「いい加減にしろ!」  
いつものように部室に集まり、いつものように無茶苦茶な要求をして  
ふんぞり返っている目の前の団長様は見慣れた光景だが、今日は特に  
おイタが過ぎた。なので、俺は思い切り怒鳴ってしまった。  
「どうしてお前は口を開けば人に迷惑を掛けるような事ばかり言うんだ。  
少しは他人の事を考えろ!」  
「うるさいわね! あたしは考えるより前に体が動くタイプなの!  
迷惑迷惑って命の危険に晒されないだけマシと思いなさい!」  
実際は何度も死に掛けたし世界も終わりかけたのだが、言うつもりはない。  
「やれやれ。全く、おまえは黙ってさえいれば可愛いってのに」  
「何よそれ。どういう意味?」  
「どうもこうもない。言葉通りの意味だ」  
実際こいつはこの性格さえ除けばどこに出しても恥ずかしくない。と、思う。  
だからこれは特に深い意味は無く、ほんの弾みで出た言葉だった。  
「・・・・・・・・・・・・あたし、帰るわ」  
ハルヒはいつもより鋭いアヒル口でそう言うと、鞄を持ってさっさと出て行った。  
朝比奈さんは湯飲みを持ったまま呆気に取られ、長門は本を捲る手を止めている。  
「今日は忙しくなるかもしれませんね」  
ああ、そうかい。知ったこっちゃないね。勝手にやっててくれ。  
この後すぐに俺たちも解散した。  
 
次の日、学校への坂道を登りながら、俺は昨日のことは水に流して普通に  
接してやろうと考えていた。一日経てば忘れるだろう。鳥頭のように。  
教室の扉を開けると、あいつは椅子から立ち上がって歩み寄ってきた。  
不機嫌そうには見えないが、何だ?  
「よう、ハルヒ」  
「♪」  
いつものように無駄に高血圧な挨拶が返ってこない。  
そのかわり、旅人がすぐに素っ裸になりそうなほどの眩しい笑顔。  
目が輝いている。何かに期待しているような、そんな目。  
「一体どうしたんだ? 変な奴だな」  
「!」  
途端にノートの角で思いっきり頭を叩かれ、お星さまが見えた。痛ぇ。  
「なっ、何すんだいきなり!」  
「・・・・・・・・・・・・」  
ハルヒはぷい、とふてくされたように横を向いた。  
はっきり言おう。訳が分からん。  
 
授業中のことだ。  
「あー。では次の文を、涼宮」  
「・・・・・・」  
「涼宮、どうしたんだ?」  
「・・・・・・」  
「ハルヒ? おい、どうした」  
調子が悪いのかと思って後ろを振り向いたが、当のハルヒはまっすぐ前の方を  
見据えていて顔色もまさに健康そのものだった。何も言わない以外は。  
「・・・・・・・・・・・・」  
「・・・・・・・・・・・・」  
「・・・・・・・・・・・・」  
「あー・・・・・・で、では前の席の者に読んでもらうとしようか」  
結局授業でハルヒが当てられるたびに俺がかわりを務めさせられた。  
放課後までこんな調子で、しかもハルヒは普段と違って休み時間も一歩も動かず  
ずっと前、主に俺の方に刺すような視線を当て続けて変なオーラを出し、  
そのせいで誰も全くこっちに寄り付こうとしなかった。  
目で殺すなんて言葉があるが、まさか本当に視線で死にそうになるとは思わなかったぜ。  
 
