番外・冬 【winter alone】
日本は島ごと凍り付いててしまったのではないかというくらいに冷えきった朝だった。
こんなに寒いのも通学路の地獄坂を芝刈機のように震えながら上っているのも、それは今が冬だからである。
一ヶ月ちょい前にあった入学して二回目になる文化祭がやたら暑かったと思えば、十二月になった途端に急激な寒波が到来し、今までの温暖は一体どこへやら、ど忘れを思い出したかのような冷え込みだ。
秋はもう、滑稽な掛け声と共に両手の人指し指を突き出す某お笑い芸人の如く消え失せてしまったのか、母なる大地よ。
いつぞやに起った地球の歳差運動の微妙なズレが、この事態に繋がったのではないか、そもそも歳差運動とは何だっけと思案していると、
「よっ、キョン」
誰にとってとは言わないが二酸化炭素並の存在でしかない、軽薄な男が俺の肩を叩いた。
立ち止まるのもおっくうなので歩を進めながら振り返る。
「よう、たにぐ……」
谷口の顔を見て多少なり驚いた。いつもの自分では二枚目だと思っているであろう、下品なニヤケ面ではない。
「もうすぐ冬休みだな」
いきなり何だ。
というかその狙っていたクラスメイトの可愛い子が野郎と腕を組んで歩いているのを、街を歩いていて遠巻きに偶然見つけてしまったような遠い目はやめろ。
真っ直ぐ俺を見ろ。いや、やっぱりやめろ。
「もう二年も終りだろ。次は三年だぜ」
まあそうなるな。これ以上単位を落とさないことが必須条件だが。
「やっぱ受験生だろ。そうなると遊ぶに遊べないな」
てっきり谷口は就職かと思っていたが、やはりいくらアホの谷口でも日本の経済状況は把握しているらしい。
「今の内に思いきり遊んでおくべきだぜ。遊べる内に、な」
そんな何処かのハイカラ女…フランクだったか?…が言い出しそうなことを真顔で言うな。
というかお前はいつも心から遊んでいるだろう。国木田の腕を引いて街に繰り出していた昨日のお前は影武者か。
とはいえ、俺も真剣に進路を考えねばなるまい。漠然と進学はしたいと考えてはいるのだが。
まあ、なんとかなるだろう。
俺は根拠もなく確信し、意味もなく顔を上げてみる。
今にも白い結晶が舞い降りてきそうな、それでも澄んでいる冬の空が広がっていた。
あらかじめ言っておく。
この時の俺はこのまま月日が流れ、何食わぬ顔で三年間の高校生活を終えると思っていた。
だがまさかその締め括りになる、卒業式の後で、衝撃の事実を知ろうとはな。
俺の知らないうちに、膨大で、絶大な物語はもう始まっていたのだ。
その日は何事もなく、普段通り順調に終わった。
授業はやたらファンシーな夢を見ている間に終わり、放課後のSOS団の活動も、相変わらず何がしたいのか分からない。
「もう今年も終わりですねえ」
右手で白のポーンをもてあそびつつ、オブラードよりも薄い笑みを浮かべた古泉が言った。
「気が早いだろ」
俺は肩をすくめながら自陣のルークを前進させ、敵陣最後尾にある同じものを奪う。
三年になるのは随分先の話だし、今年もまだ後半月以上ある。何処かのアホみたいなことを言うな。
「いえ、間もなく涼宮さんが焦り始める頃合かと思いまして」
何か不手際が起こる前に、心の準備をしていて損はありませんよ、と続けながら白のキングを逃がした。
まあな。だがあいつの行動は、たとえ明日エイリアンが攻めてきても大丈夫なような万全な準備をしていても、結局無駄になるのは分かりきっているだろう。
やれやれ、今度は何をしてがすつもりなんだ。
逃げた王様を追い掛けクイーンでチェックをかける。王様はさらに逃げた。
「あいつも、もう大人だ」
ここで伏兵のナイトを進撃。チェックメイトだ。
「時に身を任すことくらい分かってもいい頃だ」
詰みを宣言した古泉が優雅に肩をすくめ、勝敗表の俺の名前が書かれている欄に○を書き込んだ。また増えたな。
どんなに暴れようが今年は終わり、新たな年がやって来る。そして来年度には俺たちは晴れて最高学年となるわけだ。
