『長門有紀の作戦』   
 
 まだ完全に夏ではないとはいえ俺をうんざりさせるには十分な暑さで、  
例の坂道を上ってきた俺はあまりのダルさに机に突っ伏していた。  
机と接している部分が汗で滑って気持ちが悪い。  
暑い。暑すぎる。  
太陽ってのは両極端だと思う。夏と冬の中間くらいが丁度良いだが。  
しかしながら、その汗は単に暑いからという理由で出たわけではなかった。  
いや、確かに暑いんだけどね。  
ともかくその原因の一つは現在、俺のポケットにねじ込まれている。  
ノートの切れ端――ルーズリーフか何か――という形で。  
おいおいまたこのパターンか。本当に奴らはこれがお気に入りらしいな。  
特撮ヒーロー物のような馬鹿の一つ覚えな展開に慣れつつある俺が、少しばかり情けない。  
それにもかかわらず何故俺が冷や汗混じりに悩んでいるのかというと、  
それを書いた人物に問題があったからだ。  
見たことのある文字。綺麗と言ってしまうにはあまりにも綺麗すぎるその字は。  
定規で一本一本線を書いたような――いや、それは大袈裟かな。  
ともかく。俺の目が狂っていないのだとしたら、その差出人の名前は長門有希その人だ。  
 ……いや、人じゃあないんだけどな。  
それはどうでもいい。一言で言おう。  
笑えない。  
どうやら、俺はこの言葉が中々に好きらしいな。……それこそ笑えないか。  
さっきトイレで確認してきた内容が頭の中を反芻する。  
 
『午後五時。部室にて待つ。』  
 
 用件の「よ」の字すら書いていない。ひたすら情報のみの文章。  
何よりヤバそうなのが、長門が直々に俺に話さなければならないことがあるという事だ。  
これを見て気を重くしない方が変というものではなかろうか。  
そんなわけで俺は今、教室の喧騒を聞きつつこれからの事を思案している。  
教室の真ん中で、谷口がまたどうでもいいような事で騒いでいるのが目に留まった。  
いや羨ましいですホント。何も悩みがなさそうで。  
人生について悩む高校生。傍から見れば奇妙なものだろうな。俺自身そう思う。  
 
 二時間目終了のチャイムが鳴る。が、俺は救われたような気分にはなれない。  
一応結論は出た。……とはいえ、元より選択肢など無きに等しいわけで。  
結論から言おう。俺は行く。  
行かないとしても以前のように長門は待っているだろうし、今まで生きて  
こられたんだから次も何とかなる、といった根拠の無い期待もあったからだ。  
断腸の思いである。清水の舞台からなんとやら。  
そして何の気無しに後ろを振り向くと、そこにはハルヒがいつも通り座っていた。  
ん、あれ?いたのかハルヒ。  
いつもならシャーペンの先で背中をつついてくる事があるのだが、今日はそれがなかった。  
お陰でじっくり思案にふけっていることができたのだが、よくよく考えると薄気味悪い。  
俺に気づいているのかそうでないのか、窓の外を一心に見つめている。  
何か興味を引く物でも見つけたのか。  
そう思い俺もウォッチングとしゃれこんでみたのだが、少なくともあいつの目に  
留まるような未確認飛行物体の類は見当たらない。ますます気味が悪い。  
俺がそういう性分なのか知らないが、悩みだすとキリがない。放っておこう。  
そうして俺は残りの授業を適当に(主に睡眠に使い)過ごしたのだった。  
 
 さてと。いよいよ放課後か。  
さっきまではどうって事もなかったのだが、少し緊張してきた。  
シチュエーションだけで見れば、手紙で女子生徒と待ち合わせ、指定時刻まで  
ドキドキして過ごすピュアな青年とも言えるのだが、この場合「ドキドキ」の  
種類が全く異なる。というか何考えてるんだ俺。落ち着け。  
ひとつ大きく深呼吸。  
生暖かい空気を肺に入れつつ、部室へと向かう。  
 
