いつものように、部室へ入る。ノックをして、朝比奈さんがお着替え中じゃないか確認。そして入室。
中には、長門と朝比奈さんしかいなかった。ハルヒは、用事があるとか言って珍しく帰っちまった。
また厄介ごとを背負い込んできやしまいな。
「あれ?キョンくんだけですか?涼宮さんは?」
「あいつは、用事あるとか言って帰っちまいましたよ。また商店街に、機材強奪にでもいったんじゃないですか?」
十分有り得る話だ。そういや、ハルヒだけじゃなく古泉もいないな。
「古泉くんは、今日バイトだそうですよー。さっき、ちらっと顔出して帰っちゃった」
ってことは、今日は俺達三人しかいないのか。この二人と俺一人、つまりSOS団メイン活動の市内不思議探しの
班決めのたびに、俺が願った状況だ。真面目に通っている俺へのご褒美じゃないかね。
「今お茶入れますね」
うふっと天使の笑みをうかべるメイドさん。この笑みを古泉やハルヒに横取りされないのだと思うと、この上なく
満ち足りた気持ちになれる。あぁ、長門?長門は朝比奈さんを横取りしたりしないから、問題無しだ。読書してる
姿も、朝比奈さんとはまた違ったジャンルでいい感じだからな。
っと、ここで俺は長門に違和感を感じた。長門が読んでいるのは、いつもの厚物本じゃない。薄い本だが…カバーが
かけられてて、わからん。
「おい、長門。何読んでんだ?お前が厚物以外を読むなんて、珍しいじゃないか」
軽い気持ちで話しかけた俺は、しかし長門の返答を聞いて絶句した。
「……ドラゴ○ボール」
……マジか。
長門の手元を覗きこむ。……確かにそうだな。で、なんでまたいきなりドラゴ○ボールなんだ?
「……ユニーク」
そうか。別に文句は無いが、長門とドラゴ○ボールの組み合わせは、いささか怖い。こいつなら、多分主人公の真似をするくらいならあっさりするだろうし。
ちらっと朝比奈さんを見ると、急須を握り締めながらびっくりしてる。そりゃあそうだろう。組み合わせが意外すぎる。
「……」
そんな俺たちにかまわず、漫画を読み進める長門。まあ、別に問題は無いだろう。長門の趣味趣向に口を出すほど、俺は口やかましくは無い。
「キョンくん、どうぞ」
ふと気がつくと、目の前に天使の微笑が。俺の前にお茶を置いてくれる朝比奈さん。いつもいつも、ありがとうございます。
「いえいえ。あ、っと、な、長門さんも…その、ど、どうぞ」
そんなにビビらなくても。
すると、ここでまたもや意外なことが起きた。長門がお茶を置いた朝比奈さんの腕をガシッと掴んだのだ。
「ひっ!」
あからさまにおびえる朝比奈さん。そりゃ怖いだろうな、とか思いながら、お茶をすする俺。
映画撮影の時も思ったが、あの無表情で異種格闘技戦にもちこまれたら大抵の人はおびえるだろう。
「あ、あのう…なんでしょうか…」
恐る恐る、長門を伺う朝比奈さん。
「協力してほしい」
「え…私が…ですか?」
「そう」
「それって、時間移動で…?またどこかの時間にとんで、何かするんですかぁ?」
しかし長門は否定。そして、
「今から行う実験に協力してほしい」
実験?なんの?
「……融合」
……。
は?と俺。
「え?」
と朝比奈さん。
そんな俺達を尻目に、淡々と続ける長門。
「ピッ○ロとネ○ルが融合した。私もやりたい」
……なんか、長門が壊れてる気がする。なんだ、融合欲って。朝比奈さんも、ポカンと可愛らしい口を開けて固まっていらっしゃる。
「つまり、お前は朝比奈さんと合体してみたいんだな?」
「合体ではない。融合」
大差無いだろ。で、なんで。
「したいから。」
……このままこいつと押し問答を繰り広げても、無駄だろうな。「融合しても、元に戻れるのか?」
確か原作では戻るシーンなんて無かったが。
「平気」
お前はいいが、朝比奈さんの話も聞いてやれよ。
「どうします?元には戻れるそうですけど。」
「あっ…えっでも…うーんと、長門さんがやりたいなら、別に私は…も、元にも戻れるみたいですし…」
なんだか、長門のプレッシャーに負けたからっいうのが一番でかい気がするがね。しかし、どうやるんだ?融合なんて。
「任せて」
そういうと、長門は朝比奈さんのお腹に手を当てると、早送りテープみたいな速度で何かをつぶやいた。あの呪文とやらだな、と思った瞬間―――。
「うを!!」
すさまじい光がほとばしり、思わず目を閉じる。そして、光がおさまったと思われた頃に目を開けると、そこには――。
「……」
メイド服を着た長門がいた。見たところ何も変わっていない。メイド服以外は。てっきり、髪が長くなって栗色になってたり、胸が大きくなってたりするかと思ってたが。
「……」
と長門。
「……」
と俺。コメントを何か発するかと待っていたのだが、長門は何も言わない。仕方なく、俺のほうから問いかけることにする。
「で、どうだ?やりたかった融合をした感じは」
っていうか、ほんとに融合したのか?メイド服を着たかっただけじゃないのか?しかし、実際朝比奈さんは見当たらないので、ここにいる長門と確かに融合はしているのだろう……多分。
「なんか変わったか?」
大差無いだろうなーとか思ってた。事実、見た目で変化は無いのだ。メイド服が意外にも、ものっすごく長門に似合ってた以外は。
「時間平面移動能力を身に着けた。情報改変能力は、継続」
朝比奈さんの能力だけもらったのか。
「基本ベースは私のまま」
じゃあ、性格とかは変わらないんだな。
「朝比奈みくるの性格を、今ダウンロードすることもできる」
……お前が朝比奈さんみたいになるのか?マジで?
