慣れというのは恐ろしいものでどんなおかしな状況であろうが、体験する時間に比例して順応力というが芽生えてくるものである。
人間っていうのはよくできているもので適応しまえば、意外とそれも悪くないと感じてしまうんだよな。
たとえば、期末試験が惨憺たる有様でもそれが当たり前になってしまえば「またか」程度で気にしなくなったりな。
いや、これは例として正しくないが。
ともかく、俺も今まさにその人間の適応力ってやつの効果を存分に体感しているわけだ。
器用に箸を使い、出来上がったばかりの料理を四角い弁当箱に詰めていく。
中身が偏らないようにバランスを取って詰め合わせてフタをした。
その数2つ。
「これでよし、と」
俺は弁当箱を袋で包むと一息ついて仕事を終えた充実感を味わっていた。
手を洗い、タオルで拭きながら鏡の中の自分に目を向ける。
そこにいたのはいつもの自分ではなく、柔らかい髪に黄色いリボンが特徴的な整った顔立ちの少女だった。
いや、最近は少女ではなく女性的な魅力もだいぶ増してきたな。
俺は溜息をつくでもなくクシを手に取り、身だしなみを整えながらそんなことを考えていた。
うむ、今日も美人だぞ。
なんて事を鏡の中にいるハルヒに向かって言ってみたが当然返事があるわけじゃない。
なんせ、それは俺自身の姿のわけだからな。
当然、この場には俺しかいないわけで返事が返ってくるわけがないのである。
俺はセーラー服に着替えると鞄に二人分の弁当を詰めて、慣れた手つきで鍵を閉めるとアパートの部屋をあとにした。
まだ早い時間ではあったが俺は小走りにあいつの待っている場所へと向かう。
あんまり急いだらせっかくこさえた弁当が寄り弁になっちまうから動きは最小限に抑えてな。
それから小一時間ほどで約束の場所へとたどり着いた。
「よう、思ったよりも早かったな」
「あら、先に来てたのね」
「ちょっと前に来たばっかりさ」
他の学生たちも大勢いるが、待ち合わせの場所には予想通りあいつが待っていた。
待ち合わせをしていたのは他でもない俺…ではなく、俺の姿をしたハルヒだ。
その姿を見たとき、一瞬嬉しくなってしまったのは何でだろうな。
…いや、考えるのはよそう。 朝っぱらから調子狂っちまう。
軽く挨拶を交わすと俺たちは足並みを揃えて歩き始めた。
俺とハルヒは肩を並べて通学路である山道をひたすら登っていた。
うららかな春の陽射しも暖かく、何となく気持ちも晴れやかになっていく。
隣にいるのは俺の姿をしたハルヒ──だが、俺はもうこの光景にすっかり慣れていた。
例の入れ替わり事件から数ヶ月が経ち、紆余曲折の末、俺たちはすっかり恋人と言える関係になっていた。
自分で言うのも恥ずかしいが、一度自分の気持ちに素直になっちまえばつるべ落としのごとく落ちていくもの。
俺とハルヒは自他共に認め合うバカップル状態になっていた。
しかし、それだけではとどまれないのが俺たち変人カップルの悲しい性だろうか。
俺とハルヒはまたあれから何度か入れ替わりを起こしていたのだ。
これが確か4度目だったような気がする。
最初の頃は戸惑っていた入れ替わりも今では「またか」程度にしか感じなくなっており、互いを演じた生活にもだいぶ慣れてきていた。
「ところで弁当はちゃんと作ってきてくれたのか?」
「心配しなくていいわよ。 ちゃーんと作ってきてあげたからね」
「おう、期待してるぞ」
一見、普通の会話でも傍目に普通の男女に見えるように互いに言葉遣いには気を遣っていた。
ハルヒが俺を演じ、俺がハルヒを演じる。
