「俺と付き合ってみないか?」
ハレ晴レユカイにさわやかな春の日差しがふりそそく帰り道。
春休みが始まってしばらくたった、いつもの休日と言える休みの日。
SOS団恒例の不思議発見市街パトロールという名目のいつものメンツによる市街散策が終わった後の帰り道、
俺は世界を救う勇者のように勇気を振り絞って言ってみた。
涼宮ハルヒに。
ハルヒは俺が何を言ったのか一瞬解らないと言いたげな表情をした後、
怒り、笑い、呆れ、下を見て、上を見て、俺を見た。
「あんた、なに言ってんの?」
俺が何言ってるかって?
そうだな、なに言ってるんだろうな。
それは俺なりにだな、打算と、深慮の末にたどり着いた事だと思う。
俺はハルヒの事が好きだと思う。
もちろん朝比奈さんの事も好きだが、彼女はこの時代の人とはお付き合い出来ないだろうし、
長門とは色恋というよりも、妹的なというか、何というか、とにかく恋愛対象として見た事はない。
古泉?どう考えても却下だ。
だとしたら俺にとっての交際相手にはとりあえずハルヒは悪くないだろう。
まあ、嫌いではないし、かわいい・・と、思うしな。
あの灰色の世界では・・までしてるんだし、そんなに不思議な話ではないだろう。
俺だってもうじき高校も2年だ。
このままSOS団なるオモシロサークルで無意味に宇宙人や未来人や超能力者を探しているよりも、
より高校生らしく男女交際などをしてだな、健全な男子高校生としても活動して行きたい訳だ。
ハルヒも是非そうするべきだと俺は思っている。
宇宙人や未来人や超能力者を探して回るよりはずっと健康的だし意味がある。と思いたい。
探さなくても、もういるしな。
先週、古泉と話したんだが、
その時に俺はハルヒに交際を申し込んでみようと思うという俺の話に奴は少し驚きながらも賛成してくれた。
「僕としては涼宮さんが幸せになって心穏やかであってくれれば、
何だって大賛成ですよ。
ましてやあなたと涼宮さんとがお付き合いする事を、
僕が反対する理由はありませんしね」
そんな事をいつもの爽やかな笑顔を崩す事もなく言った。
朝比奈さんを見ると決心が鈍ってしまうが、俺は行動を起こしてみた訳だ。
「俺はお前の事が嫌いではないし、市街散策をするんなら俺とデートでもいいんじゃないか?
何も朝比奈さんや古泉、長門を巻き込まなくたって、俺と二人でもいいと思うんだ。」
「なによ、この市街パトロールにみくるちゃんや有希や古泉くんが不満でも言ってたの?」
「そうじゃないんだが・・俺と付き合うのは嫌か?」
「べつに・・嫌とか言うんじゃないけど・・」
ハルヒは俺をジトっと睨んで溜息を付いたり腕を組んだりしながら、
「まさかアンタがそんな事言うなんて」
などとグチっていたが、
「いいわ、付き合ってあげる。
じゃあ明日は二人でどっか行きましょう。」
「どこに?」
「バカ。付き合ってって言ったのはアンタでしょ。
行き先くらいはアンタが考えなさいよ。
どこでも行ってあげるから。
じゃあ明日、11時に駅前に集合ね。」
それだけ言うと、怒っているのか肩を怒らせて帰っていった。
しっかり集合時間と場所は指定しているあたりがハルヒらしいというか何と言うか。
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翌日。
俺は遅れないように10時には家を出て、10時30分前には駅前に着いた。
しかしハルヒは既に来ていた。
「遅い。罰金!
