春風が心地よく感じる4月某日、俺たちは桜が咲きほこる公園のベンチで日光浴を楽しんでいた  
ぽかぽか陽気に連れ立って、ピクニックと洒落込んでいる  
周りを見渡すと、俺たちと同様に春の行楽を楽しんでいるのだろう  
カップル、親子連れ、犬を引き連れて散歩中の子供……実にのどかな光景だ  
と、ふと視線を横に落とすと、やや毛色の薄い少女がじっと本を読んでいる  
年に似合わずハードカバーの年代物のようだ……重くないのか?  
しかも、内容がまた年相応に合っていない、SF物らしい……精神年齢いくつなんだよ、お前は?  
おもむろに聞いてみた  
「その本……面白い?」  
眼下の少女は少しだけ顔を上げると  
「…………ユニーク……」  
とだけ答えた  
「どんな所が?」  
「……全部」  
「本が好きなんだな」  
「……割と」  
……  
今なんか既視感を感じたが……気のせいだろう……  
俺は手持ち無沙汰ですることが無くなり、ただじっと空と少女を交互に見つめながら……  
 
俺の記憶に残る不思議な体験を思い出していた  
 
ハルヒに告白して、光る「何か」からハルヒを守った後……俺は夢を見ていた  
どんな夢かは忘れた……そこ……笑わないでくれ……夢なんて忘れるもんだろ  
しかし気がつくと、長門がそこに立っていた、ここからは今でもはっきり覚えている  
「……」  
何も言わずに、ただ直立する長門……  
何か言いたげな、それでいて伝えたくも無い顔……長門は俺から見て「躊躇」しているようだった  
だから……その瞳に促されて、俺は長門に聞いた  
「ここは?」  
こちらか話しかけられるのが予想外だったのか、ぴくっと体を振るわせた長門だったが  
「……ここは、貴方の深層心理の中」  
と答えた、異空間や謎の宇宙外生物やらに不本意にも関わっていたから、すぐに理解できた  
「つまり、ここは俺の心の中のようなものか?」  
「……見解的には、それで間違いない」  
どうやら厳密には違うらしいが、概ね間違っていないらしい、俺は質問を続けることにした  
「それで、長門はどうしてここに居る?何か問題でもあるのか?」  
「…………」  
しばらく答えるのに戸惑っている様子の長門だったが、次にこう話した  
「私の血を貴方に輸血した」  
「……つまり……俺の怪我のせいで……長門の血を分けてもらったから……ここに居ると?」  
「そう……」  
というと、俯いた……俺には解る、伊達に約10ヶ月顔を見てきたわけじゃない、長門は申し訳無さそうにしている  
「なぜ長門が申し訳無さそうにするんだ?この場合誰がどう見ても俺が悪いと思うが……」  
「そうじゃない……」  
どうやら長門的には情報の伝達に齟齬が発生しているらしい……  
よって俺は状況の整理を行うことを先にした  
「今俺は長門に輸血された、これは間違いないな」  
すると、俯いていた顔が上がり、ほんの少し首肯する  
「じゃあ、仮に輸血しなかったら……俺はどうなっていたと思う?長門の見解では」  
「おそらく、出血多量による……」  
「解った、死んでいたんだな」  
首肯、よし、ここまでは意見に違いは無いんだな  
俺は続けた  
「んでだ、ここから訊きたい、長門の血を貰ったことで何が変わるんだ?」  
ここだ、ここでなにかしら変化があると俺はふんで答えを待った  
長門は静かに、回答を出した  
「このままだと、あなたも統合思念体の一部になる」  
……一瞬、間があったがなんとなく理解できた、こいつは宇宙人だからな  
長門の血にはきっと俺には想像もつかない情報が詰まっているのだろう  
「じゃあ俺は俺じゃなくなるのか?」  
正直怖かった、起きたら自分が自分じゃなくなるんだぜ……想像してみるといい……出来れば  
「貴方の意思は残る、こちらで言うところの心魂に値するものも残る方法はある」  
……じゃあ問題なくないか?俺は俺のままで変わらないんだろ?  
「但し対価が必要」  
 
