俺たちSOS団が、年中わけの分からない騒動に巻き込まれたり、巻き起こしたりしているのかと聞かれれば、それはまったくそのとおりである。  
 しかし、それでも偶には、何にも起こらない平和で退屈な時間というものも、本当に偶にはあるもので、これは、そんな時の話。  
 数少ない長門の私物が、一つ増えるまでの話だ。  
   
   
 暑くもなく、寒くもない日の事。今日も今日とて、俺たちは部室に集まって、ダラダラと過ごしていた。  
 もはや近所のデパートにある遊び道具は全て遊び尽くしてしまった感のある俺と古泉は、初心に返りあっちむいてホイで勝負しているし、朝比奈さんは、可憐に悩ましげな表情で新しいお茶の葉を具合を確かめ、時々かわいらしく頷いたりしている。眼福だ。  
 そして、いつもならこんな怠けた空気を我慢できずに、もっとやる気を見せろとか何とか言いながら何らかの騒動を巻き起こす筈のハルヒは、朝比奈さんの新しい衣装を探すために、夢中で怪しげなカタログを読みふけっている。  
 俺は密かに、どんな衣装が届くのか楽しみに思っていた。  
 ちなみに言うまでも無いことだとは思うが、長門は窓際で本を読んでいる。  
 
 さて、俺がいい加減この嫌味なハンサム顔との、勝っても全く嬉しくないのに負けたら少しムカつくあっちむいてホイに飽きてきた頃のこと。  
 部室の扉から、かすかにノックするような音が聞こえてきた。  
 まさか、客か?  
 またカマドウマだの何だの、変な依頼が持ち込まれるんじゃ無いだろうな。  
 朝比奈さんが、「はーい」と子猫のようにかわいらしい声を上げ、柔らかい靴音を響かせながら駆け出して、扉を開ける。  
 果たしてそこには、見た事も無い少女が立っていた。  
 
 年齢的には、少女、というより幼女である。多分小学校低学年ぐらいだろう。  
 可愛らしくて、ちょっと大人しそうな子だ。少し昔の妹を思い出すな。  
 と、のんびり観察している場合ではない。どうしてこんな小さな子がここにいるんだ?北校に付属小学校なんてあったっけ?  
「おやおや。これはかわいらしいお客様ですね」  
 古泉は、少し意外そうに、しかしいつもより柔らかな笑顔で少女に手を振っている。  
 扉を開けた朝比奈さんも、驚いた顔で少しの間固まっていたが、すぐに笑顔になって少女の前にしゃがみこみ、「どうしたの?」と声をかけていた。  
「誰かの妹さんかしら?」  
 見ると、いつの間にか俺の横にはハルヒが立っている。  
「わからん。しかし、少なくともここのメンバーで俺以外に妹がいるって奴はいないよな」  
 朝比奈さんや長門は問題外として、古泉からもそんな話は聞いた事が無い。  
「じゃあ、迷子かしら?」  
 迷子って言ったって、ここは高校だぞ。いくら小学生だからって、用も無いのに入ってくる筈が無い。  
 当の少女は、朝比奈さんの顔を無垢な瞳で見つめた後、無言のままおずおずと部屋の中に足を踏み入れてきた。  
 そして、その大きな瞳で、ハルヒ、俺、古泉の順番で見つめ、やがて少女の視線は、窓際でこちらを見つめていた長門の視線と交錯する。  
「ゆき」  
 少女は笑って、その名前を呼んだ。  
 
 少女はそのまま長門に駆け寄ると、制服の袖をくいくいと引っ張る。  
 その様子を黙って見ていた長門は、少女に向かっていつもより分かり易く頷くと、本を閉じて立ち上がり、帰る支度を始めた。  
 その間、俺たちと言えば呆然とするばかりである。古泉ですら、ニヤけきれていない顔で二人を眺めていた。  
 そんな俺たちを気に留めた様子もなく、帰り支度を終えた長門は少女に引っ張られながら廊下に出ると、こちらに向けて片手を少しだけ挙げて、そのまま去って行く。  
 残された俺たち4人は、目の前で卓球台が盗まれた卓球部員のような顔で、閉まる扉を見つめるしかないのだった。    
 
