「おっはよーぅ!」 
 
「なんだ。やけに元気がいいな」 
 
「まぁね。今日は特別な日だから!」 
 
あぁ、そうだっけ。今日は7/7。七夕だ。 
 
「ってな訳で、今日は放課後からSOS団特別パトロールを開催します! 
 もしかしたら織姫とか彦星が人間の姿を借りて地上に降りてきてるかもしれないわ!」 
 
んなホな。 
 
あぁ、わかってるさ。本気で織姫とか彦星を捕まえる気じゃないんだろハルヒ? 
SOS団みんなで織姫や彦星を探す、って行為自体が楽しみなんだろ? 
だからそのノートに書いてる 
『彦星捕獲作戦Part1!みくるちゃんに織姫のコスプレをさせて誘惑の巻』 
ってのは冗談だろ?うんうんわかってるよ。だから何も言わないでくれ。…頼むから。 
 
今日はいつに無くハルヒが熱心にノートを書いていた。 
 
「ほぉ…珍しい事もあるもんだ」 
 
とノートを覗いてみると俺の視線に気づいたのかバっと手で隠す。 
 
「ダメよ。見ちゃ。放課後のお楽しみなんだから」 
 
上の方にチラっと 彦星捕獲作戦Part56 とか見えたのも多分気のせい。疲れてるんだよな俺。 
 
6限目が終わったらネクタイ引っ張られて強制連行されるんだろうなー…。 
 
 
そして最後の授業終了のベルが鳴ると同時に物凄い勢いでネクタイを引っ張られる。 
キーンコーンカーンコーンのキーあたりで俺とハルヒは既に教室からいなかったね。 
なんとか鞄は確保できた。よく確保できたな。自分でも驚くよ。 
 
下駄箱で古泉、長門、朝比奈さんは既に待機してた。 
…この3人、授業ちゃんと出てるのか? 
 
「待たせたわね!早速行くわよ!一分一秒でも惜しいわ!」 
 
一体どこに行くつもりなんだ。…何となくわかるが。 
どーせあの川辺で花火でもして天の川が出るのを待つとかそんなんだろ。 
 
 
「川で花火しましょ!花火セットは購入済みだから!それで天の川が出るまで待つの!」 
 
やっぱりな。 
 
古泉が少し難しそうな顔をして顎に手を当て 
「ふむ…」とか言ってるがコイツがよくわからん行動とるのはいつもの事だ。 
 
 
そんなこんなで川についた。 
 
「…花火するには早くないか?まだ明るいじゃないか」 
 
「たまには明るい所でやるのもいいじゃない! 
 そもそも誰が花火は暗い所でやるものだって決めたのよ?」 
 
いや、決めたとかそんなんじゃなくてだな。 
…嬉しそうに花火の袋をビリビリ破ってやがる。 
まぁいいさ。付き合ってやるよ。つくづく俺って巻き込まれ型人間。 
 
 
結論から言うと。明るい時の花火も悪くない。 
というかこの5人で集まって何かするのにつまらない事なんかある訳ない。 
そうだろ?ハルヒ。 
 
線香花火が手につくぐらい持ち続けてる長門に楽しそうに喋りかける古泉。 
ドラゴン花火を手に走り回るハルヒに涙目で逃げ回る朝比奈さん。 
それをデジカメで撮る俺。 
 
いつまでもこんな時間が続けばいいなと思った。 
 
 
 
「あー!もう無いじゃないの!もっと買ってくるべきだったわ。」 
 
そりゃ10本一気に火を付けてはしゃぎまくってたらそうなるわな。 
 
「まぁいいわ。もうすぐ星も出るころよ。もしかしたら空から織姫が降ってくるかもしれないわ!」 
 
そんな「親方!空から女の子が!」みたいな事がリアルにある訳無いだろ。 
 
 
 
星が出るまで少しの間それぞれ思い思いの時間を過ごす。 
 
本当に織姫が降って来ると思ってるのかひたすら空を見上げるハルヒに 
川をじっと眺める長門。 
魔法瓶に入れたお茶をカップに注いでみんなに配る朝比奈さん。 
定期的に携帯をカチカチする古泉。 
 
