朝、目が覚めたら、俺は変な所に居た。
別に場所自体が変なワケではない。
白を基調とした内装。
シックなパイプのベット。
小洒落たテーブル。
掃除が細部まで行き届いた床。
まるっきり俺の部屋じゃないんだ。
いや、汚い綺麗の違いでもなくてだな。
部屋自体が違うんだ。寝たままの俺を運んだとしか思えん。
・・・とりあえず、起きるか。
俺はベットから体を起こした。
ふと、壁に掛けられた鏡に目が行く。
「・・・嘘・・・だろ・・・?」
笑えない冗談だった。
鏡に映っていたのは、
写真に撮っておきたいぐらい驚愕した、
古泉一樹の顔だった___。
「涼宮ハルヒの鎮魂歌」
・・・・・・・・・。
どうやらここはマンションらしい。
外に出て確認したが表札も「古泉」と書かれていた。
考えられることは一つ。
俺が古泉になっている。
正確には、精神が乗り移った、というのだろうか。
「シャレになんねーな。ちくしょう」
普段からは考えられんような古泉の声が聞こえ、げんなりする。
・・・・・・おそらくはハルヒ。あいつだ。
どうせなんか精神転移とかしちまう小説か漫画でも読んじまったんだろう。
で、そのハルヒへの可哀想な生贄が俺。
ということは、本当の俺は古泉の精神なのか?
妹に「おはようございます」とか爽やかに言う俺を想像し、さらにげんなりする。
とにかく、学校に行かなければ。
長門ならきっと何かしてくれるに違いない。多分。
幸いなところ、このマンションは俺の知覚射程距離内であり、学校に行くのは特に苦ではなかった。
しかし、問題はこの後だ。
がらり。
教室に入り、俺の机の前まで行った所で、気付く。
・・・しまった。今の俺は古泉なのだ。
古泉である俺は9組に行くべきだ。
「何やってんの?古泉君。」
「おう、ハル・・・いや、涼宮さん、おはようございます」
危なかった。
古泉はハルヒに「おう、ハルヒ」なんて言わん。
というか、俺は古泉である以上、誰に対してでも敬語でなければならないのか。
めんどくさい設定してるぜ、古泉よ。
「・・・?・・・で、5組に何の用なの?」
「・・・いや、キョン君に用があったのですが・・・、いないようなので結構ですよ」
「なんか変よ?熱でもあるの?」
カンのいいやつだ。
「い、いえ、失礼します」
俺は足早に教室を去った。
俺はトイレで一人鏡を見つめていた。
鏡に映るのはやつれた顔の古泉。
「はあ・・・」
地獄だった。
誰に対してでも敬語を遣い、常に爽やかな笑顔でいる。
こんなにツラいことを毎日やってんのか、アイツは。
そして女子に妙にモテる。
このルックスなので意外とは思わないが、自分でもないのにきゃあきゃあ言われるのは腹が立つ。
終いには、「今日の古泉クン、変よ?」などと言われ、トイレに避難するに至った。
・・・今更だが、どうやらハルヒはハルヒのようだ。
このまま犠牲者が俺(と古泉?)だけなのを祈る。
ぶにゅう、と頬を引っ張ってみる。
おお、レア古泉だ。
ぺちゃん、と今度は頬を潰してみる。
・・・・・・!
たまらん、シュールすぎるぜ、この顔。
「あまり僕で遊ばないで欲しいですね」
振り返ると・・・、俺が笑って立っていた。
ニヤケ顔がむかつく。
・・・いや、結局自分の首を締めてんのか。
「・・・古泉か」
「そういう僕はあなたのようですね。キョン君」
「どうやらこの状況は涼宮さんの起こしたもので間違いないでしょう」
俺もとい古泉は人差し指をついっついっと振る。
なんか自分と話しているのも変な気分だ。
で、いったいどうするんだ。お前として一生生きるのなら俺は死を選ぶぞ。
古泉は肩をすくめる。
「とりあえず長門さんに話をつけてみましょう。彼女ならなんとかしてくれるはずです」
・・・結局はそれか。
致し方ないが、困った時の長門頼みだ。
頼りにしてるぜ、長門。
「まあ、元に戻るまではあなたの生活を楽しむとしましょうか」
古泉は呑気にもそんな事を言いやがる。
まさかとは思うが、そのキャラで通しているんじゃなかろうな。
「まさか。素の僕に戻れたようで気が楽でしたよ」
そういや前にコイツの性格は偽りだとかなんとか本人の口から聞いたな。
というか、コイツは日常的に自分を偽ってるのかよ。考えれんな。
「ですが、涼宮さんに隠し通すのは難ですね。ひやひやしました。彼女の洞察能力には脱帽モノです」
古泉はそう言うと5組の教室に戻っていった。
俺は長門に希望を掛けて、気長に放課後を待つことにした。
こんこん。
控えめにドアをノックする。もちろん朝比奈さんのためだ。
しかしどうせ俺は古泉なんだ責任は全て古泉のものだ別に構いやしねえYO!