「実践してみる」
長門はそう言って、目を閉じた…のもつかの間、すぐに開けた。ん?それだけ?とかのんきに思ってた俺は、次のセリフを聞いて度肝をぬかれた。
「キョンく〜ん、お茶のおかわりいりますかぁ?」
……外見も、声も長門のままだ。しかし、口調は朝比奈さんっぽい感じで、しかもにこにこと微笑んでいる。……おい、いつの間に眼鏡をかけたんだ。
「ね、キョンくん。聞いてるんですかぁ?」
そんな間近に迫ってこられても…って、これほんとに朝比奈さんの性格なのか?こんなに顔を近付けられた覚えは無いのだが。
「キョンく〜ん?聞いてますかぁ?ぼーっとしちゃってますよ?熱でもあるのかな」
そういいながら、俺の顔を押さえ、デコに自分のデコを当てる長門…いや、朝比奈さんか?しかし、どう考えても朝比奈さんはこんなことしないと思うのだが…。
「おい長門。いや、朝比奈さんか?」
どっちで呼べばいいんだ。
「有希でいいですよ、キョンくん」
恥ずかしくて呼べん。っていうか、デコをはがしていいか?間近に迫った唇が当たりそうで、思わず奪いそうなのだが。
「駄目ですよまだ離れちゃ。熱計ってるんですから」
いや、熱は無いはずだ。むしろ、この状態だと逆に上がる。
「俺は大丈夫だから、一回離れろ」
そう言って、ベリッとメイド眼鏡っ子をはがす。口調を敬語にするかどうか迷ったが、本人が長門と名乗っているならタメ語でいいだろう。
……そんな上目遣いをするな。メイド服と眼鏡の相乗効果もあいまって、かなり魅力的じゃないか。デコをはがしただけで、機嫌を損ねるな。いや、そんなことよりも。
「長門」
「有希だよ」
「……」
「有希」
「……有、希」
口ごもる俺を、誰が責められようか。
「なんですか?キョンくん」
そう言いながら、顔を近付けるな。嬉しいやら恥ずかしいやら。
「お前、ほんとにそれ朝比奈さんの性格をダウンロードしたのか?俺はそんな風にされたこと無いのだが」
おい、今笑顔がピクッとしたぞ。と、目を閉じてすぐ開ける長門。
「融合を解く」
いきなりかよ。
せめて俺の質問に答えてから分離し―――!!うを、まぶし!
またまた目を閉じる俺。再び目を開けると、ちゃんと朝比奈さんと長門がいた。
「あ……あれ?私、長門さんの実験に……」
「もう終わった」
「あっ、そ、そうだったんですかぁ……」
あれ?朝比奈さん、覚えてないんですか?
「はい、全然」
長門、お前は?
「……」
そこで無言になるなよ。覚えて無かったら、実験の意味も無いだろうに。
「……」
ちらっと朝比奈さんをいちべつする長門。何となくその目に殺意にも似た感覚がたぶんに含まれていた気がするのは俺の気のせいであろうか。
「あっあっ、お、お湯がききれてますね!ち、ち、ちょっとお水をくくくくんで来ませまします!」
そう言って部室を出て行く朝比奈さん。今のは明らかに逃走目的だな。
で、長門。お前は覚えてるんだろ?
「……」
肯定の仕草。じゃあ、最後に聞いた質問だが、ほんとにお前朝比奈さんの性格をダウンロードしたのか?俺は朝比奈さんにあんなことをされた覚えは無いぞ。
「……」
相変わらず無言の長門。しかし、なんだか本当のことを隠してるような気が……まさか。
「お前、ひょっとして朝比奈さんと融合してないのか?」
確かに、融合したにしては外見上の変化は見られなかった。
いや、それだけならまだしも、朝比奈さんの性格をダウンロードしたにしては、あまりに不自然すぎる。朝比奈さんに似ていなくもなかったが、あれは朝比奈さんの性格ではないだろう。とすると、
「あの時お前は、メイド服をはぎ取って、朝比奈さんをどこかに隠しただけじゃないのか?」
もしこいつがほんとに融合して朝比奈さんの性格になってたら、もっと完璧にやりきるだろう。少なくとも、俺に感づかれるような荒い手口にはならないはずだ。恐らく、時間移動能力うんぬんは嘘だろう。っつーことは、あの行動は……
「有希でいいって言ったじゃないですかぁ、キョンくん!」
そういって、長門は…有希は、俺の顔の真ん前でニッコリと笑った……。しかし、どっから持ってきたんだ、そのメイド服と眼鏡は。
続かない