TRPGも制覇したので久しぶりに古泉の王将を乱獲した後。  
 文芸部室には今俺の他には黙々とブ厚いハードカバーを読んでいる長門しかいなかった。  
 今日のSOS団はやけに出席率が悪く、朝比奈さんは御用事で放課後にはさっさと帰ってしまい、  
のち部活を早退して帰る古泉との将棋はつまらないからといってお茶を真剣に淹れるメイドさん  
を拝むことはできなかったので余計に将棋に没頭するハメになり、結果いつも以上に俺はボロ勝  
ちした。ハルヒはハルヒでまた傍迷惑…いや、愉快な計画でも立てているのだろう、部室には現  
れなかった。  
 して、俺はどうするかね。  
 つい先ほど古泉は帰ってしまい、さて俺が帰ったらこの有機アンドロイドはどうするつもりな  
のだろう。もしこのまま独りで本を読み続けるのかと思うとなんとなく気が引ける。こいつはそ  
んなの気にしないのかもしれないが、ただでさえ最近負担をかけっぱなしなのだ。今の俺はこい  
つを労わってやりたい気持ちでいっぱいで、先に帰るのは薄情かなと思う。  
 しかし今この部室中で聞こえる音は吹奏楽部の下手クソな管楽器の音とどっかの運動部の叫び  
声だけである。  
 閑さや 部室にしみ入 叫び声  
 いや、なにが云いたいかというとだな。  
 気まずい。  
 
 長門はそんな事全く無いとおもうので俺一人で気まずいも何も無いのだが、しかしなぁ。うん。読  
書を邪魔して話しかけるのもなぁ。  
 そんな事考えながらフと長門のほうを見たら長門のほうもフと顔を上げて俺を見てきた。珍しいな、 
長門が自分から本から目を離してこっち向くなんて。  
 長門はジッと俺の目を見ているばかりである。なんか夜中トイレ行くときに目が合った猫みたい  
な感じの雰囲気。  
 いや、ンなこと考えてる場合じゃなかった。長門のほうには用事は無さそうなので、では何故こ  
っちを向いたのかとか考えないでおいてコミュニケート開始。  
「長門」  
 
「なに」  
 用意したようにテンポよく返事が返ってくる。  
「いまさらだが、冬季合宿、おつかれ」  
 長門の漆黒の瞳はほんの一瞬、夕凪時の波程度だが揺らいで、一泊おいてこう返した。  
「ごめんなさい」  
 この科白に俺は内心少々驚く。あくまで少々だ。直ぐに冷静さを取り繕って、  
 はて。俺はなにか謝られる事をされたかな。っと。  
「あれは完全にわたしの油断。あなたたちを危険にさらしてしまった」  
 いや、お前は良くやったさ。それにお前にも不測の事態だったんだろ?気に病むことは無い。いやぁ  
しかし驚いたよまさかお前が熱なんか出すとはな。  
「でも」  
でもやしかしはお前には合わん。そうだろう?そんな文字はお前の辞書にはないんじゃなかったのか。  
「………」  
 
それよりも、悪いのは俺のほうだ。お前に負担をかけまいとしたってのに、今度は熱まで出させて  
しまったんだ。俺は俺が情けない。  
「長門」  
 と呼びかけておいてから気づいた。いつの間にか俺は長門の目の前にいた。取り繕った冷静さは  
解けていたのか。  
いつかのパラレル時間世界での長門のように怯えはしない。椅子に座ったままその加工後のアベンチュリン  
みたいな瞳で俺を見上げる。  
「苦しく、なかったか?」  
俺はコイツが血まみれになろうとブッ倒れようとボケっと見る事しかしなかった。  
「痛く、なかったか?」  
 半年前、朝倉のナイフから俺を助けだした長門の姿が鮮明に思い出される。くそ、思い出せば  
思い出すだけ情けなくなってくる。壁に頭を打ち付けたくなってきた。  
 
