校門前にはすでに朝比奈さんと長門に古泉、そして荒川さんと森園生さんが到着していた。俺は
朝比奈さん(大)の手紙の内容を皆に伝えるべきか迷っていた。何せ漠然とした内容のこと
だったしな。かといって良くないこととやらが起これば間違いなくここにいる誰かも
巻き込まれることになる。あれこれ考えていると突然古泉が話を切り出した。
「すみませんが学校に入る前にみなさんには言っておかなければならないことがあります。もっと
早くに言うべきだったと思いますが何せこちらもまだ事情の整理がついていなかったもので。実は
先ほど言ったことには少し嘘がある、というよりも隠していたことがあります。単刀直入に言うと
今回の事件には我々に敵対する機関が関わっている可能性があるんです」
どういうことだ?これは長門のお仲間がやった可能性が高いんじゃなかったのか?古泉は
いつもの表情を変えずにうなずく。
「ええ、それはおそらくその通りでしょう。他ではない長門さんがそうおっしゃるのですからね。
そしてこれはあまり詳しくは言えないのですが最近我々の敵対する機関の活動が顕著になって
きています。つい先日我々の仲間がその機関の人間にやられました。これは明らかな
宣戦布告です。そしてこのタイミングでボヤに集団時間移動。それこそ偶然とは思えません」
ちょっと待て、説明になってないぞ。その敵対する機関っていう奴らは長門みたいな力を
使えるのか?
「もちろんその機関にはそんな能力はありません。ですが長門さんとは別の情報思念体が
その機関に加担していると考えるなら話は通ります。これは以前お話しましたよね?」
俺は雪山での事件を思い出していた。そういえばあの犯人はまだ不明なままだったな。あの
犯人も関わっているとしたら確かにおかしくはない。ちょっと待て、ということはこれは
かなり大きなことになる可能性もあるってことか?
「そうです。しかも今回の場合ここに我々が来る可能性が高いということでひょっとしたら、
いえかなりの確率で罠であるといえるでしょう。しかしその罠に飛び込まなければ事態は
進まない。良い方向にも悪い方向にもね。もちろん僕達が全力で良い方向に進むよう努力する
つもりですが。」
おかしいだろ。それなら長門は宇宙人の敵対策で呼ぶというのはわかるが何故朝比奈さんや
俺まで呼ぶ必要があった?はっきり言って俺達には何も出来ないし、いても足手まといに
なるだけだ。古泉の機関の都合で罠に付き合って危険な目に会わされるなんてごめんだからな。
何故前もっておおよそのことだけでも言わなかったんだ?
「それがそうとも言い切れないんです。それは敵の機関に何らかの罠を起こさせるのに
SOS団の誰かが必要かも知れないからです。この中の誰かが欠ければ何も起こらないかも
しれない。それが一番思わしくないことなんですよ。ですので全員に、もちろん涼宮さんは
除いてですが来ていただいたわけです。前もって説明しなかったのは先ほども言った通り事情が
掴みきれていなかったのと、言うとあなたが行かないと言うかもしれなかったからです。もちろん
卑怯な手であったことは謝ります。土壇場でこんなことを言うのですから。
しかしわかって下さい。それほど事態が切羽詰まっているんです。我々もなんとか相手の機関に
一歩でも有利になっておきたいんですよ」
なるほどな。言うと俺が逃げ出すと思ったってわけか。確かにその通りかもしれない。考えれば
考えるほど頭にくるがこのまま朝比奈さんを置いて自分だけ逃げるわけにはいかないからな。
待てよ、これも計算か?
