「あ、有希が走るわ」  
「ん?」  
 
金曜日の授業中、後ろの席でハルヒがぼそりと呟いたのを俺の耳は捉えていた。  
 
窓の外を見ると、校庭で長門のクラスの女子が体育をやっている。陸上の授業らしく、50m走のタイムを計っていた。  
 
「うぁ……」  
 
いつかの体育祭でも見た、インチキ走り。  
50mを5秒くらいで走り終えた長門は、息も切らせず、陸上部顧問の体育教師の声も、  
クラスメイトのかける声も無視して、日陰に移動して本を読み始めた。  
どこに隠してたんだ? そのでかいハードカバーの小説は。  
まぁ、あいつなら本気になれば地球の裏側に一瞬でテレポートくらいするだろうから、これでも常識の尺度に当てはめたようだが、  
それでもまだ際立って異常だった。  
 
「すごいわよねー。何であの走り方であんなに早いのかしら」  
 
ハルヒは呑気にそんなことを言っていた。少しは疑問に思えよと思うが、もちろん口に出すわけが無い。  
 
おかげで世界は今日も平和だった。  
 
 
 *  
 
 
しかしながら、世界は平和でも団員の平和には繋がらないようで、  
部室に体操着に着替えて来るように昼休みのうちに連絡をしていたハルヒは、全員集合したと同時に椅子の上に立ち上がり、  
 
「と言うわけで、今日は体力測定をしますっ!」  
 
なにが、と言うわけで、なのかはもはや聞く気がしない。言っても無駄だからだ。  
長門の授業風景になにかを触発されたようだが、どうせなら校庭で写生でもやってくれればいいのにとか思いつつ、  
 
「さぁ、早速校庭に行きましょう」  
「まて。校庭は野球部とサッカー部と陸上部とソフト部がひしめきあっているぞ」  
 
ラグビー部もあったかもしれない。体育館も同様だ。  
 
「奪い取ればいいじゃない。勝利は掴み取るものなのよ!」  
 
カンベンしてくれ。この前も生徒会に睨まれたばかりなのに、また他の部とイザコザを起こす気か。  
まぁ、この前のは古泉の自作自演なんだがな。  
 
「生徒会なんか、フン、また文句をつけてきたら、蹴散らせばいいのよ!」  
 
やめてくれ。それに運動だったら、べつに校内じゃなくてもできるだろう。どこかの体育館を借りるとかさ。  
 
「お金がかかるじゃない。……いや、待って、なら、別にその辺の公園でもいいわよね?」  
 
まぁ……な。この年で公園に運動しに行くとは思わなかったが。  
 
「何言ってるの。公園ってそういう場所じゃないの?」  
「……。あれ。公園ってそういう施設だったか?」  
 
運動場とはまた違うと思うが……。いや、運動が許されるのは子供だけのような気がする。知らんが。  
 
「まぁいいじゃないの、とりあえず行ってみましょう」  
 
 
 *  
 
 
当たり前のように混じっていたので気づかなかったが、いつものメンバーにプラスして鶴屋さんが居た。  
 
「公園で遊ぶなんて子供のとき以来だねっ。なんかワクワクしてきたよっ」  
 
ケラケラとハルヒと笑い合って早足で歩く鶴屋さんをみていると、運動も悪くない気がしてくる。  
対してブルーな足取りなのが朝比奈さんで、  
 
「運動は……あまり得意じゃないんですぅ。嫌いでは……ないんですけど」  
 
そんなイメージは持っていました。確信と共に。  
古泉はいつもどおりニヤニヤしているだけだし、長門はジャージ姿で歩きながらであろうと本を読み続けている。  
まぁ、こいつらは問題ないだろう。朝比奈さんがケガだけはしないように注意しておくか。  
 
 
 *  
 
 
大して広くもないが、障害物が少ないのでこの人数なら充分すぎる広さと言える公園に到着すると、  
そこらに落ちていた小汚いサッカーボールを使ってサッカーをしたり、鬼ごっこをしたり、  
いつの間にか仲良くなっていた近所のガキ連中と混じって缶ケリをしたりした。  
 