「あっ!あれじゃない?天の川!」 
「うわぁ…キレイですねぇ」 
 
 
朝比奈さんが言うのもわかる。こりゃ綺麗だ。 
田舎の利点ってやつだな。都会じゃこうは綺麗に見えないだろう。 
 
 
しばらくみんなで天の川鑑賞した後、織姫と彦星の捜索隊が結成され 
ひたすらそこらじゅう練り歩いた。 
 
俺の願いが叶ったのか「やぁ僕彦星」とかいう兄ちゃんが現れることも無く 
捜索は終了。 
 
「んー。織姫と彦星が見つからなかったのは残念だけどおもしろかったから別にいいわ! 
 でも来年こそは絶対見つけるからね!みんなも作戦考えておくこと!」 
 
…来年も探すのかよ。 
 
「それじゃ、解散ね!また明日!」 
 
言うが早いか駆け足で走り去っていった。全く元気なやつだな。 
 
「それでは僕達も解散しますか」 
 
「そうですねぇ。今日は疲れたけど楽しかったです」 
 
といいつつ俺達も解散と…ん? 
 
「どうした、長門?」 
 
古泉と朝比奈さんが去った後もじっと動かない。 
 
「…」 
 
何か言おうとするも言葉が見つからない。…そんな感じだ。 
 
「…いずれ、分かること。私は監視者」 
 
と一言言い残して去って行った。いずれ分かる?何が? 
 
 
頭にもやもやしたものを残しつつ帰宅。 
にしても疲れた。ずっとハルヒに付き合って多少慣れたとはいえ今日はハードだったな。 
よっぽど七夕が好きなのかあいつは。 
 
飯を食った後、さっさと風呂に入って枕の上でくつろぐシャミセンをどけ、 
睡眠モードに入る。 
 
 
「キョン君電話ー!」 
 
「ぅごふっ!」 
 
腹がっ…。なんてことしやがる。 
 
俺の上に乗ったままの妹の頬を捻りつつ持ってた電話を奪う。 
ったく誰だ。人が折角心地いい時間を満喫してたのに。 
 
「もしもし」 
 
これで相手は朝比奈さんだったりするとそんな不機嫌な気分も吹き飛ぶんだが…。 
 
「…何のようだ。古泉」 
 
機嫌の悪そうな声で応答する。 
 
「いえ、少しお話したい事がありましてね」 
 
「俺には無いね」 
 
「まぁそう言わずに聞いてくださいよ。あなたにとっても重要な事です」 
 
「んだよ。さっさと話せ」 
 
「実は…。今日、ある女性に告白しましてね」 
 
知るか。なんで俺に連絡するんだ。 
 
「その女性とキスまでしてしまいまして。」 
 
「お前の自慢話なんかどうでもいい。切るぞ」 
 
ったくなんでこんな事で電話してくるんだ。中学生かお前は。 
と、耳から電話を離した所で聞き逃せない言葉が耳に飛び込んだ」 
 
「その女性とは…涼宮さんです」 
 
 
 
………。 
 
 
あぁそうかい。でもなんでわざわざ俺に伝えるかね。 
 
「おや、あなたも涼宮さんに好意を抱いてると思っていたのですが。違いますか?」 
 
そりゃ否定はしないさ。でもそれは愛情じゃなくてなんていうか… 
父親が娘を見守る、って感じのアレでだな。 
 
「純粋に僕も好意を持っての行動なら伝えたりしないんですがね。ちょっと複雑で」 
 
「どういうこった」 
 
「直接会って話をしたいのですが…」 
 
「わぁったよ。どこ行きゃいいんだ?」 
 
「窓の外を見てください」 
 
何なんだと思いながらカーテンを捲ると 
携帯片手ににこやかに手を振る古泉がいた。…何やってんだお前は。 
 
電話をベッドの上に投げ出し、家を出る。 
 
「こんばんわ」 
 
「…で、その『複雑』ってのを詳しく聞かせてもらおうか」 
 
「そのつもりですよ。…あなたは気づいてると思ったのですが。」 
 
「何をだよ」 
 
「簡単に言うとですね。今日…つまり7/7を何度も繰り返してるんですよ」 
 
「…ループしてるって事か?」 
 
「そのとおりです。今日長門さんに聞いたので確かです」 
 
いわれて見れば…。あの時のような感覚があった訳だ。 
取れるはずの無い鞄を取れたりハルヒの行動を先読みできたり。 
 
 
「またかよ。…で、今度は一体何が望みなんだ?あの迷惑女は」 
 
「僕の憶測ですが…ずばり、色事だと思います」 
 
色事?あいつが? 
 
