『涼宮ハルヒの告白』  
 
  プロローグ  
 
 高校に入学してから、正確に言うとハルヒがSOS団を立ち上げてからだが、俺の生活はすっかり変貌を遂げてしまった。  
 ドジで可愛い未来人、無口な宇宙人的アンドロイド、胡散臭い微笑み超能力者、そしてハルヒ。  
 このおもしろキャラのカルテットによって俺の日常は、決して消えることの無いペンで非日常へと書き換えられてしまい、その後様々な異変に巻き込まれることとなった。  
 しかし俺がそれを迷惑だと感じていかというと、そうではない。  
 そりゃ最初は戸惑ったさ。考えてもみてくれ、道を歩いてたらマンホールに落ちて、地底世界にたどり着いたようなもんだ。ネコ型ロボットもびっくりな展開だ。  
 でもまあ、その世界は格別に楽しかったわけだ。俺はそれに気付くまでまでマヌケにも半年以上の時間をすごしたがな。  
 そして俺がその世界を楽しいと自覚してから数か月後、今まででも最大級の異変が起きた。それは俺とハルヒの五月以来まったく進展しなかった関係を、一気に頂上へと押しやってしまった。  
 
 
  第一章  
 
 思えばその異変は昨日から始まっていたのだ。まあこの場合のそれは、特別変わったことではない。  
 はて、異変なのに変わってないというのはこれいかに?  
 などと現代っ子の俺には落語だか、小咄だかの区別がつかない風の疑問を浮かべつつ、とりあえず昨日の出来事を思い浮かべる。  
 
 雪が降る回数も少なった二月中旬、一年周期で訪れるものがある。  
 朝からクラスの女子はどこどこの店のがおいしいとか、やっぱり手づくりが一番よ、などとぬかして騒いでいたし、男子もソワソワとどこか落ち着かない様子だった。  
 そう。明日は二月十四日、いわゆるひとつのバレンタインデーってやつだ。  
 まったくもって面白くない。どいつもこいつもお菓子メーカーの策略にまんまと踊らされせやがって。  
 みんな何をそんな騒いでるんでしょうね?  
 俺なんか生まれてこのかた、母親と妹と親戚ぐらいからしか、チョコなんてもらったことがないってのに。  
 どうせ明日だって母親が特売で買ってきたものと、妹お手製のまるで泥団子のようなまずいチョコしか食えないのさ。  
 妹のお菓子作りの腕が去年より格段に上達していることを、切に願うね。ありゃあ死人も起き上がって、さらにそのまま倒れるぐらいの空前絶後のまずさだったからな。  
 何年か前に従姉妹がくれたチョコ、あれはうまかった。その従姉妹はブラジル蝶となったあげく、男とどっか遠くに飛んでいっちまったが。  
 
 俺がそんなセンチメンタルかつノスタルジックかつファンタジーな事を想い、暗澹たる気分で休み時間をすごしていると、おきまりのニヤケ面を浮かべた谷口がこちらに近づいて来た。  
 あんまりニヤケるな、アホみたいだぞ。いや、実際アホか。もういっそアホの谷口と名乗っちまえ。アホがそれほど似合うのは、お前と坂田師匠ぐらいなもんだぞ。  
「ほっとけ」  
 そう言うと、谷口はニヤケ面をもう一段階引き上げた。  
「しかしどうなのよ、キョン」  
 ちゃんと主語を付けろ。お前国語の成績悪いだろ?  
「わかってんだろ。明日はバレンタインデーだぜ、バ・レ・ン・タ・イ・ン。どぅゆーあんだすたんど?」  
 谷口は俺の質問を無視すると今度は英語で聞いてきた。外国語を知らないものは母国語を知らない。これはどこのお偉いさんの箴言だったかな。とりあえず質問には答えてやろう。  
「のぉーあいどんと」  
「嘘付け」  
 嘘だよ。この時期にお前が振りそうな話題なら、見当はついてるさ。  
「なら話は早いな。で、どうだ」  
 これ以上とぼけてみても話が一向に進まないので、素直に答えてやることにする。  
「二個だな、運がよけりゃあ三個」  
「ひゅー。そりゃ結構じゃねーか。長門、朝比奈さん、んで涼宮か」  
「違うよ。母親、妹、で運がよくて朝比奈さんから」  
「アホ、親族からもらう分を数に入れるな」  
 アホだと!たとえファルマの大定理を解いたのがお前だとしても、その言葉だけは言われたくないね。  
「そう言うお前はどうなんだよ。何個もらえそうなんだ?」  
「ふっふっふっ……聞いて驚くなよ」  
 笑うな、気持ち悪いんだよ。  
「一個だ!」  
 
 大声を出すな、いばるな、唾を飛ばすな。俺と変わんないじゃねーか。  
 谷口は指を左右に振りると古泉ばりの気障ったらしさで、  
「チッ、チッ、チッ。わかってないな。数ではないのだよ、数では。いいか大切なのは愛情なのさ。愛する彼女の手づくりチョコ、それは千個の義理チョコより価値があるね」  
と言った。  
 確かに千個義理チョコをもらっても意味ないよな、よほどの甘党でない限りそのうちの九百九十個は生ゴミに変化するだろうよ。  
 つまりそのチョコは義理チョコ十個分の価値しかないということだ。  
「ひがむな、ひがむな。それに十個分だってたいしたもんだろ?」  
 アホの谷口はさらににやけ顔のレベルを上げた。第三形態、金髪の戦闘種族にやられちまえ。  
 他人の夢の話に匹敵するほどくだらない、谷口の彼女の自慢話を右耳から入れて、そのまま左耳から出していると、始業のチャイムが鳴り響いた。  
 これほど始業のチャイムが待ち遠しいと思ったことは、俺の十年に及ぶ学生生活の中でも初めてだ。終業のチャイムならいつも待ち遠しいけどな。  
 
 いつものように教師が来る寸前に、ハルヒは教室に戻って来た。椅子にどっかりと腰をかけ踏ん反り返る。  
 そんなハルヒを横目で見ながら俺は考える。  
 この超絶自己中女も誰かにチョコをあげたりするんだろうか?  
 台所でお菓子作りの本を開きながら、湯煎したチョコレートをかきまぜ、ハートの型に流し込むハルヒ。チョコレートが固まるまで、愛しい人の事を考えて頬を染める………まったく想像できん。  
 それならまだ、長門が微笑みながらチョコを差し出す方が、想像しやすいぜ。ほら、あの白紙の入部届けを可愛い包装に置き換えれば………。  
「何見てんのよ?」  
 俺の視線を感じたのか、ハルヒは慄然とするような声で言った。  
「ん、別に………」  
 俺は前へ体を向けて、全く意味の解らない数字と記号の書かれた黒板を見つめる。  
 その数学の授業中、ずっと背中に氷柱が突き刺さるような痛みと悪寒を感じたのは、言うまでもない。  
 
 その日の放課後、いつも通りまるで生産性の無いSOS団の活動を終えると、俺達は帰路についた。  
 
 ここまではまるっきり通常だった。真の異変は次の日に起こるのだ。  
 俺は朝比奈さんからはチョコをもらいたいな。未来までバレンタインデーの習慣が残っているのを、祈るばかりだ。ぐらいにしかその日のことは考えていなかったんだ。でもあいつにとってその日は………。  
 
 しつこいようだが明日は二月十四日。つまりバレンタインデーだ。  
 
 
  第二章  
 
 その日の朝、俺は母親の刺客である妹の必殺布団はぎによって目を覚ました。  
「はい、キョンくん」  
 俺が布団から起き上がると、妹は満面の笑みで俺に泥団子、もといチョコを突き出した。  
 何故お兄ちゃんは朝一番でチョコを食わねばならんのか?  
「味見だよ。学校で友達に配るから」  
 妹からチョコを受け取ると、口の中にほうり込んだ。  
 ぱく、もぐもぐもぐ………………………。  
ウオッカよりも強烈(飲んだこと無いけど)  
電気椅子より痺れた(座ったこと無いけど)  
 あまりのまずさに睡魔も裸足で逃げ出してしまった。おーい靴はかないと霜焼けになっちまうぞー。  
「おいしい?」  
 ここで「こりゃ泥団子やないか!」と言うほど俺は切羽詰まってないし、妹を落胆させる気も無い。  
「お、おいしいぞ」  
 右手の親指を突き上げ、精一杯のスマイルで答えてやる。引きつりまくってること請け合いだ。  
 これを食えばあの古泉の曖昧スマイルですら、砂漠で三日さ迷ったあげく見つけた水場がなんと海だった、ぐらいの表情には変わるだろうよ。  
「よかった」  
 妹はそう言ってベッドで寝ていたシャミセンを抱きかかえ、  
「シャミー、シャミー。ごっはんだよー」  
 と機嫌良さそうに調子ハズレな節をつけて歌いながら、パタパタと階下へ降りていった。  
 どうやら俺の演技はアカデミー賞ものだったらしい。ハルヒよ、来年の映画には是非とも俺を主演に抜擢してくれ。  
 しかし、あんなものを配られるとは………妹のクラスメートに心から同情するね。  
 ご愁傷様。  
 
