12月18日。  
 幕が下りた。  
 終演のブザーが鳴り、校舎は深い闇に沈んでいく。  
 もう、あの涼宮ハルヒと朝比奈みくる、古泉一樹に出会う事はない。  
 さして感慨はない――たった三日では仕方ないか。  
 
 三日目の夜、居残る俺を殺そうと朝倉涼子が狂い出す。  
 これからその大本を破壊しにいく。  
 願いの終わり、パズルの完成。  
 虚無を生み出す最後の隙間を、直に行って塗りつぶす。  
 
 屋上へ続く階段を、ゆっくりと足を踏みしめていく。  
 そこに、  
「――――――驚いた」  
 屋上には人影が一つ。  
 輝いたセミロングの髪。  
「どうしたんです? もう俺に用はないはずですが」  
「せっかくだからキョンくんのエスコートをしに来ました。  
 何処まで行けるか分かりませんが、可能なかぎりご一緒しようかと」  
 文句あるか、と言わんばかりの断言ぶり。  
「―――、は」  
 つい口元がニヤけてしまう。  
 いえいえ、ありがたくって泣けてきました。見栄を張る相手がいないと、  
気合が抜けちまいますからね。いや地獄に仏、地獄に女神様です。  
 屋上。  
 虚空に向かって歩を進める。  
 聖杯(ながと)に至る道は、主人を出迎えるように現れていた。  
 
「高い所は苦手ですか?」  
「……本音を言うと、ほんの少し」  
 だから――と言いつつ朝比奈さん(大)が手を差し出す。  
 手を繋ぎ、指を絡ませ合う。俺は虚空の階段を踏みしめた。  
「……ねえ、キョンくん。何の為に、この願いを終わらせるの?」  
 ふと、風に紛れて声がした。  
 理由は―――もう思い出せない。  
 ただ、一番やりたかったコトは今も明確に覚えている。  
 この道の終わり。  
 黒い繭で、頑なに『平穏な日常を求める少女』を解放するのだ。  
「わたし、もしかするとキョンくんはあの非日常的な生活が嫌い  
なんじゃないかって思ってました」  
 たまには嫌いになりますね。自分が巻き込まれた直後なんかは  
特にそう思います。  
 宇宙人に殺されかかったり、  
 奇妙な空間に閉じ込められたり、  
 一万数千回も夏休みを繰り返したり、  
 ハルヒのヤツが最高で最低なのは、あいつには自覚がないという事。  
 アイツはただ、この世が憂鬱だっただけ。  
 自分自身で、薄々に「凡人である」ことに気付いているのだ。  
 ……そんな事、まったくないのに。  
 アイツは特別なのに。  
 だが、ここではそんな悩みもない。ハルヒに奇妙な力がないなら、  
アイツを仲間外れにすることもなく、SOS団で集まってわいわい  
騒ぐことだってできるだろう。  
「だったら――」  
 ああ、でも。  
 
「―――それでも、あの非日常的な生活は楽しかった。  
 ハルヒが神でも、それに近い何かでも。  
 長門が宇宙人で、古泉が超能力者で、朝比奈さんが未来人でも。  
 そんな奇妙な生き方でも――。  
 その手で何かが出来る以上、必ず、救えるものがあるでしょう」  
 彼方(ほし)を目指す旅のようだ。  
 遠い遠いソラ、永遠に見果てぬ何かを目指して、長い長い階段を  
登っていく。  
「前から思っていたけど」  
 朝比奈さん(大)が口元をゆるませて、  
「キョンくん、詩人ね」  
 
 それは褒められているのかどうか分からないんですが、そのへん  
どうなんですか朝比奈さん(大)?  
 
「フフッ」  
 くすりと笑い、次第に彼女の姿は夜に溶け込んでいく。  
「それじゃあまた会いましょう、長門さんに――よろしくね」  
 頷いたときには、既に彼女の姿はない。  
 残り一段。  
 さあ、長門の夢を壊しに行こう。  
 

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