「もちろんあなたには断る権利があります。どうしますか?我々としては是非とも
協力していただきたいのですが」
古泉はいつもの笑顔でおれに顔を向けているが、目だけはかなり真剣だ。
どうするかな…。はっきり言って俺は古泉を信用し切っているわけじゃない。最悪古泉の機関が
俺達をはめようとしている可能性だってある。かと言って古泉の敵の機関と長門とは別の宇宙人の
件がこれを期に解決するとなるとSOS団にとっても良いことだ。
さて、本当にどうしたもんかね。朝比奈さん(大)の警告だってあるわけだし…。
「長門、どう思う?」
考えがまとまらなくなった俺はいつもと変わらず微動だにしないで無表情に立って話を
聞いている長門に意見を求めた。長門は少しばかり考えるような顔をした後、
「あなたと朝比奈みくるはここにいるべき。もし二人のどちらかが対象だった場合ここに私達を
足止めするのが目的である可能性もある。幸いまだ敵はあなた達に攻撃を加えていない。
でも事情を把握したあなた達にこれから攻撃を与えないとも言えない」
ふぅむ、要するに俺達はここに来て古泉の話を聞いてしまった以上そのまま無防備に
帰るわけにはいかないってことか。しかし…
「大丈夫」
長門は全く表情を崩さずに世界で一番信用してもいいかもしれない、実に頼もしい一言を
言ってくれた。
「あなた達には私が危害を加えさせない」
第二章
とりあえず俺達は古泉・森園生メイド・荒川さん、朝比奈さん・長門・俺に分かれて部屋と
外を交代で見張ることにした。九時から十時、一時から二時、四時から五時までは俺達が外を
見回り、他の時間は部室で待機ということになった。部室の時間が明らかに多いのは俺や
朝比奈さんに気を使ってのことだろう。部室の見張りのうち一人は仮眠を取ることになるからな。
とは言っても俺や朝比奈さん以外の全員は多少寝なくても平気なように訓練されているだろうし
寝起きだから何も出来ませんでしたなんてことにはならないだろう。俺は寝起きでも
そうでなくても何も出来ないだろうけどな。グループ分けに関しては古泉も機関の人達となら
行動しやすいだろうし、俺と朝比奈さんはほぼ普通の人間なのでこの中で一番頼りになるであろう
長門にその重荷を背負ってもらうことになったのだ。毎度だが世話になるな長門。
今度飯でもおごるよ。
というわけで俺と長門と朝比奈さんチームは先に校舎を見張ることになった。しかし見張ると
言っても何も起こっていない時は暇だ。校舎の中をうろうろするだけだからな。例によって
朝比奈さんは長門がいると緊張して口数が少なくなり会話もはずまない。しかし何で朝比奈さんは
こいつが苦手なんだろうな。
一時間ほど経っただろうか。そろそろ部室の見張りと交代だなと思っていたら人影が見えた。
向こうから歩いてくるみたいだ。やれやれ、もうおでましか?一体どんなやつなんだ?と
暗くなった校舎の窓から差し込む光を頼りに目を凝らしてその姿を見てみるとそれは意外な
人物だった。かつてのカマドウマ退治の依頼者で生徒会に属している長門と同じ情報…
ナントカ体の喜緑江美里だ。
「こんな時間にどうしたんですか?」
彼女は動揺した様子も見せずこちらに話しかけてきた。どうしたんですかって言われても
そっちが何をしていたのかの方が気になる。
「私はちょっと生徒会の雑務が残っていまして、それを片付けていたらこんな時間に
なってしまったんです」
生徒会とはそんなに忙しいものなのか?長門と同じ宇宙人であるのならすぐに終わらせて
しまいそうな気もするが。
「で、あなた達は何をしているのですか?」
そういやこっちの方が十分怪しいことをしてるんだったな。さて、どう事情を説明しようか。
この場合別に本当のことを話してもかまわないのか?長門に意見を求めようとするが何と言えば
いいのかわからず迷っていると、長門が先に答え始めた。
「この学校に通常にはない因子が含まれていると認識した。その調査」
長門は何かを察知したのかあいまいな表現で答える。すると喜緑さんは少し止まった後
何かを含んだような笑顔を見せて
「そうですか。私はそろそろ帰りますけどみなさんもあまり遅くまでいたらいけませんよ」
そう言ってぺこりとおじぎをして去っていった。
「それはおかしいですね」
見張りを交代するためにやってきた部室で事情を説明すると古泉は言った。
「今日別れ際にも言ったとおり今回は機関から学校側に話を通しています。ここには今
誰もいないようにしてもらっているはずなのですが。しかし彼女の場合長門さんと同類の
情報思念体ですから例外になったという可能性もありますが…。長門さん、彼女に何か
変わったことはありませんでしたか?」
「あった」
長門はいつもの無表情で淡々とした口調で続ける。
「彼女は無視出来ないほどの何らかの情報齟齬を起こしている」
なんだって?俺にはいつもと変わりないように見えたが。とはいってもそんなに
会ったこともない気がするが。古泉は珍しくまじめな顔で考え込んだ後、
「考えたくはありませんがもしかしたら彼女が今回の犯人である可能性もありますね。そして
何かをするためにここにいる。一度機関の上の方に連絡を取ってみることにします。もしかしたら
何かの事情があってのことかもしれませんしね。というわけで僕達は席を外させてもらいます。
事がわかり次第携帯で連絡しますよ。ちょうど見回りも交代ですから。彼女のいたという
生徒会室も調べてみます」
そう言って荒川さんや森さんを連れて出て行った。
文芸部室に閉じ込められた俺達はとりあえず古泉の電話を待った。が、一向にかかってくる
様子がない。もしかしてやられちまったんじゃないだろうな?長門は変わらず本を読んでいる
ところからして大丈夫だろうが。
すると朝比奈さんが何か言いづらそうな顔をして喋りだした。
「あのう、キョン君。ちょっと話があるんですけど…ちょっと外で。いいですか?」
そう言われて俺は朝比奈さんに部室の前へ連れ出される。
「あの、言いにくいんですけど私これから別の時間に移動しなくちゃいけないみたいなんです」
それはまた突然だな。それは例の指令ですか?
