ボールがピンに当たり倒れる音が響く中、俺は改めて思う。確かに、俺らしくない事をしたかも知れない。
だが、今の俺の立場含めこれは俺が望んだ結果で、後悔はしていない。ただ、言われて少し考えてるだけなのさ。
……そう、昨日の事になるか、いつもは俺以外のヤツが原因で何か起こるはずが俺が原因となって事が起こりだしたのは。
春休みのある日の事
何とか2年への進級も決まり――取り合えずハルヒに感謝しないといけないのか、春休みに入ったある日の夜。俺は自室でボウリング場のタダ券と睨み合っていた。
「どうすっかな、コレ……」
母に頼まれ、商店街へ買い物に行った帰り。貰ったクジ引き券でクジ引きをやったのだがもちろん当るはず無く全てハズレ、このタダ券となった。
クジ引きのおっちゃんに聞いた所、何でも新しくできたボウリング場の経営者が商店街への貢献と店のPRを兼ねてこんな物を用意したらしい。
正直ハズレでもらえる物はポケットティッシュの方が良かった。タダ券は人によって使うか使わないかが問われるが、ティッシュは全ての人間が間違いなく使う。
だから、ボウリングなどあまり行かない俺にとってはティッシュの方が良かった。
まぁ、行かないと言っても自分からは行かないだけで、誘われたのならば行くんだがな。だがそれでも最後に行ったのは随分前になる。
「誰かにやるか……?」
俺が券を一枚摘んでヒラヒラさせていると、
「キョンくんー」
妹がひょっこり入ってきた。何の用だ? 俺の隣でいつもと同じ様に寝てるシャミセンでも構いに来たのか?
「クジ引きで何当たったの?」
そんな用か。ボウリングのタダ券だ、そんな期待する物じゃない、だからさっさと出てけ。
「いいじゃん、キョンくんのケチー。それよりコレどうするの?」
別に決めちゃいない。この券の使い道は今考えてた所だからな。
「じゃあハルにゃんと行けば?」
「馬鹿を言うな」
俺はそれだけ言って妹といきなり捕まれて「ふにゃあ」とか声を出すシャミセンを一緒に部屋の外に出す。
シャミセンには悪いが、シャミセンがいれば妹はシャミセンを構うのに夢中になって部屋にはしばらく入って来ないはずだからな。
そして俺は妹がシャミセンを連れて部屋から遠ざかった音を聞くと、ベッドへ倒れこむ。
まったく、何で俺がハルヒをボウリングに誘わなければいけないのだ。ハルヒを誘ってボウリングに行って、それを誰かに見られたりしたらどうなる事か。
想像もしたくない。ハルヒを誘うなら朝比奈さんを誘った方が何倍もマシだ。
朝比奈さんと一緒の所を見られて、北高の朝比奈ファンの連中に襲われたとしても朝比奈さんと2人きりでボウリングに行けるなら別に良い。
「……誰かを誘う、ねぇ」
誰かを誘うにしたって、券は結構な数がある。相手1人ではなんかちょっと寂しいし、残りの券の始末に困る。どうせなら大勢で行って……。
と、そこまで考えて俺は思いつく。
「SOS団全員でボウリングに行くか?」
1人呟いてみる。俺から何かするなんて事は滅多に無いが、最近のハルヒは何もしておらず、アイツが退屈してまた何かやらかすよりこちらから何かした方が良いだろう。
俺がしなくても古泉が何かしらやってくれるかもしれないがまた『機関』が絡んできそうだ。
まぁ、それらが俺に絶対に迷惑という訳ではなく古泉やハルヒはもちろん、俺もそれを楽しんでいるのだが、たまには俺が何かしても良いかな、とそう思った。
それに、それはそれでまた別の楽しみがあるかもしれないからな。
『何か用?』
携帯の向こうから不機嫌そうなぶっきらぼうな声が聞こえてくる。こんな声を出すのは俺の知る限りハルヒしかいない。
