5
朝起きると、もう長門の布団はたたまれていた。
夜寝たときと比べて寝てる位置がずれてる気がするが、長門が何かするわけ無いだろうしな。
台所に行ってみると、長門が何か作ってた。 これは… ゆで卵か。
「卵は栄養価が高い」
だが長門よ、これは軽く見積もっても2ダースはあるぞ。
「大丈夫」
一体何が大丈夫なんだ…
その後コタツ机の上に置かれたのはボウル山盛りのゆで卵と−−−なんと−−−マヨネーズだ。
長門はもぐもぐ食ってるが、俺の胃は5個の時点で一杯になった。 長門、後は任せた。
1度トイレに行って戻ってきたころには、見事にボウルだけになっていた。 さすがだ長門。
さて、このまま長門の家に居るわけにもいかないし、とりあえず学校に行くか。
「しかし、学校の休みの連絡をどうするか…」
「まかせて」
「情報操作は得意」
いつか聞いたことのあるセリフである。 俺の代わりのデコイでも出してくれるのか?
「あなたが休むという連絡をしたように貼り紙をする。」
スマン長門、それは俺が昨日やったんだ。 しかもかなり一般的にすますんだな。
「そう」
少しうつむいたように見えるが、光の加減だろう。 本当にそう見える。
「まぁ、1日くらいサボっても文句は言われないさ。 そう悩むことも無いな。」
「わかった」
そう言って長門は学校の準備を始める。 そういやずっとセーラー服だな。 まさか何着もあるとか…
学校まで2人で登校する事になる。 見えるのは一人だが。
強制ハイキングコースは相変わらずキツいが、それ以上に長門の足取りが昨日よりも遅かったと思う。
なんだかんだで遅刻ギリギリでついた俺たちは、急いで下駄箱で靴を履き替える。
「また放課後に…」
「あぁ、またな。」
そう言って二手に分かれる。 振り返ると長門はもう居なかった。 速えぇ…
俺は見えないため出席にはならないのだが、他に行くアテが無いので教室に行くことにした。
2年の教室に行って朝比奈さんの一挙一動を観察してもよかったのだが、勉強の邪魔になりそうなのでやめることにした。 俺のせいで単位を落としたらたまらん。
急いだかいもあって何とかホームルームが始まる前に侵入できた。 昨日みたいに授業が終わるまで待って1−5専属足拭きマットになるのはごめんだ。
中に入ってあたりを見渡しながら端のほうに移動する。 お、谷口がいないな。
とりあえず俺は窓側最後方… つまりハルヒの後ろに陣取った。
ハルヒは相変わらず不機嫌だったが、心なしかさびしく見えたのは気のせいか。
「え〜、みんな揃ってるか?」
お約束の言葉を話しつつ岡部が入ってきた。
「え〜、谷口は昨夜、原因不明の高熱を出して倒れたそうだ。 友達の奴はお見舞いに行ってやってくれ。」
昨日のことを感じ取ったのか。 それとも例のアレのせいか。 どちらにせよご愁傷様というやつだな。
そうこうしている内にホームルームが終わり、授業が始まった。
黒板にはサインとかコサインとか書かれているが、俺にはさっぱり分からん。 今来たわけじゃないが、誰か3行で詳しく教えてくれ。
あまりに暇なので、国木田の様子を見に行く。 うおっ、びっしり書いてあるな。 テスト前に一度見せてもらうか。
そんなふうに教室中をウロウロしているうちにチャイムが鳴った。 教師視点もなかなか面白いな。
えーっと次の授業はっと… げ、体育だ。
見れば他の男子は扉に集まってる。 やばい、俺も速く脱出せねば。
俺は見えてないわけだからそのままいても大丈夫だと気づいたのは、俺が熱暴走を起こした機関車のような速度で教室を出た後だった。
体よく追い出された俺は、仕方無しに2年の教室へと向かった。 仕方ないことは無いんだが、何でそう思ったんだろう…
特に何事も無く、2年の教室に到着。 とりあえず朝比奈さんを探すことにした。
えーっと朝比奈さんはっと… お、いたいた。
教室の真ん中ほどで、机を挟んで鶴屋さんと何か話をしている。 近づいて聞いてみるか。
初、2年の教室に侵入だったが、誰にも見られるわけが無いわけで。
「そういう訳でさぁ、うちの離れでのボヤ事件は解決ってわけさっ。」
「ふぇぇ、そんなことがあったんですかぁ…」
そんな事態をも明るく話す人だ。 この人に嫌な事なんてそう無いんじゃないか?
