泣いた赤鬼。青鬼は、赤鬼が人間から受け入れてもらえるように、一芝居打って姿を消した。  
赤鬼は、青鬼の、その気持ちを知って泣いた。  
 
でも、本当に泣いているのは青鬼。あたしは、初めてこの話を聞いたとき、青鬼が可哀相で、  
そして、その青鬼に腹が立って、腹が立って、ずいぶん泣いたものだった。  
 
なぜ、勝手に消えちゃったのかしら。フォローしなかった赤鬼も赤鬼だわ。  
絶対、赤鬼も青鬼も、人に受け入れてもらえる方法があったはずなのに。  
 
フェアじゃない。自己犠牲なんて絶対に認めない。  
SOS団は、赤鬼や青鬼にも門戸を開いているのだから。  
 
わかった? 有希、みくるちゃん。  
わかってるわよね、キョン?  
 
いつも通りの時間に学校へ向かう。  
 
変な夢を見た。昨日やった節分イベントのせい? なんで、あんな夢をみたんだろ。  
有希やみくるちゃんが消えちゃうなんてことは、あるはずがない。  
 
でも、キョンが、誰か他の女の子と仲良くなって、SOS団から距離を置いたら、  
有希やみくるちゃんも居なくなっちゃうような気もする。  
キョンがSOS団から抜けたら、あたしもSOS団を辞めちゃうかもしれない。  
 
ふん、そんなはずないわ。  
というか、あのキョンが、誰か女の子と仲良くなんてなれるわけが無いじゃない。  
いつも気の抜けた顔をして、うだうだ、だらだらしている、あのキョンよ?  
頭が良いわけでも、スポーツができるわけでもない、顔だってもう一つだし、  
格好がいいってわけでもない。そんな男に惚れる女なんて、いるわけない。  
それに、クラスでもキョンを気にしてる娘なんていないわ。いれば気付くもの。  
 
あたしってば、何でこんなことを考えているんだろ。  
いや、それは解っている。あたしは、きっと、恐れているんだ。  
キョンに彼女ができることを。  
 
確かに、あたしはキョンを気に入っている。でも、それは恋愛感情じゃない。  
だって、恋愛なんて、イライラするだけで、ちっとも楽しくなさそうじゃない?  
でも、それと、キョンが他に彼女を作ることは別。  
せっかく、SOS団を作って一年近く楽しく過ごして来れたのに、キョンに彼女が  
できたら、お終いになるかもしれない。  
 
キョンだって、普通の男子高校生なんだから、  
彼女ができたら、今まで、一緒に楽しく過ごしてきた、あたしや有希、みくるちゃん、  
古泉くんのことなんて忘れて、きっと、その彼女と楽しい青春ってやつを楽しむに違いない。  
あいつは、そういう性欲と煩悩に塗れた、ただの男なのよ。  
 
なんかむかつくわね。  
SOS団にだって、あたしや、有希、みくるちゃんがいるんだから、キョンは、  
あたしの言う通り、ずっとSOS団で雑用をしていればいいのよっ!  
 
そこまで考えて、あたしは、本当に心配していることに気が付いた。  
いや、最初から気が付いてるんだけど。  
 
そう、あたしは、キョンが、あたしの知らない娘と付き合うなんてことは、  
あまり心配してない。  
でも、キョンに近い娘は、三人いる。あたし、有希、そして、みくるちゃん。  
 
キョンは、あたしの言うことを、大体、黙って聞いてくれてる。  
だから、あたしは、嫌われてないと思っている。けど、実際、どうなんだろ。  
キョンの気持ちは解らない。ただ、少なくとも、あたしに恋愛感情を持っていない気はする。  
あいつが、あたしを見る目には、いつも、投げやりなものを感じるから。  
 
みくるちゃんは、どうだろ。  
キョンは、何かといえば、みくるちゃんを庇うような行動をとる。  
守ってあげたいオーラ全快って感じ?  
映画の時もそうだったし。みくるちゃんも、キョンを、多少は意識してるみたい。  
 
そりゃ、二人だけで、あたしに内緒で、デートみたいなことをしてたくらいだし。  
あ、思い出したら、腹立ってきたわ。  
 
でも、キョンのみくるちゃんを見る目は、何と言うか、あれね、そう、アイドルを見る目って  
言うのかしら。そんな感じ。敬語使ってるし。  
キョンから見たら、きっと、みくるちゃんは憧れの先輩、そんな感じかしら。  
そりゃ、キョンに、みくるちゃんみたいな学園アイドル娘と付き合えるような  
甲斐性があるはずもないし。  
 