……ここからの長門の説明は常人には理解できない単語の羅列が待っていた……  
よってここからかなり噛み砕いて説明する  
長門の血によって、俺は物凄い量の情報を強制的に入手することになる  
宇宙人の端末である長門は平気だが、俺は只の高校生、当然脳がパンクする  
このままなんの処置もしないと、情報の優位性(統合思念体の観念からだが)により俺の意思が崩壊する  
つまり「俺が長門みたいな感じになる」と言えば解ってもらえるか、それはそれでどうかな?  
これは一番避けたいパターンらしく俺も賛同した。女の子ならまだしも俺が長門みたいならキモいだけだ、きっと  
じゃあ、どうすればいいか?現時点で可能なプランが2つあるそうだ  
1統合思念体に長門の血から情報だけを抜き取り返す  
「これ出来るのか?」  
「理論的には……」  
「じゃあ、これでいいじゃないか?」  
「でも、一時的にも貴方の血と混ざり合った私の血の、しかも情報だけというのは無理」  
「じゃあ……俺の血も?」  
「正確には貴方の情報も奪っていく」  
「……まじか!?」  
「……まじ」  
なんか真顔で「まじ」とかいう長門にちょっと萌えた……いかんいかん、気を引き締めなければ  
「貴方のこの10ヶ月、SOS団との関りの記憶が奪われる」  
「……せめて他の記憶とかはダメか?」  
「ここ以外では、貴方の人格形成に支障をきたす」  
うぅぅむ……正直かなり嫌な選択だ、ハルヒと出会ってからの俺の生活は何者にも変えがたい代物だ  
2一時的に脳を強化し、すぐに情報操作能力をすべて使い切る  
「使い切ったら、力はもう使えないんだな」  
首肯する長門  
別に長門並みの力に興味は……無いとは言わないが、俺には分不相応だ、一般人だからな  
「ちなみに貰った力で何が変化する?対処できるレベルか?」  
「何が変化するかは不明」  
「博打要素が高いな」  
「但し、確実に涼宮ハルヒと貴方とSOS団の関係は残る」  
「……本当か!?」  
「……信じて」  
 
どちらも一長一短な感は否めないが仕方ない、さてどちらを選ぶか……  
「長門、仮にどちらかを選択したとき、俺はこのやり取りを覚えているか?」  
「ここは貴方の深層心理の中、よって消されることはない」  
「しかし、認識することもかなり低いと思われる」  
「なぜだ?」  
と聞き返すと、長門は節目がちに言った  
「貴方は、涼宮ハルヒの事をどう思っていた?」  
……なぜ、ここでハルヒなんだろう?しかし必要なんだろうな  
「本当は出会ったときから惹かれていた……と思う」  
「でも好きだと認識したのは、昨日」  
その通りだ、ハルヒに聞かれ、俺は自分の奥底にいつも存在していた思いを解き放った、あの時  
「つまり、貴方の心の奥底の願いを引き出すには、鍵が必要」  
なるほどな、全く面倒な性格してるぜ……俺……  
「その鍵は、……  
 
そう訊きかけたとき、急に周りに「ピキッ」ときれつの入る音がした  
なんだ、まるで閉鎖空間が崩壊する前兆のようだ  
「貴方が覚醒する」  
「!!つまり時間がないんだな!」  
「どちらを選ぶ?」  
……………………  
「……2でいこう」  
「解った」  
「で、どうやってその「力」を使えばいいんだ?」  
「私の肩に手を置いて……」  
言われた通りに手を置く  
「私の名前、「有希」って言って」  
俺は、そういえば今まで一度も名前で呼んだことは無い事に気付いた、ハルヒはしょっちゅう言ってるのに  
きっとこれが信頼関係と愛情の違いなのだろう、と自己解釈をして  
「……有希……」  
と言った、すこし照れもあったがここは二人だけだ、気にしないでおこう  
「脳の強化は完了、プログラムもスタンバイモードを確認、準備は整った」  
「後は?」  
「簡単、起きて1分以内にキーワードを言うだけでいい」  
「それだけでいいのか?」  
「いい、あと決めたキーワードを再度口にすれば、世界が再構築されるように設定しておく」  
「解った、もしもの時の保険だな」  
「再構築されると、今から12時間前、2006年2月14日午後10時30分に強制転移される」  
解った、もし万策尽きたら、そこからやりなおせばいいんだな  
「そのキーワードは?」  
「貴方の次に発した言葉」  
 