 妹のおかげですっかり目が覚めた。  
 俺は素早く着替えと洗面を終え、ダイニングに下り、早食い選手権のように朝食を済ませると玄関を出た。  
   
 いつものように殺人的坂道を登っていると、馴染みのある後ろ姿が見えた。その見慣れた後頭部は、谷口のもので間違いない。  
 あいつに一足早く春でも来たのだろうか。いつも以上の軽快なステップ、もうスキップと言っても遜色がないほどの足取りで心臓破りの坂を駆け上がっていく。  
 追いつこうかと思い加速したが、エンジトラブルを起こしたF1カーのようにたちまち失速する。  
 追いついて話しかけたところで、昨日よりひどいニヤケ面で彼女の自慢話をされるのは目に見えてるからな。  
 俺は二日連続でそんな話を聞いてやるほど、お人よしでは無い。  
 二日連続でそんな話をされたら、徹底した不殺生を唱えたヴァルダマーナでさえ殺意を抱いてしまうかもしれない。俺が谷口の首を絞めないという保証も無いしな。  
 そんな世界史上の偉人に対して、失礼極まりない事を想像している間に高校に着いた。  
 さあ、俺にも一足早く春が訪れてくれるのかな。  
 まず靴箱………俺のきたない内履きだけ。  
 そりゃそうさ、靴箱にチョコを入れるなんて不衛生だからな。靴箱にチョコ。靴下にプレゼントぐらいありえない組合せだよ。  
 俺の近くの男子が友人数名と何やら、はしゃいでいたが無視。おおかた靴に画鋲でも入ってたのさ。  
 イジメ格好悪い。  
 
 二回戦、机の中。開始一秒TKO負け。テンカウントする間もないね、こりゃ。  
 がっくりしてしまったのが伝わったのか、後ろの席のハルヒが、  
「なーに、がっかりしてんのよ。まさかチョコでも入ってると思ってたわけ。まったく身の程知らずもいいとこね」  
と皮肉たっぶりにのたまいやがった。  
 何を言うか。このワガママ女。どうせお前だってチョコをあげる男なんていないだろ。しかし意外だなてっきりバレンタインデーなんてイベント知らないかと思ってたぜ。  
 目には目を、歯には歯を。皮肉たっぷりで言い返してやった。  
 途端、ハルヒは例の水鳥のような口をした。  
「ふん!バレンタインデーが何よ。知ってる?聖バレンタインは最後拷問されて非業の死を遂げたのよ。それを記念日として祝うなんてどうかしてるわ」  
「そりゃ、初耳だ」  
 というかハルヒはなんでそんな事知ってるんだ。以前から思っていたが、お前結構物知りなんだな。  
「あんたとは頭の出来が違うのよ」  
 ハルヒはぷいっと顔を背けて、いつものように窓の外を眺めた。その横顔がどこかメランコリーに見えたのは、俺の見間違いか。  
 
 放課後、俺は最後の望みをかけて部室へと向かった。一応ノックをして返事を受けてからドアを開ける。  
「あ。こんにちは」  
 そう言ってにっこり微笑むはマイ・スイート・エンジェル、朝比奈みくるさん。いつも通りのメイド姿が眩し過ぎるぜ。  
「やあ、こんにちは。…涼宮さんは一緒じゃ無いんですね」  
 古泉一樹は向かいあっていたチェス板から顔を上げると、いきなりそう言った。  
 おい、おい。ハルヒと俺をワンセットみたいな言い方はやめてくれ。  
「あいつは今週掃除当番だよ」  
「そうですか。しかしワンセットというよりむしろつが……冗談ですよ」  
 俺の視線がレーザーカッター並に鋭いものに変わったのを見て、古泉は肩を竦め柔和な笑みを浮かべた。五月から何百回と見た姿。それでも腹立たしさが変わらないのは俺の心がシャミセンの額より狭いからか?  
 今朝の泥団子、一個もってくればよかったぜ。  
 部屋の隅では、日本の伝統芸能の面を使った慣用句が世界一、いや宇宙一似合う女。長門有希が黙々と分厚い海外ミステリの原書を読んでいた。  
 まったくいつも通りのSOS団の様子だった。  
 
 異変はここから始まったのだ。  
 
 長門は読んでいた本をパタンと突然閉じ、なにやら鞄をごそごそとあさりだした。  
 取り出されたるは、可愛い包装紙に包まれた二つの板状の物。  
 まさか俺の妄想が現実となるのか?そんなことになったら明日は巨大隕石が降り注ぐぞ。今日中に地下シェルターを作らなくてはいけなくなる。  
「これ………」  
 俺の心配をよそに長門は俺と古泉の前に、それを差し出した。  
 妄想とは違い長門の顔は無表情だった。  
 ………頭上に注意ぐらいはしておいた方がいいかもしれない。  
「くれるのか?」  
 長門の顎がミリ単位で動き、肯定を示す。  
 そんな様子を見て、朝比奈さんは双眸を見開いて絶句していたし、古泉も顔になんだか変な微笑みが張り付いていた。まるで女子プロレスラーからキスを受けた芸能人のような顔。  
 俺達が差し出された物を受け取ると、長門はまたいつもの場所に戻り本を読み始めた。  
「ありがとう」  
「ありがとうございます」  
 俺達の御礼に顔をこっちにむける長門。ほんの僅か、雀の涙よりまだ小さいほどの照れがその顔には浮かんでいる。  
「……いい、気にしなくて。この国の伝統に則っただけ、深い意味も無い」  
 それだけ言ってまた本へと目を落とす。  
 この国の伝統………二月十四日に、親しい人や恋人に日頃の感謝や、愛情を込めて洋菓子、とくにチョコレートを送る。  
 親しい人に。  
 長門の変化をほほえましく思いながら、包装紙をはがし、ケースを開ける。中身はもちろんチョコレート、おそらくは量販店で買った物だろうが、充分に嬉しかった。  
 
「あっ!そうだ」  
 朝比奈さんは、はっと我に帰り、長門と同じく鞄の中から可愛い包装紙に包まれた物を取り出した。  
「はい。どうぞ」  
 朝比奈さんは悪魔すら退散しそうな神々しい笑みを浮かべ、俺達にチョコを差し出した。  
 俺は見事に本日二つ目のチョコを手に入れた。  
 横の古泉は今日何個目になるのか知らないけどね。そんな事どうでもいいさ。どぶに落とした一円玉並にどうでもいいね。  
 俺は昇天しそうな魂をなんとか体に押し止め、神に感謝した。  
 ああ、神様。朝比奈さんの時代までバレンタインデーを残しておいてくれて、どうも有難うございます。  
 いやこの場合、御礼を言わなくてはならないのは目の前にいる、アフロディーナより美しい女神様だ。  
「あ、ありがとうございます」  
 驚喜の余り声が震えてしまった。  
 もう広辞苑収録の喜びを表す全ての単語を列挙したい気分だ。  
「そんな……キョンくん。大袈裟ですよ」  
 そう言って、照れる朝比奈さんは格段に可愛かった。  
 一日に二つのチョコ。ここが海なら崖の上から快哉を叫んでいるところだ。いやもう場所なんて関係ねぇ、叫んじまおう。  
 ハイになった頭でいかれたことを考えた俺が、大きく息を吸って−−  
 
「じゃーん。団長様のおでましー」  
 
 叫ぼうとしたところで勢いよくドアが開いた。  
 天上天下唯我独尊涼宮ハルヒ団長様のおでましだった。  
 
 行き場を無くした俺の息は、大きな溜息となって口から零れていった。  
「何よいきなり、大きな溜息なんてついて。SOS団員たるものいつもシャキとしてなさいよ!………あら?それは……」  
 ハルヒは俺が持っていた二つの包みに気付くと、たちまち仏頂面へと表情を変遷させた。  
「なにそれ?」  
 バレンタインデーの可愛い包みといったら中身は決まってるだろう。  
「チョコだ」  
「そんなの解ってるわよ!どこのアホが男性的な魅力が皆無なあんたに、それを渡したかって聞いてるの!」  
 何故怒鳴る。鼓膜が破れそうだ。というか今亀裂が走ったぞ。それにアホとは何だ、アホとは。俺にチョコをくれる事がそんなにいけないのか?  
「うるさい!このバカキョン!あんたは聞かれた事に答えればいいの!」  
「朝比奈さんと長門だよ」  
 あまりの剣幕に押されて俺が答えると、ハルヒは雷光のような眼差しで二人を睨み付けた。  
 朝比奈さんは「ふ、ふぁぁ」と、すっかり蛇に睨まれた蛙状態。長門は………相変わらず無表情のまま、本だけを見つめている。  
 ハルヒは俺に視線を戻すとづかづかと近づいて来て、包みを二つとも取り上げてしまった。  
 声を上げる暇もなかった。まさに電光石火の早業。  
「こんな俗物的で馬鹿らしい行為、SOS団団長として認めないわよ!」  
 ハルヒはそう叫び、包みを二つともごみ箱へと投げ込んでしまった。  
 それを見た瞬間、俺の視界は真っ赤に染まり、思考はシャットアウトした。あの時以上に頭に来た。だから次の行動はまるっきりの反射的行動。今度は古泉も間に合わなかった。  
 唯一救いだったのは、俺が拳を握ることさえ忘れていたことか。  
 
パチーン!  
 
