〜 I want to be here 〜 3話  
 
さて、風邪の真っ最中の俺だが、今体温が通常よりも高い原因はそれだけではないだろう。  
なんせ、俺の部屋に、俺とハルヒの二人だけ、なんて状況だ。密室に二人の男女。  
それはもう、小説漫画雑誌ドラマ映画でも「大人な時間」を想像した読者の気持ちも、十分に理解できる。  
しかし、ここは現実、そんなムフフな展開はよそに期待してくれ。どこに頼めばいいかなんて知らん。  
とにかく、期待しているような18禁な展開にはならないことを、前もって言っておこう、なぜなら!  
「キョン、本当に大丈夫?熱上がってるわよ」  
目の前のハルヒが、かなり真剣に看病してくれているからだ。正直驚いている俺がここに居る。  
そりゃ、俺だって、健全な若い男だし、もちろん欲望だってあるさ。人並みにな。  
でもな。目の前の光景、つまりハルヒの献身的な介護姿を見ていたら、欲望よりも罪悪感が勝るもんさ。  
えっ?チキン野郎?何とでも言え。実際体験してみれば解る。  
戦争中のナイチンゲールだってこんな風に兵士に見られていたのかもしれないな。神々しく見えてしまう。  
こういう時は誰だって萎縮しちまうものさ。俺も、もちろんその一人だ。  
そんな事を考えていたら額にひんやりとしたタオルの感触、放熱中の頭には、かなり気持ち良い。  
「ありがとう、すまないな。学校さぼらせちまって」  
俺は、罪悪感と感謝と……とにかく色々な感情の考察の末に、至って普通のお礼を述べた。  
「いいから、さっきからあんたそればっかり。もうちょっとボキャブラリー精神を持ちなさいよ、……ったく」  
「だな」  
「そうなの」  
「ははっ」  
「ふふっ」  
なんかいつのまにか二人とも笑っていた。俺はベットに横たわりながら、ハルヒはそのベットに両腕をつきながら。  
「こうしてると、あんたが階段から落ちて入院してたときの事を思い出すわ」  
「……あの時は、すまなかった」  
「あっ、ごめん。別にそういうつもりじゃ」  
「いや、あの時も言ったが。感謝している」  
「あ、あたしは、その……団長だから、自分の部下の面倒を、見たにすぎないの」  
そっぽ向くハルヒ、こんな仕草まであの時と同じか。  
 
 
「そうだ!!」  
「どうした?」  
「ふふ〜ん」  
何か思いついたのかと、怪訝な目を向けると……  
じぃぃぃぃぃぃぃぃぃっぃぃぃぃぃっぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっぃいいぃぃぃぃぃぃぃぃっぃぃっぃ  
教室で受けた、あの視線だ。いや、あの時よりも、何と言うべきか、密度が濃い。こんな感じか?  
「俺を視殺する気か?」  
ぱっと、ニコニコ顔のハルヒに戻る。まるで百面相だ、長門にも少し分けてやったらどうかと思う。  
「力を視線に込めて送ったわ!あんたも感じたでしょ?」  
「コンピ研との勝負前のあれか?」  
「そ、今回はその256倍くらい強く送っといたわ!24時間位は発汗作用とか疲労回復とかその他色々、  
……とにかく凄いんだから、効果てきめんのはずよ!」  
その比較対照数値はどこから算出されたんだ?って訊くだけ無駄だな。  
それから、心持ち汗が出だした、様な気がした。ま、単に厚着して寝ているからだと思うがね。  
しかし、ほんのり顔に汗が滲んでるのを、目の前の奴が見逃すはずは無く。  
「ほら!効いて来たわね。汗を拭くから、脱ぎなさい」  
と言い切って、布団を剥いだ。朝比奈さんの苦労が、なんとなくだが実感できた瞬間だ。  
「おい、それはいくらなんでも、恥ずかしいぞ」  
「病人風情に拒否権なんてないのよ!」  
お前の場合、病気でなくてもないだろ!  
「あら〜、解ってるじゃないキョン。それにしても、あんたけっこう体付きいいわね……」  
「じろじろ見ないで、拭くならさっさと拭いてくれ」  
「!!わ、解ったわよ!じゃあ、その、少しひんやりするけど、ごめんね」  
くぁっ、しおらしいこいつは、まじでやばい魅力だ。しかも、その後、上目遣いで  
「ねぇ?こんな感じで、いいかな?もっと強く?」  
すいません。マジで堪りません。つかハルヒさん、もしかして狙ってる???  
「ねぇって訊いてるでしょ!」  
ごしごしごしっ  
「いたたたたたた、悪い。気持ちよくて」  
「そ、それなら始めから素直に言いなさいよ。あたしだって、こんな事、その、初めてだし……」  
会話が18禁のように聞こえたのは、俺だけではないはずだ、これだけははっきりと断言できるね。  
 
