文化祭も終わり、秋の涼しさを感じさせる間もなく、冬を意識し始めたころ、それは俺とハルヒの会話が発端であった。  
 
大抵ハルヒは学食で昼食を済ますのだが、今日のハルヒは弁当持参なので、俺たちは顔を突き合わせるようにして各自弁当を軽くしていった。  
見ているこっちが消化不良でも起こしそうな勢いで弁当をかきこむハルヒは、俺が手始めの卵焼きを片付け次に生姜焼きでも、と思ったころには既に食い終わっていた。お前は胃袋さえ非常識なのか。  
味見させてもらうつもりだった卵焼きが、既に消化されかかっていると思うと少し残念だった。次は早めに言っておくとしよう。  
さっさと食い終わったハルヒは、珍獣を見るような目つきで俺の食事風景を見つめている。そんなに見つめられると食いづらいんですがねハルヒさん、せめてちら見に控えてくれ。  
 
「来年はもっと派手にしたいとおもわない?」  
 ハルヒの口は、俺が弁当のフタを閉めると同時に開くような仕組みにでもなっているかのように、タイミングよく切り出した。  
「……はぁ? そりゃ何の話だ。服なら俺は今のままで十分だ」  
 それとも朝比奈さんのコスプレのことか? 今年以上に派手なコスプレがあるのならば、ぜひともお目にかかりたいものだね。  
「……そうね、当たらずとも遠からずってとこかしら」  
 腕組みをしながら偉そうに喋るハルヒは、もう見慣れた光景ではあるが、何度見ても偉そうだ。  
 俺はお前とクイズをする気はないぞ、さっさと言えよ。  
「まだわからないの、……映画よ、え・い・が!」  
 身を乗り出して言うハルヒの目は、爛々と輝いていた。いい目だな、おい。それよりもちょっと近づきすぎだハルヒ。  
 ハルヒに身を引く様子がないので、仕方なく俺は体を反らせつつあの数日の出来事を思い出していた。  
 朝比奈さんに様々なコスプレをさせるだけでは飽き足らず、朝比奈さんの目をレーザー兵器に改造し、あげくには人語を語る猫なんてものまでを生み出したあの映画だ。  
ハルヒよ、お前にとってはフィクション映画でも、俺たちにしてみればあれはドキュメンタリー映画だ。あのときの俺はつい勢いあまって血迷ったことを口走ってしまったがそれを来年もやるというのか?   
俺はごめんだね。……あぁごめんだ。  
 
「…………」  
拒否を示す表情で答えてやったが、たとえそれを口に出したところで今のハルヒには何の効果も無いことは承知済みだ。俺のなけなしの意思表示をさらりと無視したハルヒは、  
「今度はヘリや戦車でドッカンドッカンやるのよ。宇宙人の大軍がぶわーって攻めてきて、そうねぇ、有希が4,50人くらいで足りるかしら」  
 突然立ち上がったかと思うと、アメリカ人顔負けの身振り手振りで話し始めやがった。  
 ……冗談じゃないぞ。  
 ハルヒ、お前に不可能なことはない。それを目の当たりにしてきた俺が一番よく分かってるつもりだ。お前がやるというなら商店街のおっちゃんどころか、  
米軍だって喜んで開発中の極秘兵器ぐらいお前に提供するだろうさ。長門のことだ、4,50人どころか1000人くらいに分身することなんざ朝飯前だろう。  
 だがハルヒ、そんなことは俺がさせんぞ。いくら俺が嫌がったところで、お前は俺を引きずってでも巻き込むんだろ。だから俺はこう言ってやる。  
「予算はどうするんだ」  
次回作の構想を嬉々として話す、超監督涼宮ハルヒの笑顔が微妙に引きつったのを俺は見逃さなかった。よし、たたみかけろ。  
「いくら次回作に熱意を注ごうとそれはお前の勝手だ。あの映画が好評だったことも認めてやる」  
9割は朝比奈さん人気のおかげだがな。  
「だから次回作を派手にしようとするのも分からんでもない。しかしだ。文芸部の、たかが高校の文芸部だぞ。その予算でそんなことができるか? いいや、できないね」  
 路線変更でもして恋愛ものとか、コメディでも作ればいい。古泉が爽やかスマイルで犬の糞を踏む様は、さぞ笑えるだろうよ。  
 捨て台詞の如く言ってやると、  
「……そんなのつまんないじゃない」  
 と、ハルヒの奴は椅子に倒れこむように座るとその反動で机に突っ伏した。後はだんまりを決め込むつもりらしい。  
 俺はちらりと見えるハルヒのうなじを見つめるばかりだった。それは日の光を浴びてやけに白く見えた気がする。  
 