そんなヘンテコな日常も、すっかり普通の日常の一部となってしまい俺もハルヒ的女言葉を使うことにも違和感を感じなくなっている。
当然、上の会話で女言葉を発しているのは俺なわけである。
まったく慣れってのは恐ろしいもんだ。
慣れと言えば慣れたくもなかったが、女の生理現象にも対応出来るようにまでなっていた。
無論、今では一人でトイレにも行けるし、風呂にも入れる。
まぁ、その、なんだ。 俺とハルヒも恋人らしい一線ってヤツを越えちまったからな。
今さら憚る必要もないだろうってことで、ハルヒにお許しを貰ったってところさ。
そんなわけで普通じゃないのがお好みのハルヒも大満足のヘンテコ恋愛を満喫してるってところさ。
実のところ、最近ハルヒを演じるのも悪くないと思い始めてたりするしな。
「うーっす、おはよーさん」「おはよー」
「おう、オッス」
「ん? なんだ、谷口と国木田じゃない」
「なんだはないだろ、まったく朝っぱらから見せつけてくれるな、お前らは」
「いいでしょ。 ひとのこと茶化してる暇があるなら彼女の一人くらい見つけたらどうなの?」
「うぐ…キョンにならともかく涼宮に言われるとショックだぜ…」
「なによ」
ま、中身は俺なんだけどな。
それに俺とハルヒはつき合ってるわけだから、未だに彼女募集中なこいつに何言われたって痛くもないぜ。
「それにしても涼宮さん、最近丸くなったよね。 やっぱりキョンのおかげ?」
「そ、そう?」
「はっはっは、わかってくれるか、国木田。 こいつもすっかり可愛くなっちまってなぁ」
「ちょ、ちょっと、キョン!」
「…やれやれだね」
いや、だからっていきなり惚気るなよ、ハルヒ。 国木田だって呆れてるじゃないか。
ていうか、ハルヒよ。 お前に可愛いとか言われるのはなんかこそばゆいんだが…。
いや、悪い気はしないけどさ。
とりあえず、俺は幼なじみが照れ隠しをするような表情をして、ハルヒの脇腹に肘を入れていた。
本気でやると何言われるかわかったもんじゃないから、あくまで軽くだけどな。
「おはよ〜、涼宮さん」
「あら、おはよう、阪中さん」
「今日もキョンくんと一緒? 相変わらず、二人とも仲いいのね〜」
「えっ? そ、そんなでもないわよ」
「うぅん、そんなことないよ。 みんな変わったねって噂してるのよ」
「そうなのっ!?」
「ふふっ。 涼宮さん、最近ずいぶん綺麗になったし、可愛いもん。 キョンくんもなんだかかっこよくなったし〜」
「そ、そうかな…あたしにはよくわかんないわ」
教室にたどり着くとクラスの女子じゃおそらく一番仲のいいであろう阪中さんと軽く会話を交わす。
おっとりしてるのに朝っぱらから茶化してくるなんて、この人も見かけに依らずゴシップネタは嫌いじゃないらしい。
まぁ、ハルヒだって恋愛に興味ないとかいってたわりにあんな風になったしな。
さんざん茶化されても満更でもない気分だったのでよしとしておこう。
俺は間違えることもなく窓際最後尾の席に着くと、日課のように前の席に座っているヤツの背中を眺め始めた。
ハルヒとの入れ替わり学園生活も慣れてしまえば意外といいものだった。
案外、自分からは見えなかった部分も見えてくるし、価値観も変わってくる。
まず自分に起こったいい傾向の変化と言えば、学業への入れ込みだろう。
一応仮にも秀才であるハルヒの面目を保つため、俺はそれなりに真面目に授業を受けるようになった。
前にハルヒのまま答えを間違えて赤っ恥をかいて以来、ハルヒには目をつけられているんだよな。
まぁ、このところ勉強もわかるようになってきたし、怪我の功名と言える。