 長門は相も変わらない平坦な声で答える。  
「へいき」  
 あの時も、そう答えた。  
 ちがう。  
 そうじゃない。  
「俺が知りたいのは、お前が苦しくなかったか、痛くなかったか、だけなんだ」  
 長門は無表情を貫いて、俺を見つめるだけだった。  
 俺も何も言わずに長門を見つめる。  
 
 いつの間にか、吹奏楽部の下手クソな官楽器音も運動部の叫び声も消えていた。  
 
 …やはり長門の沈黙には勝てなかった。  
 俺は壁に打ち付けたい頭を代わりに長門のでこにやった。但し、あくまで軽く。  
「俺に、なんかできる事はないか」  
 
 パンピーの俺に出来ることなんでタカが知れてるがね。自己満足で出た科白じゃねえぞ。  
「………」  
 長門のでこから微かに伝わる振動は、横に振れていた。そして、発せられる声。  
「ありがとう」  
 そして俺のでこから自分のそれを離し、本を片付けようとする。  
 
俺にはわかる。  
 はじめて、長門は、嘘をついた。  
 
 俺は椅子ごと長門の体を俺に向けさせる。軽い。そのままの勢いで俺は長門に唇を重ねた。  
ハルヒの時と同じように目を閉じる。比べるのもアレだと思うが。今回は前回と違って自分達から  
キスを終了せねばならない。どうしよう。  
 
 と思った矢先、長門からの強い拒否があった。それに倣う。  
「だめ」  
「…ああ、無理矢理して悪かった」  
 すぐに、俺は離れた。駄目だ。なにやってんだろな、俺。帰ろう。とっとと帰って今日という日を  
早く思い出にしちまおう。長門に帰る旨を伝えようと何気なくそちらを見て、先ほどから動いてい  
ない長門を見つけた。げっ。  
「おい、大丈夫か!?」  
 また長門の前まで急いで戻る。長門の目の奥は陽炎のように揺らめいている。俺を視界に入れた長門は、  
「エラーデータが、蓄積されてしまう」  
 エラーデータ…バグか。クソ!なに俺はしてんだ!余計長門に負担かけただけじゃねえか!  
 
 エラーデータ…バグか。クソ!なに俺はしてんだ!余計長門に負担かけただけじゃねえか!  
「わたしはわからない」  
 呟くようにポツリと漏らす。何がわからないんだ。  
「でも、だめ」  
 何が駄目なんだ。  
 
「あなたとの、キス」  
 
 …それが、  
「それが、エラーデータの元か」  
 答えない長門を俺は抱きしめた。  
「だめ」  
 いやだ。  
「エラーデータが、蓄積されてしまう」  
 知らん。  
 
「だめ」  
 繰り返す長門の口を塞ぐように、再びキスをした。椅子に座ったままの小さな頭を抱きしめ、長く浅く。  
唇を離したあとも、長門のひんやりした頬を自分の頬にくっつけるように抱いた。  
「はなして」  
「嫌、か?」  
 長門の表情は不自然なまでに無感動。  
「また異常動作を起こしてしまうから」  
 
 二度目だ。ちがう。俺の聞きたい答えはそうじゃない。  
「んなもん起こしちまえ。その度に俺がどうとでもする」  
「次に帰還できるという保障はない」  
 俺にはその抑揚の無い声で発せられる科白は長門が自分を誤魔化す為のものにしか聞こえない。  
「俺たちのことは気にするな。お前はお前のことだけを考えていればいいんだ」  
 俺には長門の顔を窺うことはできない。しかし表情しか感情を表現する手段がないわけはないのだ。  
それは長門も同じだろう。な、そうだろ?だってホラ、長門の腕はゆっくりとだが俺の背にまわされる。  
「いいの?」  
「あたりまえだ」  
 そして今度こそ、俺は長門と深い深いキスをした。  
 
 
 

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