SOS団で何かする以上、取り合えずまずは団長に連絡するのが筋という物だと思って最初に連絡したのだが、こんな声を聞くと理由も無くこちらが悪い事をした気になる。
『さっさと言いなさい。用が無いなら切るわよ』
用があるから電話するんだろうが。ハルヒに用も無いのに電話するヤツがいたら是非見てみたい。
「ボウリングに行かないか?」
そう言って俺は手に持った券を見、そしてその券の期限を見た。
明後日だった。
一体いつからあのクジ引きはやっていたんだか、どうせならもう少し期限を長くして欲しい物だ。
『ボウリング? あんたと2人で?』
きっとハルヒは『何言ってんのコイツ?』的な顔をしているに違いない。そんな感じの声が聞こえてきた。
「SOS団で、に決まってるだろ」
何を勘違いしてるんだ、コイツは。何で俺がハルヒをボウリングに誘わなければいけないんだ――ってさっきも言ったな、コレ。
ハルヒを誘うなら朝比奈さんを誘った方が――ってコレもだな。
『バカキョンッ! そういう事は最初にはっきり言いなさいっ!』
俺は必要な事をまとめ、かつ簡潔に言ったつもりだ。
大体俺にハルヒを2人きりのボウリングなどに誘う様な理由などあるはずも無い事を少し考えれば分かりそうなものだが。
『で、ボウリング? そうねぇ……』
しばらくの沈黙。その沈黙の間に俺はいつか聞いたあのニヤケ面のハンサム野朗の言葉を思い出した。確かハルヒは『局所的に普遍的を嫌う』とか何とか。
ボウリングなんて普通すぎる、という理由で断るかもしれないがさて、
『いいわよ別に。たまにはSOS団でボウリングってのも悪くないわ』
結構あっさり同意してくれた。何となく俺はホッとする。やっぱり思いついた事が却下されると少しばかりショックだからな。
んでもって翌日の朝。
あの後、『思いついたら即実行』なハルヒは翌日の今日に早速ボウリングに行く事を決め、俺に他の団員達にも連絡する様命令した。
他のメンバーに連絡を取って見ると、朝比奈さんはボウリングを知ってるかどうか微妙な反応でオーケーしてくれて、長門は相変わらずの調子で「了解」とか「分かった」とか言ってた。
古泉は何か言いたそうだったがやはりイエスマンで、名誉顧問である鶴屋さんには朝比奈さんが連絡をしてくれるらしいが鶴屋さんの事だ、多分断りはしないだろう。
で、俺は今チャリをこいで何かあればほとんどの場合集合場所として選ばれる駅前に向かっていた。集合時間は9時だが、一応の言いだしっぺは俺なのでいつもより早めに集合場所に向かっているのだ。
俺が出来かけようとした音を耳ざとく聞きつけた妹に玄関で捕まったが、約10分の奮闘の末に何とか振り切れた。
それに恒例の『一番最後に来た人は全員に奢り』って罰ゲームはあるはずで、財布の中もいい加減厳しくなりつつあるしたまには俺も奢られる側になりたかったからな。
もしかしたらもう誰かいるかもしれないが、最後って事は無いだろう。
……そうだ、今度は自転車をちゃんとした所に停めないとな。いつかみたいに回収されるのはコリゴリだ。
「あら、アンタにしては早いわね」
集合場所に行くともうハルヒがいた。45分前だぞ、いつもこんなに早いのか? いや、前に2人だけの市内パトロールをした時は今日より遅かったはずだ。
「一応、俺が言い出しっぺだからな」
それを聞いたハルヒは「あっそう」と言い、他の団員達が来るであろう方向に顔を向け、黙り込んだ。
「……最後に来るのは誰だろうな」
沈黙が続き、黙っているのも何なので俺がそう言ってみるとハルヒは、
「何で?」
と答えた。今日もあるんだろう、あの罰ゲームは?
