沈みかかった太陽に赤く照らされながら、俺達は遊園地を後にした。  
 
「しっかりしなさいよ。だらしないわねぇ」  
「パパ、かっこ悪ーい」  
 
結局、自分の言った事ぐらい責任持ちなさい というハルヒのお陰で  
マジに全部制覇した。言わなきゃよかった。  
一時のテンションに身を任せるとダメだね。やっぱ。  
 
もうフラフラだ。ハルヒの肩を借りてやっと立つ。  
……まだ地面が揺れてる気がする。  
 
「ま、でも楽しかったわ。遊園地なんて久しぶりだったし。従妹ちゃんも楽しかった?」  
「楽しかったー!」  
 
そりゃよかった。俺の全体力と野口さんを数人犠牲にした甲斐があったよ。  
 
「で、これからどうすんの?なんか決めてたりする?」  
 
何も決めてない。未来の俺からは遊園地に行け しか聞いてないしな。  
長門に夕方には帰るって言ってるし、そもそも俺がもう限界だ。  
 
「悪い、ちょっと体力的に限界だ」  
「……ふーん。それじゃ、私も帰ろっかな」  
「えー!? もう帰っちゃうのー?」  
 
抗議の声を上げる娘。  
 
「ごめんね。でも悪いのはこの情けないお兄ちゃんよ」  
「おい」  
「だってホントの事じゃない」  
 
こんなかっこじゃ反論も出来ないな。我ながら情けない。  
 
「アンタ大丈夫なの? 一人で歩ける?」  
 
……こりゃぁ無理だな。膝が笑いっぱなしだ。まさかここまでとは。  
遊園地を、というよりこいつらを舐めていた。  
 
「ったく。仕方ないわね。家まで送ってってあげるわ」  
「スマンな」  
「いいわよ別に。そのかわり今度の不思議探しで奢りね!」  
 
至近距離で向日葵のような笑顔が輝く。思わず顔を背ける。近ぇよ。  
……こいつ、もしかしてとんでもない浪費妻になるんじゃないか?  
 
 
 
「あ、そっちじゃない。こっちの道だ」  
「へ? アンタん家こっちでしょ?」  
「俺ん家は確かにそっちだが、今日は長門んとこに泊まるんだ」  
「……なんで?」  
 
こいつは俺達の娘で未来から来たから泊まる所が無いんだ。  
……言える訳ない。つーか言いたくない。  
従妹って設定だから普通は俺の家に泊めるよな。  
 
「アンタも有希の家泊まんの?」  
「ん、あ、まぁ……一応……」  
「ふーん……」  
 
10秒程考えてパッと顔を上げる。  
 
「……私も泊まるわ!」  
「はぁ?」  
「ね、いいわよね? 従妹ちゃん!」  
「いいよー! やったー!」  
 
了解を取る相手が違うだろ。長門に……駄目だ。あいつも断りそうに無い。  
 
 
「それじゃ、早速有希に連絡しないとね!」  
 
そう言いながら携帯を取り出す。  
 
「あ、有希? 今日さ……」  
 
結局、この娘の希望通りになったわけか。  
……まさか、この娘にもハルヒと同じような能力があるんじゃ無いだろうな。  
『遊園地に行く』『パパとママと一緒に寝る』 望みどおりだ。  
……まさか、な。もしそうなら未来の俺が不憫すぎる。  
そしてそれは将来の俺な訳で。……無いよな? たまたまだよな?  
 
 
 
楽しそうに喋る2人を横目で見ながら悩む俺。  
せめて、平穏な生活でありますように。そう祈らずにはいられない。  
 
 
 
「有希ー! 開けてちょーだい!」  
 
叫ぶと言う至極原始的な方法で長門を呼ぶハルヒ。  
なんでチャイムを使わないんだ。  
 
音も無く開くドア。そこから覗く真っ黒な目。  
 
「……入って」  
 
「「おっじゃましまーす!」」  
 
遠慮と言うものを欠片程も持ってない親子がずかずかと入っていく。  
 
 
「スマンな。成り行きでこうなって……」  
「気にしていない」  
「毎度毎度、迷惑かけて悪いな」  
「いい」  
「ありがとな」  
 
「ほら、キョン! 何ぼーっとつっ立ってんの! 有希も!」  
「はいはい。今行きますよ」  
 
長門の家に帰ってきたら疲れがどっと出てきた。……眠い。  
 
 
 
そして開催されるオセロ大会。俺の疲労なんかお構いなしか。  
 
俺vs娘。順当に俺が勝った。さすがにこんな幼女には負けないさ。  
 
ハルヒvs長門。意外なことにハルヒの圧勝。手を抜いてるんだろうか。  
本気の長門に勝てるヤツなんか多分この世にいないだろう。  
 
そして決勝。俺vsハルヒ。  
 
「せっかく決勝戦なんだし、そうね……。私が勝ったら明日の学食奢って頂戴!」  
「なんだそりゃ。じゃあ俺が勝ったらどうするんだよ」  
「私が負けるわけ無いじゃない。 万が一勝てたらキョンの好きにしたらいいわ」  
 