「うん。詳しくは禁則事項で言えないんですけど、実はこの指令は夕方の部室でもう既に
与えられていたんです。どうして今になって言うのかっていうと、それも指令のうちなんです。
この事を長門さんを含めて古泉君や他の人に言っちゃいけないっていうのも。だから長門さんに
はうまく断っておいてくれませんか?」
どういうことですか?俺には言ってもいいのに長門にはだめなんですか?
「私にもさっぱり訳が分からないんです…。でも、お願いします」
そういって朝比奈さんは今にも涙があふれそうな目をしてこちらに顔を向けている。
「いいんじゃないですか?別の時間に行くならここよりは安全でしょうし、そんな指令が
出るってことは朝比奈さんはここにいちゃいけないってことかもしれませんから」
「あ、ありがとうございます。じゃあお願いします」
「いえいえ。何をするのかわかりませんが、がんばって下さい」
そして俺は朝比奈さんに気を使ってすぐに部室に入った。そしておれは椅子に腰掛けながら
いつものポジションで本を読んでいる長門に言った。
「長門、朝比奈さんは急な用事があるから帰るってさ。大丈夫、鶴屋さんとこの車がすぐそこまで
迎えに来てるらしい」
そう言うと長門は静かに顔をこちらに向け
「そう。」
とだけ言った。すると次の瞬間電話が鳴った。古泉からだ。
「おかしなことになっています。今の今まで聞きだそうとしていたのですが機関は我々に彼女、
つまり喜緑さんのことについて詳しく語ろうとしません。それに生徒会室にはまだ彼女のカバンが
残っています。気をつけてください。彼女はまだこの学校の中にいます。こちらも今早急に
そちらに向かっているところです」
電話の声が終わるか終わらないかというところでガチャリと静かにドアのノブを回し部屋に
入って来た人物がいた。
喜緑江美里だ。
いつの間にか俺の前に立っている長門。そして妙な空間に変わっている部室。これは前の時にも
あったな。俺を殺そうとした朝倉涼子の時と同じだ。不敵な表情の喜緑さんを前にじっと
その様子を伺っている長門。先に喜緑さんが口を開いた。
「私の目的はもうわかっていますよね?長門さん」
「理解している」
「これは私達の上の方々の命令です。逆らう必要はないと思いますけれど」
おいおい、ついに長門まで俺を殺そうとしたりしないよな?そう思って長門の方を見る。
「そんな命令は受けていない。更にあなたが情報の齟齬を起こしていることも理解してる。
あなたを今動かしている意志は喜緑江美里のデータベースに侵入して異常を引き起こしている
張本人」
何?要するに今の喜緑さんは誰かに操られてるってことか?
「少し違う。でもそう考えて問題ない。そして今完全に認識した。あなたを動かしているのは」
「朝倉涼子」
どういうことだ。朝倉涼子は前に長門が消したはずじゃなかったのか。一方の喜緑さんは
変わらない顔で長門の言葉を聞いている。
「朝倉涼子の情報連結は完全に解除した。こちらの上の人間はもう朝倉涼子を再構成しない。
でも、我々に敵対している情報思念体にも再構成は可能。過去の情報から収集すればいい。
おそらく彼らにとって朝倉涼子の得た涼宮ハルヒの情報は無視できない程に貴重なもの。さらに
朝倉涼子の意思と彼らの意思が同調していたために今の状況が発生した」
要するにそこにいるのは朝倉涼子に乗っ取られた喜緑江美里なのか?
