あからさまなほど不自然な事に、それは何故かベッドの真ん中に置いてあった。  
 
「あら、何かしらこれ……はっはーん。  
 さてはこのディスクにこの事件の手がかりがあるのね。そうに決まってるわ」  
 
「お前、さっき二月遅れの五月病とか言ってたばっかだろうが」  
 
「てっきり部屋の隅っこで丸くなって引き篭もってるものと思ってたのよ。  
 でも実際、どっかに消えてるのは間違いないじゃない。別の真相があるのよ」  
 
言われてみればそれもそうかと納得して、さて何だこれは、という話になる。  
 
『それ』は何かはもうわかるだろう。ディスクだ。CDかDVDだろう。  
ところでSOS団にはパソコンがあるわけだが、俺達はCDにもDVDにも詳しくない。  
何の図案もないまっさらなディスクを見てPC用記録メディアだとわからないレベルだった。  
 
「確かに。これはあからさまに嫌な感じがしますね」  
 
「……異質な情報の痕跡が残っているが、無視できるレベル」  
 
古泉や長門ですらそんな感じでシリアスに会話してる始末なのだ。  
ハルヒは言うまでもないとして、朝比奈さんや俺も別の意味で言うに及ばず。  
結果として全員が本当にこれを怪しいと思った。思ってしまった。  
 
「おや、ケースの帯に何か書いてありますね」  
 
「え、見せて見せて……あ、ほんとだ」  
 
ハルヒは古泉から乱雑な動作で透明プラケースを奪い取る。パキリと嫌な音がした。  
 
「えーっと、なになに……『ミステリックサイン』?  
 何の事かしら。ミステリーの香りがするわね。何かのサインかしら」  
 
幾らなんでも直截すぎるだろ、その感想は。  
普通に考えたら映画かアルバムのタイトルだろ。  
 
「……う、うるさいわねっ!  
 わかってたわよ。今のはちょっと団員の知恵を試してみただけ!」  
 
へいへい。ご期待いただきありがとうよ。  
……まぁそんなこんなで、他に成果もなく、俺達はコンピ研部長の部屋を後にした。  
 
「本当に何の痕跡もありませんねぇ。手がかりはあのディスクだけですね。  
 ところで、あれは涼宮さんに持たせておいて大丈夫なものですか?」  
 
「特に問題はない」  
 
長門からも安全のお墨付きをもらい、俺達は解散する事にした。  
 
 
 
 
 
 
なし崩しのうちにハルヒが勝手に持ち帰って調べる事になってしまっていたので、  
そのディスクの正体を知るために翌日の放課後を待たなければならなくなった。  
 
「あー、もう、何なのよこのディスク!  
 CDラジカセでもDVDプレイヤーでも再生できないし!」  
 
布ケースに収められたディスクを取り出しながら、ハルヒは言った。  
ところでつかぬ事を伺うが、本来あったはずのプラケースはどうなった?  
 
「ちょっと乱暴に扱ったら壊れちゃったのよ。全く安物は駄目ね」  
 
案の定だし酷い話だが、大いに同意する所だね。  
全く、CDケースってのはどうしてあんなに脆いんだ。  
かく言う俺も先日古泉から借りたアルバムのケースを割っちまったばかりだし。  
 
「待ってください、あれはお気に入りだったんですけど。割ったんですか?」  
 
歌劇のように悲壮な表情を見せる古泉を無視しつつ、  
さてこのディスクはいったい何なんだと俺達三人は首をひねった。  
ああ、三人目は朝比奈さんな。この人は光る円盤を見たカラスのような表情だった。  
ひょっとしてディスクそのものが珍しいのか?  
ちなみに長門はそんな俺達を尻目に本を読み、  
古泉は無視された事に拗ねてソリティアに没頭し始めていた。  
 
「なんか引っかかるのよねぇ、喉まで出掛かってるような。  
 もう少しで思い出せそう……あーもう、みくるちゃん、お茶!」  
 
「あ、はい!」  
 
あわててお茶の準備にかかるメイド朝比奈さんを見て、  
ああそう言えば俺も仕事を言いつけられてたなぁ、と思い出した。  
というかよく考えたらこのディスクの正体が判明しなくても俺は全く困らんのだ。  
 