 放課後ともなれば多少やかましさが増えるが、部室の前まで来ればそんなものは  
ただのBGMに過ぎない。時間はまだ結構――いや、かなりある。  
さっき教室を出た時間を考えると一時間弱といったところか。  
他に誰かが居る心配はしなくていいだろう。なぜなら、前日に二人ともが欠席を  
申し出ていたからだ。いちいち言わなくても、黙って休んだって罰は当たらないと思うが。  
目の前の扉を見つめると、部屋の中に人の気配がある。……人かどうかは知らないけどな。  
唾を飲み込み、戸を開く。乾いた音と共に視界が教室の中の人物を捉える。  
長門が普段と同じように座っていた。両の手にはハードカバー。  
お面かと思わせるような変化しない表情は、まさしく長門のものだ。  
その細い存在を見て、まずはひとつ安心した。  
この場で命が脅かされるような事は目下無くなったわけだ。  
すっかり安心した俺は、とりあえず腰を下ろす場所を探しつつ、  
「で、どうした?」  
 挨拶代わりにいきなり本題をぶつける。  
長門に対しては、長々と挨拶文句を垂れるよりもこっちの方が礼儀なのだ。  
あ、今のダジャレじゃないぞ。  
「涼宮ハルヒの件について。由々しき事態」  
 長門も、時間が早い事については言及せずに本題に入る。  
そちらを見やると、ハードカバーは開いたままで視線を俺のほうへ向けていた。  
相変わらずの無表情ではあったが、真剣味を帯びているのは雰囲気からか。  
おっと。本題を忘れるところだった。  
由々しき事態なのは百も承知。そうでなけりゃ、俺を呼んだりしないさ。  
 
俺の沈黙を促していると受け取ったか、長門は続ける。  
「彼女のフラストレーションの蓄積が観測された。このままだと非常に危険」  
 それを聞いて俺は灰色の世界、それと青く発光する巨人のことを思い出していた。  
閉鎖空間。  
それはハルヒの精神不安定によって引き起こされ、悪い場合だと取り返しの  
つかない事態へと移行してしまう。そうなると手はつけられない。  
そういえばあいつ、今日はなんだか変だった。  
もちろん、それも今回の件に関係しているんだろうけど。  
何の事前モーションも無しに、長門は言葉を紡いでいく。  
「それが今回は少し厄介。今まで通り自身の欲求に従っていれば何とかならない  
 事もないんだけど、身体的な欲求だからどうしようもない。特定の人物を  
 無意識に動かさせるのは簡単だけど、意識まで変えてからだと中々の難物。  
 彼女はそれでストレスが溜まっているみたい」  
   
 それを聞いて、俺はしばし呆然とした。  
ちょっと待ってくれ。長門の長台詞だと分かり難いから、俺なりに通訳を試みよう。  
要するに、だ。  
「ハルヒは……なんつーか、アレか。恋する乙女なのか」  
 アホくさい。だからアホくさそうに言ってやった。  
それに対して長門曰く、  
「少し違う。身体的な欲求。本人は気づいてない」  
 余計にタチが悪い。  
俺だって若さを持て余してるんだぞ。ハルヒのやつ、溜まってるなら  
自分でヌくか何とかして耐え抜け。  
と言いたかったものの、長門に言っても仕方が無いし、何より下品である。  
と、ここで一つ疑問が生じる。  
なぜ俺が呼ばれたのか?  
 
薄々分かってしまいそうなのを堪え、恐る恐る尋ねてみる。  
「だからって、俺に何とかしろとは言わない……よな?」  
 そうだよな長門。いくらなんでもそんなことあるわけが  
「言う」  
 頷きながら、長門。  
雲行きが怪しくなってきた。笑えない。  
笑えないものの、一応笑顔を貼り付けつつ再び尋ねる俺。  
「何とかしろとは……具体的に言うと?」  
 しばしの間。この間が何よりも怖い。  
「性行為でなんとかなるのだったら、あなたが犯」  
「ストップ。それ以上は言わんでいい」  
 右手を前に出して制しつつ、言葉を遮る。  
少女が無表情で淡々とそういう事を言い切る様は、奇妙なのを通り越してこっちが恥ずかしい。  
さて、どうしたものか。  
「で、何故に俺なんだ?」  
 そう聞くと長門は少し顔をうつむかせる。珍しく返答に詰まっている。  
教室の中はえらく静かなもんだから、ますますピリピリとした空気に感じてしまう。  
沈黙が続けばそれもなおさらだ。  
先に耐えられなくなった俺が助け舟を出す。  
「言葉じゃ説明できない、ってやつか?」  
「似たような感じ。ただ、人間の習性も入ってくるからあなたの方が分かると思う」  
 長門はその船にひょいと乗っかり、会話が再開する。  
しかし稀有な事もあるもんだ。あのハルヒがね。  
こりゃ天変地異でも起こるんじゃないか、と考えて、リアルすぎるので棄却しておく。  
シャレにならんな。まったくもって。  
俺があいつと?  
非常に馬鹿げてる。その前に蹴飛ばされて終わりだ。  
もしそうなったら俺はただの勘違い野郎じゃないか。  
長門の頼みなら聞いてやりたいところだが、こればかりは仕方が無い。  
断ろう。俺はそう思った。  
 