「だからあんな行動を取ったんですよ。機関の指示でね」 
 
「…機関?」 
 
「えぇ。やはり明日が来ない、というのは困りますからね。涼宮さんに一番近い存在である 
 僕にその大役が任されたと言う事です」 
 
「すると何か?お前自身はそんな気持ちも無いのに告白したりキスしたりしたってことか?」 
 
「そういう事になりますね。僕も機関の一員ですから。上の命令には従わざるを得ないんですよ。」 
 
なんか胸の奥がチリチリする。 
 
「キスの方は少々強引になってしまいましたがね。仕方ありません」 
 
いつもの微笑みから少し意地の悪い笑い方をしながら言いやがる。 
 
何が仕方無いだ。確かにハルヒにも非はあるだろうよ。 
でもあいつには自覚も無いんだ。それを…。 
いや、小難しいことは後回しだ。機関がどうとかハルヒがどうとか関係無い。 
今からする行動は単純に俺の個人的感情だ。 
 
俺は、こいつを、殴りたい。 
 
「てんめぇっ!」 
 
 
全力で振り下ろした拳が空を切る。 
と同時に古泉の拳が俺の鳩尾にめり込む。 
 
「ぅっ…」 
 
息が、出来ない 
 
「何を激情する必要があるんですか?未来を取り戻すためには仕方の無い事です。 
 あなただって『明日』が来ないと困るでしょう?」 
 
お決まりの肩をすくめるポーズ 
 
「そりゃ困るさ。俺にだって将来の夢ぐらいあるし明日の放課後 
 ハルヒが何をしでかすか楽しみだよ。夏休みだって満喫したいしな。」 
 
「でしたら…「でも!」 
 
古泉の言葉を遮る。 
 
「お前のやったことは、許せねぇ!」 
 
 
俺だってバカじゃない。さっきのやりとりでコイツにゃ勝てないことぐらい分かるさ。 
だからってもう止められねぇよ。 
 
 
俺の拳はまたもや空振り。お返しとばかりに古泉の膝が腹にめり込む。 
 
 
「なぜ許せないんですか?何が許せないんですか?あなたの行動は矛盾してます。 
 ぜひ理由を聞かせて欲しいものです」 
 
微笑みを絶やさずに、子供に聞かせるようにやさしく問う。 
 
「知るか。俺にもわかんねぇよ。ただおまえの行動にムカつくんだ!」 
 
何も考えずに全力で拳を叩き込む。また空を切る…かと思ったが 
 
ガッ!! 
 
古泉の整った顔にクリーンヒット。古泉が倒れこむのと同時にその隣に俺も倒れこむ。 
 
「…なんでだよ」 
大の字に寝ながら古泉に尋ねる。 
 
「何がですか?」 
俺の隣で同じ格好をしながら答える。 
 
「ワザと喰らったろ」 
 
「嘘をついた報い…ってとこですか」 
 
「嘘?」 
 
「そう、嘘ですよ」 
 
「…笑えねぇぞ」 
 
「あぁ、ループをしてるのは真実ですよ。機関からそういう命令が出たのも」 
 
「…」 
 
「涼宮さん関係は嘘です。…安心しましたか?」 
 
「なんで俺が安心するんだよ」 
 
「おや?その事について怒ってたのかと思ってたのですが。…僕の勘違いでしょうか?」 
 
「…」 
 
「もし僕が無理やり迫ったのが朝比奈さんや長門さんだとどうです?」 
 
「そりゃぁ怒ったさ」 
 
「ですがそれは涼宮さんの時とは…」 
 
「だー!もういい。おまえの言いたいことは大体わかったよ!」 
 
寝ころびながら肩をすくめるという器用な事をやりながら古泉が言う。 
 
「それはよかった。僕が殴られたかいがありましたよ。 
 機関から僕にそういう命令は出たんですけどね。僕では役者が不足しています」 
 
「…で、俺に任せると?」 
 
「適任だと思いますけどね。それにさっきのパンチ。拳は嘘をつけませんよ」 
 
「…否定はしねぇよ。なんとなく自分でも分かった。お陰で踏ん切りもついたしな」 
 
「その言葉が聴けて満足ですよ。それではこれで僕の役目は終わりです。 
 あとはあなた次第ですよ」 
 
それでは失礼します。また『明日』お会いしましょう。 
 
スッと立ち上がるとそう言い残して去っていった。 
 
 
 
 
さて、古泉に任された任務をまっとうしなきゃな。 
こればっかりはハルヒと古泉に感謝しないと。 
こうでもしなきゃ自分の気持ちに気づけなかったし 
打ち明ける気にもならなかっただろう。 
 