体力測定じゃなかったのか? 団長さんよ。  
 
 *  
 
 
やがて辺りが暗くなり、一緒に遊んでいたガキ共が次々と帰り始めたころには、  
俺たちはすべからく汗と泥と埃にまみれていた。朝比奈さんなど何度も転んだりしていたのでボロボロだ。  
 
「うん、もう暗いし、そろそろおなかが減ったので、今日は解散にしますっ。  
 明日は毎週恒例のパトロールなので、遅れるんじゃないわよっ」  
「ふぇー」  
 
溜息をつきながら朝比奈さんがへたり込んだ。気が抜けたのだろう。ハルヒはそんな彼女を見て何を勘違いしたか、  
 
「あれ、みくるちゃん、そんなに残念? もうちょっと遊んでいこうか?」  
 
ぶるぶると首を振る朝比奈さん。  
 
「そう? じゃ、また明日ねっ」  
 
ハルヒが鞄と制服のはいった袋を抱えて駆けて去っていった。なんて元気な奴。  
へろへろになった朝比奈さんを鶴屋さんが立たせている。  
 
「みくるはあたしが送っていくよっ。じゃあねっ、皆の衆!」  
 
ハルヒとタメ張れるほどの元気でもって、鶴屋さんは朝比奈さんを伴って去っていった。  
朝比奈さんは疲労の極致か、足元が怪しかったが、まぁあの人が一緒なら大丈夫だろう。  
 
「はぁー」  
 
俺もその場にへたり込んだ。朝比奈さんではないが、俺もそこそこに疲労していた。  
体育の授業よりもよほど本気で運動するからな。マジで体力の無駄だ。  
 
古泉は汗で額に張り付いた髪を払いながら、  
 
「そうですかね。あの面白くも無い体育の授業に体力を注ぐよりも、よほど健康的で有意義だと思いますが」  
 
フン、俺は成績がよろしくないからな。せめて体育くらいは高判定狙っていかないと、マジで成績表が赤く染まってしまうんだよ。  
古泉はそれ以上何も言わず、ジャージを脱いで制服に着替え始めた。俺もそれに倣う。  
更衣室などあるはずがないし周りからも丸見えだったが、もう暗いし人通りもほぼない。問題は無いだろ。  
 
「…………」  
「おうわっ」  
 
制服に着替え終えた俺の目の前に、いつの間にか長門がいた。  
こいつも既に制服に着替えていて(いつ、どこで着替えたんだ?こいつは)、手に500mlペットボトルの烏龍茶を持って俺に差し出して  
 
いた。  
 
「あ、くれるのか。ありがとよ。金は……」  
「いい」  
 
俺がペットボトルを受け取ると、もう任務は終わったとばかりに視線を外した。  
どういうつもりなのかな、こいつは。  
 
「おや、僕にもくれるのですか?」  
「…………」  
 
古泉にも同じペットボトルを渡す。そういやこいつら結構仲良いんだよな。  
長門がベンチに座ったので、俺たちもそれに倣った。  
 
 
 *  
 
 
それからしばらく、烏龍茶を飲みつつ、古泉と当たり障りの無い普通の高校生っぽい会話をした。  
長門は何故か帰らずにずっと本を読んでいたが、話を振ってみるとちゃんと受け答えするので、  
面白がって古泉と二人で話しかけまくって、長門にわざと高校生っぽい会話をさせてみたりした。  
 
「現国の藤沢の教え方って、どーよ。わかりにくくないか」  
「教科書のガイドって売ってるじゃないですか。ちょっと立ち読みしてたんですけど、まったく授業と同じ内容でしたね」  
「じゃあ授業聴く必要ねーな。その参考書買っちまえば」  
「テストもそのガイドの問題例から何割か出してるようですね」  
「マジで? あー、この前のテストでそれを知っていればなぁ」  
「長門さんはどう思います?」  
 