もう一つはハルヒ的な生活をするようになってから、こいつが何を考えてるのかってのが多少なりとも見えてきたってことかな。
もちろん、あくまで俺のしていることはハルヒのフリであって、あいつのように傍若無人に振る舞えるわけがない。
それに入れ替わっているからには相手もハルヒであってそんなに強気な態度に出れないしな。
しかし、だからこそ俺が演じる「ちょっとらしくないハルヒ」もあいつは許容してくれていた。
それがわかったからこそ、あいつも元に戻ったときも無茶を言うことが減ってきた気がする。
俺的には扱いやすくなった反面、若干物足りなさを感じたりもしたのは気の迷いと言うことにしておこう。
他の連中が俺たちのことを変わったっていっているのは俺とハルヒが互いの立場に立ってみて
いろんなことが見えてきたからっていうのが大きいかもしれない。
他人からすれば、ハルヒが大人しくなって俺に引っ張られているように見えちまうんだろう。
いってしまえば、俺が理想のハルヒを演じ、ハルヒが理想の俺を演じるってわけだ。
気がつくと、俺は当たり前のようにハルヒとして生活し、ハルヒもまた同じだった。
そんなこんなで俺たちはこの風変わりな生活を満喫してた、ってとこさ。
だがしかし、それ故に俺たちは少しずつ狂い始めていったのかもしれない。
こんな状況を受け入れ始めてしまっていたんだからな。
「うん、美味いな。 さすがハルヒだ」
「そう? 冷食にちょっと火を通しただけよ」
「いや、でも美味しいぞ、うん」
昼休み、俺たちは一つの机で一緒に弁当を食べていた。
もちろん、俺が今朝作ってきた弁当だがハルヒは喜んで食べてくれていた。
美味そうに弁当をパクつく俺の顔を眺めていると何となく幸せな気分になってくる。
大して手間はかかってないが、そういってくれると作ってきたかいがあったってもんだ。
しかし、なんだな。
ハルヒの演じる俺も堂に入ったもんで、すっかり様になっている。
おかげでこっちも元から女だったような気分になっちまうな。
こいつの場合、元々女らしからぬ部分もあったからなんだろうけど、時々俺より男らしいと思えたりもするんだよな。
ほら、顔に飯粒くっつけてるし。
「まったく、意地汚いわね。 ほら、ご飯粒くっついてるわよ」
「お? おぅ、すまん」
俺はハルヒの顔に手を伸ばし、飯粒を取ってやるとそのままひょいと口に放り込んだ。
確か、ハルヒってこういうお約束シチュが好きだったよな。
なんて、軽い気持ちでやったのが運の尽き。 次の瞬間、教室内にはどよめきが起こっていた。
気がついて辺りを見回したときにはすでに手遅れで、クラス中の視線が俺たちの方に集まってるじゃないか。
しまった、しくじったな。 俺たちが一緒に弁当を食っているなんてただでさえ注目されてもおかしくないのに
こんなベッタベタなイベントまでやっちまったら弁解のしようがないぞ。
俺は顔を引きつらせながら周りを見て、さてこれをどう説明しようかと必死に頭を稼働させていた。
「…なに固まってんだ? 今さら気にする事じゃないだろ」
「えっ!? で、でも…」
「キスに比べりゃ、こんなもんどーってことねえよ」
「うっ…」
しかし、俺の目の前にいる俺は堂々としたもんで一向に気にしている様子はなかった。
こら、ハルヒ。 そんな俺に任せとけって表情で合図を送るんじゃない。 ドキドキしちまうだろ。
ていうか、キスの方はお前からしてきたんだろう?
なんで俺がやった事みたいに言ってるんだ…って、そういえばあれは元の状態のハルヒがやってきたことであって、
すなわちハルヒの体での行動になり、俺がやったことになるのか?