今日の昼ご飯と晩ご飯はアンタのおごりね。」
ハルヒはニヤリとしながらそう言った。
まあ、デートに誘った手前、最初から俺がおごるつもりだったからいいんだが、
コイツはいつも何分前に来てるんだろうか。
「いいじゃない、そんな事。
ふーん」
ハルヒは俺の格好を上から下までジロジロと遠慮なく見ていたが、
「古泉くんみたいな格好ね、アンタには似合わないわよ」
バレてしまった。
実は春物のオシャレ着に自信のない俺は古泉に服を借りて来ていたのだが、
コイツの感の良さにはまったく恐れ入るよ。
しかしこれだけ感がいいのに、古泉や長門、朝比奈さんの正体には気付かないんだからな。
不思議というか、助かるからありがたいんだが。
俺には買えそうにない高級スーツには興味ないと言わんばかりにジト目で俺を睨むと、
「で、どこ行くの?」
「映画にはまだ早いし、ハンパに時間あるからどっかで飯にしようぜ」
「どこで?」
いつもの喫茶店でいいんじゃないのと言いたげなハルヒだが、
俺は古泉に教えてもらっておいたオシャレなイタリア料理店にハルヒを誘った。
古泉が予約も取ってくれており、五割引という破格な割引券までもらっているのだ。
俺が店の場所と割引券を見せると、ああなるほどと言いたげなハルヒが先頭切って店に急いだ。
俺はそれなりに話しかけてみるのだが、ハルヒからは芳しい返事は返って来ない。
「ふーん」「あっそ」を1ダースほど聞いた頃に店に着いた。
そこは高級住宅街立ち並ぶ高台の街道から少し入った、テレビ番組でお笑いがごちそうする番組に出そうな、
まさかと思う程の、高級店だった。
俺には不釣り合いな高級店にビビりながら入り、予約の客だと告げると、
「涼宮様とキョン様ですね、お待ちしておりました。」
古泉の野郎、あだ名で予約を取りやがった。しかもこんな高級店に・・。
ハルヒはこれほどの高級店にも全く動ぜず、まるでこの店の主人であるかのように店員に案内されて奥へと入っていき、
俺はあわててついて行った。
メニューを見て嫌な予感は的中した。
どの品も誤植でケタを間違えているとしか思えない値段だ。
古泉にもらっておいた五割引券も空しく感じる程に。
ハルヒはメニューを見て青くなっている俺に気付いたのか、
「軽食でいいわね」とわざわざ言うと、聞いた五秒後には名前を忘れてしまった煮込みとパンとカフェ・オ・レを頼んだ。
何が書いてあるかさえ全く解らない俺は、
「同じ物を」という伝家の宝刀を抜いて危機を脱した。
俺は恋人たちが何を話すのかよく知らないが、
テレビドラマの話や時事ネタ、谷口がいかにアホかをハルヒに説明してみたりして、
頑張ったつもりだが、特に会話が盛り上がりもせず、
お互いに酸っぱい煮込みを食い、パンを千切って黙々と食事が進んだ。
しかしいつもなら5分で食い終わるハルヒが10分近くかけて食ったのだから、
それなりに合わせてくれていたのではないかとは思う。
樋口一葉さんに涙の別れを告げ、野口英世さんが帰って来た時、古泉に心の中で感謝したあと、
俺たちはデートと言えば映画であるとの名言に従って、映画館に向かった。
ここでも古泉お勧めの映画な訳だが、なんと流行の恋愛映画だそうだ。
なんでも幽霊になった奥さんとデートする映画らしい。
よく解らないが、こういうのが流行るのか。
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さて、いつから眠っていたのか、周囲の客たちが席を立つ音で目覚めた俺は、
ハルヒのジト目と目が合った。
「アンタ、本当にこの映画が見たかったの?」
完全に疑われている。そりゃそうだろうさ。
俺が見たのは他の映画の宣伝と、本編もまあ、少し、平和な映画で笑いを取らないなと思っていた所までは覚えている。
20分は見た筈だ。元は取れたと思いたい。よく眠れて気分もいいしな。
しかしハルヒはご機嫌斜めで、「帰る」と言い出した。
ここで帰られてしまっては、終わってしまいそうな気がする。俺はハルヒの付き合った男の一人として、
ええとだな、昨日別れたのが18時30分頃、今が13時30分頃だから、まだ丸一日まで5時間ある。
1日も保たなかったというのは悲しい。
「待てよ」