「何言ってんの、アンタが言いだしっぺなんだからアンタの奢りに決まってるでしょ」
何でだよ、と抗議の声を出そうとしたが無駄である事は明々白々なので俺は口を閉じて財布の中身を見た。
……大丈夫そうだ、結構な金額が入っている。まったく、これは罰ゲームを受け続けた者の哀しき性か?こんな性、あっても全然嬉しくないんだがなぁ。
「やれやれ」
俺は肩をすくめながら小声でそう呟くと、財布を閉じて他の団員が来るのを再び待ち始めた。
ハルヒと2人でしばらく待っていると、まずは長門がやってきた。って、何気にお前も早くないか? まだ30分前だぞ?
「別に」
それだけ答えて長門は口を閉じる。まぁ、いつもの事だから気にはしない。ついでに服装は今日も北高の制服だが、見慣れた物なのでこれも気にしない。
そして次に来たのは朝比奈さんと鶴屋さんだった。
どこかで見た事がある車が俺の視線の先で停まり、確か鶴屋さんの家のだったかと思った所で案の定2人が降りてきた。多分、鶴屋さんが朝比奈さんを迎えにでも言ったのだろう。
「やっぽーキョンくん、今日は誘ってくれてありがとねっ!」
相変わらず元気な人だ、俺が挨拶を返そうとするとすでに鶴屋さんは「ハルにゃん久しぶりっ!」と言ってハルヒとハイタッチを交わし、長門にも何か話しかけている所だった。
「お早う、キョンくん」
俺がいつも通り元気な鶴屋さんに関心していると、鶴屋さんより少し遅れてきた朝比奈さんがぺこりと頭を下げて挨拶をしてきた。
まぁ、鶴屋さんは車から降りた途端に走り出したから少し遅れるのは当然の事だろう。
「お早うございます」
俺がそう返すと朝比奈さんは微笑んで、ハルヒや長門にも挨拶をする。
やっぱり朝比奈さんは可愛いな、ボウリングに誘うならやっぱりハルヒより朝比奈さんだ。2人とも美人には変わりないが、性格で天と地の差がある。
で、残るは後1人。古泉が最後か。
くそう、罰ゲームがアリだったらあのニヤケ面ハンサム野朗が奢る事になったのに。何で今日に限って罰ゲームは無しなんだ。
「皆さん、お早うございます。どうやら僕が最後の様ですね」
ああ、そうだよお前が最後だよ。
約20分前に集合場所に現れた古泉は相変わらずのスマイルで俺達に近づいてきた。
「と、いう事は今日の奢りは僕という事になるのでしょうか?」
安心しろ、団長殿の気まぐれで――と言っても一理あるのだが、奢りは俺に決まっている。
「そうなんですか。では、すいませんが奢らせて頂きます」
お前のそのニヤケ面を見てると全然「すいません」という態度に見えないな。全く、たまにはお前が奢りやがれ。
「もし僕が最後に集合したのなら、喜んで」
恐らくそんな事はほとんど無いだろうな。いつもは俺が何故か一番最後になるんだからな。
だが、そう分かっていても奢りたくない、奢らせたい、と思うのは仕方の無い事だろう?
集合時間9時の約20分前というかなり早い時間に全員集合した結果、予定より早く出発する事になった。
誰かもうちょっと遅く来いよ。と言っても、2番目に来た俺が言える事でもないが……。
「ねぇキョン、これから行くボウリング場ってどんな所なの?」
俺からタダ券を引っ手繰ったハルヒは券を見ながら俺に聞いてくる。
分からん、なんせ俺も行った事がないからな。まぁ、新しくできたんだからそれなりの設備があるんじゃないか?