「で、鶴屋さん、直接の原因はなんだったんですか?」
「誰かが離れに虫眼鏡をおきっぱなだったみたいさっ。 それで畳が燃え出したらしいよっ。」
なんてベタな…
「何か原因不明だったら、ハルにゃんにも捜査してもらおうと思ってたんだけど、あっさりと原因が分かってよかったよっ。」
本当によかった。 鶴屋さんがそんな話を持ってきたら、ハルヒはスルメに向かうザリガニのごとく激しく反応するだろうし、しばらく俺のことなんて忘れるかも知れん。
たとえ元に戻ったとしても、その後ハルヒに振り回されるのがオチだ。
そこで授業開始を告げるチャイムが鳴り、鶴屋さんは慌てて自分の席に戻る。
出るタイミングを逃した俺は、授業終了までここに居ることにした。
授業の内容は… もういうまでもないな。 分からん…
一年の勉強でもチンプンカンプンな俺が、2年の勉強なんて分かるわけが無い。
俺は頭が焼きつきを起こす前に、黒板から目をそらした。
朝比奈さんはというと、一生懸命丸っこい字でノートを取ってらっしゃる。 勉強している姿もいいですな…
それをみていた俺は、ちょっとイタズラしてみたくなった。
朝比奈さんの頬をつついてみる。
「ひあぁっ」
クラスの全員が朝比奈さんの方を向いた。 授業中にいきなり奇声を出せばそうなるであろう一例である。 鶴屋さんは必死に笑いをこらえていた。
朝比奈さんは、顔をあのときの夕日(っていつのだ)のように真っ赤にしてあたりを見渡した。
こりゃ気づかれたかな…
これ以上何かすると、部室で何を言われるか分かったもんじゃない。 下手するとお茶も無しになるぞ。
そう思った俺は、教室の隅で座敷わらしになることにした。 そして俺は、授業終了まで考えるのをやめた…
ろ(ry
チャイムが鳴り響き、俺は目を覚ました。 いつのまにか眠っていたようだな。
えーっと、時間は… げ、もう12時半か。
軽く2時間は寝ていたようだ。 いくらなんでも最近寝すぎだぞ、俺。
朝比奈さんはいなくなっていた。 大方鶴屋さんとどこかでご飯を食べているのだろう。
とりあえず教室を出て、部室棟に向かうことにした。
何か移動が多いなとか思いながら、流星のごとく部室棟に着いた。 我ながら早かったな。
ドアの前で忘れずにノック。 ラブコメでもないのに着替えシーンにでも出くわしたらかなわん。
「…」
うん、長門だな。 聞こえないはずの三点リーダを聞き取り、直感した。
ドアを開けると、そこにはハルヒがいた。 やべぇ、普通にドアをあけちまったよ。
「誰!?」
おもっきし警戒されてるな。 そりゃドアが開いても誰もいないんだし、警戒しない方がおかしいか。
ゆっくり(内側から)ドアを閉め、すぐさま音も無くドアから離れる。
そこにカタパルトに乗せたネズミ花火のような勢いでハルヒが突っ込んでくる。
そしてドアを開けて廊下を見渡した。
「何よ、これが噂のノックダッシュってやつ?」
何じゃそりゃ。 噂どころか名前すら聞いたことも無い。
乱暴にドアを閉め、いつもの団長席に戻っていくハルヒ。 そもそも何でお前がそこにいるんだ?
