「あーっ!ウザったいわね!こう毎日毎日雨だと気も滅入っちゃうわ!」  
 
ハルヒの気持ちもわからんでもない。今は梅雨真っ只中。  
こう雨が続くとお得意のパトロールも出来ないしお宝発掘なんか問題外だな。  
いや、ハルヒならやりかねんが…。少しは常識ってもんを身につけてきたのか?  
 
「さ、部室に行くわよキョン。今日は緊急ミーティングだからね!  
 このジメジメした雰囲気を吹き飛ばす何かが必要だわ!」  
 
ロクなことを考えなきゃいいんだが…ってのは無理な希望か。  
こいつがこんないい顔で笑うと全てが俺に降りかかってくる仕組みになってるからな。  
 
 
「はーい!団長様のご登場!…って誰もいないわね。」  
 
「ん…。おい、ハルヒ窓開けっ放しだぞ」  
 
「あら、ホント。有希かな?」  
 
「あ!パソコン!」  
 
今日は結構風が強い。空いた窓から雨が吹き込みPCが濡れていた。  
こりゃマズイな。ただでさえ無理やり盗ったもんなのに。  
 
「あーもう!電源入らないわ!根性の無いパソコンね!」  
 
ガチャガチャと乱暴に電源ボタンを連打しながらハルヒが言う。  
無理言うな。電化製品なんか濡れたら一発だろ。  
 
「電化製品なんてのはね、斜め45°からチョップしたら直るって相場は決まってるのよ!」  
 
「お、おい、あんまり無茶すんなよ。再起不能になっちまうぞ」  
 
「大丈夫よ!私のパソコンはそんな柔な根性してないわ」  
 
と、がしがしチョップを繰り出すハルヒ。  
根性あるのか無いのかどっちだ。  
さすがにこいつのバカ力でこれ以上やると 壊れた原因がこいつのチョップ になりかねん。  
 
バリッ  
 
ん?もしかして漏電ってやつか?  
 
「おいハルヒ、危ないから離れ…」  
 
バチバチバチバチバチッ!  
 
 
うぎゃぁあぁぁっぁぁぁぁぁぁ!  
 
間違いなく漫画なら全身の骨が見えてたことだろうね。  
薄れ行く意識の中、朝比奈さんの微笑みが脳裏に浮かんだ。あれ、これって走馬灯ってやつじゃ…。  
 
 
 
 
ョン…キョン?  
 
ん…。あ、そうか俺パソコンで感電して…。  
よかった。どうやら生きてはいるみたいだな。  
 
キョン、起きてってば、キョン  
 
さすがにこんなことで死ぬわけにはいかんね。  
朝倉に2回も殺されかけて長門に助けられてなんとか生き延びた命を  
こんなとこで散らすわけには…。  
 
起きろっ!バカキョン!  
 
「うおっ!」  
 
耳元で大声だすなようるさいな。  
 
「さっきまで死に掛けてたんだからもうちょい優しくしてくれよハルヒ…」  
 
ん?なんだこの声。さっきの電撃で声帯でもイカれちまったのか?  
 
「ねぇキョン。これどういう事だと思う?」  
 
なんだハルヒはやけに低い声だな。こいつもか。  
これじゃまるで俺の…。  
 
「っ!?」  
 
そりゃ驚くだろう。さすがにこの前の時に見て  
多少の耐性がついてるとはいえ目の前に俺がいるんだからな。  
 
「あっと…未来の俺か?今度は何の用だ?また面倒事じゃないだろうな」  
 
やけに高い声で尋ねる。なんか心なしか足がスースーするな。  
 
「は?何言ってんのキョン。未来って何よ?」  
 
何言ってんの?はこっちだ。なんで未来の俺は自分の事をキョンと言って女喋りなんだ。  
 
ん…?あれ?  
ちょっと待て。今の俺の姿…。  
 
そこで俺はやっと気づいた。俺の目の前にいる俺は未来から来た俺じゃない。  
もちろんそっくりさんでもドッペルゲンガーでもない。  
なぜならこいつは…ハルヒだ。  
 
 
「ねぇ…キョン。これどういうこと?どうなってるの?」  
 
俺の声で女喋りで喋るな気色悪い。  
 
そう。俺がハルヒでハルヒが俺で。  
 
つまり入れ替わった…って事だな。  
 
なんてこった。今までいろんなトンデモがあったがさすがにこれはシャレにならない。  
 
 
「とりあえず…どうするんだ?これから」  
 
「…あんた意外と冷静ね」  
 
そりゃお前のお陰だな。というかあいつらのお陰か。  
宇宙人や未来人、果ては超能力者なんかと常日頃から関わってるからな。  
この程度じゃ…いや、驚いたな。やっぱり。  
 