「そう。何の情報も入っていない人間型のインターフェースに情報思念体の情報を組み込む
代わりに喜緑江美里のインターフェースに情報を複合して組み込みんだと考えられる。でも
私達が集団で時間移動する前の彼女にはそのような情報齟齬は確認できなかった。おそらく
あの時間移動がきっかけ」
黙って話を聞いていた喜緑さん、というか朝倉涼子か?は少し驚いた顔を見せ口を開いた。
「すごいわね。でもどうして私だってわかったの?」
「この空間プログラムを作成した時と朝倉涼子の以前作成した時とを比較してほぼ同様の
プログラムの甘さがあった」
「へえ。そんなことで。でもここはまた前と同じで私の情報下にある空間よ?しかも今回の私は
あなたのバックアップじゃない。喜緑さんの力が使えるんだから。勝負は
決まっちゃったんじゃない?」
「問題ない」
長門の口が高速に動いた。
「!」
一体何が起こったのかはおれにはさっぱりわからなかったが朝倉涼子はさらに驚いた様子を
見せた。
「なるほどね、私の空間プログラムを自分の空間プログラムに上書きしたのね。こりゃ早く
逃げないとまずいわね。おしゃべりもここまでか」
そう言うと朝倉涼子の口も高速に動く。しかし長門は静かに言う。
「もう終わった。あなたの情報を喜緑江美里のインターフェースから引き離した。会話中にも
上にあなたの過去の情報の痕跡をすべて消すよう申請した」
「そ、そんな!まさかこんな短時間に…」
すると喜緑さんから朝倉涼子の身体が抜け出てきた。おそらくこの空間では情報思念体とやらも
姿が見えるのだろう。長門は無表情で言い放った。
「これで2対1。あなたの負け」
喜緑さんは素早く俺の方に駆け寄って来て
「長門さん、こちらはまかせて下さい。さあ、来てください」
と俺を朝倉涼子と距離を置いた場所へと誘導する。とうとう観念したのか朝倉は身体が
消えていく中で
「あなたには敵わないわね、長門さん。まさかこんなにあっさりやられちゃうなんて。これで
完全に私も終わりね」
などと言っている。しかしこれで3回目か?俺が朝倉涼子に殺されそうになったのは。
いい加減にこれで終わりにしてもらいたい。そして朝倉涼子はこう続けた。
「でもいいわ、目的は達成されたわけだしね」
何が起こったのか自分ではわからなかった。気が付くと俺の胸にはナイフが
つき立てられていた。どういうことだ?朝倉はあそこにいるのに…。
「ふふふ、長門さんも最後で詰めを誤ったわね。最初から喜緑さんごと私の情報連結を解除すれば
こんなことにはならなかったのに」
ナイフを握り締めているその人間を見ておれは愕然とする。喜緑さんだ。何故?どうして?
朝倉は満面の笑みで続けた。
「ここまでうまくいくなんてね。そうよ、喜緑さんも私と同じ急進派だったの。さもないと
彼女のインターフェースに侵入するなんて簡単に出来るわけないじゃない。長門さんもうかつ
だったわね。それに考えてみてよ。あの部屋の空間プログラムを作成した時喜緑さんはまだ私に
乗っ取られてなかったのよ?じゃあ誰があのプログラムを?意外と抜けてるのね、長門さんって。
あと実は結構いるみたいよ、私達みたいな急進派。それじゃあまたね」
喜緑さんと長門と俺を残し朝倉涼子は消えていった。俺は刺された胸が痛くて、というより
身体がしびれて動かなくなってその場に倒れ込んだ。制服の中に暖かいものが広がるのを感じた。
その時長門がどんな顔をしていたのか俺には確認することはできなかった。
そして俺はそのまま意識を失った。
暗い。何も見えない。また夢か?何か浮遊感のようなものを感じる。決して悪くはない感覚だ。
すると明るい光が遠くからこっちに近づいてきた。そして近づいて来るにつれてその形がはっきり
する。やっぱりそうか。
長門だ。
俺は長門に話しかけた。
「どうしたんだよ?また夢の中で。俺に何か用事でもあるのか?」
俺の質問には答えず長門はいつもの無表情な顔で言った。
「大丈夫。あなたが心配することは何もない」
長門は俺の手を掴みそしてわずかに表情を変えた。あの夢の中で最後に見せた顔だ。すると
長門は俺の身体の中に入っていった。長門、何してるんだよ。おい…。
俺は目を覚ました。どうやら部室で倒れていたようだ。あれ?どこも痛くないぞ。俺は確かに
刺されたはずなんだが…。長門が身体を直してくれたのか?そばにいるであろう長門に声を
かけようと部屋を見渡す。しかしそこには誰もいない。また時間移動でもしたのか?と部室の
時計を見るが今は11時半だ。今日が2月20日ならあれから1時間程しか経っていないことに
なる。そう言えば古泉達はここに来るとか言ってなかったか?もしかして何かあったのかも
しれない。俺は急いで古泉に電話をかけた。
「おい古泉。そっちは一体どうなってるんだ? 何かあったのか? こっちに来るんじゃ
なかったのか?」
「…」
「どうした?」
古泉は電話の向こうで黙っている。数秒ほど待っているとついに言葉を並べだした。
「実は非常に言いにくいことなのですが…。僕や荒川さんや森さんを含めた機関の下の者達は
だまされていたようです。はっきり言うと我々に敵対する機関など初めから存在していなかった。
全ては機関の一人芝居だったんですよ」
「待て、何を言ってるんだ?」
「つまりです、僕ら下っ端の者達には敵対する機関がいるかのように命令を出し、ある程度
信用させた上で涼宮ハルヒの情報を操作しやすくしていたんですよ。そして最近何の変化も
示さなくなってしまった彼女に機関が痺れを切らして、というよりもこのまま変化しないことを
恐れてあなたを殺害して何らかの変化を起こそうといった強行に出たようです」
「おい、ちょっと待てよ。お前達機関は涼宮に何も事を起こして欲しくないんじゃなかったのか?
