今、俺は長門の部屋にいた。  
 
 もしこの狂った夏が終わるならば、俺は自分の部屋にいなければならないだろう  
 何しろ明日が来れば二学期が始まるのだ。  
 
 明日が来れば、の話だ  
 
 現在、日本標準時間で8月31日23時33分  
 
 つまりエンドレスエイト、その終わりと始まりのがここにある  
 
 
 
 
       長門ユキの牢獄4  
 
 
 
 
 部屋には甘ったるい香りと汗のにおいが充満していた。  
 
 そんな中で俺と長門は仲良くひとつの布団で寝ていた。  
 まぁ乱れた布団とか見てもらえればナニをしていたかは分かってもらえるだろう。  
 
 まぁ冒頭でも語った通り、本当ならこんなとこでこんな事をしている場合じゃないのだが  
 一年近く夏をすごしたのは伊達じゃない、もはや感覚で分かるのだ  
 
 今回もだめだった、と  
 
「どっか根本的な所で間違えてんのかなぁ」  
 
 俺は天井を見ながら愚痴るようにつぶやいた。  
 
 傍らで動く気配  
 
 隣を見ると、長門が俺にだけわかる範囲で微笑んでいた。  
 ずいぶんと微笑むことが多くなった長門を見て、ふと思う  
 それにしても、俺はこのごろ鬼畜すぎないか?と  
 
ちょっと前の海水浴  
 この間の夏祭りの時  
 記憶に新しいチビ長門の時  
 その他もろもろ記憶  
 いくらなんでもやりすぎだろう。  
 日をおうごとに凶暴になっていく自分自身に少しだけ恐怖した。  
 
 と、投げ出された俺の手を何かが触れた  
 考えるまでも無い、長門の手だ  
 僅かに青ざめた俺の顔を見て長門なりに俺の心理を推理したのだろう。  
 そして、長門の推理の的中率はいつだって100%だ。  
 俺は長門の目を見ながら解決編が始まるのを待った。  
 
「あなたの凶暴化の原因は記憶継承のせい」  
 
「・・・・」  
 
 俺は無言で聞きに入る  
 
「一年近くの記憶があなたを蝕んでいる。」  
 
 変わる事の無い8月の日差し  
 似たような行動をとる友人、家族  
 一向に分からない問題の答え  
 
 それらが少しずつ、心のたがを緩くした。  
 そして、溜まったストレスが溢れ出る  
 その捌け口として選ばれたのが私  
 
 そう、長門は語った。  
 
「最低だな、俺」  
 
 俺の呟きに、長門が首を振った。  
 
「巻き込んだのは、私」  
 
 だから最低なのは私、と長門にしては大きな声で言った。  
 俺はあまりの長門の必死さに少し笑った。  
 
「じゃあ、間を取ってハルヒが最低って事で良いか?」  
 
 俺の言葉に、今度は長門が薄く笑った。  
 
 記憶継承、それが俺の凶暴化の原因だとしてもどうすることもできない。  
 なぜならば、俺という人格は次に継承することで初めて継続することができる。  
 次の世界に俺がいても記憶を継承していなければそれは俺じゃない、よく似た別の生物だ。  
 継承を止めてしまえばそこで停止してしまう、極端に言ってしまえば死ぬ存在なのだ  
 記憶の継承を行っていない、他の一万五千五百人近い俺と同じくな  
 
 だから、どれだけ壊れようとも大事にやっていかなければならないのだ。   
 
 俺は強く長門の手を握った。  
 
 確かに感じる長門の温もり  
 あと20分足らずで終わる世界で、唯一確かなものだった。  
 
 
 
 終わりの瞬間まで、まだ時間がある。  
 少しばかり時間を持て余した俺はどうでもいい事を考え始めた。  
 
 朝比奈さん何してるだろう  
 妹は今頃寝てるだろうな  
 俺がいない間にシャミは飢えていないだろうか  
 そういえば夏休みの課題やってないな  
 
 ……ん?  
 ちょっと待てよ。  
 夏休みの課題だと?  
 
 頭の中に閃くものがあった  
   
 俺は思いついた仮説を、今までつちかった涼宮ハルヒの行動心理を元に頭の中で検証に検証を重ねる。  
 
 ………  
 
 ………………  
 
 ………………………  
 
 そしてついに俺は、解答にたどり着いた。  
 
 
 ガバッと立ち上がる。  
 
「そうか、そうだったんだ!」  
 
 アドレナリンが過剰に分泌され、テンションがニトロブースターを使ったかのように跳ね上がる。  
 
「はははっ、課題?そうか!ハルヒめっ!ひねくれてるにも程がある!」  
 
 客観的に見れば、いきなり暴れる俺は毒電波に犯されたかのように見えたことだろう。  
 だが当事者の俺はあくまでも主観、白熱する頭で他人の目を気にする余裕はない。  
 
「今から。いや、だめだ、時間がない。だがっ」  
 
 普通ならば後十数分で記憶ごとリセット、消滅と再生を繰り返すこの世界では記憶というモノは泡のように儚い  
 だが、俺には裏技がある。  
 
 記憶継承という言語道断の裏技が!  
 