「そのうちみんなが来る。とりあえず俺はハルヒ。お前は俺として振舞おう。」  
 
「ん…わかったわ。上手くやりなさいよ」  
 
 
しばらく打ち合わせをした後…。  
 
ガチャッ  
 
「あ、こんにちわ。二人とも早いですね」  
 
あぁ、癒される。こういう時の朝比奈さんは精神安定剤として最大限に力を発揮するな。  
このお姿を眺めてるだけでこのヤバイ状況も忘れられる。  
 
「な、なんですか涼宮さん?」  
しまった。凝視しすぎたか。  
 
「へ?何が?」  
 
「え?キョン君に言ったんじゃなくて…。」  
 
うお、お前が返事しちゃ駄目だろ。今は俺なんだから。  
 
「え、あ、何?みくるちゃん?」  
 
下の名前で呼ぶのはいささか抵抗があるが仕方ない。  
 
 
「あ…なんでもないですっ」  
 
相手が朝比奈さんで助かった。古泉あたりなら見破られてたかもしれん。  
 
「そろそろ着替えたいので、キョン君…。」  
 
律儀だな朝比奈さんは。ハルヒの言いつけなんか守らなくてもいいのに。  
 
そう思いながらドアノブに手をかける。  
 
「えっと…。キョン君…?」  
 
しまった。今の「キョン君」はあいつだ。  
 
「そ、そーよキョン!出て行きなさい!」  
 
「ん…。あ、おぅ。そーだな」  
 
慌てて俺(ハルヒ)が出て行く。  
 
不自然丸出しだ。朝比奈さんも頭の上に?マークを出しておられる。  
 
…このままだと先行き不安すぎる。長門辺りには話しておいたほうがいいかも知れん。  
いや、あいつの事だ。既に知っている可能性も…。  
 
「うおっ!」  
 
「どうしたんですか?涼宮さん?」  
 
どーしたもこーしたもない。  
俺の目の前には下着姿の朝比奈さんが。  
こっこれは…。正直、たまりません。  
 
「ちょ、ちょっとキョンに用事あるからっ!」  
 
慌てて飛び出る。  
 
「どーしたのキョン」  
「い…いや、ちょっとな」  
「どーせみくるちゃんの生着替えでも見たんでしょ?このエロキョン」  
「い、いや、不可抗力ってやつでだな…!」  
 
「おや、二人して廊下に出てどうしたんですか?」  
 
マズイ。今一番出会いたくないやつだ。  
普段でも出会いたくないやつランキング上位にいるがな。  
 
 
「ち、ちょっとトイレ行ってくるわ!」  
 
さすがに今の状態だと古泉には一発で見破られるだろう。  
 
「はぁ…。」  
 
トイレの鏡で自分を見る。どっからどうみても涼宮ハルヒだ。  
これもハルヒの力か?こうなることを望んだのか?  
…さっぱり理解できん。いや、理解できないのはいつものことだが。  
 
「どぅわっ!」  
 
素っ頓狂な声の主は…谷口だ。  
 
「お前なんでこんな所にいるんだよ!」  
 
俺がトイレにいちゃいけないのか。  
 
「一体何考えてんだ涼宮!」  
 
「ゲッ…」  
 
そうだ。もう何回目かわからんがあえて言おう。今は俺はハルヒだ。  
つまり男子便所にいたら当然おかしい訳で。  
 
「な、何でもないわ!じゃあね谷口!」  
 
急いでトイレを飛び出す。すまんハルヒ。元に戻ったとき変態扱いされたらそりゃ俺のせいだ。  
いや、あいつならそんな事気にしないかな。  
 
ガチャッ  
 
「あー、みくるちゃん。疲れたわ。お茶入れてくれる?」  
 
…。  
 
ん?いつも返ってくる舌っ足らずな はぁい という可愛い声が返ってこない。  
朝比奈さんの顔を見ると…なんかやけにニヤニヤしてる。  
 
「ふふ…わかりました涼宮さん♪おいしいの淹れますね」  
 
なんだ?やけに楽しそうだな。  
 
「どーぞっ。キ・ョ・ン・君」  
 
「あ、どーm  
 
今何て言った?  
 
