第三章 
 
 この三日間で俺はあの日の学校で起こったことを整理していた。あの後家に帰ってからしばらくは 
考えれば考えるほど頭が混乱しておかしくなってしまいそうにもなったが、冷静になって思い返して 
みるとそんなに心配することはないんじゃないかとすら思えてきた。 
まず古泉の発言。よく考えるとあいつはわざわざ自分達が敵だと知らせてくれたわけだ。想像したくも 
ないが俺に敵だと認識させないで油断させたまま後ろからグサリなんてことも出来たはずだからな。 
それに古泉は言った。部室で倒れている俺を殺さなかったのに他意はないと。これはあいつが雪山遭難の 
時にいざとなったら俺達のために一度だけ機関を裏切って協力すると言っていたことにカウントはされない 
ということを言いたかったんじゃないか?本当にやばくなった時はきっと何らかの形で助けてくれる。 
かなり楽観的に聞こえるかもしれないが。 
そして長門のことだ。何度か家を訪ねてみたがやはり部屋から応答はなかった。しかし夢に出てきた長門 
は俺に心配することはないと言ったし、何より朝比奈さん(大)が大丈夫だと言ってくれた。おそらくこの 
行方不明は何か考えがあってのことだろう。 
気になるのは俺が意識を失っていた一時間だ。その間に何があった?俺が倒れた時にはまだ喜緑さんは 
消されていなかったしな。それは長門がどうにかしたとして、部屋にかけつけた古泉達と長門との間に 
何か会話があったかもしれない。これは考えても仕方のないことだが。 
さらに気になるのは朝比奈さん(大)のことだ。帰り際に彼女は今の時代の私にはこのこと黙っていて 
欲しいと言っていた。どんな事情があるかは知らないが朝比奈さんには現在のところ関わらせてはいけ 
ないようだ。 
 そして事件の大元凶とも言えるハルヒがまともにSOS団の活動を出来ないことを我慢できなくなるまで 
そんなに時間はかからなかった。 
 
