第4章  
 
  どうしてこんなにさっさと学校を出たかだって?  
 そんなの決まってるじゃないか。あんまり元の世界の知り合いに近いハルヒを見ていたくないからさ。  
 偽ハルヒSOS団はまだいいさ。大人しいやつらばっかりだったからな。  
 もし、俺のクラスに戻ったとして、そこにハルヒがたくさんいたなら……  
 俺はもう気が狂っていたかもしれない。  
 朝倉ハルヒですでに違和感を感じていたのに、谷口のハルヒバージョンなんてもう想像の範疇を  
 余裕で超えている。一周してもまだ想像出来る範囲を軽く越えているくらいだろう。  
 簡単に想像してみたが…それって、ハルヒが彼女自慢するのか?  
 いや、あいつも女だから彼女じゃなく彼氏自慢か?  
 だが、ここはハルヒしかいないから彼女であっているのか。  
 やっぱり想像なんて出来やしないな。これ以上変な事考えるのは止めよう。  
   
  さて、ここで元の世界に戻った時に教訓が一つ出来てしまった。  
 いくら急いでいるからと言っても、あの坂を自転車で下るのは気をつけろ―――という事だ。  
 まさか、ブレーキが効かなくなるとは思っていなかった。もうすこしでこの世界から  
 出る前にこの世から出て行くところだった。  
 さて、そんな余談は置いておくとして、最初の公園に戻ってきた。  
 ここまで来るまでにまた数え切れないハルヒを見かけたが、やはりホンモノはいそうになかった。  
 やはり学校に行ってから戻ってくるまでの間にさらに侵食が進んだのだろうか、  
 最初は全く走っていなかった車が、元の世界と同じとまでは行かないが  
 そこそこの数は走るようになっていた。  
 もちろん、どの運転手もハルヒだったが。交通事故がおきないことを祈ろう―――  
 
 そりゃあホンモノ以外のハルヒなら問題はないんだろうが。  
 たとえタクシーの運転手で、免許をきちんと持っているとわかってても  
 やはりあいつが運転する車なんかに乗る気は起きないな。  
 閑話休題。  
 この公園に戻って来て一つ気付いた事もあった。  
 人が多ければ多いほど、ハルヒの姿は元の姿と違っていた。  
 …まあ、文芸部室は例外だ。あそこは誰かが言っていた様に不確定要素がごちゃ混ぜ  
 になって飽和しているらしいからな。何があってもおかしくはないさ。  
 おっと、また話がずれたか。  
 ここに来る時に大通りを通ってきたが、そこに居るハルヒは年齢から服装やらなんやらまで  
 現在のハルヒとは大きく違っていたのだ。  
 試しに4月を過ぎれば桜が満開になる並木道(この時期は寒いので人が全くいない。)  
 を通ってみたが、よく見ると違うな、という程度のハルヒが一人だけ居た。  
 ということは、ハルヒが少ない場所を探せばいいのか?  
 …そろそろ古泉のヒントも意味が無いような気がしているんだが。  
 気のせいだろうか?  
 帰ったらあいつに文句を言ってやらないとな。何がウォー○ーだ、ってな。  
 
  最初上ったビルとは違うビルに向かい、再度屋上から周辺を見回すことにした。  
 あそこに何故か見えるのが、さっき通ってきた商店街。ざっと見た限りで100人前後ってとこか。  
 で、あの丘の上にあるのが北校。涼宮ハルヒオンリーSOS団と遭遇した場所だな。  
 あの川沿いの桜並木も通った、となれば、だ。あと進んでいない方向は……  
 お? そう言えば学校と反対の方向には全く進んでいない。  
 あと、いる可能性が高いのはそっち方面しか残っていない。  
 そう思いその方向を向いた。  
「……おい、あれは何だ」  
 自然とそんな言葉が口から発せられてしまった。  
 
 そりゃあそうさ。いつもならオフィスビルや住宅街が広がっている場所なんだ。  
 そこにそんなものがあれば誰でも言っちまうさ。  
 さっき屋上から見下ろした時に感じた違和感はこれだったのか。  
 こんなことならあの時にきちんと確認しておくべきだった。  
「…やっぱり、あそこに居るんだろうな」  
 これであそこに居なければ何のためにあれがあるのか解らない。  
 ただ、欲しかった。だけであんなモノをこの街に出すはずは無いだろう。  
 いや、ハルヒならしかねないか?  
 ここからおよそ2キロ、か。ギリギリ範囲に入っているようだ。  
 まあ、俺が最初に立っていた場所が中心で、5キロ四方に広がっている、と仮定した場合なのだが。  
「ダメでもともと。行ってみるしかない…か」  
 行くあてもない。時間もあまりなさそうだ。  
 さっきの坂道のおかげでおかしくなりかけているブレーキのついた自転車にまたがり、  
 思いっきりこぎ始めた。  
 ああ、もう明日に筋肉痛は確定だな。なんて事を考えられるのだから、まだ余裕はあるようだ。  
 