1分ほどした後、再度ドアがノックされた。 俺じゃねぇぞ。
「お待たせしてすみません。」
そんな声とともに現れたのは、古泉のニヤケ面だった。 お前こそ透明になってくれ。
いまだ不機嫌な顔で、ハルヒが問いただす。
「さっきノックしたの古泉くん? 冗談にしては悪質ね。」
「いえ、今ついたばかりですが、どうかされましたか?」
そういってスマイルを2割り増しにしてあたりを見渡している。 うん、気づいたな。
「今日呼んだのは他でもないわ。 古泉君、あなたキョンの家に行ってキョンの様子を見てきなさい!」
冗談じゃねぇ、俺の家に上がれるのは、朝比奈さんと、あと……長門か。 くらいしかダメだ。 地軸が逆転しても古泉は家に上げん。
「ですが涼宮さん、気になるのでしたらご自分で行けばよろしいかと。」
「い、いや、会いたいって訳じゃないんだけどね、2日も休んでると気になるじゃない。 ほら。」
休まなきゃならんのは誰のせいだ。
ん? 今気づいたんだが、何かうっすら体が見えてるような…
不意に古泉と目が合った。 その0円スマイルがさらに三割り増しになる。 間違いない見えている。
「やはり一昨日のことですか? そろそろ顔が見たいとか。」
何を言いやがる古泉。
「そんなんじゃないわよ。 あいつの顔なんて100均で売ってても見たくないわ。」
俺の顔は99円以下かよ。 ってまた体が見えなくなってるし。
「そうですか、どちらにせよ今日はアルバイトがあるんです。」
「そうなの… じゃあ仕方ないわね。」
そう言ってハルヒが部室から出て行く。 その直後、俺は古泉に迫った。
「古泉、せっかく見えかかってたのに、何でまた見えなくさせるんだ?」
「今見つかると、色々話がややこしくなるじゃないですか。 それに半透明ですよ。 あなたまで不思議の対象にさせるわけにはいきませんよ。」
なるほど。 言われてみれば納得だ。 古泉もたまにはいいことを言うな。
「たまにはではなく、いつも言ってるつもりなんですけどね。」
前言撤回、やっぱりコイツはミトコンドリアの質量程も、いい事を言わないぞ。
そこでチャイムがなった。 昼休みの終わりのチャイムだ。
「それでは僕は、授業があるのでこれで退散します。 それでは放課後に。」
本当は放課後にまた会うのも苦痛なんだがな。
またしてもすることが無くなった俺は、しばらく部室で寝ることにした。 ってまた寝るのか俺!?
続く
7章
部室の端に行き、椅子を並べてその上に仰向けになる。 本をマクラ代わりにしたが、後で長門に怒られるかもな。(それはそれで見てみたいが)
さすがに寝すぎたのか、目をつぶってもなかなか眠れず、そこら辺にある本を読んでみた。
……内容がぜんぜん分からんな。 やっぱ最初から読むべきだった。
そんなことを考えてたら眠く……
…
……
ん、何かやわらかいものが頭の下にあるな。 寝返りでイスから落ちなければ本があるはずだが…
俺は目を開けてみた。 視界には分厚いハードカバーと… 長門と目が合った。
「長門、何をやってるんだ…」
「読書」
「いや、そうじゃなくてな、俺の頭の下にあるのは何だ?」
「膝」
なるほど、どうやら俺は【ひざまくら】という奴をされているらしい。 って何やってんだ長門!?