 かわいた音が文芸部室内に鳴り響いた。  
 俺の平手打ちがハルヒの左頬にクリーンヒットしていた。  
 
「…………」  
「…………」  
「…………」  
「…………」  
 部室内が異様なまでに静まり返った。  
 運動部の掛け声がよく聞こえる。まるでこの部室だけ、時が止まってしまったかのようだ。  
 その時を動かし、静寂を破ったのはやはりハルヒだった。赤くなった頬を手で抑え俺を睨み付ける。その瞳は、はっきりと潤んでいた。  
「な、何すんのよ!」  
 こんなハルヒを見たなら、いつもの俺は土下座でもして平身低頭、深謝していただろう。  
 しかしこの時、俺の心を支配していたのは罪悪感よりハルヒに対する強い憤りだった。長門と朝比奈さんの真心を踏みにじったことが許せなかった。  
「それはこっちの台詞だ!二人に謝れ!」  
 ハルヒに負けないぐらいの声を張り上げる。  
「なんであたしが謝らなきゃいけないのよ!悪いのはそっちじゃない!」  
 何言ってるんだ、お前は。理不尽にもほどがある。理不尽大魔神だ。  
「うるさい!理不尽なのはみんなの方だわ!みくるちゃんも、有希も、古泉君も、キョンも、みんなそろいもそろって大馬鹿よ!!」  
「本気で言ってんのか?」  
 俺はハルヒの手首を掴んだ。ハルヒがビクッっと体を震わせた。  
「まあ、まあ。お二人とも落ち着いてください。とりあえず………」  
 宥めようとした古泉を無視して、ハルヒは怒鳴り続ける。  
「何よっ!二人からチョコを貰ったからって、あんなににやついて!そんなに二人の事が好きなの!?」  
「そういう問題じゃ無いだろ!」  
 俺も怒鳴り返す。  
 
 もう止まらない。年間セーブ王でもこの勢いを止める事はできないだろう。おそらくカーンだってお手上げ状態だ。  
 朝比奈さんはただおどおどしてたし、長門はさすがに顔を上げていたが、何も言わずに俺達を眺めていた。古泉の声なんてもう届かない。  
「そんなの二股じゃない!最っ低!!」  
「だから、そんな話してないだろう!意味わかんない事言うな!」  
「意味わかんないのはキョンの方じゃない!あたしにキスしたくせに!もうキョンが何考えてるかわかんない!!」  
「何考えてるかわかん………」  
 言いかけて気付いた。キスした?確かに俺はハルヒにキスをしたが、ハルヒはそのことを夢ぐらいにしか思ってないはずだ。そんな夢と現実をごっちゃまぜにするほど興奮していたのだろうか?  
「あ………」  
 ハルヒも自分の過失に気付いたのだろう。叩いたところが分からなくなるほど、顔を信号のように一瞬で真っ赤に変えてしまった。  
 俺が呆然としてるとハルヒは、  
「離せ!」  
と一言叫び、俺の手を振りほどいて部室の外へと駆け出して行った。  
「待て、ハルヒ!」  
 俺が慌てて外に出ると、もうハルヒの姿はどこにもなかった。モーリス・グリーンも真っ青なスピード。  
 おそらく次回の夏季五輪では、陸上女子スプリントの表彰台の一番上にハルヒが立つことになるだろう。  
 部室内に戻ると、六つの瞳が俺を見つめた。そのうち二つには涙が溢れ、ある二つは黒檀の様で表情を伺うことは出来なかった。最後の二つは細められ、まるで蔑むようだった。  
 なんだよ、みんなして俺をそんな目で見て、まるで俺が悪役みたいじゃねーか。  
「悪いのは、ハルヒの方だろ」  
 女々しくも言ってしまった。しかし事実俺はそう思っていたし、ハルヒの事をまだ怒っていた。  
 古泉がつかつかと俺に歩み寄って来た。その顔はいつもの微笑だったが、決して目だけは笑っていなかった。  
 俺は覚悟を決め、歯を食いしばり、目を閉じた。  
 
 パチン。  
 
 パチン?  
 頬に軽い衝撃を感じた。戦々恐々目を開けてみる。そこには見慣れた古泉のスマイルがあった。  
 
「少しは落ち着きましたか?」  
「……ああ」  
 時間がたつにつれて自分のした事がはっきりと分かってきた。  
 俺は女の子に手を上げてしまったのだ。しかも手加減抜きでおもいっきり。  
 言い訳の仕様も無い、男として最低だ。  
「まったくですよ。おかげで今夜は徹夜かも知れません」  
「悪かったよ………」  
「謝るのはぼくにではないでしょう」  
 分かってるよ………。  
 「ならいいのですが。はぁ……」  
 古泉は溜息をついて、やれやれとでも言いたげに肩を竦めて見せた。  
「それで長門さん、今現在時空間異常はみられませんか」  
 古泉は長門の方に向き直り尋ねた。長門は即座に答える。  
「ない」  
 俺の横で未だ半ベソをかいていた朝比奈さんがほっと、息を吐き胸を撫で下ろした。  
「しかし油断は出来ません。いつ世界が再構築されないとも言い切れませんからね」  
 またハルヒとあの空間に閉じ込められるのか?  
「今度はあなたごと神人に消されてしまうかも知れませんね。どっちにせよキスだけでは、もう収まらないでしょう」  
「そんな、キョンくんが………」  
 朝比奈さんが世界の終わりが来たかのような顔をしている。この場合比喩になって無いのが悲しい。  
 誰だ!朝比奈さんにこんな表情をさせたやつは。  
 ゆるさん!………って俺だよな。  
「冗談はそのへんにしといてください」  
 古泉にしては珍しく真剣な口調だった。  
 分かってるよ。しかし冗談でも言ってないと、気がおかしくなりそうなんだ。  
 
「とにかく、どうにかして涼宮さんと仲直りしてください」  
 簡単に言ってくれるよ。  
「どうやってだよ。誰か良い案は無いか?」  
 俺の質問に三人はそろって否定を表す。  
「それは、二人の問題ですから………」  
「ない」  
「自分で考えてください。そこまで責任持てませんよ」  
 どれが誰の台詞かは説明不要だよな。  
 未来人、宇宙人、超能力者。そろいもそろって薄情だ。  
 いや俺だって分かってはいるんだよ。これは俺一人でどうにかしなきゃいけない問題なんだ。誰の手も借りれない、借りちゃいけない。シャミセンの手すら借りれない。  
 そんな顔すんなよ、冗談でも言ってないとおかしくなりそうなんだってば。  
 
 その後の事はよく覚えていない。みんなと別れて家に帰って、飯食って風呂入って、寝た。  
 俺の平手打ちをくらったハルヒの顔が忘れられなかった。それは網膜に焼き付いていて、目を閉じていると浮かび上がって来て俺を苦しめた。おかけでまるっきり眠る事が出来なかった。  
 
 
 そしてそれはやってきた。  
 
 
  第三章  
 
 一晩中ハルヒの泣き顔に苦しめられたおかげで、朝は妹に布団を剥ぎ取られることもなく目を覚ますことが出来た。というかただずっと起きていただけだが。  
「キョンくーん、朝だよー」  
 妹がガチャリと戸を開けた。ノックぐらいしなさい。いくら家族でもある程度の慎みは必要だ。  
「わっ!キョンくん、もう起きてるよー珍しいなぁ」  
「まあたまにはな……お前、その手に持っている黒い物体は何だ?」  
「チョコだよ」  
 昨日のあまりか?なにも二日連続で朝一でそれを食わせなくてもいいだろうに。  
「二日連続?寝ぼけてるのキョンくん。昨日はチョコあげてないよ、昨日の夜につくって今日の朝、固まってたんだもん」  
 普通ならここでお前こそ寝ぼけてるんじゃないか?とツッコムところだが俺は妹の脇をすりぬけると、一目散に階下へと降り食卓の上に置いてあった今日の新聞を見た。  
 俺には確信があった。半年前にもこういう事があった。だからこそ昨日の夜からずっと考えていたのだ。何をしたのか忘れるほど、明日、いや今日何をすべきかを。  
 
 ここで少し変な話をしよう。おれは冒頭で一昨日の事を昨日と言った。なあ変な話だろう?  
 今日の一日前は昨日。今日の二日前は一昨日だ。そんなこと幼稚園児でも知っている。つまり俺の頭は幼稚園児以下ってことになる………わけないよな。  
 俺は知っている。一昨日が昨日になってしまう場合を。簡単だ。昨日が今日になればいいだけ。  
 なっ、簡単だろ。  
 
 俺は新聞の日付を見た。  
 二月十四日。  
 さあ、聖バレンタインの非業の死を祝おうではないか。  
 
 
 
…  
……  
………  
 こうして俺は今年二度めのバレンタインデーをむかえ、冒頭の意識へとたどり着いたわけだ。  
 
 
 昨日から散々行ってきた記憶の反芻を終えると、俺は着替えを済ますため一度自分の部屋に戻った。  
「びっくりしたよー、キョンくんったらすごい勢いで下りていくんだもん」  
 部屋に戻る途中、シャミセンを抱いた妹とすれ違った。  
「悪い。ちょっと気になることがあってな………さっきのチョコくれないか」  
 「はい」と言って差し出されたブツを口の中にほうり込んだ。  
 最高の気付け薬だ。  
「本当!最高だって!ところで気付け薬ってなに?」  
 