  その場所にはすんなり到着した。  
 方角はさっき上から見たので大体解っていたし、あんな大きなものだ。  
 近づけばすぐに見つかった。  
 そして、今までと一番違うところがあった。  
 ここに来るまでのことだが。さっきのビルを降り、全速力で駆け出し公園を抜けた。  
 その後、何と一人のハルヒともすれ違う事が無かったんだ。  
 どうして最初にビルに登ったときに気付かないんだ。俺は……  
 そのときに気付いていればこんなに遠回りしなくても良かったものを。  
 それはさておき、ハルヒ。今度こそここに居てくれよ。  
 ここにいないのならば、もう完璧にお手上げだ。  
 だが、どうしてハルヒはこんなものをここに出したんだ?  
 
 あいつに縁があるとは思えないんだが。  
 その件も含めて、いろいろあいつに問いたださなくてはいけない。  
 正面入り口に近づいていく。これで鍵が掛かっていれば、ただの無駄骨に終わってしまう。  
 頼む。せめて鍵くらい開いていてくれ。   
きいぃぃーーっ  
 あっけなく開いた。逆に無用心すぎて不安になったが。  
 まあそこはハルヒ空間。もしかすればどの建物も鍵が掛かってないんじゃないだろうか。  
 そんなことはどうでもいい。あとはこれでハルヒが居てくれればいいんだ。  
 そう思い、その建物の中に入っていった。  
   
  建物の中は、とても静かで―――この世界にもう誰も居ないのか、と錯覚させるほどだ―――  
 空気も外よりもひんやりしている。夜に来ればりっぱな肝試しコースとして活躍してくれそうだ。  
 人が居なければ、だがな。きっと元の世界ならば、夜のほうが人がたくさんいるだろう。  
 ここは、そう言う場所なのだから。  
 1階、吹き抜けのフロントを抜ける。  
 そう言えば、こんな場所に来るのは初めてだったか?  
 それとも、小さい頃に一度来ているかもしれない。  
 適当に通路を選んで進んでいるが、道は合っているのだろうか。  
 そのまま通路を通り抜けると、大きな階段を見つけた。  
 これを、登ればいいのか? まあ取り合えず、上の方に上がってみよう。  
 もし、思っていた場所に出れなかったとしても、上から見下ろす事が出来るだろうし。  
 階段を上り切るとまた通路。  
 今度はさっきと違いかなり狭くなっていた。大人3人が横に並んで歩くのが精一杯だろうか。  
 …きっとこの狭さが普通の通路の大きさだろう。  
 さっきの1階の広さは明らかに大きすぎる。あんなところに4tトラックが  
 
 通れる程の広さ―――横幅だけでなく、高さも十分に広かった―――  
 の通路は設計上要らないだろう。まあ俺は設計士でもないし、もしかしたら  
 そんなトラックが出入りするかもしれないから一概に否定はできないのだが。  
 それに、ハルヒが出現させた建物だ。もし一度入ったことがあったとしても  
 全くそのまま同じ構造にはなっていまい。  
 おっと。そんなつまらない事を考えているうちに外に出れる場所を見逃すところだった。  
 さて、あいつがいるならば……ここにいるはずなんだが。さてどうなのだろうか。  
 扉の必要の無い、とても大きな開口から外に出て周りを見回す。  
 ……ここは、丁度ライトスタンド辺りか。右手にバックスクリーンが見える。  
 それにしても、こういうのも珍しいよな。スタンドに椅子が無くて緩やかな斜面に芝生が生えているだけなんてさ。  
 どこにも観客の姿など見えない。そのバックスクリーンの真横の場所を除いて。  
 何もない、普通の観客席に、そいつは座っていた。  
「よう。ハルヒ…ここにいたのか」  
「……キョン…?」  
 その目には、何故かうっすらと涙が滲んでいるように見えた。  
 俺が住む町に突如現れた、この街にはあるはずのない建物。  
 ―――野球場で、俺は、ついにハルヒに出会った。  
 