 
それ以来、映画の話題は忘れてしまったかのように過ごすハルヒであったが、  
それは俺の見間違いだった。  
 
そう気付いたのは数時間前のことだ。  
 
ハルヒの奴は、次回作もスポンサーを勤めることになった  
「大森電気店」のスポンサー料の前払いとして、俺にストーブを取りに行けとかいいやがった。  
 
この寒い上、今にも雨が降りそうなこの日にだ。まったく何考えてるんだか。それにしてもあの日は寒かった。朝比奈さんのマフラーに申し訳が立たないほどの寒さだ。  
   
俺が戻ってきたとき、部屋には長門しかいなかった。  
あん時ハルヒたちは何やってたんだ? まあ、どうせくだらんことに違いない。でも朝比奈さん、あなただけには居て欲しかった。  
もしあなたがいたならば、  
「ご苦労様でしたぁ」  
という労いの言葉と、極上のお茶で俺を癒してくれたことでしょう。  
   
その後、不覚にも眠ってしまった俺は朝比奈さんの着替えに気付くことなど一切なく、  
下校時刻まで眠り続けていたというわけだ。  
 
 
そして今に至る。わけのわからん過去回想終わり!  
「分かった、もう文句は言わん。入れてくれ」  
 
数歩先でアカンベーをするハルヒは眩暈がするほど可愛かった。  
思わずニヤけかけたが、必死にそれを我慢し、少し早歩きでハルヒの隣に追いついた。  
 
ハルヒは俺を見上げるようにして、  
「次回作の映画のことなんだけど、問題は片付いたわ。」  
 
どうやらニヤケ顔は我慢できたようだ。  
 
「で、どうするんだ。まさか銀行でも襲うとか言い出すんじゃないだろうな」  
まさかとは思いつつ冗談を言ってやる。  
冗談にもならんことをしでかすのが涼宮ハルヒだからな。  
 
「それも考えたけど、あたしのSOS団に泥を塗るようのことをするつもりは  
ないわ。  
それともキョンはそっちのほうがいい?」   
 
んなわけないだろ! 冗談だ、冗談。俺はまっとうな人生を過ごしたい。  
だが実際、あのメンツにかかれば大抵の銀行に抵抗ができるはずは無い。  
一般人代表の俺と犯罪とは無縁の朝比奈さんは人質役が適役だろうな。  
 
「その通りよ!   
それよりも資金も名誉も知名度も手に入る一石三鳥のいい方法があるのよ」  
 
映画が好評だと聞きつけたハルヒが、かつて真っ先に口にした台詞があったな?   
たしかあれは……、  
「DVD化よ!」   
 
そうだ、そんなことを言ってたっけか。  
前回聞いたときと同じ台詞を同じ口調で言い放つハルヒに、俺も二度目の台詞を言ってやるか。  
 
「やめろ! 北高生ならまだしもどこの馬鹿が、  
SOS団なんていう得体のしれん団体が作ったDVDを買うんだよ。  
文化祭で成功のうちに終わった、それだけで十分だろ。引き際が肝心なんだぞハルヒ」  
 
一度は思い立ったハルヒだが二度目の今回、この台詞は通用しなかった。  
 
それどころかこの様子じゃ耳にすら届いてないな。  
ハルヒお前の耳は飾りもんだ。  
当然俺は心で呟くだけにとどめておく。わざわざ口に出すほどのことでもないからな。  
 