 それからが大変だった。  
倫理上どうとか、責任能力の有無やら、手を変え品を変え説き聞かせる事数十分。  
「分かった。それは諦める」  
 ようやく分かってくれた長門を前に、俺は安心したのやら疲れたのやら。  
ハルヒの特等席に深く体を預けて息を吐いていた。  
「じゃ、私がやる」  
 たちまち俺はバランスを崩してコケそうになる。  
「団長」と書かれた立体物が床に転がった。  
 今、何を言った?疑問をそのまま口に出す。  
「……今なんつった?」  
「私がやる」  
 そのまま切って貼り付けたような返答。  
「まずは均衡を破るのが先決。本当はあなたがするのが望ましいけど、無理にとは言わない」  
 いかん。目がマジだ。  
というよりこう言うのも何だが……長門はちゃんとやり方を知ってるんだろうか?  
よし。頭の中のシミュレーション装置を作動。その光景を想像してみる。  
ベッドの上。横たわるハルヒ。相変わらずの無表情を貼り付けた長門が、その手をハルヒの――  
……なんちゅう妄想だ。しかし良い。実に良い。  
そっちの世界も悪くないな。ぜひとも見たいところだ。  
「ログをとれない事も無いけど」  
「そうか、頼む――って、ちょっと待て」  
 やべ。口に出てたか。今更だが、俺は一体何を考えてるんだろうね。  
俺の弁解を聞く前に長門はパタンと重そうに本を閉じると、帰り支度を始めた。  
これ以上会話の必要は無いと踏んだのだろう。まさにその通りだが。   
来るのが早かったせいか、まだ外は明るかった。  
わずかにオレンジがかった教室を後にする前に、俺は長門のほうを心配そうに見やった。  
やるって言ってできるってもんでもないだろ、と思ったからだ。  
それに気づくと長門は振り返り、  
「情報は仕入れとく。問題無い」  
 そうのたまった。もう好きにしてください。  
俺はただ長門の白い顔を見つつ、そうかい、と呟いただけだった。  
 
 二人の密会の翌日。そんな事を露ほども知らず、涼宮ハルヒは日常を塗りつぶしていた。  
 
 普通の人ならば日常という真っ白なキャンパスに何を描くのだろう。  
友人。恋人。読書。スポーツ。勉強。……あとは何だろうか。  
少なくとも、あたしはそんな下らないものに興味は無い。  
あたしが描きたいのは、宇宙人。未来人。超能力者。その他の未確認生物。  
けれどキャンパスには描ける大きさが決まっていて、それらの興味ある物が  
描かれる事なんてのは無いんじゃないかって思っていた。  
現実ってのはあたしにとって、ロクでもない足枷だって思っていた。  
けれど。  
あの日、灰色の世界に居た日、確かにあたしはおもしろい体験をした。  
今まで生きてきた中で五本の指に入る体験だと断言してもいい。  
どこかで現実的になっていたあたしにとって、非現実的なそれはすばらしい刺激だった。  
しかしそれも束の間。  
確かに高校に入ってからは格段におもしろい事が起こっている。それは認めよう。  
だけど毎日おもしろいと思われる事をやっているのに、なぜこんなにもつまらないのだろうか。  
何かが足りない。何かが。  
もっと現実的で、身近にあって、それでも手が届かない物がある気がする。  
それが何なのか分からないのが腹立たしい。  
目を開けて探してみてもそこにはあたしの部屋があるだけで、机やらベッドやら、やけに  
日常的な物ばかりが転がっている。だからあたしはこの時間が嫌いなのだ。  
だから、ある訪問者がやって来た時、静かな水面に波紋が広がったような気がした。  
多少の退屈がしのげればいい。あたしはそう思っていた。   
 
