三学期の終業式の日。  
学期末であると同時に年度末でもあるこの日は他に授業らしい授業もなく、  
となれば当然部活動だって休みのはずなんだが生憎と我がSOS団は厳密には部ではない。  
そんな学校側の理屈が通じないのもまた当然の流れであり、  
要するに所用で不参加となってしまった名誉顧問殿を除く俺たちSOS団団員五名は、  
下校時刻が過ぎてもいつもの部室に居残って  
ハルヒが言うところの打ち上げパーティなどに興じていたわけだ。  
打ち上げる以前に何に打ち入ったのか、まずそこを教えてもらいたいもんだね。  
さて、そのパーティ自体は実のところ今回の話とあまり関係がない。  
俺と古泉が買い出しに行って調達して来た食材をハルヒら女性陣が手際よく調理し、  
無表情に食べ続ける長門の横で朝比奈さんが給仕に勤しんでいたことなどを述べ、  
さくっと割愛させてもらおう。  
本題はそのパーティが終わった後のことだ。  
そのまま部室で解散し、  
我らが団長殿の横暴によって後片付けを押しつけられた俺が最後に部屋を出る頃には、  
すでに辺りは薄暗くなっていた。  
ハルヒから一時的に預かった鍵でドアを閉め、俺もさっさと玄関へ向かう。  
「……遅いわよ」  
と、そこには意外な人物が待っていた。  
「……ハルヒ? お前、先に帰ったんじゃないのか?」  
「やっぱりあんたに預けとくと心配だからね。鍵、返しなさい」  
意図的にそうしたような、少し違和感を覚える仏頂面で差し出された右手。  
なんだかわからんが、俺は素直にそこに鍵を乗せてやった。  
くいっ、と引っ手繰るようにそれを受け取り、ハルヒは俺からやや視線を逸らすと、  
「……あんたももう帰るんでしょ? 行くわよ」  
なんだそりゃ? 一緒に帰ろう、と言ってるつもりか?  
「…………そうよ。何か問題ある?」  
少しの間を空け、不機嫌そうに言うハルヒ。  
問題はないが、ハルヒらしくもないな。  
何か用があるのなら、「いいからあたしについて来なさい!」とか叫んで、  
強引に連行していくのがお前だろう。  
「うるっさいわね! それがお望みならそうしてあげるわよ!」  
うお、ネクタイを引っ張るな。わかった、わかったから。俺が悪かった。  
 