さすがのハルヒにもテレパシー能力は備わっていないようで、  
そのかわりハルヒの艶やかで形のいい唇は突拍子もない言葉を吐き出した。  
「だいじょうぶよ、特典映像が付いてくるんだから」  
 
……はあ? 何が大丈夫なのかまったくわからん。根拠を教えてくれ。  
 
「いいキョン、世間はね、おまけとか特典映像とか付加価値に弱いのよ。  
わかる? 付・加・価・値! これさえあれば客は池の鯉のように食いついて  
くるわ。  
たとえチョコ一個でも、付加価値が付いてりゃいくらでも売れるものなの! 付加価値が重要なのよ!」  
   
言い放ったハルヒは、少し得意げな顔をしている。  
 
ハルヒの商売論はたしかに一理ある。じゃ、その付加価値ってなんだ? と俺は言いたかったが、それよりも先に、  
あんたの考えてることなんてお見通しよとばかりに、  
「だからあんたも明日までに考えてきなさい!」  
 
やっぱテレパシーあんのか?  
 
 
ハルヒが言うには、  
「大体は作ったけど、何か足りないのよ。こうビビッと来るようなインパクト?   
そんなんが欲しいのよ。名案を期待してるわ! じゃ!」だ。  
「やれやれ」  
 
まったく、インパクトが服着て歩いてるようなお前が何を言うんだか。  
 
思いのほかエコーのかかった独り言は自分の声には聞こえず、なんか恥ずかしい。  
それに最近独り言が多くなってきた気がする。少し気をつけるか。  
 
風呂で暖まりながらハルヒの期待に応える名案を考えているが、  
名案なんてものがそう簡単に出てくるなら、俺は今頃SOS団雑用係なんて  
ポジションにはいなかっただろう。  
 
……まあ、今ではそんな名案が浮かばなかったことに感謝してる。  
サンキューな、神様。  
言っとくがハルヒのことじゃないぜ。  
 
……さてと、……名案?……名案?……インパクト?  
 
「………ふぅ、やれやれ」  
 
俺の脳味噌を総動員して記憶を引き出すと、ほとんどがSOS団、つまりハルヒ  
絡みのことだ。  
出会った初日から衝撃的な奴だった。それ以降俺の日常はお世辞にも平穏とは  
かけ離れた日常だった。  
 
楽しかったな……。なんとなく胸が締め付けられるような寂寥感がする。  
いつかハルヒのいない日がくる。そのとき俺はどうしたらいい……。  
 
……うわっ、何しんみりしてんだ俺は。柄にもないことをしちまった。  
くそっ、ハルヒめ。  
余計なことをさせるからだ。冷水で顔でも洗うかと思ったが、この季節の水は意外に冷たいことを思い出しやめた。今は名案が先だ。  
思い出に耽るのは卒業してからで十分さ、それまではそんな暇もないくらい  
ハルヒに振り回されてやる。  
それが俺の役目だからな。  
   
そういえば、ハルヒは………。よし、これはいけるかもしれん。  
俺はハルヒの求める…、いやハルヒに求めるインパクトな名案が浮かんだところで風呂を出ようとしたが、  
 
つるっ、ごすっ、ざばーん。  
「キョンくーん、今すごい音したけど……!?   
ちょ、ちょっとだいじょうぶっ、おかーさん大変っ、キョン君がおぼれてる!」  
 
後頭部を打って風呂に沈む俺は、やけに響く妹の声を聞きつつぼんやりする頭でつぎにすべきことを考えた。  
下半身丸出しの俺は母親が来る前に起き上がらねばならん。  
 
……のぼせたか?  
 
