第4章 
 
「長門!」 
 俺は思わず飛んで抱きついてしまいそうになる。もちろん他意はないぞ。何せ絶体絶命だったんだ。 
頼もしい味方が復活してくれたんだから仕方ないだろう。色々と訊きたいことはあるがとりあえず状況の確認だな。 
「おい長門、どうなってるのか説明してくれ。ハルヒはどうした?」 
 今気付いたがここは長門の部屋だ。あれから長門やハルヒが気を失っている俺をここに連れて来てくれたのだろう。 
「それは私の方から説明します。」 
 その声が聞こえて俺は初めてその場に喜緑江美理もいることにも気がついた。思わず一歩引いてしまった。 
何せ彼女には一度刺されてるんだ。反射的に身体が危険を感じるのはしょうがなかろう。喜緑江美理はその様子を 
見て少し微笑み、そして言葉を続けた。 
「まず最初に謝らなければいけませんね。事情があったとは言えあなたを一度殺してしまったわけですから。あの時は 
本当にすいませんでした。」 
 さらりと何を言うんだこの人は。一度俺を殺した?俺はここにこうして生きている。それとも俺は殺しても生きかえる 
ゾンビだとでもいうのか?喜緑さんは静かに俺の質問に答える。 
「いいえ、あなたは正真正銘ただの人間です。そうですね、あんまり詳しく説明しても理解出来ないでしょうから 
簡単に言います。あの日私があなたを刺した時からずっと、あなたの身体の中には長門さんがいたんですよ。そして 
その傷も治してくれました。」 
 なるほど、長門や古泉のわけのわからん専門用語を並べ立てた研究論文のような解説よりはだいぶ理解しやすい。 
要するに長門は消えたわけじゃなく、俺の傷を治すために俺の中にいたということか。 
「半分はそうです。そしてここで言っておきます。もうわかっているとは思いますが私は最初からあなた達の味方です。 
でもそれは私があなたを刺した理由として納得出来ませんよね?」 
 そりゃあそうだ。たとえ長門が俺を治してくれるとわかっていても俺を刺す動機にはならない。 
「これからは少し難しい説明になります。まず、あなたは朝倉涼子のことを覚えていますか?」 
 おそらく一生忘れたくても忘れられませんよ。二回も命を狙われたんですからね。 
「そうでしょうね。でも朝倉涼子のことを覚えている人間はあなたを除いて誰一人としていません。それはあの部室で 
長門さんが私たちの上に朝倉涼子の痕跡を消すように申請した、つまり朝倉涼子はこの世に初めからいなかったとして 
彼女の記憶を持つ人間の中からその記憶だけを消すように修正を施したからです。古泉君や朝比奈さんの中からも 
消しました。そうしないと再びその情報から彼女を再構築されてしまいますから。もちろんこんなこと、つまり大量の 
人間の記憶をいじくるといった行動は我々の中でも特例中の特例です。でも、あなたに朝倉涼子の記憶を忘れさせることは 
出来なかった。なぜなら、あなたには覚えておいてもらわないといけない理由があったからです。そこで私は策を考えました。 
あなたの中に長門さんを潜入させ、外部に朝倉涼子の情報を漏らさないようにしたのです。」 
 ふむ、つまり長門は俺の頭の中にある朝倉涼子の記憶をもとに朝倉涼子を再構築されないよう守っていたのか。 
ええと、まだ俺を刺した理由にはなってない気がするんですが…。喜緑さんはこくりとうなずく。 
「ええ、そして肝心のあなたを刺した理由です。これはあなた達には理解しにくい考えでどう説明するか難しいんですが、 
人間の身体の中にはその人間がつちかってきた情報、俗に言う魂です。それが入っていて私たちにも複雑すぎて侵入する 
ことが出来ないんです。しかし死んでしまった人間の中に侵入することは出来ます。とは言っても死んだ人間にはもう既に 