 それは飲み物を取りに一階へと降りたときのこと。  
ガチャ、と冷蔵庫を開けるが早いか、  
ピンポーン――  
インターホンが控えめに一度鳴って静かになる。再びしんとした空気。  
 
普通の人だったらそそくさと玄関に向かうのだろうが、あたしはそんな事はしない。  
まずは冷蔵庫から飲み物を取り、喉の渇きを癒すのだ。  
ゴクリと一口飲んでから再び戻す。客人の対応はそれから。  
わずかに期待しつつ、ドアに備え付けられた会話装置――名前なんだっけ――で  
常套文句を尋ねる。  
「どちら様ですか?」  
「……長門有希」  
 一拍の間を置いて答えが返ってくる。消え入りそうな声は本人の声に間違い無い。  
何よりもフルネームでご丁寧に名乗る所が彼女らしい。  
「なんだ、有希か。どしたの」  
 彼女が直々に他人の家を訪ねているのだからよっぽど何かあるに違いない。  
あたしが覚えている限りでは、有希が自ら他人の家へ行った事は無かった気がする。  
顔は見えないが、相変わらず無表情なのかな、と思う。沈黙が続く。  
あたしが放った言葉は投げ返される素振りも見せない。  
まぁ、こうなるとは思ってたんだけど。  
「立ち話もなんだし、上がったら?」  
 そう言いながらドアを開ける。  
薄暗い空を背景に、予想通りの無表情を携えた有希の白い顔が見えた。   
服は制服のままだ。学校帰りに寄っているのだろう。  
彼女から動く気配は無いから、あたしは先導するように家の中へと向かう。  
おじゃまします、と注意していなければ聞き逃してしまいそうな声が  
後ろで聞こえ、続いて靴を脱ぐ音。  
「先に行っててくれる?なんか用意するから」  
 二階の方を指差してそう言うと、こくりと有希は首を縦に振る。  
相変わらず最低限の動作しか見せずに。  
その表情からは今回の用が軽いものなのか、はては難物なのかは読み取れなかった。  
 
 二階の自室のドアを開けると、なんと有希は床に正座していた。  
いつもそんな風に座っているかのような風体が不思議なのやらおかしいのやら。  
あたしは少し笑いながら話しかけた。  
「有希。あんた、いつもそんな風に座ってんの?」  
 こくり、と肯定。流石、あたしにさえ変わっていると言わせた強者だ。  
テーブルの上に運んできたグラスとペットボトルを置くと、有希の方に向き直って  
椅子に腰掛ける。真摯な目つきを見ながら、  
「で、どしたの。あんたがわざわざ来るんだから、それなりの理由があるんでしょ」  
 イエス・ノーで答えにくい質問を投げかける。  
こうすれば、有希だってしゃべらざるを得ないはずだ。  
細い体をさらに縮こまらせて座る彼女は、姿勢をそのままに口を開く。  
「あなたが特別な感情を持つ対象について」  
 と言われても何の事かはよく分からなかった。予想外の質問だったからだ。  
だから、思ったとおりに聞く。  
「なにそれ。色恋沙汰って事?だったら、他を当たったほうが賢明だと思うけど」  
 次からの有希の言葉を一つも聞き漏らすまいと、なるべく近寄る。  
特に何の特徴も無いベッドのシーツの上に腰掛けながら、次の言葉を待つ。  
「そう。あなたに関しての事」  
 頷きながら、有希。  
まさか、あの時のキョンとの事を言っているのだろうか。  
灰色の世界。校舎。青い巨人。キョンの真剣な目。  
そして、あの妄言が、  
 
「俺はポニーテール萌――」  
 
 よそう。あれは夢だった。そうに決まっている。  
というか、なぜあたしはキョンの事を考えているんだろう。何か言われたわけでもなし。  
それを少し恥ずかしく考えながら、有希の発言を噛みしめる。  
指を顎に当て、うつむきながら考えるポーズ。これが一番考えやすい格好だ。  
どっかでエジソンは偉い人だと言っていたが、あたし的にはロダンの方が偉いと思う。  
 