長門は本から目を離さず、一拍置いて、  
 
「…………。現代文のような科目において、登場人物の感情を他者が完全に読み取るのは、作者以外にはほぼ不可能と思われる。  
 よって、ある一つの基準として、文部省が定めた『正解』を採用すること自体は間違いではないと思う」  
「あー、まぁ確かに、藤沢のオリジナル問題とか出せれても、困るけどな」  
「登場人物だけでなく先生の考えまで読まなくてはならなくなりますからね」  
「問題は、問題の内容そのものでなく、試験問題に市販の特定の参考書から出題しているということを一部の生徒が知っているという  
点」  
「そうですね。先生に別の参考書を使うように注進しましょうか」  
「待て。今から路線を変更されると困る。次のテストのときにはそのガイド買うつもりなんだからな」  
 
 
 *  
 
 
少し寒くなってきた。話が意外に盛り上がったので、このまま解散するのは勿体無いと思い、長門のマンションに移動しようと提案し  
てみる。  
意外にも二人は快諾した。  
 
途中でスーパーによって買い物も済ませ、晩御飯もご馳走になってしまった。  
いつか朝比奈さんと3人で食べたのと同じメニュー、キャベツオンリーサラダと山盛りカレー。  
今回は朝比奈さんの代わりが古泉なので過食を心配する必要は無いと思う。こいつもそれなりに食うしな。  
 
「普通だと思いますが……」  
 
何故か嫌そうな顔の古泉。この中で一番でかいのはお前なんだからな。期待してるぞ。  
 
「期待に添えるよう善処します」  
 
 
結論から言うと、それなりに食う、というのは俺の勘違いだったらしい。さすがに朝比奈さんよりははるかに食ったが、  
自分の分だけで精一杯といった感じで、今は苦しそうにみぞおちの辺りをさすっている。  
 
「……いえ、平均的な高校生男児よりは食べたと思うんですが……」  
 
情けない奴め。早々に自分の分を食べ終えてお代わりした挙句、今なおキャベツをむしゃむしゃ食っている長門を見習え。  
 
「…………(もぐもぐ)」  
 
キャベツをドレッシングもなにもかけずに口に放り込み続ける長門は、ウサギのような小さな身体をしていながらも  
どちらかというと牛とか馬のほうが近いんじゃないかと思わせる食べっぷりだ。うーむ。  
 
 
 *  
 
 
――……。  
 
 ヴーッ ヴーッ  
 
携帯のバイブレータの音。音量自体は大したことがないのだが、非常に耳障りだ。  
 
――……誰だよ。うるせえよ。  
 
 ヴーッ ヴーッ  
 
――……もうちょっと寝かせてくれ……。  
 
 ヴーッ ヴーッ  
 
――……うるさい。  
 
 ヴーッ ヴーッ  
 
――……。  
 
 ヴーッ ヴーッ  
 
――……。  
 
 ヴーッ ヴーッ ヴーッ ヴーッ ヴーッ ヴーッ ヴーッ ヴーッ ヴーッ ヴーッ  
 
――……あぁ、くそ。  
 
目やにがこびりついて開きにくくなった目をなんとか開けると、目の前で携帯電話が光ってた。俺の携帯だったのか。  
 
着信だ。相手の名前も確認せずに出る。  
 
「……もしもし?」  
『こらぁっ! バカキョン! さっさと出なさいよっ! 一体あんたは何してんのよっ!?』  
 
通話相手の脳内検索は不要だった。  
 
「なんだ、どうした。何してるって、まだ寝てたが」  
『はぁっ!? 今日はパトロールの日よっ! もうとっくに集合時間過ぎてるんだからねっ!』  
 
電話から顔を離して画面を見る。  
 
『通話中』『涼宮ハルヒ』『通話時間 9秒』『09:15』  
 
「……9時集合だっけか?」  
『さっさと来いっ! 30秒以内っ! なんか知らないけど古泉君も有希も来ないし! みくるちゃんしかいないって、どういうことよ  
っ!?』  
 