 卑怯とは言わないでくれよ。誰だって三浪した後で四回目の受験に失敗したら。テストをやり直させてくれ。ただし記憶はそのままでって言うだろ。そいつが受かることで誰かが落ちるんだろうが、知ったことじゃねーよな。  
 まあその誰かが四浪してたら、ちょっとは同情するけどな。  
 とにかく俺はもうあんな哀切極まる想いはしたくないんだ。ハルヒのあんな顔を見るぐらいなら、本当に首をつってしまいたい。  
 もちろん最低限ルールは守るさ、誰の手助けも受けないし、全てをなかったことにもしない。そんなことしたら永遠に二月十四日を繰り返しかねないからな。それよりそんなことしたら俺は自分が許せそうにない。  
 昨日からシュミレートは何十回とやってきた。やるべきことは判っている。  
 ふと、ここで疑念が湧いてくる。もしハルヒが昨日(いや今日か。まったくややこしい)の事を覚えていたとしたら………ぶんぶんと頭を振りネガティブな思想を追い払った。  
 夏休みの時もあいつには完璧な記憶操作がなされていたし、大丈夫なはずだ。それに例えそうだとしても関係ない。俺は俺のやるべき事をやる。ただそれだけさ。  
 そんな事を考えながら洗面を終えると、朝食を済ませるべくダイニングに下りた。  
 しかし、二日連続で同じ朝食ってのも何だな。やはり食事ってのは変化が重要なのだ。いくら美味しくても同じ物を三食連続で出されたららうんざりするもんな。  
 いいえ、母上。決してあなたの料理をどうこう言っているわけではありませんので、あしからず。  
 俺は昨日よりもさらに手早く朝食を済ませると、玄関を出た。  
 いざ、戦場へ。  
 
 俺の失策は気負って昨日より少し足を早めてしまった事だった。  
「よっ、キョン」  
 その結果、不吉にも坂道の入口で谷口とばったりでくわしてしてしまった。  
 いきなりこれとは幸先が悪い。しかしいくらなんでも無視するわけにはいかないので、  
「よう、谷口」  
 と俺は返答してやる。谷口はまたあのニヤケ面を浮かべ、俺が昨日危惧した通り彼女とのノロケ話を始めた。  
 「俺は放課後が待ち遠しくてたまらんよ。彼女のチョコを想像すると心臓が踊り出すぜ」  
 踊り疲れて止まっちまえ。  
「だからひがむなって。あー、もしチョコと一緒に私も食べて、なーんて言われたらどうしようかな?夢の二時間コースに突入しちまうか」  
 知るか。こっちはそれどころじゃないんだ。俺は放課後一世一代の大勝負をしなけりゃならんのだ。  
「なんじゃそりゃ?また涼宮がらみか?」  
 谷口は俺の肩をポンポンと叩き、余裕たっぷりに、  
「まあ頑張れや」  
 とぬかしやがった。  
 やはり俺の考えは間違いではなかったな、ふつふつと殺意が沸いてきたよ。  
 「うけけ。だーからひがむなって。ふふんっ、んっんー」  
 谷口は一層気味の悪い笑みを浮かべると、ついに鼻歌まで歌い出した。  
 俺は渾身の右ストレートを繰り出すのを、何とか堪えた。  
 
 谷口のアホ話に付き合ってやってる内に高校に到着。  
 下駄箱の中なんか誰が確認するか。どうせ何も入っちゃあいないんだ。  
 教室に着き谷口と別れ、自分の席に座る。今度は机の中を確認する。ハルヒの前では昨日と同じ動作をする必要があるからな。あのいけすかないニコニコ超能力者の言葉を借りれば、せめてものフェアプレイの精神ってやつだ。  
「なーに、がっかりしてんのよ。まさかチョコでも入ってると思ってたわけ。まったく身の程知らずもいいとこね」  
 とハルヒは皮肉たっぷりに言った。昨日とまるで変わっていない。少し安心。  
「どうせお前だってチョコをあげる人なんかいないだろ。しかし以外だなてっきりバレンタインデーなんてイベント知らないかと思ってたぜ」  
 記憶をたどりながら台詞を言う。おそらく間違いは無い。昨日嫌ってほど反芻したからな。やっぱり来年の映画の主演は俺で決まりだ。一生に一度くらい目からビームを出すのも悪くないかもしれん。  
 ハルヒはアヒルように唇を突き出した。  
「ふん!バレンタインデーが何よ。知ってる?聖バレンタインは最後拷問されて非業の死を遂げたのよ。それを記念日として祝うなんてどうかしてるわ」  
「知ってるよ」  
 あまりに変化がなさすぎるのも面白みに欠けると思い、そう返した。これぐらいは問題ないだろう。  
 ハルヒはしばらく俺の顔を訝しげに睨め付けていたが、ぷいっと顔を背けると、いつものように窓の外を眺めた。その顔がどこかメランコリーだったのは俺の見間違いではない。  
 
 しかし何故だろうね?放課後、部室へと向かう途中で俺は考える。  
 何故ハルヒは二月十四日を繰り返す事を選んだのか?  
 多分俺に叩かれたショックからではないと思う。もしそれが原因ならハルヒは五月の時のように、世界を再構築する方を選んだに違いない。  
 もう一度バレンタインデーをむかえさせた理由。それはきっと八月と同じ理由だ。 ハルヒはやり残した事があったのだ。だから繰り返す事を選んだ。  
 やり残したことは何かって?そんなの決まってるじゃないか。言うまでもない事だ。女の子がバレンタインデーでやり残して、後悔するような事は一つしかない。  
 
 一つめの疑問を解決して、もう一つ考えてみる。  
 何故ハルヒは長門と朝比奈さんにあんな酷い事をしたのか?  
 ハルヒはああ見えて結構優しいところだってあるんだ。古泉の話によると俺が倒れた時(正確には違うが)はすごく心配してくれていたようだし、長門が熱をだした時なんて、やりすぎだって言うくらい熱心に看病していた。  
 そりゃ、いつもハメを外してみんなに迷惑ばっかりかけてるけど、ハルヒだって馬鹿じゃない。本当にしちゃいけない事ぐらい分かっているさ。  
 じゃあ何故あんな事をしたのか?  
 
 ハルヒの想ってる事なんて俺が知るかよ。  
 
 ふざけるな。  
 お前この期に及んでまだそんな事を言うのか?  
 もう本当に付き合い切れねぇぞ。  
 本当は分かってるんだろ?  
 そんなのとっくに答えがでてんじゃねぇか。  
 この十か月間ずっと一緒にいて、俺はハルヒの想いに気付いていなかったってのか?  
 鈍感を気取るのはやめろ。長門も朝比奈さんも古泉も言ってたじゃねぇか、ハルヒが俺を選んだんだって。  
 お前はただ認めるのが怖かっただけなんだよ。  
 ハルヒの想いを認めれば、この疑問の答えだって解るだろう?  
 ハルヒがあんな事をした理由は、年頃の女の子が抱くごく普通の感情だ。ハルヒはそう、ただヤキモチを妬いた。それだけだ。  
 
 以上二つの自問の回答からハルヒの気持ちは分かったよな。  
 では。  
 俺はどうなんだ?  
 俺はハルヒのことをどう想っているんだ?  
 俺は………………。  
 
 部室に着いた。一応ノックをして返事を受けてからドアを開ける。  
「あ。こんにちは」  
 そう言って昨日と変わらず、というかいつもと変わらずにっこり微笑むのは、メイド姿の朝比奈さん。今日はあなたを泣かせたりしませんよ。  
「へっ、何の事ですかぁ?」  
「あっ、いえ気にしないでください。こちらの事ですから」  
「はぁ……」  
 朝比奈さんは一応納得してくれたようだった。  
 ふぅ。危ない、危ない。めったな事は言うもんじゃないね。  
「やあ、こんにちは。…涼宮さんは一緒じゃ無いんですね」  
 チェス板から顔を上げると、古泉は昨日と一言一句違わぬ台詞を言った。  
 だからハルヒと俺をワンセットみたいに言うなって。お前の記憶力は十年たったゲームカートリッジ並か?  
「あいつは今週掃除当番だよ。それにハルヒと俺はつがいみたいなもんだ」  
 俺の台詞を聞くと古泉はめずらしく言葉につまった。  
「………いつから超能力に目覚めたんですか?」  
 なーに簡単な読心術だよ。お前との付き合いももう長いからな。  
「そうですか。しかし認めるとは意外でしたね。プロポーズの言葉はなんて………」  
 こういう切り返し方が実にこいつらしい。俺は昨日よりもさらに鋭い、ダイヤでも切断するかのような視線を送ってやった。  
 古泉は肩を竦め柔和な笑みを浮かべた。昨日とまったく同じ姿。それでも腹立たしさが変わらないのは、俺の心が蟻の心臓並の容量しかないからか?  
 あっ!しまった。今朝の泥団子持ってくるの忘れた。ちくしょう。  
 部屋の隅では、感情の変化が世界一、いや宇宙一顔に表れない女、長門が黙々と分厚い海外ミステリの原書を読んでいた。  
 まったく昨日と変わらないSOS団の様子だった。  
 そう、ここまでは問題ない。ここからが勝負だ。  
 