 その数秒間、有希から目を離していたのが悪かった。  
でもまさか有希が動くとは思ってもいなかったし、考える事に没頭していたせいだ。  
急に肩のあたりに力が加わったかと思うと、体はそのまま重力にしたがって倒れ、  
ぽふ、と軽い音を残してあたしは背中からベッドに倒れた。  
完全な不意打ちだ。それが有希の仕業であると気づくのに、あたしは数秒かかった。  
我を取り戻すといつの間にか有希はベッドの上――つまりあたしの上にいた。  
肩の横あたりに手をつき、表情は全く変えず、あたしを上から見下ろしている。  
この時はじめて、あたしは人を怖いと感じた。  
「な……何?」  
 少し上擦りながら声を絞り出す。   
「もう一度聞く。あなたは彼を――」  
 やめて。やめてほしい。  
前髪にかかる髪を払いのけ、頭の中で警鐘を鳴らし続ける。  
そんな日常的なものは望んでいない。そうに決まってる。  
どこかで割り切れぬ己を感じつつ、目で有希の言葉を制す。  
有希はそれ以上何も言わなかったのだが、次の瞬間、  
「……や」  
 有希の白い指が、あたしの体に触れていた。  
そのあまりの冷たさに思わず声を出す。  
指は触れるだけでは止まらない。そのまますうっとお腹のあたりをなぞり始める。  
あたしは薄手の部屋着を着ていただけだから、その感触が直に伝わってくるようなものだ。  
「ちょ……有希、聞いてるの?」  
 震えるあたしの言葉を聞いているのかそうでないのか、有希の指は止まらない。  
普段は感じたことの無い感覚が襲ってくる。  
身をよじって逃げようとするが、マウントポジションをとられていては何もできない。  
どちらにせよ、有希の目は蛇の一睨みよりも強力で――  
「……んっ」  
 有希の細い指は右の胸の辺りまで到達していた。  
そこをなぞられるとくすぐったいのやら、あたしは思わず声を出していた。  
 
出して後悔した。  
それに気づいた有希はこれでいいんだ、といったようにあたしを見て、  
「あなたは彼を好きだと思っている。違う?」  
 再び先程の質問に戻る。  
「ち、違う。ただあたしは――やめ……やぁっ……」  
 否定しているのを感じ取ったのか、有希はその指を胸の先端に持っていく。  
普段は触れない箇所に、さっきよりも強い刺激を感じてあたしはまた声を出してしまう。  
「あなたは彼を好きだと思っている。違う?」  
 切って貼ったような台詞。  
分かっている。ここで要領を得ないと次なる攻撃が待っている。  
「あたしにもよく分からない。でも……ぁ……」    
 言い訳は通じないとばかりに、有希は指を動かし続ける。  
不本意ながらもそこが硬くなっていくのが分かる。  
あたしが有希を相手に何もできなくなっているのが悔しい。  
分からない、と聞いて有希は諦めたのか。大きく体を動かす。  
といっても、後ろにでは無い。そうだとあたしに逃げられてしまう。  
こちらに倒れこむようにして有希は完全にあたしに体重を預けた。  
予想以上の軽さに、先程の力はどこから沸いたのかと不思議に思う。  
そんな事を考えるあたしの首筋に少し暖かい息がかかった。  
「んっ……は……」  
 そして指がまた動き出す。今度は少しつまむように。  
自分の体が次第に熱を帯びていくのが分かる。汗がにじむのが分かる。  
それと同時に、冷たい感触が体の表面を襲った。  
有希のもう片方の手があたしの服に進入してきたのだ。  
直に肌を触られて、あたしは少し身をよじる。すっかり感じてしまっていた。  
「や……そこは……ぁんんっ!」  
 服の中に入った手が、左の方の胸へと辿り着く。   
その突起を弄られると、すぐさま今までとは比較にならない物が襲ってきた。  
びくっ、と少し震えると、自分のはしたなさに嫌気が差してくる。  
だがそこを弄られているうちに、それもどこかへ行ってしまう。  
もはや、あたしは上の服を脱がされる事に抵抗すらしなくなっていた。  
 