その辺りで、俺はようやく今の状況を把握した。  
制服をきたまんまで、フローリングの床に直に寝ている。  
ここは長門の部屋だ。いつの間にか眠っちまったのか。  
首をめぐらすと、俺と似たような感じで古泉も、なんと長門までも眠っていた。  
 
「古泉も長門もここにいる。いつのまにか寝ちまってたみたいだ」  
『……はぁ? あんた今どこにいんの?』  
「長門の部屋だ」  
『…………。古泉君もいんのよね?』  
「まだ寝てるがな。二人とも」  
『…………。よくわかんないけど。わかった、もういいわ。今から有希のマンションに行くから、そこから動かないで。二人を起こし  
ておきなさい!』  
 
切れた。もしコレが固定電話だったら、ガチャ切りされてるんだろうな。  
 
まず立ち上がって、カーテンを開けた。薄暗かった部屋が光に満たされる。  
 
眩しかったのか、古泉がもぞもぞと身体を揺らし、なにやら呻いた。アレはすぐ起きるな。  
 
部屋の中を見回す。テーブルの上にはお菓子の袋と酒の缶。  
 
記憶を辿る。靄がかかっている。そうだ、昨日カレー食った後……。  
 
 
 *  
 
 
時刻は7時を回った頃だ。  
食事の片づけを済ませ、お茶を飲みながらさらに雑談。  
途中長門と古泉が数学の話に花を咲かせたりしたが、俺は入り込めない内容だったとしか。  
 
「数学は苦手なんだが、今年の数学教師の島村は教科書の問題そのまま出すからテストは楽でいいんだよな」  
「それは何の意味も無い。数学は数値や変数の置き方や表現方法を自由に設定できるのだから、そこは工夫を凝らすべき部分。  
 あの教師は無能」  
「ふむ。長門さんの意見はもっともですが、工夫を凝らしたところで大して難易度は変わらないのでは?」  
「いやいや、それは出来るやつの論理であってだな……」  
 
こんなに長い会話を、しかも無駄話を、長門とすることが今まであっただろうか。  
なんだかとても得難い経験をしている気分になって、俺も古泉もすっかり帰る気をなくしていた。  
 
 
 *  
 
 
「長門、クッションかなんかないのか?」  
「ない。布団はある」  
「いや布団はいい……」  
 
リビングを見渡す。家財道具といえばカーテンとコタツテーブルくらいだ。  
そういや本棚が無いが、自室にあるのかね。  
 
「今度みんなで色々と買いに行ったらどうですか?」  
「いいな、ソレ。楽しそうだ。いいよな?」  
 
長門は首肯し、周りを見回し、首をかしげた。  
 
「……?」  
 
(何がいると思う?)と聞かれた気がした。  
 
「そうだな……まずクッションか座布団と」  
「カーペットも欲しいですね。あとソファとか」  
「そうだな。あとは……テレビとビデオとか」  
「みんなで映画を借りて観たりとかしたいですね」  
「そこの隅にL字ソファを配置して、クッションを置いて、このあたりに絨毯ひいて、このテーブルをその上において、  
 あっちの壁にテレビを置けば、おお、良い感じだな」  
「…………」  
 
長門は考え込むような仕草をした。そういやこいつの台所事情ってどうなってるんだろうな。  
 
「ただ、そうなると多分ここはSOS団の溜まり場になるな」  
「そうなるでしょうねぇ」  
「別に構わない」  
 
まぁ、今も似たような感じではあるがな。こうして古泉と上がりこんでるわけだし。  
(迷惑じゃあ……ないよな?)  
 