 
 翌日も、その次の日も、さらにその次の日も、少女は部室にやってきて、長門を連れて行ってしまった。  
 その間、俺やハルヒや朝比奈さんや古泉が少女に声をかけても、黙って長門の袖を握るばかりで、口を開いてはくれなかった。かなり人見知りする子なのかもしれない。  
 いつもは都会の新聞勧誘も真っ青なほど強引なハルヒも、こんな小さい子には強く出られないらしく、無垢な目で見つめられると、何にも言えなくなってしまうようだ。  
 もちろん長門にもあの子の事を聞いてみたものの、誰が聞いても少し首を傾けるだけで、結局何も教えてはくれなかった。  
 
 そして、休みを挟んで新しい週になったその日も、少女は部室にやってきた。  
 もう俺たちも慣れたもので、朝比奈さんが「いらっしゃい」と言いながら扉を開けると、可愛い足音を鳴らしながら走ってきて、長門の袖を少し引っ張るその少女を、古泉は含みの無い笑顔で迎えていた。  
 長門はいつものように帰り支度を初め、俺はと言えば、少女にちょっかいをかけようとするハルヒの襟首を掴んでいる。じたばたすんなよ、痛いだろ。  
 そうして、いつものように少女に引っ張られながら廊下に出た長門は、いつものように片手を上げるかわりに、何か言いたそうな目を俺に向けてきた。  
「どうかしたのか?あ、ハルヒなら大丈夫だぞ。俺たちで面倒を見とくからな」  
「ちょっと、キョン!あんた団長を馬鹿にしてんの?誰があんたを世話してやってると思ってるのよ!」  
 少なくともお前ではない。  
 長門は、そんな俺たちをいつもどおりの無表情で眺めたあと、再び俺だけを見つめながら言った。  
「あなたも、一緒に来て」  
 
「……ちょ、ちょっと待ってよ有希。あんただけでなくキョンまでいなくなったら、いよいよSOS団の活動が出来なくなるじゃない!」  
 ハルヒが声をあげる。  
 というか、俺達最近活動らしいことなんてしてないじゃないか。  
「うるさいわね!これからの予定は山積みなのよ!」  
 うお!耳元で怒鳴るなよ!ったく、鼓膜が破れたらどうすんだ。  
 俺がハルヒに睨み付けられていると、今まで長門の陰に隠れていた少女がこちらにやってきて、ハルヒの袖を握った。  
 ハルヒは少しギョっとしている。  
「……な、何よ」  
 少女は、怖いお姉さんに対して勇気を振り絞る小学生のように、というかそのまんまなのだが、目を潤ませながらこう言った。  
「おねがい」  
 
 結局、ハルヒは少女の瞳に耐え切れず、アヒルのような口をしながら、俺を長門に同行させることを了承した。おそるべし幼女。  
「何やってたのかちゃんと明日報告しなさいよ!」というハルヒの負け惜しみのような声に見送られながら、部室を後にした俺たちは、下駄箱に向けて歩き出す。  
「ところで長門、これから俺はどこに連れて行かれるんだ?」  
 長門は少女に袖を引っ張られながら、短く「市立図書館」とだけ呟いた。  
 
 
 図書館までの道のりで、何とか少女と会話を成立させることができるようになった俺は、ようやくここ最近長門が何をしていたのかを知る事が出来た。  
 
 少女がつたない言葉で語ってくれた話によると、この少女の母親は何らかの病気で入院しており、その手術のために近々別の町の病院に転院しなければならないらしい。それに伴い、この少女と父親もその町に引っ越す事になったそうだ。  
 しかし、少女はこの町を去るにあたり、一つだけ心残りがあった。  
 それは、小さな少女が、もっと小さな頃に母親に読んでもらった物語の事だ。  
 その物語を、少女はいたく気に入っていたが、母親が市立図書館から借りてきた本の中にあったらしく、すぐに返却されてしまったため、一度しか聞くことはできなかった。  
 そこで少女は、引越しが決まった時から、その物語が載っている本を探すために、図書館に通いつづけているのだという。  
 長門とはそこで知り合ったらしい。  
 