ハルヒは競歩大会の決勝戦かと思うほどの早足で歩いている。
競歩倶楽部の監督がハルヒを見てたら迷わずスカウトするだろうね。
走って追いかけると、ハルヒが憤懣やるかたないといわんばかりに言う。
「服も、食事も、映画も、みんな古泉くんの入れ知恵でしょ。
まるで古泉くんとデートしてるみたいじゃない。
アンタといる意味がないわ。」
そう言われると俺は何も言えなくなった。
なるほど、今日のデートで俺は何をしたのか。
ただ古泉が用意してくれたレールの上をハルヒと一緒に走っただけだ。
去りゆくハルヒを、俺はとぼとぼと途方にくれて追いかけていると、
目の前から長門が歩いて来た。
手にはコンビニの袋をぶら下げている。
そうか、この近くには長門のマンションがあるんだ。
「有希じゃない」
ようやくハルヒは立ち止まると、長門の元に走り寄って行った。
俺も何となく走り寄る。
「有希、なに?買い物?」
ハルヒが聞くと、長門はコンビニの袋をハルヒの目の前に見せた。
どうやらコンビニの弁当とお茶が入っているようだ。
「もう・・有希、いくら一人暮らしだからって、いつもそんなのばっかり食べてちゃだめよ。
・・・そうだ、これから有希の家に行ってご飯作ってあげるわ。
そのお弁当は、そうね、キョンにあげればいいわ。
だって晩ご飯はキョンのおごりだから。」
そう言って、やっとハルヒは笑った。朝に見て以来の笑顔だ。
どうやら許してもらえそうなのかな?
まあ、長門には何かと世話になってるし、晩飯の材料費くらいならいいかな。
などと思っていたのが甘かった。
ハルヒは俺にサイフを出させると中身を確認して、
俺には長門のマンション前で待っているように言うと、長門と俺のサイフを連れて出かけていった。
そして2時間ほど経った頃、両手にスーパーの袋を引っ提げ、
長門と、朝比奈さんまで連れて帰って来た。
「なんだか、古泉くんはバイトで来られないみたい。しょうがないわね。
その代わり、古泉くんには次の夏休みには最高の館での2週間くらいのバカンスを頼んだわ。」
そう言って今日最高の笑顔を見せた。
やれやれ。
結局、コイツにはデートなんてものは合わないのかもしれないな。
SOS団のみんなでワイワイやってるのが楽しくてしょうがないんだろう。
長門の部屋に行くと、ハルヒと朝比奈さんと長門は何やらイタリア料理を作るのだと言って張り切っている。
昼に食べた煮物が酸っぱくて不味かったとか言っている。
あれを作る気なのだろうか。朝比奈さんがジャガイモの皮を剥き、
長門がタマネギを刻んでいる。私でも涙が出るのねって奴か?
結局、ハルヒは俺とデートしたりして付き合ってるのよりみんなと一緒にいた方が楽しいんだな。
男女恋愛より友達と遊んでいたい年頃なのかね。
そんな事を言う俺に、ハルヒは千円だけ残ったサイフを返しながら、
悪戯っぽい笑顔で答えてくれた。
「ま、そういう事にしといてあげるわ。」
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後日。
2日ぶりにSOS団の市街散策に顔を出した古泉は憔悴しきった顔をしていた。
しかしそれでも健気に笑顔だけは絶やさずに、
「いやあ、参りましたよ。
例の神人がいきなり8体も出てしまいまして、仲間たちとつい先ほどまで戦っていました。
正直に申し上げまして、世界が終わるかと危惧しておりました。
察するに涼宮さんとあなたとのデートが原因なのかもしれないと思いまして・・
何があったのかは存じませんが、
出来る事でしたら、しばらくデートはお待ち頂けないでしょうか、
仲間たちは戦いに疲れ果てていますし、僕も、もう・・」
そんな事を言った。
俺は両手の平を上に向けてもうハルヒと付き合うのはやめた事、
ハルヒにはまだデートは早いんじゃないかなどという事を言うと、
複雑な表情で古泉は頷いた。
そんなこんなで俺とハルヒとの19時間あまりの交際期間は終わり、
またいつものSOS団での活動に戻った。
しかし、俺はなんとなくホッとしていた。
いや、別に経済的に破産寸前だからだというばかりではない。
なんとなく、今が楽しいのも確かだからだ。
俺もハルヒに負けず劣らずのガキなのかもしれない。