なんて俺は考えない。一時の情熱で乙女に恥を欠かせてはならん。
俺ってフェミニストだ。
「・・・・・・どうぞ」
長門の声だ。ちょうど良かった。
がちゃん。
「長門!」
俺は聞いてくれよと言わんばかりに長門に詰め寄る。
しかし、長門から紡がれた声は、
「分かっている。涼宮ハルヒの精神転移願望が原因」
などというような長門らしい声ではなかった。
「え、あ、古泉く・・・じゃなくて、キョン君・・・?」
おいおいおいおい。
待ってくれよ。長門。なんのつもりだ。
ふざけないでくれよ・・・頼むから・・・ホント。
声が違っていても分かる。
長門は、あの可愛らしい天使、朝比奈さんだった。
その傍らで、「俺」が肩をすくめていた。
長門な朝比奈さんは、小ぢんまりと長門の指定席に座っている。
ちくしょう、めちゃめちゃ可愛いじゃないか。
心なしかハルヒ消失時の長門を思い出す。
SOS団全員の精神が入れかわっているのかよ・・・。
団長様だけ除いてな。
「幸いなことに、涼宮さんは掃除当番の為まだ来ていません」
と、俺(中は古泉)は長門(中は朝比奈さん)をちらりと見る。
「・・・彼女の違いならば涼宮さんでなくともすぐに分かります」
当たり前だ。
長門を完璧に演じられる人間なんていない。断言できる。
「涼宮さんが来る前に、長門さんに対策を聞く必要がありますね・・・」
「長門さんは・・・まだ見ていません」
朝比奈さんはぽつりと言う。
その「長門さん」というのは自分のことだろう。
無愛想な朝比奈さんを考えようとするも、俺の脳はエラーを出した。
「あの長門さんのことです。事態についてはいち早く気付いてる筈です」
つまり・・・と俺古泉は続ける。
「もうすでになんらかのアクションを起こしている可能性が高いですね」
がらり。
古泉が言い終わるのを見計らったように、部室の窓が開く。
「戻った」
果てしなく無表情な朝比奈さんが、紙袋を抱えて窓の淵に立っていた。
・・・いや、なんで窓から。
「朝比奈みくるの姿でいる以上、朝比奈みくるの関係者と遭遇する可能性が高い。私の知らない情報があれば、対処しきれない。」
長門にも知らないことなどあるんだろうか?
まあ、おそらく、未来人のことだろう。
無表情な朝比奈さんは、紙袋を机にどさりと置く。意外に重そうだ。
「それは?」
古泉がいつもの笑顔で訊ねる。俺だが。
「涼宮ハルヒが精神転移を起こした原因。涼宮ハルヒの家にあったものを物質的にコピーした」
俺は紙袋の中をばさばさと出す。
漫画のようだ。
適当に一冊とって読んでみる。
・・・ははあ。
それは普段のハルヒからは想像つかないような恋愛モノの漫画だった。
ただ、プラスアルファでSFがくっついてる。
おそらくはハルヒにとってはこっちが本命だと思われる。
そのプラスアルファとして描かれているのが・・・精神転移だ。
まあ平たくあらすじを説明すれば、
幼馴染の二人がある日突然精神が入れ替わる、というどっかで聞いたような話で、そのネタを基点にいろいろドタバタしたラブコメである。
俺は本をぽんと閉じる。
つまりハルヒは・・・、精神転移が本当にあればいーなーとか思ったワケか?
古泉は漫画に目を通しながら、
「少し違いますね。彼女はこの漫画の主人公のようになりたかったんですよ。相手はもちろん・・・あなたで」
「ただ、能力は涼宮ハルヒ本人には発動しなかった。涼宮ハルヒはあなたに拒絶されるのを恐れていたと思われる」
無表情朝比奈さんが付け加える。
「能力は不完全なまま発動し、結果、私達が能力の影響を受けた」
どっちにしろ俺は巻き込まれたのかよ。
というか何で俺を巻き込もうとしたんだよ。あいつは。
「ほら、この漫画の最終巻です」
古泉はぱらぱらとページをめくる。
「最後は精神転移も元に戻り・・・・・・、」
ぴっ、と最後の方のページで止める。
熱い抱擁とキスをする二人。見てるこっちが恥ずかしいね。
「二人の幼馴染はめでたく結ばれるのですよ」
・・・言ってる意味が良く分からん。はっきり言え。
「あなたも疎い人ですね・・・。つまり、涼宮さんはあなたとラブラブになりたいワケですよ」
・・・ハルヒが?
・・・・・・俺と?
んな馬鹿な。
「要するにあなた、この状況下では僕ですが、涼宮さんに告白すればこの精神転移の物語は終わる、ということですね」
「そういうこと」
・・・待てよ。
ということは、古泉が俺で、俺が古泉つーことは・・・、
「俺がハルヒと付き合うのかよ!」
きょとん、とした顔の二人と無表情の一人が俺を見つめる。
「僕はてっきりあなたが涼宮さんに好意を抱いていると思ったのですが・・・」
なんだその全て分かってますよみたいな顔は。俺だけど。
知らん知らん知らん!
とにかく。とにかくだ。別の案を考えるんだ。
「・・・まあ、いいでしょう。とりあえずは保留、ということで」