だからわざわざ孤島や雪山へ行ったりしたんだろうが」
古泉は再び数秒ほど黙り込み、そしていともあっさりとそれを言った。
「詳しいことは言えません。我々の機関はあなた達とはもう敵対する者なのですから」
そしてこう付け加えた。
「今回部室で倒れていたあなたを殺さなかったのは我々もまだ状況の整理が
ついていなかったからです。正直、突然あんなことを言われて混乱していましたからね。他意は
ありません。今詳しい事情を聞いているところです。ちなみにそちらには我々はいません。今回の
作戦が完全に思うようにならなかった以上おそらく機関の方はしばらく様子を見ることに
なるでしょう。もちろんボヤも起こりません。でも、これからは身の周りにお気をつけて」
そう言って古泉は俺の返答を待たずに電話を切った。
なんてことだ。古泉が裏切った?確かにあいつは機関に属する人間としてその命令には
逆らわないだろう。確か前にもそんなことを言っていた気がするしな。だが何故この
タイミングで?何か大きい状況の変化でもあったのか?そこまで思った俺は裏切る前と後にある
異変に今更ながら気付いた。
そうだ、長門はどうした。
どこへ行ったんだ?まさかこの状況で一人で帰ったりはしないだろう。まさか長門も
今回の目的の一つだったのか?
考えていても何もわからないだろう。これからどうすればいいんだ。とりあえず家に帰るか。
いや、しかしさっきの古泉の発言もまた罠である可能性だってある。本当にどうすればいいんだ。
そうこう考えていると部屋に誰かが入ってきた。今度は朝比奈さん(大)だ。
「こんばんは、キョン君…」
「まさか朝比奈さんまで俺を殺すだの言わないでしょうね?」
朝比奈さんは悲しそうな顔で俺を見る。
「いいえ。とは言っても今の状況ではそう思っても無理はないと思います。でも信じてください。
私はあなたの味方です」
いかん、第一声に何てことを言うんだ俺は。よりにもよって朝比奈さんに。俺は冷静な
つもりだったが内心すっかり参ってしまっているみたいだな。
「でも、これからはそれくらいの気構えの方がいいかもしれません。いつどんな方法で機関が
襲ってくるかわかりませんし。じゃあ早速ですけど、これからのことを話したいと思います」
「その前にいいですか?」
朝比奈さんは終始変わらない悲しそうな顔で俺を見る。
「長門はどうなったんです?この時代の朝比奈さんはどこへ?」
「ごめんなさい。どっちも禁則事項です。でも、大丈夫です。信じて」
そう言って朝比奈さんはさらに悲しそうな顔をする。そんな顔をされるともう何も
言えなくなってしまう。
「わかりました。もう訊かないことにします。で、これからのことって言うのは?」
「とりあえずこのまま家に帰ってそれから毎日ちゃんと学校に行って下さい。とりあえず
それだけです。後のことは追って連絡します」
あれから三日が経った。朝比奈さんは次の日から何事もなかったように学校へ顔を
出していたが、古泉はしばらく自主停学という形をとって姿を消した。何も知らなかったハルヒは
何度も古泉に電話をかけていたみたいだが繋がらなかったそうだ。事情を言うわけにも
いかないしな。全く面倒なことになった。
そして長門は、ついに三日連続で部室に現れることはなかった。