第1章  
 
  今日は週に一度の日曜日。いつもの様にぼけーっと過ごすのも悪くない。  
 そう思っていた。だが、昨日、その思いはあいつによってつぶされる事になった。  
「じゃあ、明日、久しぶりに町内探索するわよ」  
 この一言によって。俺の貴重な休日をまたこいつのために消費しなければならないようだ。  
  そして、今。俺は少し寝坊をしてしまったせいで、遅刻かそうでないかのぎりぎりの  
 ラインで集合場所に向かっている。今日も遅刻をすればまた色々と奢らされるかもしれない。  
 最近の俺の財布の中は、寒波が吹き荒んでいるので出来れば無駄な出費は抑えたいところだ。  
「キョン。遅い!」  
 集合場所には時間通りついた。だが、こいつは不満のようだ。  
 一体、何時に来れば満足なんだ。  
「誰も待たせない時間に来ればいいのよ。そんな事より、いつもの喫茶店行くわよ」  
 もちろん、キョンの奢りでね、とハルヒは付け足した。  
 はぁ、また俺の財布の気温が下がるのか…  
 
  喫茶店に向かう途中、俺はとある事に気付いた。  
「そう言えば、古泉の姿が見えないんだが。あいつこそ遅刻じゃないのか?」  
「古泉君? そっか、キョンにまだ言ってなかったっけ。彼、今日家の都合で来れないらしいのよ」  
 別に、そんな理由でサボってもよかったんだよな…俺もそうしとけばよかった。  
「…何か言いたそうね。文句なら受け付けないわよ」  
「いや、別に」  
 俺は、否定すると同時に他の二人を見回した。  
 朝比奈さんはいつもの様に、子供が背伸びをしているような、そんな感想を抱く格好。  
 うん、とても癒されます。  
 長門の方はと言うと、見慣れたセーラー服姿。こいつに私服を期待した俺が間違いだった。  
  喫茶店内で、少し無駄なしゃべりを終えた後、ハルヒはいつものように、  
「じゃ、くじ引きね。今日は古泉君が居ないから、丁度2人組みが出来るわね。」  
 と、いつ用意したのか割り箸を4本持って俺の前に突き出していた。  
 どれを引いても同じなので、適当に引こう。  
 俺が引き当てたのは、何も書かれていない普通の割り箸だった。  
「じゃ、次みくるちゃん」  
 朝比奈さんは何かを祈るような顔で恐る恐る割り箸を引いた。  
「あっ」  
 朝比奈さんは色つきだった。ちょっと残念。  
 その朝比奈さんは、安心したような、残念なような微妙な顔つきだ。  
「有希、次はあんたよ」  
 長門はすっと、ひとつの箸を引いた。その箸も色付きだった。  
「じゃ、今日はあたしとキョン。みくるちゃんと有希のペアで行動ね」  
 どこか嬉しそうな表情でハルヒはそう言った。  
 そういや、こいつとペア組むの初めてじゃないか。  
 
「じゃ、あたし達はこっち。みくるちゃん達はあっちの方ね。  
 集合は…んー、4時にここ。遅れたら罰金よ!」  
 と、伝える事を伝えた後ハルヒは颯爽と歩いていった。  
「それじゃ、朝比奈さんたちも頑張って」  
「はい。あ、キョンくん」  
「何ですか?」  
「えと、何て言っていいのかわからないけど……頑張ってね」  
 ? 何を頑張ればいいのだろう。でも、朝比奈さんが応援してくれているの  
 だから素直に嬉しい。  
「……あ」  
 