「……」  
 
長門は俺を見て、かすかに頷いた。テレパシーは伝わったようだ。  
 
 
 *  
 
 
しばらく雑談したのち、突然長門が立ち上がった。  
 
「ど、どうした?」  
「忘れていた」  
 
そう言い残し、台所へ消える長門。古泉と顔を見合わせて、  
 
『?』  
 
戻ってきた長門の両手には、先ほどのスーパーのビニル袋。  
 
「…………」  
 
無言で俺に渡す長門。中身を見ると、缶チューハイ。酒かよ。  
 
「コミュニケーションの手段としては、アルコールが適しているという判断のもと、購入した」  
 
よく制服姿で買えたもんだ。俺たちが未成年であるということはもはや関係が無いらしい。  
 
「古泉、お前イケるクチだっけか?」  
「まぁ、たしなむ程度なら。去年の夏合宿のようなのはカンベンですよ」  
「あれはコミュニケーションという目的から逸脱していた」  
 
まぁアレはいわゆる宴会だからな。まったり飲むのとはまた違う。  
 
「乾杯」  
「乾杯」  
「……乾杯」  
 
お茶が酒に変わっただけで、雑談はまだ続いていく。  
 
 
 *  
 
 
「長門はいつも本を読んでいるよな。楽しいか?」  
「割と」  
「そういえば、僕はここしばらく読書をしていませんね」  
「長門、こいつになんか面白い本を貸してやれ」  
「…………」  
 
長門はしばらく考えた後、ある哲学書の名前を挙げた。  
 
「あぁ、その人の本なら知っています。うん、なるほど。確かにあの本なら僕にぴったりですね」  
 
俺にはなんだか良く分からなかったが、二人の間には共通理解が生まれたらしい。やはり長門は将来司書になるべきだな。  
 
 
 *  
 
 
少しずつ酒が回ってきて、俺も古泉も顔が赤くなって来たが、例によって長門は平気な顔をしていた。  
 
「お前の身体は……なんか、特殊な分解能力でも持ってるのか」  
 
古泉はニマニマ楽しそうに笑いながら、頭を重そうに揺らしていた。かく言う俺も似たようなもんだがな。  
弱い方ではないと思っていたが、やはり飲みなれてるわけではないので、チューハイ程度の濃度でもこの通りだ。  
 
今思えば合宿のとき、よくワインや日本酒を飲めたもんだ。  
 
「アルコールの分解速度を高めてるから」  
 
……なんのために酒を飲むか、知ってるか?  
 
「私の身体には、自衛機能として毒や薬などのあらゆる化学物質を分解除去するシステムが備わっている。アルコールもその対象」  
 
いや、そういうことじゃなく。いや、待て?  
 
「分解速度を高めている、と言ったな? じゃあ、低くすることも出来るのか」  
「可能。でも、推奨はしない。未分解のアルコールは神経細胞を破壊する」  
 
 
 *  
 
 
……とまぁ、昨夜の記憶としてはここらが最後で、  
その後、なんやかんや理由をつけて長門のアルコール分解能力を一時的に低下させたんだった。  
顔を赤く染める長門も、視線の定まらない様子でぐらぐらしている長門もはじめて見た。  
 
ただ、ほどなく3人とも限界を迎え、寝入ってしまったようだ。ちょっともったいないことをした。  
 
古泉はシャツのボタンをだらしなく外し、腕で目隠しをしてフローリングの床の上で寝入っている。  
こいつのこんな姿もレアだな。  
 
「おい、長門、起きろ。……長門?」  
 
長門はコタツ机に突っ伏してぴくりとも動かなかった。  
急性アルコール中毒? まさか。  
と思ったら、寝息が聞こえてきた。眠りが深いだけらしい。  
 
肩をしばらくゆすり続けていたら、びくんと長門の身体が跳ねた。  
 
 
「――……!」  
「よ、よお、長門。おはよう」  
 
少しだけ目を見開き、おお、驚いてる。今日は団員のレアショットが続くぜ。  
脳内長門フォルダに今の表情を保存していると、すぐにいつもの無表情に戻り、  
 
「失態」  
 
立ち上がって、俺に背を向けて部屋の片付けを始めた。やばい。怒らせたか?  
 