「何なのよ一体!」 
放課後の文芸部室。朝比奈さんがメイド姿で温度計を持ちながらお茶を入れている姿をなんとなく眺めている 
と毎度お目にかかる口をアヒルのようにしたハルヒが眉をひそめて言った。 
「何がだ。」 
「決まってるじゃない!二人ともどこで何をしてるって言うのよ?古泉君もそうだけど有希はどうしたのよ。 
ここのところ学校にも来てないみたいだし古泉君と同じで電話にも出ないし。その上部室にも顔見せない 
なんておかしいじゃないの。」 
 普通は逆だろ。学校の授業には出なくてもいいが部室には来いってか。長門もいい加減にこのわけの 
わからん団体に属している自分に疑問を持ったんじゃないか? 
「そんなわけないじゃない。有希はSOS団の一員なのよ?」 
 と、まったく理由になっていないことを口走っているハルヒを見ていてふと思った。この状況が 
変わらないまま続けばおそらく例の閉鎖空間とやらが発生するだろう。今となってはあまり関係のないこと 
だがこれもまた機関の思い通りなのではないか?要するに俺が死んでも死んでいなくても長門がここに居ても 
居なくても古泉一人だけでもいなくなればハルヒは何らかの変化を起こす。もはやこのSOS団は誰か 
一人が欠けるのだってハルヒにとっては考えられないことだろうからな。そう考えると朝倉涼子や喜緑さんも 
機関からすると下っ端扱いということになる。俺を殺せればラッキー、程度のものだったことになるからな。 
古泉の言っていた「しばらく様子を見ることになる」とは長門や古泉がいなくなった後のハルヒの変化を見る 
ということかもしれない。 
「もしかして病気にでもかかって家で動けないんじゃないかしら。あの子一人暮らしみたいだし心配ね…。 
決めたわ、今日は有希の家に行きましょう。みくるちゃん、何の格好で行くかはわかってるわね?」 
 まったく、素直にお見舞いに行くって初めから言えばいいのになぁ。そうすれば少しはかわいげが 
あるってもんだ。待てよ、これはまずい。家に長門が居ないとバレたらさすがに変に思うだろう。特に 
ハルヒのことだ。どんな騒ぎを起こすかわからん。とは言ってもハルヒには何も出来ないだろうが。 
どうする?もはや行く気まんまんで朝比奈さんにナース服姿を強要しているハルヒを制止して俺は言った。 
「おい、待てよハルヒ。いきなり押しかけたりしたらまずいだろう。」 
「何でよ?別にいいじゃない家に行くくらい。」 
 とりあえず止めてみたもののなかなかうまく通りそうな言い訳が思い浮かばない。しばらく考えている 
俺をハルヒはけげんそうな顔で見ている。 
「実を言うとな。」 
 俺は雪山でハルヒに話したことを持ち出すことにした。 
「今長門は家にいないんだ。前にも言っただろう?長門の転校の話。長門は遠い両親の所へ説得に行って 
るんだ。行って戻ってくるのに何日かかかるらしい。心配するな、じきに帰ってくるだろうさ。」 
話を聞いていたハルヒはむぅ、と声を漏らして少し考えた後 
「ならしょうがないか…。あんたもそういうことは早く言いなさいよ。」 
「すまん。おれもまさかここまで時間がかかるとは思ってなかったんだよ。」 
 やれやれ、何とか理解してくれたようだ。ハルヒはじとっとした顔でしばらく俺を見て 
「じゃあ今日はもういいわ。帰る。」 
 と言ってカバンを持ってさっさと部室を出て行ってしまった。部室に残された俺と朝比奈さんに少しの間 
沈黙が流れ、これからどうするか迷っていたら朝比奈さんの方が喋りだした。 
「あのう、キョン君?長門さんが学校に来なくなったことと、古泉君のことについて何か知ってるんですか?」 
 そりゃいくら朝比奈さんでも古泉が自主停学した上にあの長門が三日も学校に来ないとなれば不自然に思うだろう。 
実際にあの学校を見張っていた日から長門と古泉はいなくなったんだ。何かあったと思う方が普通だ。さて、今まで 
無理にあの日のことは話題にしないようにしてきたがどう言えばいいのかね。 
「キョン君?」 
 黙ってしまった俺を不思議そうに見る朝比奈さん。 
「ええとですね。それは今朝比奈さんには言っちゃいけないみたいなんです。」 
 その言葉を聞いた朝比奈さんは少し悲しそうな顔をする。かつて交通事故に遇わされそうになった 
少年を助けたときにも見せた顔だ。 
「そうですか。やっぱり何かあったんですね…。」 
「でも大丈夫です。いずれきっと全てお話する時が来ますよ。気にすることありませんって。」 
 すると朝比奈さんは意外にもすぐに表情を明るく変えて 
「大丈夫です。もう慣れてきました。それに多分それが今の時間平面上でベストなことなんだと思い 
ますし、そう考えたら逆に絶対に聞かないようにしないといけないとって思います。」 
 その言葉を聞いて俺はああ、きっとこの前の8日間で朝比奈さんの中では何か吹っ切れたものが 
あったんだろうなと思った。様々なことが起こっているここ数日だが、状況は確実に変化していっている。 
変わっていないのは俺とハルヒくらいだ。いや、もしかしたらハルヒにも何らかの変化があるのかも 
しれない。いずれにせよ俺にしたら取り残されていっているようで少し寂しいかもしれないな。 
 俺は着替えてから帰るという朝比奈さんと部室で別れ、下駄箱で靴を履き替えようとすると中に 
見慣れた封筒が一通置いてあるのを発見した。朝比奈さん(大)のものだ。おれはさっそく人目の 
つかないところへ移動し中を確認する。中には 
「今日一日、この時代の私とずっと一緒に過ごして下さい。」 
 と書かれてあった。ううむ、これがこの時代の朝比奈さんの申し出なら浮かれてお受けする話なんだが 
なぁ、もったいない。などと考えながら俺は朝比奈さんに連絡を取る。といってもまだ学校の中にいるだろうが。 
 
「お待たせしましてしましたぁ。」 
 校門前で待っていると朝比奈さんが息を切らしながらかけつけてきた。う〜ん、やはりもっと他の機会に 
大事に取っておきたいようなシチュエーションだ。 
「それで、具体的には何をすればいいんですか?」 
「それがですね、とりあえず今日一日一緒に過ごしてくれということです。」 
 そう言って俺は朝比奈さん(大)のメモを見せる。証拠がなければただのデートの誘いにしか聞こえない 
かもしれないからな。真剣な表情で紙面を見ていた朝比奈さんは困った表情になって 
「う〜ん、参ったなぁ。どうすればいいんでしょう?」 
 と俺を見る。ここは男としてなんとしても退屈させたりしないようにしなくちゃあな。 
「そうですね、今日この後何か用事でもないんですか?付き合いますよ。」 
「用事、ですかぁ?」 
 少し考える素振りを見せ朝比奈さんは言う。 
「じゃあ今日はまた新しいお茶の葉を買いに行こうって思ってたんですけど、付き合ってくれますか?」 
 そりゃあ朝比奈さんと一緒なら例え日中のサハラ砂漠のど真ん中でも真冬のエベレストの山頂でも天国です。 
お供しましょう。 
「じゃあ決まりですね。今日はよろしくお願いします」 
 と朝比奈さんはぺこりとおじぎをして俺にまるで見るもの全てをとりこにしてしまいそうな笑顔を向けてくれた。 
 