ええい、ややこしい。
俺はもう考えるのを放棄すると八つ当たりするように弁当をかっ喰らった。
放課後、いつものようにSOS団の部室に行くと珍しく俺とハルヒ以外の部員はみんな揃っていた。
ちょっとした遊び心で部室に入る際にハルヒの真似をしてみたが、朝比奈さんが引っかかるのみで他の二人には簡単にばれてしまった。
まったく、お前らってヤツはもうちょっと遊びにつき合ってくれたっていいだろうに。
「すいませんね。 アンフェアですが、僕や長門さんは伏せたカードも見えている状態ですので」
「ちっ。 ノリの悪いやつだな」
「えっ? キョンくんだったの? もうっ、ひどいです〜!」
「いや〜、ゴメンゴメン、みくるちゃん。 悪気はなかったのよ〜」
「……。 ほ、ホントにキョンくん?」
俺は相変わらず騙されやすい朝比奈さんに苦笑すると鞄を置いて団長席に着いた。
長門もいるから大丈夫だと思うが、なるべく古泉には近づかないようにしてな。
俺は朝比奈さんから貰ったお茶を啜り、大きく伸びをして一息ついた。
ここは学校内では唯一、素の俺で居られる場所だ。
せめてここにいる間くらいはリラックスしていたいもんだねえ。
「それにしても、キョンくん、涼宮さんの真似もずいぶん上手になりましたね。 あたし、全然わかりませんでした」
「まぁ、一日の大半をハルヒとして過ごす必要がありますからね。 嫌でも慣れますよ」
「あたしは慣れないかなぁ…。 涼宮さんがキョンくんでキョンくんが涼宮さんで…って混乱しちゃいます」
顔にハテナマークを浮かべておろおろする朝比奈さんを思い出して顔がほころんだが、実際の所、俺も混乱するんだよな。
最近、どっちがどっちかわからなくなってきたりする。
まぁ、そんなに悪い気にはならないけどな。
「やはりそうですか」
しかし、朝比奈さんとの語らいの時間もこの不審なスマイル野郎が割り込んできて中断となった。
まったく、お前ってヤツぁ、いつもいつも余計なところで口を出してくるな。
ハルヒお得意のアヒル口不機嫌オーラを出すぞ、コラ。
「何だ、古泉。 やっぱりって」
「あなたは涼宮さんとの入れ替わりに違和感を感じなくなってきていると、そういいましたね」
「ああ」
苦笑いをしながらも、引っ込む様子はなかったので俺はしばし両手を見つめてから古泉の言葉に頷いた。
まぁ、確かにもうすっかり馴染んじまって、何も疑問に思いもしなくなってきたな。
「だとすると、あなた方は近い将来、完全に入れ替わるでしょう」
「…なんだって?」
「涼宮さんがあなたであることを望み、あなたが涼宮さんであることを望んだ。 なら、それは自然と進むべき未来は決定されます」
「バカを言うな」
「至って大真面目です。 あなた自身、その姿でいることを気に入っているんじゃないですか?」
「……」
俺は古泉の言葉を聞いて黙り込んでしまった。
反論しようにも返す言葉が思い浮かばない。 思い浮かばないと言うことはすなわち…。
俺はハルヒでありたかったのか? 本当にそうなんだろうか?
自問自答してみてもすぐには否定出来なかった。
普通の尺度で考えれば、即座に否定すべきところだというのにだ。
それどころか、今朝からの体験を思い返してみても、不思議と充実感さえ感じている。
これってやっぱりそういうことなんだろうか。
「決定的な原因は一昨日の夜のこと」
それまで黙って様子をうかがっていた長門は俺をじっと見て口を開いた。
いや、今の話を聞いてたんだな、お前も。
って、それよりもだ。
「一昨日の晩って…」
「そのときの出来事があなたと涼宮ハルヒを変えた」
「…ちょっと待て!」
俺は記憶を辿り、そのときのことを思い出していた。
いや、思い出さなくてもすぐわかったことだ。
俺にとって、いや、俺とハルヒにとっては忘れようがないことなんだからな。
「…お前らの言う観察って言うのはそんなところまで見るものなのか?」
「見るつもりはなかった。 しかし、私はあくまで任務に忠実でなければならない。
任務放棄は私の存在を否定する事となる」
長門の口からは否定の言葉は出ない。 つまり、それは肯定と言うこと。
こいつらが俺たちのことを監視しているというのは以前からわかっていたことだ。
しかし、改めてそれを実感させられてしまうといい気分でいられるはずもなかった。
なんせ、長門たちは俺とハルヒの情事を見ていたことになるわけだからな。
正直、信じたくないことだった。
ただ、少し目を逸らし、ごめんなさいと付け加えられると長門を怒る気はなくなったのだが、
俺はわだかまりを拭い切れはしなかった。
「…その話はあとだ。 それの何がまずいんだって? 俺とハルヒは恋人同士なんだから非難されるいわれはないはずだぜ」