「たかいところにあるほんを、とってくれたの」  
 少女は、「ねー」と言って長門に笑いかけている。長門も少女に向かってはっきりと頷いた。  
 とにかく、事情を聞いた長門は、それから黙って本を探すのを手伝っているらしい。  
 少女が学校の部室に来れたのも、明日も一緒に探して欲しいと頼まれた長門が、丁寧な地図を書いてくれたおかげだそうだ。  
 
「しかし、それなら最初から皆連れてくれば良かったんじゃないか?」  
 ハルヒなんてどうせ今頃、どうやって明日俺を問いただそうかとか、そういった恐ろしい事を考えているに違いない。  
 それならいっそ皆で探した方が、俺の精神的及び身体的健康のためになるってもんさ。  
 しかし、長門は首を振った。  
「大勢で行くのは、あまり推奨できない」  
 俺は、あまり口数の多いとは言えない少女に目をやる。  
 それもそうだな。  
「あなたには妹がいるし、小さい子によく懐かれるという話を聞いた。だから、あなたを連れて来た」   
 たしかに、妹は勿論親戚にも年下が多いからな。慣れていると言えば慣れている。  
 そういうわけで、俺と長門と小さな少女という、わけのわからないパーティーが結成されたわけだ。  
 まあ、SOS団よりは大分まともだが。  
   
 おなじみの市立図書館に着いた俺たちは、子供向けの童話が揃っているコーナーに足を向けた。  
「ところで、その物語ってのは、なんていう題名なんだ?」  
 少女は頭をふるふると横に振った。凄いかわいい。朝比奈さんとはベクトルの違うかわいさだ。  
「わかんない」  
「じゃあ、どんな話なんだ?」  
 俺が聞くと、少女は、黙ってぼろぼろの紙切れを渡してきた。なんだこれ、俺に対するイジメか?  
 よく見てみると、そこには何かクリスマスツリーのようなものが二本描かれているようだ。  
「あおいかみの女の子と、あかいかみの女の子のはなし」  
 ああ、これ女の子ね。そういえばスカートをはいているようにも見えなくもない。  
 おそらく頭部にあたるであろう部分が赤い女の子と青い女の子が、融合している、じゃない、手を繋いでいる絵だ。  
 途方もなく前衛的だった。  
 少女はやり遂げた顔で俺を見ている。  
「……それだけか?」  
 少女は元気よく答えた。  
「うん!」  
 長門は黙ったまま、そんな俺たちを見つめていた。  
 
 
 少女のおぼろげな記憶と、本の挿絵を思い出しながら描いたというその絵だけを頼りに、俺達はやたらと大きな図書館の中で、閉館時間まで本を探し続けたのだが、結局見つけることは出来なかった。  
 外はもう暗くなり始めていたため、俺たちは少女を家まで送っていく事にした。  
 少女は、来る時よりさらに口数が少なくなっている。きっ本が見つからなくてと残念に思っているのだろう。  
 長門も、気のせいか少しばかり肩を落としているような気がする。     
 そんな二人を見ていると、俺まで元気が無くなってくるもんだから、困ったものである。  
「なあ」  
 だから、俺は二人に声をかけた。  
 今月の俺の財政も、どっかの馬鹿のせいでお寒い事になっているが、何とか切り詰めれば大丈夫さ。  
「アイスでも食べないか?」  
 
 俺たちは、公園のベンチに座ってアイスを食べながら、色々な事を話した。  
 といっても、長門は時折頷いたり「そう」とか言ったりするだけなんだがな。  
 それでも少女は結構楽しんでくれているようで、俺がSOS団の活動で酷い目に遭ったり辛い目に遭ったりする話をしているうちに、よく笑ってくれるようになっていた。  
 
「なあ、いつ引っ越しちまうんだ?」  
 俺は、底に残ったアイスを啜っている少女に尋ねる。   
「こんしゅうの、どようび」  
「そっか。じゃあ、あと4日もあるな」  
 そんだけあれば楽勝さ、なあ、長門?  
「楽勝」  
 長門はいつものように、冷たいフローリングの様な声で同意した。  
「うん」  
 少女はアイスの容器をゴミ箱に捨てに行き、また戻ってくる。  
 偉いじゃないか。俺の妹なんて容器まで食おうとしてたからな。  
 俺がその様子を微笑ましく見ていると、長門はポケットからハンカチを取り出し、少女の口元をぬぐってやった。  
「ありがとう」  
 少女は笑う。  
 長門はいつものように無表情だった。   
 
