・」  
 いえいえ、謝る必要なんてないのです。  
「いったいやつは何者なんですか?いったい、どういう・・・・」  
 俺はそこで少し話すのをやめた。朝比奈さんがあまりにも動揺していたからだ。  
もしや彼女にとって不都合なところがあるのだろうか。  
それに、聞いてもまた『禁則事項』なのかもしれない。  
「言い出しといてなんですが、無理して話さなくても大丈夫ですよ。  
 話しづらいなら・・・・」  
 何より辛そうな朝比奈さんを見たくない。どうも変だ。  
しかし朝比奈さんは少し間を空けて言った。  
「大丈夫、キョン君。これは私にとっても、あなたにとっても大切なこと。  
 言うのが怖いけど、言わなくてはならないの」  
「大切なこと?」  
 俺は聞き返した。先ほどまでの朝比奈さんと違い、真剣な表情だ。  
あの時と同じ表情だ。始めて朝比奈さんが正体を明かしたときと。  
「そう。よく分からないだろうけど、聞いてね」  
 やはりか。ただ事じゃないのだろう。  
俺もいつになく緊張して来た。あーやべ、心臓バクバク来てる。  
「あのね、キョン君。この世界なんだけど・・・」  
「・・・・・・はい」  
「彼が来たことで、未来が変わってしまったの。  
 本来この世界で起こるはずだったことがどんどん変わってきているんです」  
「未来が・・・変わる?」  
 その言葉は、どうにも俺はしっくり来なかった。  
 
 ちょっと待ってください朝比奈さん。  
いきなりですが俺の脳のメモリーが限界に近いですよ。俺の頭も情けない。  
でも、未来って言うのは決まっているものなのですか?  
「確かに、未来は変わるという考えもあるわ。でも、じゃあなぜ私はここにいると思う?」  
「それは・・・・」  
「もしかしたらこの世界は、恐ろしい方向に変わっていってしまうかもしれない。  
 私もいつの間にかこの世界からいなくなってしまうかもしれないの・・・」  
 それはいやだ。悲しすぎる。  
「ありがとう、キョン君。でももし私が消えたら、それはもともとこの世界に私という存在が無かったことになる。  
 そうしたら・・・キョン君も私のことなんて知らなかったことになるの」  
 それを話す朝比奈さんは、またさっきの辛そうな表情へと戻っていた。  
自分が消えるかもしれない。そんな恐怖と戦っているのだろう。  
俺は想像できない。想像したくもない。  
「そしてそれのトリガーとなったのが、徹君。  
 彼が来るかもしれないというのは予測していたことでした。  
 でも、可能性なんてそれこそほんの少し。誰も来るなんて思っていませんでした。  
 だから名前を聞いたとき驚いたの。そのあとだったわ。  
 未来が変わっているのに気がついたのは。  
 そして同時に未来とコンタクトもできなくなったんです」  
「やっぱり、未来が変わるのはまずいんですよね?」  
「もしかしたら、大丈夫かもしれません。でも本部と連絡が取れない以上、  
 分かりません・・・・たぶん大丈夫だと思うけど・・・・」  
 
 やはりよく分からない。なぜ徹はいけないのだろうか。  
「それはね、彼は涼宮さんよりすごい力を持っているから。彼も自覚しています」  
 俺はそのとき、ハルヒと閉じ込められた灰色世界を思い出した。  
「徹も同じ力を持っているのですか?朝比奈さん」  
「同じじゃないけど、たぶんそうです。閉鎖空間の作り方とかわかっちゃったら、後はいとも簡単に作っちゃうと思います。でも、作り方なんてあるのかしら・・・?」  
 朝比奈さんは考え込んでいる。そこは今考えるべきなのですか?  
「とても信じられませんよ」  
 そう答えるしかなかった。ハルヒにそんな力があるなんてのも信じがたいことなのに、あいつまであるとは思えない。  
「でも、彼の力はそんなものじゃないはずです。本当の力を出してしまえば、この世界は吹き飛ぶ。  
 涼宮さんの意思とは関係なく。もしかしたら・・・宇宙そのものが消えるかも・・・」  
「な・・・・?」  
 