 その後、俺と朝比奈さんはデパートへ向かい目的のお茶の葉を購入した。その間にはというと特に 
何が起こるというわけでもなく、俺は朝比奈さん(大)の指令のことがすっかり頭の中から消え去ろうか 
というくらいになっていた帰り道。朝比奈さんから例の衝撃告白を受けたベンチのある川沿いだ。 
そこで突然意外な人物に会った。鶴屋さんだ。 
「おや、みくるにキョン君かいっ。こんなとこで二人して歩いて何してのさっ。もしかしてデートかいっ?」 
 といつもの元気な声で話しかけてくる。 
「ち、違います〜。」 
 と朝比奈さんは顔を真っ赤にしながら言う。うむ、どんな顔をしてもかわいいなぁ、朝比奈さんは。 
からからっと笑った後鶴屋さんはまるで本題を切り出すかのように喋りだした。 
「そうそう、それはそうとさっ。今うちにハルにゃんが来てるんだけどみくるとキョン君も来ないかいっ? 
晩ご飯ごちそうするよっ。何かわからないけどハルにゃん元気なさそうでさっ、二人が来ればきっと調子 
出てくると思うしねっ」 
 やれやれ、もうしばらくは忘れていられるかと思ったのになぁ…。しかしまた意外な介入者だな。 
朝比奈さん(大)の指令によって朝比奈さんと一緒にいることになり、鶴屋さんと出会った上に今回はハルヒ 
まで関わっている。これは偶然なのか?朝比奈さんの方を見ると朝比奈さんも同じ事を考えていたのだろう、 
どうしようといった感じの表情で目が合った。 
「あいつは何で元気がないんです?それにハルヒは鶴屋さんのお宅に何をしにいったんですか?」 
 とりあえず疑問に思ったことを尋ねてみる。すると鶴屋さんはいたずらっぽい笑顔を見せ 
「それがねっ、ハルにゃんは何だかキョン君達が自分に隠し事してるんじゃないかって言ってるんだよ。 
話は聞かせてもらったんだけど、古泉君や長門っちがいなくなったんだってねっ?でもキョン君はそのこと 
について何か知ってるように見えるって言うのさっ。でも自分には何も話してくれない、ってことで悩んでる 
みたいだね。その相談に来たってわけさっ。」 
 なるほど、さすがに今回のことはハルヒも違和感を覚えたんだ。何かと勘のいいやつだからな。ひょっとしたら 
今までも感じていたのかもしれない。ずっとハルヒを中心に事件は起こってきたんだ。その中心にいるハルヒが 
何も気付かないなんて事はありえないだろうからな。鶴屋さんは少し表情を変え優しい顔になって言った。 
「みんなハルにゃんのこと変みたいに言うけどさっ、ハルにゃんも普通の女の子なんだよっ。人並みに悩んで 
そんな話をしにきたりするのさっ。」 
 それは俺も百も承知だ。あいつが本当に根っからの変人だったらこんな安定した世界にはなっていない。 
 しかしこの言葉に大いにはっとさせられたのは事実だ。言動は常人のそれとは比べ物にならないほどめちゃ 
くちゃなハルヒだがハルヒの視点になって考えてみると、自分はただの何の力もない人間で世の中は自分の望む 
ような世界ではない。これからも普通の生活を送らなければならない。しかしそのことに無性にいらだつ。 
頭ではないとわかっていても世界に異常を求める。さらにそんな自分を理解できない他人にもいらだちを覚え遠ざける。 
そして中学の七夕の時、俺に出会う。そこでの俺は偶然にもハルヒの意見に同意してしまう。宇宙人や未来人や 
超能力者はいると。ハルヒは嬉しかったのだ。自分の考えにあっさり同意してくれる人間がいただけで。それが 
SOS団の根源だった。自分の馬鹿なことに付き合ってくれる俺達を手放したくはない。もしかしたらそれが 
ハルヒの本心なのかもしれない。だとしたら…。何のことはない。 
 ハルヒは普通の人間だ。 
 自分の気に入った居場所を失いたくないだけなんだ。鶴屋さんはまたいたずらっぽい笑みを浮かべ、全てを 
見透かしているかのような目でもう一度尋ねた。 
「でっ?どうするのさっ?」 
 まったく、どこまで知ってるんだろうね、この人は。恐ろしい。もちろん俺の選ぶ答えは決まっていた。偶然とは 
とても思えない。 
 