 
「ねえキョン? 頭の形変わってない?」  
 
今日のハルヒの第一声はそれだった。  
 
後ろから見ただけで分かるほどに大きなたんこぶをアクセサリーにした俺は、  
昨日思いついた名案を話してやろうとしたが、  
「待って、それはみんなの前でプレゼンテーションしてもらうわ。  
いい、それまでに内容をまとめておきなさい。期待はずれの内容だったら承知しないわよ!」  
 
ビシッと言う音が聞こえた。少なくとも俺には聞こえたね。  
ハルヒは俺の鼻先に指を突きつけ、また面倒な作業を命令しやがった。  
プレゼンテーションだと!?。  
 
退屈な授業が終わり、次は厄介な時間を過ごす為に部室へ向かう廊下を歩いていると、  
後ろから無駄爽やかな声がする。  
「昨日はご苦労様でした」  
 
後ろを振り向くと、無駄スマイルを無駄に振りまく無駄ハンサムがいた。  
つまり古泉だ。  
 
SOS団専属の精神分析医みたいなこいつのことだ。  
今俺が何を考えたか位は分かるだろう。表情にも出してやったしな。  
 
「……ふふっ、どうですか? 名案は思いつきましたか?」  
 
よく見ると、こいつは分厚い紙の束を抱えてやがる。  
おそらくプレゼンの資料かなんかだ。つくづく如才のないやつだな、お前は。  
 
「いえいえ、涼宮さんの期待に応えるべくしてやった結果ですよ。  
それにこういうことは意外と得意なんです」  
 
どこが意外なんだというベタなツッコミは口が裂けても言わんぞ。  
お前と漫才するくらいなら俺は長門と漫才するほうを選ぶね。  
   
長門がハリセン片手になんでやねんと言う姿を想像していると、  
「それは僕にとっても大変興味ある光景ですが、想像に浸るのは人前では多少控えたほうがよろしいかと思いますよ」  
 
うるさい、俺が歩きながら何を考えようとお前には関係ないだろ。  
 
「いえ、その考えが顔に出ていましたものですから、つい注意したのですが。ええ、もう結構です。  
どうぞご自由になさってください」  
 
髪をかきあげながら言うお前はどこぞのお坊ちゃんだ。  
なんとなく周囲の視線を感じる。注目を浴びるのはハルヒだけで十分だ。  
俺は、長門の髪一筋にも及ばん無表情を作った。  
 
「ところでその頭はいかがなされたものですか?」  
   
………お前もか、古泉。  
 
 
部室に入ると、先に来ていた朝比奈さんが心配そうに頭のことを聞いてきたのは言うまでもない。  
長門までが頁をめくる手を止め、たんこぶを見つめてくる。  
こらこら長門、そんなとこを触ろうとするんじゃない。  
 
そんなに目立つのか?   
病院の必要性について本気に考え始めると、俺よりもまず病院に行くべき奴がやってきた。  
 
力いっぱいドアを開け放つハルヒは、  
「ふふーん、みんなそろってるわね」  
そういって団長席にふんぞり返ったハルヒは朝比奈さんにお茶を要求し、  
「じゃあさっそく発表してもらおうかしら」  
それはいいがせめてドアは閉めろよ、ハルヒ。  
 
朝比奈さんはフリルのスカートをひらっひらっさせながら人数分のお茶を用意している。  
うんうん、やはりほほえましいね。  
たんこぶの痛みを忘れさせてくれる麻酔的朝比奈さんメイドを眺めていると、  
「こらーっキョンなにぼけっとしてんのよ! あたしの期待に応える企画は用意してあんでしょうね。  
いいわ、あんたが一番最後よ。くだらないもの出したら死刑よ、死刑!」  
   
…なんだ古泉、その顔は。ほらね、見たいな顔でこっちを見るな。  
仕方が無いだろ、あのお姿を前にして顔が緩まない奴はホモ野郎以外の何者でもない。  
 
そんなアイコンタクトをひとしきり送り終わった後、  
目線を団長に向けるとなんと肩書きが「団長」から「社長」に変わっていた。  
そんな異例の人事異動を認める会社がまともな会社でないのは当然だ。  
 
めでたくSOS商事の社長となったハルヒは、  
「じゃ、まずは副社長から発表しなさい」  
 
偉そうな口調がますます偉そうになってるぞ。  
 
「平は黙ってなさい!」  
 
俺は平社員かよ。  
…おい、だから古泉なんだその表情は。申し訳なそうな顔を作るな。肩をすくめるな。いいからさっさとやれ。  
 
めでたく副社長に昇進を果たした古泉は全員に企画書を配り始めた。  
それは10枚ほどからなるもので、グラフやら数字やらが書いてあったが、要約すると握手会をしましょうってことらしい。  
 