文芸部室へ行くと掃除当番のハルヒ以外のメンバーが既に揃っていた。  
「昨日は結局閉鎖空間は発生しませんでした。  
うまくやってくれたみたいですね。おかげで助かりましたよ」  
俺は何もしとらん。それにこっちは散々だ。  
「ほう。どういうことでしょう?」  
俺はハルヒが全く喋らないことを説明した。一行で十分足りる。  
古泉は腕を組んで頭を唸っていたが、やがて、  
「あっ! それってもしかして昨日の・・・・・・」  
それまで頭上に可愛くハテナマークを浮かべていた朝比奈さんが口を開いた。  
「昨日って何かありましたっけ?」  
「もうっ。キョンくん、忘れちゃったんですか?  
ケンカの最中、涼宮さんに言いましたよね。『黙っていれば可愛い』って」  
あー・・・・・・そういえば言ったような。って、それじゃああいつはその言葉を  
真に受けて一言も口を利かなくなったってことか?  
「そうですよ。キョンくんが言い出したことですよ、これは」  
そういう朝比奈さんは少し怒ってるように見えた。  
「ということは、ハルヒの奴がまた無意識のうちに何か力を使って  
自分が喋れないようにしたとかそういうことなんですか?」  
「そうではない」  
 
突然これまで蚊帳の外状態だった長門が口を開いた。  
「現在の所、涼宮ハルヒから何も異常は観測されていない。  
今回の事は、あなたの言葉を受けて自らの意思で実行しているにすぎない」  
つまりあいつは俺が黙ってれば可愛いと言ったから黙ってるだけなのか?  
「そう」  
「なるほど、確かに涼宮さんはあなたの言う事だけには従順ですからね。  
いやはや全くあなたがうらやまひいへふほははひへほふへへ」  
減らず口が飛び出てくるのはこの口か。こいつめ。この野郎。  
「ひはい、ひはいへふほ。ははひへふははひ。  
・・・・・・いやあ、頬を引っ張られるというのは単純ながら実に屈辱的ですね」  
離した途端に元のスマイルに戻れるお前が言っても説得力無いぞ。赤いけどな。  
 
しかし、そう考えると朝叩かれたのも合点が行く。  
「と、いうことで涼宮さんが来たら言ってあげて下さい。可愛い、と」  
何で俺がそんな歯の浮くようなセリフを・・・・・・  
「おや? あなたは昨日、物の弾みとはいえ言ったではありませんか。  
この時部屋にいた朝比奈さんも長門さんもはっきり聞いてますよ」  
「はい。聞きました」  
「聞いた」  
ちくしょう。こういう時に限って全員一致なんてずるいぞ。  
「それに、今はまだいいとしてもいずれ涼宮さんのストレスが限界を超えて  
閉鎖空間が発生する可能性は否定できません。  
最悪の場合は世界を作り変えてしまうほどの規模に・・・・・・」  
嫌な事を思い出させないでくれ。俺はあの時あいつと・・・・・・ぐあああ!  
「とにかく。俺がハルヒに可愛いと言えば万事解決ってことでいいんだな?」  
「わからない」  
「どういうことだ」  
「恐らく、涼宮ハルヒはあなたに期待している。ただの言葉以上の何かを」  
何で頬を赤くしてるんですか朝比奈さん。俺は別にあいつのことなんて。  
「いい加減素直になったらどうです? あなたは涼宮さんの事がす」  
「それ以上言うと、頬を引っ張った面白い顔をセロテープで固定する」  
古泉は黙って肩をすくめた。脅しに屈したとは思えん。  
「大体、俺はともかくハルヒは恋なんて一時の気の迷いとまで言い切ってたんだぞ。  
そんな奴に愛だの恋だの言ったところで無駄だろう」  
「人は変わるものですよ。ずっと近くにいたあなたなら分かる筈です。  
もちろん、あなた自身もね」  
言葉に詰まった。確かに、俺は変わったんだろうな。  
目の前の未来人や宇宙人や超能力者が何よりの証拠だ。  
ハルヒも以前は誰も寄せ付けなかったが、最近じゃクラスに溶け込んできている。  
「とにかく、あなたのためを思って言ってるんです。  
涼宮さんが来たらどうぞよろしくやってください」  
 
そうこうやってるうちに扉が開き、ハルヒがやって来た。そのまま団長席に直行する。  
相変わらず無言だが、その表情は何だか疲れているような感じがした。  
「(やっぱりあなたは涼宮さんの事なら何でもお見通しですね。いやはや)」  
傍らの古泉が小声で囁く。後でセロテープの刑確定な。ガムテープの方がいいか?  
 