「なぁ、ハルヒ、とりあえずそこ退けよ。パソコン使うから」  
 
「何よキョン。あたし推理に忙しいんだけど。  
 だいたいね、あんた団長に対する忠誠心とか任務への情熱ってもんはないの?  
 あたしが世紀の難問に唸ってる隣で一人だけブログ見て楽しもうっての!?」  
 
「ブログか。実際、日記とかどうだ? SOS団ホームページのネタにできんか?  
 ……いや、ともかくWEBサイト元に戻すだけやっときたいんだ。いいから退け」  
 
首根っこ掴んで立たせようとするが、臍を曲げたハルヒは応じなかった。  
 
仕方ないので脇の下に手を通して羽交い絞め、無理やり立たせる。  
 
「あ、こらキョン、触るなっ!」  
 
「いいから退けっつってんだろ。考え事なら俺の椅子に座ってでもできるだろ」  
 
ハルヒは不思議と抵抗弱く直立したが、  
後から慌てて気付いたように俺の手を振り払った。  
 
「……今あたしの胸触ったでしょ」  
 
「知らんよ。どうでも良い」  
 
そう言い捨てて(いや、痩せ我慢だがね。柔らかかった)椅子を乗っ取る。  
ハルヒはなおもブツブツ言っていたが、諦めてくれたのかその場を離れ、  
憤懣やるかたないという様子で俺の席にのしかかって座り込んだ。  
 
「……ばか」  
 
と言って机に両手を投げ出して頭を突っ伏し、  
うだうだと何か考え始めたようだ。どうせロクな考えじゃあるまいよ。  
 
ところで、気付けば団員三人の視線が俺達に注がれていたのは何故だろう。  
物凄い憮然とした表情で「馬鹿ですか貴方達は」と問いかける視線である。  
実にいたたまれない。穴があったら入りたい気分だ。  
 
パソコンのスイッチを入れるのが、まるで視線から逃げるために俯いたようにさえ思えた。  
DVDドライブの空回りする音とハルヒの空回りする繰言だけが、部室を支配していた。  
 
……いやちょっと待て。俺は今、何と考えた?  
―――あ、そうか。そうだな。  
 
「なぁハルヒ」  
 
「何よ!」  
 
「いや、例の謎のディスクの事なんだけどな。  
 ……パソコン用のディスクじゃないか?」  
 
古いCDラジカセの蓋を開けた時のようにハルヒが飛び跳ねた。  
 
「それよ! どうして気付かなかったのかしら!  
 お手柄ねキョン! あんたもたまにはやるじゃない」  
 
極上の笑顔でねぎらう団長様を見て、俺が辟易した事は言うまでもない。  
ところで、なぜかさらに物凄く生暖かい視線が注がれたのは一体何故だろう。  
 
 
結論から言えば、俺の閃きは正解だった。  
DVDドライブは軽やかに音を立てて謎のディスクを解析し、  
やがて一つのウィンドウに一つのファイル名を吐き出した。  
 
ミステリックサイン.gca  
 
さて、そこからがまた一苦労だったのだが、詳細は割愛する。  
この不条理な謎を解き明かすために助力してくれた協力者には感謝の念を惜しまない。  
ありがとうgoogle。  
ともあれフリーウェアの圧縮・解凍ソフトをダウンロードし、  
謎のファイルはかなり長い時間をかけて二つのフォルダと二つのファイルに分解された。  
 
dataフォルダ。saveフォルダ。Mystsign.exe。ついでにMystsign.ini。  
ちなみに、exeファイルのアイコンはオカルト風味な魔法陣風だった。  
 
「怪しいわね」  
 
ハルヒが言って、さすがに全員が同意した。  
これを怪しくないと判断する奴はSOS団にはいなかったのだ。残念な事に。  
 
どうでもいいが、五人がかりでディスプレイを見つめていると狭っ苦しくて困るな。  
朝比奈さんや長門はともかく、両隣がハルヒと古泉ではなぁ。  
というか俺の肩に手をかけるな古泉。何度も言うが気色悪いんだよ。  
 