 長門が何かしゃべろうとした時に、丁度ハルヒが。  
「キョン! 何してんの! 早くいくわよ」  
 と、俺を掴んで引っ張っていってしまった。  
 おい、長門が何か言おうとしていたのに聞こえなかったじゃないか。  
 もしかして、朝比奈さんが頑張って、って言ったのはこの事なのだろうか。  
 一瞬でそう思ってしまった。  
  二人で歩き初めておよそ十分。街は別段異様なところなど無い、いつもの  
 平和な場所だった。ただ、春先の風が少し肌寒いけどな。  
「む〜、その辺に宇宙人とか転がってないかしら」  
 本当にそんなのが転がってたら、俺達は普通に外を歩けないだろう。  
「例えじゃない。そんなの、転がってるはず無いもの」  
 と、バカな話をしつつも俺達はいつもの街で異常な存在を探していた。  
「にしても、いい天気だな」  
 そう言いながら俺は伸びをしたんだ。この行動がきっかけとなったのかどうかは  
 わからないが、他に思い当たるような節もないのでこいつの所為にしておこう。  
 
  伸びをして、目を瞑った瞬間。俺は、何かやわらかくて弾力があるものにぶつかった。  
 最初、それは大きな太った人だと思った。だから、目を開けて謝ろうとした瞬間。  
 俺は自分の頭を疑った。  
 ここは、何処だ。と。  
「…確かさっきまで街を歩いていたはずなんだが」  
 確かにそこは街だった。だが、さっきまでとは明らかに何かが違う。  
 いつの間にか隣にいたハルヒがいなくなっているし…  
 もしかして、ここは……  
「という事は、古泉! どこかにいるんだろ? 聞こえていたら出て来い!」  
 と、朝から不在の古泉を呼んだ。  
「また、来てしまいましたか」  
 古泉は、前よりもはっきりとした形で俺の前に現われた。  
 朝からここに居たのか? という事は、またあいつなんだな。  
 
「まあ、そういう事です。しかし、今回のこの世界は何処かおかしいんです」  
 何がおかしいんだ。俺には前と全く同じにしか思えないんだが。  
「神人が現われないんです。いつもならこの世界が発現して少しすればあの巨人が  
 街を破壊するんですが……」  
 古泉は周りを見回した。俺もそれに見習って辺りを見る。  
 確かに俺がさっきまでいた場所とあまり変わりは無い。空がどんよりと暗いくらいだ。  
「見ての通り、何も起きないんです。こんな事は今まで起こった事が無いんで様子を見てたんですが」  
 そこに俺達がいきなり現れたわけか。  
「そういう事です。一体何があったんです?」  
「話せば長くなるんだが…」  
 
「なるほど、そういう事ですか」  
 今の説明で何かわかったのか。  
「いえ、これと言って特には。ただ、今回はもう僕達の出番はないと言う事です」  
 そんな事が何故解る。もっと後にあの巨人が現われるかもしれないだろ?  
「それはないでしょう。あなたも二回、ここに来ているのだから解りますよね?  
 ただ、今回の場合はそれ以外の何かが発生するかもしれませんが」  
 それ以外の何かって何だ。  
「今の涼宮さんはまた不安定な状態です。前の時は解りやすく言えばストレス発散でした。  
 しかし、今回の場合は少し違います」  
 どう違うんだ。俺には一緒に思えるが。  
 それと、いつも言うが遠まわしな言い方もやめろ。  
「くじ引きの結果ですよ。あれがもし、あなたと涼宮さんのペアではなかったら  
 神人が現われ、破壊の限りを尽くしていたかもしれませんが」  
 くじ引きの結果? どう言うことだ?  
「つまり、くじを引く前から彼女はあなたと同じペアになれないと思っていたんです。  
 で、実際に引いてみると、あなたと同じペア。それはもうビックリしたでしょうね」  
 あの時も思ったが、ハルヒと組むのは初めてだからな。  
 