といきなり長門が血を吐き出した、長門の流血を見るのは3度目だが、いきなりすぎて、かなりびびった  
「有希!……無事か!?」  
とさっき呼んだ語感が気に入っていたのか、また名前で呼んでしまった  
「……音声認識……キーワードを……「有希、無事か」に設定……」  
……なんか設定されてしまったらしい、まあいいか、特にこれが良いというのも無かったし  
普段なら「有希、無事か?」なんてまず口にしない言葉だ、キーワードに設定して問題ないだろう  
「何から何まですまないな、有希」  
そう言うのが早かったか、長門は砂のように消えた……  
全く、小泉といいあいつといい、去るときにもちっとなんかあってもいいんじゃないのか?  
そう思ったのもつかの間……俺は何かに引っ張られるように世界から放り出された……  
 
……  
…………  
「…………ぅぅっ……ぁぁ……」  
よし声は出せる、起きて喋れなかったら、どうしたものかと思っていたが、これなら大丈夫だ  
「…………ョン…………キョン…………」  
この声……ハルヒだな……  
俺は目を開ける、おわっ目の前にハルヒのドアップかよっ!これはさすがに堪えるな  
……っといかん、落ち着け俺……まだ時間はある、キーワードはハルヒがなんか言った後で十分間に合うはず  
と比較的落ち着いていた俺は、当たり障りの無い質問を、目の前の彼女にぶつけた  
「……ここは?……」  
「病院のベットの上よ……」  
よし、これでハルヒも邪魔しないだろう……確信した俺は……キーワードを口にした  
 
「……有希は…………無事か?…………」  
……  
…………  
……………………  
 
あんな不思議な体験をしたのは、生涯であの時だけだろう、……夢にしてはかなり克明に覚えている……記憶  
ハルヒと二人だけで立ち上げたSOS団、色んな所を「不思議探検」の名目で回ったが、結局見つからなかった  
結局、部員(というか団員)も卒業するまで二人っきりだったしな  
一年の頃「無人」だった文芸部の部室を乗っ取って、二人で「文芸部です」って入部届け出しに行ったしな  
年に一回機関誌を発行して……あとは好き放題してたっけ……谷口や国木田にも世話になった  
それで一年の終わりに思い切って告白して、見事恋人同士になった俺とハルヒは卒業と同時に結婚した次第だ  
思えば、始めに俺の席の後ろで自己紹介したときから俺はあいつの事が好きだったんだと思う  
それにSOS団……SOS団の目的が宇宙人や未来人や超能力者と遊びたいためにハルヒが作った非公式団体  
だからなのか、俺たち二人……いや三人はまだ「SOS団」として活動している  
 
もうあれから8年か…と思い出していると桜並木の向こうから  
「おーーい、キョン!雪!お弁当よ!」  
とポニーテールの女性が片腕をぶんぶん振り回しながら近づいてきた  
おい、もう片方の手には、俺たちの大事な食料があるんだ、あまり派手に暴れるな  
「大丈夫よ、そんなヘマ、あんたくらしかしないわ!、ねっ雪」  
と呼びかけられた少女は、ほんの少しだけ首を縦に動かした  
この子は意思の疎通があまり上手ではない、ほんの少しの動作で済ませてしまう傾向は正すべきかどうか  
「さっ、天気もいいし、お昼ご飯にしましょ」  
反対にこっちはわんさか話す、俺は普通くらいと自負しているから、これでバランスが取れているのか?  
「やれやれ、行こうか、雪」  
俺はそう心の中でため息をつきながら、横に座っている少女、俺とハルヒの娘に呼びかけた  
名前は「雪」名付け親ハルヒ曰く「雪ってこの世の奇跡のひとつなの!どう!神秘的でしょ!」らしい  
まあ、俺もその「ゆき」という語感は気に入っているから全然構わないが……  
……っとさっきからなんだこの既視感は……  
 