 俺と朝比奈さんは鶴屋さんと共に鶴屋邸に到着した。既に鶴屋さんがハルヒに連絡を取っていたらしく門の外に 
ハルヒは待ち構えていて 
「よく来たわね、あんた達。まあゆっくりしていきなさい。」 
 なんて言っている。こらこら、それはお前の台詞じゃないぞ。 
 中に入ってしばらく談話に話を咲かせていると着物を着た人達によって大量の料理が運ばれてきた。それがまた 
料亭に行けば一体いかほどするのか想像もつかないような豪華な料理で、俺達(と言ってもハルヒは元々遠慮なんて 
しないが)はありがたく頂戴することにした。 
「みくるちゃん、今度は着物でも着てみよっか?」 
 なんていつもと変わらず明るく話しているが、やはり少し無理しているように俺には見えた。 
 さて、今まで食べたことのないようなおいしい夕食の後、ちょうどそろそろ帰ろうかという雰囲気になった頃に 
鶴屋さんが口を切った。 
「ごめんねぇ、みんな。これからちょっとした見せ物があるのさっ。付き合ってくれるかいっ?」 
 俺を含めぽかーんとして鶴屋さんを見る一同。ハルヒが口を開きかけたその時、すかさずふすまが開けて入ってくる 
人物がいた。それは俺達がよく知る面々で、古泉に荒川さんに森園生さんだ。おい、これは何だ?まさか鶴屋さんまで…? 
もはやパニック寸前になっている俺と朝比奈さんの隣でハルヒは 
「古泉君!それに荒川さんに森さん…?ねえ、これってどういうこと!?」 
と驚いているような喜んでいるような顔で叫んだ。それは俺と朝比奈さんが一番訊きたい。本当にどういうことだ? 
どんな反応を示せばいいのか迷っているといきなり森園生さんが銃を向けて静かに言った。 
「涼宮さん。あなたにはお知らせしないといけないことがあります。そこにいる朝比奈みくるは未来人、そして我々は 
ある機関に属する超能力者です。」 
 頭が痛い…。もはや何が何だかわからん。かと言ってわかりやすく説明してくれる場面でもないだろう。すると俺と 
同じく状況を理解出来ないといった顔のハルヒに向けて引き金が引かれた。 
「涼宮さん、あ、危ないですっ!」 
 そう叫んだ朝比奈さんはハルヒを突き飛ばした。しかし、最悪なことにハルヒを狙った銃弾は朝比奈さんに当たった 
ようで、腹部をどんどん真っ赤に染め上げていく。朝比奈さんに突き飛ばされ倒れているハルヒに朝比奈さんは 
「涼宮さん、キョン君…。逃げて…くだ…さい…。」 
 としぼり出すように言って気を失った。頭が真っ白になった。今日一日は朝比奈さんとずっと一緒にいなきゃいけないんじゃ 
なかったのか?どうすればいいんだ?もはや何も考えられなくなった俺は呆然自失といったハルヒの腕を掴み 
「ハルヒ、来い!」 
と古泉に体当たりしその後ろの開いたままになっていたふすまを抜けた。何発かの銃声が聞こえる中俺は後ろも振り返らず 
無我夢中に走った。ハルヒが何か言っていたが無視して走り続けた。 
 