 その後、俺たち三人は手を繋いで帰った。  
 どうして手を繋いだのかと言うと、いつの間にか少女が俺たちの間に立って手を伸ばしていたからだ。  
 俺はほとんど中腰の状態で歩き続けたため、「また明日」と言って少女と別れる頃には、すっかり腰が痛くなっていた。  
 
「なあ、長門」  
 長門と二人になった時、痛む腰を叩きながら俺は尋ねた。  
「お前の力で、図書館のデータを調べ上げるとか出来ないのか?」  
 図書館なら、貸し出し記録とかが残っている筈だ。少女の母親の記録を見ることが出来れば、ある程度の見当はつきそうなもんだが。  
 しかし、長門は首を縦には振らなかった。  
「あの図書館は、去年システムが一新されている。それに伴い、古い貸し出し記録は消去されている」  
 そういえばあの図書館、去年急に綺麗になったもんな。  
 それでも、長門ならなんとかできそうなもんだが。こいつに分からない事があるとは思えない。  
 ……いかんいかん。長門にばかり頼ってどうすんだ俺。もう少し楽をしろって言ったのは俺じゃないか。バカ野郎が。  
 俺がマントル層よりも深く反省していると、長門は言った。  
「あの子は、努力している」  
 長門はいつもの無表情だ。  
「私たちがすべきことは、一緒に努力することだと思われる」  
 そうさ。俺たち年長者は、子供達に世間の厳しさを教えてやらねばならないんだからな。   
   
 
 翌日。  
 俺はハルヒに、長門と共に今週のSOS団の活動を欠席する旨を伝えた。  
 ハルヒは始め、俺のネクタイを締め上げていたが、あの少女のためだ、と俺が言うと、渋々頷いた。  
 俺はあまり詳しい話をする気にはならなかったし、何故かハルヒもそれ以上追求してはこなかった。  
 こいつもついに、空気を読めるようになったのかもしれん。  
   
 
 そうして、その日も俺たち三人は図書館で本を探し続けたが、見つけることが出来なかった。  
 次の日も、その次の日も。  
 
 
「明日で最後か…」  
 俺は中腰のままで空を見上げた。月が綺麗に出ている。良かった、明日も晴れそうだな。  
 左手には、柔らかくて小さな手を握っている。  
「うん」  
「大丈夫さ。まかせとけ。必ず見つけてやる」  
「うん」  
「なあ、長門。楽勝だよな?」  
「楽勝」  
「うん」  
 少女は元気が無い。今日はアイスも食いたくないらしい。  
 財布がこれ以上軽くなる事態は避けられたが、俺はちっとも嬉しくなかった。  
「なあ」  
 俺は前を見たまま、話し続ける。  
「その物語を見つけたら、どうするんだ?向こうに行ってから、買ってもらうのか?」  
 繋いだ手が揺れている。どうやら顔を横に振っているらしい。  
「おかあさんに」  
 少女は言った。  
「おかあさんに、きかせてあげる」  
   
 
 俺は、少女と繋いでいた手を離した。  
「悪い、俺今日は早く帰って来いって親に言われてるんだ。妹の誕生日でさ」  
 少女は少し寂しそうに俺を見つめている。  
「長門、その子をちゃんと送って行ってやってくれよ」  
 まあ、こいつなら俺の数億倍は頼りになるからな。たとえ世界が滅びたって、お前を家に送り届けてくれるに違いない。  
 ごしごしと少女の頭を撫でてやる。   
「また明日な」  
「……うん。またあした」  
 長門は、じっと俺を見つめていたが、やがて少女の手を引いて歩きはじめる。  
 どんな顔をしていたのかは、暗くてよく見えなかったが。  
   
「さて」  
 角を曲がるまで二人を見送った俺は、回れ右をして、時計を確かめた。まだ閉館時間からそう経っていない。  
 今日は大分涼しいしな。偶には長距離走なんてのも悪くないもんさ。  
 そうして俺は、4日間三人で歩いてきた道を、一人で走り始めた。  
 
