……? ここはどこ? 見慣れない部屋。やけに広いベッド。
私、ちゃんと自分の部屋で寝たはずよね?
「ん……」
うわ、ビックリした。
突然頭の上から聞こえる声。恐る恐る見上げる。
「うーん……」
キョンっ!? ちょ、ちょっと待ってよ。なんでコイツがここにいんのよ!?
なんで私の隣で寝てんのよ!
慌ててベッドから這い出そうとする私。でも、布団が邪魔して上手く動けない。
重っ……。何よこれ。でかすぎるわよこの布団。
懸命にもがく。その甲斐あって徐々に布団をずらせてる。この調子よ。
「うるさいぞシャミ……」
うわっ!? ちょ、何すんのよこのバカ!
私を抱き寄せるキョン。顔を胸に押し付けられる。
っ……! 離しなさいよ!
胸に狙いを定めて思いっきり引っかいてやる。
「痛っ!? 何すんだよ!」
それはこっちのセリフよ! バカじゃないの!?
のっそりと起き上がるキョン。布団が捲れると同時にベッドから飛び降りる私。
思ってたよりも長い浮遊感にちょっとビビったけど思ったほどの衝撃は無かった。
「んだよ、まだ7時じゃないか……。休みの日ぐらい昼まで寝かせてくれよ……」
何普通の休日してんのよ。なんで私の横にいるのかちゃんと説明して貰おうじゃない!
「ったく。なんてことすんだよお前は」
そう言いながらヒョイと私を持ち上げて、顔の前まで近づける。
ちょっ、近いわよこのバカ! 離しなさいよ! 離せ!
「お? お? なんだなんだ。そんなに暴れるなよ」
キョンの手から解放されて、飛び降りる私。
……ちょっと待って。おかしいわ。
キョンの部屋には来た事がある。でも、こんなに広くなかったハズ。
ベッドだってこんなに大きくなかった。それに、なにより……。
「なんだってんだ? 発情期か?」
……こいつ。こんなにデカくない。
初めて、自分の身体を確認する。ふわふわの毛皮。肉球のついた手。長いしっぽ。
……間違いない。猫だ。それもここにいるって事はシャミセン。
なんで?
最大の疑問が頭の中で跳ね回る。
しかし、そんな状況をさっぱり分かってないバカは、私に考える暇を与えてくれなかった。
首根っこを掴まれ、また持ち上げられる。
やばっ……。この持たれ方、力入んない。
「……ストレス溜まってんのかな。ずーっと家の中だし、妹には揉みくちゃにされてるしなぁ。
たまには外に連れてってやるか。お前動き遅いし逃げやしないだろ」
そういってベッドの上に降ろされる。いそいそとスウェットを脱ぎ始めるキョン。
……ちょっとぐらい隠しなさいよ。ま、仕方ないか。今はシャミセンなんだし。
……ふーん。ボクサー派。意外。
ちゃっちゃと着替えたキョンは、台所にあったクッキーを2、3個食べて、家を出る。
食べカスが口に付いてるわよ。汚い。
いつか有希がそうしてたように肩に私を乗せて。
しっかりと肩に掴まる私。……なんとなく恥ずかしい。
特に行くアテも無く、しばらくブラブラと歩く。
「あの公園でちょっと休憩するか」
そう言って、有希の家の前の公園に向かう。
先客がいるみたい。ベンチに座る人影。……あれ? あれってもしかして……。
「お、ハルヒ。こんなとこで何してんだ?」
「……」
無言でじぃっとキョンを見上げる私。
「隣にいいか? 今日は1人で不思議探しでもやってんのか?」
「……」
ずっと無言でキョンを見続ける。
私がシャミセンになってるって事は、この私は、もしかして……。
「どうしたんだ? なんか今日はやけに静か……おわっ!?」
やっぱりー!? いきなりキョンに飛びつく私。喉をゴロゴロ鳴らしながら
キョンの胸に顔を擦り付けてる。
ちょっと、止めなさいよ! このバカ猫!
無理矢理離しにかかるけど、さすがに人間には敵わない。
離れなさいよ! ……キョンも何ボーっとしてんのよ!?
「あ……えっと。ハ、ハルヒ?」
何も言わず、ひたすらキョンに甘える私。あぁぁぁ。何よこれ……。
「ちょ、どうしたんだよ。なんか悪いもんでも食ったのか?」
そう言って肩を両手で支え、私を離す。
じぃっとキョンの顔、というより口元を見つめる私。
……何見てんの? コイツの口なんかクッキーの食べカスぐらいしか……。
私の頭の中に、最悪な映像が浮かんだ。……まさか。
その、まさかだった。
「――――っ!?」
目を白黒させるキョン。満足そうに、クッキーの食べカスを食べる私。
目の前に広がる光景に意識を手放しそうになる。
あ……。本当になんか意識が遠くなって……。
頭が徐々に覚醒する。まだちょっとボーっとしてるけど。
「……ん」
唇に変な感触。……目の前には、アイツの顔。
「え、あ、あの、ハル……え?」
「ち、違うの! 違う! 私じゃない!」
「え、ちょ。ハルヒ?」
走り出す私。ポカンとしてるキョン。満足そうにキョンの膝の上に座るシャミセン。
明日どんな顔して学校に行こう。
あのバカ猫、今度あったら許さないから。
バカキョンも抵抗しなさいよ。何考えてんの。
今日の晩御飯なんだろう。
色んな考えが頭を渦巻く中、私は行くアテも無く全力で走り続けた。
唇を小さく指で弾いて。