「あんた、どうせこのあと用事なんかないんでしょ? ちょっと付き合いなさいよ」  
ハルヒがそんなことを言い出したのは、  
俺たちがそれぞれの自宅へと向かうために道を違える、分岐路のすぐ手前だった。  
「ああ? そりゃ別に予定はないが……」  
「じゃ、決まりね。来なさい」  
人の言うことを遮った上にその後に続く返事も聞かず、ハルヒは勝手に歩き出した。  
ふむ。こいつがおかしいのはいつものことだが、今日のはなんとなくベクトルが違うな。  
一体何を企んでんだ?  
ハルヒは後ろも見ないで先を行っている。  
今なら気づかれずに逃げることもできそうだが……  
そんなことをしても、あとが面倒なだけだろうな。  
予定がないのは本当だ。仕方ない、付き合ってやろう。  
「……この春休みが終わったら、あたしたちも二年になるのね」  
後ろから追いついて隣に並ぶと、ハルヒは俺の方には視線も寄越さず、  
前だけを見て歩きながら出し抜けにそんなことを言い出した。  
それはまぁ、そうだろうな。この俺でさえ、留年は回避できたんだ。  
SOS団に俺より成績の悪い奴なんざいやしないし、朝比奈さん以外はみんな二年になるだろうさ。  
「そのみくるちゃんは、もう三年か……。  
そして来年になったら卒業していなくなるし、  
さらにもう一年が経ったらあたしたちも卒業ね」  
相変わらず目線を合わせないまま、鬼が聞いたら腹を抱えて笑いそうなことをハルヒはのたまう。  
そりゃ順当に行けばそうなるだろうが、そんな先のことを考えてどうする。  
今のところ予知能力者に知り合いはいないし、未来なんて誰にも予想できやしないさ。  
「そんなことはわかってるわよ!  
 でも、あと二年……あと二年で、SOS団はなくなる! それだけは確かなの!」  
不意にハルヒが怒声を張り上げる。  
どうした、今日はいつになく情緒不安定だな。なんかあったのか?  
「……空。雲が出て来たわね。嫌な天気」  
俺の質問には答えず、ハルヒは歩きながら空を見上げた。  
そう言えばいつの間にか曇ってるな。昼まではきれいに晴れてたと思ったが。  
分厚い雲に阻まれて、ここからでは夜空の様子も窺えない。  
……おい、ハルヒ。まさか、天候不順くらいで気が滅入ってるわけじゃないよな?  
そうは思ったが、一応フォローをしといてやろう。  
あのな、ハルヒ。  
時間的にはそろそろ、雲の向こうに星空が広がってる頃合だ。  
別に空が曇ってるからって、月や星が消えちまうわけじゃないんだぜ。  
「……あんたらしいお気楽な考え方ね」  
俺の気遣いを一刀両断し、ハルヒは直後にぴたりと立ち止まった。  
なんだ? 空ばかり見てて前を見てなかったが、目的地に着いたのか?  
……って、ここは……  
「あたしのいた中学よ」  
こともなげに言い、ハルヒはその校門を見た。  
ああ、知ってるさ、ハルヒ。俺はここに来たことがある。そして中学のときのお前にも会った。  
あれは七夕のときのことだから、もう半年以上も経つのか。  
もっとも、ハルヒから見たらそれ以上に――  
「ぼけっと突っ立ってんじゃないわよ。ほら、こっち」  
人の回想をぶち壊しておいて、ハルヒは門の鉄扉によじ登り始める。  
……なんか見たことあるぞ、この光景。  
「あんたも、早く。人が来たら面倒でしょ」  
だったらやめといてくれ、と言ったところで聞く奴じゃないんだろうな。  
観念した俺は溜め息を一つ吐き、ハルヒに続いて校門に足をかけた。  
『あのとき』は盗み出した鍵でこいつが内側から門を開けてくれたが、  
さすがに今回はそうもいかないだろうからな。  
 