朝比奈さんはもはや普段着になりつつあるメイド衣装で電気ストーブに手をかざしている。このお方はどうするのだろうか。
まさか卒業と同時に未来へ帰る、なんてシュールなオチはないよな。そんなの絶対認めんぞ。
文化祭も終わって三年生は完全な受験モード、そろそろ学校に来る生徒もまばらになるだろう。
そんな中、律儀にも毎日部室に来られるこのお方は、一体いつ勉学にいそしんでおられるのだろう。
長テーブルの片隅で、ダンベルがわりになりそうな本を読んでいる長門に、チラリと目をやる。
こいつも、どうするのだろうか。こいつに行けない大学などこの世に存在しないことは間違いない。ただそれは学力的な問題であり、
北高を卒業してもハルヒの観測は、長門の言う自律行動が続くのか、ってことだ。
チェスでは敵わないと踏んだのか、ニヤけつつ魚雷戦ゲームの箱を開けている不定期エスパーも、いつか力がなくなる日がくるのだろうか。
そして俺も、いつかはこのオモシロ集団と別れなければならない日が、くるのだろうか。
やがて長門が本を閉じ、それを合図に俺たちは帰りの支度を始めた。
何故か団長様は現れず、古泉の思案も杞憂に終わり、古泉はそろそろ何か新しいゲームを持って来ましょうか、と嬉しそうに部室を後にし、
キュートでメイドな朝比奈さんとの別れを惜しみつつ、俺も後に続いた。
俺の腕に羽毛のようなやんわりとした力が加わったのは、下駄箱まで来たところだ。
「………」
長門が、俺の袖を指で掴んでいる。相変わらずの無表情で。少し怖い。
あー…ええと、長門さん。あなたは何をしていらっしゃるのでしょうか。
「きて」
はい?
「一緒に」
それだけ言うと、音もなく玄関から出ていってしまう。
俺は来てと言えばついてくもんだと確信を持っているようだ。まあ、行くに決まってるが。
追い掛けてって隣に並ぶのもおっくうなので、俺は長門の小柄な背中を見て歩くことにした。
さて、今度はどんな厄介ごとに巻き込まれるんだろうね。
朝の晴天は何処へやら、頭上には灰色雲が広がり、太陽を覆っている。
坂道を下りながら、俺はなんとなく今までのことを振り返っていた。
この二年間を通し、俺の高校生活から普通という言葉は完全に消え去っていた。
物理的法則も、世界の一般常識も、ことごとく無下にしてしまう暴走女。それを取り巻く、やや個性的すぎる面々。
そこに一般人であり、凡人である俺が参加したところで、普通の高校生活が送れるだろうか。無理に決まっている。
だが、俺は選んだんだ。途中何度も選択肢はあった。俺はこっち側の人間に、自ら望んでなったのだ。
どうしてなんて聞くなよ。二年間もSOS団にいてみろ。訳の分からない団体だろうが愛着が沸く。そして、その面子にもな。
それにしても、長門は俺を何処へ連れていこうというんだろう。
半端なシャギーの入った後頭部を眺めながら、俺もまた事務的に足を淡々と動かしていた。
語りかける言葉はあまりないし、俺を誘った理由は訊かないほうがいいような気がした。
延々歩き続けてようやく長門が立ち止まったのは、例のマンションだ。もう何十回と訪れた、高級マンション。
予想はついていたが、今度は俺にどうしろというんだ。
長門は玄関のキーロックに暗証番号を打ち込んで施錠を解除し、そのまま後ろを振り返ることなくロビーに脚を進めた。
エレベーター内でも無言で、七階の八号室のドアに鍵を差し込み、開けて俺を招き入れるのも素振りだけで通した。
何かがおかしい。
殺風景な部屋は相変わらずだが、言いようのない違和感を感じる。
俺があぐらをかいて座ったところで、急須と湯飲みを持った長門がキッチンから出てきた。
そういや最初に来たときもこうだったな。長門の入れるお茶を無意味に何杯も飲んで、それから宇宙的一人語りを聞いたのだ。
長門はコタツを挟んで正面に正座し、無言のままお茶を入れる。
差し向かいで黙々と茶を飲み、俺が一杯飲み終えて湯飲みを置いたところで、ようやく長門が切り出した。
「消失した」
何がだ?