「これ…」
視点を横に向けると、本の束があった。 どうやら俺がマクラにしてた本のようだ。
「急に頭の位置が変わると、睡眠状態に支障が出る。」
なるほど、俺を起こさないためにしてたのか。 だからといって膝に乗せる必要も無かったと思うが…
これは素直にお礼を言っておくか。 ありがとうな。
「別にいい」
とりあえず長門にずっと頭を預けるわけにはいかないからな。 起きるか。
とりあえず起きてみたものの、今は何時だ。 まだそれほど寝たつもりは無いんだが。
俺は携帯を取り出し、時間を確認する。 ふむ、放課後になったとこか。
「キョン君いますかぁー?」
まるで今まで覗いてたかのようなタイミングで朝比奈さんが入ってきた。 ま、実際この人なら覗く事は無いだろうが…
「いますけど、どうかしましたか?」
こちらに歩み寄ってくる。
「も、もしかしてキョン君、朝に私のクラスにいました?」
「いえ、ずっとここにいましたが。」
しらを切ることにした。 バレたらどうなることやら。
「朝比奈さん、クラスで何かあったんですか?」
「いえ、なんでもないですぅ…」
顔を赤らめ、恥ずかしがる朝比奈さん。 くぅー、やっぱいつも可愛いです。
「ほんと、あそこまで笑われたのは初めてですよぉ…」
「鶴屋さんも必死に笑いをこらえてましたね。」
「やっぱり…」
あ、しまった! しっかりとカマをかけられてしまった。
いつも俺はこういうときにヘマをするな。 赤壁で火計を受けて敗退した曹操も、ここまであせったことはあるまい。
誰かシールド削掘装置を貸してくれ。 今すぐ穴を掘って入りたい。 そんな心境である。
「キョーンくーん…」
鉄仮面を被ってる様に表情を崩さずにさらに寄ってくる。 近い近い近いって!
「まったく大恥かいたんで、きゃっ!」
俺が朝比奈さんに押し倒される形になってしまった。 長門がチラッとこちらを見た気がする。
「キョ、キョン君だ、大丈夫ですかぁ?」
「だ、大丈夫です」
とはいえ、朝比奈さんの全体重を体で受け止めたわけである。 うれしいのと、痛いのが7対3で入り混じっている。 9対1でもいい。
「けだもの…」
ん、なんか言ったか?長門。
「何も…」
ふむ、なんなんだ一体。
続く
8章
いつの間にか古泉も来て、暇つぶしにオセロをやってるんだが、待てど暮らせどハルヒがこない。 いや、待ってるわけじゃないんだがな。
「どうしました? 涼宮さんが気になりますか?」
古泉、8連敗したくなければ黙ってろ。 表情が読めないなんて言い訳は聞かんぞ。
「なぁ、長門。 ハルヒがどこにいるかわかるか?」
「分かる」
「いったいどこにいるんだ?」
「家」
家? まさか俺の家に行ったとかはないよな。
「違う。 涼宮ハルヒ本人の家」
なるほど、帰ったということか。 素直に帰ったと言えばいいのに。
それにしても早いとこ元に戻らないと、俺の単位と家での安息が常温にさらしたドライアイスのごとく消えていってしまう。
そんな危機的状況にいよいよ俺は行動を起こした。
「よし、決めた。 手紙を書くぞ。」
っと声高らかに宣言して紙とペンを持ったがいいが、ペンも透明になって書きづれぇ。 仕方無しに、長門に代わりに書いてもらうことにした。
「よし、言うぞ。」
「分かった」
軽くうなずく長門を確認し、俺は言い始める。 小恥ずかしいが、背に腹はかえられん。
「ハルヒへ」
「ハルヒへ」
長門が俺の言った後を追って復唱する。 決して俺が二回言ったわけじゃないからな。
「この前のは俺が悪かった」
「子の舞えは折れが悪かった」
一旦俺は手を止めさせた。
長門、文字を打ち続けて自動変換された訳じゃないんだから、ちゃんと書いてくれ。
「じゃあ続きを言うぞ。」
