「あの娘、キミの彼女か?」  
間を挟み、  
「えぇ、まあ」  
と嘘で返答してみた。  
本当だったら実に喜ばしいことだが、あいにくそのような事実はこれっぽっちもない。  
 
 
今、俺と未来から来た朝比奈さんは下駄箱に入れられたラブレターではない手紙の司令を  
終えたところだ。  
しかし明日に向けての英気を養うにはまだ一つの問題が残っている。  
朝比奈さんが長門の家に泊まるのを拒んでいるのである。  
まぁその点については代案は考えてある、あの人ならきっと大丈夫だろう。  
 
まさかそう思ってる矢先に  
「……あ、あの…今日は…キョンくんのところに泊まらせてくれませんか?」  
朝比奈さんの方から真っ先に思いついて一瞬で捨てたアイデアを提案してくるとは思って  
もなかった。  
 
願っても無い話だが、俺にはこんなハイリスクハイリターンな選択をする度胸はない。  
妹がいつ口を滑らすか分からない上に、親への説明も難しいところだ。  
もしばれるようなことがあればハルヒや朝比奈さんのファンによって俺の命が危うい。  
ここは、考えていた通り鶴屋さんの家に泊めてもらう方が懸命だろう。  
「…で、でも私……」  
今日の朝比奈さんはここで引き下がってはくれなかった。  
「突然わけもわからずこっちの時間に来ちゃって不安なんです…、せめてキョンくんの傍  
にいさせてもらえませんか…?」  
そう言って泣きだしそうに上目使いで俺を見る。  
反則ですよ、誰も断れません。  
もし断るような輩がいるとしたら危ない属性の持ち主と疑われても仕方ありません。  
確かに未来に送ったのは俺で、司令を受けとるのも俺なわけだから何かと連絡のつきやすい  
ウチに泊まるのはありだな、と自分の後ろめたさに無理矢理免罪符を発行した。  
ただ妹はどうにかするとしで親はどうやって説明すればいいんだろうか。  
 
「そうですね…うーん」  
そう唸りながら朝比奈さんはわざとにも見えるくらい考え込む。  
何をしてても可愛らしい人だ。  
古泉の考えているんだかいないのか分からない悩み方もこんな感じにしてみたらどうだろう、  
いや、余計に気持ち悪いだけだな。  
 
コトコト…  
これは夢なのだろうか。  
カチャカチャ…  
今エプロンをつけて夕飯を作っているのは朝比奈さんだ。  
「キョンくーん、ご飯できましたよー」  
もちろん、俺の家だ。  
正確には母親と一緒に作ってるわけだが…  
結局、朝比奈さんは家に連れてきてものの数分で母親と仲良くなってしまい、なんとか  
ウチにしばらくいられるようにできた。  
母親も朝比奈さんを気に入ってくれたみたいだ。  
この状況に至るに大量の嘘を並べた気がするが閻魔様は許してくれるだろうか。  
「キョンくーん?」  
一応、朝比奈さんは俺の彼女ということで話を通した。  
俺は緊張しまくってなかなかそんな単語口から出なかったんだが、もっとガチガチな方が  
横にいたから俺から言った。  
もう一度言えと言われても歯が浮いて無理だと思うが。  
俺が朝比奈さんを泊まらせることを話してる間ずっと母親がニヤニヤしていやがったのが  
余計に困った。  
終いには、そっかそっか…と一人で納得しだす始末だ。  
そうして今に至る。  
妹は妹で朝比奈さんのことがかなり好きだからただ喜んでくれていて助かる。  
余計な追求は勘弁な。  
あとは上手く他言しないようにしなくてはならんが…  
「キョンくーん、ご飯いらないんですかー?」  
目の前で天使が手を振っていた。  
しまった、考え込みすぎた。  
 
「御馳走様です」  
いつもより一人多くなった夕食を終えた。  
朝比奈さんの作った夕食ということで残ってた分も全てありがたく平らげた。  
やはり出来たては早いうちに食べないとな。  
煮物は別だ、あれは寝かせるのも調理の一種だしな。  
一休みしたあとは朝比奈さんと今後について話そうとしていたのだが妹がやってきたので  
妹が寝るまでは三人と一匹で何かしらして過ごしていた。  
今は部屋に俺と朝比奈さんの二人っきりである。  
てっきり妹の部屋で一緒に寝るものかと思っていたのだがどうやら違うようだ  
「あれ?キョンくんのお部屋で寝させてもらうつもりだったのですが…お母さんもそれで  
いいんじゃない、と言われたので…」  
ちょっと待ってください。今回は三年後までコールドスリープするわけじゃないんです  
よ、ってか母親も何言いだすんだ。  
布団は別に敷くとしても警戒心が無さ過ぎです。それとも俺は男扱いされていないのか、  
それともそんな度胸が無いとでも思われているのか。  
俺が色々言いたげそうなのを見てだんだん朝比奈さんの表情が曇ってきた。  
「ご、ごめんなさい…そうですよね…キョンくんは長門さんや涼宮さんの方がいいですよね…」  
何故そうなるんですか。論点のズレといくつかの誤解がある気がするな。  
確かに俺は二人共に他の女子よりは好意を持っている。  
だけどそれはもっと中性的なものであって仲間としての好意だ。  
こういう場面で一緒にいたいとかいうものとは違う。  
「じゃ、じゃあ…」  
朝比奈さんは決意を含むような、だけれどとても儚く弱った声で  
「…キョンくんは…わ、私のことはどう思っていますか?」  
そう俺にぶつけてきた。  
 