 
 第5章  
 
 ついに見つけた。あの場所に座っているあいつはホンモノの、  
 俺が良く知っているSOS団団長のハルヒだ。  
 今まで色々なハルヒを見てきたが、やはりそれが偽者だというのが良くわかる。  
 なんというか、全然違うんだ。  
「どうしてこんなところにいるんだ」  
「…そんなのわかんないわよ。気付いたらさ、もうここに立ってたんだから」  
 覇気の無い声でそう呟くハルヒ。  
「あ〜あ、それにしてもどうしてここなの?」  
 俺に聞くな。  
「ここに座ってるとさ、あの時のこと、思い出しちゃって」  
 あの時の事?   
 そんなことあったか? 俺は全然こころ辺りが無いんだが。  
「あんたに話さなかったっけ?……まあいいわ。その時はショックだった。  
 あたしの周りが全てだと思ってたから」  
 ………そう言えば、聞いた事があったような無かったような。  
 確かそこから奇行に走るようになったんだったか?  
「で、今はどうなんだ? 確かそのときは観客が満員で考えがかわったんだろ?」  
 …だが、今は逆にハルヒ一人しかこの場所にいない。  
 これでまた考えが元に戻って大人しいやつになってたりすれば可愛いやつなんだが。  
「…………どう、なんだろう。誰もいなくて清々する…っていう感じじゃないわね」  
 もし清々するなんて言うやつだったらもうこの世はハルヒの支配する世界に成り代わっていたかもしれない。  
 それよりも、ハルヒ…お前。  
「もう強がらなくてもいいんだ。…寂しかったんだろ?」  
 出来るだけ優しく、小さい子供を諭すような声でそう問う。  
「…………」  
 無言になって俯くハルヒ。  
 
 気が付いたら、いつもは人がたくさんいるはずの球場で。  
 なのに人が一人もいなくて。もしかしたら、みんな自分を残してどこかへ行ってしまった…  
 とか考えてたわけじゃないよな。  
「!!」  
 図星らしい。何て言うか、解りやすいやつだ。  
「う、うるさいわね! …不安だったのよ。もしこの世界にあたしだけしかいなかったらどうなっちゃうんだろうって」  
 その思いがあのハルヒたちを出現させたのか。  
 …仕方ない。あまりこういう事は俺のするようなことじゃあないんだがな。  
 俺にだってしなくてはいけない時とするべきじゃない時の分別くらいはつけれるさ。  
 だが、こういう事は今回限りにしてもらいたいもんだな。  
「…キョン?」  
 急に俺が黙り込んだから不安になったのだろうか。いつもの調子からは全く想像の出来ない弱々しい声で  
 呼びかけるハルヒを見て、さらに決意が固まった。というよりも、自然とその行動に移ってしまったわけなのだが。  
「キョ、キョン!? ちょ、何すんのよ!」  
 俺が何をしているかだって?  
 涼宮ハルヒを後ろから抱きしめているのさ。あんな壊れそうなハルヒを見させられたら  
 ぎゅっと抱きしめて守ってやらなきゃいけないだろ?  
 …というかなり無理のある倫理武装で自分に言い聞かせる。  
「キョン! いいかげんに離して!」  
「ハルヒ…もし、お前が俺たちSOS団の前から消えたとしても、俺たち、いや。  
 俺だけでもお前を探し出す。世界中何処へ行っても必ず見つけてやる。  
 もし違う世界なんていう場所に入り込んでしまったのなら俺だってそこに入りこんでやるさ。  
 偽者がたくさんいたってホンモノのお前を見つけ出す自信もある」  
 