有希は? 有希は、キョンと何かあったんじゃないかと思う。何かは解らないけど。  
以前から、キョンは有希を気にしているようだったけど、クリスマス頃はいつも有希を見てたし。  
年が明けてからは、それほどでもないような気がするけど、おかしな雰囲気であることには、  
変わりない。  
 
でも、別に付き合っているってわけじゃないらしい。  
二人だけでどこかに遊びに行ってるようなこともなさそうだし。  
 
キョンは有希が好きなのかしら。でも、キョンが有希を見る目は、なんと言うか、同情、  
でもない、哀れみ、でもない、何かこう違うのよね。  
男の人が好きな人を見るときって、もっとこう、守ってあげたいとか、何かそんな感じじゃない?  
 
……それって、キョンがみくるちゃんを見るときの目じゃないの。むかつく。  
 
有希がキョンを好きになったとか?  
それはちょっと考えられないわね。あの娘のキョンを見る目って、何の感情も込められてないもの。  
というか、そもそも有希が感情を表すことがないだけなんだけど。  
 
そう考えると変な子よね。名は体を現すってヤツかしら。希有な存在ってヤツ?  
稀有だったっけ? まあ、そんなことはどうでもいいわ。  
 
でも考えてみれば、夏の合宿で、有希があたしの言うことを聞かず、  
キョンの言うことを聞いたこと。当時は、何かの冗談だと思ってたけど、考えてみれば妙よね。  
映画でも、みくるちゃんが、カメラを持ったキョンに向かって何か演技するタイミングで、  
妙なアドリブ入れてたし。それから、コンピ研から、ノートパソコンを貰ったとき。  
勝負がついた後、有希は、なぜかずっとキョンを見てた気がする。  
クリスマスでは、キョンが有希をとても気にしてたようだし。  
キョンが、あの馬鹿馬鹿しいラブレターを持ってきたときも、何か変な感じだった。  
キョンが書いたあのラブレター、何度も読み返したりしてたし。  
そういえば、鶴屋さんの別荘でも、何かあたしの言うことより、キョンの視線を気にしてた  
ような気がする。  
 
まさか、本当に、有希が引っ越しの件か何かで、キョンに相談してたりしているのかしら。  
いや、でもあれは、あの雪山で見た夢。集団催眠だったっけ。  
 
キョンとみくるちゃんは、何となく関係が想像できるけど、キョンと有希はどうなってるのかしら。  
何かイラ付く。  
でも、キョンは、有希を守ってあげたいというより、有希を気遣ってる感じ。  
 
有希は、何を考えているかよく解らない。  
でも、キョンにだけは、何か特別な感情を持っているような気がする。  
恋愛感情じゃないと思うけど、有希のことだから、わからない。  
 
なんなのかしら。妙な感じじゃない? みくるちゃんや有希が古泉くんを気にしているなら  
話もわかるけど、なぜ、キョンなのかしら。あんな冴えない男なのに。  
 
別に、キョンが誰と付き合っても、あたしには関係ないんだけどさ、何か気になるのよね。  
SOS団で、カップルができるのも、何か腹が立つし。  
というか、そもそも団内では、恋愛禁止なんだから。  
あー、もう、あたしったら、一体、何を考えているのかしら。  
 
そんなことを考えているうちに、校門の前に着いた。  
 
教室に入り、席に着く。  
キョンは、いつも通りの能天気な顔。  
まったく、キョンにも悩みなんてもんがあるのかしら。たまには、あんたも悩みなさい。  
 
授業が始まり、あたしの思考は、またバレンタインのことに囚われていく。  
そう、問題は、バレンタインだ。  
キョンのことや、有希、みくるちゃんのことを考えてしまうのも、バレンタインが近いから。  
 
もし、有希やみくるちゃんが、キョンに本命チョコを渡すようなことがあれば、  
きっと、キョンは、ほいほいと付き合いだすに違いない。  
有希やみくるちゃんが、キョンに本命チョコをあげるだなんてことは、ありえなさそうだけど、  
解らない。  
 
あたし? あたしがそんなことするはずないじゃない。  
つか、なんで、あたしが、キョンにチョコをあげなきゃならないのよ。  
ま、SOS団には、古泉くんもいるわけだし、義理チョコの一つくらいなら、  
考えてあげないこともないけど。  
 