 
「もういい?」  
「ああ、もういいぞ」  
「じゃあ、返しなさい」  
「何を?」  
「タ オ ル !」  
「あぁ、悪い」  
ここで、小説とか(略なら、「ほら下も脱いで〜」な展開だろ!期待したろ!俺もしたさ!  
でもな、ほんの少し残ってる俺の理性が拒絶したんだ。こんな時くらい休もうぜ、理性。  
って部屋の上を見ていた俺だが。  
「じゃあ、その、あっ、タオル新しいのに換えてくるね」  
と言って、洗面器とタオルと鞄を持って部屋を出て行くハルヒを見る。どうしたんだろう?一体……  
……ぱたんっ。と部屋に静寂が戻る。  
体を包む新しい肌着、汗を拭いた後に来る清涼感、それらが優しく俺を静かな眠りに誘っていく。  
俺は静かに眼を閉じて、休息モードに移行していたが  
「キョンお腹すいて、ってねちゃったか……」  
どうやら、ハルヒが戻ってきたようだな。と目を開けようと思ったが、  
「よかった」  
ん?何が良かったんだろう?  
「キョンの寝顔独り占めだぁ〜♪」  
なんか、嬉しそうです。目、開けづらくなりました。  
「実はね、今日は嬉しかったのよ」  
ハルヒは寝顔の俺に話しかけているようだ。困った。  
「いつものあんたって、頼り知らずっていうか、あたしが気遣う隙を与えないのよ。解ってる?」  
返事しちゃ、まずいだろ。ここは。しかもどう答えていいか難しい質問だしな。  
俺が頼りたい事は、ハルヒにだけは知られてはならない縛りつき、だもんな。  
「そのくせ、あんたは無意識に頼られてる……有希なんかが顕著ね。あの子、判断に困ったら  
すぐにあんたの方を向くの、気付いているのよ、あたしだって」  
鋭い。俺を起こさないような配慮なのか、小さな声だが、こいつも団員のことしっかり見てんだな。  
「でも、お昼にあんたから電話があった。他の誰でもない、あたしに……」  
そりゃだって、昨日の事を謝ろうとしたからだ。  
「でもあんたから出た言葉は、ごめん、だもの。頼られた!なんて喜ぶ心に、あれは流石に効いたわよ」  
うっ、なんかミヨキチに似たような事言われたんだ。  
「でも、あんた電話口でミヨキチの名前を言ってくれた。それで解ったの。あんたの本心はミヨキチよりも  
あたしにそばにいて欲しいって。あんた正直に言えないからって、あれは回りくどいわよ。まったく」  
いや、あれは口が滑ったと解釈してる……というかこれはこれでいいのか?結果オーライなのか?  
「はやく病気治しなさいよ。あんたがいないとSOS団は成り立たないんだから……」  
 
……ちゅっ  
 
思わず、目を開けそうになったが、今、俺、キスされたんだよな。こいつに。  
 
「もうすぐみんな来ちゃうから。今だけ、今だけは、好きにしても、いいよね。神様」  
いや、お前がお前に了解とっても、ってこりゃいい加減、狸寝入りがばれそうだ。  
どうすっかね、そうか!たった今起きたことにすればいいかもしれないな、と考えていると。  
 
ぎぃぃぃ、ぃぃぃぃっぃ  
 
ドアが開く音がする。ハルヒはそばにいるし、妹たちじゃないとなると。あいつか。  
これは好都合、この音で目を覚ました事にしてしまうんだ。俺。  
「……ぅぅ、、ん???」  
「あっ、起きちゃったか。……残念」  
一体起きなかったら、どうするつもりだったんですか!?などとは訊かない。さも今起きた様にしないとな。  
「寝てたのか、俺は」  
「気持ち良さそうにね、あたしも眠りそうだったわ」  
「ん?……シャミセンか?」  
「あっ、シャミぃ。あんたもご主人様が心配なの?」  
 
しかし次の瞬間、俺は本気で戦慄を覚えた。  
 
「ふむ、主の側が私の特等席だからな、失礼かと思ったが、いかんせん眠くてな」  
 
続く  
 

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