 で、それがどうこの現象につながるって言うんだ?  
「心の中では、外れる準備が出来ていた。でも、実際には一緒になってしまった。  
 簡単に言えば肩透かしを食らったわけですね。それで、安心した反面本当かどうか  
 不安になった。嬉しいけど複雑。それがこういう形で現われてしまった訳ですね」  
 まったく。あいつは俺に迷惑をかけないと気がすまないのか。  
「ある意味で羨ましい事です」  
 なら、俺と立場を変わってくれないか?  
 俺は、傍観する立場に立って居たいんだ。  
「残念ですが遠慮しておきます。さて、問題はこれからどうするか、ということですね」  
 それもそうだ。そう言えば、古泉。ハルヒを見なかったか?  
 確かにさっきまで一緒に居たはず何だが。  
「涼宮さんですか? 彼女なら確かにこの世界にいますよ」  
「なら、どこに居るんだ? 俺と一緒に入ってきたはずなら同じ場所にいないとおかしいだろう」  
「それは、僕にもわかりません」  
 そうか。それなら仕方ないな。  
「肝心なところでお役に立てなくてすみません…が、最後にもう一つだけ」  
「何だ?」  
「また、同じ世界で出会える事を祈ってます。頑張ってくださいね」  
 また、『頑張って』か…さっきも言われて来たところなんだが。  
「もう残り時間が少ないようで……。おっと、一つヒントが出せそうです。いりますか?」  
「当たり前だ」  
 何にも手がかり無しじゃどうしようもない。  
「結構前に流行った本がありました。その題名は……」  
『ウォー○ーを探せ』  
「以上です。では、またお会いできる事を……」  
 
 くそ、最後まできちんと言ってから消えやがれ。  
 今回のあいつの言葉をきちんと整理しよう。さもないと、この空間で一生を過ごすこと  
になりかねない。  
 まず、一緒に居たはずのハルヒが違う場所に移されたという事。  
 それが一番の問題だろう。そして、古泉の最後の言葉。  
 『ウォー○ー』。これは、簡単だ。俺が小さい頃にも読んだことがある。  
 つまり、そういうことだ。  
 この空間のどこかにいる、本当の涼宮ハルヒを探し出せ、ということだろう。   
 まったく。すぐに探し出して、元の世界に戻らせてもらおうか。  
 
 さて、結論から言おう。ハルヒは、1分も経たない内に見つかった。  
 だが、それは……  
「な……!」  
 一人ではなかった―――  
 
 
 第2章  
   
  今、俺は公園にいる。公園といっても、普通の公園なんかじゃあない。  
 なら、どんな公園だって? そんなのは決まってるじゃないか。  
 ……涼宮ハルヒがいっぱいいる、そんな公園さ。  
 
「なんてこった。ハルヒが、一体何人居るんだ……」  
 ざっと見回しただけで取り合えず10人。  
 砂場で遊んでいる子供も、よく見れば、ハルヒに似ていた。きっと、ハルヒを小さくしたら  
 あんな感じになるんだろうな。  
「しかし……いきなりこれを見せ付けられると…気が狂うかもしれないな」  
 同じ顔が10人以上も並んでいれば、きっと誰でもそう思うだろう。  
 なんせ、右を見ればハルヒ、左を見ればハルヒ、前を見ればハルヒ、だからな。  
 この中からホンモノのハルヒを探せって言うのか……  
 もし、失敗すれば、どうなるんだろうか。もしかして、俺、責任重大?  
 
  ―――まあしかし、あれだな。  
 いざじっくりと一人一人のハルヒを見ていると……懐かしい顔もあるな。  
 お、あのハルヒ、ロングポニーじゃないか。やっぱり、あいつポニーテール似合うな。  
 うお! 懐かしい…ツインテールに三つ編、あと何て言うのかわからないくくり方(4、5本くくったやつだ)  
 まで、本当にたくさんのハルヒが居るな。  
 だが、どうして俺に声をかけてこないんだ?  
 もしかして、俺。この世界だと見えてなかったりするのか?  
 なら、ここに居るハルヒに普通では出来ない事も出来たりする…?  
 ……止めておこう。今はそんなことをしている場合ではなさそうだ。  
 後ろ髪引かれるながらも公園を後に。この公園にハルヒが居るとは限っていないし、  
 