何の情報も入っていないのでそんなことをする意味はありませんが。そこで私はあなたを一度殺してその魂が抜けているか 
いないかというところであなたの周りの時間を凍結させ、長門さんに侵入してもらいました。そしてあなたの魂と身体を 
繋ぐ役目をしてもらったのです。」 
 今度はなんともオカルトな話だ。しかし経験してないわけじゃあないんだよな、そんなことですらも。宇宙を漂流していた 
情報思念体が阪中さんの犬に入り込んだ時の話だ。人間には魂があって今もこの空間に漂っているのかと前に長門に尋ねた 
時は答えてくれなかったが…。しかし疑問点はいまだに残る。 
「でも、なぜそこまであいつらは朝倉にこだわるんです?やつらなら長門や喜緑さんの情報を構築したりも出来ると思いますが。 
何よりやつらの専用の宇宙人がいてもおかしくないじゃないですか。」 
 喜緑さんは予想していた質問だったのかすぐに答えてくれた。 
「現状の彼らの技術では私や長門さんのようなインターフェースを作る技術がないんです。でも、もともとあった情報を 
元にコピーすることは出来ます。しかし私や長門さんは常に外部に情報を漏らさないように気をつけているのでコピーされる 
ことはありません。となると朝倉涼子の情報は何故漏れたのかということになります。それは、朝倉涼子は長門さんに消される 
以前から我々に気付かれないくらいの微量な情報を外部に漏らしていたんです。そして朝倉涼子は初めからこうなることを 
分かっていてわざとあなたを殺すという行動に出て長門さんに消され、一度姿を消したのかもしれません。」 
 朝倉涼子があの時、教室で俺を殺そうとして長門にやられたのも敵の情報思念体に再構築されることを見越しての 
ことだったのか。何てことだ。 
「しかし先程も言った通り彼らにはインターフェースを造ることは出来ません。あくまで情報をコピーする程度です。 
だから誰かのインターフェースに侵入するしかない。そして最近になって再構築された朝倉涼子が私にコンタクトを取ってきた。 
私は上に何度か朝倉涼子の情報を消すよう働きかけたのですが上は大量の人間の記憶を改竄するという行為をしぶって様子を 
見るという決断しか出さなかった。そこで私は今回の計画を立てた。私も急進派ということにして彼女を受け入れたんです。 
それが全ての真相です。」 
 俺は唖然とした。俺の知らない所でそんなことが起こっていたとは。ひょっとしてこんなことは喜緑さんや長門にとっては 
日常茶飯事なのか?俺が関わってきた事件なんて彼女達に比べれば微々たるものなんじゃないかとすら思えてくる。 
しかしまだ最後の疑問は残っているぞ。俺の中の朝倉涼子の記憶を残した理由だ。すると喜緑さんは真剣な表情に変わりこう告げる。 
「それはこれから起こるであろう事態に直結するとても重要な話です。私はこの三日間のうちに上にかけあい敵の危険性を 
訴えて一網打尽にすることを提案し続けました。そしてようやく彼らを撃退する準備が整いました。この空間での情報は 
長門さんによって遮断されています。そしてこれからその情報を開放します。そうすれば必ず敵はあなたの記憶から即座に 
朝倉涼子を再構築、私に取り入ってあなたに危害を加えようとすると思います。覚悟して下さい。でも大丈夫です、長門さんが 
必ずそれを阻止してくれます。そして長門さんは彼女の再構築する敵の本体の情報をトレースする。あとは上がなんとかします。 
協力してくれますか?」 
 なるほど、俺が気付くはずもないがここにいる長門の居間は特別な空間になってるんだな。そして方法はよくわからない 
ものの朝倉涼子を利用して敵をたたく。もちろんO.K.だ。 
「長門さん、準備はいいですね?」 
「問題ない。」 
 隣で正座し、息をする音も出さず話を聞いていた長門が答える。さあ、いよいよ敵なる宇宙人との最終決戦か。 
 