 そう、今回がいい例だな。  
 まあそれは口に出しては言えないが。  
「…………」  
「だから、さ。そんなに無理をすることは無いんだ、ハルヒ。  
 今お前は一人じゃあないんだ。俺たちSOS団の団長なんだろ?  
 その団長様がいなければきっとSOS団はすぐに解散しちまうよ。俺にあいつらをまとめることは出来そうに無いしな。」  
 ……何かいつもと自分の調子がおかしいようだ。  
 まるで頭と口に二つの脳があるかのように次々に言葉を発している。  
 普段ならこんなこと、絶対に口にはしないんだが。  
 二人しかいないのに、まるで第三者の様な心境と眼差しでこの場に立っていることに戸惑いつつ、  
 ハルヒの様子をうかがってみる。  
「キョン…」  
 少し俯き、涙ぐむハルヒ。  
 そう言えばこいつのこんな表情は初めて見たな。  
 ………って言うかその、なんだ。こんな顔もなかなか似合うんじゃないか。  
「おい、ハルヒ」  
「なに?」  
 目じりの涙を落としながらこっちを見るハルヒ。  
 その顔に俺は手を近づけ、ハルヒの頭を固定する。  
「キョ、キョンっ!?」  
 そして、俺は―――  
 ハルヒの両頬を指で押さえ、口の形をいつものアヒルのような口(別名:3)  
 に変えてやった。  
「ぬぁ、ぬぁにしゅるにょよ!!」  
「だからな。お前はこんな顔して俺たちを引っ張っていってくれたらいいんだよ」  
 そう言うと同時に顔を開放してやる。  
 
「失礼ね…いつもこんな顔してないわよ!」  
 段々と語尾を強めていくハルヒ。  
 うん、これでこそいつものハルヒだ。  
「バカ………それと…」   
 ありがと、と声にならない声で呟いたのを俺は聞いた。  
 
 
「ねえ、キョン?」  
 何だ? いきなり。  
「これってさ……夢、なんだよね?」  
 そういう事にしておいたほうが後の事を考えると一番よさそうだ。  
「ああ、きっとお前が見ている夢だろうな」  
「なら、目が覚めると元の生活に戻ってるんだよね? みくるちゃんがいて、有希がいて  
 古泉君や鶴屋さんもいる。そして、もちろんあんたがいる、そんないつもの毎日に」  
 ああ、もちろんさ。そのために俺はここに居るんだからな。  
「じゃあ、さ。夢から覚める前に……」  
 ハルヒの顔が少し赤くなる。一体何を言い出すんだ? こいつは。  
「………」  
 そこから続きが言えないらしい。そこまで言ったんだ。最後まで言ってくれないと気になるじゃないか。  
 少し俯きつつ上目使いで俺の方を見るハルヒ。もちろん、顔は真っ赤に染まっている。  
 そんなことされると、本当にお前がホンモノだったのか自信がなくなってくる。  
 いや、何て言うか、ものすごくかわいい。冗談抜きで。  
 今更だが、偽者なんじゃないかと不安になってきた。  
 いつものハルヒからこんな表情は絶対に出ないだろうからさ。  
「目、瞑って」  
「は?」  
 いきなり何を言い出すんだ、こいつは。  
「は? じゃない!! 目を瞑れっていったら瞑りなさい!」  
 
 全く。さっきまでの雰囲気は一体何処に行ったんだ。  
 で、目を瞑るだけでいいのか?  
「…うん。それと、じっとしときなさいよ」  
 何なんだ一体。  
 言われた通りに目を閉じ、少し不信に思った時だった。  
 俺の口に何か温かくて柔らかいものが触れていた。そして、その感触は今までに一度だけ感じた事がある。  
 俺は驚いて目を見開いてしまった。この目に飛び込んで来たのは、  
 顔を林檎のように真っ赤に染め、目を瞑って俺にキスをするハルヒの姿だった。  
 ああ。そう言えば、前もこのような状況だったっけな………、などというくだらない事を思い出す自分が悔しい。  
 どうしてもっと今という時間を大切にしないんだ、俺は。  
 と自問自答してみるが、それも一種の現実逃避にしかなっていない。  
 いいかげん現実をみろ、俺。今、お前はどう思っているのか、誰よりもよく分かっているんじゃないのか?  
 ああそうだな。もう認めるしかないようだ。  
 俺は今、そんなハルヒの姿をみて胸が爆発しそうなくらいにドキドキしちまってる。  
 認めたくないがこんな衝撃は中学の時の初恋以来じゃないのか? と、  
「…っ!! こらっ!! 目を瞑ってなさいって言ったじゃない!」  
 ハルヒが急に目を開き、俺と目が合ってしまった。  
 途端にさらに顔を赤く染めて叫びだす。  
「そ、それとっ! か、勘違いしちゃダメよ!? これは、『夢』なんだからね!?」  
 まるで自分に言い聞かせるかのように叫ぶハルヒ。  
 いや、俺はそんな事は言われなくてもわかっているさ。お前こそ大丈夫か?  
「…大丈夫よ。 そんな事聞かなくても解ってるでしょ?  
 ……何処に自分の夢に責められる人が居るって言うのよ…まったく……」  
「おい、そういう事はきちんと人の顔を見てはっきりとしゃべるべきだろ?  
 そんな俯いて小声でボソボソと言われても良く聞こえないぞ」  
 