キョンが誰からも貰えないなら、手作りチョコを作ってあげないこともない。  
だって、かわいそうじゃない? 誰からもチョコもらえないなんて。  
 
クラスの男子も、そろそろバレンタインで浮ついてくるころだし、  
キョンを見てれば、当てがあるかどうか解るかもしれないわね。  
当てがなさそうだったら、チョコの一つも用意してあげるわ。  
 
そんなことを考えながら、数日が経った。  
キョンは、まったくバレンタインのことを気にしていない雰囲気。  
 
おかしい。あの煩悩の塊のような男が、男子高校生なら誰でも気にするイベントに  
関心を持っていないなんて、ありえないわ。  
 
とりあえず、キョンに関心を持っている女子がクラスにはいないことは解った。  
そりゃそうよね。キョンに興味を持つ女の子なんているわけないもの。杞憂だったわ。  
やっぱり、可能性があるとすれば、有希とみくるちゃんね。  
 
有希は、何となくそんなことはしそうにないんだけど、みくるちゃんは、どうだろ。  
何となく、バレンタインには、知ってる男子全員に義理チョコを送りそうな気がする。  
そこんとこを、はっきり知りたいわね。  
 
そんなことを考えているうちに、放課後になった。すぐに部室に向かいたかったけど、  
今日は、個別進路指導だ。まったく、何が進路指導よ。こっちは考えごとで忙しいのに。  
 
その後、やっと進路指導が終わって、部室に向かい、団長席に座る。  
 
はあ、やっぱり、ここが落ち着くわ。何が、将来のことよ。そんなことを、赤の他人に  
一々指図されたくないっての。高校三年間くらい、好きにさせて欲しいもんだわ。  
本当に腹が立つ。  
 
「みくるちゃん、お茶!」  
 
そう言って、四杯目のお替りを貰おうと部室を見渡すと、キョンがいなかった。  
 
あれ? いなかったっけ?  
まったく、どいつもこいつも、人の神経を逆なですることしかしないんだから。  
そう思いながら、携帯を取り出し、キョンの携帯をコールする。早く出なさい。  
数回の呼び出し音で、キョンの声が聞こえた。  
 
「どこにいんのよ」  
 
我ながら不機嫌な声。でも、仕方ないじゃない。部室にいなかったキョンが悪いんだから。  
キョンは、何処と無く不自然な口調で、シャミセンの具合が悪いので家にいる、  
とそんなことを言った。へぇ、何の病気?  
 
「シャミセンが脱毛症ですって?」  
 
思わず声が大きくなる。有希とみくるちゃんがこっちを向いた気がした。  
シャミセンがストレスを感じて円形脱毛症に罹ったらしい。猫がストレス?  
何か引っかかる。それに、キョンの口調もいつもと違う。  
誰かに聞かれたくないような、そんな感じ。  
 
何となく、有希とみくるちゃんを視界に捕らえたまま、  
 
「あんた、誰かと一緒にいる?」  
 
そう訊くと、キョンの反応が消えた。怪しい。でも、有希もみくるちゃんもここにいるし。  
まさか、誰か知らない女の人とどっかにいるなんてことはないんでしょうね。  
キョンは、誰もいやしねえよ、そう言って、シャミセンに替わるか、そう言って来た。  
 
シャミセンに替わるかって言ってくるってことは、やっぱり、家か。  
そりゃそうよね。キョンがあたしの知らないうちに、誰か女の子と親しくなってた、  
なんてことは、あり得ないわ。  
そう思って、シャミセンにお大事にって伝えるように言って、通話を切った。  
 
でも考える時間ができたんだから、まあよし。そうよ、どうするか考えないと。  
 
さっき、キョンに電話したとき、有希とみくるちゃんが反応した。  
みくるちゃんは、純粋にシャミセンが心配だったようだけど、  
有希は、ちょっと違うような気がする。  
有希は、キョンが家にいることを知ってたんじゃないかしら。何となくそう思う。  
そのことを聞いてみようか、そう思ったけど、やめておく。  
有希に変なこと言って、妙な雰囲気になるのは避けたい。  
わたしは、有希やみくるちゃんと、今のままの関係でいたいんだから。  
 
それより、バレンタインよ。バレンタイン。  
ただチョコ用意して渡すなんて、そんな平凡なことはできるわけがない。  
何か、こう、物凄く印象に残るような、忘れられないような形でって違う違う、そうじゃない。  
そうじゃなくて、あたしがあげるんだから、やっぱり普通じゃない形がいいわ。  
だって、SOS団団長があげるんだもの。  
あれ? いつの間に、チョコあげる前提になったんだっけ。ま、いいわ。  
 