 
あいつがいそうな所か…どこだろうな。 
 
と思いながら俺の脚は自然にそこに向かっていた。 
朝比奈さんと過去に戻った時、中学生のあいつと出会った。 
あいつが始めて俺と出会った記念すべき場所。 
 
「…何やってんだ」 
 
校門を乗り越えようとしていた人影がビクっとしてこっちを見る。 
 
「決まってるでしょ。不法侵入よ」 
 
…変わんねぇなこいつは。 
 
「ヒマだったら来なさいよ。ちょうどいいわ」 
 
と手を引っ張って東中の中に引きずり込む。 
 
二人で校庭を歩く。 
 
「なんでこんなとこに来てんだ?」 
 
「ちょーっと思うところがあってね。七夕は毎年ここに来てんの」 
 
「ほぉ。是非聞きたいね」 
 
「そんなことより」 
 
ニカっと笑いながら空を指さす。 
 
 
「す…っげぇ…」 
 
そこには見事な天の川が流れていた。こんな綺麗なの初めて見た。 
 
「綺麗でしょ?ここ、私しか知らない秘密の穴場なの。特別にアンタに教えてあげるわ」 
 
と、言いながら大の字になってグラウンドに大の字に倒れる。 
 
俺もそれに倣ってその隣に倒れる。 
 
 
「…今から独り言を言うわ。」 
 
と前置きを置いてハルヒは静かに話し始めた。 
 
「私が中1の時にここに入ってグラウンドにメッセージを書いたのは…谷口から聞いてたっけ。 
 その時に出会ったの。女の子を背中におぶってね。怪しいったら無かったわ。 
 ま、メッセージ書くの手伝ってくれたし通報はカンベンしてあげたけど。 
 それで別れ際、聞いたのよ。宇宙人や超能力者や未来人や異星人がいると思うかって」 
 
あぁ、あの質問か。 
 
「そしたら彼は言ったわ。きっといるだろうって。そんな言葉貰ったのはじめてだった。 
 回りの反応は…谷口から聞いて大体わかるでしょ。親にだってバカにされたわ」 
 
「でも、彼だけは違った。もしかしたら適当に受け答えしただけかもしれない。 
 でも、私にとってそれはすごく嬉しかったの。」 
 
…もしかしたら、それが私の初恋だったかな。 
とつぶやいて続きを話す。 
 
「それで彼を追って北高に入ったの。…正直失敗したと思ったわ。ダブってでも 
 いないかぎりとっくに卒業してるしね。それに回りも中学と同じだった。 
 ま、当然の反応だろうけど。」 
 
…だろうな。 
 
「…でも、アンタに会えた」 
 
「…」 
 
「最初はなんとなく彼に似てるなって思ったの。それに私と一度会話した人は大体 
 二度と話しかけてこなかった。でもアンタは懲りずに話しかけてきたわね」 
 
知的好奇心、ってやつだな。後ろにいたから話しかけるには絶好のポジションだったし。 
 
「正直つまんない会話もあったけどね。」 
 
カラカラ笑いながら言う。あの時はこいつがこんな顔するなんて思いもしなかったな。 
 
「それでね。なんとなく思ったの。あ、コイツは彼と同じなんだって。 
 だからクラブを作ろうと思ったの。アンタと少し一緒に居てみようって。」 
 
ねぇ、知ってる? 
 
ふと悲しそうな顔になって俺はドキっとする。 
 
「アンタを踊り場に引っ張っていくとき、ネクタイを掴む手が震えたのを。 
 放課後、初めて部室に行くときアンタがいてくれてるか不安でしょうがなかったのを」 
 
「ハルヒ…」 
 
「でも、アンタは居てくれた。文句言いつつだけど私について来てくれた。 
 …すごく嬉しかった」 
 
「お、おいハルヒ…」 
 
いつの間にかハルヒを大きな瞳からは涙が流れてた。 
 
「嬉しかったの…」 
 
 
俺は無意識にハルヒを抱き寄せていた。 
俺の胸の中で泣くハルヒ。…こいつはこんなに小さかったのか。 
 
「ねぇ…キョン」 
 
潤んだ目で見上げる。 
 
「こんな私だけどさ…。これからもついて来てくれる?」 
 
「当たり前だろ。来んなって言われても離さねぇよ」 
 
「…ありがと」 
 
「お前についてく人間なんか俺ぐらいしかいねぇぞ?大事にしろよ?」 
 
「自分で言うなっ」 
 
 
 
 
 
今日は七夕。離れ離れになった恋人が年に一度、会うことを許された日。 
彦星さんと織姫さんよ。今幸せかい? 
俺は最高に幸せさ。 
願わくば『明日』がもっと幸せになりますように。 
 

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