古泉も軽くゆすっただけで目を覚まし、数瞬のあいだ目を瞬かせた後、  
長門の許可を得て洗面所に消えると、戻ってくるまでの2分ほどでいつもの状態に戻っていた。  
 
その間俺と長門は何故か無言のまま片付けをしていて、なんとなく気まずい気分でそわそわしていると、  
 
ぐう  
ぴーんぽーんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽん  
 
と俺の腹が鳴ったのと、チャイムが乱打されるのは同時だった。  
 
 
 *  
 
 
「有希っ! 大丈夫っ!? キョンに何も変なことされてないっ!?」  
 
長門がマンションのドアのロックを外し、その20秒後くらいにハルヒは玄関のドアをぶち開けて飛び込んできた。  
エレベーターを使うより遥かに早いが、まさか階段を駆け上ってきたのか?  
 
っていうか、変なことってなんだよ。  
 
「アンタが想像するようなことよ! この助平!」  
 
なんでだよ……とは反論しづらい。古泉も自粛モードか。  
確かに考えてみれば、年頃の少女が一人暮らししているところに男二人で乗り込んでいったわけで、  
決して良い想像ができる状況とは言えない。  
 
「古泉君がそんなことするわけないとは思うけど……キョンは違うんだからねっ! いえ、古泉君もわからないわ。  
 男は皆狼なのよっ! ちょっと、聞いてるの有希っ? ホントに何もされてないんでしょうねっ!?」  
 
長門の肩を掴んで、揺さぶる。  
俺の頭の中ではSOS SOS と古い歌が流れていたが、あまりにベタなので頭を振ってボリュームを下げる。  
 
長門はぐらぐらと揺らされながらも、いつもどおりの調子で、  
 
「大丈夫」  
「本当の本当に? 口止めされてるんじゃないでしょうね?」  
 
お前はどうしても俺と古泉を性犯罪者にしたいようだな。  
 
「大丈夫。何もされていない。話をしただけ」  
 
ハルヒは宇宙の真理をサルベージしようとしてるかのような面持ちでしばらく長門の瞳を見つめ続けた。  
 
「……ふん、まぁ、キョンに有希を襲える勇気があるとは思わないけど」  
 
ようやく納得したのか、長門から手を離し、そっぽを向きながらそんなことを言った。さっきと言ってることが違うじゃねえか。  
 
ぴんぽーんとチャイムが鳴り、ようやく朝比奈さんが到着した。  
 
 
 *  
 
 
事情を説明すると、団長様は激昂してこう言った。  
 
「なんであたしも呼ばないのよっ!」  
 
なんでって。  
 
「あたしも有希とお喋りしたかったのにっ」  
 
見ると、朝比奈さんもじとっ……とこちらを非難する眼差しを向けていた。  
 
「……ずるいです……わたしも、長門さんと色々お話したいです……」  
 
へえ、なんか意外。いや、でもこの二人は歩み寄りたいけど互いに線の引く位置が定まってない感じがしてるから、納得でもある。  
っていうか長門大人気だな。  
 
二人とどんな話したの? などとハルヒと朝比奈さんに長門を攫われてしまい、俺と古泉は居心地が悪くなった。  
 
「そろそろお暇しましょうか」  
 
そうだな。ハルヒのあのモードなら、あと半日くらいは長門で遊んでるだろうし。今日の探索はなしだな。  
それに小腹も空いたし、昨日汗かいてから風呂に入っていないし、柔らかいベッドで寝なおしたい。  
 
家に帰って休みたいとハルヒに言うと、しばらく例の拗ねたペリカンみたいな顔をしていたが、しぶしぶ了承してくれた。  
 
「次のパトロールのときに、お茶奢りだからねっ」  
 
俺にとってはいつものことなので、もはや条件としては痛くも痒くもない。  
 
古泉と二人で外に出た。俺が制服をしわくちゃにして顔も髪もボロボロなのに対し、古泉はカッチリしたスタイルに戻っていた。  
今度コツを教えてくれないか。  
 
 
 *  
 
 
家に着いて母親に小言を言われた後、パンを腹に詰め、シャワーを浴びて、ベッドに倒れて眠りに落ちた。  
 
長門がハルヒと朝比奈さんと三人で笑いながらお茶をしている、そんな夢を見た。  
 
 
 
終わり  
 

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!