「面白そうな物があるといいわね、そのボウリング場」
ハルヒの言う「面白そうな物」が何なのか考えたくも無い。どうせ現実とはかけ離れた物だろう。
そしてそんな物が無い事を俺は祈っている。まぁ、変な形をしたレーンくらいなら別に良いのだが……。
なんて事を考えてる内に件のボウリング場に到着した。中を見る限り変な物が無い普通のボウリング場の様で安心する。
流石に新しくできただけあって、中はかなり綺麗で他の客も結構いる。場内にはゲーセンがあり、他には所々に自動販売機があってと設備も広さも中々の物だ。
もしかしたら俺の知ってる中で一番良いボウリング場かもしれない。
「さぁみんな、さっさと準備をしてさっさと始めるわよっ!」
ハルヒはいつの間にか1人だけ靴を借りたりして準備を終えている。
俺がその行動の早さに驚いていると、ハルヒは人数分の靴をこっちに寄越し、自分の使う球を選んで俺達の使うレーンに向かっていく。
コイツも鶴屋さんに負けず元気だな、って、鶴屋さんももう準備を終えている。
多分この2人が俺達に比べて元気なだけだと思うが、一応俺も急ぐとするか。他の奴らも俺よりは早いみたいだしな。最後にはできるだけなりたくない。
こうして、SOS団メンバーによるボウリングが始まった。始まる前に俺が人数分の飲み物を俺が奢らされた事は言うまでもないだろう。
「いい? 最初に練習の投球が2回あるみたいだからその合計点が一番低かった人、あるいは人達は罰ゲーム。罰ゲームを決めるのは合計点が一番だった人」
やっぱり、別の形で罰ゲームはあるらしい。ちなみに言うと、俺がビリの場合、問答無用で再び人数分の飲み物を奢る事になるそうだ。……マジで大丈夫かな、俺の財布?
だが、俺がビリになる事は恐らく無いだろう。俺は別にボウリングが苦手という訳ではなく、むしろ普通以上と自分では思っている。
朝比奈さんには悪いが運動音痴の朝比奈さんに負ける事はないだろう。ハルヒと鶴屋さんは多分2人で1位争いをするだろうし、もしかしたら長門がそこに参戦するかもしれない。
長門ならボウリングくらい何もしなくても普通に全部ストライクを取っても変じゃなさそうだからな。古泉はそれなりの所に入ってくるに違いない。
で、気になる投球の順番だが。
1番ハルヒ、2番俺、3番古泉、4番鶴屋さん、5番朝比奈さん、6番が長門となった。
「よぉっし、行くわよーっ!」
無駄に勢いをつけたハルヒの投げたボールは真っ直ぐに転がり、ピンが砕けるのではないかと思う程の快音を響かせて見事に全てのピンを跳ね飛ばしてストライクになった。
やっぱりな、コイツは何でも人並み以上にこなせる天才だからな、これくらいできておかしくないから俺は別に驚かない。
「よおしっ!」
ストライクを取ったハルヒはガッツポーズを取りながら戻ってくる。それを朝比奈さんと鶴屋さんが手を叩いて迎える。古泉と長門は相変わらずスマイルと無表情だ。
と、俺はここで何か引っ掛かった。
「……?」
何だか、古泉と長門のどちらかは分からないが表情に違和感を感じる。何だか、いつもと少し違う気がする。
その違いが長門と古泉のどちらに対する物で、何なのか確かめる事を考える前に、俺の頭にはハルヒがまた何かやったのはないかという考えが浮かぶ。
朝比奈さんを見てみるが、気が付いてる様子は無い。まぁ、異変があったとしてもそれに朝比奈さんが気が付くかどうかは微妙だが……。
「キョン、アンタの番よ。早くしなさい」
と、そこで俺は考える事を中断された。取り合えず今は球を投げるのが先か。
「分かってる」
そう言って俺は自分の選んだボールを持って構える。本当に久しぶりだな、ボウリングをやるのは。
軽く助走を付け、レーンに近づく。それとほぼ同時にボールを持った手を地面をすくう様に動かす。微かに手が風を切る感触。
「……っ!」
ここだ、というタイミングを狙い俺はボールを離す。よし、良い調子で転がってる、このまま……、
――と思ったところでボールは急に右に曲がりガーターとなった。
「へ?」
全く予想もしてなかった出来事に、思わずマヌケな声が出てしまう。そんな馬鹿な、まさかここまで俺の腕は落ちてたというのか。愚かな事に、自分の今の力を過信していた様だ。
「残念だったわね、キョン」
俺がちょっぴり気分をブルーにして戻ると、ハルヒの馬鹿笑いが出迎えてくれた。くそう、その口を塞いでやろうか。
「まだ次がありますし、頑張って下さい」
ありがとうございます朝比奈さん。そんな優しい言葉をかけてくれるのは貴方だけですよ。
「気を落とさないで下さい。まだ次がありますから」
俺の右隣に座っていた古泉が話しかけてくる。お前にその顔で言われても嫌味にしか聞こえないんだよ。どうせならもっと気持ちを込めて言え。
「僕としては十分に気持ちを込めたつもりですが……」
そう言って3番目である古泉は最初の投球に向かう。……どうでもいいが、古泉のボールが何回か見た事がある赤い球そっくりの色をしている気がするのは気のせいか?