その日は、どうやってバレンタインチョコを渡すか、そればっかり考えているうちに、  
下校時間となった。  
 
 
翌日、何も思いつかないまま、教室へ向かった。キョンはまだ来ていない。  
席に着いて、窓の外を眺めながら、頬杖をついて、考えをめぐらす。  
 
第一に、バレンタインでどうやって、チョコを渡すか。  
第二に、有希やみくるちゃんの、出方を知りたい。  
有希やみくるちゃんについては、考えてても仕方が無いので、直接訊いたほうがいい。  
でも、いきなり切り出すのもどうかと思う。何か勘違いされそう。  
いや、絶対、勘違いされるわ。でも、それとなく訊くってのも難しいわね。  
 
そんなことを考えていたら、キョンが教室に入ってきた。  
 
「シャミセンの具合どう?」  
 
そう訊くと、まあまあだ、って返ってきた。あまり心配する必要はないみたいね。  
そんなことを考えていると、少し躊躇する素振りを見せてから、声を掛けてきた。  
 
「なあ、ハルヒ」  
 
今、考え事してて忙しいのよ、そう思いつつ、なによ、と返すと、  
シャミセンを獣医に連れて行かなきゃいけない、だから、今日も、部室に行けないんだが、  
と、そう言ってきた。  
 
ふーん。ま、あたしも考え事があるし、キョンのいないとこで、有希やみくるちゃんに  
訊きたいこともあるし。そう考えると好都合かもしれない。  
 
「いいわよ、別に」  
 
そう答えると、驚いたような顔で、あたしの顔を見てる。  
何よ、その顔。あたしがダメって言うとでも思ってたの? まあ、確かに普通はダメなんだけど、  
今回は、ちゃんと理由があるから、いいのよ。  
 
呆けたような顔をしているキョンに、そのうち、シャミセンのお見舞いに行ったげるから、  
そう伝えて、あたしは、考え事に戻った。  
 
有希やみくるちゃんに、どう訊けばいいんだろ。  
 
放課後、部室に入ると、古泉くんが来てなかった。  
 
「古泉くんは?」  
 
そう誰にでもなく訊ねると、みくるちゃんが、  
 
「急にバイトが入ったので、今日は、部活をお休みしたいって言ってました」  
 
と言ってきた。  
 
ふーん、古泉くんも休みか。  
あ、これって、ますます好都合じゃない? 今なら、バレンタインのことを訊けそうね。  
さて、どう切り出したものか。  
 
団長席に着いて、みくるちゃんの淹れてくれたお茶を飲みながら、考えをまとめる。  
ふと、テーブルに向かって、本を読んでる有希の姿が目に止まった。  
何か、いつもと違う雰囲気。何だろう。そう思って、よく見てみると、  
どうもみくるちゃんを気にしているらしい。何度か視線をみくるちゃんに向けている。  
有希が、誰かを気にするなんて珍しいわ。みくるちゃんと何かあったのかしら。  
そんなことを考えていると、みくるちゃんが、  
 
「お茶のお替りどうですか」  
 
と声を掛けてきた。みくるちゃんは、いつもと変わらない。  
 
「そうね。頂くわ」  
 
そう言って、お茶のお替りを貰う。で、そういえばもうすぐバレンタインね、と、  
話題を振ろうとしたら、先に言われた。  
 
「涼宮さん、バレンタインどうするんですか?」  
 
お茶を噴きそうになる。  
 
「あたし、バレンタインってあまりよく知らないんですけど、鶴屋さんが、お世話になってる  
男の人にプレゼントする日だって言ってたから、キョンくんや古泉くんに何かあげた  
方がいいのかなって思って。鶴屋さんは手作りチョコがいいって言うんですけど、  
それでいいのかよく解んなくて」  
 
涼宮さんなら、こんなイベントとか詳しそうだし、と、そう続く言葉を聞きながら、  
とりあえず、第一関門突破、妙な安堵感とともに思った。  
 
「そうねぇ」  
 
とりあえず、どう話を展開させようかと考えてると、有希の声が聞こえた。  
 
「女性から男性に愛の告白をしてもいいとされている日。ここでは、チョコレートを渡して  
告白するのが一般的。それは菓子メーカーの宣伝によって定着した。チョコレートには、  
告白の意味を持たせたものと、そうでないものがある。告白の意味を持たせたチョコは、  
ユニークであることが推奨され、そうでないものは、比較的安価な既製品で済まされる場合が  
多い。それは一般的に義理チョコと呼ばれ、世話になっている、または、比較的親しい男性に、  
恋愛感情の有無とは無関係に渡される」  
「ちょ、ちょっと、有希、ストップ、ストップ」  
 
放っておいたら、何時まで話すのかしら。というか、こんなに話す有希を、初めて見た。  
 
「え? じゃあ、手作りチョコをあげたら、告白だと思われちゃうんですか?」  
 
ちょっと顔が赤いわよ、みくるちゃん。なに考えてんの?  
 