俺が負けること前提かよ。これ以上懐を寒くするわけにはいかない。  
絶対に勝ってやる。  
 
 
最後の1マスに俺が白を置く。引っくり返る黒。  
……パッと見じゃ互角だ。  
緊張しながら一枚ずつ数えていく。  
 
 
「……嘘」  
「ぅっしゃあ! どーだ見たか!」  
「な、何かの間違いよ!」  
 
そう言いながら数えなおすハルヒ。ふっふっふ。無駄だ。俺に数え間違いなど無い。  
 
おぉー! と言いながらパチパチ拍手する娘。  
 
「……屈辱だわ」  
「で? どうするんだ? 俺が勝ったぞ? ん?」  
 
笑いが込み上げてくる。いやぁ、こんなに気持ちいいとはな。  
 
「……わかったわよ。じゃあ学食奢ったげる。感謝しなさいよ!」  
 
ペリカンみたいな口をしながら悔しげに言う。  
 
「申し出はうれしいんだが……。俺、学食ってあんまり好きじゃないんだ。  
 あの騒がしい感じがさ。やっぱ昼飯は教室でゆっくり食べるに限るね」  
「わがままね。じゃあどうすればいいのよ」  
 
正直、俺も勝てるとは思わなかったからな。何も考えてねぇや。  
 
「……じゃあ、弁当ならいいのね」  
「へ?」  
「弁当作ってきてあげるって言ってんの」  
「……お前がか?」  
「何よ。文句でもあんの?」  
 
いや、無いが……。作るのか? お前が?  
 
「だからそう言ってるでしょ! はい、この話はもう終わり! 明後日は弁当持ってきちゃダメよ!」  
 
一方的にまくし立てられて話が終了。ふーん……。ハルヒの手作り弁当、ね。  
 
 
その後も、第2回オセロ大会が開催されたり  
部屋の隅に丸まってたツイスターゲーム引っ張り出して遊びまくった。  
 
……にしても、コイツ達のスタミナは底なしか。  
そもそも疲れという概念があるのかすら怪しい宇宙人に  
朝からハシャギまくってるクセにまだまだ元気なハルヒと娘。  
やばい、そろそろ限界だ。俺は普通の一般人なんだからな。  
……瞼が重すぎる。  
 
 
「……ん」  
 
のっそりと身体を起こす。……寝ちまってたのか。  
見回すと、大口を開けて寝るハルヒとその隣で寄りかかるように寝る娘。  
長門はいない。寝室かな。  
 
 
俺の上に掛けられてた水色のカーディガンを持ち上げる。それをハルヒに掛けてやる。  
中途半端な時間に起きちまったな。まだ外は暗いじゃないか。  
 
そのまま数分ボーっとする。……ん?そういや今日の朝に娘を送り返さなきゃいけないんだっけ。  
……何時だっけか……。寝ぼけてる脳を覚醒させて記憶を掘り起こす。  
 
 
 
『他には? 未来の俺からなんか言伝とか無いのか?』  
『えぇっとねぇ……。2日後の朝6時に帰って来なさいって言ってたよ』  
『それだけか?』  
『んと……。あ、過去の俺によろしく、って』  
 
 
 
やべぇ! 朝の6時!?  
 
携帯を取り出す。5時半。走れば間に合う!  
 
 
幸せそうな顔で眠る娘。……起こすには忍びないな。担いでいくか。  
ハルヒを起こさないようにそっと娘を抱き上げる。  
 
 
まだ節々が痛い体を引きずって死にそうになりながら坂を駆け上がる。  
 
「むにゃ……。あれ? パパ……?」  
「お、起きたか」  
「どこ……?」  
「部室だよ。お前を未来の俺に返さなきゃな」  
 
時計を見る。5時57分。ギリギリだ。  
 
 
ストン、と俺の背中から降りて掃除箱に入る娘。  
……もしや、これがタイムマシンになってるんじゃないだろうな。  
今度入ってみるか。誰にも見つからないように。  
 
 
「じゃあね、パパ。2日間だったけど、すっごい楽しかった!」  
「……俺もだよ」  
「どうしたの? なんか悲しそう」  
 
子供って時々鋭くなるのな。  
 
「ん……。寂しいってやつかな」  
「大丈夫だよ」  
 
その娘は、母親に良く似た輝くような笑みでこう言った。  
 
「だってまた逢えるじゃん! あたしはパパとママの娘だよ?」  
「……そうだな」  
 
時計を見る。6時。もう時間だ。  
 
「今度あたしと逢うまで、ママと仲良くしてて!……それじゃ、『またね!』」  
 
パタンと掃除箱の蓋が閉まる。……もう、開けても空っぽなんだろうな。  
 
ママと仲良く、か。……そうだな。もう少し近づいてみるか。あの娘のためにも。  
 
そんな事を思いながらドアノブに手をかける。教室で一眠りでもするか。  
 
 
ガタッ!  
 
「ぅきゃっ!」  
 
 
……ん? なんだなんだ?  
 
 
ガタガタッ!  
 
 
揺れる掃除箱。また来たのか?  
 
 
つかつかと掃除箱に近づき、ドアを開ける。なんか知らんが、また逢える。  
そう思うと自然と笑顔になった。  
 
「どうしたんだ? 忘れ物でも――――」  
 
笑顔が凍りついた。  
 
 
「……パパ」  
「あっ! よかったぁ。待っててくれたんですね。パパ、私なんで過去に送られたんですか?」  
 
 
そこには、無表情な顔に付いてる宝石のような黒い目で俺を見つめるショートヘアの幼女と  
潤んだ目俺を見上げるで栗色のウェーブがかかった長い髪の幼女がいた。  
 
 
「はは……嘘だろ……?」  
 
 
 
-end-  
 

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