しばらく無為な時を過ごす。なんとかやり過ごしたかったが三人の視線が痛い。  
わかった、わかった。やります。やればいいんだろ。  
俺は椅子から立ち上がり、ハルヒの側に寄った。  
「ハルヒ」  
「・・・・・・」  
どうするんだっけ。あーくそ。頭の中がグルグルしてきた。  
ええい、男は勢い。ままよ!  
「!」  
俺はハルヒの頭を掴んで引き寄せ、思いっきりキスをした。  
朝比奈さんがひゃぁっとか言ったのが聞こえる。  
「くっ・・・んむっ・・・ぅ・・・っ」  
舌を入れるとかそういう事すら考えてなかった。ただ口をくっつけるだけ。  
こういうのはもっとシチュエーションが大事だというのに、  
このロマンスの欠片も無い状況は何だ? しかもこれで2回目だぞ。  
やべ。息が苦しくなってきた。いかん、勢い余って呼吸を忘れていた。  
「んんぅ・・・んぅ・・・くっ・・・・・・ぷはぁっ!  
はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・・・・ちょっと! いきなり何するのよ!」  
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・やっと口を開いたな」  
「あっ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・」  
口をつぐんで向こうを向いてしまった。いや、もう遅いって。  
また頭を掴んで無理矢理こっちを向かせようとして手間取る。くそ、力強いな。  
なんとか目と目を合わせて最も似合わないセリフを述べる。全部勢いのせいだ。  
「聞け、ハルヒ。昨日は黙ってりゃ可愛いなんて言ってすまなかった」  
「・・・・・・・・・・・・」  
「お前は・・・・・・あー、黙って無くても可愛いぞ。うん、俺が保証する」  
「・・・・・・・・・・・・」  
 
そう一息で言い切った直後にハルヒはフリーズした。ちょっと面白い。  
「・・・・・・・・・・・・夢?」  
いや、現実から逃げるな。なんなら俺の頬を引っ張ってもいい。  
「・・・・・・・・・・・・」  
少し迷った後、ハルヒは両手を伸ばしてきた。  
「いはひ。いはひ。ほほひっひひひっはふは。ほは。ははへ。  
つつつつ・・・・・・少しは手加減してくれてもいいだろ・・・・・・って」  
ハルヒは能面のような表情のままで目から涙をボロボロ流していた。  
はっきり言って怖い。じゃなくて、俺は本気で慌てた。  
「おっ、おい。ハルヒ。ハルヒさん?」  
涙ボロボロのまま、突然ハルヒは俺に力一杯抱きついてきた。  
さすがに力一杯にも限度があると思う。俺は後ろ頭からすっ転んだ。痛ぇ!  
こら、涙を服に擦りつけるな。洟をすするな。涎を垂らすな。  
「ゔえ゙え゙え゙え゙え゙え゙っ。ギョン゙、ギョン゙、ギョン゙ぅ・・・・・・」  
・・・・・・まあ、いいか。  
俺は片方の腕をハルヒの腰に回し、もう一方で頭を撫でながら呟いた。  
「やれやれ」  
 
しばらくそうやっていて、ようやく落ち着いた後部室を見渡してみると  
いつのまにやら俺達二人だけとなっていた。  
「ハルヒ・・・・・・」  
「キョン・・・・・・」  
柔らかな夕日が部屋に差し込む。何だこの変な雰囲気。  
ああ、流されちまう。  
 
 
翌日、いつもの笑顔に下世話さが少々混じった古泉がこう言った。  
「昨日はおたのしみでしたね」  
お前・・・・・・とそこの顔を真っ赤にして俯いている先輩と本を読むフリをしている  
無口少女が一体どこまで知ってるのか、それは聞かない。無論俺も言わない。  
それに、いくらなんでもその言葉は古すぎると思うぞ。  
粘着テープにランクアップだ。次は瞬間接着剤だから覚悟しておけ。  
 

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