「まあ、そうなんだけど、別にそうとは限らないわ。別に、告白の意味じゃないって伝われば  
いいんだもの。日頃の感謝の気持ちってね」  
 
そう言って、みくるちゃんに訊ねてみた。  
 
「で、みくるちゃん。キョンや古泉くんにチョコあげるの?」  
 
「は、はい、そうですねぇ。渡そうと思います。でも、売ってるのをそのまま渡すのも、  
感謝の気持ちが伝わらないような気がしますし、でも、手作りだなんて……」  
 
だから、顔が赤いってば。そんな顔で渡したら、キョンでなくても勘違いするわよ。  
 
「有希は?」  
「わからない……。でも」  
「でも?」  
「チョコレートは渡したい」  
 
ふーん。やっぱり、チョコをあげたいんだ。  
 
「涼宮さんは、どうするんですか?」  
「え? そ、そりゃ……」  
 
えーと、何て言えばいいんだろ。みくるちゃんは、渡すつもり。有希も、渡したいらしい。  
でも、ここで、手作りチョコを渡すつもりよ、とは言い難い。なんでかわかんないけど。  
 
「そうね。キョンや古泉くんになら、チロルチョコでも……」  
 
そう言い掛けて、ある考えが頭に浮かんだ。  
 
「ねえ、ただ渡すのも何か癪じゃない? だからね」  
 
あたしは、有希とみくるちゃんに、さっき思いついたアイデアを話した。  
 
宝探しよ、宝探し。キョンと古泉くんに宝探しをして貰うの。  
で、そのお宝として、あたしたちのチョコレートを用意しておくのよ。  
そうすれば、見つけたとき、二重の意味で喜ぶんじゃない?  
 
「えぇー、チロルチョコで、そこまでして貰うんですか?」  
「違うわよ。チョコは、ちゃんとしたのを用意すんの。そうね、手作りでもいいわ。  
少なくとも安物はダメ。それに、あたしたちの分を一緒に渡すんだから、抜け駆けもなしよ」  
「抜け駆けってなんですか?」  
 
口が滑った。  
 
「な、なんでもないわよ、というか、ほら、みくるちゃんがチョコ渡したりすると、  
キョンとか、勘違いして、みくるちゃんに迷惑かけそうでしょ?」  
「はあ……」  
「だから、わたしたちのチョコは、一緒に渡すの。どう?」  
 
そう言って、有希を見ると、微かに頷いたようだ。  
みくるちゃんは、少し考えてたようだったけど、それも面白いかもしれませんね、と言って、  
同意してくれた。  
 
じゃあ、具体的に考えましょ、そう言って、あたしたちは、一緒に考え始めた。  
こんなのも楽しいわね。でも、宝探しの方法は、中々思いつかない。  
部室の中に隠して、さあ探しなさい、なんて言うのも、意外性がない。  
 
こんなときは、古泉くんに相談したいとこなんだけど、さすがに今回の件は、相談できない。  
有希、何かアイデアはない?  
 
「屋外での宝探し」  
「うーん、それは良いんだけど、準備が大変ね。場所を決めて、宝の地図も書かなきゃいけないし」  
「あ!?」  
「どうしたの? 何か思いついた?」  
「そういえば、前に、鶴屋さんが、家の蔵から宝の地図が出てきたって言ってました」  
「え? 鶴屋さんが? 蔵から? それって、本物のお宝の地図じゃないの?」  
「はい。でも、地図があっても埋めた場所が書いてないから、たぶん、何かの冗談だと……」  
 
ピンときた。  
「それよ」  
 
ぽかんとしているみくるちゃんと、相変わらず表情のない有希を交互に見て、あたしは言った。  
 
「それを借りましょ。そして、その地図で宝探しをするのよ」  
 
下校時間になり、家に帰ったあたしは、夜、鶴屋さんに電話をかけた。  
みくるちゃんから、宝の地図の話を聞いたことを話し、その地図を貸して欲しいと伝える。  
 
「それはいいけどっ、これ、何もでないと思うよっ」  
「うん、それはいいの。お願いするわ」  
 
鶴屋さんは、明後日には、その地図を貸してくれると言ってくれた。  
よし、これで、材料はそろった。後はシナリオね。不自然にならないシナリオ。  
どんなのがいいかしら。  
苦労して探して、見つけたときに意外性を感じる。そんなのがいいわね。  
 