  周囲に何も無い場所で、二人きりなのだから聞き取れなかった訳では無いが、面白いのでからかってやろう。  
「!! な、なんでもないっ!」  
 そう言ってハルヒはそっぽを向いてしまった。  
「それとっ!! 今のはちょっとした気まぐれなんだから!  
 変な気、起こすんじゃないわよ!」  
 そう言い切ったハルヒは立ち上がり俺の方を向かないまま歩き出した。  
 そして、俺が入ってきた入り口から出て行ってしまった。  
 やっぱりこいつは変わらないな。いや、変われないのか?  
 そんな変な事を思ったことは、俺の中だけのナイショだ。  
 
 さて、一旦あいつと別れた今になって気付いた事がある。  
 古泉は、時間内にホンモノのハルヒを探し出せ、と言っていた。  
 いや、具体的には探せと言っていなかったが、あいつの言い方ではそういう事だろう。  
 某ウォー●ーも探し出す本だった筈だしな。  
 そして、今、俺はホンモノであろうハルヒに遭遇しているし、以前と同じ状況になり、さらに同じ事も果たした。  
 だが、今俺たちがいるここは一体何処だ?  
 空がどんよりと暗いままで。いつもの街にはない筈の球場の芝生の客席の上だ。  
 つまり、まだ閉鎖空間の中で彷徨っている状態ということ。  
 おい、古泉。ハルヒを見つけ出して終わりじゃなかったのか。  
 一体これ以上俺は何をすればいいんだよ。  
 長門、朝比奈さん…誰でもいいから答えてくれ…。  
 
 などと、こんなところで一人嘆いていても仕方がないな。  
 こういう時こそ行動あるのみ。さっきまでと違いハルヒもいるし、何か世界が変わっているだろう。  
 ……例えば、もうここは現実世界の球場で、俺は一人夢を見ながらここまで歩いてきた後だった、とか。  
 流石にそこまで都合よくも行かないとは思うが、とりあえず建物の中に戻る事にしよう。  
そう思い、立ち上がりさっきの入り口に近づいた時だった。  
 中からもの凄い勢いで一人の人物が俺の方に駆け寄ってきたのだ。  
 俺の目の前で急停止。息はあまり切れてはいないようだった、その人物は―――  
「ちょっと、キョン! あんたどうやってここに入ってきたのよ!」  
 さっきここを出て行った涼宮ハルヒだった。   
 いや、まあわかってたけどさ。この世界にはこいつと俺の二人(偽者含む)しか居ない訳だし。  
 で、どうしてそんなことを俺に聞くんだ?  
 そんなの、正面入り口から普通に扉を使って入ってきたが。  
「………ちょっとこっち来なさい」  
 まったく。何なんだ、一体。  
 いつかの様にハルヒに手を引っ張られ半分引き連られながらさっき俺が上って来た階段へと向かう。  
 大きな階段を降りている途中、何か違和感を感じた。一体何だ?  
 そのまま1階の吹き抜けのフロントまで戻ってきた時、違和感の正体が判明した。  
 ここが、フロントだろ? で、あれが入場のためのカウンター。  
 なら、何故その正面にさっきまで合ったガラス張りのドアが無いんだ。  
 
「キョン、あんたさっき正面入り口から扉を使って、って言ったわよね?」  
 ああ、間違いないな。確かに俺はここにあったはずの扉から入ってきた。  
 だが、どう言うことだ。ただのコンクリートの壁しかないじゃないか。  
「だから! それをあんたに聞いてるんじゃないの! さっき他にも入り口は無いかどうか  
 1階を一周したの。そしたら、扉どころか外を見るための窓も一つもなかったわ」  
 つまり、外に出るどころか外の様子すら見えない、ということか?  
「そういう事、でいいのかな……あたし達の他に誰も居ないみたいだし。  
 …念のために2階の廊下も一通り見てくる! あんたはもう一度1階を調べといて!」  
 言うが早いかハルヒは元来た道を再度走り出した。  
 そして俺は一人この場所に取り残されてしまった。  
 おい、古泉。今度こそお前を恨んでもいいだろ?  
 ハルヒを見つけてジ・エンドじゃなかったのか。  
 何だか、余計に事態が悪化しているのは俺の気のせいなのか?  
 だが、その俺の問いかけに答えるものは、少なくともここには何も無かった―――   
 