無事に不法侵入を果たしたハルヒは、まっすぐに校庭の方へと向かった。  
まさか、またあの奇怪なメッセージを俺に書かせる気じゃないだろうな?  
今日は七夕じゃないんだし、彦星も織姫も見ちゃくれないぞ?  
だからと言って七夕の夜ならやってもいいってわけじゃないがね。  
「あたし、さ……」  
ずんずんと校庭のど真ん中まで進んで行ったハルヒは、  
そこで足を止めた代わりに口を開いて何事か語り始めた。  
俺はその斜め後ろに付き従い、黙ってその背に視線を注ぐ。  
「ここで、変な奴に会ったの。三年……ううん、もう四年前ね。  
あたしが今みたいに校門を乗り越えようとしたら、突然声をかけて来た高校生」  
それは……もしかしなくても、俺、だよな?  
七夕のあの日、朝比奈さんとともに時間移動をして来た俺。  
もちろん、こいつにそんなことは言えないが。  
「あたし、そいつに訊いたわ。『宇宙人はいると思う?』って。  
そしたら『いるんじゃねーの』だって。  
未来人も超能力者もそう、そいつは否定しなかった」  
そうだな、何せ俺はその時点で、実際に知り合っていたんだからな。  
宇宙人にも未来人にも超能力者にもさ。  
「そいつ、北高の制服を着てたわ。  
だからあたし、そのとき決めたの。進学先は北高にしよう、って。  
もちろん、あたしが入学する頃にはそいつは卒業しちゃってるだろうけど、  
それでもそこへ行けば何かが見つかるんじゃないかと思って……」  
薄々気づいていたことではあったが、やっぱりこいつの進路を決めちまったのは俺か。  
そりゃ悪いことをした……と言うべきなのかね。  
学力だけならもっと上を目指せたってのに北高なんかに来る羽目になって、  
しかもハルヒの立場からすると宇宙人たちは結局見つかってないんだからな。  
が、どうやら、俺が謝罪する必要はなかったらしい。続けてハルヒはこう言ったのだ。  
「北高に来てみても、不思議なものなんて何も見つからなかったわ。  
でも――でもね、代わりにあんた……あんたたちを見つけた」  
なぜか一瞬詰まって言い直し、ハルヒはさらに続ける。  
「この一年、SOS団として活動して来て、楽しかったわ、本当に。  
宇宙人も未来人も超能力者もいなかったけど……  
でも、それ以上に価値のある仲間なら見つかった」  
依然背を向けたままで訥々と語るハルヒに、俺は不覚にも多少の感動を覚えていた。  
そうかい、ハルヒ。お前は俺たちのことを、そんな風に思っててくれたのか。  
ここは、謝罪よりも礼の一つでも言ってやるところか  
……と、そう思って俺も口を開こうとした矢先、  
「――でも!」  
いきなり声を荒げて、ハルヒは俺の発言の機会を潰してくれた。  
「でも、そのSOS団も、あと二年も経てばお終いなのよ!?  
みんなばらばらになって、  
『そんなこともあったね』って過去形で語られるような存在になっちゃう!  
あたしは、そんなの――嫌!」  
 
ああ……そういうことか、ハルヒ。  
俺はようやく、さっきからのこいつのおかしな態度に納得がいった。  
今日は終業式だ。すなわち、北高の一年生としては最後の日だ。  
そこから連想しちまったんだろう? SOS団の最後の日を。  
つまりお前は――寂しいんだな?  
あと二年もしたら、俺たちと離れ離れになっちまうことが。  
「寂しい……? ばっ、バカ! そんなんじゃないわよ! そんなんじゃなくて……!」  
ハルヒの背中が、俺の言葉を否定する。  
ここまで言っといて、変なところで強情な奴だな。  
……ん? そう言えばこいつ、なんでずっと後ろ向きで喋ってるんだ?  
どうして一度も振り返らない? まさか――  
 
「――ハルヒ、お前もしかして……泣いてるのか?」  
 
びくっ、と、なぜだかいつもより小さく見える、ハルヒの背中が震えた。  
明らかに不自然な間が空いて、それから、  
「…………。泣いてなんか、ないわよ。あたしが泣くわけないじゃない」  
説得力の欠片もない弱々しい声が否定する。本当に強情な奴だな。  
「……なぁ、ハルヒ」  
名前を呼んで、俺は一歩進み出た。  
逃げられるかとも思ったが、ハルヒはその場から微動だにしない。  
さて、ここからの俺の行動は、  
あとから考えると俺自身でもどういうつもりだったのか図りかねるね。  
ただ、泣いてる(本人は違うと言い張ってたが)ハルヒを見ていたら、  
何かしてやらなきゃ、って気になったんだよ。  
まあともかく、さらにもう一歩距離を詰めて、俺は――  
「SOS団は、終わったりなんかしないさ」  
――ハルヒの手を、横から包み込むようにして握った。  
「き、キョン……?」  
意地でも俺の方は振り返らないまま、ハルヒが驚いたような声を出す。  
しかしやはり逃げはしないようだ。俺は繋いだ手に力を込めながら、  
「高校を卒業したあとだって、たまに集まって馬鹿騒ぎしようぜ。  
毎週……ってわけにはいかないかもしれんが、だったら月一程度でもいいさ。  
朝比奈さんも、長門も、古泉も、誰も断ったりしねぇよ」  
ついでに俺もな、と後から付け足す。  
その途端、それまで顔を背けていたハルヒが、やにわにがばっとこっちに振り向いた。  
「本当……?」  
尋ねる顔には、隠しようもない涙の痕。やっぱり泣いてたんじゃないか、こいつ。  
「ねぇ、本当に……? 本当に、みんな、集まってくれると思う……?」  
滅多に見られない弱気のハルヒに、俺は力強くうなずいてやった。  
 