これは、あれだ、冗談で済ませない状況だよな。  
それくらいは俺にも分かる。  
俺が答える前に朝比奈さんは言葉を続けた。  
 
「私は好きになっちゃいけないって判ってるのに…だけどもう耐えられない。私はキョン  
くんのことが好き…ごめんなさい…ごめんなさい…うぅ…うぅ…」  
そのまま俺の胸の中で泣きだしてしまった。  
 
今きっと朝比奈さんの中では色々な感情が溢れだして来ているのだろう。  
俺にできることは何か、決まっている、ただ正直に応えるんだ。  
朝比奈さん、彼女は俺にとって何か、もう分かっている。  
俺は彼女の小さい肩を持ち顔を上げさせ、彼女の瞳を見つめた。  
彼女の肩がびくりと跳ね上がり、表情にも恐怖が浮かび上がる。  
早く安心させてあげないとな。  
 
俺は  
怯える彼女の頭の後ろに右手を添え  
優しく口づけをした。  
 
そして  
「俺も朝比奈さんのことが好きです。一人の女の子として。」  
そう彼女に告げた。  
 
「あぁ…うぅ…わ、わたし…えぐっ…ほ、ほんと…ぐすっ…うぅ…ですか…」  
俺は彼女の身体をそっと抱き寄せた。  
「はい、本当ですよ。何度でも言いますよ、俺は朝比奈さんを愛しています」  
嗚咽を漏らす彼女の口をもう一度塞いだ。  
「んっ…んっ…んは、ちゅ…あふぅ…」  
彼女の表情からはもう先程の恐怖などは消えていた。  
やはり彼女には悲しい顔は似合わない。  
「キョンくん…キョンくぅん…大好き…」  
今度は彼女から口づけを求めて来た。  
「ん…はふ…ちゅ…ちゅ…ちゅぱ、ちゅ、ちゅっ…」  
互いに舌を絡めての深い口づけ。  
ただ思うがままに、互いの舌が相手を求めながらどれだけの時間をすごしただろうか。  
 
そして口づけたまま俺は彼女を抱きかかえベッドに優しく倒した。  
「ふあ…、キョンくぅん…」  
恍惚となっている彼女の口から艶っぽい声が漏れた。  
「…続けても…大丈夫ですか?」  
俺は彼女に許可を求めた、何をかって?言うだけ野暮ってものだと思うが。  
愛し合う二人がすること、俺は彼女と一つになりたい。  
 
「はぃ、お願いします…」  
 
そしてついに彼女が元の時間に帰る時が来た。  
遠い長い別れのように聞こえるが、彼女が帰るのは明後日だ、またすぐに会える。  
長門と一緒の見送りだからあまり大っぴらに感情は出さないが、少し寂しい。  
というか長門のことだから知ってるんじゃないのか、と思ったが正直答えを聞きたくない  
ので口には決してしない。  
「それでは、しばらくのお別れです…、って私はこの時間にもいるので変な話ですが…」  
「明後日にお待ちしております、いってらっしゃいませ、お姫さま。」  
変な言葉遣いに深い意味はない、ただ遣ってみただけだ。  
 
 
 
 
――今俺は朝比奈さんを送り、掃除用具入れの前で立ちすくしている。  
別にこの時間が長いと思ってはいない。  
何か他のこと考えるよりもなんとかギリギリ時間に間に合った安堵感の方が強かったからな。  
シンデレラとかいう単語が浮かんで来たのは全部一昨日の俺のせいだ。  
時間に追われたのはお姫様じゃなくて俺だったがな。  
 
 
カタン。  
さてさてお姫さまのお帰りだ。  
開ける扉は意地悪い継母の家でも、ましてや王宮でもなく掃除用具入れの扉だ、雰囲気も  
へったくれも無いな。  
だけど俺は彼女の制服をガラスの靴代わりに携え彼女の待つ扉を開けて言った。  
 
 
「おかえり……みくる」  
 

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