「パシリでも何でもするから、許して欲しい。」
「pasiridemonandemosurukara、yurusitehosii。」
「長門…」
俺は再度手を止めさせた。 見事なまでにローマ字だ。読みにくいことこの上ない。
「何でちゃんと書いてくれないんだ?」
「…禁則事項」
長門は少しうつむき加減(俺にしか分からなかったみたいだが)に答えた。
うむ、久々の長門のジョークを聞いた俺は、書き手を変更する決断を下した。
朝比奈さんは…… ダメだな。 字が丸っこすぎる。
「キョン君ひどいですよー。 私だってしっかりとした字くらい書けますよ。」
では少し書いていただこう。
「ハルヒへ」
「涼宮さんへ」
よし、次は古泉だな。 不服だが、お前にしか任せられん。
「仕方ありませんね。 僕はこういうのは苦手なんですが…」
お前が最後の砦なんだ。 つべこべ言うな。
「じゃあ言うぞ。 ハルヒへ」
「ハルヒへ」
お、俺は期待できそうだ。 俺は言葉を続けた。
「パシリでも何でもするから、許して欲しい。」
「今後はお前の奴隷になるから、許して欲しい。」
おい! 誰が奴隷になると言った。
「こっちの方が反省してる感じが出てると思いますが… それに奴隷といってもアッチの方のじゃないですよ。」
古泉がこっちを向いて悪意1000%で笑っている。 アッチってどういう意味だよ。
まぁ、そんな訳で、自分で書くしかなくなったわけで…
元々なんて書くかは決めてたんだが、これはひどい。 というか俺でもギリギリ読めるレベルだぞ。 こんなのハルヒに見せて、不幸の手紙と間違えれられないか?
さて、書けたはいいが、どうやって渡すか… ハルヒはもう帰ってるし。
「直接家に出しに行けばいい」
へ?
「見つからない。」
そうか、今俺は透明だったんだ。 そんな肝心なことをすっかり忘れてた。 ありがとう長門。
長門はいつもより2テンポ遅れて、
「別にいい」
まさかこの時の俺があんなことになるなんて、誰だって予想はできなかったはずである。
いや、長門ならできてたかもな。
9章
「長門、ハルヒは家にいるんだな。」
「いる。」
「でも家の人とかは…」
「今は一人。」
「俺、ハルヒの家知らないんだが…」
「これ」
前もって用意してたかのように、メモ用紙に地図を書いたものを取り出す。 これくらい手紙の時にもちゃんとしてくれ。
「あのぉ、私の代筆はどこが悪かったんでしょうか…」
朝比奈さん、もう一度自分で書いたのを見てください。
さて、そんなわけでハルヒの家の前まで来たわけだが、パッと見は俺の家と同じくらいか。
あのハルヒの事だ。 ポストを見ずにいる可能性がある。 ここは侵入するしかないな。 背に腹は代えられん。
そして俺はドアノブに手をかけて、開けようとした。 当たり前だが普通の家ならば鍵はかかっている。
ハルヒの家もその例にもれず、見事に鍵がかかっていた訳だ。 仕方無しに開いてる窓でも探そうとドアを離れた直後、
「誰!?」
ハルヒの声だ。 どうやら玄関の前にいたようだな。
鍵の開く音とともにゆっくりとドアが開いて、中からハルヒが顔を出した。 風呂に入ってたらしくぬれた髪が何ともいえない…、ってバスタオル一枚かよ。 誰かがいるかもしれないだろ。 あ、俺がいるか。
「変ねぇ。 確かに誰かがドアを開けようとしたんだけど。」
そりゃ俺だ。 とは言えずハルヒがドアから引っ込むのを待つ。
その後あたりを見渡していたが、誰もいない(正確には見えないだが)のを確認してドアを閉めた。 ってカギ閉めてないし。
とりあえず俺は、ハルヒの足音が遠ざかるのを確認して、ゆっくりとドアを開けた。