 長門は読んでいた本を、精密機械のごとく昨日とまるで同じように閉じると、何やら鞄をごそごそとあさりだし、可愛い包装紙に包まれた板状の物を取り出した。  
 実際そうなのだが、まるで昨日のコピーを見ているようだった。  
 今日は防災用具の確認が必要だ。  
「これ………」  
 長門は俺と古泉の前に板状の物を差し出した。その顔はやはり無表情だった。  
 分かっていた事とはいえ驚いた………帰りにミネラルウォーターとカンパンを買うとしよう。  
「くれるのか?」  
 長門の顎がミリ単位で動いた。  
 朝比奈さんは口をあんぐり開けて絶句していたし。  
 古泉も顔になんだか変な微笑みが張り付いていた。まるで同性から愛の告白を受けたかのような顔。その顔はいくらなんでも長門に失礼だ。  
 長門は呆然とする俺達を気にかける様子もなく、またいつもの場所で本を読み始めた。  
「ありがとう」  
「ありがとうございます」  
 しかし俺も代わり映えしないね。もうちょっと気の利いたことは言えないものか。  
 こっちを向いた長門の顔にはほんの僅か、ミクロンよりさらに極小の照れが浮かんでいる。  
「……いい、気にしなくて、この国の伝統にのっとただけ、深い意味も無い」  
 それだけ言ってまた本へと目を落とす。  
 ここで一つ聞いてみる。  
「長門、お前誰かにチョコをあげるのは初めてか?」  
「初めて」  
 予想通り短い答え、そして期待通りの答えだった。  
 
「あっ!そうだ」  
 朝比奈さんは思い出したかのように鞄を開けると、長門と同じく中から可愛い包装紙を取り出した。  
「はい。どうぞ」  
 俺の前に本日二つ目のチョコが差し出された。正確に言うと四つ目か………本当にややこしいな。  
 横の古泉なんてもう知ったこっちゃない。こいつが今日何個チョコを貰ったかなんて、学校で貰うプリント並にどうでもいいね。  
 朝比奈さんへの感謝を表したいがここでは割愛。初めての時に嬉々として全部言ってしまったから残念ながらネタ切れだ。  
 それにシンプル・イズ・ベストって言葉もあるしな。  
「ありがとうございます」  
 今度ははっきりとそう言った。  
「いつもお世話になっていますから」  
 そう言って控目に微笑む朝比奈さんは、格別に可愛かった。  
 一日に四つのチョコ。もうここが山なら斜面に向かって狂喜の雄叫びを上げているところだ。いやもう場所なんて関係ねぇ、−−っとそんな場合じゃなかった、もうそろそろだ。  
 俺は自分を奮い立たせ、収納から無理矢理服を引っ張り出すような勢いで、なけなしの勇気を心の底から引き出し、その時を待った。  
 すでに俺の心臓は破れんばかりの早鐘を打っていた。  
 
「じゃーん。団長様のおでましー」  
 
 心臓が飛び出しそうになったよ。  
 勢いよく開いたドアから、この異変の張本人涼宮ハルヒ団長様が現れた。  
 
「何よ、キョン。そんなところにつっ立って………あら?それは…」  
 ハルヒは俺が持っていた二つの包みに気付くと、たちまち不機嫌な表情へと顔を変えた。  
「なにそれ?」  
「チョコだ」  
「そんなの解ってるわよ!どこのアホが男性的な魅力が皆無なあんたに、それを渡したかって聞いてるの!」  
 だから怒鳴るな。冷静になれ。  
「うるさい!このバカキョン!あんたは聞かれた事に答えればいいの!」  
「朝比奈さんと長門だよ」  
 昨日と同じようにして俺が答えると、ハルヒは瞳を日本刀のようにギラつかせ二人を睨み付けた。  
 朝比奈さんは「ふ、ふぁぁ」と、すっかりライオンに囲まれたインパラ状態。長門は………相変わらず無表情のまま、本だけを見つめている。  
 ハルヒは俺に視線を戻すと猪のように近づいて来て、包みを二つとも取り上げてしま………う前に俺はその包みを長机の上に置いた。  
 そして近づいてくるハルヒを力一杯抱き締めた。  
「…………」  
「…………」  
「…………」  
「…………」  
 部室内が異様なまでに静まり返った。  
 吹奏楽部のヘタクソな演奏がここまで聞こえてきた。  
 俺は他の部員三人にアイコンタクトを送る。古泉は微笑で頷き、長門は黙ったまま立ち上がり、呆然と立ちすくむ朝比奈さんを両脇から二人して抱えると、引きずるように部室を出て行った。  
 古泉、長門、ぐっじょぶ!  
 
「えっ…あっ、なに、なに、嘘、これ夢?ちょっとキョン!」  
 ハルヒは俺の腕の中で未だ混乱を脱しきれてないのか、何やら喚いている。  
 でも、俺を突き飛ばしたりしないのは何故かな。  
 そして、俺が今までに味わった事がないほどの幸福感に包まれているのは何故かな。  
 そんなの今さら理由を自問自答するまでもなく分かってる。さっき確認したばかりだ。  
 はっきり言おう。俺はハルヒが好きなのだ。いやもう愛していると言ってもいい。もう二度と離したくないね。そして、ハルヒもきっと俺と同じ気持ちだ。  
 
 あの日、ハルヒのぶっ飛んだ自己紹介を聞いた瞬間、そして振り向いてその鮮麗な姿を視界の隅に捕らえた瞬間から、俺は涼宮ハルヒにゾッコンだったのさ。のめり込み過ぎて自分の感情があやふやになるほどな。  
 でもそのあやふやさがいけなかった。知らず知らずの間に……いや、すまん。これは言いわけだな。俺は半ば自覚的にハルヒを傷つけていた、こんなに細くて、こんなに脆いハルヒを。最低だ。  
 ハルヒに、いやハルヒだけじゃない。朝比奈さんや長門や、古泉にまで迷惑をかけて。みんなに甘えて、みんな本当はそんなに強くないのに………。  
 朝比奈さんなんていつも泣いてるし、長門だって奇行に走ったりした。古泉は………よく分からないけど、あいつだってきっと辛い思いをしているはずだ。  
 そしてハルヒだって、ハルヒだって−−−  
 
「キョン?」  
 いつの間にか俺は泣いていた。俺を見上げるハルヒの顔にも涙が落ちる。  
 ぬぐっても、ぬぐっても、その涙は止まってくれなかった。  
「ハルヒ、ごめん、な。本当にごめん。俺、お前のこと傷つけてばっかりで………お前が傷ついてるの知ってて、逃げてた……お前の気持ちからも、自分の気持ちからも」  
「キョン………」  
 ハルヒはスッと背中に手をまわし、こんなみっともない俺をただ抱き締めてくれた。  
 トクン、トクン。  
 ハルヒの鼓動を感じる。心地よいリズム。それが俺に勇気を与えてくれる。  
 言わなくては、俺の想いをハルヒに伝えなくては。  
 
 俺はもう一度涙をぬぐうとハルヒの顔を見つめ、一気に言った。  
「俺は朝比奈さんの事が好きだ。長門の事が好きだ。でもそれはハルヒを想う気持ちとは違う。俺は涼宮ハルヒが大好きだ。愛してる。お前のチョコが一番欲しい」  
 ハルヒは俺の告白を聞いて、少し戸惑っていたがしばらくすると意を決したように言った。  
「キョン………謝るのはあたしのほうだわ。気持ちを伝えたいのに伝えられなくて、いつももやもやしてた。それでみんなに八つ当たりみたいな事もしちゃった時もあった」  
 時もあった………っていつもじゃないか。こんな時でも、ツッコムところはツッコマないとな。  
「もう、キョン!ムードぶち壊しじゃないの!いい、一度しか言わないからよーく聞きなさいよ」  
 ああ、よーく聞いてやる。ラジカセの録音スイッチ押した方がいいか?  
「バカ」  
 ハルヒはそう言って息を大きく吸い込み、  
「あたしもキョンが大好き!!愛してるぅーーっ!!!」  
 学校中の窓ガラスを割る事を目論むがごとく、大音声をあげた。  
 
 その後ハルヒは制服のポケットから可愛い包装を取り出し、俺に突き出した。  
「手づくりよ、一日中ポケットの中に入れてたから溶けてるかもしれないけど、味は保証するわ。ありがたく食べなさい」  
 俺は包装を丁寧に剥がした。  
 ハート型にLOVEの文字、こりゃきっと溶けてなくてもベタベタだな。  
「うるさいわねー、ハート型宇宙船なのよ!」  
 きっと作ったのは地球人だな、NASAあたりだろう。LOVEってのはどっからどう見てもアルファベットにしか見えない。それとも違う星でも似たような文字を使ってるのかな?  
 これ以上ツッコムとせっかくの宇宙船がスペースダストとなりかねないので、そのツッコミは心の中だけでした。  
 ハルヒの作ったチョコはすごく甘くて、何故かちょぴりしょっぱくて、今まで食べたどんなチョコよりも美味しかった。  
「どう美味しい?」  
 銀河のような輝きを持つ瞳で聞いてくるハルヒ。  
「おまえが作った物で美味しくない物なんてあるか。最高だよ。愛が詰まってるからかな?」  
 ハルヒの顔がみるみる赤くなっていく。  
 