ボールを持った古泉を見て、俺はさっきの違和感の正体に気が付いた。
古泉の表情がいつに無く真剣だ。
今まで見た中で一番真剣な表情、という訳では無いが少なくとも普段見るニヤケ面とは全く違う。
俺がそんな珍しく真剣な古泉に少し驚きながら黙っていると、古泉は投球を開始する。
はっきり言って上手かった。
結果を先に言えばハルヒを同じストライクだが、フォームやボールがピンに当たるまでが大きく違った。
古泉のフォームは勢いを付けただけのハルヒを違い無駄の無い動きで、転がったボールはガーターになる直前でカーブして見事にストライクとなった。
「いやぁ、ボウリングをやるのは久しぶりですが腕が落ちてなくて安心しました」
俺も久しぶりにボウリングをやったんだが。 しかし、古泉がここまで上手いとは全く考えていなかった。
「ボウリングには結構行くんですよ。でも、高校生になってからは行って無かったんで不安だったんです」
・・・・・・俺も最後に行ったのは高校に入る前だがな。
「一樹くん、ボウリング上手いねー! こりゃああたしも負けてられないねっ!」
次は鶴屋さんか。さて、一体どれほどの腕だろう。
「ボウリングはあんましやった事ないんだけどね、頑張るよっ!」
何となく以外だ。鶴屋さんくらい元気な人は結構ボウリングとかに行っていそうだが。
それでも鶴屋さんの事だ、良い結果を出しそうな気がする。
で、結局その予想は当たりで鶴屋さんは見事にスペアを取って戻ってきた。本人も少し驚いてる様で思いっきり喜んでいた。
「さ、みくるっ! 次はみくるの番だよ! 頑張ってくるにょろよ?」
鶴屋さんの言葉に朝比奈さんは緊張した様な表情で頷き、ボールを取りに行く。……そういや、朝比奈さんはボウリングを知ってるのか?
電話した時は微妙な反応だったが……まぁ、大まかなルールは俺含み前の4人を見て分かるだろう。横の溝に落ちるとガーターで、良く無いという事は俺が証明したからな。
「ふぇぇっ」
と、俺がそんな事を考えていると朝比奈さんはボールをフラフラしながら運び、レーンの前に立つ。……自分に合った重さのボールを選んでるのかな? 何と無く選んでない気がする。
「てやっ」
などという可愛い声を上げながら朝比奈さんはボールを両手でゴロリと転がす。
ガーターにならないかと心配したがボールは真っ直ぐ転がりピンの直前で急に曲がり、端の方の3本を倒し、その後の投球も合わせて5本倒すという結果に終わった。
「ナイスみくるー!」
鶴屋さんが朝比奈さんの投げ方にウケながら言う。それに対して朝比奈さんの顔は少し赤かった。……後で朝比奈さんのボールの重さを見てみるか。
「………」
朝比奈さんが自分の席に座ると、俺の左隣に座っていた本日ある意味1番気になる人物が動いた。
ほとんど不可能な事は無いに等しく、部室ではいつも本を読んでいる読書好きな宇宙人こと長門有希だ。
長門には別にインチキマジックを使うな、とはいつかの様に言ってはいないが、過去の野球大会で事態が急変するまで長門はインチキマジックも使わずにやる気を全く見せなかった。
もしかしたらいきなりガーターなんて結果になるかもしれない。
と、なんて事を考えていた俺はボールを持って投球すべくレーンに向かう長門を見て驚いた。
「…………」
無表情なのはいつもと変わらないのだがその奥の感情がいつもと違った。
長門の無表情の意味の読み取りに関しては俺は誰よりも自信がある。その自信が間違いでなければ、長門はやる気を出していた。
過去のコンピ研とのゲーム勝負の時の50分の1にもならないが、明らかにやる気を出している。