 
 いつとも気付かないうちに長門の居間は特別な空間に変わっていた。おそらく朝倉に乗っ取られているであろう喜緑さんの口が動いた。 
「また会ったわね、長門さん。」 
「あなたの情報思念体の本体情報は確認した。もう既に上があなた達に攻撃を加えているはず。諦めて。」 
 長門はまたいつの間にか俺の前に立って朝倉涼子と対面している。朝倉涼子は喜緑さんから自ら抜け出てきて 
薄ら笑いを浮かべている。 
「さすがに仕事が早いわね、長門さん。で、もうどこまで知ってるの?」 
「全部。喜緑江美理からあの部屋で聞いた。」 
 朝倉涼子は今度は無邪気に笑っている。身体は既に足から消えかかっている。えらく余裕だ。俺にはまだ何かあるようには 
見えない。そこで俺は喜緑さんの話の最中にずっと覚えていた違和感を口にすることにした。 
「なあ朝倉。お前、こうなることを全部わかってたんじゃないのか?」 
 俺は朝倉が前回消える間際に俺達に言った「またね」という言葉が引っかかっていた。刺される前に言っていた 
「これで私も完全に終わりね」という言葉と矛盾していたからだ。俺は長門との付き合いが長いからわかる。こいつらは嘘はつかない。 
矛盾したことも言わない。だがこれが全て朝倉の考えていたことなのだとしたらつじつまが合う。 
 少し驚いた表情を見せた朝倉はもうほぼ身体が消えかかっている。そしてまた笑顔に戻り俺の目を見てウインクし、言った。 
「それじゃあ今度は本当に最後。涼宮ハルヒとお幸せにね。」 
 そして朝倉涼子は消えていった。 
 
 
 全てが終わった長門の部屋で俺は長門に言った。 
「お前はどう思ってるんだ?朝倉のこと。」 
 長門はいつもの無表情で口を開く。 
「あなたの言うことが正しいなら彼女の言っていた、急進派が多く存在するという言葉も本当ということになる。もし朝倉涼子が 
喜緑江美理以外の急進派の身体に潜伏していたとしたら、敵に我々の様なのインターフェースの情報を与えることになり、敵にも 
我々と同じ能力を持ったインターフェースを作り出す技術を与えることになった。そうなれば敵の戦力は我々とほぼ同じになって 
いたはず。朝倉涼子はそれを未然に防いだことになる。そうだとしたら…。」 
珍しく長門が少し言葉に詰まる。 
「彼女には感謝しないといけない」 
 そう言った長門の表情は、わずかに悔しそうに見えた。 
 そんな顔を見て俺は思った。何の感情も持たないはずの情報思念体対有機生命体コンタクト用ヒュ―マノイドインターフェース。 
彼らも確実に変化している。だからこそ急進派とやらが出てきたりするのだろう。そしてそれはいいことかどうかはわからない。 
だが、俺の記憶の中で朝倉涼子はもう俺を殺そうとした宇宙人というイメージはなかった。 
 