「この記憶を次に引き継げれば次で、次でこの狂った世界を解放することができぞ」  
 
 全裸でガッツポ−ズ  
 トランクスさえ履いていないので汚いものがぶらぶらと揺れるが気にしない  
 そこで俺は世界解放の最重要キー、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイスの名を呼んだ。  
 
「長門っ!」  
 
 俺は振り向いて、膝立ちになった長門の顔を見る。  
 
 長門は、悲しそうな顔をしていた。  
 
 あ  
 
 燃えさかっていた炎が一気に鎮火した、火照った体が寒さに震えた。  
 白熱した頭が、醒めた。  
 
「そうか………。」  
 
 そして俺は、もう一つの真実に辿り着いた。  
 
「そういうことか、長門。ハルヒだけじゃなかったんだな」  
 
 長門は顔を俯かせた。  
 
「この馬鹿げたシステムを動かしていたのは、ハルヒと、そして長門だったんだな」  
 
 つまりはそういうことだ、この牢獄を創ったのはハルヒだ。  
 だが牢獄には脱獄を阻止するための看守が必要になってくる。  
 
 その看守が長門、お前だ。  
 
 いくら俺がどうしようも無いアホだろうと、15497回も繰り返していれば1回ぐらいは正解を見つけることができただろう。  
 だが、それは事前に長門によって潰されていたのだ  
 やることは簡単だっただろう、気付きそうな俺がいたら二人で課題をやってしまえばいい  
 体で釣るのも一つの手だ、俺はほいほいと付いて行くだろう。  
   
 ”なぜそんな事を?”というのは無意味だ。  
 継承した記憶から簡単に推理できる。  
 長門有希は疲れていたのだ、次々と起こる予測不可能な涼宮ハルヒの奇行に  
 そんな中で創られた閉じた2週間、ここでならハルヒの行動はある程度なら予想できる。  
 ユートピア、そう呼ぶにふさわしい世界が長門の前に現れたのだ。  
 
 しかし、その理想郷も回を重ねるごとに綻びが見え始めた。  
 
 ハルヒの行動がほぼ完全にパターン化し、長門の予測の範囲内でしか動かなくなったのだ  
   
 退屈は神をも殺す。  
 
 もし、長門の心が完全に機械だったらそんな感情は湧かなかっただろう  
 しかし、長門は人の心をもっちまった。  
 
 少しだけ自惚れるならば、俺のせいで  
 
 だからお前は作ったんだ、退屈を紛らわせるために、もしくは退屈を共有するために俺という異分子を  
 そうだ、俺の記憶にはしっかりと残っている  
 「記憶を次に伝える手段がある」と言う、不安げな長門の姿を  
 あの時の言葉は、どれだけの勇気が篭められたものだったのだろうか  
 
「俺は………」  
 
 俺の呟きに長門が顔を上げる。  
 
「俺は、お前の孤独を癒すことができたか?」  
 
「………」  
 
 
 数秒間の沈黙の後、長門ははっきりと頷いた。  
 
 
「そうか」  
 
 俺の言葉で長門は確信しただろう、俺が全ての真実に至った事を  
 再び俯く長門  
 俺にはわかる、一年近い日数を共有した俺だからわかる  
 今、長門は怯えている。  
 
 無敵にして無敗、SOS団最強の存在が怯えている。  
 
 誰に?  
 もちろん、俺にだ。  
   
 俺に悪意によって罵られ、憎悪のこもった拳で殴られるのを本気で怖がっている。  
 或いは、そうすることが正しいのかもしれない。  
 しかし、俺の心には憎悪なんて感情は一欠片も無い  
 あるのは哀れみの感情だけだ。  
 
 だから俺は、震える長門をやさしく抱いた。  
 
「!?」  
 
 有り得ない事態、想定しない状況に長門が戸惑う  
 
「アホだな、ハルヒ並みにアホだ」  
 
 そんな言葉が自然と零れた。  
 それは長門に言ったのだろうか、それとも自分にだろうか?  
 