ゴン。  
 
褒めたのに殴られた。でもそれは全然痛くなかった。  
 
 
  第四章  
 
 ハルヒの愛が詰まったチョコ。ハルヒいわくハート型宇宙船チョコを堪能して、俺は今ハルヒと向かい合っている。  
 ハルヒは口を尖らせてちょっと拗ねたようなような表情で、俺を見上げていた。いつかと同じ状態。でもその時との表情の違いが俺にははっきりと分かった。  
 ハルヒの顔が、笑いたいのを無理矢理堪えているようにしか見えないのだ。  
 お前は告白されて想いが通じ合ったのに、なんだか恥ずかしくってわざと拗ねてみる女子高生か。  
 くすっ。  
 俺の比喩とも言えない比喩表現にハルヒは笑った。  
「何よそれ、例え話になってないじゃない」  
 うん。やっぱり笑った方が可愛い。さっきの拗ねたような表情も堪らないが、どちらかと言えばやっぱりこちらの方が俺の好みだ。いや本当に甲乙つけがたいんだけどね。  
「照れくさいからそんな可愛い、可愛いって言わないでよ」  
 照れたように言うその台詞がまた可愛い。  
「ハルヒ」  
 俺はハルヒのセーラー服の両肩に手を置き、唇を重ねようと顔を近づけていく。  
 その時、  
「ちょっと待って」  
 ハルヒが俺を押し返した。  
 
 おい。ここまできてそれはないでしょう。放置プレイですか?俺達はまだそんなディープなところまでは達していないだろ。  
「バカ、違うわよ。よっと………」  
 ハルヒは髪を結んでいたリボンをほどいて、頭の後ろで髪をまとめ上げた。  
 つまりポニーテール。中途半端でポニーというよりミニチュアホースぐらいだった。  
 ぐあ、もう魅力度四十パーセント増だ。卒倒しそう。  
 俺のためにわざわざしてくれたのか?  
「キョン、ポニーテール萌って言ってたじゃない。出血大サービスよ……ところでこの話どこで聞いたんだっけ?」  
 きっと以心伝心ってやつだ。想いあっていれば伝わるってあれだな。  
「ふーん。まあいいわ。続けましょ」  
 では、あらためて。  
 俺はセーラー服の肩をつかみ唇を近づけていった。  
 二人の唇が重なり合う。俺は作法に則って目を閉じているからハルヒがどんな顔をしているのか知らないが、きっとハルヒは世界一可愛い顔でキスをしている事だろう。ああ、悪い。前言撤回。宇宙一可愛いに修正しとくわ。  
 しばらくして唇を離し目を開けてみると、ハルヒは顔を上気させて何やら思案げな表情をしていた。  
「うーん。ファーストキスって甘酸っぱいレモン味だって言うけど、あたしはただの甘いチョコの味しかしなかったわ」  
 そりゃそうさ。寸前までチョコ食ってたんだから。  
 それに今のはセカンドだ。ファーストキスはちゃんとレモン味だったぜ。  
「な、何それ?」  
 心あたりでもあるのかハルヒは少し戸惑ったようにして、俺を上目遣いで見つめてくる。  
「何でもない。ただの妄言だ」  
 
 俺はハルヒにサードキスを敢行した。今回のはちょと深めにしてみよう。ハルヒの唇に何度も吸い付くようにして、それから口を覆い舌を出し、ハルヒの中に侵入しようとする。  
「ちょっ、キョン。そんな、あっ!」  
 ハルヒが驚きで口を開くと素早くその中に舌をねじこんだ。  
 うーん。我ながら凄いキステクニック。ベッドの下に隠されたビデオに謝辞を送りつつハルヒの口を貧る。  
 歯列をなぞり頬を裏側から愛撫する。そしてハルヒの舌に自分のそれを絡めた。  
「んっ、う……はぁんキョン、はぁ……」  
 始めはレジスタンスであったハルヒの舌も今や心強い友軍だ。積極的に絡まってくる。  
 くちゅっ、ちゅっ、くちゃ。  
 二人がディープキスを行ういやらしい音が、夕日の差し込む部室に響き渡る。最高のBGMだ。  
 口を離すと二人の間にキラキラとした橋がかかった。その橋はロンドン橋よろしく落ちてしまったが、今や二人の間はオリハルコンより堅い絆で結ばれていた。  
 ついに神話を超絶しちまった。笑うなら笑え。誰だってハルヒとこんな事をしたら、これぐらいのノロケ話はするさ。俺以外の誰かがこんな事をしようとしたら、そいつを半殺しにするがな。  
 
「何をぶつぶつ言ってんのよ。嬉しさのあまりどうにかなっちゃったの?」  
「もう絶対ハルヒの事を離さないって言ったのさ。未来永劫な」  
 ハルヒは目をぱちくりさせた。一つ一つの動作が堪らなく可愛い。  
「それって何?プロポーズのつもり。気が早過ぎるわよ」  
 そうとってもらってもかまわないさ。  
「……指輪ぐらい用意しときなさいよ」  
 明日からバイトを始めるとしようか。  
「バカ、冗談よ」  
 ハルヒは微笑むと、俺の頬にそっと指先を触れさせた。  
「あたしは運命なんてこれっぽっちも信じてないけど、ずっとキョンとはこういう風になると思ってた。ううん。違うわね。やっぱり運命なんて関係ないわ。  
ずっとこういう風になりたかった。いつからだろう?キョンに出会ったのは高校に入ってからなのに、もっとずっと前からのような気もするわ………不思議ね」  
 それはきっと三年半ぐらい前からだな。  
「何でそんな具体的なのよ?……そうね、それぐらいからかもしれないわ」  
 今度はハルヒが自分からそっと俺の唇にキスをした。  
 
 俺はまたハルヒを抱き締めた。暖かい、柔らかい、心地よい。最高の抱き心地だ。  
 俺がハルヒを抱きながら次に進むべきかどうか逡巡していると、  
「続き……してもいいわよ」  
 ハルヒの方が許可を出した。  
「いいのか?ここ部室だぞ」  
「初めてのセックスが部室でなんてちょっと素敵じゃない。キョン以外の男にバージンあげる気なんてないし……でもあたしのバージンあげるんだから、優しくしなさいよ」  
 かぁ、と頭に血が上る。興奮した俺はハルヒを押し倒した。  
「わっ……こらっ、キョン!優しくしな、あんっ!」  
 俺の腕はすでにハルヒの胸へと伸びていた。制服の上からでも充分に柔らかさが伝わってくる。ビーズクッションの百倍、いや千倍は気持ち良い。  
「んっ、ちょっと……きゃっ…両方!あんっ!」  
 どうやらハルヒは胸が弱いらしい。こりゃ直に触った時が楽しみだ。ハルヒの制服の上着に手をかけて、たくし上げる。  
 それにしてもうちの高校は何でセーラー服の前が開かないのだ。これでは制服を着たままセックスをするという、男の野望が叶えられないじゃないか。  
「女の子にしてみたら服着たままなんて窮屈なんだから……スカートは穿いたままでもいいわよ」  
 俺は北高の制服をデザインしたやつに憤慨しながらもハルヒの上着を脱がせた。  
 水色の花柄をあしらった可愛いブラ、とりあえずわけの解らん幾何学模様柄じゃなくて安心したよ。  
「探したけどそうゆうのは売ってなかったのよ。まったく品揃えが悪いわ」  
 俺は全国の下着メーカーに感謝しながら、ハルヒの背中に手を伸ばした。  
 ない。  
 あるべき物がそこにはない。ホックって後ろにある物だろ?  
 これは誰かの陰謀か?  
「陰謀って何よ?ただフロントホックなだけ。自分で外すからいいわよ」  
 
 あらわになるハルヒの胸。白く豊麗な膨らみの上に、ピンク色の綺麗な乳首。錦上添花という四字熟語がこれほど似合う物はこの世に存在しないだろう。  
 ハルヒは頬を紅く染めている。  
「恥ずかしいからあんまり見ないでよ」  
 恥ずかしがる事なんてないぞ。今のハルヒの姿を見たら、ミロのビィーナスだって両手を上げて地に平伏しちまうだろう。腕ないけどな。  
「何変な例え話してんのよぉっ!?」  
 ハルヒの台詞が終わる前に、俺は豊かな膨らみにむしゃぶりついていた。  
「キョン、うっ、あ…あん、はぁ、……はぁん、何か、胸が、おかしいの……」  
 膨らみのカーブに舌を這わせ、触れた突起を口に含む。片方の乳首を口で入念に愛撫し、もう片方は手を使って優しくこねくりまわしたり、つねったりしてみた。  
「あぁん、いやっ……なんで、こんなに、気持ち良いの?」  
 ハルヒの顔は完熟トマトのように赤く染まっていた。  
 頃合いを見計らって、スカートの中へと手を侵入させる。辿り着いたそこは、すでに密林のジャングルのごとく湿気に満ちていた。  
「そ、そこは、だめぇ……あんっ!下着汚れちゃうから……キョン、脱がせて」  
 ハルヒの膨らみから顔を上げて、足の間に体を入れる。スカートの中に両手を突っ込み、ショーツを脱がせた。  
 さあ、いよいよ聖域に足を…じゃなかった手を入れようか、というところでハルヒから声がかかった。  
「あたしも全部脱いだんだから、キョンも服脱ぎなさい!」  
 ハルヒの要請を受け、立ち上がり服を脱ぎ始める俺。  
 ブレザーを脱いでハルヒの下に敷いてやってから、Yシャツを脱ぎ捨てる。Tシャツも同様に。カチャカチャと音を立てベルトを外し、ズボンを下げる。残すは最後の一枚。ここでさすがに躊躇したが、今更恥ずかしがってもいられないので勢いよく脱いだ。  
 