 
 息を切らして鼻水をたらしながら頼み込む俺に、かなり引いていた図書館の職員は、警備員と一緒ならという条件付で時間外の利用を許してくれた。  
 とは言え、もう子供向けの本は、どのコーナーでもあらかた調べ尽くしてしまっている。  
 ひょっとして、普通の小説なのか?だとしたら、とてもじゃないが見つけることは不可能だ。  
 いや、いくつか挿絵があって、ひらがなが多かったと言っていただろう。子供向けの本の筈なんだ。  
「すいません!ここの他に、子供が読むような本がおいてあるところって、無いんですか?」  
 何してんだコイツみたいな顔で俺を見ている警備員に、掴みかからんばかりの勢いで尋ねる。まるでハルヒだな。  
「え?ああ、ええとね、ひどく汚れてしまったり、古くなったりした本は、洗浄したり修理に出したりするからね。特に子供が読む本は汚れやすいんだ」  
 警備員は、「ついておいで」と言うと、受付の裏に入っていく。俺も慌ててその後に続いた。  
 
 俺が通されたのは、まだ並べられていない新しい本や、修理から帰ってきた本、修理に出す予定の本が置いてある倉庫だった。  
 警備員に礼を言った俺は、早速本を取り出し、斜め読みしていく。  
 といっても、子供向けの本だけで意外と結構な数があるな。参ったぞ。いくらなんでも深夜まで居座り続けるわけにはいかない。  
 しかし、急ぎすぎて見逃してしまったらおしまいだ。  
 いや、ひょっとしたらもう既に見逃しているのかもしれん。  
 ……くそ、考えている時間は無いぞ。  
 読むしかない。もはや網膜に焼きついてしまった、二人の女の子の姿を思い浮かべながら、できるだけ早く、確実に。  
   
 
 しばらく集中して本を読んでいると、何やら外からいつも聞いている騒がしい声が聞こえてくるような気がした。  
 いかん。幻聴だ。俺はひらがなばかりを読みすぎて、おかしくなったのかもしれん。  
 俺が目を覚まそうと自分の顔をはたくのと同時に、倉庫の扉がまるで砲撃でも受けたかのような勢いで開いた。  
 
「こら、キョン!何一人でこそこそ楽しそうな事やってんのよ!私達も混ぜなさい!!」  
 全然楽しくねえよ。  
「こんな暗いところで本ばかり読んでいると、目が悪くなってしまいますよ」  
 ウィンクすんなよ。キモいぞ。  
「キョン君、私達もお手伝いしますね。みんなで頑張りましょう!」  
 結婚してください。  
「あなたの妹の誕生日は」  
 その後ろから、いつもの無表情で長門が現れた。コイツが皆を呼んだのか。  
「今日ではない」  
 そりゃ知らなかった。   
 
 俺はため息をついた。  
 まったく、またもやいつもどおりのバカ騒ぎじゃないか。    
 まあ、別に構いやしないさ。もう慣れたもんだからな。  
 
   
 結局というか予想通りというか、ハルヒは図書館の職員も警備員も巻き込んで無理やり手伝わせ、その結果、時計の短い針が二回転する頃に目的の本は見つかった。  
 
 修理したてで、新品のように綺麗なその本は、外国の童話が翻訳されて幾つも収録されている短編集であった。  
 ちなみに、少女が探していた物語のタイトルは、「あおいかみのおんなのこ と あかいかみのおんなのこ」  
 そのまんまだった。  
 
 
   
 翌日の放課後、いつものように図書館に向かった俺たち三人は、昨日とっておいてもらった本を、カウンターで受け取った。  
「……あ!これ!」  
 それを見たとたん、少女は声をあげた。どうやら本の外装を見て思い出したらしい。  
 目を輝かせている少女を見て、昨日一緒に手伝ってくれた職員の人は「よろしかったら、差し上げますよ」と言ってくれたが、少女はすぐに首を横に振った。  
   