翌日、すっきりしない気分で、学校へ向かった。  
あれから随分考えたけど、これというシナリオが思い浮かばない。  
バレンタインチョコだと意識させずに、見つけたときに、意外に感じる方法。  
席に着き、窓の外を眺める。  
 
「よっ、ハルヒ」  
 
キョンの声。本当にあんたって、悩みがなさそうで、いいわね。  
シャミセンのことを訊くと、大丈夫だと返ってきた。そう。  
 
「どうした? ここんとこ元気ねえじゃねえか」  
「あたしはいつもと変わらないわ。ちょっと考えごとをしてるだけで、あんた、あ」  
 
明日、そう言いかけて、口を閉じる。あぶなかった。  
明日は、鶴屋さんに、宝の地図を部室に持ってきてもらって、宝探しイベントを  
発表するつもりだった。  
ここで、キョンに知られたら、キョンの驚いた顔が見れなくなるじゃない。  
話を変えなきゃ。  
 
「あんたこそ、今日は部室にくるの?」  
 
まだシャミセンが万全じゃないらしく、今日も看病したいらしい。  
何か引っかかりを感じるけど、まあ、いいわ。そのほうが好都合だし。  
それに早くシャミセンの具合が良くなって、明日は、キョンに部室に来てもらわないとね。  
その後、二言三言、シャミセンの話をして、  
あたしは、また宝探しイベントのシナリオを考える作業に戻った。  
 
放課後、部室で、宝探しのシナリオを考える。有希やみくるちゃんと相談したいとこだけど、  
今日は、古泉くんがいる。不用意に三人で話し合うと、気付かれるかもしれない。  
今日は、それぞれ考えて、後で、三人の意見を合わせることにしよう。  
 
で、考えてるんだけど、どうしても意外性が足りないのよね。  
 
本物っぽい宝の地図を手は、もうすぐ手に入る。  
事前にチョコを、その地図に書かれている、それっぽい場所に埋める。  
その後、その地図を持って、宝を探しに行く。  
そして、キョンと古泉くんが、チョコを掘り当てる。よろこぶ、キョンと古泉くん。  
 
うーん、展開がストレートすぎる。何かこう、もう少し捻りが欲しいわね。  
 
お茶のお替りを貰おうとして、顔を上げたら、古泉くんと目が合った。  
キョンがいないので、何か手持ち無沙汰らしい。  
思いついて、古泉くんに訊いてみる。  
 
「古泉くん?」  
「え? あ、はい、なんでしょう」  
「たとえばさ、何かを隠して、探す側がそれを見つけたときに、そんなところにあったのか、  
それは盲点だった、なんて思えるようなものの隠し方って、何かある?」  
「え? なんですか? ミステリか何かですか?」  
「ま、そんなとこね」  
「そうですね。たとえば木を隠すなら、森の中とか」  
 
たくさんのチョコの中から、目的のチョコを見つけ出す? なにそれ。  
宝探しとは何の関係もないじゃない。  
 
「うーん、そうじゃなくて……」  
「あ、こんなのは、どうです?」  
 
古泉くんは、嬉しそうな顔で、オーバーアクション気味に人差し指を額に当てながら言った。  
 
「一度探したところは探さない。これは非常に有名な古典的トリックで――」  
 
一度探したところは探さない? そうか、一度探したけど見つからなかった場所。  
ミステリの定番じゃない。それよ、それ。  
 
「ありがと、古泉くん。さすがSOS団副団長ね」  
 
まだ、何か話し続けていた古泉くんに礼を言うと、あたしは、みくるちゃんと有希に  
目配せした。ちょっとは面白くなりそう。  
 
ふと、顔を上げると、古泉くんがぽかんとした顔で、こっちを見てた。まずい。  
何か勘付かれたかも。とりあえず、笑って誤魔化しておく。  
ま、どっちにしろ、宝探しはするんだし、古泉くんのことだから、今の質問も  
宝探しに関連付けて、勝手に納得してくれるわ、きっと。  
 