 俺のペニスはエベレストのごとく雄々しく、高々と勃起していた。  
 ハルヒはそれを見て双眸を見開き、  
「キョンのそんなにおっきいの!?………あたしの中にちゃんと入るのかしら?」  
 と不安げに聞いた。  
「大丈夫」  
 ちゃんと濡らせばね。そう言ってしゃがみ込みハルヒのスカートの中に潜り込んだ。  
「ダメよっ、キョン!あたしシャワーも浴びてないから汚いわよ!」  
 ハルヒに汚いところなんてあるわけない。  
「ホントにダメだってば!」  
 拒絶するハルヒを無視して俺はハルヒの秘部に特攻を開始した。へたすりゃ三角締めであっという間に墜ちてしまう。  
 しかしハルヒの反撃はない。  
 俺はハルヒの秘部を指で広げた。ハルヒのそこは爛漫する花のように綺麗で、全然グロテスクなんかじゃなかった。これをグロテスクなんて言うやつがいたら、そいつの美術の成績は万年最下位に違いない。  
 充血した突起がぴょっこりと顔を出した。それにそっと舌先を触れてみる。ハルヒが陸に打ち上げられた魚のように体を反らせた。  
「−−っ!!キョン!だめぇっ、そこは、そこは……はぁん、あ、ああっ!!」  
 ハルヒの秘部から溢れ出す愛液の量が、まるで雨季のアマゾン川の水量のごとく増した。奥の肉壁もぴくぴくと物欲しそうに痙攣していた。  
 くそっ。俺ももう我慢できない。  
「ハルヒ!俺はもう限界だ。挿入れてもいいか?」  
 最終確認をする。  
「あ、あたしも早くキョンと一つになりたい……きて」  
 俺は頷き、ペニスをハルヒの入口にあてがった。先端に湿潤したものが触れた感覚がした。  
「いくぞ」  
「うん」  
 ハルヒは拳をぎゅっと握った。  
 ゆっくりと柔肉を裂きながら、ハルヒの膣内へと進軍していく我が息子。それはギチギチと締め付けられる。  
 くうっ、きつい。でもハルヒの膣内は先っぽが入っただけでも気持ち良い。これ、動かしたらどうなるんだ?  
 
 ふとハルヒの顔を見ると、それは初めて異物の侵入を許した事による苦痛で歪められていた。  
「つぅ、いったぁーい!キョン!あたし、優しくしなさいって言ったわよね!?」  
 無理言うなよ、こちとら童貞なんだ。純粋無垢なチェリーボーイにそんな要求をするのは酷ってもんだぞ。  
「うるさい!こんなの全然気持ち良くない!大好きなキョンとの初体験が痛いだけなんて、あたし許さないからね!」  
 目に涙を溜めつつ怒鳴るハルヒ。  
「じゃあ取りあえず、一旦抜くぞ」  
「だめっ!もうキョンと離れたくないの」  
 ハルヒはまるでお気に入りのおもちゃを取り上げられそうになった子供のような顔で、俺を見た。  
 一体どうすれば良いんですか?俺は。  
「男でしょ、立派なもん付いてるじゃない……今、あたしの中に入ってるやつ。なんとかしなさい!」  
 うーん。俺は暫く黙考して作戦を練った。ここは作戦参謀の腕の見せどころである。名誉挽回のチャンスだ。  
「とりあえずちょっと力抜け」  
 俺はそう言ってから、ハルヒの体に覆いかぶさり密着した。ハルヒの顔が目前に迫る。次にハルヒの堅く握られた指を解き、それに自分の指を絡め掌を重ねる。  
 俺の愚息への締め付けが少し緩んだ。  
「ゆっくり、慣らしていけば大丈夫だと思う」  
「………うん」  
 俺ははやる気持ちを鉄の自制心で押さえ付け、ゆっくりとハルヒの奥へ進んでいく。一気に貫いてハルヒが泣き叫ぶような姿を見たい、と思うほどの加虐心を俺は持ち合わせていないのでね。  
「んくっ、つぅ……痛いっ!」  
 さすがに処女膜を突き破る時はハルヒもかなり痛そうだったが、それ以外の時は俺の努力の甲斐あって、それほど痛みを感じている様子はなかった。  
 
 しかし、どうなんだろうねこれは。  
 ハルヒの膣内はぬるぬるに濡れていて、凄く暖かくて、締め付けの具合も最高で、快感を表す全ての形容詞が頭に浮かんできた。これが世に名高い名器というものだろうか?  
 もしこの世にハルヒ以上の名器があったら、是非ともお手合わせ願いたいね。  
 ハルヒ以外の女の子と交わる気なんてヨクトほどもないがな。  
「んっ!はぁん、何よ、その良く分かんない単位は………」  
 数学の吉崎が授業中の雑談として話していた極小の単位だ。10の−何乗かは忘れたが。  
「すっ、数学?あっ、正解は10の−24乗だったと思うわ………ってこれがセックスしてる男と女の会話!?もっ、もっとムードを考えなさい!」  
 言われてみればもっともだ。数学なんてムードもロマンのかけらもないな。  
「愛してるよ。ハルヒ」  
 俺の愛はエベレストよりも高く、マリアナ海溝より深いのだ。  
「とっ、当然よ。それぐらいじゃなきゃ、あたしの事を抱く資格なんてない、わ」  
 そんなヨタ話をしている内に俺の先端はハルヒの一番奥へと辿り着いていた。  
 会話から察するにハルヒの痛みは弱まっているらしい。それでは動いてみよう。  
「動くぞ」  
「うん」  
 俺はピストン運動を開始する。  
 カリまで引き抜いて、そこから一気に根本まで挿入する。  
「んくっ!……ああんっ、いい。な、んで?はっ、初めてなのに気持ち良いよ〜。ああっ!キョン、キョン!」  
 なんか愛称を連呼されると犬みたいだ。それも可愛らしいので許すが。  
 ハルヒのいつもとは違う嬌声と、ぬちょっ、ぐちゃあ、といった音。そしてハルヒの女の子の匂い。それらが合わさり相乗効果で俺を興奮させる。  
 
 激しい快感。迫り来る絶頂を堪える。ハルヒが達するまでは俺は絶対に出さない。例え死んだって射精するもんか。腹上死?大いに結構だ。  
「きゃ…ぁん、うぁ……ふぁっ!あんっ!」  
「はぁ、はぁっ、ふっはっ」  
 ハルヒの膣内は動く前とは比べものにならないほどの快感を、俺に感じさせてくれている。もう腰が止まらない。  
 回転速度アップ、現在出力120パーセント。  
「やぁっ……キョン!はっ……はげし、すぎるわっ!ひ……っ、あうっ!」  
 ハルヒの凄艶な姿と一際大きな嬌声が俺を快楽の底へと導く。  
「うはぁっ!はぁ、ハルヒ、ハルヒ!」  
 ぐちゃぐちゃ、といういやらしい音と二人の喘ぎ声しか耳に届かない。ハルヒの膣はまるで意思を持っているかのように俺のペニスに絡み付いてくる。  
「あぁつ…!あ…っ、あ〜っ!ひっあっ、あぁ、キョン、キョン!あたし、もう……うぁん!!」  
「はあっ、はあっ……ハルヒ、お、俺ももうダメだ。抜くぞ」  
 抜こうと腰を引いた俺の体が、ハルヒの四肢でロックされる。  
「だめぇっ!膣内でいいから!膣内に、キョンの精液、全部出してぇ!!」  
 こんなこと言われて抜けるやつがどこにいるよ?理性が白旗を上げて撤退して行く。俺はハルヒの一番奥へとペニスを進めた。  
「はぁん!キョンがっ、一番奥まで、奥まで……なんかっ、へ、変なのっ…くるっ!一緒に、キョン一緒にイこっ!!」  
 ハルヒの膣が俺の精液を搾り取ろうと蠕動運動を行った。  
 もう限界だった。  
「出すぞっ!ハルヒの膣内に全部出すぞっ!くぅっ!!」  
「きゃうっ!!あ…あっ〜〜〜っあっ!!」  
 
 どくんっ。  
 俺のペニスが大きく脈を拍った。  
 どくんっ。びゅっ、どぴゅっ!びゅるるっ………。  
 俺はナイアガラの滝以上の勢いでハルヒの膣内に精液を送り込んだ。この勢いじゃオンタリオ湖も一分で溢れちまうな。  
「ふぁっ、あたしもイっちゃったみたい……キョンのすごく熱いわ……まだ出てる………」  
 ハルヒは焦点の合わない目で俺を見ている。  
「ハルヒの膣内が気持ち良過ぎたからだよ」  
 枯れたら責任取ってくれ。  
「バカ……あっ、止まった」  
 射精を終えると、俺はハルヒを力強く抱き締めた。今の俺なら地上最強の生物にすら勝てるね。  
 ハルヒの訝しげな視線を無視して、俺は耳元で囁いた。  
「愛してるよ。ハルヒ」  
「あたしもよ………」  
 
 初体験の余韻に浸っていると突然ハルヒが体を翻した、今度は俺が下になる。一瞬の出来事だった。総合格闘技のチャンピオン並のグラウンドテクニック。  
 おい、おい。ひょっとして………五月から鳴りっぱなしだった、頭の中のサイレンが一際けたたましい音を鳴り響かせた。  
「床が硬くて、ちょっと痛かったんだからね。今度はキョンが下の番」  
 連戦かよっ!いきなりダブルヘッダーはないだろう。  
 俺が一年目のメジャーリーガーの気分を味わっていると、ハルヒは不思議の国にいる猫のようにいやらしく笑った。  
「何言ってんのよ。もうこんなに大きくしてるくせに」  
 あっ、本当だ。いやー若いって素晴らしい。  
「じゃっ、動くわよ」  
 第二ラウンドのゴングが高らかに打ち鳴らされた。  
 