その隙に有希の表情を盗み見る。こんな時でも表情は変えないのが怖い。  
そうしていると、目が合ってしまった。  
その目があたしに近づいてきたかと思うと――  
「くぅぅっ!」  
 すっかり露になっていたあたしの胸に、有希の舌先が触れた。  
白い顔に映えるピンクの舌は、確実にてっぺんへと向かっている。  
唾液を残しつつ移動する小さな物体は、自らを主張するそこへと触れる。  
チロチロと舌を這わせる様はどこまでも妖艶な雰囲気だった。  
「ひぁぁぁっ!」  
 悲鳴ともつかない声が口から漏れてくる。自分でも初めて聞くような声。  
やがて舌だけでなく、あたしの胸ごと口に含む。  
先端を刺激されつつ唾液を塗られるそれは、えも言われぬ感覚だった。  
下半身が熱を帯び、何かが溢れるのが分かる。   
そして次の瞬間、すっかり硬くなった突起を甘噛みする。  
「ぁ……はぁん!……有希ぃ……」  
 それだけでは飽き足らず有希は左手も動かし始める。  
口に含んでいないほうの手で刺激する。両方の敏感な部分を弄られ、あたしは  
自分が自分でなくなったかのように喘ぎ、びくんと跳ね続ける。  
   
 その時有希の顔が目に入った。そして驚く。  
なんと、わずかに赤みを帯びているではないか。  
部屋には相も変わらずあたしの嬌声だけが響く。  
そこで一矢報いてやろうと、あたしは自由な手で下の方を探る。  
あった。ここだ。  
わずかに下を向きつつ確認する。あたしの足の辺り。  
そして、そこに触れる。  
くちゅっ……  
「くっ……」  
 あたしのものではない。誰かの噛み殺したような声がした。  
上を見ると、有希が見た事も無い表情を浮かべていた。  
頬を上気させ、恍惚とした顔のなんといやらしい事か。  
 
間違い無い。感じている。  
そういえば忘れていたが、有希だって少女なのだ。  
そして――そこが濡れる事だってあるに決まってるじゃない。  
もう一度触れると、有希は息を吐きながら身体を震わせた。  
今までの行為であたしのそこも十分に濡れていたから、  
「有希……下もお願い」  
 こくり。僅かに赤い頬が動いた。  
 
「濡れてる」  
 無感動な有希の声。  
今の体勢はなかなか複雑なもので、あたしの目の前には有希の下半身があり、  
有希の目の前にはあたしの下半身がある。  
つまり、お互い頭と足が違う方向を向いているという事だ。  
こちらの体勢の方がフェアな気がしたので、あたしが提案した。  
ちなみにあたしは下着姿となっている。  
「なに言ってんの。有希もでしょ」  
 舐められっぱなしじゃ、あたしの沽券に関わる。だから反論しておいた。  
その言葉を聞くと、有希はすぐさま攻撃を開始した。  
指で円を描くようにその中心を避ける。焦らしているのだ。  
「ちょ、いきなり……はあっ……」  
 十分に胸を攻められていたあたしは大分感じやすくなっているらしく、  
こちらが攻めるヒマさえ与えてくれない。  
指の腹でなぞられる感覚はどこかもどかしく、腰をそちらに突き出してしまう。  
その円は中々終わりを迎えない。  
目の前に制服のスカートを脱いだ有希の細い足がある。  
こちらも有希のそこに触ってみるもののあまりやり方を知らず、悶々とし続けるだけだった。  
あたしは負けず嫌いだが、身体は正直だ。すぐに白旗を揚げた。  
「や……ん……もう駄目……はやく……」  
 顔は見えなかったものの、有希がこくりと頷くのが分かる。  
そしてそこに冷たい指が触れると、  
「ぁ……ひ……ひあぁぁぁっ!」  
 待ってましたと言わんばかりにあたしの身体が動く。  
 