 
  第6章  
 
 さて、念の為に確認しておこう。  
 俺はホンモノのハルヒと出会う事が出来た。ここ、何処かの球場で。  
 そして、外に出ようとしたが、俺が入ってきた筈の入り口はコンクリートの壁に変わってしまっていたとさ。以上。  
 もしかしたらこの壁はコンクリートに見せかけた扉で、押したら簡単に開きます。何て言うことは無いだろうか。  
コンコン。ドンドン。さわさわ。ぐいぐい。  
 ノックしたり、思いっきり蹴ってみたり、優しく撫で回してみたり、精一杯押して見たが全く何の反応も無かった。  
 やっぱりこいつはひんやりと冷たいだけのただのコンクリの壁だ。  
 忍者モノ何かでよく見る壁がくるりと回転する仕組みなどになってはいないようだった。  
 ……一度体験してみたかったんだが、諦めるしかないようだ。残念。  
 フロントには他に調べるようなところも無さそうなので場所を変えよう。  
 ハルヒは1階を一周したと言っていた。その言い方からしてまだ廊下部分しか見ていないだろう。   
 なら、俺は事務所や電気室等の小部屋担当、というところか。  
 まあこんなところに窓があったとしても廊下―事務所などの内々を繋ぐものだけだろうが。  
 窓が一つも無いので薄暗くなっている廊下を進んでいるとすぐに事務所らしき扉を見つけた。  
「何か、出来すぎているようなタイミングなんだが……」  
 気にしている暇はない。今でも残り時間は着々と減ってきている。多分……。  
 早くこの空間から出ないともう二度とあの癒し系メイドの微笑を見る事が出来なくなってしまう。  
 いまやあの姿を見ないと生きていられないからな。ある意味で麻薬だ。  
 今度は慎重にノブを捻る。  
 
 扉は、音も無く静かに開いた。鍵は掛かっていないようだった。  
 鍵を全くかけないのは無用心なのか、それとも、人がもう訪れると言う事は無いと言う事なのだろうか。  
「まったく、縁起でもないな」  
 自分で変な想像をして気持ちが滅入って来た。さっさと確認して次へ行こう。  
 気持ちを改め中を覗いてみる。真っ暗で何も見えない。  
 当たり前か。明かりを取り入れるところがないんだった。  
 スイッチがあるだろう場所に手を這わせた。  
カチッ。 ブゥン…ン―  
 電気はまだ生きているようで、スイッチを入れるだけで電気はついた。  
 明るくなり中の様子がはっきりと見えるようになった。  
 そこは特に何も変わったところの無い普通の事務所だった。  
 秩序よく整列させられているワークデスク。綺麗に陳列されている本棚に、書類の山。  
 そのうちの一枚を読んでみた。  
『○月×日―――日対ロ戦。  
 観客総動員数―――1万弱人。』  
 フロントに近い場所にある事務所なだけあって入場者数が記されているようだ。  
 ……まあこんなところにここを出られるようなものは何も無いか。  
 そう結論付け、この部屋を出ようとしたとき、奥にある一回り大きなデスクが目に入った。  
 きっと部長あたりの役職の人が座っている机なのだろう。  
 無駄に豪華だった。そして、そのデスクの端の方。割と新しそうなパソコンが置いてあった。  
「そう言えば、学校にはパソコンが無かったんだよな」  
 とは言ったものの、万が一、という可能性もある。一応は調べておこうか。  
 そう思い、パソコンのスイッチを入れた。  
 静かな部屋にパソコンのカリカリという起動音が響き渡る。そして起動音が止んだ後、  
 内臓のOSの起動画面が表示……されなかった。モニターには何も映ってはいない。  
 だが、モニターの電源は入っているようだった。   
 
 壊れているのだろうか。悪質なウィルスに感染しているとか?  
 しばらく何も映らない真っ暗なモニターを睨んでいると、一度見た事のある、  
 DOSの画面らしいものが急に映った。  
 そして、白く点滅しているカーソルが静かに、そして確実に動き始めた。  
 
YUKI.N:daijoubu?  
(YUKI:大丈夫?)  
 