 どこまでこの世界が広がっているのかも確認しなければなるまい。  
 まあ、そんなに広くはないだろうけどさ。  
 ―――という、俺の考えは甘かったようだ。  
 今回のこの閉鎖空間。いや、ハルヒ空間とでも言うべきか? まあ、どっちでも問題はないが。  
 その空間は、初めてここに来た時、つまり古泉の説明を受けた時とほぼ同じくらいの大きさだろう。  
 そう確信し、確認の為に取り合えず近くにあったビルに入り込み、屋上に出て見回してみたが…  
「おい……うそだろ…?」  
 何故か普通なら見えない駅前の商店街が見えた。もちろん、そこにいる人たちも全て。  
 遠くからだったからよく分からないが、そこだけでも100人は超えていそうだ。  
 このビルからあの商店街まではそんなに遠くはない。  
 道のりで行ってもせいぜい3キロくらいだろう。何処が端で何処まで続いているのかはわからなかったが、  
 この調子だと…いつもの世界と同じくらいの人数の分、涼宮ハルヒが存在している事になるのか!?  
「や、やめてくれ…こんな冗談。笑えって言われても笑えねぇよ」  
 25kuのなかで、1000人以上のハルヒが居ることになるのか……?  
 考えただけでぞっとするね。その中から1人だけしかいない、本当の…いや、俺がよく知っているハルヒを  
 探し出さなくてはならない。しかも、あまり残り時間も残されていないかもしれない可能性付きで、だ。  
「は、ははは……」  
 自然と、笑いがこみ上げてきた。古泉、お前を恨んでも文句はないだろ?  
 何がウォー○ーだ。そんなLVの問題じゃないぞ、これは。  
 ウォー○ーってさ、他の人もたくさん混じっているもんだろ?  
 これだとただの間違い探しだ。  
「俺、元の世界に戻れるのか?」  
 そんな事を呟きつつ、そのビルを後にした。  
 
 途中、朝比奈さんの『がんばってください』という言葉を思い出しながら。  
   
  さて、様々なハルヒを見ていて思ったことをまとめてみよう。  
 ここにいるハルヒは、きっとハルヒの可能性の全てなのだと思う。  
 今現在のハルヒの年齢よりも幼いハルヒは、まるっきり過去の姿。または、あの時ああなってればなぁ  
 と考えたあとの姿などだろう。それは見てすぐにわかった。  
 現在のハルヒよりも年齢が上のハルヒたちはというと、  
 ゆくゆくはこうなっている、という姿をしたハルヒが多いものの、全く同じ姿をしたハルヒは  
 一人といない。いや、顔はみんな一緒だけどさ。雰囲気が少しずつ違っている…と言ったほうが  
 わかりやすいか?  
 まあそんなところだろうか。今まででわかったことは。  
 一番大事な事、俺がよく知っている今のハルヒが何処にいるのか、ということは全くもって  
 全然見当もついていないが。一体、この世界はあとどれくらいの時間保っているのだろうか。  
 この世界が本当の世界に変わってしまったら、全人類が涼宮ハルヒになってしまうのか?  
 そんな想像はしないでおこう。それだけで疲れる。  
 そんなことを考えつつ、道に置いてあった誰かの自転車を借り(これもハルヒのか?)  
 学校に向かうことにした。  
 部室に何か手がかりがあるかもしれないし、あいつが学校でブラブラしているかもしれないからさ。  
 あまり長門に頼りたくはないが、探索に向かう前に言いかけた言葉も気になる。  
 あいつの事だ、きっと俺たちがこの世界に来る事がもう解っていたのだろう。  
 なら、何か解決策を部室あたりに残してあるかもしれないじゃないか。  
 それでさ、元の世界に戻れたらハルヒのおごりでぱーっと飯でも食いに行こうか。  
 どうせもうすぐ春休みだ。またどこかに合宿に行ってやってもいい。  
 だから、学校に居ろよ、ハルヒ。別に居なくても何か手がかりを残しておいてくれ。  
 そう願いつつあの坂道を全速力で登っていた。  
 途中、もう数えるのも面倒になるくらいのハルヒとすれ違いながら。  
 