「涼宮ハルヒの情報操作能力」
やはりあいつがらみで俺をよんだんだな…それよりも、ハルヒの力が消えた?それは一体どういうことだ。
「涼宮ハルヒには周りを自分の都合のいいように操作する力がある」
それは知っている。ハルヒが電波なことを考えちまったから、宇宙人だの未来人だのとお知り合いになるハメになったんだからな。
「本日午前四時三十二分、涼宮ハルヒの完全な力の消失を確認」
それに伴って古泉一樹の能力も弱まりつつあり、朝比奈みくるの任務もなくなったらしい。
「原因は不明。だがこれで自律進化の糸口は消えた。この結果に情報統合思想体は失望している」
そんなお前の親玉のことなんかはどうだっていい。問題は、少なくとも俺にとって、そこじゃない。
「SOS団はどうなるんだ」
ハルヒが望んだから長門や朝比奈さん、古泉というトンデモ連中が集まったのだ。
今の話を聞いたかぎり、もうハルヒのそばにいる必要は失われたかのように聞こえた。
ハルヒによって集められた団体は、ハルヒの力の喪失と同時に消滅しちまうんじゃないだろうな。
どうなんだ、長門。
「あなたの考えは、正しい」
間一髪入れずに答えられた。今のはもう少し間を入れるべきところだぜ。某クイズ番組の司会者を見習ってくれ。
「それで、お前は」
「情報統合思想体は涼宮ハルヒにはもう観察対象としての価値がないと判断した」
それは…ということは、まさか……
「よって、」
聞きたくない。長門、やめろ。やめてくれ。
俺はとっさに身を乗り出し、右手を伸ばしていた。
「情報連結をか…ぅ」
何かを言おうとしていた長門の口が、動きを止める。何故なら俺の手によって塞がれているからだ。
掌にかすかな吐息を感じた。暖かい。
「言わなくていい」
俺はそう言って手を離した。長門の温もりが遠ざかる。
お前の言いたいことは俺には全部、分かっちまうんだ。
見ると、長門は律儀にも沈黙を守っている。何故こいつは俺の言うことは聞くんだろうな。
「……もう、喋っていいぞ」
「そう」
長門は気を取り直したかのように口を開いた。
「わたしには、また任務が残されている」
何だそれは。観察だけが任務じゃなかったのか。
俺は思い出す。今よりも何もない長門の部屋。敷かれた布団。三年間もの、空白の時間。そして、一枚の栞―――
わたしは、ここにいる。
「わたしの自律行動が続くうちの、最後の任務。わたしは―――」
次の長門の一言で、
全世界が停止したかと思われた。
「わたしは、あなたの記憶を消す」
「それは…どういう……」
何故だ。ハルヒの力が消えた。奴はもう普通の女子高生だ。ただちょっと頭が、なんだ、ちょっとだけ人とは違うだけで。
朝比奈さんもあの人は未来から来たことを除けば、何の力もない、普通の人間だ。ハルヒが原因とされる時間の歪みがなくなれば、未来へ帰るのだろうか。
古泉。あいつも普通の人間になるんだよな。機関とやらも解散するしかないだろう。さぞ面食らうだろうぜ、神が突如消え失せるんだからな。
とにかく、特殊能力は抜きにしても、みんな大事な仲間だ。普段はこっぱずかしくて言えないが、今なら言えるさ。
俺は、好きだ。SOS団のみんなが、たまらなく好きなんだ。
何故、俺が記憶を失わなければならないんだ。
「あなたは、多くを知りすぎた」
まるで文章を読むかのように、長門は淡々と言葉を紡ぐ。
「時空改変を試行する。あなたは涼宮ハルヒも、朝比奈みくるも、古泉一樹とも何の接触もなく、高校卒業を果たす」
「…………」
俺は、発するべき言葉を探し得ることができずにいた。
それはつまり、もう会えないということか?ハルヒや、朝比奈さんや、古泉に?
いやそれよりも、改変後の世界ではみんな赤の他人か。そして互いにSOS団であるときの記憶はない。
「そんな……」
俺はどうすることもできずにうなだれた。何か、何かいい方法はないのか。
「改変後の世界であなただけが記憶を継承するのは、あなたに相当の負担を掛ける」
精神的にも、肉体的にも有機体が耐えうる保証はないと情報ナントカ体は示唆していて、それは長門自身の願いでもあるそうだ。
長門自身の手で、俺の記憶を消したいと。言わば俺の記憶を消すという任務は、長門の最後の願望だったのだ。
「分かったよ、長門」
何処ぞの知らないオッサンよりも、お前に記憶を消されるのが一番いい。
情報ナンタラ体に実体は存在しないらしいが、なんとなく分かる。尊大な態度のオッサンに決まってる。
それにやるなら、スパッとやってくれよな。おっと、スパッといってもナイフはもう勘弁してくれ。
「最後に」
ん?