 それは、前にハルヒと閉じ込められた空間でも見た、長門直々のメッセージだった。  
 このチャンスを逃すわけには行かない。今、俺たちは閉じ込められている。  
 そして抜け出るための行動が全くわからないのだ。これを逃せばもう出る事が出来なくなってしまうかもしれない。  
 その旨を出来るだけ簡潔に、つたない指使いで長門に伝える。  
 
YUKI.N:tsuisakki,kuukangakoteisareta.  
YUKI.N:wakarerumaeni,"kyuujoude" totsutaerukotogadekinakattakeredo  
YUKI.N:bujinisonobashonitadoritukukotogadekiteyokatta.  
(YUKI:ついさっき、空間が固定された。  
YUKI:別れる前に、『球場で、』と伝える事が出来なかったけれど  
YUKI:無事にその場所に辿り着く事が出来てよかった。)  
 
 なぜか日本語に訳されずに全てローマ字で流れてくる長門の言葉。  
 読みづらいが読めないわけではない。だが一行読むのに時間が掛かりすぎる。  
 長門、何とか日本語にならないか? せめて、平仮名だけにでもさ。  
 
YUKI.N:doryokuhashita.  
YUKI.N:demotsuushinsurudakedeseiippai. tsuushindekinaiyorihamashi.  
(YUKI:努力はした。  
YUKI:でも通信するだけで精一杯。通信できないよりはまし。)  
 
 いや、そりゃあそうだけどさ。  
 …まあいい。貴重な時間を使うわけには行かないからな。  
 さっそくで悪いが長門。俺たちが今どう言う状況なのかわかるか?  
 
YUKI.N:kotirakaradehayokuwakaranai.  
YUKI.N:demokoredakehaieru. sakkimadesonosekaihakakudaiwotuduketeita.  
YUKI.N:demo,imahasokonotatemonodakewonokoshitesubetekiesatta.  
(YUKI:こちらからではよく分からない。  
YUKI:でもこれだけは言える。さっきまでその世界は拡大を続けていた。  
YUKI:でも、今はそこの建物だけを残して全て消え去った。)  
 
 だから外に出られなくなっているのか。  
 せめて、見えるようにだけでもしておいて欲しかったものだが。  
 そんな事よりも、それって状況が悪化しているんじゃないのか?  
 話を聞く限りそうとしか思えないんだが。  
 
YUKI.N:sonnnakotohanai. anataga "suzumiyaharuhi" nideaetatokikara  
YUKI.N:sonosekaihashukushousihajimeteiru.  
YUKI.N:tsumari, kotiragawanosekainitikadukihajimeteiru, toiukoto.  
(YUKI:そんなことはない。あなたが『涼宮ハルヒ』に出会えた時からその世界は縮小し始めている。  
YUKI:つまり、こちら側の世界に近づき始めている、ということ。)  
   
 そういう事、なのか?  
 まあ取り合えず今のところは何も失敗はしていないようだ。  
 
YUKI.N:demo, mondaihakorekara.  
YUKI.N:sonomamasonobashoniitsudukeruto, sonokuukanngotoshoumetsusurukanouseigaaru.  
(YUKI:でも、問題はこれから。  
YUKI:そのままその場所に居続けると、その空間ごと消滅する可能性がある。)  
 
 な!? 消滅、だって!  
 
YUKI.N:imamosonokuukannhatidimitsuduketeiru. tamotetemo, atohannnitikuraidatoomou.  
(YUKI:今もその空間は縮み続けている。保てても、あと半日くらいだと思う。)  
 
 それで、どうすれば俺たちはそっちへ戻る事が出来るんだ?  
 
YUKI.N:......kakushouhanaikeredo, hitotsudake.  
YUKI.N:suzumiyaharuhito----------  
(YUKI:……確証はないけれど、一つだけ。  
YUKI:涼宮ハルヒと――――――)  
 
 おい、嘘だろ…… あのハルヒを……  
 
YUKI.N:hontou. ima, usonannkatsuitemoshi...gana...  
(YUKI:本当。今、嘘なんかついても仕……がな……。)  
 
 長門? どうしたんだ?  
 