 結局、長門のカードでその本を借りた俺達は、いつもアイスを食べている公園のベンチに腰掛けていた。  
「よんで」  
 少女は長門に本をさしだす。  
 長門は少し迷うような目をしたが、すぐに本を受け取り、口に出して読み始めた。  
「青い髪の女の子と、赤い髪の女の子。いつかのどこか、月の綺麗な国のお話……」  
 どこまでも平坦な声。感情の起伏なんてあったもんじゃない。  
 だけど、この少し悲しいお話には、不思議とぴったり合っていた。  
 
 ちなみに、物語の内容はこんな感じだ。  
 青い髪の女の子と、赤い髪の女の子は、大の仲良しで、いつも一緒に遊んでいた。  
 外では走り回ったり、虫を捕まえたり、家では食べ物を作ったり、本を読んだり、まるで姉妹のように、時には兄弟のように。  
 しかし、赤い髪の女の子は、実はこの国の子ではないので、いつかは自分の国に帰らなければならないという。  
 そしてついにその時はやってきて、いつも一緒にいた二人は離れ離れになってしまった。  
 
「……そうして、青い髪の女の子は、一人ぼっちになってしまいました」  
 少女を見ると、悲しそうな顔をしている。自分の母親の事を考えているのだろうか。  
「青い髪の女の子は、お月様にお祈りします。どうかまた、あの子に会えますように。あの子と一緒に遊べますように」  
 この町の友達の事を考えているのかもしれない。  
「綺麗なお月様は」  
 俺達の事も、考えてくれているのかもな。  
「その子の願いを叶えてくれました」  
 長門は続ける。母親のような声で。  
「やがて月日がたち、二人が再会する頃、二人には、たくさんの家族と、たくさんの友達ができていました」  
 俺と少女は、キョトンとした顔をしている。  
「そうして二人と、その家族と、その友達は、いつまでも仲良く暮らしました」  
 そこまで読むと、長門は本を閉じた。  
「おしまい」  
 
 しばらくぼーっとしていた少女はやがて、春の花が咲きはじめるように笑った。  
「ゆき、ありがとう」  
 長門は頷く。  
「きょんも、ありがとう」  
「別にいいさ」  
 いつもの騒動に比べれば、随分楽しいもんだったよ。本当だぞ。  
 少女は、ポケットからぼろぼろの紙切れを取り出すと、長門にそっと差し出した。  
「あげる」  
 長門は、少女を見つめながら、小さな指先を撫でるようにして両手でそれを受け取ると、胸元でそっと抱きしめるようにした。  
「ありがとう」  
 そう言う長門の顔は、いつもより少しだけ歪んで見えた。  
 
 
   
 そのあと俺達は、いつものようにアイスを食べて、いつものように手を繋いで帰った。  
 
「また、いつか」  
 
 
 
 その後聞いた話によると、少女の母親は無事退院し、今では家族揃って元気で暮らしているらしい。  
 実は俺は密かに、母親の病気が治ったのは、少女が頑張って物語を見つけたおかげだと思っている。  
 巻き込まれた身としては、それぐらい思っても罰はあたらないだろう?  
 
 まあその後も、俺達SOS団はいつもの調子であり、もちろん長門も、相変わらず部室の窓際で本を読んでいる。  
 しかし最近、いや、俺の気のせいかもしれないのだが、長門が本を閉じる事が多くなってきた様な気がするのだ。  
 俺は、閉じられた本のページには、いつも同じ栞が挟まっていることを知っていた。  
 その中では、二人の女の子がいつまでも仲良く手を繋いでいることだろう。  
   
 だからこの話は、これでおしまいだ。数少ない長門の私物が、一つ増えただけの話さ。  
 
 
 だけどこれじゃあ今ひとつ締まらないので、折角だし、件の物語のおしまいを引用しようと思う。  
 たしか俺が読んだとき、最後のページにはこう書かれていた。  
 
 
 
 
 
 
 あおいかみのおんなのこは おつきさまにおいのりします  
   
 
 どうかまた あのこにあえますように あのこといっしょに あそべますように  
 
 
 きれいなおつきさまは そんなおんなのこを いつまでもやさしく てらしつづけていました  
 
 
 
 
                          
                                        おしまい  
 
 
 
 
 
 

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