 
 第3章  
 
 あの坂道を自転車に乗ったまま登りきる、という偉業を達成し、我が北校に到着した。  
 普通に自転車を押して登ればよかった。おかげで両足がパンパンだ。  
 開けっ放しの校門をくぐり、いざ廊下へ。  
 その中には、やはりと言うかなんというか。ハルヒしかいない。  
「にしても、もう殆ど同じじゃないか? こいつら」  
 違うところを探す方が難しい。例えば、今目の前をすれ違っていったハルヒは…  
 ベルトをつけていなかった。その隣にいるやつは、濃い目のアイラインをしている、など等。  
 そろそろハルヒの姿もネタ切れなのか。だが、段々と今のハルヒに近づいているような気がする。  
 おっと。そろそろここに来た目的を果たさなくてはな。  
 ハルヒ鑑賞は駅前などで十分堪能している。さっさといつもの場所に戻って、  
 長門や古泉、朝比奈さんと一緒にハルヒの我侭に付き合わなくてはならない。  
 その為には、ここ。文芸部室に寄るしかないのだろう。  
 過去2回ともこの部室に入り、長門の援護を受け、脱出に成功した。  
 あまり長門に頼りたくないがここまで来ればもう仕方がない。  
 俺はさっさとここを出たいんだ。長門、また少しだけ俺にヒントを残しておいてくれよ。  
 期待を胸に抱き、文芸部室のドアを開いた。  
 そこには―――  
「…………」  
 やはりハルヒしかいなかった。だが、ここのハルヒは他のハルヒと一味も二味も違っていた。  
 入り口から入って正面。長机の上にマグネットの将棋盤を出し、詰め将棋の本片手に微笑している  
 ハルヒ。髪型は、いつものとあまり変わっていない。  
 そのとなり。部屋の隅のほうでは、ごついハードカバーの本を熱心に読んでいるショートボブの  
 ハルヒがいた。よく見ればその顔には少し太めの眼鏡もかけている。  
 
「あつっ!!」  
 その声が聞こえた方に目を向けると、なぜかメイド服を着てツインテールにしているハルヒ。  
 さっきの声はお茶を入れようとしてお湯を触ったらしい。  
 ドジと言うか何と言うか。一番ハルヒらしくないハルヒだな。  
 まさか、ここまで来るとは全く想像していなかった。  
 そりゃあハルヒが居てもおかしくないさ。  
 この世界にはハルヒしかいないらしいしな。  
 だが、ここに居るハルヒたちは、明らかに他のやつらとは違う。  
 いままでのハルヒたちは、まだハルヒが元になっていた。  
 このハルヒたちは、言い方は悪いかも知れないが元の素材にハルヒを混ぜた、  
 という感じが正しいとおもう。  
 ―――長門、何かヒントはあるのか? 思っていたより事態は深刻だ。頼む、何か残しておいてくれ。  
 机の上を隅々まで見る。だが、いつものデスクトップパソコンもパソ研にあったノートパソコンも  
 見当たらない。おい、嘘だろう? 外の長門と連絡を取れる数少ない手段なんだぞ?  
 念のため、本棚の中にある本も片っ端から開いていったが、以前のような手書きの栞も挟んではいなかった。  
 今回は、全くのノーヒントで行かなくてはいけないらしい。  
 いや、ヒントはあったか。古泉の『ウォー○ー』という言葉だけだが。  
 
「あら、キョンじゃない。何してるのよ」  
「!?」  
 今まで他のハルヒに話し掛けられなかったから、てっきり俺は見えない存在だと思っていたが、  
 実はそうではなかったらしい。  
 ……最初に如何わしい事をしなくて本当によかった。  
 ということは、外のハルヒたちは俺を知らない、ということなのか?  
 