「普通なら私たちも何も言うつもりはない。 しかし、あのときは違ったはず」
「…俺とハルヒが入れ替わっていたことがか?」
「そう」
そう。
その日、SOS団恒例の散策を終えたあと、俺はハルヒの家に泊まりに行った。
いや、その日は俺がハルヒでハルヒが俺だったのだから、ハルヒが泊まりに来たと言った方がいいな。
それ自体はもう珍しくもなくなったのが俺たちはそのあとちょっとした冒険に出てしまったのだ。
入れ替わった状態での性交…それは俺たちの好奇心を刺激するには絶好の対象だった。
元を辿れば数日前、ハルヒのヤツが俺の体でオナニーなんかしちまったのが原因だった。
電話越しに荒い息づかいで俺にも勧めてくるハルヒ…それを突っぱねればよかったんだろうが
事もあろうに俺はハルヒの興奮している姿を想像し、その波に飲まれちまったのさ。
あとは言うまでもないだろうが、電話越しのオナニー大会へと早変わり、それだけで満足出来るわけもなく、
もう流されるまま、俺たちは一昨日の晩にまた新たな一線を越えちまったわけだ。
正直、ショックだったさ。 こんなにも満たされた気分になれるなんてな。
肉体の変化に伴う心の変化、と言うヤツだろうか。
面白がっていた部分もあるが、俺はそのとき、確かに女としてハルヒに抱かれたいと思ってしまったのだ。
そして、胎内に熱い迸りを感じたとき悟ったね。 ああ、これが幸せなんだなってな。
恥ずかしながら俺は女の悦びを知ってしまったのさ。
「それが…まずかったのか?」
「そう」
「さっきも僕が言ったように、あなた達二人はその事実を受け入れてしまった」
「……」
「確かに今の涼宮さんに力はありません。 しかし、元の状態の時にもそういった強い想いが続けば…そうなっていくのは当然でしょう?」
もしかして、ハルヒのなくなった力ってのは今は俺が持ってるって事か?
確かに今は俺がハルヒなわけだからそうであってもおかしくはないんだが。
「そういうわけではありません。 しかし、いずれにせよあなた達の望みが叶うのは時間の問題と言うことです」
「もし仮にそうだったとしても、何か問題があるのか? 俺とハルヒが入れ替わるだけの話だろう」
「僕としてはそうあって貰いたいところだと言うことはこの前お話しした通りです。 ですが、長門さんはそうではないようですので」
「長門が…?」
そういわれて長門の方を振り向くと、無表情ながらも珍しく複雑な表情を浮かべていた。
心なしか、その表情は冴えないように見える。
「すでにご存じの通り、僕たちの立場は似て非なるもの。 利害が一致しているから協力し合っているに過ぎません」
「SOS団の為でもあるんだろう…?」
「もちろんです。 ですが、やはり僕たちは組織に縛られている存在なんですよ」
「どういう事だ…?」
「組織に縛られなければ僕たちの存在意義がなくなると言うことです」
古泉は腕組みしたまま、ちらりと長門を見て話を続ける。
「長門さんたち、情報統合思念体は涼宮さんの持つ情報改変能力に興味を抱いて観察を続けているのは知っていると思います」
「ああ」
「しかし、このまま行けば、涼宮さんはその力を失うことになる」
「そうなるのかもしれないな」
「では、力を失った涼宮さんを統合思念体はどう思うのでしょう? そして観察対象を失った端末は?」
「…何が言いたいんだ」
「さっきも言ったとおりです。 このまま行けば、長門さんは存在意義を失うことになるんですよ」
「……」
古泉はそこで言葉を切って、俺たちのことを見比べた。
このまま行けば、ハルヒは普通の人間になるだろう。
だが、自立進化の可能性を渇望している統合思念体にはそれは好ましくない状況と言える。
「このところ、統合思念体の急進派インターフェースの活動が活発になっていると聞きます」
「…なんだって!? 本当なのか、長門!!」
「…違わない」
「あなた達の入れ替わりを快く思わない連中もいるってことですよね? 長門さん」
「……」
古泉の言葉に応えない長門。
俺は古泉の言葉からかつて放課後の教室であったことを思い出していた。
笑顔のまま、ナイフを振りかざしてくるクラスメイト。
間近に迫る死の恐怖。
それはあまりにも現実離れしていて、あまりにもリアルだった。
「マジかよ…」
俺はそんな光景を思い浮かべてめまいを覚えていた。
まったく、無粋な連中だ。 俺たちがつき合うことすら許さないって言うのか?
勘弁してくれよ…。
「安心してください。 解決の方法ならもう考えてありますよ」
「なんだって、本当か?」
「ええ、至ってシンプル…ですよ」
藁にもすがる思いで古泉の方を見たが…その表情を見て俺は凍り付いた。