そして、みんなでお昼ご飯、雪は口数は少ないが食欲は人一倍だ、物凄い勢いで消化していく  
「うん!それでこそあたしの娘ね!作りがいがあるってもんだわ」  
ハルヒはにこにこしながら見ている、確かに作り手から見れば気持ちの良い食べっぷりだ  
俺はこのままでは自分の腹が満たせないと悟り、ハルヒお手製のお弁当に手を伸ばした……  
「さてぇ、お昼からは、どこを探検する?」  
きれいにからっぽになったランチボックスを片付けながら、満面の笑みで訊いてくるハルヒ  
「さて、どうしたものか……」  
俺がどこに行こうか考えていると  
くいっとシャツを引っ張られた、視線を落とすと、背伸びをしながらもシャツの袖を引っ張る雪がいる  
……どうしてズボンを握らないのだろう?そう不思議に思っていると  
「……図書館……」  
見上げていた雪がそう答えた  
「あぁ、そういえば、この前あんた雪の貸し出しカード作ってあげたんだっけ?」  
まあな、買い出しのハルヒの邪魔にならないように、ふらっと立ち寄った図書館だが、雪はとても気に入ったらしい  
夢遊病のように、本棚に引っ張られていったけ……  
「……面白そうね……きっとそこには何かがあるのよ!間違いないわ!」  
いや……図書館には本があるだけだろ  
「いいえ!きっと不思議な空間や未来への遺産……もしかしたら宇宙人が書き残した本とかあるかも!」  
そんなの……と言いかけたが止めた、雪の目が輝いている、これはもう図書館で決まりらしい  
多数決しても負け確定だ、別の案もないし、まあいいか  
と思い立ち上がり、前を見ると……雪がまたしても夢遊病患者の様に歩き出していた  
 
つつつつぅっと歩く雪を見ながら、俺とハルヒも桜並木を並んで歩く  
「あたしね、このごろ思うの、雪ってずっと前にどこかで逢ったことあるんじゃないかって」  
俺のすぐ横でハルヒがやや真剣に言い出した  
「そうか……お前もか」  
「キョンも?」  
「たまに、夢の中で、……そうだな中学生くらいな雪と話している夢を見る」  
「どんな内容の話なの?」  
「それが朝にはきっぱり忘れてる、「何か話した」という事だけしか覚えてない」  
「へぇ、不思議ね……前世とかかしら?」  
「解らん、だが不快な感じはしなかったな」  
そんな話をしてると、目の前でふらぁっと歩いていた雪が躓いて転んだ  
「……ぅぅ…………」  
雪は運動の出来る子(体は細いが)なんだが、時折何も無いところで転ぶ  
ドジっ娘属性か?お父さんはそんなの望んでいないぞ、……本当だ……きっと  
「…………ぅぅ……」  
泣くのを必死に堪えている様だ、それもそのはず、ハルヒは泣くのを結構嫌う  
以前雪が転んで大泣きしたとき  
「泣いたって、状況が良くなるわけ無いでしょ!!」  
と逆切れした、おいおい、っと最初は思ったが、その後も似たような状況で泣かずに立ち上がると  
「うん!!えらいぞ!!!」  
と頭をなでなでぇとしながら満面の笑みを浮かべるからだ、意外と「いいお母さん」である  
俺はというと、そんなに突き放すほど、冷徹ではないから(いや単に親バカなんだろうさ)  
近づいて、肩を優しく抱き寄せながら……こう言った  
 
 
 
「……雪…………無j……  
……  
…………  
 
 
第三部   変わった世界で……  完  
 

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