 確かに、子供のハルヒ等の今より明らかに年齢が低くなっているハルヒならば  
 俺を知らないのは当たり前だろう。だが、今のハルヒよりも  
 多少年齢が上、あるいは同年代のハルヒなら俺の事を知っていてもおかしくは無いはずだ。  
 偽者のハルヒには、俺に関する記憶が無い?  
 いや、俺限定じゃなく、この世界以外の事を知らない、と言ったほうがいいか。  
 と言う事は、もしかして俺の事を知っているこいつがホンモノか?  
 そう思い、呼びかけられて振り返った先に立っていたハルヒは、腰まで届くような  
 ロングのストレートヘアーだった。  
 ああ、今のハルヒじゃない。俺の仮定は一瞬にして崩されてしまったようだ。  
 ならば、こいつは初期のハルヒか? いや、それとは違う気がする。初期のハルヒならこんなに優しげ  
 に話し掛けてきたりなんかするはず無い。  
「あれ? 何処行ってたの?」  
 何故かメイドハルヒも声を掛けに来る。  
 あ、ああ。という曖昧な返事しか返せなかった。  
 このハルヒも俺を知っている。  
 と言うことは…  
「…………そうなの」  
 隅の方で本を読んでいたハルヒが、それだけを呟いてまた読書に戻った。  
 何について同意したのかは解りかねないが彼女は納得したらしい。わけわからん。  
「じゃあ、一緒に将棋でもしましょうよ」  
 にこやかな笑顔で俺に将棋を勧めてくる。  
 やっぱりか。この部室に居たハルヒたちは、全員俺の事を知っている。  
 学校外に居たハルヒたちよりも、元の世界よりのハルヒだ。  
 それにしても、ロングハルヒ以外の3人……以前どこかであったことのあるような?  
「…………」  
 無言で読書する短髪眼鏡っ娘―――  
「むむ……」  
 笑顔でゲーム、しかも何故かものすごく弱そう―――  
「お茶はいかが?」  
 
 ハルヒとは思えないほどの柔らかい微笑で給仕するメイド―――  
 ―――ああ、そういう事か。このハルヒたちの性格が現SOS団とほぼ同じなのか。  
 微妙だが、外観も似ているような気がしないでもないな。  
 ということは、だ。この世界のことが少しわかったかもしれない。  
 最初、この世界に来た時は様々なハルヒが増殖、繁栄しているのかと思っていた。  
 だが、そうではない。つまりこの世界は  
『元の世界の人たちの姿が、ハルヒに変わってしまった世界』  
 ということなのだろう。もしそうだとしたら、あの髪の長いハルヒは一体だれだ?  
 鶴屋さん…にしては大人し過ぎる。SOS団近辺にあんなキャラいたか?  
「で、キョン? 今日はどうしたの? 何か慌てているみたいだけど」  
 静かに、物腰も柔らかく俺に質問をするハルヒ。  
 …誰かよく思い出せないが、確かにこういう性格の人を俺は知っている気がする。  
 今までにSOS団、あるいはハルヒに関っていた奴…  
 そのとき、ふっと真っ白い教室の風景が頭の中に流れ込んできた。  
 ああ。何となく、誰か分かったような気がする。  
 これは憶測でしかないが、きっとこいつの元は朝倉涼子なのだろう。  
 もちろん暴走する前の、だ。  
「何か探し物? あたしも探そうか?」  
 何て言うか、もの凄く優しいハルヒは、何か気持ち悪い。  
「いや、結構だ。ちょっと忘れ物を見に来ただけなんだ」  
 まさか、ここのハルヒたちに元の世界に帰るための手がかりを一緒に探してくれ。  
 なんて頼めるはずが無い。  
「…………」  
 奥で無言で本を呼んでいるハルヒの方を見る。  
 雰囲気や、周りの空気などは確かに長門に近いものがあるかもしれない。  
 だが、それでもあいつとは全然違う。あの本を読んでいるハルヒは  
 ハルヒでもなければ長門でもない。  
「う〜ん、こう、かな?」  
 次は、悩みながら詰め将棋をしているハルヒを見ていたが……  
 ずっと笑顔のハルヒを見ていても面白くも何とも無いな。  
 