そうこうしているうちに、下校時間となった。有希が読んでいた本を閉じる。  
 
「じゃあ、また明日!」  
 
その夜、鶴屋さんから電話があった。キョンに宝の地図を渡したらしい。  
もう、なんてことを。びっくりさせたかったのに。  
 
「ははっ、ごめんごめん。キョンくんがシャミ連れて散歩してんの見かけたからさっ」  
 
ま、でも、宝探し自体がサプライズじゃないし、それに、鶴屋さんには、内緒にしてくれって  
頼んでたわけでもない。とりあえず礼を言って、明日、部室に来てくれるように頼んだ。  
なぜって、そのほうが地図の信憑性が上がるじゃない?  
鶴屋さんの快諾を得て、電話を切る。  
 
でも、シャミセンの散歩って変じゃない? 猫を散歩に連れ出すなんて初めて聞いた。  
何か気になるけど、まあ、鶴屋さんが言ってるんだから、そうなんだろうな。  
キョンって変なやつだし。でも、そこがいいんだけどって、なに考えてんのよ、あたしは。  
 
もう、寝よ。  
 
次の日、席に着いて教室の入り口を見ながら、キョンが登校してくるのを待つ。  
本当に、いつも遅いんだから。不思議探しのときだって、いつも最後に現れるし。  
そんなことを考えていると、キョンが教室に入ってきた。  
 
「キョン!」  
 
そう言って駆け寄る。一刻も早く地図を確認したい。  
 
「聞いたわよ、早く出しなさい」  
 
キョンは、何か別のことを考えていたようで、一瞬、なにを? と言いたげな顔をした。  
イラつくわね、その反応。鶴屋さんから預かってきたものがあるでしょ。  
 
キョンが、どうしたんだお前、何か別人みたいだぞ、みたいなことを言ってくる。  
それに適当に返事して、  
 
「それより! 早くよこしなさいよ」  
 
忘れてきたって言ったら、ダッシュで取りに帰らせるからね。  
 
そんなどうでも良いようなやりとりの後、やっと、キョンが、巻物みたいなものをカバン  
から取り出した。速攻で、ひったくる。  
 
まったく、たまには、さっさと言った通りにできないものかしらね。  
なによ、その興味のなさそうな顔は。宝の地図よ、宝の地図。  
もう少し、驚くとか、興味深そうな顔をするとか、何かあっても良いんじゃないの?  
 
「あんた、これもう見た?」  
 
そう訊くと、  
 
「いや、まだだ」  
 
と答えが返ってきた。  
何なの、その無感動なリアクションは。少しくらい、わくわくしても良いんじゃない?  
 
あたしは、ひとしきり不満を口にしながら、席に戻ると、地図を開いた。  
本物っぽい、というか、これ本物だわ。本当に古い和紙に、地図が記されている。  
まさに古文書って感じ。地図に見入っていると、キョンが話しかけてきた。  
 
「おい、ハルヒ」  
 
今、忙しいのよ、あたしは。  
そう思いながら返事すると、鶴屋さんが地図をキョンに渡したことを、いつ知ったんだ、  
とか訊いてきた。  
 
昨日、電話で聞いたわ。あんた、シャミセン連れて、散歩してたそうね。  
シャミセン、だいぶ良くなってきたみたいで、安心だわ。そう適当に答える。  
でも、あんたの奇行にはあきれるわよ。猫連れて散歩だなんて。  
 
地図を見ると、署名が入っている。やっぱり、本物だわ、これ。  
確かに、宝の場所とかは記されてない。でも、何かありそうな雰囲気を感じる。  
 
でも、きっと鶴屋さんの言ってた通りなんだろうな。子孫への悪戯。  
鶴屋さんとこ、代々お金持ちだもん。そんなこともあるんだろな、羨ましい。  
 
相変わらず、気乗りしないようなキョンの話に適当に応えていると、岡部が教室に入って  
きた。前を向くキョンの背中をシャープペンの先で突付きながら、  
 
「放課後、部室でミーティングだからね」  
 
と、言った。今日は部室に来てくれないと困る。キョンは何も言わなかった。  
今日は、放課後、宝探し計画を発表するつもりなんだから。  
SOS団緊急特別ミーティングってとこかしら。  
 
最後の時限が終わってすぐ、キョンの腕を取って、部室に向かう。  
少し強引だけど、ここで帰られたら困るから。  
キョンも今日はシャミセンの相手をしなくても良いようだったし。  
 