「で、どうするよ。実行してみるか、これ?」  
 
「実行した途端にパソコンが壊れたりしませんか?  
 確かウィルスとかワームとかトロイとか、そういうものもあると聞いてますが」  
 
「ひぃ、や、やめましょうよ、そんなの。怖いですよぅ」  
 
ウィルス、ワーム、という単語を聞く度に、  
まるで黒死病の名を出された中世欧州の農民のような声で震える朝比奈さんだった。  
俺は未来におけるコンピューターウィルスの在り方について奇妙な疑問を抱いたが、  
『救世主たるプログラマのための第一教会』的な事を聞かされても困るので黙っていた。  
それにどうせ禁則事項だろうしな。  
 
「大丈夫よみくるちゃん。壊れたら新調すればいいのよ」  
 
どこからだ、と聞くのも愚問の極み。  
とはいえ実際、mikuruフォルダの事さえなければ惜しいデータもない。  
そしてまさかこいつらの目の前で画像フォルダを他に移すわけにもいかない。  
まぁ仕方ないか。サーバードメインのパスワードはちゃんとメモってあるしな。  
 
「OK。じゃ、いくわよ!」  
 
ポン、と無駄に勢いよく、謎のアプリケーションがクリックされた。  
 
 
 
 
 
 
『NOTICE  
   
 本作品はフィクションです。  
 登場する人物名、地名、設定等は全て架空のものであり、  
 実在するものとは一切関係ありません。  
 
 作品中には暴力的・残虐的シーン、犯罪行為など、  
 過激な表現が含まれています。気分を害するおそれがありますのでご注意ください。  
 犯罪行為を絶対に真似しないでください。ユーザー各位の良識を強く期待します』  
 
 
 
 
 
 
そんな注意書きが数秒ほど表示され、ムーディーな伝奇的音楽が流れ出した。  
パソコンの画面はノワールでミステリックな幾何学的イラストによって完全に占領され、  
画面上部には洒落た漫画的字体で『Mysteric Sign』と銘打たれている。  
ご丁寧にも片隅に『ミステリックサイン』とカタカナ表記も併記されている。  
そして、その下には『START』『LOAD』『CONFIG』『EXTRA』『EXIT』の表記。  
 
マウスを動かして『START』の上に乗せると、効果音と共にフォントの色が反転した。  
 
ハルヒはというと、もうこれが何なのか理解しているのだろう、唖然としていた。  
長門は何の反応もなかった。朝比奈さんはまだわかっていない様子だった。  
古泉もわかったのだろう。肩をすくめて『やれやれ』という表情だった。俺の真似をするな。  
 
しかし、やれやれ。  
 
「……ただのゲームかよ」  
 
と言うしかなかった。妙な期待を持たせやがって。  
 
「なるほど。ゲームですか。良いですねぇ。ゲームという言葉だけでとても心躍ります」  
 
そりゃお前はそうだろうよ、ゲームフリークの古泉。  
俺もゲームに興味がないと言えば嘘になるが、こいつほど異常じゃない。  
 
「どうします。少し遊んでみますか?」  
 
「……どうしよっかなぁ。  
 これ、あのコンピ研部長のゲームでしょ? なんかヲタ臭くない?  
 あたし嫌よ、ヒロインが可愛いだけのくっだらない内容のゲームなんて」  
 
ああ、そういうゲームも実際あるらしいな。俺は買った事ないんだが。  
というかさハルヒ、先輩にコスプレさせて喜んでる奴が言って良い台詞か、それ?  
 
「そんな低俗な内容には見えませんがね。むしろハードボイルドな雰囲気です」  
 
確かにそうだが、ハードボイルドにキメようとして失敗した駄作かもしれんぜ。  
などとグダグダ駄弁りながら画面を見ていて……俺はある事に気付いた。  
まずいな。ハルヒにやらせちゃいけない性質のゲームかもしれん。  
 