 ああ、やっぱりここに俺の居場所はないんだな。  
 俺は、古泉が微笑みながら首を傾げつつ、長門が無表情で成り行きを見守り、  
 朝比奈さんが慌てふためく様を見つつ、ハルヒの無茶に付き合う。  
 それが俺のいつもの場所であり、行動らしい。  
 今、俺はそれ以外の学生生活を送る気はあまりないのさ。  
 ……高校に来る前とは全然違う気がするが、それは気付かなかったことにしておこう。  
 さて、それならば。もうここにいても仕方が無いな。  
「ちょ、キョン? 何処行くのよ?」  
 ちょっと、な。  
 それだけを朝倉ハルヒに伝え、部室を出た。  
 となりのパソ研の部屋のパソコンなら連絡は取れないか、と思い隣の部室を調べたが  
 残念ながら施錠されていた。いくら違う世界だからといって窓ガラスをぶち破ってまで  
 調べる気にはならない。仕方ない。あきらめよう。  
 このまま学校を出ても行く当てが無いので  
 空き教室に入り、また少し考えをまとめる事にしよう。  
 そう思っていたが、そうそう空き教室何かあるわけではなかったようだ。  
 まだ時期ではないが、他に一人になれそうな場所も無かったので、屋上に行こう。  
 あそこなら、まだあの部室に居るよりもはるかにマシだろう。  
   
  階段を上りきり、施錠されていない鉄の扉を開いた。  
 もうすぐ春が来るとはいえ、まだまだ寒い。  
 冷たい風がまだ俺の出番だ。と言わんばかりに吹き荒んでいる屋上に一歩出る。  
 うう、どうしてこんな寒いところを選んでしまったんだ。  
 まあ校舎の中だとハルヒが多すぎて考え事なんか出来そうに無いから仕方ないのだが。  
 さて、本題。学校にきて解ったことだが、それはこの世界が少しずつ前の世界に侵食しつつあるという事。  
 さっきの部室にいたハルヒたちがその証拠になるだろう。  
 だが、ひとつ気になる事がある。  
 ハルヒ役がいないのはまだ納得できるさ。  
 問題は、俺役もいなかったことだ。  
 
 だって、そうだろう? 俺役がいないと言う事は、俺がそこに入ると言う事じゃないのか?  
 このハルヒ世界の中、ただ一人の異物。その場所はもうSOS団の中にしかないらしい。  
 よく考えてみれば、今の俺って………異世界人そのままじゃないか。  
「はは………」  
 そんなこと、もう笑うしかない。  
 これでついにハルヒは、無意識に宇宙人・未来人・超能力者・異世界人と同じ時を共有するのだ。  
 その当人はまた気付くわけないのだが。  
 これは自業自得と笑うべきか? それとも、同情してやった方がいいのだろうか。  
 長門や朝倉(こいつは問題なかっただろうが)もこんな疎外感を感じていたりしたのだろうか?  
 周りのやつらとは違う存在。思っていたよりもその状況は辛かった。  
 元の世界に戻れたなら、長門にももっといい目をさせたいもんだ。  
 あいつの場合は、そんなこと感じた事も無い、といいそうだが。  
 
  さて、これからどうしようか。  
 もう俺に行く当てはない。  
 ハルヒの家に行こうかと思ったが、前の冬にも思い知ったとおり場所を知らない。  
 今更俺の家に戻っても仕方が無いしな。  
 取り合えず、最初の公園にでも戻ってみようか。  
 犯人は現場に戻る…って言うしさ。  
 まあ、あいつ自身は犯人とは思っていないだろうが―――  
 屋上から覗いた街の風景に多少の違和感を感じたが気にせず学校を後にした。  
 

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