野郎共の  
汚い手が朝比奈さんの清廉潔白なお手にふれるのはどうにも我慢がならん。  
おれは即反対に一票を投じてやった。  
 
が、ハルヒ曰く「そんなことは考え済みなのよ、期待はずれだわ」とのことだ。ざまー見ろ古泉め。  
 
後に続く、朝比奈さんや長門についてハルヒはあまり期待してなかったようで、  
「えーっとぉ」とか「そのぅ」を連発する朝比奈さんを「もういいわ」の一言で黙らせ、  
終始無言を貫き通した長門には、さすがのハルヒも言葉を失ったようだ。  
ジェスチャーで座れと指示された本好き宇宙人は読書を再開させた。  
 
「最後はあんたの番よ、キョン。あたしの期待を裏切らないでちょうだい」  
 
我ながら、これは名案だと思うがいざとなるとやっぱ緊張する。  
冷めたお茶をずずっと飲み干し、一拍溜めて第一声。  
 
「……ハルヒ、お前が歌って踊れ」  
鳩が豆鉄砲を食らっている様を実践するかのように驚いているハルヒを無視し俺は続ける。  
「お前が学際でやった歌、あれはよかった。正直感動したし、できればもう一度聴きたいと思ってる。  
ついでに振りなんかもつけてだ。……その…なんだ……お前なら割と絵になるだろうし。」  
 
 
言い終わって席に着く。くそっ、やたらと口が渇く。湯飲みを口に運びかけ、空であることに気付いた。  
 
それを見ていた朝比奈さんからお茶のおかわりをもらって一気に流し込んだが、  
淹れたてだったら絶対やけどしてたと気付くのはもう少し後だろう。  
 
その間ハルヒは何事かを考え込むように黙っていたが、  
「……わかったわ。そうしましょう」  
 
意外な答えに今度はこっちが驚いた。ハルヒのことだから、  
「社長は会社の方針を決めるのが仕事なのよ」とか言い出すかと思っていたのだが……。  
 
「その代わりあんたが作詞しなさい」  
 
とんでもないことを言い出してきたもんだ。  
俺はもう大抵のことには驚かないぐらいの経験値はあるつもりだ。  
谷口、国木田がLv16位とすると俺はLv40以上と見積もって間違いない。  
 
「へっ!?」  
 
我ながらなんて間抜けな反応だ。  
 
「ちょっと待てハルヒ!   
あのときの歌でいいんじゃないのか、わざわざ新しい曲を作らんでも。  
まして何で俺が作詞する羽目になるんだ。  
あのときのバンドグループに任せればいいだろ。  
俺よりはまともな歌詞を作ってくれるぞ」  
 
ここで余計な口を挟む奴が一人いる。イエスマン古泉だ。  
「いいじゃないですか。SOS団の歌をSOS団の団員が作る。  
ごく自然なことだと思いますけど。発案者はあなたですし。  
それにあなたの作詞と涼宮さんの歌、……ぜひとも聴きたいものです」  
 
「うわぁ! 素敵じゃないですかぁ。あたしもキョン君と涼宮さんの歌、聴きたいですぅ」  
朝比奈さん、あなたまでそんなことを。  
それに歌うのはハルヒ一人で俺は歌いません。  
 
まさか長門まで、と思ってそっちを見たが、なにやら挿絵の入った本を熟読しこちらのやりとりなど上の空に見えた。  
 
「分かったわねキョン! あんたが作詞しなさい。  
作曲もあんたにやらせたいところだけど、あんたに作曲のセンスがあるとは思ってないわ。  
もちろん作詞のセンスがあるとも思ってないわよ」  
 
なら、といいかけたが、  
「つべこべいわずにやりなさーい!」  
一蹴されてしまった。  
 
「…………」  
結局、最後まで無言だった長門に、今度は何読んでんだと聞くと、  
「………プレゼンのコツ…これであなたも企画部長……」  
長門がどんな企画を考えたかは、いずれ聞かせてもらおう。  
もちろんその本の成果を踏まえてだ。  
 