「明日を否定しちまったら何も得られないなんて、赤子だって知ってるぜ」  
 
「それでも………怖い」  
 
 俺は強く長門を抱きしめた。  
 
「誰だってそうだ、それでも騙し騙しやっていくのが人間てもんなんだよ」  
 
 暗に自分が人では無いと言われたと思ったのだろう、長門が更に俯く  
 
「勘違いすんなよ。もうお前は立派な人間だよ。」  
 
 つまらないことで悶々と悩むあたりな  
 
「………」  
 
 わずかに顔をあげる長門  
 
「いいか長門、お前は一人で頑張りすぎなんだよ。」  
 
 辛かったら誰かに頼ればいい。  
 俺を頼れ、今回のようにいつだってお前の力になってやる。  
 
「………」  
 
 更に顔を上げるが、長門の瞳は俺の瞳を見ない。  
 傷つくのが怖いのだろう  
 どこまでも臆病で、疑い深く、そして弱い  
 だから俺は一つの提案をした。  
 
「なぁ長門、俺と賭をしないか?」  
 
「?」  
 
 やっと俺に視線を合わせる長門  
 
「次の俺が、15498回目の俺が世界を解放できるかどうか、賭をしよう」  
 
「………」  
 
「介入は一切なし、長門は俺の質問に答えるだけ、もちろん正解を教えるのは無し、  
 この条件で次の俺がこの牢獄を壊せるかどうか?」  
 
 答えはすぐに返ってきた。  
 
「無理、確率1%以下」  
 
 俺は不敵に笑った  
 
「よし、長門は無理な方だな、俺は壊せる方に賭ける」  
 
「………」  
 
「もし俺が勝ったらこの世界の解放、もし俺が負けたら」  
 
 そこで俺は、長門の頭をやさしく撫でた  
 
「この世界をお前がイヤになるまで続けていいぞ、その時は俺もつき合ってやる」  
 
 呆然とする長門に俺は畳みかけた。  
 
「どうだ?」  
 
 長門は少しの間だけ悩み、そして頷いた。  
 
 ふと時計を見ると、0時まで残り時間3分程だった。  
 長門の家の時計は秒針まで正確なので間違いはないだろう。  
 
 
 俺は少しだけ考え、思いついたことを正直に長門に話した。  
 
「なあ長門、もし次でこの世界が終わったら俺の、この継承し続けたお前との記憶は通常の世界では無かった事になってしまうんだろ?」  
 
 長門の体が大きく震え次の瞬間、強く俺に抱きついた。  
 
 それはあまりにも残酷な現実  
 それでも俺は言葉を続けた。  
 
「だったら、お前に俺を罰することを許可する」  
 
「?」  
 
「俺は、むかついているんだ。」  
 
 すぐ隣で長門が悩み、傷ついていた事も知らずにへらへらと生きていた自分に無性に腹が立っていた。  
 そして恐らく、記憶の無い俺も同じようにへらへら生きていくのだろう  
 
「だから・・・そうだな、知り合いの誰もいない異世界にでも送ってやれ、せいぜい慌てふためくぞ」  
 
 俺は笑いながら自分の首を絞めるようなこと長門に告げた。  
 
 だが知ったことか、どうせその時の俺には今の俺の記憶はない。  
 
「………」  
 
 長門を見ると少しだけ不安そうな顔をしていた。  
 
「そんな事をして俺に嫌われないか心配か?」  
 
 長門は頭を縦に少しだけ動かした。  
 
「安心しろ、どんなことがあろうとも。俺がお前を嫌いになるはずがない」  
 
 最後には必ずお前を許す、と俺は力強く言った。  
 
「何故?」  
 
 どうしてそんな不確定な事を断言でいるのか、と長門が問う  
 俺は少しだけ視線を逸らしながら言った。  
 
 惚れた弱みって奴だ、と  
 
 その瞬間、長門の目から涙がこぼれ落ちた  
 
「俺のこの記憶は、そうだな…長門との初体験が終わった時にでも渡してやってくれ」  
 
 そして俺は、泣き続ける長門の唇を強引に奪った。  
 同時に舌を侵入させ唾液と共に微量のナノマシンを長門に流し込む。  
 
 世界の終わりのたびに行われてきた儀式も賭の結果次第ではコレで最後、そう思ったその時  
 カチッと時計の短針と長針と秒針が仲良く揃った。  
 
 俺は名残惜しそうな長門から唇を離した。  
 
 光の粒になっていく体、その最後の力を振り絞り俺は言った。  
 
「じゃあ、また明日」  
 
 同じく、光になりつつある長門が返した。  
 
「また………明日」  
 
 その言葉を聞くと同時に聴覚が消え、視覚が消え嗅覚が消え触覚が消え味覚が消えた  
 最後に、消えかける意識と記憶の中で呟いた  
 
 がんばれよ、次の俺  
   
   
 
 
 
 
 
 
 
 果たして、世界は解放された。  
 
 
 
 しばらく後  
 万能のくせに不器用な少女が孤独の果てに新世界という形で罰を実行したのは、また別の話  
 

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