「……ま、いいだろ。気が乗らんならまたにしようぜ。ゲームならいつでもできる。  
 ヲタ臭い部長氏とやらの手がかりじゃなさそうだしな」  
 
そう言ってマウスを操作し、『EXIT』をクリックして終了。  
 
「さて、手がかりと思ったものはただのゲーム。展開は振り出しに戻ったな。  
 どうする、ハルヒ。もう一度部長氏のワンルームに行ってみるか?」  
 
ハルヒは俺の方を見て憮然とした表情を浮かべたが(実はやりたかったのか?)、  
ゲームは目的でなく証拠品に過ぎないという事実をようやく思い出したのだろう。  
 
「……そうね。コンピ研の方に行って部員を締め上げてみましょう。  
 どうせ大した事は知らないでしょうけど、尋問すれば何か吐くでしょ」  
 
恐ろしく人権意識の欠けた発言と共に、出口に向かっていった。  
 
「……それで、どうしてゲームを止めさせたんですか?」  
 
古泉が小声で俺に問い質し、朝比奈さんがそれで初めて気付いたように俺を見た。  
長門はOSの基本表示に戻った画面を見つめていたが、耳はこっちに向いてるようだ。  
 
「どう考えても普通のゲームじゃない。  
 古泉、お前は気付かなかったのか?」  
 
「……いえ、コンピューターゲームには詳しくないもので。怪しいのはわかりますが」  
 
「私も全くわかりませんでしたぁ……」  
 
いやまぁ、俺も気付いたのはほとんど偶然みたいなもんだ。  
普通は言われなきゃわからない。ゲームに慣れてなきゃなおさらだ。  
 
 
 
 
 
 
『Mysteric Sign』の何が怪しいかは一旦さておくとする。  
 
ハルヒは部長氏よりもはるかにヲタ臭い連中を本当に締め上げ、  
あげくにコンピ研の部室を隅から隅まで家宅捜索したが、良い情報はなかった。  
その調査活動の過程で数人の若きコンピュータ研究家が人間の尊厳を破壊されたが、  
贔屓目でみても元々大した尊厳があるようには見えないのでこれはまぁ良しとする。  
 
酷い差別だって? ああ、俺もそう思うとも。  
ただなぁ、パソコンのデスクトップにアニメのエロ画像使ってるのとか見てどう思うよ?  
そりゃ朝比奈さんも悲鳴を上げるし、長門も虫を見るような目で見るし、  
ハルヒも……いや、ハルヒの例はあまりに凄惨すぎるから止めとこう。  
ともかく、そんな感じでコンピ研一同はその行状を白日の下にさらされたわけだ。  
 
しかもそこまでやっておいて成果はほぼゼロ。悲惨としか言いようのない事態だった。  
 
「ああもう、今日は散々だわ!  
 全く、こんなとこ来るんじゃなかった!」  
 
心底報われない話だ。誰にとってもな。  
この分だと古泉も辛かろう。閉鎖空間を舞台に繰り広げられる激闘をお楽しみに。  
などと思いつつ古泉を見ると、部員から接収した古いゲーム情報誌の束を手に笑っている所だった。  
どうもこいつはデジタルなゲームにも手を出す気になったらしい。幸せそうで良い事だ。  
古泉がそんな形で報われた所で何の救済にもならんのだが。  
だがそうだな、じっさいゲームで幸せになるのは良い事だ。  
 
「なぁハルヒ。帰りにゲーセンにでも寄ってかないか。気晴らしにさ」  
 
ハルヒの機嫌が文字通り運命に関わるSOS団としては何か対策を打ち出す必要があり、  
したがって俺が独断でこのような提案をする必要もたまにはある。  
 
ハルヒは俺の脈絡のない提案に、きょとん、としか形容しようのない表情を浮かべたが、  
やがてそれは満面の笑みに取って変わられた。  
 
「そうね、付き合ったげる! 今宵はキョンのおごりでゲーム大会よ!」  
 
「やぁやぁそれは楽しみだ!」  
 
「ふざけんな、誰も金を出すとは言ってない! 特に古泉!」  
 
ともあれ、その日のSOS団の活動は、なんとか終わりよければ全てよし、  
と言える状態に持ち込めた。やれやれだぜ。  
 
 
 
 
 
 
さて、実際の所、この日の俺は詰めが甘かったと言わざるを得ない。  
『Mysteric Sign』なるゲームは異常である、という事実に気付いておきながら、  
そのオリジナルのディスク(いや、ただのCD−Rだが)の処分を忘れていたのだから。  
 
それまでの言動からハルヒは自宅にパソコンを持っていないはずだ、  
と事実関係を類推していたのがまずかったのかもしれない。  
よく考えれば、それまで持っていたかどうかなどハルヒには関係がないのだ。  
あいつが『ゲームをしたい』と望めば、その時点でゲーム専用機が出現するのだから。  
 
つまりハルヒはその日の夜に『Mysteric Sign』をプレイしたのだ。おそらく夜更けまで。  
この一連の話における真の異変の発生は翌日の朝だったから、これはまず間違いない。  
 
 

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