「一つ、お願いがある」
おお、いいぜ。
お前には足を向けて寝られないほど世話になったからな。何でも、言ってくれ。
「わたしを、抱いてほしい」
しばらくの間、沈黙の妖精が殺風景な部屋をひらひらと飛び回った。
さて、先週に返された期末考査の結果だが、あれはどうしたものかなあ。
って、逃避したい過去を持ち出さねばならないほど、今の俺は混乱しているのか。
長門よ、何と言った。
「わたしを、抱いてほしい」
いや、そっくり二度言わなくてもいいし、何ならもう一回…って、俺は何を考えているんだろうね。
「………いや?」
いや、そういう問題じゃなくてだな。
「わたしという個体は、あなたを望んでいる。…最後に、わたしと……」
長門が言い終わることはなかった。
今度は手じゃないぜ。
俺は長門との間合いを瞬時に詰め、長門の口を唇で塞いだ。目には目を。
「長門……」
長門は何も言わない。また沈黙を守ろうとしているのだろうか。
俺はさらに唇を強く押し付ける。こうすることで、納得のいかない内心を抑えるかのように。
「…いいんだな」
俺も男だ。しがない雑用係をやらされ、こき使われてはいるが、ちゃんとした男なのだ。
もう、止まれる保証は、何処にもない。
長門は微かに、だが、はっきりと頷いた。
俺たちは互いの唇をむさぼるように求め合い、唾液を交じり合わせながら床に身を任せた。
長門の動きはやはりというか、ぎこちない。俺も舌なんか使ったことないから、ただ一心に、長門を求めて動かせるだけだ。
やや乱暴になってしまうのを抑えつつ、セーラー服を脱がせてゆく。
当然のことながら、長門は抵抗しない。その瞳は、真っ直ぐ俺に向けられている。
……やりにくい。
「あの…なんだ、長門。そうじっと見られても困るんだが」
「わかった」
長門はそう言うと、頭を百八十度ぐるん…なんてことはないが、かくん、と人形のように横に倒した。
その動作がたまらなく愛おしく、俺は長門の膨らみに手をやる。
双丘を包むように撫でると、長門がびくっと震えた…気がした。
大きくはなく、俺の手にすっぽりと収まってしまうほどだが、その柔らかな弾力が何とも言えない。
長門の唇がわずかに動く。耳をすまさないと分からないほどの、わずかな吐息。
セーラー服の下は予想通りというか、長門によく似合う、白いシンプルなデザインのブラだった。
空いた手でホックを外そうとするが悲しきかな童貞よ。うまくいかず、両手を回してなんとか外す。
微かな二つの膨らみ。長門の雪のような白い肌に、桜色の頂点。どんな裸体の名画も敵わないような、そんな美しさだった。
俺は突起に、そっと口を付ける。心の中で、長門の名前を何度も読んだ。
スカートを外し、ショーツをずらして指を差し込んでゆく。そこは、確かに濡れていた。
長門は、女の子なんだ。人間の、女の子なのに。
行き場のない俺の悲しみや苦しみは小さな嗚咽となって俺の口から漏れた。
長門は、子供を作ることだってちゃんとできる。機械じゃない。幽霊でもない。人間なんだ。
無邪気に笑う長門の子供と、今より少し大人になった長門が、手を繋いでいる光景が俺の頭の中で浮かんで……消えた。
「長門」
呼び掛けると、長門がこちらに向き直った。わずか頬が朱に染まっている。
入れるぞ。
長門が頷くのを見て、俺は、シャツを脱ぎ捨て、ズボンのベルトに手をやった。
もう俺のものは臨戦態勢に入っている。対し、長門のも、俺を受け入れる準備は滞っている。
「長門………」
俺は長門のか細い足の間に腰を進めていく。
ちゅくっという音と共に、俺の先端が、長門の入り口に触れた。
割れ目にそって動かす。液が交じり合い、ぬるぬるとした感触が伝わってくる。これだけで気持いい。
俺は意味もなく深呼吸。下の長門に目をやると、虚ろな目をしている。
「…長門」
何度目だが分からないが、俺はまたもや名前を読んだ。長門が瞬きをする。