 
かくして作詞などという厄介ごとを背負い込んだ俺は、いまさら後悔してもしょうがないので、  
これで朝比奈さんの負担が軽くなったのだとポジティブに考えることで諦めた。  
 
その後の話し合いで、というか古泉の申し出により作曲と振り付けはプロに任せることになり、  
どうせなら作詞もプロに頼めよと言ってやりたかったが、  
言ったところでどうせ徒労に終わることは自明なのでやめた。  
 
しかし、さっきからずっとハルヒが睨んでくる。  
分かった、やるよ、やります、やらせていただきます、ハルヒ様。  
だからもう睨むなハルヒ。  
 
「やれやれ」  
俺の決まり文句には、大抵こいつが反応する。  
お前にそんな役目を頼んだ覚えはないぞ。  
 
「これもひとつのきっかけですよ。あなたと会話するためのね」  
 
ならもっと、まともなきっかけを探してくれ。  
いちいち独り言に反応されたんじゃ、こっちの身がもたん。  
 
前を歩くハルヒは朝比奈さんに何事かを耳打ちし、同様に長門にも耳打ちした。  
朝比奈さんが「えー」とか「ぁうー」とか言いながら「分かりましたぁ」と言ってるので、  
またハルヒの奴は無理難題を押し付けたのだろう。  
 
長門も首を縦に振っている。  
あいつの場合は「振る」という言葉は当てはまらない気もするが。  
 
 
「作詞の件、期待してますよ。  
あなたがどんな歌詞を書いてくるのか非常に楽しみです」  
 
ここ一番の悩みの種を、この爽やかスマイル野郎に押し付けてやろうとしたが、  
「それは丁重にお断りさせていただきます。  
涼宮さんが求めているのは僕の歌詞ではなく、あなたの歌詞です。  
更に言えばおそらく涼宮さんは出来の良し悪しにはついてはさして関心はないはずですよ。  
よいものであるに越したことはありませんが」  
 
そりゃそうだ。そんなもの期待された日には、長門に時空改変でも頼むさ。  
「それはどうかと思いますが、まあそういうことです。  
あなたはあなたが涼宮さんに歌ってもらいたいと思う歌を書けばいいんです。  
涼宮さんもそれを願っている筈ですから」  
 
俺がハルヒに歌ってほしい歌か……。  
 
「じゃあ、あたしたちは今日こっちから帰るわ」  
残りの女子メンバーを両手に抱えて言うハルヒの顔は、西日を浴びてなお赤く見えた。  
なんでこいつはこんなに赤いんだ?  
 
「はぁ? なんでだ」  
本来の帰宅路よりもずいぶん遠回りの道だ。  
その先に何があったかと思索していると、  
 
「いいからあんたはとっとと帰って作詞でもしなさい!」  
「あっ、ちょちょっと涼宮さ〜ん、ぅわぁ!」  
「…………」  
 
それだけいうと、  
未来人と宇宙人を小脇に抱えたハルヒはたったか走って行っちまった。  
 
 
「それではここで失礼させていただきます。  
作曲と振り付けは明日にも出来ると思いますので、参考にでもしてください。  
ではまた明日」  
 
片手を挙げて爽やかに言うこいつは癪に障るが、  
「おう」  
それくらいの挨拶が出来ないほどじゃない。  
そういって俺と古泉は別れた。   
 
 
今CDを何枚か聞いてるが、なかなか良さそうなフレーズが思いつかん。  
いい加減飽きた。俺はベッドに寝転び隣で寝てるシャミセンの鼻をつつく。  
何をするのだ、でも言わんばかりに「にゃー」と一声鳴いたきりシャミセンはまた眠ってしまったようだ。  
 