 
 どれくらい走っただろう。全力でこんな長い間走ったのは初めてだ。どうやら追手は来ないようだ。ここがどこだかも 
わからない。どこかの廃屋みたいだ。ぜいぜい言いながら周囲を確認している俺に同じく息を切らしているハルヒは言った。 
「ねえ、これは何なの?どうなってるの?また古泉君のいたずらなの?」 
 そうだったらどれだけいいだろうな。くそっ、朝比奈さんはどうなったんだ。我に返った俺は朝比奈さんを置いて 
きてしまったという自失の念にかられていた。 
「くそっ!くそぉっ!」 
 質問に答えない俺にハルヒはどうすればいいのかわからないといった様子で黙って見ている。俺達の間にしばらく 
重苦しい空気が流れた。 
 頭の中はだいぶ落ち着いてきた。鶴屋さんは俺と朝比奈さんを連れてくるよう機関に頼まれたのだ。そして理由は 
わからないが機関はハルヒに危害を加えようとして朝比奈さんを撃ってしまった。今考えると朝比奈さん(大)の指令に 
従うならこの時代の朝比奈さんが撃たれても俺はあの場にいなければならなかった。前にも長門が言っていた通りこの世の 
未来は決まっていない。朝比奈さん(大)が存在するからといってこの時代の朝比奈さんが死なないとは限らない。 
あくまで朝比奈さん(大)の指令通りに動いたとしてその未来は確定するのだろう。あの場に俺が残っていれば何らかの 
ことが起こり朝比奈さんが助かっていたという可能性だってある。だとすると俺はとんでもないことをしてしまったかも 
しれない。もしかしたら朝比奈さんは…。そう思うと涙があふれてきた。声にもならない声で泣く俺にハルヒは心配そうに言った。 
「ねえ、どうしたのよ…?これは一体どういうことなの?説明しなさいよ。」 
 俺はあふれてくる涙を腕でごしごしとふき、いい加減ハルヒに説明をしようと思い直す。しかしどう説明すればいい? 
もし機関の連中が言っていたことは全て本当で、ハルヒは世界の創造主かもしれず、その為にこんなことが起こったなんて 
言ったらどうなる?世界はきっとめちゃくちゃになる。最悪また閉鎖空間を造り出して世界の再構築するなんてことにもなりかねない。 
 案外それもいいかも知れないな。今度造る新しい世界ではハルヒもこんなことにはならないように世界を構成して 
くれるだろう。もっと普通な高校生活を送ってSOS団の連中と仲良く遊んだりして…。 
 いかんいかん、それでは朝比奈さんがこの時代に来て今までやってきた事が無意味になる。俺や長門や古泉のやってきた事もだ。 
 そして俺は考えた。たとえ今更何もないなんて言っても、かといってみんな芝居だと言ってもハルヒは信じないだろう。 
何て言えばいいんだ…。必死に言い訳を考えていると足音が聞こえてきた。はっきりとこちらに近づいてくる。まだ何か喋ろう 
とするハルヒの口を手でふさぐ。くそっ、追手か?とちらりとその姿をのぞき見る。 
 何てこった。まだ記憶に新しい、あの日の部室の妙な空間の中で俺を刺した犯人だった。そう、喜緑江美里だ。こんな時に 
一番やっかいな相手のお出ましだ。何といっても長門のお仲間だったんだからな。長門が敵にまわったと考えれば現状の 
どうしようもなさが理解できる。もう駄目なのか?どうすりゃいいんだ! 
 影から様子を伺っていると彼女の口がわずかに動いた。呪文ってやつか…。いったい何をするつもりだ?またあの朝倉涼子の 
時みたいに妙な空間に閉じ込められるのか? 
 すると俺の身体に異変が起きた。激しい頭痛だ…。喜緑江美里から何らかの攻撃を受けているのか?俺をどうするつもりなんだ。 
「どうしたのよ?」と隣で声をかけるハルヒの声が聞こえる。こんなにあっさり終わるのか?俺達は…。そう思いながら俺の意識は 
暗い闇に落ちていくように遠のいていった。 
 
 
 
 またここか。ここに来るのはこれで三度目だ。一度目は2月20日の夢の中、二度目は2月20日に部室で刺されて 
意識を失った時。しかし今度は前とは違っていた。俺のそばには初めからもう何ヶ月も姿を見ていないような気がする懐かしい 
姿があった。長門だ。 
「長門、お前どこ行ってたんだよ?いくらお前のことだからってこっちは心配したんだぞ!いきなり消えやがって。 
消えるにしても何か事情があるなら説明してからにしろよ!」 
 何も応えない長門に俺は罵声を浴びせ続けた。そうだ、今気付いた。俺はこいつがいなくてさびしかったんだ。 
 長門は久しぶりに見る無表情な顔で言った。 
「ごめんなさい。」 
 すると長門が俺の近くから離れていく。おい、どこへ行くんだ?また俺達の前から姿を消すのか?遠のいていく長門の 
姿はもはや完全に見えなくなった。 
 
 
 
 そこで俺は目を覚ました。何がどうなった?ハルヒは?確か俺は喜緑江美里に…。そう思って起き上がり目を上げた 
その先に映ったのは 
 
 無表情でこちらを見つめている長門有希の姿だった。 

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