YUKI.N:mou, genkai...mata, aer―――ブツッ。  
(YUKI:もう、限界…また、会えr―――)  
 
 切れちまいやがった。無駄話が過ぎたか、それとも本格的にやばくなって来たのだろうか…  
 しかし、嘘だろ? 長門……  
 そんなことを俺に求めないでくれ―――  
 まさか長門からそんなことを言われると思っていなかったので、少しショックを受けながら事務所を出た。  
 他の部屋を周ってみたところでそこ以上に有力なヒントがある場所などはないだろう。  
 さっさと2Fに戻ってハルヒと合流しよう。  
 
 さっきハルヒと別れたフロントの階段まで戻ってきたところで、ハルヒが階段を降りてきていた。  
「キョン。どうだった?」  
 本当は、長門から重要なヒントらしきものを貰っているのだが、そんなことはいえないな。  
「そう、そっちもかぁ……。2階にも何にも無かったわ。  
 それにしても、一体どうなってるのよ。いきなり出口が消えるなんて」  
 そんな事を俺に聞かれてもだな。それに、これは一応はお前の夢なんだろ?  
 なら何があったって不思議じゃないさ。  
「そうなんだけどさ……。 なぁんか、釈然としないのよねぇ。  
 なんて言うの? さっきまで公園を一緒に歩いてたじゃない?  
 それが夢でこっちが本当の世界、みたいな、そんな感じがするの。  
 っていっても公園を一緒に歩いてたとこからが夢かもしんないけどね」  
 何か妙にするどいな、こいつ。  
 まさか、こいつがこう思い始めていることがすでに世界を変化させている、と言う事なのか?  
「……取り合えず、外に出よう」  
「外って、あんたね……今までずっと何を探してたのよ!  
 それとも、やっぱり1階に何かあったの!?」  
 
 今のは俺の言い方が悪かったか。  
 さっきの観客席に戻ろう、って言う意味だったんだが。  
「もう! こんな時にややこしい事言わないでよ!」  
 そう怒りながらもハルヒは階段を上っていったので、俺もそのあとをこそこそとついていった。  
 さっき、長門に言われた事を頭の中で反芻しながら。  
 
「で、これからどうしよっか」  
 取り合えず最初、俺がハルヒを見つけた場所まで戻ってきた。  
 空はどんよりと曇ってはいるが、窓が一つも無い建物の中よりは明るい。  
「それは俺が聞きたいね」  
 などと軽口を叩いては見たものの、ハルヒにいつもの切れは無く  
「んん……」  
 と、考え込み始めてしまった。  
 思案顔のハルヒを覗き見してみる。  
 見られているとは思っていないようで、全くこっちを見ようとはしなかった。  
 こうして、何も話さずにハルヒの顔を見続けていればいる程さっきの長門の言葉が浮かんで来る。  
 丁度、その事を考え始めてしまったときにハルヒがこっちに気付き、顔を上げた。  
「ん? なに? あたしの顔に何かついてる?」  
「い、いや…別になんでもないさ」  
 取り合えず誤魔化してみたものの、ハルヒが納得するわけも無く。  
「さっきからこっちばっかり見てたじゃない。隠しても無駄よ」  
 と、さらに問い詰めてきた。  
「いや、本当に何もない。取り合えず落ち付けよ。ここに座ってさ」  
 さりげなく、俺の隣を勧める。  
「ん。ありがと…… あ〜あ、それにしても、いつこの夢が覚めるのかなぁ」  
 
 俺の隣に俗に言う体育座りをして座り込んだハルヒはそう呟いた後、頭を脚の間に埋めた。  
 さっきも思ったことなんだが。こいつがこんな弱いところは滅多に見せない。  
 だが、その分。弱さを見せてしまった時…こいつはこんなにも小さなやつだったのか、  
 などという疑問も持ってしまう。だが、その弱さこそがハルヒがハルヒたる所以なのかも知れない。  
 と、それとなく言ってみたものの結局のところ。どんな状況下に置いてもハルヒはハルヒである、  
 という結論に到ってしまうのである、まる。  
 何てな。さて、ここでこいつに会った時にも思ったことだが、そろそろ自分に嘘を吐くことはやめよう。  
 それに、いいかげん自分に正直にならないとこの世界から出る事も出来そうにないしな。  
 ……なぜかもの凄く不本意なのだが、仕方あるまい。  
「おい、ハルヒ」  
「何よ?………!?」  
 俺は、俯いていたハルヒの肩を叩き、こちらを向かせた。  
 その瞬間に。  
 俺は、ハルヒの唇を奪っていた―――  
 もう、どうなっても知らないぞ、長門………  
 長門の言葉を最後まで思い浮かべながら。  
 
YUKI.N:suzumiyaharuhito, hitotsuninarukoto-------.  
(YUKI:涼宮ハルヒと、一つになること―――。)  
 
 
 薄暗い空の下。何も無い球場のスタンドで。俺たち二人は、口付けを交わした―――  
 

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