「いくぞ」
俺は挿入した。長門の中へと。
先端がようやく入ったところで、激しい抵抗を感じる。
長門の狭い入り口を押し広げながら、俺は奥へと進んでいく。
「長門……」
痛みはあるのか分からないが、処女のようだった。一応、念入りに腰を進めてゆく。
と、突然全ての抵抗が解かれたかのように、俺のは長門の最奥に達した。
俺と長門は、一つになったのだ。
俺は身体を倒して、長門を抱き締めた。肌と肌が直接触れ合うことで、俺の感度はさらに高まる。
「動いてもいいか?」
俺の問掛けに、長門は何のことだか分からないようだった。だが何かを思い立ったのか、小さく頷いた。
腰を長門に打ち付ける。激しすぎるくらいに。接合部から溶けてしまうような快感が全身を駆け巡る。
長門の息遣いがはっきりと聞こえる。
俺は長門を強く抱き締めながら、名前を呼び続けた。
「長門…長門…ながとっ」
長門は何も言わず、ただ真っ直ぐな瞳で、俺の激しさに耐えている。
「ながとっ…俺、もう……」
早すぎるような気もするが、長門の中から伝わってくる快感を直にして、今にも果ててしまいそうだ。
俺は動きを一層早めながら、長門を見る。長門は……それでもやっぱり、俺を見てくれていた。
長門は、受け入れてくれる。俺を、真っ直ぐな気持ちで受け止めてくれる。
気持ちいいはずなのに、嬉しいはずなのに、何故か、俺の頬を涙が伝った。
そして俺は、
長門の中の空白に、長く長く生を放った。
決してやどることのない、俺と長門の「未来」。
決して生を得ることはない、二人の迷い子。
俺と長門が世界の終りにした、最後のセックス―――
それは、冬の孤独だった。
「もうすぐ消えるんだな」
行為の後も、俺たちは衣服を身に付けず、冷たいフローリングに背を預けて抱き合っていた。
無器用な二人の慰めあいのような行為――それは恋の一部であり、全てであり、そして最後のようだった。
明日からは全く別の高校生活が始まる。宇宙人も未来人も超能力者もいなければ、あいつもいない生活。
俺は普通の、日本全国何処にでもいる、ありふれた存在になっちまう。
――なんで俺は今、たまらなく寂しいんだろう。俺は普通を望んでいたんじゃないのか?
「SOS団はどうなるんだ」
の太い、俺の声。
「あるべき形になる」
か細い、長門の声。
どういうことか、俺にはまだ分からない。だが、長門が言うんならそうなるだろう。間違いない。
新しい世界で、俺は上手くやっていけるだろうか。SOS団の喪失は、俺にとってどれくらいデカいんだろう。
まあいいさ。そんなの、行けば分かることだ。居場所がないなら、自分で作ればいいしな。
「そろそろか?」
長門は、黙って頷いた。そして、顔を伏せてしまう。出発の時が来た。
「じゃあな、長門」
もし、向こうの世界で、長門の自律行動がまだ続いていたら。
長門の小さな口が高速で動き、何やらぶつぶつ聞こえるが、俺は構わずに顔を近付ける。
「また会おう、長門」
………卒業式の後で。
長門と俺の唇が触れ合ったとたん――
世界は、光に包まれていった。
薄れゆく意識の中、ああ、長門は長門だった、と何故か俺は安堵した。
俺はいつもの地獄の坂道を上っている。地球をアイスピックでつついたら、ちょうど良い感じにカチ割れそうな朝だ。むしろ率先してカチ割りたいほどである。
遥か高みにある坂のてっぺんがひたすら恨めしい。
我が学び屋を山の上に建てた奴の気がしれないね。何を考えてるんだ。いじめか。
そんなことを考えながら上を見上げていると、白い結晶がハラリと落ちてきた。
俺は思わず掌を差し出し、それを受ける。
「あ」。まるで陳腐なドラマの最終回だ。
「雪か」
その小さな冬の奇蹟は舞い降りた俺の掌で俺の暖かさを知り――
消えた。
そして容赦なく山風が吹きつける中、
俺は微かに、だがはっきりと誰かの声を聞いた。
――また図書館に
(終)