「…………」  
 
ぜひともお前の意見を聞いてみたいものだ。長門に頼めばそれは可能だろう。  
が、これは妄言だ。そんな頼みごとをする気は毛頭ない。  
 
「やれやれ」   
 
そもそもハルヒが規格外なのだから市場に出回るCDが参考になるはずがない。  
いっそのこと、自棄になってみればちょうどいいかもしれないな。  
 
そう考え抜いたあげく、作詞活動に励むべく机にむかった。  
 
 
「ぷはっ、ははっ、あっはははっ!」  
 
そんなに笑うな。仕方なく書いてきてやったんだからな。指をさして笑うな。  
いい加減にしろハルヒ。おいおい呼吸困難かよ。  
 
「いやはや、あなたにしては行動が早いとは思ったんですが。  
まさかこれほどのものを作ってくるとは思っていませんでしたよ」  
 
黙れ、そんな褒め言葉はいらん。笑いを噛み殺すような顔で言うな。  
いっそのことお前もハルヒみたいに笑えばいいだろ。  
 
「滅相もございません。  
さっそくこの歌詞に合わせて曲と振り付けを作らせましょう」  
 
古泉の奴め、憶えてるがいい。  
朝比奈さんはこっちを見ては顔を伏せ、肩を震わせる始末だ。  
 
「………ユニーク…」  
 
その言葉が俺に向けられる日が来るとは思いもしなかったぞ長門。  
どこがどのようにユニークなのか言及してみれば、長門のツボがわかるかもしれないが、  
俺の恥を淡々と説明されるのは耐えられそうに無い。それはやめておこう。  
 
ひとしきり笑い終わったハルヒは、  
「いいわ、歌ってあげる。これをあたしに歌ってほしいんでしょ、キョンは。  
古泉くん、曲と振り付けが出来上り次第練習するから準備お願いね」  
「承知しました」  
 
今更だが、自暴自棄とは怖いものだと実感したね。……はあ、やれやれ。   
 
 
その後の展開はさすがと言うべきもので、翌日には曲と振り付けが完成し、  
その日から当分の活動場所は文芸部室ではなく、古泉の用意したスタジオに変更となった。  
 
いつの間にか歌うことになっていた朝比奈さんと長門を引き連れ、個室に入ったハルヒ達はボイストレーニングを受けていた。  
 
今、俺と古泉もなぜか振付師指導でダンスの練習をしているのだが、それよりもこの振付師、俺を見る目つきがなんか変だ。  
おい古泉、どういうことか事情を説明しろ。  
 
 
ボイストレーニングをこなしたハルヒ達は俺たちに合流し、今度はダンスのトレーニングを受けている。  
 
持ち前の運動神経で難なくダンスをこなすハルヒだが、例の振付師による指導がやたらと厳しくなり、  
しまいにはおそらく不要だろうステップまで踏まされている。  
 
汗だくで踊るハルヒっていうのもなかなか見栄えのするもんだ。  
 
そんなハルヒをよそに長門は無表情にステップをこなしている。  
汗一つかかないので、あれだけの運動から生じる相当量の熱をどうやって発散させてるのか気になるところだ。  
オーバーヒートなんてしないよな、長門?  
 
「…………平気」  
 
本当か? なんか微妙に顔が赤いぞ。  
それっきり何も言わなくなった長門は新たなステップを踏み始めた。  
んっ、あれはもしやブレイクダンスか? うおっ、なっ、長門! すげぇ……。  
 
朝比奈さんは顔を真っ赤にし、はひはひと肩で息してる。  
どうぞ、休んでください、朝比奈さん。  
ハルヒに付き合えるだけの体力を持つやつは人間じゃありません。  
それにあれはハルヒと振付師の意地の張り合いです。  
 
俺と古泉、朝比奈さんの三人はひたすら踊り続けるハルヒたちを眺め続けていた。  
 
ダンス勝負は当然とも言うべきか、先に振付師のスタミナが切れたためハルヒの勝利で終わった。  
 
「あたしに勝負を挑むなんて100万年早いのよ。  
それよりなんであいつ、あんなむきになってたのかしら?」  
 
予想はできてるくせに白々しく聞いてくるハルヒの顔は、新しい玩具を見つけた妹と同じ顔をしていた。  
 
俺にそんな気は全くない、それをからかうハルヒを相手にするのも馬鹿らしいので無視だ。  
 
 
結局俺は振付師と当然の如くマンツーマンで踊りの練習をする羽目になり、  
それ以外のメンバーは各自自主練に励むこととなった。  
 
意外にも朝比奈さんはメキメキと上達し、  
「バレエやってみようかなぁ」なんて言ってしまったがために、  
「じゃあ今度はチュチュとトゥシューズを用意するわ」なんて耳聡く聞きつけたハルヒが言い出し始めやがった。  
 