これは、案外ガーターで終わらないかもしれない。
「…………」
ハルヒが必要以上に無駄の多い動きだったの対し、長門は必要最小限以下の少なさの動きでボールを投げ……、
――見事ガーターを取った。
さっきの長門から感じたやる気は俺の気のせいだったか? と俺が考えているとガーター後の数秒その場でじっとしていた長門を見た時、俺のその考えは吹っ飛んだ。
納得行かない、みたいな物が無表情から読み取れた。
俺が再び驚いていると、無言で俺の隣に戻ってきた長門は呟いた。
「予想していた以上に難しい」
「何がだ?」
俺がそう聞くと長門は、
「投球時の力加減、球の速度及び目標に対する入射角、その後に倒れる目標の角度」
とか何とかその後数秒解説を続け、最後に「……の計算」と付け加えた。最初はともかく、後は全く分からなかった。
長門ならどんな計算でも一瞬でできそうだから、それはつまり侮ってたとかそんな事か?
肉体を持たない情報統合思念体が作ったインターフェイスである長門。
普通の人間ならまず使うのは体だろうが、長門の場合は頭――というより情報で考えてしまうのだろう。そんな事を考えた俺は、
「……色々頭で考えないでやってみたらどうだ? こういうスポーツは体の間隔だけでも結構できると思うぞ」
なんて事を言ってみた。
ハルヒが今言った事の良い見本だ。あいつの天才性が影響してるだろうが何も考えていないのは間違い無い。
「……分かった」
俺がそう言った数秒後、長門は僅かに頷いた。
2回目の練習投球が始まる前の事だ。
朝比奈さんのボールの事が気になって見てみた。するとなんと一番思いヤツを使っていた。やっぱり、ボウリングの事をよく知らないっぽい。
もちろん、自分の一番使いやすい物にする様に朝比奈さんに言ってそのボールは使うのを止めさせた。
あんな思いモンを使っていたらいつ朝比奈さんが足に落としたりして怪我するか分からないからな。
で、2回目の投球練習が始まった訳だが、ハルヒはやっぱりストライクで、古泉もやっぱりストライクで、鶴屋さんもストライクだった。
朝比奈さんはボールを変えてもやっぱり両手で転がすのは変わらない様で――まぁその姿は可愛いので何も言わないが、今度は真っ直ぐに転がって合計7本倒した。
俺はというと、今度は何とかガーターを免れ合計5本を倒せたのだが、1回目の投球も合わせて5本。つまり現在ビリだ。
このまま行くと俺は再び飲み物を全員に奢る事になるのだが、まだ最後に長門がいる。
俺以外では長門は唯一のガーターで、俺がビリを回避するには長門がピンを倒すのは5本以下でなければならない。
しかし、長門に罰ゲームをさせるのも何だか気が引けて、1位はハルヒと古泉だがハルヒの言う事に古泉は逆らうまい、ハルヒの命令がそのまま通る訳でハルヒがまともな事を言う訳が無い。
つまり俺は自分が奢りを回避したいという気持ちと長門をビリにさせたくない気持ちの矛盾した2つの気持ちでいた。
どっちかと言うと長門にビリを回避して欲しいのだが、あいにく俺がこれから投げる長門をどうにかする事はできない。つまり、運に任せるしかなかった。
そうして俺が祈りながら長門がボールと投げるのを見ていると、長門は今度はさっきと対照的な――まぁ、極端に少ない動きが普通程度になっただけだが、動作の多い投げ方をした。
その結果見事にピンは8本倒れ、2回目の投球では残り1本という惜しい結果となった。
「あなたの言った通り」
俺の隣に座った直後、長門が呟く。
「ありがとう」
「俺はちょっとアドバイスをしただけさ」