空気を入れすぎた風船が破裂したみたいに、一気に快感が背中に伝わってくる。  
そういうものを耳にしていたものの経験は皆無だったあたしは、意識がどろどろと  
蕩けていくのを感じた。  
有希は少し緩急をつけながら、さらにそこを攻める。  
くちゅ、と粘性を持った淫靡な音が加わり始めた。  
「んんっ!……ふぁ……ひうっ!」  
 交互に襲ってくる感覚に、もはやあたしはついていけない。  
有希のそこを攻めようだなんて考えることさえできなくなっていた。  
その間にも有希は手際よく作業を進める。  
あたしの秘所を隠していた下着――既にびしょ濡れ――を下げる。  
そしてシーツを汚すほど十分に濡れていたそれに、  
「ああっ……はあぁぁぁっ!」  
 何かが入ってくるのを感じた。この感触は、多分舌を入れているのだろう。  
汚くないのかどうか一瞬心配したが、すぐにそれも忘れてしまった。  
まるでかき回すように蠢くそれは、動くたびにピチャピチャと水音を立てる。  
あたしの身体ががくん、と跳ねた。  
何だか腰が別の生き物になったみたいだった。  
「もう、だめ……あ、あ、――え?」  
 
 突然有希の舌が抜かれ、そこから来る刺激がぴたりと止んだ。  
少し火照った、けれども無表情な有希が顔を上げるのが向こうに見える。  
どうしたのだろう。  
急に我に返ってみると、先程までの自分の痴態がありありと浮かんできて。  
あたしは赤面しながらその顔を見ていた。  
「どう?こういうのを求めていた節。ある?」  
 急に質問されてパニックに陥る。何よりも途中で止められた下半身が疼いて――  
何だか悔しい。自分が世界一の変態になったようにさえ感じる。  
そんな時頭の中でカチリ、と歯車がかみ合った。  
最近の悩み。手が届くけれども未知なる体験。それを望んでいたあたし。  
そしてさっき思い出したのは、  
「キョン……」  
 まさか、あたしが。あたしに限って無いだろうという事が。  
すっかり見透かされていた事がどことなく恥ずかしく、あたしは目を伏せる。  
 
自分じゃ気づいていなかった。だけど、あたし自身はそれを抑圧してただけで。  
非日常を追い求めるあまり、見落としていただけで。  
その言葉を聞いた途端、再び有希はあたしの方に視線を落とす。  
ごほうびだ、と言わんばかりに花弁に指を差し入れられる。  
復活した快感にあたしは再び意識を奪われて、  
「くっ……あぁっ!」  
 さっきとは全く違う。二本の指を動員されている。  
それらは素早く動き、中の液体を絡め取っていく。  
おまけに豆まで指で弄られる。既にあたしはいっぱいいっぱいになっていた。  
「あ、あ、あ、ひゃぁぁぁっ!」  
 それらの刺激はあたしの背中を、頭の中を駆け抜け、すべての理性を奪っていく。  
その指のスピードが増したと思うと、なんだか腰の辺りが重くなってきた。  
まるでそこだけあたしの身体から切り離されたような、変な感じ。  
どろどろにとけていくような――  
「ぁ、ゆ、き……あひっ!…なんか、おかしい……」  
 渦を巻くように停滞していたその不思議な感触は、一際あたしに快感を連れてくると、  
「なんか、く……は……あぁっ!……はぁぁぁぁぁっ!」  
 完全に頭の中が真っ白に染まり、それは弾けた。  
びくびくっ、と身体をベッドにはずませ、のけぞる事たっぷり3秒。  
無重力から開放されると共に全身に力が入らなくなった。  
   
 息を乱しつつ横たわるあたしは、多少楽になったせいか考える余裕ができている。  
そこで、「お礼」をしなければならないと考えた。  
あたしは指を鍵状にして、目の前の有希の秘所を、  
「…………ッ!」  
 引っ掻いた。  
意表を付かれたのか身体を震わせる有希。  
その隙に下着を下ろし、足の付け根に顔をうずめる。  
舐めるだけでなく、そこに甘噛みを加えてやった。  
「く……ぁ……」  
 有希が必死に喘ぎを噛み殺しているのが分かる。  
向こうをみやると、顔までは隠せなかったのだろう。有希の恍惚とした表情があった。  
 
