放課後のSOS団アジトで迎えてくれたのはいつも通りの朝比奈さんの笑顔だった。  
「いらっしゃい。 今お茶を入れま」  
途中で言葉が切れる。 メイド服姿の朝比奈さんの視点が俺のへその辺りで止まっている。  
長門がページをめくる音をはさんで再び声が続く。  
「キョンくん、ボタンが取れ掛けています」  
なるほど上着の一番上のボタンがちょっと傾いている。  
ぽやぽやしているようで見るところはちゃんと見えているのか。  
「いま付けますからじっとしていてくださいね」  
と言いながらメイド服のポケットから裁縫道具を取り出し、頭をくっつけてくる。  
朝比奈さんの額と接触している胸部に軽い圧迫感と体温を感じると同時に  
シャンプーと髪の毛のかすかな香りが鼻腔をくすぐる。  
朝比奈さん、あなたは無防備すぎますよ理性を総動員しなくては。  
「あれ? え〜と最初は……」などと呟いている小さい頭部をそのまま抱きしめる  
という行動が脳内人格会議で全員一致で可決されたときに  
 
「上着を脱いで貰った方がやりやすいのでは?」  
 
という声がした。 その瞬間ぱっと離れる朝比奈さん。  
赤い顔で「ご、ごめんなさい」といっている顔がやっぱりかわいいが、かなり残念だ。  
そのまま続けてくださって良かったですのに。  
古泉てめえTPOを考えて発言しろよ。 ニヤケ面が通常の三倍むかつく。  
そんな男居ないも同然です、実際さっきまで居ることに気付かなかった。  
 
「みんなそろってるわね。 会議はじめるわよ」  
良く通る声でしゃべりながらハルヒが入ってくる。  
「ん? キョン、ボタン取れ掛けてる。 ちょっと上着貸しなさい」  
と言いながら襟足に手を掛けてき、そのままひっぺがされる。  
悪代官に帯び回しされる人の気持ちが少しだけ判った気がする。  
人の服を脱がすのも上手いんだなハルヒ。 どうでもいいが。  
人の上着を抱きしめたまま3秒停止、そんなに顔にひっつけて汗くさくないか?  
「じゃあこれ直してくるから。 みんなはそのまま待機。 いいわね?」  
と言い出て行ってしまった。 ここでやっても良くないか?  
なんとなく振り返るとニヤニヤした古泉、無言でページをめくる長門。  
朝比奈さんがちょっと残念そうに見えるのは俺の願望だろう。  
やれやれ今日も平和だ。  
 
三十分後戻ってきたハルヒに手渡された、ボタンが所定の位置にしっかりと縫いつけられた上着を見て  
思ったんだがなあ、なんで糸が赤いんだ?  
「その方が目立つでしょ?」  
俺は普通が良いんだが。  
「普通なんて良いわけ無いでしょ。 わたしが縫いつけてあげたんだから感謝しなさい!」  
前言撤回。 やれやれ今日もハルヒだ。  
 
長門の本を閉じる音で会議が終了となる。 議題はUFOの現れそうな場所だか  
超能力者のやりそうなことだかだった気がするがどうでもいいことだ。  
「明日も来るように。 じゃあ解散」  
とハルヒの声でぞろぞろと歩き出す。  
最後尾の俺の横を歩いていた長門がなにやら呟いた後、こっちを見るのが視界の端に映る。  
そちらを向くと長門は足を止め、  
「それ」  
と俺のおなかを指さす。 見ると二番目のボタンが取れ掛けている。  
おかしいな、さっきまでちゃんと付いていたはずなのだが。  
「直す」  
と言い、俺のおなかに右手をかざす。 なんとなくくすぐったい。 ボタンが長門の手に落ちる。  
左手で自分のカーディガンのボタンを取り、上着のボタンが取れたところにあてがい、高速で  
何かを囁く。 やっぱりくすぐったい。  
長門が手を離すとそこにはちゃんと上着のボタンが付いていた。 情報操作ってやつか。  
待てよ、元のボタンでも良かったのでは?  
「糸の欠損を補う必要があった。 情報操作は等質量の方が好ましい」  
そういうものなのか?  
「そう」  
元のボタンは  
「…………」  
長門が無言で握りしめている。  
「やるよ」となんとなく言った。 長門はかすかにうなずいた。  
 
翌日無言で本を読む長門のカーディガンにはちゃんとボタンが付いていた。  
二番目のボタンが一回り小さく見えるが気のせいだろう。  
 
 
俺は古泉とオセロをしている。 相変わらず弱い。  
古泉。 左手ひとさし指のばんそうこうは、いったいどうしたんだ?  
「昨日森さんと訓練してまして」  
機関員も大変なんだな顔近づけるな息がかかって気持ち悪い。  
窓の外を見る。 今日もいい天気だ。  
 

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