 言葉を失った。失うしかないね。  
何もかもが飛び抜けすぎている。俺の期待していた1999年の恐怖の大魔王が数年遅れてやってきたのか?それとも、新たな神の降臨か?どちらにしろおかしい。  
「あ、でも彼、そんなことはしないです。それは大丈夫です。ね、キョン君?」  
 まあ、そうかもしれませんが、分かりませんよ。  
「それに今の彼、どこかおかしいです。そう思いませんか?」  
 さあ、分かりません。顔色を見るのは得意ですが、いつも同じような顔なんで。  
「・・・こんなところです。ありがとうキョン君、ちゃんと聞いてくれて」  
 話し終わった朝比奈さんはどこかすっきりとした顔をしていた。  
どうも少し思いつめていたところがあったらしい。  
さっきの『存在が消える』というところだろう。  
俺なんかでも朝比奈さんの気を落ち着かせることができたのだろうか。  
だとしたら、嬉しい。いつも俺の目と心を癒してくれる彼女を俺が話しを聞いて癒した、  
というのは大げさか?でもそういう気分だ。  
 
 朝比奈さんはその後足早に帰っていった。俺も帰ろう。  
徹には何かある。それは分かった。  
「・・・・ん?」  
ちょっと待て。分かったのそれだけか俺よ。いや、まだあるはずだ。  
あいつがいると世界の歴史が変わる、でも害は無いと思う。  
ミラクルパワーを持っていて閉鎖空間なんていともたやすく創れる。  
それどころか、この宇宙が壊れるらしい。  
「・・・おいおいおい・・・」  
 いまさらながらやばいことに気がつく俺。  
つまりあれだ。あいつはいつでも世界を滅ぼせるんだな?  
俺は今までそんな大層なやつに話しかけていたのか?  
まあ大丈夫だろう。朝比奈さんの言葉を信じるしかない。  
 しかし今回は禁則事項とやらに引っかからなかったのだろうか。  
毎回それで聞けなかったことが多かったので、逆に気になる。  
うーむ・・・・・  
「・・・やめよう」  
 考え込んでも仕方ない。なんとかなるさ。  
長門に聞いたほうが良かったかな?まあ、またいつか聞いてみよう。  
 
 
 その日俺は夢を見た。夢にしてははっきりしていた。  
例の灰色空間、閉鎖空間がまた現れる夢。しかし少し違う。  
空は灰色。地面もアスファルトではなく灰色だし、第一ここらでは見かけない風景だ。  
それに今度はハルヒがいない。俺だけだ。そしてその空間をただひたすら歩く俺……  
 
 そこで目が覚めた。妹のいつものやつだ。  
相変わらずきつい。もう少し起こし方を考えてほしいな。  
だがそいつのおかげでなんとなく不気味だった夢から覚めることができた。  
今日は妹に感謝する。  
 
 さて、また今日も学校なわけだが、ハルヒはまたいい顔してやがる。そしてまた徹の話。  
聞いている限りでは手品ぐらいしかやっていないように聞こえるが、ハルヒにとっては別物なのか。  
「別よ。徹のはまさに種も仕掛けも無いもの。  
 今までいろんなマジックを見たわ。不思議に繋がってるかもしれないって思って。  
 でもなかなかないのよね、そういう不思議は」  
「どういった基準なんだ、それは」  
「そうねぇ、例えば、魔物の召喚呪文とかかしら」  
 そんなことを当たり前のように言うな。  
昨日の朝比奈さんの話を聞いた限りなら、できそうだけどな。  
ハルヒは楽しそうだ。生まれた子犬の成長ぶりを見て楽しんでいるみたいだった。  
怒りっぽいハルヒを見るよりは何倍もいいが。  
 しかし徹は静かだ。俺とハルヒの会話を聞いているのか、ボーっとしているのか。  
教室では無口で、誰と話そうともしなかった。  
 
 昼飯中、谷口と国木田が話しかけてきた。  
「キョン聞いたか?プールが氷付けになったってやつ」  
 谷口はどうにも妙な顔をしている。  
「まさかまた涼宮が何かしたのか?」  
 いや、今回は違う。  
もしハルヒにそんなことができるのなら、落ち着いてなんかいられない。  
「じゃあなんだろ。あんなの普通できないよ」  
 国木田も首を傾げる。  
 わかるさ、その気持ちは。お前たちにとって初めて身近に起こった超常現象だからな。  
ある程度なれている俺とは程度が違う。  
「もっと不思議なのが、今日にはもう溶けてたってことだよね。  
 昨日凍っていたのが発見されて、先生方で事態を隠していたらしいよ。  
 混乱を抑えるためだったみたいだけど」  
「ああ、俺でもわかる。そんなことはありえないってくらいな」  
 谷口がはっきりと物申す。谷口にも分かるくらいありえないってことだ。  
徹、無茶してくれたな。お前なんだろ?  
 