えーっとハルヒの部屋は… と思ったところで足元を見ると、足の形をした水が点々と続いていた。 これくらい拭いていけよハルヒ。
とにかくこの目印のおかげで簡単にハルヒの部屋は分かったわけだ。
この部屋か… 半開きになったドアに水滴が続いている。 俺は何も考えずに覗き込んだわけだ。
で、ハルヒは風呂上りな訳だから着替えるわけで。 ちょうど下着姿になった所だった。 湯上りの女性は4割ほど綺麗に見えるって言うが、情けないながらもその姿に見とれてしまった。
やばい! そう直感したね。 何がヤバイって? まぁ、いろいろな方面がだ。 言及はしないでくれ。 俺にはそんな度胸はない。
ハルヒが着替え終わったのを確認して、俺はドアの隙間からハルヒの部屋に侵入した。 こちらキョン、まだ発見されていない。
軽くあたりを見渡した。 普通の女の子の部屋って感じだな。 妹の部屋もこんな感じだ。
多分普通の部屋と違うのは、本棚に【時間軸における各個体の存在状況】や【超能力を使うには 中扱編】などがあることだな。 おい、初級はどうした。
日記もあるな。 気になるが、さすがにこの状況じゃ見れないな。
手紙をどうやって置こうかと考えてると、インターホンの音が聞こえた。
「涼宮さーん、宅急便です。」
その声にハルヒは体育の50M走のようなスピードで駆けていった。 はえぇ…
しばらくして戻ってきたハルヒは、服のようなものを持っていた。 あぁ、この前頼んでたペンギンのコスプレ衣装か。
ハルヒは鏡に向きを変え、コスプレ衣装を着だした。 ってお前が着るのかよ。
「よし、これなら…」
ハルヒが何かつぶやいている。 気にせず部屋を物色するか。
「これならキョンも許してくれるかな…」
え? 今何て言った。 さすがにハルヒを見たね。
再度聞き直したかったが、ハルヒがハバネロを一気食いをしたような顔で鏡を見つめていた。 うん、鏡に俺が映ってるな。
「な、ななな、何でアンタがここにいるのよーっ!」
振り返り、探偵が犯人を示すように俺を指差している。 やれやれ、どうやら最悪のタイミングで戻ってしまったらしいな。
とっさに理由を考えたが、それが頭の中で全員一致で可決されるよりも早く、俺は次の言葉を紡いでいた。
「いや、この手紙をお前に渡したくてな。」
まったく、何言ってんだ俺。
「え、手紙? じゃなくっていつの間に家に入ったのよ。 これって不法侵入よ!」
完熟トマトのように顔を赤くし、もっともなことを言ってきた。 ついでに覗きもしてたなんて知ったら閉鎖空間5年分じゃすまないな。 閉鎖空間1年分ってどれくらいだ?
「何も言わずコレを読んでくれ。 ほらっ。」
少し前、長門の代筆で失敗し、朝比奈さんの代筆で失敗し、古泉の代筆で失敗したあの手紙である。
やはり読みにくいのか、ハルヒは牛乳を飲んだ後消費期限が10日前としらされたような表情をして手紙を読んでいる。
5分くらい何度も読み返し、ハルヒは無造作に手紙を捨てた。 汚い字とはいえ、ひでぇ
「アンタの言いたいことは分かったわ。 じゃあ特別に来週の不思議探しのオゴリで許してあげるわ。」
いつの間にかハルヒはいつもの晴れハレな笑顔に戻っている。 まぁなんとも安心する笑顔だ。
「じゃあ、俺はそういうわけだから…」 俺はそそくさと退散する。
「う、うん… じゃなくっていつの間に家に上がったのよー!」
ハルヒが追いかけてくる。 しかもペンギンコスプレのままでだぜ。
ある程度離れたところで振り返り、ハルヒに向かって、
「ハルヒ、そのコスプレ可愛いぞ!」
と最後に言い放つ。 はっ、俺は無意識に何言ってんだ… ハルヒは口を酸欠の金魚みたいに動かしてるし。
さて、今のうちに逃げるか。 明日にする言い訳も考えないとならんし。
続く