「うふふっ。それにしても大変ですね。」  
 
おいおい。こりゃぁ…。  
俺…いや、今はハルヒか。が両手を顔の前で合わせて舌出してやがる。ウィンクのオマケ付き。  
いや…。いつものお前ならそれなりに似合うかも知れんが俺の顔でやるな。気持ち悪い。  
 
 
「いやぁ、やっぱ人真似なんかできないわ。人と同じ事をするってつまんないもん」  
 
もうちょっと頑張ってくれよ。即バレじゃねぇか。  
 
 
「しかしこれは…。困ったことになりましたね」  
 
真面目な顔してるつもりなんだろうが唇の端がピクピクしてるのを隠せてねぇぞ。  
 
 
「考えてたってしょうがないわ!折角こんなおもしろそうな事になったんだもの。  
 目一杯楽しまなきゃ!」  
 
 
…こうして、俺とハルヒの奇妙な生活が始まった。  
 
 
考えてたってしょうがないので結局部室でダラダラして部活は終了。  
団長席でふんぞり返る俺を見るのはまた新鮮でなんとも言えなかった。  
 
そして下校途中。  
あいつは朝比奈さんと喋りながら俺達より数m先を歩いてる。  
…聞くなら今か。  
 
「なぁ、長門。いつも頼ってばかりで悪いんだが…。こう、お前の力でスパーンっと戻すことはできないのか?」  
 
「それは、不可能」  
 
最大の希望があっさり潰える。  
 
「原因はおそらく涼宮ハルヒが願ったから。感電はあくまでトリガー。」  
 
「…なんでまたこんなけったいな事願ったんだあいつは」  
 
「涼宮ハルヒはこう望んだ。あなたの事をもっと知りたい。そして私の事をもっと知って欲しいと」  
 
「それで本人になったって訳か。…確かに、丸分かりだろうな」  
 
「実際、入れ替わる事を望んだのでは無いと思いますけどね。」  
 
いつもより高い位置にある古泉の顔が俺の耳に近づく。  
息を吹きかけるな気持ち悪い。  
 
「んじゃなんで…」  
 
「得てして、そういう想いは暴走しがちな物です。」  
 
「想い?なんだそりゃ」  
 
「おや?気づいてらっしゃるとばかり思ってたのですが…」  
 
「だから何がだ」  
 
分かりにくく言うのはこいつの悪い癖だ。腹立つな。  
 
しかし古泉は答えず無言で肩をすくめるだけだった。  
 
「…現時点で涼宮ハルヒから情報フレアは検知できない。恐らく、あなたと入れ替わった直後から」  
 
「あー…っと。そりゃ普通の人間になっちまったってことか?」  
 
つーか今の時点でもう普通の人間じゃないけどな。  
 
「そう。それでは自律進化の可能性が潰える。情報統合思念体にとって、それは不都合」  
 
「…よくわからんが。とりあえず俺の味方をしてくれる、と理解していいのか?」  
 
「いい」  
 
それに…。と前置きをした後、蚊が鳴くような声でボソボソと言った。  
 
「私という固体も、それを望んでる」  
 
言ってる事の半分もわからんかったが長門が味方してくれるってのはデカい。  
これならそう心配する事も無いかもな。  
 
「…と、いうことは。あの閉鎖空間も生み出されないという事ですか?」  
 
「そう。今の涼宮ハルヒにそのような力は無い」  
 
「…なるほど。」  
 
手を顎に当て、何やら考えてる。  
 
…と、前を歩いてた俺(ハルヒ)が振り返って  
 
「それじゃ、ここでみんなとはお別れね。また明日!…ほら、キョン。行くわよ」  
 
「どこにだよ」  
 
「私ん家に決まってるじゃない。あんたその姿で自分家で寝泊りする気?」  
 
あぁ、そうか。すっかり失念してた。  
 
「ほら、行くわよ」  
 
といいつつ俺の手を取ってずんずん歩き出すハルヒ。  