 黙って話を聞いていた喜緑さんは言った。 
「これで、みんな終わりましたね。」 
「終わった。」 
 長門もそれに続いた。 
 ちょっと待て、すっかり喜緑さんの話に夢中になって忘れていた。ハルヒはどうなった?朝比奈さんは?こっちの問題はまだ 
全然片付いていないぞ。すると喜緑さんは少し困ったような引きつった笑顔を見せ 
「実は、もうひとつ謝らないといけないことがありまして…。」 
 そう言ってふすまを開けるとそこには朝比奈さんと鶴屋さん、さらには古泉、新川さん、森園生さんの姿までがあった。 
 なんとぅ!?何だこれは。おい、まさか…。 
「なんと謝ればいいか。申し訳ありませんでした…!」 
 第一声は新川さんだ。そして古泉が笑いがおさまらないといった顔で続く。 
「すいません。本当に何と言えばいいのか。既にお察しの通りあれは芝居でした。朝比奈さんを撃ったのも予定通りです。 
あれは赤のペイント弾と麻酔弾を混ぜた特殊弾だったんですよ。とは言っても、あなたが涼宮さんを連れて逃げ出したのは 
少々予定外でしたが。」 
 そう言ってくっくっくと笑う。おい、その笑いをやめろ。殴りたくなる。つーか殴らせろ。 
「キョン君、ごめんなさぁい!私も全然知らなかったんです!」 
 と朝比奈さん。さらに鶴屋さんも続く。 
「だから初めに見せ物だって言ったじゃないのさっ。でも、キョン君めがっさカッコ良かったよ〜。映画見てるみたいだったさっ。」 
 と明るく笑い飛ばしている。すると少し笑いも落ち着いた顔で古泉が言った。 
「涼宮さんには既に説明して家に帰しておきました。こちらの事情も片付いたようですし、そろそろおいとましましょう。」 
 
 そして長門の自宅からの帰り道、俺は殴りたくなる衝動を抑えながらは古泉に説明を求めた。 
「実は涼宮さんにここ最近大きな変化があります。そうは言っても我々からするととても望ましいことなんですが。というのも 
ここ数ヶ月の間、閉鎖空間が全くと言って良いほど発生していませんでした。ただの一度もです。そこで機関は賭けとも言える 
実験に乗り出しました。今回のことです。機関は確かめようとしたんですよ。涼宮さんの能力が今は眠っているのではないかと。 
まずは僕が消える。そして朝比奈さんが撃たれてあなたと逃走した。その間無事に閉鎖空間は発生しませんでした。」 
 そう言って古泉は俺に笑いかける。ならあの日の夜の学校の件はどうなる?あれは偶然だったとでも言うのか? 
「事件が起こる数日前、つまりボヤのあった日から考えて少し前ですね。まだ時系列に変化がない時です。機関に喜緑さんから 
連絡があったそうです。もし我々がそんな事態になったという報告を受けた時のためにいつでも準備しておいてくれとね。そして 
我々は全ての事をあなたが刺されて倒れている横で聞き、芝居を打ったというわけです。」 
 そこでも喜緑さんが暗躍してたのか。といってももう驚かないけどな。おい、なら機関は長門のお仲間の宇宙人ともつながってた 
っていうのか? 
「ええ、そうみたいですね。もちろん我々にも知らされていませんでしたが。というわけで涼宮さんの件についてはしばらく 
平和になるのではないかと思われます。もちろん新たに敵が発生する可能性は大いにありますがね。」 
 「一つ訊いておく。鶴屋さんの家で朝比奈さんが撃たれた時、お前は俺がハルヒを連れて逃げたことを予想外だと言ったが 
あれは本当か?」 
 少し意表を突かれたといった顔をする古泉。そして再び笑顔になって 
「おっしゃる通りです。正直僕はいざとなったらあなたは涼宮さんだけでも連れて逃げるだろうとは思ってました。それに 
あの時あなたがああしなかったら僕達もどう行動しようかとはらはらしていましたよ。非常にその場に居づらい空気が流れて 
いたでしょうからね。」 
 そういって古泉は苦笑した。 
 やれやれ。とにもかくにも今回はこれで一件落着だな。 
 
 そう思っていたのもつかの間、俺の携帯の着信音が鳴った。誰からだ?そう思って携帯の画面を見る。ハルヒからだ。何の用だ。 
あいつの隣でマジで泣いたりしたことを笑いでもするのか?そう思って電話に出るとその主はハルヒではなく、どこかで聞いたこと 
のある声だった。 
 
 
 
「涼宮ハルヒはここにいる。何とかしたければ最低お前達の四人を連れて指定の場所へ来い。」 
 
 
 
 
 

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