 プールを凍らせたと思われる張本人に目を向ける。  
相変わらず無口だ。あいつは昼飯食べたのか?  
俺の目線に気がついたらしく、谷口が問いかけてきた。  
「キョンよお、あいつはいったい何なんだ?」  
 徹か、俺にも良く分からんさ。  
「あいつも結局涼宮と愉快な仲間たちに入っちまうんだから、どうかしてるよなぁ」  
 自分から進んで入ったことに関しては同感だな。  
だがな谷口、それは俺、ましてや朝比奈さんさえも侮辱していることになるぞ。  
そうなればいかに俺とはいえ怒りの鉄拳が飛ぶぞ。  
「でも彼って、少し近づきづらいところあるよね。寄るものすべて斬る、みたいな」  
 確かにそうかもしれん。  
口数は長門の次に少ないし、暗そうな雰囲気がある。  
何より目だな。一昨日に比べたらだいぶましだけど、今もほとんど死んでいるからな。  
「彼、涼宮さんが言うように、本当に謎の転校生かもね」  
 国木田、お前の予想は当たっている。  
でもな、お前が思っている以上にあいつは危険なんだ、と思う。  
 
 さて、また珍しいことが起こった。ハルヒがSOS団を自主休業したのだ。  
とはいえそれは本日限りで、ハルヒなりの理由もあった。  
「なんとなく徹が疲れてきてるみたいだから。でなきゃ活動してるわよ」  
 そう豪語するハルヒ。お陰で古泉に仕返しする暇が無くなった。  
しかしほんと徹にはVIP対応だな。こいつがここまで気を遣うなんて。  
「あんたとは違うからよ。徹は結構辛そうなの。  
 あんたの家にも招待したら?わかるから」  
 遠慮する。いろいろ戸惑うだろうからな、対応ができんだろう。  
「何でもいいから話しかければいいの。でなきゃ話してこないし」  
「話さない?」  
「ううん。滅多に話しかけてこないのよ。  
 でも話題を振るとちゃんと返してくれるわ」  
「…そうか」  
 
 そんなわけでハルヒは帰った。徹も一緒だ。  
俺は帰り道、ハルヒとの話で気になった部分を思い返していた。  
徹は自分から話しかけてきたことが今までない。  
よく考えたら返事みたいに、相手が話したら何かを返す、みたいな話しかしていない。  
どういうことだ?と考えながら坂道を下っていく。  
「待って」  
 突然背後から呼び止められた。この声の主、しゃべり方で分かるだろう。  
「どうした、長門」  
 長門が立っていた。いつの間に背後についたのだろうか。  
「ついて来て」  
 相変わらずの無表情で、それだけ言うと歩いていった。  
長門の頼みだから、というわけでもないが、黙ってついていくことにした。  
 
 歩き続け、見覚えのあるマンションへと辿り着く。  
長門の住むマンション、あの時以来だ。  
長門の部屋まで俺は何もしゃべらなかった。何より長門と話すことがない。  
すぐについたが、中に入って驚いた。  
「……………」  
 徹がいた。上のは徹の無の伝言。  
「座って」  
 長門に言われるがまま、俺はテーブルの脇に座る。徹は左隣にいる。  
長門は台所でお茶を用意している。  
徹と何を話すか困ったが、話さないよりいいのでなんでもいいから聞いてみた。  
「なぜここに?」  
「俺がお前に話があるからだ」  
 お前が話をか。  
「長門に俺を呼ぶように頼んだのか?」  
「ああ」  
「何でハルヒの家じゃだめなんだ?」  
「いろいろと都合がいいから」  
 何かこいつ、今さらだが長門と口調が似てないか?  
もしかしてこいつも、ヒューマノイド・インターフェイスとか何とか言う落ちじゃないだろうな。  
「違う、俺は人間だ。まあ、普通とはだいぶ違うが」  
「…え?」  
 俺は拍子抜けた声を出してしまった。不覚にも驚いた。  
何を驚いているかだって?それはな。  
「俺は声を出していないんだが」  
 徹は俺が考えを声に出す前に答えを話してきたからだ。  
「すまん、俺は心が読めるんだ。まあ、そう好き好んで読んではいない。  
 読んで大丈夫なところを読んでいる」  
「そんな都合のいい能力があるのか?」  
「創ればいくらでもあるだろう?」  
「………」  
 俺は少し話がしたくなくなった。  
 
 

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