普段が無表情だとこういうのはなんともワクワクしてくる。  
そこはかとなく漂う甘い匂いのせいもあり、あたしはどんどんと有希のそこを攻め続けた。  
「ぁ……ぁん……」  
 有希は我慢できずに、一度だけ鼻に抜けるような声を出す。  
聞いたことのないその高い声は、なんとも淫靡な声で。  
あたしは有希と向かい合うように移動し直すと、短い髪をおでこに張り付かせた有希と  
目が合った。目を片方閉じている表情が何とも言えない。  
「お返し」  
 なるべくいたずらっぽくそう言ってから、胸もかなり強引に触りつつ下も攻める。  
そこの豆を丁寧に撫でると、ますます有希の動きは激しくなる。  
その二つに耐えられなかったのだろう。すぐに変化が訪れた。  
「ぁ……ぁぁぁぁっ!」  
 有希の細く切れてしまいそうな身体が弓なりにしなり、痙攣した。  
多分、さっきあたしにも来た"アレ"だろう。   
有希はその小さな身体をくの字に折ると、深く横たわった。  
宴も酣(たけなわ)。あたしはそう思い、疲れた身体を労るように眠りに落ちてゆき――  
 
 
「で、お前は一晩ハルヒん家で過ごしたと」  
 目の前でハードカバーを広げる長門はこくりと頷く。  
密会から二日後。俺は部室にて長門とコンタクトを取っている。  
その日の朝、一時間目の始業を知らせるチャイムが鳴っても教室に居なかったのを  
訝しく思っていると、ハルヒが校門を通るのがちょうど見えたからだ。  
その顔が親に叱られる子供のように困っていたのは、隣に全くの無表情があったから  
そう見えただけなのかもしれない。  
正直言って驚いた。こいつが他人と登校――しかも長門と――しているなんて。  
そこで俺はあの計画の存在を思い出し、早めに部室へとやってきたのだ。  
ちなみにその日、ハルヒは大して機嫌が良くも悪くもなかった。  
ただ、俺の目を逸らすのには何か訳があったのだろう。  
長門からすっかり話を聞いた今ならそれも分かるけどな。  
その話の内容はと言うと、なんつーか……凄かった。  
長門も長門でいちいち克明に説明するもんだから、俺の愚息はすっかり喜んじまってる。  
焦って何回ストップをかけたやら。  
しかも映像で見せてやろうかという、何とも素敵な申し出があったのだが断っちまった。  
今では少し後悔しているが、理性が吹っ飛んじまいそうだったんで止めといたのだ。  
「今回の件で、涼宮ハルヒはあなたに少なくとも特別な感情を抱いてるのは分かった。  
 今後の動きに注意しつつ見守ろうと思う」  
 事もなげに長門が言う。  
つーことは、俺がハルヒに迫られたりするかもしれんのか。……複雑な心境だ。  
いやいや、もちろん嫌なわけではないですよ?  
ただ、それが分かってしまっているという点がどうかと思ったりするわけでして。  
そんな哲学的な事を考えつつ。  
 
「ところで、長門。その……なんだ。あーいうのはどこで覚えてきたんだ」  
 尋問しつつ体に聞くという、何ともベタな展開を、である。  
なんかエロビデオとかに出てきそうだと思うほどベタだ。  
そう尋ねると、長門は思い出したように鞄の中を探る。  
なんだ。情報源ってのは宇宙との交信とかじゃなかったのか。  
さりげなく失礼な事を考えていると、長門は直方体の物体Xを取り出して見せた。  
それを目に入れ情報を脳に送り、脳がそれを判断するのにたっぷり数秒間。  
つまり視認するのに時間がかかったということだ。  
黒い四角形の物体。それはまごうことなきビデオテープである。  
それだけならまだいい。それだけだったら、俺はすぐにそれを鞄に入れろだなんて言わない。  
何がNGだったかと言うと、そのラベルにはピンクの背景に、ピンクの文字で、  
ピンクな事が書かれていたからである。  
人はみなこの物体Xをこう呼ぶであろう。  
エロビデオ、と。  
ひょっとして、家に帰ってから長門はこのビデオを見てたのだろうか?……無表情で。  
最悪だ。俺はそう思った。ハルヒは怒ってないだろうか?  
 
 それから数分後、部室にハルヒがやってきた。  
長門を見て顔を赤らめつつ目を逸らすハルヒ。うーん……少しかわいいかもしれん。  
それを見れただけでも、今回の作戦は成功なのか?  
こうして、長門の作戦は無事(?)幕を閉じた。  
 
              (完)  
 

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