朝比奈さん。  
あなたの仕事がどこまで続くのか知りませんが、それくらいの融通はつけられますよね?  
長門。  
お前も問題ないよな? もしもお前の親玉が、クレームでもつけて来たら俺に言え。  
古泉。  
お前に選択権はやらん。オセロで一度でも俺に勝ったら、考えてやらんこともないがな。  
「本当、に……?」  
ハルヒはなおも繰り返す。  
まだ疑ってんのか、お前は。そうだって言ってるだろ。  
それとも何か、お前は自分で見つけて来た、『仲間』すら信じられんのか。  
「! そう……そう、よね。……うん、そうに決まってるわ!」  
ようやくハルヒの瞳に輝きが戻った。  
そうだぜ、ハルヒ。お前はいつもそうでなくちゃいけない。  
これから先も、何年経っても、俺たち団員を導いていってくれよ。  
SOS団の団長は、お前以外にいないんだからさ。  
「当たり前でしょ! 他の誰にも、あたしはこの座を譲る気はないわ!  
それにね、キョン! あんたが雑用係なのも、これからずっと変わらないから!」  
へいへい。そんなこったろうとは思ってたよ。  
早くもいつもの調子を取り戻した団長殿からのお達しに、俺は肩をすくめて天を仰いだ。  
……ん? 見ろよ、ハルヒ。面白いもんが見れるぜ。  
「何よ、急に? ……って、わぁ……!」  
一緒に夜空を見上げたハルヒが、驚嘆と感嘆の境目くらいの息を吐いた。  
知らない内に、雲はすっかり晴れている。  
しかもどういう気象条件が整ったのやら、  
ちょっとこの辺りでは見られないくらいの見事な満天の星空だ。  
ベタな表現を敢えて使うのなら、「星に手が届きそう」ってやつか。  
ガキの頃に田舎で見た星空を思い出すね。  
なぁ、ハルヒ。これもお前が望んだからか?  
「……あのさ、キョン」  
しばしその光景に見惚れていたハルヒが、不意にまた俺の方に目線を下げた。  
天体ショーに圧倒されている内にすっかり乾いてしまったのか、  
すでにその瞳には涙の痕跡さえ残っていない。  
「あたしは、さ……その……」  
と思ったら、今度は別の意味で様子がおかしいな。  
俺を素通りしてさらに下がった目線は、意図的に俯けているかのようだ。  
何をもじもじしてるんだ、こいつは。  
「……あたしは――」  
さて、その口から、今度は何が飛び出すんだ?  
「――あんたと出会って、変わった……かな?」  
身構えていた分、拍子抜けした。なんだ、そんなことかよ。  
俺は自信を持って答えてやる。  
「お前がそう望んだのなら、な」  
そうさ、ハルヒ。  
宇宙人と未来人と超能力者が言うには、お前の望みは必ず叶うんだ。  
お前が「変わりたい」と思ったのなら、その願いが叶わないはずはない。  
「……ふふっ」  
唇の端で笑って、かと思えばハルヒは突然、脈絡もなく走り出した。  
もちろん、手を繋いだままの俺も巻き添えだ。  
おい、こら、離せ。どこまで突っ走る気だ。  
俺の精一杯の抗議に、ハルヒは走りながら実にいい顔で俺を見た。  
喩えて言うなら、晴れた日の太陽みたいに眩しい笑みで、  
「いいからあたしについて来なさい!」  
 
 
       終わり  
 
                  ハレ晴レユカイ 2番の歌詞より 

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