けど朝比奈さん。「やめてくださぁい」とはいってましたが、  
実はあなたのお顔が満更でもなさそうだったのを俺は見逃しませんでしたよ。  
 
練習に飽きた俺は、部室で朝比奈さん扮するバレリーナがお茶汲みをしている姿を想像していると、  
ハルヒは何事かを喚きながら飲みかけのペットボトルを投げつけやがった。  
あっぶねぇ、今のはシャレにならんぞハルヒ。  
目標を外れたペットボトルは盛大に水を撒きつつ、壁をへこませていた。  
その数センチ隣で読書をしていた長門がびしょ濡れにならずに済んだのは不幸中の幸い…なのか?   
 
 
そんな練習に数日を費やし、無事特典映像の撮影を終えたSOS団は今、  
完成試写会と称して全員がパソコンの前に集合している。  
 
「なかなか言い出来になったのではないでしょうか?」  
 
古泉の根回しにより、どこの音楽番組かと思うほど立派なステージで撮影し、  
更にそれだけでは臨場感がないというハルヒの申し出により、部室での撮影も敢行されたのだった。  
 
終始ハルヒは朝比奈さんにあのウェイトレスコスチュームで踊らせたがっていたが、  
あのスカートの短さではなにやら不都合がありそうなので、  
SOS団の歌であるなら制服で統一すべきだと俺は必死にハルヒを説得した。  
 
朝比奈さんが不特定多数に視姦されるのはどうにも我慢ならんからな。  
 
「キョン、さっきから何ぶつくさ言ってんの。あたしの歌が聴けるのよ! もっと喜びなさい。じゃ、準備はいい、みんな! 再生するわよ」  
 
画面に向き直るハルヒはチラッと俺の顔を見たような気がした。  
分かってるさ、ハルヒ。これは俺が言い出したことだからな。  
 
再生ボタンを押すと、一瞬画面が暗くなり一拍おいた次の瞬間、耳慣れた音と既視感のある映像が流れ出だした。  
俺は自分が作詞した歌詞を思い起こし、今猛烈に後悔している。  
   
ハルヒにこの歌詞のタイトルを聞かれた時、  
とっさに嘘のタイトルを言おうか迷ったが、勘の鋭いハルヒのことだ。  
どうせばれるに決まってる。  
観念して正直に言ってやると、ハルヒのやつはまた大笑いしやがった。  
 
好きなだけ笑うがいいさ、俺も笑ってやる。結局正直者は馬鹿を見るオチさ。  
 
ハルヒの言う付加価値を加えられた映画はなぜだか売れ行き好調で、  
我らが団長涼宮ハルヒは「これで来年もパーッと行くわよ」なんて不吉なことを口走っている。  
 
俺は二度とあのタイトルは口にしないと誓ったから、俺の口からそれを言わそうとしたって無駄だぜ。  
どうしても知りたい奴がいるなら、『戦うウェイトレス 朝比奈ミクルの冒険』を買えばいい。  
確かネット通販もしていたはずだ。  
 
特典映像集と書かれたDVDの最後のほうに収録されてるはずさ。  
 
 
後日談だが、あの振付師はホモだった………わけではなく、  
覚えの悪い俺に苛立ち、そこに現れた涼宮ハルヒと長門有希があまりに見事なダンスを踊るもんだから、  
プロ魂というかライバル心みたいなものを燃やしたというだけのことだ。  
 
俺の言い出したこととはいえ、ハルヒを歌わせるだけのことがこんなに疲れるとは……。  
数日の苦労を思い出すといつもの口癖がでる。  
「……やれやれ」  
 
糸冬  
 

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