「んんっ!……あっ…はっ、はあっ」  
 たどたどしく腰を動かし始めるハルヒ。ちょっと視線を下に下げると、めくれたスカートの影から俺とハルヒの結合部が見える。ハルヒの秘部からは今だ破瓜の鮮血が流れ出していた。  
「んっ!ハ、ハルヒ……痛くないのか?」  
「そ、そりゃ少しは痛い、わよっ」  
 俺の問いに、一端動きを止めて答えるハルヒ。  
「でも今は………」  
 ハルヒは言いかけて、何だか照れたように俯いてしまった。  
 もう照れるような状況でもないだろう……俺は苦笑を漏らした。  
「な、何がおかしいのよ!」  
「ハルヒ、キスしてくれないか」  
 ハルヒの質問は無視してキスを求める。  
「はあ?」  
「いいからキスしてくれよ。お願い」  
 ハルヒはしばらく俺の顔を眺めていたが、パタンと体を折るとキスをしてくれた。今日何度目かの柔らかい感触。  
 いつもこれぐらい素直だといいのになぁ  
「何か言った?」  
 いいえ。何も言ってないですよ。  
 俺はハルヒを力強く抱き締める。密着しているので、ハルヒの体の起伏がよく分かる。  
 やっぱり気持ち良い。この抱き心地だけで射精しそうだ。  
 ハルヒの頭を抱き、頬と頬を接触させて改めて聞いてみる。  
「さっきの続き聞かせてくれよ、痛いけど何なんだ?」  
 今度は答えてくれた。  
「今はキョンと一つになれる事の方が嬉しいから大丈夫。それに……結構気持ち良いし」  
 くぁ〜、可愛い。ダメだ。ハルヒの台詞だけで射精しそう。  
「まだダメだからね。あたしが決めたの。イク時は二人一緒なのよ!」  
「頑張ってみる……俺もハルヒと一つになれて嬉しいよ」  
「よろしい」   
 得意満面な口ぶりで言うと、ハルヒは体を起こし始めた。  
「ちょっと待って」  
 それを俺が制する。  
 
「まだ何かあるの?」  
「いや…その……このまましてくれないか?」  
 ハルヒと少しでも近くにいたい。少しでも多くの一体感を味わっていたいんだ。  
「それって普通女の子の台詞よね」  
 いいじゃないか。男だってそういう気分になる時もあるさ。  
「分かったわ。このまましましょ」  
 ハルヒは再び体を俺に密着させると。手を頭に巻き付けるようにしてから、体を揺すり始めた。いわゆる女性上位ってやつだな。俺も下から突き上げてみる。  
「いいっ!キョン!これ気持ち良いよぉっ!」  
 俺も気持ち良い。何よりハルヒの顔が近くにあるのが堪らない。ハルヒの感じている顔は凄艶なのに、それでいて年相応に可愛らしくて……やべぇ。もう出る。  
「はっ、ハルヒ!俺、俺もういきそう!」  
「えっ!?まだダメよ!あたしまだ、ああっ!!」  
 どくんっ、どぴゅっっ………。  
 ごめんなさい。出しちゃいました。  
 俺のペニスは二回目とは思えないほど大量の精液を、ハルヒの膣内に吐き出した。  
「こらぁ〜っ!キョン!一緒にイクのよって言ったでしょ!?」   
「悪い。お詫びはするから……よっと」  
「わっ!」   
 俺は体を起こした。今度は座位。我ながら凄いと思う。いきなり三連発だぜ、デビュー戦でレコードタイムを出すようなもんだ。末は三冠馬だな。  
「キョン、今度は何?」  
「座位だ」  
 これまた二人の距離が近くて良いんだよな。男女ともに人気が高い体位だ。  
「どこのエロ本調べよ!それって本当なの?」  
 やってみれば分かるさ。  
「動くぞ。ハルヒも腰振ってみてくれ」  
 ハルヒの背中に手をまわし、体をしっかりと抱いて腰を動かし始める。その途端、  
「きゃっ!何これ?いいっ!さっきよりも全然いいよぉっ〜」  
 ハルヒは俺の首をつかんで嬌声を上げ始めた。ハルヒのポニーテールが激しく揺れる。  
 
「お、俺もすごく気持ち良いぞっ!ハルヒ!ハルヒ!」  
「ひ!ひんっ、んっ…気持ちい、いいっ!キョン好きぃ、大好き!あ、愛してるっ!」  
 あれ?それは一度しか言わないはずでは?  
「バッ、バカ!こんな時に、いっ、じわるしないでよっ!キョンも言ってよ!」  
 あっー。なんでこんなに可愛いんだよハルヒは!こう思うのも今日何回目だ?しかたねぇじゃねーか。ハルヒが可愛過ぎるんだからよ!  
 俺はわけの分からない言いわけを心の中でした。そしてハルヒに言ってやる。  
「ハルヒ!すっ、好きだっ!愛してる!」  
 そしてさらに激しく腰を動かす。マラソンランナー並のスタミナだ。これも愛のなせるわざか。  
「あっ、あんっ、あたしもう……イッちゃうっ!キョンも一緒に!いっしょにぃ!!」  
「はっ、俺も、もうイクぞ!ハルヒ!」  
 ラストスパート。信じられないほどの勢いで腰を動かす。  
 ドクン、ドピュッ………。  
 俺は今日三度目の膣内射精を行った。  
「あ、あっーーーっ!!」  
 ハルヒの絶叫が部室に響いた。耳元で叫ばれたので頭がクラクラする。今度はちゃんと二人一緒にイク事が出来たようだ。  
 ダブルノックダウン。俺とハルヒの一回目の対戦はハルヒの三勝二敗で幕を閉じた。でも正確に言うと引き分けだな。前戯でハルヒは一回イッちゃってたみたいだし。  
 興奮が収まると、ある疑問が沸いてきた。  
 本当に膣内射精してよろしかったんでしょうか?  
「はぁっ、はぁ……今日は安全日だから大丈夫よ……あたしだって年頃の女の子なんだから、生理の周期と排卵日ぐらいちゃんと把握してるわよ」  
 取りあえず一安心。  
 
 行為を終え、二人とも仰向けに寝転がった。安っぽい蛍光灯を眺める。  
 俺が隣にいたハルヒの方を向き、艶やかな黒髪を撫でる。  
 まるで最高級のペルシャ絨毯のような触り心地。  
「そんなの触った事あるの?」  
 いや、ないけどさ。  
「もう、いいかげんな事ばっかり言わないでよ!」  
 ふぐのように頬をぷくっと膨らませて、仏頂面をして見せるハルヒ。  
 くぅ〜、もう反則だ。可愛過ぎる。クレオパトラ、楊貴妃、小野小町。世界三大美人揃い踏みでもハルヒの前では霞んでしまう。  
「ていうかその三人って本当に美人だったのかしら?いまいち信用できないのよね。写真が残ってるわけでもないし」  
 もっともだ。  
「未来人と友達になったらそこら辺も聞いてみるわ」  
 朝比奈さんはそんな事知らないだろうな。むしろ長門に聞いた方が良さそうだ。明日早速聞いてみようかな。  
 そんな事を考えていると、ハルヒが俺に聞いてきた。  
「ねぇ、キョン。あたしの事本当に愛してる?」  
 何度でも言ってやるさ。  
「愛してるよ。ハルヒ」  
 俺はそう言って上半身を起こし、ハルヒに軽くキスをした。  
 唇を放すとハルヒは今日一番の、まるで真夏の太陽のような眩しい笑顔で言った。  
「あたしもキョンの事愛してるわ」  
 ああ、俺はきっと世界一の幸せ者だな。  
 もう一度唇を重ねた。いつまでもこうしていたいと思った。  
 
 俺とハルヒ、二人でずっと一緒に。  
 
 
 
  エピローグ  
 
 翌日………。  
 別に初体験を終えたからといってハルヒの性格が変わるわけでもなく、部室のドアを地球の裏側まで吹っ飛ばすような勢いで開けると、  
「ニュースよみんな!映画の撮影で行った、山覚えてるわよね?その山の麓に古びた洋館があるんだけど、そこの住人が最近引っ越したの。その理由は幽霊が出たからだって言う専らの噂よ!」  
 どこの誰だよ?そんなはた迷惑な噂を流した野郎は。  
「そんなの誰でもいいの!とにかくSOS団として、ほっとくわけにはいかないわ。みんな行くわよ!」  
 ハルヒはそう言って身を翻した。俺達が立ち上がると、ハルヒは一瞬だけこっちを振り返り、  
「みくるちゃん、有希、それに古泉くん。いろいろごめんね」  
 と言って、脱兎の如く駆け出した。  
 朝比奈さんは目を満月よりも丸くしていたし、長門も口が僅かに開いていた。古泉は相変わらずの曖昧スマイルだったが、その唇の端が痙攣していたのを俺は見逃さなかった。  
 俺は古泉の代わりに肩を竦めると、我が愛しき団長の後を追った。  
 
 可愛い朝比奈さんがいて、無口な長門がいて、ついでにいけすかない古泉もいる。  
 そして俺とハルヒがいる。  
 今日もSOS団は世界を大いに盛り上げるため、精力的な活動を行うのであった。  
 
 

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