ちょっと待てよ。朝比奈さんに挨拶ぐらいさせてくれ。  
 
…そんな俺の願いもむなしく、振り返ると誰もいなかった。  
 
「…にしても。まさかお前のお父さんとお母さんに挨拶に伺う事になるとはな」  
 
「バカ。何言ってんの」  
 
顔が若干紅潮してるのは…気のせいだよな。うん。  
 
「それに親はいないわ。一人暮らしよ」  
 
「ほぅ。そうなのか。どうやって生活してるんだ?」  
 
古泉みたいに得体の知れないアルバイトでもやってるわけじゃあるまいに。  
 
「仕送りよ。お父さんが外国に転勤になっちゃってね。毎月お金だけ送ってもらってるの」  
 
初耳だ。つーかこいつのプライベートって全然知らんな。ま、これから嫌でも知ることになるんだろうが。  
 
「なんでお前はここに残ったんだ?」  
 
「…ちょっと思うところあってね。どうしても北高に行きたかったのよ」  
 
特に進学率が高いわけでもない平凡な県立高校に親から離れてまで行きたかったのかね。  
なんでまた北高なんかに?と聞こうと思ったが口から出る前にはた、とハルヒの足が止まる。  
 
「ここよ。」  
 
可も無く不可も無く。ごく普通のアパートって感じだな。  
こいつの事だから訳の分からん家に住んでるんじゃないかと少し期待したんだが。  
 
 
「この部屋。入って。」  
と、ぶっきらぼうに言い放ってドアを開ける。  
 
初めてハルヒの家にお邪魔する。広さは…。  
そうだな。長門の家よりは狭いが部長氏のよりも広いと言ったところか。  
高校生が一人で暮らすには十分過ぎるな。  
訳の分からんもんがごちゃごちゃと置いてて混沌とした部屋を想像してたんだが  
ごく普通の部屋。それも女の子っぽい部屋だった。ちょっと意外。  
 
 
「OK。場所はわかった。んじゃな。」  
 
「あぁ、そうだ。携帯貸して」  
 
「なんで」  
 
「いいから」  
 
…こういう言い合いになったらまず、俺に勝ち目は無い。渋々と携帯が入ってるポケットに…。あ、そうか。  
 
「お前の制服の内ポケットだ」  
 
ハルヒがごそごそと携帯を取り出し、どこぞにダイヤルし始める。  
 
「ねぇ、あんたってお母さんの事なんて呼んでるの?」  
 
「普通に母さんだが」  
 
「おっけー♪」  
 
しばらく電話を耳に押し当てて黙ってるが相手が出たらしく喋り始める。  
 
「あ、もしもし。その声は妹ちゃん?そそ、キョン君キョン君。あのね、母さんに  
 今日友達の家に泊まるから、って伝えといてくれる。うん。よろしくねー」  
 
…。  
 
「お、おい。どういうこった」  
 
「聞いたとおりよ。今日私もここに泊まるから」  
 
なんてこった。まさかハルヒを一つ屋根の下で過ごす事になるとは。  
 
「へんな気起こさないでよね」  
 
ニタリとハルヒが笑う。  
 
「起こすわけねぇだろ。相手は自分だぞ。つーか俺が襲われる側じゃねぇか。」  
 
「それもそっか。襲っちゃおっかな〜。よくよく見ると私って結構魅力的ね。」  
 
「…カンベンしてくれ」  
 
さすがにアイツでも自分を襲う様な真似は…しないよな?しないよな!?  
最悪、朝比奈さんみたいに剥かれる事を覚悟しながら時計を見る。  
もう8時だ。  
 
「お腹空いたわ。キョン何か作って。材料は冷蔵庫にあるから」  
 
 
自分に襲われるかもしれない、という普通ではありえない恐怖を感じつつ  
俺は渋々台所に向かった。  
 

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