「……というわけですみませんが僕はあなたとは付き合えません」
「……そう、ですか……うっ……!」
そう断りの返事をすると、僕、古泉一樹に告白をした女性は踵を返し走り去っていきました。おそらく―いえ、間違いなく泣いていましたね。
『古泉一樹の希望』
「ふう……もう、出てきてもいいですよ」
校舎に向かって僕は語りかける。正確には校舎の陰に隠れている『彼』に向かって、ですが。
「ちっ……やっぱバレてたか」
軽く舌打ちをして彼が姿を現す。
「いつ俺が隠れてたことに気づいた?」
「最初から、だと思いますよ」
「つまりおまえが今の女子に告白された瞬間からってことか」
彼は怪訝そうな顔でいい、僕は微笑むことでそれに答える。
「覗きはあまりいい趣味とはいえませんよ?」
「んなこた分かってるよ……少し話さないか? コーヒーでも飲みながら」
「おや珍しいですね、あなたからお誘いとは。ですがSOS団の方はいいのですか? 放課後になってからかなりの時間がたっていますが」
「ああ、今部室ではハルヒのやつがまた朝比奈さんのコスプレ写真を撮りまくってるんだよ。脱がせは着せ、脱がせは着せな」
いちいち出入りを繰り返すのも面倒だからな。溜息混じりに彼はそう加えました。
「で、理由はなんだよ」
「え?」
彼に初めて自分が超能力者であることを明かしたあの場所に移動し、コーヒーを片手に座ると即座に彼はそんなことを聞いてきました。
「え?じゃねーよ。さっきの子の告白を断った理由を聞いてるんだよ」
「先程のをあなたも聞いていたのではないですか?」
「『あなたのお気持ちはとても嬉しいです。ですが僕は今、しなければならないことがあります。それは義務であり、僕自身の希望でもあります。これは何よりも優先されることなのです』だったか?
まったく、こんなわけのわからん理由であの子もよく諦めたもんだな。まずそこに俺は驚いたよ」
僕は一言一句違えずに暗唱したあなたに驚きましたよ。
「そうですね、おそらく彼女は断られることを覚悟の上で僕に告白したのだと思いますよ。転校してから約十ヶ月、その間に何人もの女性に告白されましたが、その度にほとんど同じセリフで断ってきましたからね。彼女はそれをどこかで聞いたのでしょう」
「……自慢か?」
「いえ、そのようなつもりで言ったのではありませんよ」
むしろ僕はあなたのほうが羨ましいですよ。
「ふん……って、そんなことはどうでもいい。俺が聞きたいのは『義務』と『希望』ってところだよ」
ああ、そういうことですか。
「『義務』の方は予想がつく……『機関』だろ?」
「ええ、まったくもってその通りです。ご存知のように僕の属する機関は」
「それはもう聞き飽きた」
そうですか、少し悲しいですね……では前置きは省いて、
「端的に言えば誰かと付き合うとかそんな暇はないんですよ。最近は閉鎖空間の発生も落ち着いてはいますが、僕の仕事はなくなったわけではありませんからね。
それに万が一、僕が誰かと付き合うことになってしまったらSOS団の方がおざなりになるかもしれず、除団を宣告されてしまっては目も当てられません。
現時点で機関の人間で涼宮さんに最も近くにいるのは僕です。そして自分で言うのもなんですが僕はSOS団副団長としてそれなりに信頼も得ています。
以前ならどうかはわかりませんが、機関としてはそういう立場にいる僕を失うのは避けたいのでしょう」
「……自慢か?」
「いえ、ですからそのような……」
「まあ、そっちもどうでもいいっちゃどうでもいい。俺が一番聞きたいのは『希望』の方だ」
やはりそこですか……
「……どうしても言わなければなりませんか?」
「ぜひ、お聞かせ願いたいね」
……ふう、仕方がありませんね。
「わかりました、そのかわり他のお三方には言わないでくださいね」
とは言ったものの、そのまま言うのは恥ずかしいですね……フフッ、少しひねりますか
「実はですね」
急に真剣な顔になった僕を見て、彼は息を飲んだようです。
「僕はあなたのことが好きなんですよ
もちろん涼宮さん、長門さん、朝比奈さんのことも同様にね。わかっているとは思いますが、この場合の好きは友人として、という意味です」
「お……おう! そんなことわかっとるわい!」
ではなぜ今あなたは階段を昇っているはずなのに全然昇れていないポルナレフのような顔をしていたのでしょうか。
「あなたとゲームをし、長門さんは本を読み、朝比奈さんはお茶を淹れ、涼宮さんはとんでもないことを言い出す。そんなSOS団は僕にとってとても居心地のいい、かけがえのない場所なんですよ。」
そう……もしかしたら機関よりも大事な、ね。まあさすがにこれは口には出しませんが。
「僕には仲間はいても友人と呼べるような人は全くといっていいほどいませんでしたからね。だからこの場所を絶対に失いたくない。それが僕の『希望』です」
「そ、そう、か」
おや? 心なしか彼の顔が赤くなっている気がしますね。おそらく僕もでしょうが。
「よ、よし。そろそろ部室に行くか。さすがにもう撮影会は終わっているだろうからな」
「ええ、では行きますか」
席を立ち僕たちはSOS団の部室へと向かう。その間、会話はありませんでした。なんとなく気恥ずかしさがあったのかもしれませんね。
ああそうそう、実は彼にも言っていない『希望』がもうひとつあります。僕は彼と本当の親友になりたいんですよ。僕がこのかぶり続けている仮面を剥ぎ取って心から語り合えるような、そんな親友にね。
涼宮さんが今以上に落ち着いて、僕の機関の人間としての仕事がほとんどなくなるようなことになればそれも可能になるのかもしれません。そのためには彼と涼宮さんには恋人関係になっていただくのが一番なのでしょう。
まったく、二人ともはやく素直になればいいのに。まあ二人ともツンデレですから時間がかかるのも仕方がないのでしょうね。ですが付き合ったら付き合ったでラブラブ過ぎて僕が入り込む隙なんてないのかもしれません。
フフッ、まったく、やれやれですね。