と、俺が言った直後に、
「じゃあ、ビリのキョンは全員に飲み物奢りっ!」
とハルヒに言われ、自動販売機まで行く事になった。
「少し以外ですよ」
俺が自動販売機から出てきた人数分の飲み物を取り出していると、古泉が近づいてきた。
「何がだ」
「あなたからこんなお誘いを受ける事がです。そろそろ涼宮さんが退屈し始めるのではないかと予想して、色々考えていたのですが……」
やっぱり何か考えていたのか。
「いつものあなたらしくありませんね。何かあったんですか?」
と、言われた所で話は冒頭に戻る訳だ。
「別に何にもねぇよ。たまにはこういうのも良いだろ」
俺がそういうと、
「そうですね」
古泉は意味ありげに微笑んで去って行った。
おい、俺が苦労して人数分の飲み物を持つのを手伝わないのか。せめて自分のぐらい持って行けよ。
その後のボウリングは何事も無く進んだ。
ハルヒと古泉がストライクを連発して1位を争い、その後を鶴屋さんが追っかけ、更にその後で朝比奈さんと長門と俺は争っていた。
練習投球が終わると今度は1ゲーム毎に罰ゲームを行う事をハルヒが告げ、結構な数があるタダ券を使い終わる頃には夕方となっていた。
ちなみに罰ゲームは何故かほとんどが俺で、昼近くに偶然ビリになった俺は飲み物ではなく、ボウリング場を出てすぐのジャンクフード店で全員の昼飯を奢る事になった。
「最後のゲーム、わざと負けただろ」
朝集合した駅前で俺はハルヒが1人先に、どれだけ体力があるのかと思う程元気良く帰っていくのを見、古泉に話しかける。
最後のゲームの最後の投球時、古泉は明らかにわざとらしくガーターを取った。
「涼宮さんを1位にする為ですよ。万が一、僕が1位になったりして涼宮さんの機嫌を損なう様な事は避けたいですしね。それに、僕も十分に楽しみましたし」
ハルヒも十分楽しんでた様だから、別に順位など気にしないような気もするが。
「言ったでしょう? 万が一です」
そう言う古泉のスマイルは心なしか確かに満足している様だった。
「では、僕はこれで。今日は本当に楽しかったですよ」
そう言って古泉は去って行った。
「じゃあ、あたしもこれで。キョンくん、今日はありがとうございました」
「じゃあねキョンくんっ! またどっか行く時は誘ってねっ!」
どうやら朝比奈さんと鶴屋さんは鶴屋さんの家の車で帰りも一緒らしい。
俺が2人に返事を返すと2人を乗せた車は去って行った。
「今回のあなたの行動はあなたが変わってきている事を表す」
長門がいきなり喋りだして少し驚いた。今まで黙っていたからな。
「どういう事だ?」
「SOS団のメンバーには変化の時期が訪れる速さに差はあっても、全員が変わってきている」
確かに、全員変わってきている。俺も去年の冬に大きな変化を迎えた。
「1次的な変化は全員終わった。しかし、2次的な変化はまだ。大きく現れる者もあれば微細な者もいる。既に終わっている者もいる」
「で、俺はこれからだってのか?」
長門はこくりと頷く。
「ただし涼宮ハルヒだけは少し違う。1次的な変化も、2次的な変化も」
まぁ、元々アイツは俺とも長門や朝比奈さんや古泉とも違うからな。
と、考えた所で俺はふと思う。
「長門、お前も変わってきているのか?」
その問いに長門は、
「…………」
答えずに背中を向けて歩き出した。
何となく、俺がその背中を見つめていると長門は数歩進んだ所で立ち止まり振り返って、
「今日は楽しかった」
と言った。
「ありがとう」
その言う長門を見て俺は思った。
長門も確かに変わっている、と。
―――END―――