「ハーイ! お待たせ!」  
 
部室に入ると、みんな、もう来てた。キョンにシャミセンのことを訊くみくるちゃん。  
ちょっとみくるちゃん、顔が近いわよ。そう思って少しむかつくけど、まあよし。  
キョンが部室に来るのも久しぶりだもの。  
キョンにお茶をこぼすみくるちゃんは、やっぱりかわいいわね。  
 
鶴屋さんは、まだかしら。そう思いながら、思わずキョンを見てしまう。  
宝探しの件は、もうバレちゃったけど、少しは驚きなさいよ?  
でも、本当のサプライズは、別にあるんだからね。  
 
そんなことを考えていると、ドアをノックする音がした。  
 
「やっほーい! 来たよんっ」  
 
鶴屋さんだ。席を立って、入り口まで出迎える。  
 
「待ってたわ。どうぞどうぞ、どんどん入っちゃって!」  
 
ドアを開け、そこに立ってた鶴屋さんを、部室に招き入れた。  
 
みくるちゃんに、鶴屋さんにお茶を出すようお願いして、ホワイトボードに  
宝の地図を貼り付ける。  
鶴屋さんが地図について説明した後、あたしは、だからなんだ、みないな投げやりな  
視線を向けているキョンに、だから宝探しをするのよ、と伝え、みんなに向かって宣言した。  
 
「決行は明日よ!」  
 
そして、みんなの様子を眺める。むう、誰も驚いてない。どういうことよ。  
少しは驚いてもいいんじゃないの? 古泉くん?  
ほら、キョン、リアクション忘れてるわよ。言ったとおりに驚きなさい。  
 
「えっ、えっ。宝探しですか? 明日行くんですか?」  
 
みくるちゃん、ナイスリアクション。さすがSOS団主演女優だけあるわ。  
でも、宝探しより、明日行くってことに驚いているってのは、どーなのよ。  
 
そんなことを考えながら、あたしは、明日の行動予定を話し始めた。  
キョンは、鶴屋さんとみくるちゃんを交互に見詰めて、何か考えてるようだった。  
なに考えてんのかしら。どうせ、やらしいことでも、と思ったら、腹が立ってきた。  
 
「キョン、ちょっと! あんた聞いてんの?」  
 
あたしの声に、夢から覚めたような間の抜けた顔を向けるキョン。  
やっぱり、変なこと考えてたんだわ。むかつくわね。  
 
「いい? 明日は動きやすい格好で来ること!」  
 
そう言って、明日持ってくるものを列挙し、みくるちゃんに、書き留めて貰う。  
 
明日は、結局、何も見つからないだろうけど、それはそれでいいのよ。  
本番に向けた下準備だから。でも、ピクニックには違いないわ。それはそれで楽しそうだしね。  
雨降らなきゃ良いけど。  
 
そんなこと考えてたら、調子に乗って、本格的な登山に必要なものまで、列挙していた。  
鶴屋さんの笑い声で、あたし自身、少し浮かれていることを自覚する。  
 
だって、楽しいんだもん。それに、もしかしたら本当にお宝が出てくるかもしれないしさ。  
 
「気合入れて、行きまっしょう!」  
 
そう言って、ミーティングを締めくくり、キョンの姿に目をやると、安心しているような  
穏やかな表情をしてるのに気が付いて、あたしは、少し嬉しくなった。  
 
その後、埋まってる宝について調べたり話したりしてるうちに、下校時間になった。  
 
「途中まで、みんな一緒に帰りましょ」  
 
そう言って、みんなで下校する。有希のマンションが見えてきたあたりで、  
 
「また明日。遅刻は罰金だからね」  
 
と、家に向かう振りをして、それぞれ、自分の家のほうに歩いていくのを確認した後、  
あたしは、有希の後を追いかけた。  
 
「ね、ちょっと話しというか、相談があるんだけど」  
 
有希には、マンションのかなり手前で追いついた。走ってきたので、少し息苦しい。  
 
「で、みくるちゃんも一緒に……」  
 
息を整えながら、そう言うと、有希が頷いた。  
すぐに携帯を取り出し、みくるちゃんを呼び出す。  
宝探しとバレンタインチョコのことがあるから、みくるちゃんも、すぐにこっちに  
向かうといってくれた。  
 
「少し落ち着いて話がしたいわ。どこか、喫茶店に入ろうか」  
 
そういうと、有希が、  
 
「うちに」  
 
と言って、マンションに向かって歩き始める。  
そうか、有希の家なら誰もいないし、そう思って、有希の後について歩きながら、  
みくるちゃんに、有希のマンションの前に来るように携帯で伝えた。  
 
 

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